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大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)890号 判決

《住所省略》

原告 和田明久(旧姓松尾)

〈ほか三一名〉

右原告ら訴訟代理人弁護士 仲田隆明

同 谷池洋

同 木内道祥

《住所省略》

被告 宝塚市

右代表者市長 友金信雄

右訴訟代理人弁護士 熊野啓五郎

同 中山晴久

同 石井光洋

同 高坂敬三

同 間石成人

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、別紙「請求金額一覧表」記載の原告らに対し、同表請求金額欄記載の各金員及び内同表損害額欄記載の各金員に対する昭和五六年二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  斑状歯とは、歯牙形成期(その一般的な分類は、別紙「歯牙の石炭化期表」記載のとおり。)において過重のフッ素を含有する飲料水を摂取したことによって生じる歯の石炭化不全の病変をいい、歯牙表面に縞状・斑点状の白濁、あるいは歯面の一部又は全部にわたって白墨様白色の外観を呈し、褐色あるいは黒褐色の着色を伴うことがあり、さらに高度になると歯牙の実質欠損を生ずる。

2  原告らは、いずれもその歯牙形成期において、被告が経営す水道施設から供給される水道水を日常的に飲用したが、右水道水中に含有される過重のフッ素のため、別紙「原告らの歯牙一覧表」中の原告らの主張欄記載のとおり、斑状歯に罹患した。

3  被告の責任

(一) 民法七〇九条の責任

被告は、昭和二九年発足し、水道事業を開始したが、水道は国民の日常生活に直結し、その健康を守るために欠くことのできないものである(水道法二条一項)。したがって、水道水を市民に供給する被告には、右水道水を飲用する市民が斑状歯に罹患することのないよう水道水中のフッ素を除去すべき義務がある。そして、それ以下の濃度であれば斑状歯は発生しない、という意味での安全フッ素濃度は確認されていないのであるから、水道水中のフッ素はすべて取り除かれねばならない。然るに、被告は、右注意意義を怠り、漫然とフッ素を含有する水道水を供給した。

即ち、宝塚地方は陸水中のフッ素濃度が高く、「ハクサリ」(歯腐りの意)という地名があるほど古くから斑状歯の多発地帯として知られていた。このため、同地方においては早くからフッ素の危険性が指摘されている。例えば、同二一年に京都大学(以下「京大」という。)医学部等により総合的調査がされ、児童の歯における斑状歯の多発とともに、飲用水中のフッ素の含有率の異常なまでの高さ(〇・七ないし三・五ppm)が報告されている。同二四年には兵庫県衛生部門に「兵庫県弗素被害対策委員会」が設置され、飲用水中のフッ素除去のため、陰イオン交換性合成樹脂によるフッ素除去器の普及が提唱された。また、同二八年頃宝塚歯科医師有志による水質検査が実施された。そして、被告が発足し水道事業を開始した同二九年には、斑状歯の原因が飲料水中のフッ素であることは、公知の事実となっていた。このような事情からすれば、市民生活の安全確保を第一義とする被告としては、水道法二〇条に規定された定期及び臨時の水質検査を行い、水道水中のフッ素を除去する方策を講ずべきであった。にもかかわらず、大阪・神戸のベッドタウンとしての発展をめざす被告は、斑状歯問題がその阻害要因となることを恐れ、この問題をタブーとし、定期的水質検査すら怠っていた。

このように、被告が漫然とフッ素を含有する水道水を供給したことにより原告らに斑状歯が発生したのであるから、被告には民法七〇九条の責任がある。

(二) 国家賠償法(以下「国賠法」という。)二条の責任

被告が経営する水道施設は、国賠法二条の「公の営造物」にあたる。そして、水道水は市民が日常的に飲用するものであるから、被告としては、市民が斑状歯に罹患することのないように、フッ素除去装置を設置すべきであった。然るに、被告は、これを怠ったのであるから、公の営造物である右水道施設の設置又は管理に瑕疵があったことになり、国賠法二条の責任がある。

4  原告らの損害

斑状歯は、端的に審美障害が現れるが、それ以外にも咀嚼能力に対する障害が指摘されている。さらに、斑状歯の原因であフッ素により、永久歯の萌出遅れ、骨質欠損、甲状線機能・腎機能・肝機能の障害等多くの障害発生のおそれがあることが指摘されている。しかし、原時点においては、審美障害を除く障害発生について十分解明がされていないので、本訴においては原告らの損害として審美障害を主張する。

(一) 治療費(別紙「請求金額一覧表」中の治療費欄記載のとおり。)

斑状歯の治療には、歯別一ないし五番(即ち、中切歯・側切歯・犬歯・第一小臼歯・第二小臼歯)については歯一本につき一〇万円、歯別六・七番(即ち、第一大臼歯・第二大臼歯)については歯一本につき七万円を要する。

即ち、被告は、昭和五〇年八月三〇日に公布した「宝塚市斑状歯の認定及び治療補償に関する要綱」(以下「治療補償要綱」という。)に基づき、「宝塚市斑状歯治療申請及び指定医療機関に関する要領」を作成しているが、右要領において斑状歯の治療は、歯別一ないし五番についてはメタルボンドによる歯冠修復、歯別六・七番については二〇Kキャストクラウンによる歯冠修復により行うとされている。原告らの治療費請求は、右要領を基準とするものである。

(二) 慰謝料

斑状歯の審美障害による精神的苦痛に対する慰謝料は、原告一人につき一五〇万円が相当である。

(三) 弁護士費用(別紙「請求金額一覧表」中の弁護士費用欄記載のとおり。)

被告が任意に右損害賠償金を支払わないので、原告らは、本訴の提起・遂行を原告ら代理人に委任せざるをえなかった。その費用としては、各原告につき治療費・慰謝料の合計額の一割が相当である。

5  したがって、原告らは被告に対し、民法七〇九条又は国賠法二条に基づき、別紙「請求金額一覧表」中の請求金額欄記載の各金員及び内同表中の損害額欄記載の各金員に対する不法行為後で、かつ、訴状送達の日の翌日である昭和五六年二月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

ただし、フッ素は水道水以外の飲料及び食料及び食品中にも含まれているし、フッ素以外の原因により原告ら主張と同様の症状が現れることも少なくなく、これも斑状歯と呼称されることがある。

2  同2の事実のうち、原告らがその歯牙形成期において被告が経営する水道施設から供給される水道水を飲用したことがあること(ただし、飲用期間は各原告により異なっている。)、原告らが飲用した右水道水中にフッ素が含有されていたことは認める。その余は別紙「原告らの歯牙一覧表」中の被告の認否欄記載のとおりである。

3  同3(一)の事実のうち、被告が昭和二九年に発足し水道事業を開始したこと、宝塚地方には陸水中のフッ素濃度の高い地域が存在すること、同地方に「ハクサリ」という地名があったこと、同地方が斑状歯の多発地帯の一つにあげられていたこと、同二一年頃京大医学部の学者らにより斑状歯の調査が行われ、宝塚地方が対象地域の一つとされたこと、同二四年に「兵庫県弗素被害対策委員会」が設置されたこと、同二九年頃までには斑状歯がフッ素に起因することが報告されていたことは認める。その余の事実及び主張は否認ないし争う。

同3(二)の主張は争う。

4  同4の事実は否認する。

5  同5は争う。

三  被告の主張

1  被告の水道事業の沿革について

(一) 被告の沿革

昭和二六年三月、小浜村が町制の施行によって宝塚町となり、同二九年四月、宝塚町と良元村が合併して市制を施行し宝塚市となった。そして、翌三〇年三月には長尾村及び西谷村を市域に編入した(右沿革を図式化したものが別紙図面一である。)。

宝塚は古来温泉をもって知られていたが、明治三〇年に現在の国鉄福知山線が宝塚まで開通し、同四三年箕面有馬電気軌道株式会社(現在の阪急電鉄)が宝塚新温泉を開設して以来、阪神二大産業都市の北方に位置する観光地として発展した。戦後は右二大都市のベッドタウンとして急激に膨脹し、昭和五六年四月末現在では人口一八万四〇〇〇人を超える観光・住宅都市となっている。ちなみに、同二九年四月一日現在四万〇五七九人、その後年々増加を続け、同四二年一〇月一日現在一〇万五二三四人、同五五年一〇月一日現在一八万三六二八人、同五六年には前記人口となった。

ところで、市の中央部を武庫川が西北から東南に流れ、武庫川右岸の良元村の地域では中央を逆瀬川、北部を塩谷川、南境を仁川が東流して武庫川に注いでいる。武庫川流域の平坦地は市街地を形成し、付近一帯は山麓から山腹にかけて高級住宅地として発達してきている。

(二) 市制施行以前における水道事業

古くは宝塚においても、住民各戸が井戸水や小川の水を飲料水としていたが、大正七年には宝塚上水道株式会社(以下「宝塚上水道」という。)が武庫川の支流塩谷川から取水して武庫川右岸の良元村の北部、即ち逆瀬川流域を中心とした小林・伊孑志・宝塚地区に給水事業を開始し、同一〇年には日本土地株式会社(以下「日本土地」という。)が武庫川左岸の旧西谷村の一部、即ち雲雀丘地区を開発して同地区への簡易水道を開設し、さらに昭和五年には日本住宅株式会社(以下「日本住宅」という。)が良元村の南部、即ち仁川地区に宅地造成して同地区への簡易水道を開設した。

これらの民営水道に対し、公営水道としては、武庫川左岸の小浜村が、武庫川左岸の西宮市塩瀬町生瀬字下川原の生瀬水源(浅井戸)から取水し、山岳地帯を除く小浜村一円を給水地域とする給水人口二万人、一日最大給水量三、六〇〇立方メートルの計画について同二五年九月、厚生省の認可(以下単に「認可」という。)を得て直ちに起工し、町制を施行して宝塚町となった後の同二七年一〇月から給水を開始した。また、良元村も武庫川の灌漑用水である伊孑志用水を水源に、宝塚上水道の給水区域を除く村内一円を給水区域とし、給水人口二万人、一日最大給水量三、六〇〇立方メートルとする計画について同二六年七月、認可を得て直ちに起工したが、水利権問題のため、伊孑志用水からの取水が容易に実現しなかった。このため、西宮市水道浄水一日二、五〇〇立方メートルの分水を受け、宝塚町と合併して宝塚市即ち被告となる直前の同二九年三月から給水を開始した。

(三) 市制施行後の水道事案

以上のとおり、被告発足当時の市営水道は右の宝塚町営水道と良元村営水道のみであった。しかし、被告は、その後、人口の増加に伴って急増する給水需要に対応するとともに、フッ素濃度を低下させて水質の改善をはかるため、次のとおり、現在まで、数次にわたって拡張計画を樹立し、これを実施してきた。

