大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

大阪地方裁判所 昭和50年(わ)4254号 判決

被告人 興儀巖 外三名

主文

本件公訴を棄却する。

理由

本件公訴事実は、別紙一のとおりであるので、これをここに引用するが、同公訴事実は、次に述べる五点において、誤記、余事記載ないし不明確な部分がある結果、全体として訴因の記載が明確でなく、罪となるべき事実の特定を欠くものである。即ち、

(一)  本件公訴事実のはじめから一二―一五行目に「同建物につき、右イワオ興業株式会社の名義で所有権保存登記を了して、同建物を金借の担保に供しようと企て」とあり、おわりから八行目以下に三回にわたつて繰り返し所有権の「保存登記」という文言が用いてあるところからすると、本件公正証書原本不実記載罪にあたるべき不実記載の内容は、所有権のいわゆる「保存登記」を指すものであると解される。将来不動産取引によつて生ずる権利変動公示のためには、単に表示登記をしただけでは足りず、保存登記を経由することが不可欠であることから考えても、右のように解するのが自然であろう。しかしながら、不動産登記法一〇〇条によれば、「判決に依り自己の所有権を証する者」または「収用に因り所有権を取得したる者」を除けば、「表題部に自己または被相続人が所有者と記載せられたる者」しか、所有権保存登記の申請をすることができない。従つて本件公訴事実に示されているような方法、即ちそこに掲記の各種の内容虚偽の書類を申請書に添付して提出せしめるという方法によつて、法務局の係員をしていきなり不実の保存登記をなさしめることは法律上不可能であり、「判決」や「収用」を問題としていない本件においては、右のような方法によつてまず表題部に所有者としての表示登記をなさしめたうえ、それを利用してはじめて保存登記をなさしめたものではないかとの疑問が生じるのである。しかも仮に右のようにいつたん表示登記をなさしめたならば、次に保存登記の申請をするには、右内容虚偽の各書類を提出せしめる必要は全くないのである。それにも拘らず本件公訴事実においては、表示登記の点については全く触れることなく、ただ右のような方法によつたということがるる記載されているために、その不実記載の内容として、果して文字通リに不実の「保存登記」をなさしめた点を示しているのか、それともその「保存登記」とあるのは「表示登記」の誤記であつて、実は不実の「表示登記」をなさしめた点を示しているのかが、明らかでない。なお検察官の釈明によるとこの点は右のうち後者であるという。

(二)  本件公訴事実中には、そのはじめから九―一二行目に「建築工事中の鉄筋コンクリート造三階建のマンシヨンが工事未完成の上、右協栄建設工業株式会社の所有物件であるのに」とあり、同じく一八―一九行目に「萬国通商株式会社において同建物を建築した上」とあるので、これによれば、前記不実記載の内容として、(1)建物が未完成で法律上建物といえない状態であるのにそれについて保存登記がなされていること、および(2)協栄建設工業株式会社の所有であるのにイワオ興業株式会社の所有として保存登記がなされていること、の二点を指しているようにも解されるが、他方その末尾部分における「同建物の所有権が右イワオ興業株式会社に帰属する旨の不実の保存登記をなさしめた上」との記載からすると、右(2)の点のみを指しているようにもとれる。なお検察官の釈明によるとこの点は右のうち後者であるという。

(三)  本件公訴事実のはじめから一七―二八行目にわたり「情を知らない同所事務員三浦正和らをして、…………内容虚偽の登記必要書類一切を作成させたうえ」とあるので、右各書類はすべて専ら右三浦らのみによつて作成されたもののようにとれるのであるが、検察官の釈明によると、この点は実は、たとえば上申書の署名押印は被告人興儀猛においてこれをなし、建物所有権証明書の被告人興儀貞子の署名押印は同被告人においてこれをなす等、被告人らにおいて右作成行為の一部に参画したものであるという。

(四)  本件公訴事実のはじめから二一―二三行目の記載によると、右書類中建物所有権証明書については、被告人興儀貞子、同興儀猛において共有する旨のものであるようになつているが、検察官の釈明によると、これは前記イワオ興業株式会社所有である旨のものの誤りであるという。

(五)  本件公訴事実のはじめから一五―一八行目の記載によると、被告人らは、その所期の不実の登記をなさしめるべく、昭和四七年一〇月三日ころ、情を知らない三浦正和らに直接その申請手続をするように依頼したもののようにとれるが、検察官の釈明によると、実はそうではなく、既に同年八月末ころ右三浦の使用者である正井喜美に対して右の点を依頼したものであるという。