(1) 第一次拡張

市制施行を機会に宝塚町及び良元村から引継いだ公営水道と宝塚上水道の民営水道とを統合して合理的な水道事業の運営をはかるため、取りあえず昭和三〇年四月、同社の水道施設を買収した。しかし、同社の逆瀬川上水源・同下水源・旭丘水源・紅葉谷上水源及び同下水源の五水源は、渇水期には水量が不足していたので、従来同社が給水していた地域にもこの五水源からの取水に旧宝塚町営水道の水源であった生瀬水源と旧良元村営水道の水源であった伊孑志用水からの取水を補給配水することとし、山間部並びに前記簡易水道給水区域を除く市内一円を給水区域とし、同四二年を計画目標年度にして給水人口五万人、一日最大給水量一万立方メートルとする計画を樹立し、同三一年九月認可を得てこれを実施した。なお、伊孑志用水からの取水が困難なため、当面は西宮市水道浄水の分水によっていたことは前記のとおりである。

(2) 第二次拡張

昭和三〇年三月の長尾村及び西谷村の市域編入に伴い、給水区域をこの新市域に拡張する計画を樹立し、同三一年一一月認可を得て直ちに起工し、同三三年三月にこれを完成した。

この計画は、前記のとおり取水が困難であった伊孑志用水にかえて、分水を受けていた西宮市浄水を水源としたほかは、第一次拡張計画と同一の水源によっており、同三六年を計画目標年度とする基本計画では給水人口を四万四〇〇〇人(第一次拡張計画での同年度推定給水人口は約三万七〇〇〇人であった。)、一日最大給水量を八、九〇〇立方メートルとし、同四二年を目標年度とする将来計画では給水人口を六万人、一日最大給水量を一万二〇〇〇立方メートルとしていた。

(3) 第三次拡張

その後、市北西部の高台に高級文化住宅が建設され、かつ全般に一人当り給水量が増加したため、現有施設では満足な給水が不可能な状態となった。その上、昭和三二年に公布施行された水道法に基づいて、同三三年七月には水質基準に関する厚生省令が公布され、フッ素許容量が〇・八ppm以下と定められたので(それまでは、給水中のフッ素濃度については法令上の規制はなく、水道協会が同二五年に定めた飲料水判定基準としての一・五ppmというものがあったにすぎない。)、宝塚上水道から引継いだ前記五水源は、フッ素濃度の点で検討を要することとなった。しかも、これらの水源は、もともと点在していて維持管理に不便な上、前記のとおり渇水期には取水量が不足していたため、これらの水源を廃止し、既設の良水源を拡充するとともに、新たな水源を確保して取水系統を整備拡張する計画を樹て、同三四年三月にその認可を得て直ちに起工した。

この第三次ぎ拡張計画は、当初予定した新水源からの早期取水の実現困難や民営簡易水道買収による給水区域の拡大等の事情からその後に変更認可を受け、最終的には、給水区域を市内一円のうち、川面・米谷・小浜・安倉・中山寺・中筋・山本・平井・宝塚・伊孑志・小林・鹿塩の全域と切畑の一部とした。また、水源については宝塚上水道から引継いたフッ素濃度の高い逆瀬川上水源・同下水源・旭丘水源・紅葉谷上水源・同下水源を廃止し、既設の生瀬水源からの取水、西宮市からの水道浄水の分水に、新設水源として小浜水源、小林水源(浅井戸)、惣川水源(表流水)からの取水を追加して、計画目標年度である同四〇年には給水人口を六万五〇〇〇人、一日最大給水量を二万一〇〇〇立方メートルとするものとなった。なお、右新設水源は、小浜水源が同三六年七月、小林水源が同三七年一二月、惣川水源が同三九年一〇月にそれぞれ給水開始し、同四〇年には既設水源中、旭丘水源・紅葉谷上水源・同下水源を廃止した。

(4) 第四次拡張

第三次拡張計画による新水源の開発にもかかわらず、都市周辺部の農地・山地の住宅化に伴う人口増加(昭和四〇年七月にはすでに給水人口は第三次計画の予定を大幅に上廻り七万九〇〇〇人を超えていた)と生活様式の変革による給水需要の増加のため、同四一年以降さらに新水源を開発する必要に迫られることになった。このような事情から、必要な給水量を確保するためには水質に問題のある既設逆瀬川上水源・同下水源も直ちには廃止することができなかった。そこで、同四一年二月には新たな水源を開発し、給水規模を拡張する計画の認可を得て直ちに起工した。

この計画は当初予定した水源中に計画遂行途上において渇水期の水位低下が著しくなったものがあった関係上、その後に変更認可を受け、最終的には新たに小浜第一水源(深井戸)・川面水源(浅井戸)・小林第二水源(浅井戸)・高松水源(浅井戸)・武庫川水源(表流水)を開設し、計画目標年度である同五〇年には給水人口を一四万人、一日最大給水量を五万六〇〇〇立方メートルとするものとなった。右新水源は、小浜第一水源が同四一年七月、川面水源が同四二年七月、小林第二水源が同四四年七月、高松水源が同四四年一二月、武庫川水源が同四六年六月からそれぞれ取水給水を開始し、同四六年四月には水質不良の逆瀬川上水源・同下水源を廃止した。この時点において全給水区域に対する給水のフッ素濃度が省令の定める〇・八ppm以下となった。

(5) 第五次拡張

ところが、その後も阪神二大都市のベッドタウンとしての被告市の発展は止むところを知らず、昭和四七年において既に一日最大給水量は、第四次計画のそれを上廻る状態となり、かつ既に着手されていた武庫川流域の下水道も同五〇年には使用開始の予定であって、これに伴い便所水洗化の普及により一日一人当り使用水量は更に増加する見込であった。このため、同四七年八月、さらに新たな水源を確保して給水量の増加をはかる計画の認可を得て、ただちに起工したこの計画は、予定新水源等の関係からその後数次の変更認可を受け、最終的には、計画目標年度である同五〇年における給水人口を一九万二三〇〇人、一日最大給水量を一〇万立方メートルとするものとした。また、水源としては、既設水源の能力アップをはかるほか、亀井水源(深井戸)・川下川水源(表流水)・川面第一ないし第三水源(深井戸)・小浜第二水源を新水源として開発するものとした。右新水源は、小浜二水源が同四八年七月、亀井水源が同四八年一一月、川面第一ないし第三水源が同五一年一二月、川下川水源が同五二年四月にそれぞれ取水給水を開始した。

さらに、この計画では低フッ素化に対する市民の要望にこたえて、フッ素濃度の低い亀井水源からの取水を既設小林第二水源からの取水に混合して希釈するほか、高松水源にフッ素電解装置を設けてフッ素濃度のより一層の低下をはかった。即ち、水道用水中に含まれるフッ素の濃度を低下させる方法については、それまで希釈以外に有効な方法はないとされていたが、被告は、日本大学の金井昌邦教授の協力を得て、電解法によるフッ素除去装置を実用化し、同五〇年二月、高松浄水場に約一億八〇〇〇万円の工費を投じて右装置を設置し、同年三月から運転を開始した。右装置は、フッ素除去については概ね所期の効果をあげたが、多額の費用を要し、浄水原価が他の水源と比較して高額になっていたところ、同五二年、川下川ダムが完成し、よりフッ素濃度の低い川下川水源により必要な給水量をまかなえるようになったので、高松水源からの取水を中止し、現在に至っている。

(6) 第六次拡張

その後もなお人口増加が見込まれたため、取水量の増加をはかる必要があり、特に昭和四九年には斑状歯専門調査会の最終報告が提出され、フッ素濃度を国の水質基準〇・八ppmより低い、〇・四ないし〇・五ppmを上限とすべき旨の提言があった。

そこで、さらに新水源を開発して、右の提言にそう水質改善をはかるとともに、計画目標年度の同六五年には給水人口二五万人に一日最大給水量一二万四三五〇立方メートルの給水を可能とする計画を樹立し、同五六年三月その認可を得て、現にこれを遂行中である。

以上の各水源の位置は、別紙図面二記載のとおりであり、第一次拡張から第五次拡張までの間における各水源の新設・廃止の経緯は別紙水源一覧表記載のとおりである。

2  被告の責任について

(一) わが国において法令上初めて水道水の水質に関する定めがされたのは、水道法(昭和三二年六月一五日法律第一七七号)四条に基づき、同三三年七月一七日公布され、同日から施行された「水質基準に関する省令(同三三年厚生省令第二三号)」(以下「厚生省令」という。)である。水道水中のフッ素濃度についても、この厚生省令において初めて法令上の基準値が定められた。厚生省令はその後数回にわたって改正されているが、フッ素濃度については当初の〇・八ppm以下とする基準値のまま変更されることなく現在に至っている。

厚生省令が施行される以前において水道水の水質基準を設けたものとしては、明治三二年に「上水試験統一のための協議会」が定めた「協定試験法」、及びその後設立された水道協会がこれを大正一五年に改訂した「改正協定上水試験法」、さらにこれを昭和一一年に改訂した「水道協会協定上水試験法」、並びにこれにアメリカの試験法を導入するなどして昭和二五年に同協会が定めた「飲料水の判定標準とその試験方法」等があり、厚生省はこの昭和二五年の試験方法をほぼ踏襲して「衛生検査指針(N)飲料水検査指針」(同二五年)を編纂したが、これらの基準はいずれも法令による定めではなく法的拘束力はなかった。しかも、「水道協会協定上水試験法」以前のものにはフッ素は全く問題とされておらず、同年の「飲料水の判定標準とその試験方法」において初めてフッ素がとりあげられたのであるが、濃度については一・五ppm以下とされていたのである。厚生省の右「飲料水検査指針」もこの数値を採用している。

(二) 高濃度のフッ素を含む水道水を長期間飲用した場合に斑状歯が発生することがあるとされている点については被告としても別段異論をさしはさむものではない。しかし、水道水中のフッ素濃度について、何ppm以上であれば斑状歯が発生し、何ppm以下であれば発生しないという具体的な数値については未だ定説といいうるものはない。厚生省令で定める〇・八ppm以下のフッ素濃度の水道水の給水地域においても斑状歯が発生していることが報告されているが、このような場合、それが水道水中のフッ素に起因するものであるか否かは明らかにされていない。

ところで、フッ素は、一方において右のごとく斑状歯の原因となることがあるが、他方においてはう歯予防の効果があることが認められている。例えば、世界保健機構(WHO)、国際歯科連盟(FDI)等の国際機関はう歯予防のため水道水中にフッ素を添加するよう繰返し加盟国に勧告等を行っており、日本においても日本歯科医師会、口腔衛生学会等がう歯予防のためには水道水へのフッ素添加が最も有効であるとの見解を明らかにしているのである。厚生省が昭和四五年に発表した「水道水質の指導指針」中にも水道水中のフッ素濃度についてう歯予防には〇・六ppm位が良好である旨明記されている。

このように、水道水中のフッ素濃度については、斑状歯の原因となりうる反面、それが適切な濃度で含まれている場合にう歯予防の効果があることから、厚生省令ではこの両者を睨み合せてその許容量を〇・八ppm以下と定められているのである。したがって、水道事業を営む者としては、給水中のフッ素濃度については右の厚生省令に定める基準を遵守すれば水質確保の注意義務を尽したということができるのであって、これ以下に保持しなければならない義務はない。

(三) 右に述べたとおり、〇・八ppm以下のフッ素濃度の水道水を供給していた地域の居住者については、被告の給水には何ら違法とされるべき点はないのであるから、被告が〇・八ppm以下のフッ素濃度の水道水のみを供給していたことが明らかな武庫川左岸地域の居住者である原告高橋文彦・同高橋正彦・同高橋佳子・同吉見育樹の四名に対しては、仮にその歯牙が被告の供給した水道水によって斑状歯に罹患したものであるとしも、被告は原告主張のごとき治療費、慰謝料を賠償すべき義務を負うものではない。

(四) また、右四名を除くその余の原告らに対しても、次ぎに述べるとおり、原告主張のような損害賠償義務はない。

(1) 被告は、前記のとおり昭和三三年七月一七日から厚生省令が施行されフッ素許容量が〇・八ppm以下と定められたことに伴い、被告の供給する全水道水中のフッ素濃度を右の基準に適合させるため、良質な水源を新設し、問題のある水源を廃止するための計画を立案し、その実現にできるかぎりの努力を払ってきた。しかしながら、その当時、市内の人口増加はまことに著しいものがあり、〇・八ppmを超えるフッ素が含まれている水源を直ちに廃止した場合には、必要な給水量を確保することができないことが明らかであった。このため、同四六年五月までの間、武庫川右岸地域の一部についてはフッ素濃度〇・八ppmを超える水道水を供給する結果となったのである。

いうまでもなく、水は人間の生活にとって不可欠のものであって、必要な給水を欠くときには直ちに市民生活上重大な支障を来すこととなる。このため被告としては、市民の生活上必要な給水量の確保をまず優先させざるを得なかったのであるが、その一方においてはフッ素濃度の低減をはかるべくできるかぎりの努力を払ってきたのである。全給水中のフッ素濃度を厚生省令に定める基準以下とする計画の達成にある程度の日時を要したことは事実であるが、市民への給水量の確保という至上命令を前にしては真にやむを得なかったものというべく、これをもって直ちに被告に過失があったものとすることは当を得ないものというべきである。

(2) 次に、右(1)の点を、被告の水道事業の投資関係歳出額(新規水源を確保しこれにより給水するための浄水場、配水・送水施設等の建設事業費)の推移及び他の類似都市のそれと対比すると、次のとおりであって、これにより前記可能な限りの力を尽してきたことがわかる。なお、比較の対象とした市は、兵庫県伊丹市、川西市、加古川市、埼玉県春日部市、千葉県八千代市、東京都立川市、武蔵野市、府中市、調布市、京都府宇治市の一〇市である。抽出の基準は、① まず、兵庫県内のうち、被告と人口規模が類似する近隣の市として、伊丹市、川西市、加古川市の三市を抽出し、② 次に、県外の類似の市として、昭和六一年一月・財団法人地方財務協会発行の「類似団体別市町村財政指数表」において「人口」及び「産業構造」により二八類型に分類された都市の中で、被告と同一類型(即ち、「人口」が一三万以上二三万未満の人口規模で、「産業構造」が二次産業(工業)及び三次産業(サービス業)を合せて九〇%以上であり、かつ三次産業が六〇%以上の産業構造をもつ市)とされた都市二八市のうち、水道の創設・供給開始が戦後で、かつ関東地方以西の市である七市を抽出した。

ア まず、昭和二九年度から同四七年度までの各年度における被告及び類似一〇市の一般会計、特別会計、上水道会計、上水道投資額の各歳出決算額、並びに被告の全歳出決算額中に占める上水道会計の比率、及び上水道会計中に占める上水道投資額の比率を整理すると、別紙「被告及び類似一〇市の歳出(支出)決算額統計一覧表」記載のとおりである。同二九年度は、被告が市制を施行した年度であり、同四七年度は、被告の第四次拡張事業が完成した年度である。この拡張事業の実施により同四六年四月に逆瀬川上水源・同下水源を廃止することができ、この時点において被告の全給水区域に対する給水のフッ素濃度が厚生省令の定める〇・八ppm以下となった。

右一覧表中被告の「上水道会計C」のうち、同三五年度以前は特別会計水道費の歳出決算額と同水道敷設費の歳出決算額との合計額、同三六年度以降は収益的支出の中の水道事業費用決算額と資本的支出の決算額との合計額であり、「上水投資額E」のうち、同三五年度以前は水道敷地設費の歳出決算額、同三六年度は拡張事業費と改良事業費の各支出決算額の合計額、同三七年度以降は建設改良費の支出決算額である。

右一覧表によれば、被告が市制施行以来、良質の新規水源の設置、拡充のため類似他都市と比較して多額、高比率の投資を行ってきたことが明らかである。

イ 次に、被告及び類似一〇市の昭和三六年度(被告の水道事業が地方公営企業法の適用を受けることとなった年度)から同四七年度までの各年度における現在給水人口、有形固定資産額、借入資本金額、及びにこれらの給水人口一人当りの額を整理すると、別紙「有形固定資産額及び借入資本金の調べ(投資関係)一覧表」記載のとおりであり、これをグラフ化したものが別紙「給水人口一人当りの有形固定資産額の推移」及び「給水人口一人当りの借入資本金額の推移」と題する各グラフである。

右一覧表及びグラフによれば、被告が良質の水源を確保しこれにより給水するための浄水場、配水・送水施設を建設するため、類似他都市と比較して多額の、特に同四〇年代前半以降は一、二位を争う額の投資を行ってきたこと、また、その財源としては、自己資金以外に、他市と比較しても多額の借入金(起債による)に頼ってきており、被告としてその財政上可能な限りの投資を行ってきていることが明らかである。この同四七年度までの拡張事業は、第四次拡張事業(同四〇年一二月認可申請)までの計画に基づくものであり、これは同四六年にいわゆる斑状歯問題が市民団体により提起される以前から計画、実施されてきたものである。

(3) また、被告はこのような状況のもとで、昭和四六年五月までの間厚生省令に定める基準を超えるフッ素濃度の水道水を供給した地域が市内の一部に存していたことに鑑み、これを飲用したことによって斑状歯に罹患した市民のあることは必ずしも否定しえないであろうとの判断のもとに、このような市民に対する行政上の責任を果す意味において治療補償要綱を定め、積極的にその治療補償を行うこととしたのである。このように、被告はフッ素濃度低減のため良質な水源の確保に努める一方、厚生省令に定める基準に適合した給水が全市的に実現するまでの間に発生した斑状歯に対しては制度としての救済措置の実施によって市民の損害の回復に努めてきたのであるから、この点からしても被告には何ら責めらるべき点はないというべきである。

3  原告らの請求について

(一) 原告らが本訴において被告に請求している治療費は、治療補償要綱に基づいて被告が行っている治療補償と全く同一内容の治療を受けるための費用である。したがって、右2(三)の原告四名を除くその余の原告ら二八名としては、殊更に本訴に及ばずとも、右要綱に定める手続に従って、求めている治療補償を被告から受けることが可能な状況である。にもかかわらず、これらの原告は、右要網に定める治療補償を受けることを拒否し、あえて本訴請求に及んでいるのであって、これはいわば一方において債務の弁済の受領を拒否しながら、他方でその履行を請求するに等しいものというべく、かかる請求は信義則に照らして失当であるというべきである。

(二) また、原告らは斑状歯による審美障害を理由としてこれについての慰謝料を請求しているのであるが、そもそも歯牙についての審美障害による精神的苦痛なるものは仮にあったとしても極めて軽微なものに過ぎず、しかも審美障害は一生継続するものではなく、歯牙が萌出したときから治療を受けるまでの短期間のものに過ぎない。これに対して被告としては斑状歯の治療補償のため積極的に行政措置を講じているのであるから、仮に原告らに審美障害による若干の精神的苦痛があったとしても、被告の治療補償の実施により償われうるものであるというべきである。

四  被告の主張に対する反論

1  被告は、水道事業を営む者としては、給水中のフッ素濃度については厚生省令に定める〇・八ppm以下という基準を遵守すれば水質確保の注意義務を尽したといえる、と主張する。

しかし、〇・八ppm以下であれば斑状歯は発生しないという科学的根拠はなく、現に〇・八ppm以下であっても斑状歯は発生している。厚生省令基準の基礎となった科学的資料は、その存否すら不明であり、右基準は科学的根拠を欠いている。したがって、厚生省令基準を根拠に過失の有無を論じることは許されない。しかも、厚生省令基準は、〇・八ppm以下と定めるだけでフッ素の完全な除去を禁止しているわけではない。そうすると、フッ素により斑状歯が発生すること、安全フッ素濃度につき定説がないことを認識している被告には、水道水中のフッ素を完全に除去すべき義務がある。

2  また、被告は、被告が給水する水道水中のフッ素濃度を厚生省令基準に適合せしめるべく、良質な水源を新設し、問題のある水源を廃止するための計画を立案し、その実現にできるかぎりの努力を払ってきた、と主張する。

しかし、昭和三三年頃の水源のフッ素濃度は、紅葉谷上水源が二・三二ppm、同下水源が二・五六ppm、旭丘水源が〇・九五ppm、逆瀬川上水源が三・二二ppm、同下水源が二・八三ppmである。そして、右のような高濃度のフッ素を含有する水源が廃止されたのは、前三者が同四〇年、後二者が同四六年である。このように被告は、水質改善に向けて真剣に努力していない。

さらに、第四次拡張計画により同四四年に完成した高松水源の原水は、一ppm前後の高濃度のフッ素を含有しており、六年後にフッ素除去装置が設置された。同じく第四次拡張計画により渇水期対策の切札として同四七年に完成した深谷池ダムの原水は、飲料水としては使いものにならないくらいの高濃度のフッ素を含有しており、給水には使用されていない。このように被告は、給水量の確保に躍起となっていただけで、水道水中のフッ素低減に向けて良質な水源を開拓していたわけではない。

第三証拠《省略》

理由

一  斑状歯について

《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められ、この認定を覆すに足る証拠はない。

1  斑状歯の概念

(一)(1)  厚生省医務局歯科衛生課発行の「う蝕予防と弗素」(昭和四一年版)は、斑状歯について、「特定の地域に集団的に発現し、歯冠の表面に現れる白濁した模様を主体とする歯の異常で、歯の形成される期間中に過量のフッ素化合物を含む飲料水を、過剰に摂取したことによって生ずる歯の石灰化不全の病変である」という一つの定義づけをしている。

(2) もっとも、それ以前の厚生省の斑状歯調査要領(昭和二八年)は、斑状歯は飲料水中のフッ素の過剰摂取その他によって生ずる、としている。そして、現在では、斑状歯の発現は、右飲料水中のフッ素の摂取とその飲用者が摂取する他の食品中のフッ素量及びその居住地域の平均温度並びに飲用者固有の要因が複雑に絡み合っていることが確認されており、その他に、大気中のフッ素等にも触れる学説があるが、これはなお確定されていない(詳細は後記4(二))。