ところで検察官は、以上(一)ないし(五)の各点についてそれぞれ必要な訂正ないし補正を施すべく、別紙二のように訴因の補正をする旨の申立をする。しかしながら本件公訴事実には、以上に述べたように、およそ公正証書原本不実記載、同行使の罪となるべき事実を特定するに当り最も重要であるというべき不実記載の内容自体に関して、右(一)のように一見してその誤記であることが明らかでなく、保存登記、表示登記のいずれともとれるような誤記(ちなみに当裁判所は、保存登記と表示登記の双方について各不実記載罪が成立する場合には、それらは併合罪の関係に立つものと解する。)や、右(二)のようにその範囲をきわめてあいまいなものにする余事記載があり、更に訴訟における攻撃防御の重要な焦点ともなるべき被告人らの行使の日時、方法ないしその態様について、右(三)ないし(五)のように非常に不正確な記載があるために、本件の訴因は、全体としてこれをみると、もはやその訂正ないし補正の許される余地のないほどに不特定であるものといわざるをえない。よつて検察官の右訴因の補正申立はこれを却下することとし、本件公訴提起の手続は、刑事訴訟法二五六条三項に違反するため無効であるので、同法三三八条四号により本件公訴を棄却する。よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 島田仁郎)

別紙一

公訴事実

被告人興儀巖は、イワオ興業株式会社代表取締役、被告人興儀貞子、同興儀猛は同社取締役の地位にあるもの、被告人平岩英美は、萬国通商株式会社代表取締役の地位にあるものであるが、共謀の上、被告人興儀猛及び日観商事こと被告人平岩英美を注文者、協栄建設工業株式会社(代表取締役橘田吉平)を請負者として、大阪市西成区梅通三丁目八番三号に建築工事中の鉄筋コンクリート造三階建のマンシヨン(延床面積八八三・六平方メートル)が工事未完成の上、右協栄建設工業株式会社の所有物件であるのに、同社の承諾のないまま、同建物につき、右イワオ興業株式会社の名義で所有権保存登記を了して、同建物を金借の担保に供しようと企て、昭和四七年一〇月三日ころ、同市浪速区戎本町一丁目七番地、土地家屋調査士、司法書士正井喜美事務所において、情を知らない同所事務員三浦正和らをして、右萬国通商株式会社において同建物を建築した上、右イワオ興業株式会社に引渡した旨の被告人平岩英美作成名義にかかる建物引渡証明書、被告人興儀貞子及び同興儀猛において同建物を所有する旨の被告人興儀貞子、同興儀猛作成名義にかかる建物所有権証明書、被告人興儀猛において同建物をイワオ興業株式会社の所有名義とすることを承諾している旨の同被告人作成名義にかかる上申書等、内容虚偽の登記必要書類一切を作成させたうえ、同月六日同区同町二丁目一番地の一、大阪法務局今宮出張所において、右三浦正和らをして、同出張所係員に対し、右登記必要書類の内容が真実であるもののように装つて、これを同建物についてのイワオ興業株式会社を権利者とする所有権保存登記を求める申請書に添付して提出させ、もつて不正な方法により所有権保存登記を申請し、よつてその旨誤信した同係員をして、不動産登記簿の原本に同建物の所有権が右イワオ興業株式会社に帰属する旨の不実の保存登記をなさしめた上、即時同所にこれを備えつけさせて行使したものである。

別紙二

被告人興儀巖はイワオ興業株式会社代表取締役、被告人興儀貞子、同興儀猛は同社取締役の地位にあるもの、同平岩英美は萬国通商株式会社代表取締役の地位にあるものであるが、共謀のうえ、被告人興儀猛及び日観商事こと平岩英美を注文者として協栄建設工業株式会社(代表取締役橘田吉平)が請負つて大阪市西成区梅通三丁目八番三号に建築工事中の鉄筋コンクリート造三階建のマンシヨン(延床面積八八三・六平方メートル)が未だ引渡検査を了せず、従つて右協栄建設株式会社の所有に属しており、かつ同会社の承諾もないのに、同建物を金員借入の担保に供するため、その前提として右イワオ興業株式会社を所有者とする建物表示登記をしようと企て、昭和四七年八月末ころ、情を知らない土地家屋調査士兼司法書士正井喜美に対して、右建物の表示登記手続の代行を依頼し、情を知らない同人の事務員三浦正和をして、同年一〇月六日、同市浪速区戎本町二丁目一番地の一所在大阪法務局今宮出張所において、同出張所係員に対し、右イワオ興業株式会社が右萬国通商株式会社に右建物建築を発注して既に工事完了後引渡しを受け所有権を取得している旨の記載ある内容虚偽の建物引渡証明書、建物所有権証明書、上申書、調査書を建物表示登記申請書と共に提出せしめ、よつて、その旨誤信した同係員をして不動産登記簿の原本表題部欄にイワオ興業株式会社を所有者として表示する右建物についての表示登記をなさしめたうえ、即時同所にこれを備えつけさせて行使したものである。

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com