(二)  ところで、前記(一)(1)の定義によれば、「斑状歯」はフッ素に起因するもののみをいうことになる。しかし、これに対しては、「斑状歯」とは、症状名であって病因名ではない。したがって、「斑状歯」中には非フッ素性のもの、例えば、発疹性熱性疾患、重症感染症、代謝性疾患、先行乳歯の膿瘍あるいは乳歯根による外傷性の石灰化障害、歯苔あるいは工場環境等において発生する酸による脱灰性白斑等を発現要因とするものも含まれるという見解が多い。この見解によれば、斑状歯症状(エナメル質表層にみられる斑点状の所見を有するもの。)がみとめられるものはフッ素性か否かを問わず「斑状歯」であり、そのうちフッ素性のものと明確に診断されるものを歯牙フッ素症という病因名で区別することになる。ところが、これに対してはまた、「斑状歯」という用語はフッ素性のものに限定されるべきで、非フッ素性のものは「エナメル質白斑」と呼んで区別すべきであるとの有力な見解がある。

(三)  以上のように、斑状歯の概念については専門家の間でも対立がみられるのであるが、本件では飲料水中のフッ素に起因する斑状歯症状が問題となっているので、以下では便宜上、「斑状歯」を前記(一)(1)の厚生省による定義の意味をもつものとして使用する。

2  斑状歯の発生機序及び症状

(一)  斑状歯は、歯の石灰化期(石灰化開始から歯冠部完成まで)にフッ素がエナメル芽細胞に作用してその発育を阻害し、エナメル質の形成不全を来して発現する。この発現に関し、症度発現に著しく関与するフッ素の作用時期は、石灰化期中の継続した作用より、むしろ、石灰化初期におけるフッ素の反復作用であるとの見解が近年有力に唱えられている。(なお、フッ素が高濃度の場合は、乳歯にも斑状歯が現れることもあるが、本件では第三大臼歯を除く永久歯のみが問題となっているので、以下ではこれらについてのみ検討する。)

ところで、永久歯の形成期の一般的分類は別紙「歯牙の石灰化期表」記載のとおりであり、最も早い第一大臼歯では出生時から石灰化が開始し、生後三年で歯冠が完成する。これに対して最も遅い第二大臼歯では生後二年半で石灰化が開始し、生後八年で歯冠が完成する。したがって、歯全部を通じていえば石灰化期は出生時から八歳になるまでということになり、この間にフッ素が作用して斑状歯が発現する。

(二)  斑状歯は、エナメル質の表面に不透明な、光沢のない白墨様の点状、線状、帯状、縞状、あるいは不定形の雲状の白濁が、部分的に、さらに程度が進むと歯冠全体が白濁し、なお程度がすすむと表面に小窩を生じ、さらに進むと階段状又は蜂状の硬組織の実質欠損を伴う。また、これらの変化に着色を伴う場合がある。

3  斑状歯の分類基準

(一)  斑状歯の分類基準としての最初のものは、一九三四年にディーン(Dean)が提唱した斑状歯の症度別分類基準である。この分類基準は、現在までそのまま世界各地で採用されている。これに対し、わが国では、前記斑状歯の調査要領の中で発表された厚生省の次の分類基準がある。

(1) 疑問型斑状歯(M±)

斑状歯の疑いがあるが、正常歯かどうか判別しがたい状態のもの。

(2) 軽度斑状歯(M1)

白色の模様があるものである。歯の表面、特に前歯のエナメル質表面に乳白色、白色の線状、縞状ないし帯状あるいは不透明の白色斑点が散在し、さらにしばしば臼歯咬頭頂部に一ないし二ミリ内外の白色不透明帯を示すものがある。線状の変化は、歯頸部、歯冠部中央部、あるいは切端部近くに発育線に沿って歯の長軸に直角の方向に現れ、その数は一線から数線までにわたり、不定である。この症状は激化するに従って、線状ないし帯状の色沢異常部分は、その数が多くなるとともにその幅を増大してくる。これらの変化は、前歯唇面に最も多くみられ、高度の場合には舌面にも現れ、臼歯部においては第一・第二小臼歯の順に多くみられ、第二大臼歯が最も少ない。また、頬面に多く舌面には少ない。ときには全歯冠を囲繞している場合もある。

(3) 中等度斑状歯(M2)

歯面全体が白濁しているものである。歯面全体が、歯牙固有の色沢を失い、白墨様変化(白色の素焼又はすり硝子様)を示したものである。全歯牙に現れる場合又は前歯だけ、若しくは、臼歯だけに現れる場合などその発現状態も区々である。前歯部では唇面に強く、臼歯部では歯冠に一様に現れてくる。

なお、右(1)ないし(3)の分類は厚生省基準たること、右に述べたとおりで、原告ら主張の症度はこれによっている。

しかし、後記認定の症度「軽度」、「中等度」は、右基準を一応の基準としながら、右基準には実際の、診断適用に当り、不分明なところがあることを考慮して、次の基準内容を設定した鑑定人大阪大学歯学部教授常光旭の基準によっている。

「疑問型」は、白斑部の面積がほぼ一〇%以下。

「軽度」は、右面積がほぼ一〇ないし七五%。

「中等度」は、右面積がほぼ七五%から全面に及ぶもの。

(4) 重度斑状歯(M3)

M1・M2の変化にさらに歯の実質欠損を伴っているものである。歯に小円形の実質欠損が散在しているもの、これが連合拡大したもの、あるいは歯冠全体の形態異常を起こして岩様を呈しているものなど、その発現状態、程度の強弱、罹患歯の数などはさまざまである。これはM1・M2の変化に随伴して発現することが多い。実質欠損の大部分は点状あるいは円形の深浅不定の欠損及び歯冠形態の変化として現れる。

(5) 着色斑状歯(B)

歯に着色がみられるものである。着色は、フッ素自体とは関係なく、飲料水中に含有されている鉄などの着色金属元素とか服用した抗生物質あるいは飲用した茶のタンニン酸など食品含有物質のほか歯こう等によって生じる。M1・M2・M3などに随伴する場合、右1等にBを付記して「原告らの歯牙一覧表」記載のように表記する。主として褐色ないし黒褐色あるいは緑色を呈しているが、濃淡、大小ないし着色範囲などは不定で、とくに前歯部に多く認められる。

(二)  厚生省の分類基準は右のとおりであるが、これはディーンのそれとほぼ一致する。即ち、厚生省の分類基準は主としてディーンの分類基準に従っており、さらに便宜的にこれをM±・M1M2M3の記号を付して表わすこととしている。

4  斑状歯とう蝕との関係

(一)  飲料水中のフッ素は、斑状歯を発現させる反面、う蝕(いわゆる虫歯)を防ぐ効果がある。即ち、飲料水中にフッ素が含有されていること、即有害物質含有とはいえない。過度含有でない限り、むしろ人体に有効に作用するのである。一九二〇年代にアメリカで行われた調査では、正常歯より斑状歯の方がう蝕にかかりにくいという結果がでている。その後、同国では水道水のフッ素化という形でフッ素がう蝕予防に応用され、スイスのバーセル、東洋ではシンガポール、香港でも実施された。わが国でも、経済的理由で中止はされたが、昭和二七年から同四〇年まで、京都市山科で水道水のフッ素濃度〇・六ppmとするフッ素の添加がされた。そのほか、岩手医科大学教授高江洲義矩(歯学部口腔衛生学教室)ら四名による論文「斑状歯の疫学的解釈」(歯界展望・第五〇巻第六号・昭和五二年一二月)に、青森県北津軽地方のフッ素地区(飲料水中のフッ素濃度〇・三~三・二ppm)と岩手県松尾村・同宮守村の非フッ素地区(同濃度頓〇・一ppm)のいずれも八歳から一一歳の児童について調査した結果が要旨次のとおり報告されている。フッ素地区では、疑問型を含めて斑状歯の発現率は八〇・六%であるのに対し、非フッ素性エナメル質白斑は二・九%である。一方、非フッ素地区での非フッ素性エナメル質白斑の発現率は一三・五ないし一九・八%であり、フッ素地区での非フッ素性エナメル質白斑の発現率は極めて低率である。この原因は、①歯苔による脱灰性エナメル質白斑がフッ素の存在によって発現しにくい(フッ素による歯苔中の細菌の代謝阻害?)、②乳歯う蝕が低罹患であるので、いわゆるInjury spotsの発現が減少する可能性がある。③適度のフッ素がエナメル質の形成期に作用すると、むしろ萌出後の白斑形成を抑制する可能性(歯質の強化)があるからと推測される。そして、この推測の正当なことは、フッ素地帯で「正常」と分類されるもののなかにミルキーホワイトあるいはクリーミーホワイトのエナメル質表面を呈したいわゆる石炭化が十分に行われたとみなされる特有の健全歯の存在が多く認められた事実に現れている。

う歯との関係で同旨の報告を、右高江洲ほか五名が「北津軽地方における飲料水中フッ素濃度群別歯牙フッ素症発現に関する疫学的研究」(口腔衛生学会雑誌第二八巻第三号別刷・昭和五三年一〇月発行)という論文で発表し、さらに、翌五四年にも右高江洲ほか八名が岩手医科大学歯学雑誌第四巻九八―一一二に同旨の論文を発表し、なお、ここでは、フッ素による低う蝕罹患性と歯牙フッ素症発現とは表裏の問題であり、低う蝕罹患性が得られて、なおかつ歯牙フッ素症の発現が軽微であるか、もしくは殆どみとめられない程度でなければならない、との見解を付している。

(二)  ところで、斑状歯が発生せず、しかも、う蝕予防の効果があるフッ素濃度(いわゆる「至適フッ素濃度」、以下この用語による。)は、その地方の平均気温、環境(食生活関係を含む。)及び各個人固有の要因が絡み合って作用するため、一律には定められない。即ち、地域的には、気温の高さに比例して総体的にその住民の水の摂取量は増加するから、絶対値としてフッ素濃度が低いとも、摂取フッ素量は多くなる。個人的要因としては、当然個々人の発育状態、体質、摂取水量が影響するほか、他の食品からの摂取フッ素量も影響する。さらに、大気由来のフッ素も影響するとの見解が外国では発表されている。このような事情から、わが国以外では、水道水フッ素化あるいは天然含有飲料水中のフッ素の安全域の上限値として一・〇ppmと決定しているところが多く、欧米では一ないし一・五ppmまで許容しているところもあるようである。しかし、これを直ちにわが国の基準とし得ないことはいうまでもない。のみならず、前記事情から、わが国内においても各地域により区々たることが当然に生じる。しかもさらに、個人的要因が、至適フッ素濃度地区においてもなお歯牙フッ素症の発現を来す可能性があることにつき、Forsmanらは次のとおり論じている。即ち、乳幼児期の体重増加は個人差が著しく、そのため同一フッ素量でも個人によっては高フッ素量/体重となり、一過性の血中フッ素濃度の増加によって症度発現を来すことが考えられる。歯牙フッ素症発現予防のためには、至適フッ素濃度地区であっても、体重増加の認められる生後六カ月までは母乳保育が望ましい(昭和五四年及び同五七年発表論文)、というのがそれである。

わが国では昭和三三年に公布施行された厚生省令によって、水道水中のフッ素濃度は〇・八ppm以下(ただし、〇・八ppm以下と定められた根拠については、本件全証拠によっても明らかでない。)と定められた。その後数回厚生省令は改正されたが、フッ素に関する右基準は変更されていない。ちなみに、右公的基準が設定されるまでは、同二五年水道協会が設けた一・五ppm以下との基準があるのみであった。フッ素と斑状歯との関係については、わが国でも斑状歯多発地帯において学者らが調査研究し、宝塚地方についても既に同二一年から数年にわたって実施された。宝塚の対象地域の結果は、一部に敷設(大正七年)されていた私設簡易水道による給水のフッ素濃度二ppm、他の井戸や小川の水等による飲料水のそれは〇・七ないし三・五ppmに及ぶことが判明した。このような調査結果等に基づいて、昭和二五年、宝塚地方の至適フッ素濃度は〇・六ppm程度との学説が発表されたこともある。しかし、その後の研究によっても、前記諸要因が複雑に絡み合っていたるため、同地方の至適フッ素濃度はなお未確定の状態である。この状態はわが国全体について共通する。もっとも、宝塚に関しては、被告が調査を委嘱し、同四七年一月一四日発足した、岡山大学医学部教授大平昌彦を会長(同四八年に、前会長京大医学部教授西尾雅七の定年退職に伴う委員辞任により、会長となる。)とし、既に長年にわたって斑状歯とフッ素濃度との関係を研究してきた京大医学部教授美濃口玄ほかいずれも優れた学者、研究者計一二名からなる「宝塚市斑状歯専門調査会」(以下「専門調査会」という。)が二年半にわたって調査研究(調査に当たっては、同調査会から委嘱を受けた前記高江洲義矩らが専門委員として参画した。)した結果、同四九年七月六日提出した最終報告書としての答申の中で、至適フッ素濃度自体としてではなく、安全度を重視した暫定管理基準として〇・四ないし〇・五ppmを上限とすべき旨勧告した。

二1  ところで、《証拠省略》を総合すると、原告山崎維久子を除く原告らには、別紙「原告らの歯牙一覧表」中の各グレード表示下段(以下「下段」という。)記載のとおり疑問型を含めて斑状歯の発現が認められ、右発現状態からみて各人固有の、及び、兄弟間には相通じる各発症状態のあることが推認され、これから推してまた、右原告らの各下段に記載のない歯については、当該各原告の右下段記載の程度を超える斑状歯はないと推認され、また、原告山崎維久子は、その主張の斑状歯の程度と、原告山崎勝治の妹で同原告と生活環境が同様であったと推認されること、及び原告山崎勝治の斑状歯の発現状態から推して、仮に斑状歯の発現があるとしても疑問型を超えるものはないと推認される。そして、この認定を覆すに足る証拠はない。(原告高橋文彦・同高橋正彦・同高橋佳子・同吉見育樹・同瀬川裕永を除く原告らと被告間では、右原告ら主張歯の全部又は一部について、その症度を除き、争いがないこと前記歯牙一覧表に記載したとおりである。)

なお、右各症度の基準は、厚生省基準そのものによるのでなく、より詳細に区分した鑑定人常旭設定基準によること前記(一3(一)(3)末尾)のとおりである。

2  右1にみたとおり、原告らには疑問型から重度に至る斑状歯が発現している。(以下、Mを略し単に「+-」とか「1」等の数値及び着色があるときは右数値に「B」を付記して「1B」等と略記する。)症度別に分類すると、次のとおりとなる。①「+-」段階のものは、原告樋口智裕・同高橋文彦・同高橋正彦・同高橋佳子・同木下敦也・同木下慎悟・同山崎勝治・同山崎維久子・同中村勤・同吉見育樹・同東田二美・同川瀬二郎・同岡村泉・同瀬川敬史・同瀬川善衣・同瀬川裕永の計一六名。②「1」ないし「1B」段階までのものは、原告和田明久・同宮村直利・同町田光樹・同中村二美・同中村里美・同中村利明・同河野和子・同兵頭一弘・同中村幸子・同北嶋隆一・同新名治子・同新名真の計一二名。③「2」ないし「2B」段階のものは、原告村上龍太郎・同宮村直郎の二名。④「3B」段階のものは、原告筒井光一・同筒井康雄の二名。

3  右認定の事実と、《証拠省略》によって認められる原告らの家族(続柄)関係及び別紙「原告らの居住歴・水道水飲用歴表」記載どおりの居住歴等であることを総合すると、次の事実が認められ、この認定を覆すに足る証拠はない。

(一)  原告らのうち、昭和三四年六月一五日以降被告が完成した水道私設による供給水のみの飲用者は、原告筒井光一(兄)(昭和四〇年三月二八日生)・同筒井康雄(弟)(同四二年六月一九日生)の両名を除き、全て①ないし②のグループに属する。なお右原告筒井両名は同四六年六月三〇日まで駒の町二の四で育ち、その間同三八年六月二八日完成した水栓No.一三九〇七の水道水を飲用していた。

(二)  また、武庫川左岸居住者は全て①のグループに属する。

ただ、原告吉見は、その主張の症状をも合わせ考えると、他の同所居住の原告らの症状に比し程度の高いことがうかがわれなくもない。しかし、その原因はむしろ七歳になるまでの間、西宮市に居住し飲用していた飲料水に起因する公算が大きいと推認される。

4(一)  ところで、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められ、この認定を覆すに足る証拠はない。

「2」ないし「2B」段階までの斑状歯は、実質欠損はなく、審美性の観点から問題となるものである。なお、着色自体はフッ素と無関係であること既にみたとおりである。ところで、「2」ないし「2B」段階の斑状歯については、発症者に治癒意思がない場合、歯科医学上これを容認すべきでないというまでのものではない。「1」ないし「1B」についてはなおさらのことである。「+-」に至っては、歯自体のことを考えると、歯科医学上はむしろ治癒する方が好ましくないと考えられている。ここでいう治癒は、硬質レジン前装冠等の装着により審美性を回復するものである。

「3」ないし「3B」段階の歯が、実質欠損を来しているものであることは既にみたとおりであり、原告筒井両名に発症していることも前記のとおりである。

(二)  しかしながら、右原告ら飲用の水道水は前記のとおり昭和三八年六月二八日完成によるもので、他の原告ら飲用の水道水による発症度と比較して重度に過ぎる。しかも、専門調査会の答申中の、フッ素濃度別四地区の居住者に対する歯牙及び全身的影響の有無調査によっても、右原告の居住地を含む当該地区は、最低濃度地区ではないもののこれに次ぐ。同三八、九年ないし四二、三年に出生し、以後同地区で生活する児童中から無作為に抽出した一三九名についての斑状歯検査でも「3」段階のものは皆無である。これらからみると、右原告らの場合は、固有の要因に起因するところが多く、右要因の寄与がない場合の症度はいかに重くとも「2」が限界と推認される。同四七年三月付・近畿弁護士連合人権擁護委員会作成による「宝塚斑状歯事件報告書」中の地区別濃度をみても右に符合している。

なお、右に触れたとおり、専門調査会では全地区の右抽出児童(小学校三年から五年生)につき全身検診をもした。実施種目は、①身長・体重②検尿(蛋白・糖・ウロビリノーゲン、PH定性並びに沈渣③血液生化学検査(GOT・GPT、尿素―N、尿酸、カルシュウム、燐・マグネシュウム、アルカリフォスファターゼ、鉄、テトラソルブ値)④血球計算(赤血球数、白血球数、ヘモグロビン値、血液像)⑤血圧測定⑥心電図⑦手部レ線検査(骨発育検査)にわたる精細なものであった。結果は、肝機能・腎機能・血圧・造血機能・甲状腺機能・骨発育その他のいずれも異常がみられず、身体発育は男女ともに平均値において全国平均を上回り、身体発育に対する悪影響は先ずないといえることが判明した。結局、影響は斑状歯の発現のみである。

そして、原告らに発現した斑状歯の症度は前記のとおり中等度以下のものであり、かつ、昭和四〇年前後当時、なお飲料水中の至適フッ素濃度については諸説があって確定せず、また、低フッ素化の有効適切な手法も開発されていなかった(後記三2(四))。

三  被告と水道水供給(水道事業)に至る沿革等

1  《証拠省略》によると、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

(一)  昭和二六年三月一五日、小浜村が町制の施行によって宝塚町となり、同二九年四月一日、宝塚町と良元村が合併して市制を施行し宝塚市、即ち、被告となった。そして、翌三〇年三月一〇日に長尾村を、同月一四日には西谷村を市域に編入した。なお、同年四月一日に長尾村の一部が伊丹市に編入され、昭和四八年八月一日には川西市との間で境界変更がされた。地理的には、武庫川が被告市のほぼ中央部を西北から東南に流れ、武庫川右岸の旧良元村の地域では、中央を逆瀬川、北部を塩谷川、南境を仁川が東流して武庫川に注いでいる。

(二)  宝塚は古来から温泉をもって知られていたが、明治三〇年に現在の国鉄福知山線が宝塚まで開通し、同四三年箕面有馬電気軌道株式会社(現在の阪急電鉄株式会社)がその終点宝塚に宝塚新温泉を建設して以来観光地として発展した。さらに、近効に大阪・神戸という二大産業都市をひかえていたことから、単に観光地としてだけでなく右二大都市のベッドタウンとしても急激に発展した。即ち、武庫川流域の平坦地は市街地として発達するほか、付近一帯も山麓から山腹にかけて住環境としては良好な住宅地となっている。そしてこれらの住宅開発に伴い、被告の人口は、別紙「人口の推移表」記載のとおり増加している。

2  《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められ、この認定を覆すに足る証拠はない。

(一)  往時、宝塚地方の住民は、主として井戸水、小川の水を飲料水として使用していた。ところが、この飲料水中のフッ素濃度が高く斑状歯が多発したことから、宝塚小林にある「ハクサリ」の地名までつけられたところ(フッ素濃度は少なくとも三ppm前後と推認される。)までも出た。その後、大正七年に宝塚上水道が塩谷川から取水して良元村の一部に給水を開始し、同一〇年に日本土地が西谷村の一部である雲雀丘地区を開発して給水戸数約四〇戸の簡易水道を敷設し、昭和五年には日本住宅が仁川の改修に伴う宅地造成を始め、良元村南部の仁川地区に簡易水道を敷設した。その後の同二二年六月一二日、宝塚上水道は、逆瀬川及び塩谷川の伏流水を水源(逆瀬川上・下水源、旭丘水源、紅葉谷上・下水源)とし、良元村の北部、即ち、逆瀬川流域を中心とした小林・伊孑志・宝塚の三地区を給水区域とする給水人口七〇〇〇人、一人一日最大給水量二〇〇リットル、一日最大給水量一万立方メートルという事業計画を立て、兵庫県から認可を受けた。

右のほか、被告発足以前に宝塚地方で給水を開始した民営水道には、次のものがあった。即ち、昭和一八年給水を開始した正司博美による、御所前の井戸を水源とし、小林字御所前及び臓人字外高松地内を給水区域とする給水人口一八五〇人の簡易水道、同二五年六月一五日給水を開始した仁川上水道組合による、地下水を水源とし、鹿塩字大原、狸合、高丸の一部、桝塚の一部、原條の一部を給水区域とする給水人口五六〇人の簡易水道、同二八年八月一日給水を開始したふかき建設商事株式会社が溪流を水源とし、切畑字長尾山二番地周辺を給水区域とする給水人口一三〇人の簡易水道。

(二)  一方、被告発足以前の公営水道としては、次の二つがあった。

(1) 小浜村が、昭和二五年九月一一日、塩瀬村(現在の西宮市塩瀬町)生瀬字下川原一一一九番地の武庫川左岸堤内地の浅井戸を水源(生瀬水源)とし、山岳地帯を除く村内一円を給水区域とする給水人口二万人、一人一日最大給水量一八〇リットル、一日最大給水量三六〇〇立法メートルの事業計画を立て、その認可を得て直ちに起工し、町制を施行して宝塚町となった後の同二七年に一部に一部給水を開始した。

(2) 良元村が、同二六年七月一二日、武庫川の灌漑用水である伊孑志用水を水源(ただし、水利権の関係で取水が不可能であったため、村内鹿塩字桝塚において、西宮市水道から浄水一日二五〇〇立方メートルを受水することになった。)とし、宝塚上水道の給水区域を除く村内一円を給水区域とす給水人口二万人、一人一日最大給水量一八〇リットル、一日最大給水量三六〇〇立法メートルという事業計画を立てその認可を得て直ちに起工し、同二九年三月給水を開始した。

(三)  被告発足以後の状況

(1) 第一次拡張事業

昭和二九年四月に被告が発足したのを機に、同三〇年四月宝塚上水道の水道施設を買収し、さらに、これと旧宝塚町及び旧良元村から引き継いだ前記公営水道とを統合して合理的に運営するため、同三一年九月一四日、計画目標年度を同四二年度とし、山間部並びに簡易水道地区を除く市内一円を給水区域とする給水人口五万人、一人一日最大給水量二〇〇リットル、一日最大給水量一万立方メートルの事業計画を立ててその認可を得た。水源を含む施設は既認可のものによることとしていた。

(2) 第二次拡張事業

同三〇年三月に長尾村及び西谷村を市域に編入したことに伴い、新市域に対する給水区域の拡張を計画し、同三一年一一月九日、計画目標年度を同三六年度とする。給水人口四万四〇〇〇人、一人一日最大給水量二〇二・三リットル、一日最大給水量八九〇〇立方メートルという基本計画(なお、計画目標年度を同四二年度とする将来計画では、給水人口六万人、一日最大給水量一万二〇〇〇立方メートルとしていた。)につき認可を得て直ちに起工し、同三三年三月に完成した。

(3) 第三次拡張事業

ア その後、市北西部の高台に高級文化住宅が続々と建設され、一人一日の使用水量も急増したため、それまでの施設では満足な給水は不可能になった。また、宝塚上水道から引き継いだ逆瀬川上・下水源、旭丘水源、紅葉谷上・下水源(取水量合計一日二八〇〇立方メートル)は、七ヵ所に小規模の老朽化した施設が点在しており、これらを充分に維持管理することは困難であるうえ、取水量も渇水時には不足を来す状態であった。さらに、前記のとおり昭和三三年七月にはフッ素許容量を〇・八PPm以下とする厚生省令が公布された。そこで、改めて濃度検査をしたところ、右五水源には高度のフッ素が含有されていることが判明し、保健衛生上問題を惹起するおそれがあったため、これらの水源を速やかに廃止せざるを得なくなった(なお、右五水源は、フッ素以外の面では滅菌処理のみで飲用に供し得る水質であった。)。かくして、根本的に計画を検討する必要に迫られ、計画目標年度を同四九年度として、右五水源を廃止して新水源を開発するとともに、良水源を増強し、また、良水源水との混合希釈によってフッ素濃度の低減化を図ることとした。そして、同三四年三月三〇日、次の事業計画について認可を得、直ちに起工した。この計画は、市街地一円のうち川面・米谷・小浜・安倉・中山寺・中筋・山本・平井・宝塚・伊孑志・蔵人の全部、及び切畑・鹿塩・小林の一部を給水区域とする給水人口六万六六〇〇人、一人一日最大給水量三〇〇リットル、一日最大給水量二万立方メートルのものであった。給水区域については、東部配水区(武庫川左岸地区)と西武配水区(武庫川右岸地区)に分け、前者は既設の生瀬水源(取水量一日三六〇〇立方メートル)と新設の小浜水源(小浜字森の下四番地武庫川左岸堤内地の浅井戸で取水量一日五〇〇〇立方メートル)から、後者は従来どおり西宮市水道から一日二五〇〇立方メートルを受水するほか、新設の伊孑志水源(伊孑志字荒地七〇三番地武庫川右岸堤内地の浅井戸で取水量一日五一〇〇立方メートル、ただし、一部は東部配水区への補給水)と旧私営武庫川簡易水道から買収する御所前水源(小林字御所前三の一五番地武庫川右岸堤内地の浅井戸で取水量一日三八〇〇立方メートル)からそれぞれ配水するというものであった。

イ 第一次変更

前記正司博美簡易水道は同三五年四月一日以降給水せず、同日以降その給水区域に被告が給水することになった(これにより、小林の全部に被告が給水することになった。)。そこで、同三五年四月一日、給水人口六万八九〇〇人、一人一日最大給水量二九〇リットルに計画を変更することについて認可を得た。

ウ 第二次変更

前記仁川上水道組合の給水区域にも被告が給水することになり、同三六年一二月二二日、給水人口六万九四〇〇人、一人一日最大給水量二八八・二リットルへの変更計画について認可を得た。なお、同三七年四月、取水地点の変更により伊孑志水源が小林水源(小林字亀井堂一五番地武庫川右岸堤内地の浅井戸で取水量一日五一〇〇立方メートル)になった。

エ 第三次変更

その後も高級文化住宅の建設が続き、一人一日最大給水量二八八・二リットルでは過少となった。このように、給水を増量しなければならなくなったが、武庫川表流水取水の水利権確保について、同川下流所在の西宮市・伊丹市・尼崎市の水利組合との折衝が落着するまで水量の増加は望めなかった。そこで、同三八年三月二七日、計画目標年度を同四〇年度に短縮し、給水人口六万五〇〇〇人、一人一日最大量三二〇リットル、一日最大給水量二万一〇〇〇立方メートルに計画を変更することについて認可を得た。水源関係については、御所前水源の施設、用地を所有者正司博美から買収して充てることとし、再三協議したが、金額面で折合がつかず、結局、惣川水源(切畑字長尾山一五番地で武庫川支流の惣川表流水を取水するもので、取水量一日四八〇〇立方メートル)を新設することになった。

(4) 第四次拡張事業

ア 都市周辺部の農地、山地の住宅地化による市勢の急激な発展と、文化向上に伴う生活様式の変革により、昭和四〇年一〇月現在において、予想を上回る給水人口七万九三六七人、同年七月の一日最大給水量二万七三六五立方メートル、しかも、なお市勢の発展は止まらなかった。一方、前記折衝中であった武庫川表流水取水の水利取得の見通しもついた。このような事情から、水源、送配水系統について抜本的な検討が必要となり、その結果、同四一年二月一六日、計画目標年度を同五〇年度とし、給水人口一四万人、一人一日最大給水量四〇〇リットル、一日最大給水量五万六〇〇〇立方メートルとする事案計画について認可を得、直ちに起工した。水源については、水利組合の承諾を得て、武庫川右岸の伊孑志井堰水利を灌漑用水の支障のない範囲で、かつ、一日平均一万七五〇〇立方メートル、一日最大二万立方メートル以内において原水として使用することになった(武庫川水源)。しかし、夏期渇水期には水量不足が予想されるので、あらかじめ逆瀬川上流の深谷池(容量二二万四〇〇〇立方メートル)を予備水源とした。他に新水源として、既設の小浜水源敷地内に取水量一日五〇〇〇立方メートルの深井戸によるもの(小浜第一水源)と、これより五〇〇メートル上流の川面字大川原一九番地武庫川左岸堤内に取水量一日五〇〇〇立方メートルの浅井戸によるもの(川面水源)を予定し、さらに、御所前水源を復活させることにした。

イ 第一次変更

ところが、武庫川水源の表流水は夏期渇水期における水位低下が極めて著しく、再調査の必要が生じた。右調査の結果、同四四年三月一八日、武庫川水源の取水地点を末広町二番地に変更するとともに、夏期渇水期における武庫川表流水への依存量を一日一万立方メートルに低下させ、その減量分を新設の高松水源(高松町一番地の浅井戸で取水量一日五〇〇〇立方メートル)及び既設水源余裕分で補い、また、夏期水位低下による取水不可能な日数を一九日間から一一〇日間に拡張改定し、この間の必要水量九〇万立方メートルを深谷池に貯溜すること、及び御所前水源に代わり小林第二水源(小林字亀井町一二番の浅井戸で取水量一日五〇〇〇立方メートル)を新設することに計画を変更することについて認可を得た。

ウ 右のような経緯のもとに事業が実施され、その間昭和四〇年までに前記五水源中の旭丘水源、紅葉谷上・下水源が廃止され、その後同四六年までに逆瀬川上・下水源が廃止された。

(5) 第五次拡張事業

ア 市勢の発展はその後も止まらず、これに伴う必要給水量確保のため、昭和四七年八月三一日、計画目標年度を昭和五〇年度とし、給水人口一六万五〇〇〇人、一人一日最大給水量五一〇リットル、一日最大給水量六万七三二〇立方メートルとする事業計画について認可を得、直ちに起工した。水源については、小浜第二水源(小浜二丁目五番の深井戸で取水量一日四八〇〇立方メートル)、亀井水源(亀井町九番地の深井戸で取水量一日三三五〇立方メートル)、川下川水源(長瀬字イツリハで武庫川支流の川下川表流水を取水するもので取水量一日二万立方メートル)を新設することになった。

イ 第一次変更

ところで、高松水源はフッ素濃度が〇・八ないし一・〇ppm前後であったため、フッ素除去方法を検討していたところ、昭和四七年、日本大学生産工学教室の金井昌邦教授から電解法によるフッ素除去方法を知らされた。直ぐ現地にテストプラントを設け、数年間にわたって実用開発に努めた結果、開発に成功し、実用可能となった。そこで、同四八年三月三一日、高松水源にある高松浄水場の浄水法を、フッ素除去電解設備を使用する電解除去方式に変更する認可を得て直ちに起工し、総工費約一億八〇〇〇万円をかけて同五〇年二月右設備を完成した。なお、右電解除去方式は、水中のフッ素を電気分解によってイオン化したうえ、水和したカルシウムイオンと結合させてコロイド状のフッ化カルシウムを折出させ、これを電解ケイソー土のフロックに吸着させて水と分離させるものである。この方式による上水中のフッ素除去率は、七〇ないし九七%である。

ただ、この装置については、その処理水量が四〇〇〇ないし五〇〇〇立方メートル/日に止まるため平均フッ素濃度の低下に貢献することは少ない。処理水量、除フッ素効果の点でさらに大規模なものの研究開発に取り組む必要がある、との指摘が前記専門調査会の答申の中でされた。右指摘は、遅くとも昭和四六年六月以降は全市的に厚生省令基準の〇・八ppm以下を達成していることを確認したうえで、なお前記暫定基準として勧告した〇・五ppm以下になることを期待する、としてされたものである。

なお、当時右装置以上の機能をもつものは開発されていなかった。このことは、右装置の実用開発について右調査会の担当委員として助言指導をしていた大阪市立大学理学部教授鶴巻道二作成の同四八年二月二二日付「電解・浮上法による除フッ素処理についての見解」中に、硫酸アルミニウムの大量添加により、除フッ素処理が可能との報告もみられる、とある程度のものであることから推測される。この推測は、同四六年六月以来被告の責任追及をしていた「宝塚市斑状歯から子どもを守る会」が同五〇年一二月発行した会報の中で、被告と同様の問題をもつ西宮市の対応姿勢に触れ、同四七年時点で同市が活性アルミナによるフッ素除去装置を採用していることに触れているが、その効果については記載がないことや、同市が被告同様斑状歯多発地帯であったことは右調査委員の熟知するところであり、右装置が採用に値するものであれば、当然に右鶴巻の報告時点までに少なくとも問題として採り上げられ、実用開発に着手するよう、具体的指摘が行われたであろうと考えられることからもまた、誤りがないと考えられる。この事情は、後記四1(一)の除去器(陰イオン交換性合成樹脂(ダイアイオンA)による。)その他同種の器機ないし装置類についても同様である。右ダイアイオンAによる除去器については右調査会の委員美濃口教授が関与して開発普及に尽力したものであり、また、被告供給水と斑状歯の問題を専門歯科医として初めて公に提起し、以後その対策樹立に熱心な活動を続けていた伊熊和也も右除去器の普及が図られたことを知っていたが、いずれも、その再度の採用等についての提言などしていない。その他にも真に有効適切な除去装置類があったとすれば、当然、当時の代表的専門学者らからなる右調査会あるいは右伊熊医師らからその旨の指摘があったはずであるが、これもなかった。

3  《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められ、この認定を覆すに足る証拠はない。

前記被告の水道敷設及び数次にわたる拡張事業に伴う投資と財政上の支出比率並びに類似都市のそれとをみると、別紙「被告及び類似一〇市の歳出(支出)決算額統計一覧表」記載のとおりである。右一覧表中の被告の「上水道会計C」のうち、昭和三五年度以前は特別会計水道費の歳出決算額と同水道敷設費の歳出決算額との合計額であり、同三六年度以降は収益的支出中の水道事業用決算額と資本的支出の決算額との合計額である。同表の被告の「上水投資額E」中、昭和三五年度以前は水道敷設費の歳出決算額、同三六年度は拡張事業費と改良事業費の各支出決算額の合計額であり、同三七年度以降は建設改良費の支出決算額である。

被告の水道事業が地方公営企業法の適用を受けることとなった昭和三六年度から同四七年度までの各年度の被告及び類似一〇市(ただし、八千代市は昭和四三年度以降。)の有形固定資産額、借入資本金額及びこれらの給水人口一人当りの額は、別紙「有形固定資産及び借入資本金の調べ(投資関係)一覧表」記載のとおりであり、別紙「給水人口一人当りの有形固定資産額の推移」及び「給水人口一人当りの借入資本金額の推移」はこれをグラフ化したものである。

なお、右類似都市としては、兵庫県内では、被告と人口規模が類似し、近隣する伊丹・川西・加古川市を、他の埼玉県春日部市、千葉県八千代市、東京都立川市・武蔵野市・府中市・調布市、京都府宇治市は次の基準で選出したものである。即ち、昭和六一年一月に財団法人地方財務協会が発行した「類似団体別市町村財政指数表」において、人口及び産業構造により二八類型に分類された都市のうち、被告と同一類型、即ち、人口規模が一三万人以上二三万人未満で、二次産業(工業)及び三次産業(サービス業)を合わすと九〇%以上であって、かつ三次産業が六〇%以上の産業構造をもつ市とされた二八市のうち、水道の創設・供給開始が戦後で、かつ関東地方以西の市。右都市のうち、川西市・調布市は同三〇年度以降、また、右両市と宇治市は一部につき不明、八千代市については同四〇年度以降のものである。

右支出及び被告と他市とを対比しての予算中に占める比率をみると、被告の前記水道事業への投資は、多額の借入金を含めて高額に及び、また、予算中に占める比率も高率になっていて、水道事業に特に力を入れていたことが認められる。

もっとも、右事業の重視については、前記のとおり市勢の発展に伴う住民増加に対処して、十分な供給水量確保の必要があったことがまた一つの大きな要因となっていたことは明白であり、低フッ素化のみを図ってのものでなかったことは事実である。しかしながら、当時給水中の低フッ素化法としては、前記新水源の開発、良水源の増強及び低フッ素含有水源水との混合希釈が最たるものと考えられていたのであって、被告の前記事業が低フッ素化目的事業と背反するところは全くなく、両目的は同時に満し得る性質のものである。

四  そこで次に、被告の責任の有無について判断する。

1  これまでにみた事実と《証拠省略》を総合すると、次のとおり認められ(る。)《証拠判断省略》

(一)  水道供給水中の含有フッ素濃度について公的基準が規定されたのは、昭和三三年厚生省令で定められた上限を〇・八ppmとするものである。ただし、この数値の設定根拠は、他の多くの外国の基準が一ないし一・五ppmであるのに対し、わが国の地形が北から南に地理的緯度が長い形態で、平均気温、生活環境等が異なる多くの地域にまたがることをも考慮した結果によるものか否か、本件全証拠によっても明らかでない。右基準規定前は、昭和二五年水道協会が一・五ppm以下とする基準を設けていた。したがって、右協会による基準設定前には、宝塚地方に既に私設簡易水道が一部敷設されていたが、フッ素濃度についての規制基準がなく、このため、前記(一4(二))のととり二ppm含有の供給水すらあった。他の井戸や小川の飲料水に至っては最高三・五ppmに及ぶものがあり、これらの地域は斑状歯多発地として知られていたのである。このため、昭和二一年から京大医学部等と兵庫県当局が協力して飲料水含有フッ素濃度と飲用者への全身的悪影響の有無について調査研究した。その結果、右高濃度地区の児童で高度の斑状歯発現者には白血球減少症や骨部の変化がみられたと報告されたと伝えられている。右研究結果に基づき、同二四年同県衛生部内に右大学等の協力のもとに、「兵庫県弗素被害対策委員会」が設けられ、前記陰イオン交換性合成樹脂(ダイアイオンA)によるフッ素除去器の普及が図られたが、殆ど実用に供されないままに終った。右委員中に前記美濃口教授も加わっていた。

(二)  右のとおり、フッ素含有量の多い井戸水等を飲料水としていた地区として旧良元村地区があり(含有量二ないし三ppm)、当然斑状歯罹患者が多く、水道敷設が急務とされていた。かくして、同二六年二月同村は給水人口二万人、一日最大給水量三六〇〇立方メートルの事業計画を立てて認可申請をし、同年七月認可を受け、水源を武庫川の伏流水に求めた。しかし、水利権問題が解決せず、このため、西宮市から浄水一日二五〇〇立方メートルの分水を受けて、同二九年三月通水を開始した。

なお、旧小浜村(後の宝塚町)は、良元村の前年の同二五年四月同規模の事業計画を立てて認可を申請をし、同年九月認可を受けて直ちに着工し、町制施行後の同二七年に完成して通水を開始した。

(三)  その他の水道敷設の状態は前記(三2)のとおりであるが、前記厚生省令によるフッ素濃度の上限規定が設けられたことから、被告は、前記(三2(三)(3))のとおり全水源を調査検討し、問題を含む五水源について安全を期するため、新水源への切替えと良水源の増強、良水源水との混合希釈等によって改善を図ることとし、昭和三四年三月三〇日その事業計画について認可を受け直ちに起工した。その後も、数次にわたる事業を実施して水質改善を図った。そのための投資、予算比率が類似他都市と比較して高額であり高比率であることは、住民の増加に伴う供給水量確保の必要性があったことを考慮しても、なお認められること前記(三3)のとおりである。

そして、右事業により事実水質が改善されていたことは、原告ら中、同年六月一五日以後完成した水道施設の供給水のみの飲用者にみられる斑状歯は「1」の段階に止まり(ただし、原告箇井兄第が例外である(同原告らに固有の要因に基づくものと推認される。)ことは前記(二4(二))のとおり。)、しかも、より後期完成の供給水のみの飲用者ほど症度が軽いという一般的傾向が認められることや、専門調査会の答申でも同四六年には全市にわたり〇・八ppm内になっていたと認めていることに現れている。

なお、宝塚市歯科医師会(以下「歯科医師会」という。)では会員中の伊熊和也医師が同四六年五月斑状歯問題を公に提起した以前の、遅くとも同四〇年前後から水道水のフッ素濃度低減化の実があがっているか否かについて継続的に注目し、このため水質検査を大阪歯科大学等に委嘱し、その分析結果に基づいて被告実施の事業成果を確かめ、一定の評価を与えつつ、なお、引続き一層の努力をされたい旨の提言を続けていた。したがって、被告としては、この面からも有効な事業の達成を怠り得ない情況下にあった。なお、被告が採ったフッ素濃度低減法は、新水源の開発、良水源の増強のほかは原則として混合希釈法である。右希釈法は当時最有効とされていたもので、被告はその後これに加えて補助的にフッ素除去装置を用いた。後者は、前記のとおり同四七年実用化への開発に着手し、同五〇年完成して稼働させたものである。右開発着手時の同四七年には被告の供給水は既にフッ素濃度が厚生省令規定基準内になっていたのであって、右装置は、専門調査の前記暫定管理基準勧告前ながら、実質上右基準を目指し、その実現を期して稼働させたものである。フッ素濃度の低減装置類の詳細は前記三2(三)(5)・三3にみられたとおりであり、当時有効適切なフッ素除去装置としては他に見当らなかった。

被告はこのように含有フッ素の低減化に努力していたが、その効果は実施中の事業の進捗に対応してあがっていること確実、との考えと、さらに根本的には、これ以上の改善事業は現実には不可能、との考えが暗々裡に支配していたこと等から、長期にわたってフッ素濃度につき所定の測定を怠った。この安易というべき態度が、後刻斑状歯問題が表面化した際、科学的資料に基づく合理的説明をすることにより少なくとも事業の進捗に対応した改善過程を明示でき、相当程度紛争の激化防止ができたであろうのに、右資料提示不能のため、無用の混乱を惹起する一因を作った。それだけでなく、右資料を欠くため、専門調査会での、過去における各水源等のフッ素濃度判定作業でも、一種の推計法で、複雑かつ多大の労力を要する管網計算によって算定するほかなくし、右算定値が直接的測定値に比し幅の広い誤差許容率を認めざるを得ないところから、読む者の受取り方に恣意性が入る余地を生じ、これがまた紛争の早期解決に支障を来す一因となった。被告には、他にも次の①・②のような不手際があって、市民の不信感を募らせた。殊に②の不手際は、治療補償制度が設定されて円満解決の達成が間近であったのに一挙にこれを無にし、本件争訟に至らしめる遠因となった。①渇水期の予備水源として昭和四七年七月深谷池ダムを完成させたところ、フッ素濃度が高くて使用に適しないことが判明し、市民に、被告は斑状歯問題を真剣に受けとめてない、また、貴重な予算の使用がずさん過ぎるとの非難、不信感、不満感を募らせた。②その後、専門調査会の答申も出、被告の供給水によっては斑状歯以外身体に悪影響は及んでいないこと、フッ素濃度も昭和四六年六月には全市的に〇・八ppm内にあったこと、ただし、至適フッ素濃度は諸要因が複雑に絡みあっている(この点の詳細は前記一4(一)・(二)のとおり。)ため確定不能であり、したがって安全を期し、暫定管理基準として上限を〇・四ないし〇・五ppmとする(この点につき、伊熊医師は、証人として、右暫定管理基準については、右調査会長大平から「0」に近づけるべきものであるが、現実には無理であるので、右上限とした、旨聞いた記憶がある、と証言する。しかし、適量のフッ素含有が人体にむしろ有益であることは少なくとも専門学者らには既に古くから判明し、右調査委員中の美濃口教授は古くからこれについて論じ、他の調査委員らも熟知していることから推して、右証言は措信できない。)、被告は右基準を遵守すべきことを望む旨勧告されていた(この答申については前記一4(二))ことその他の諸事情を勘案し、斑状歯被害者らと協議を重ねた結果、斑状歯の治療補償制度を昭和五〇年八月三〇日に設け、以後治療補償を始めた。これによって紛争は一応解決の決着をみ、その後は被告の具体的補償実施状態に目が注がれていた。ところで、右補償給付適格者の認定に当たり、適格者として充足すべき要件中の一つに、歯牙の石灰化開始期から歯冠部完成期までの間、所定の居住歴・飲用歴を有することが規定されていた。右要件充足の有無は、各申請者の右居住歴等の資料と右石灰化開始期等との機械的対比によって判断し得るもので、あえて担当歯科医(本件では被告の委嘱を受けた認定医)の労を煩わす要はなく、効率上からも被告の担当者を補助者としてこれを審査させるのが至当と考えられて、当初からの被告の斑状歯対策室長がその任に当たっていた。ところが、同五五年五月、右室長が右審査に当たり相当期間にわたって、ミスを犯していたことが判明した。斑状歯罹患者らは、被告が補償給付予算の削減を図るため、故意に右虚偽記載をするようにした旨主張し、各新聞がこれについて大々的に報じたため、大問題となった。右室長は、算定期間の変更があったこと等からつい思い違いをし、その後これに気付かないまま犯してしまったミスと弁明し、その上司らも同旨の弁明をして陳謝し、直ちに善処する旨述べたが、信じられず、同年七月五日、「斑状歯被害者の会」会員らと伊熊医師が右室長を神戸地方検察庁に虚偽公文書作成罪で告発した。その後、その上司らを同様告発した。右地検では捜査の結果、右室長弁明どおりの単純ミスと判断し、嫌疑なしとして事件を処理した。この結果は新聞紙上に報じられたが、一旦生じた不信感は消失せず、結局本件争訟の遠因となった。なお、右室長のミスがその弁明どおりのものであったことは事実である。

(四)  ところで、歯科医師会は右のとおり被告の事業に伴う実効の有無について注目し、被告が努力を怠ることがないよう見つめてはいたがそれ以上表面立った動きはしなかった。これには次の事情があった。即ち、現に改善事業が進行中であり、至適フッ素濃度についても諸説があるのであって、問題になっている斑状歯の発現が果して水質のみに起因するのか、即ち、飲用者固有の要因その他の要因について考慮する必要がないといい切れるのか等不明な点が残っていること、及び往時の飲料水と異なり他の身体への影響は先ずないと考えられること等から、軽々な発言は市民にいたずらな不安を抱かせることになって妥当でない、との考えが大勢を占めていたからである。

(五)  しかし、右会員中の伊熊医師の目には、右歯科医師会の態度は余りにも被告側の怠慢に目を蔽い被害者を無視した態度のように映った。もっとも、その根底には、同医師が先にみた右歯科医師会がもつ至適フッ素濃度等に関する考え方と根本的に異なる考え方をもっていた事情があることを見逃せない。同医師は、至適フッ素濃度の確定が不能である以上、フッ素濃度は低いほどよいと考えていた。このようなことから、同医師は、昭和四六年五月斑状歯問題を公に発表し、これが報道されて問題がクローズアップされ、以後の、被告に対する責任追及運動及び専門調査会の設置、さらに前記治療補償制度設定の契機を作り、また、同医師がその後引続いて行った活動が右調査会の設置、補償制度の設定実現に貢献した。その間、歯科医師会の会員中には、伊熊医師の右発表行為に対し、軽率である、とか、売名行為である、とか、歯科医師会があたかも被告の無責任な態度を容認し、擁護してきたかのように市民に受取られることになり甚だ遺憾等の非難ないし怒りを生じ、これを同医師に直接、間接に表わすものが出、ときには行き過ぎの嫌いがある言動に出たものもあった。歯科医師会自体と同医師との間にも当然確執が生じ、これが一時紛争助長の一因となった。

(六)  伊熊医師による右問題提起を機に被告が実態調査に取組み専門調査会による詳細な調査を得、その後昭和五〇年八月三〇日治療補償制度を設けて実施してきたこと及び前記記載ミスが起こるまでは円満解決ほぼ間違いなしと考えられる好ましい情況が続いていたことは先にみたとおりである。原告らのうちにも右治療補償をうけたものが相当数あり、その具体的状態は「原告らの斑状歯牙一覧表」中の記載どおりである。なお、原告らのうち被告供給水の最も早い飲用者は原告川瀬二郎(同二七年四月一六日生・居住地鹿塩二丁目)で二歳一カ月時(飲用開始水道昭和二九年五月一七日完成の水栓No.二一六三)であり、その症状が疑問型であること、他の原告らの症状が原告筒井兄弟(「重度」)を除いて疑問型ないし中等度に属すること及び原告筒井兄弟は同人ら固有の要因の寄与率が大きいと認められること並びに各段階の斑状歯に対する治療の必要性の有無、その治療法、その他の詳細は前記(二2・3)のとおりである。

2  右認定の事実を勘案すると、被告に対し不法行為責任ないし国家賠償責任を問うことは相当でないというほかない。その理由は次のとおりである。即ち、なるほど宝塚地方には斑状歯多発のため、かつて「ハクサリ」という地名の土地まであり、昭和二四年ころには兵庫県衛生部でもフッ素除去器の普及を図ろうとしたことがあった。しかし、その対象飲料水は井戸水ないし小川の水で含有フッ素濃度二ないし三・五ppmにも及ぶものであった。このため、旧良元村では同二六年二月水道敷設を図り、第三者の水利権問題に阻まれて所期どおりの進捗はしなかったものの同二九年六月には西宮市から浄水の分水を受けて通水を開始している。また、旧小浜村も同二五年九月水道事業の認可を得て直ちに起工し、宝塚町制施行後の二七年に通水を開始(一部)した。したがって、同二四年頃の右状態をそのままあてはめることは妥当でない。もっとも、右供給水中のフッ素濃度が右井戸水等のそれより相当低かったことは推認できるが、確定できない。ただ、同二五年に水道協会が上限を一・五ppmとする基準を設けていたことは看過できない。被告が飲料水の供給を開始したのは市制を施行した同二九年四月一日からということになるが、原告川瀬二郎が始めて飲用した被告の供給水は、二歳一月時から飲んだ同年五月一七日被告完成によるもの(水栓No.二一六三)である。同原告に発現した斑状歯は疑問型である。ところで、当時はなお公的フッ素濃度の規制はなかった。同三三年七月厚生省令により初めて上限を〇・八ppmとする基準が規定された。外国でかなり多い至適フッ素濃度一ppmないし欧米中にみられる一・五ppmに比して低いが、根拠は不明である。至適フッ素濃度はその地域の気温、食生活を含む環境、飲用者固有の要因その他の諸要因が複雑に絡み合っているため確定しがたく、現在なお同状態にある。このような事情を合せ考えると、右公的基準が規定されるまでの間に、被告敷設の水道施設中に右基準を若干上回る供給水を通水していたものがあったとしても、これをもって直ちに被告に過失があったというのは当を得ない。問題とすべきは、右公的基準が規定されたことにより、被告がいかに対処したかである。この点、被告は右基準設定後直ちに各水源を調査し、右基準に抵触ないしそのおそれがある五水源について新水源への切替え、既存良水源の増強、良水源水との混合希釈による改善事業に着手し、他に補助的に、約三年間実用開発に努めて完成したフッ素電解除装置を同五〇年二月高松水源に設置した。大事業で巨額の投資を要した。事業継続中に人口の急激な増加、これに応ずる給水量確保のための工事拡張変更があったにしても、予算中にしめる比率は高く、他の類似都市との対比率においても高率である。右規模を超える事業を被告に求めることは現実には無理である。

なお、右混合希釈法は、前記のとおり新水源の開発、良水源の増強のほか、当時低フッ素化法として最有効視されていた方法であり、右フッ素電解除去装置も当時他にこれに優る有効適切な装置類は見当たらなかった。このように、被告が選んだ手法も適切で、これ以上のものは望むべくもなかった。そして、被告の右改善事業の実が現実にあがっていたことは、次の事実に現れている。即ち、歯科医師会が行っていたフッ素濃度の測定によりその低減化が認められており、専門調査会の調査によっても同四六年六月には全市的に右公的基準内になっていたことが確認されている。また、原告らの斑状歯の発現状態をみても、同三四年六月一五日以降、後期完成の供給水の飲用開始者ほど症度が軽くなっている一般的傾向が認められる。なお、被告の供給水によって他に身体的影響が及んでいないことも、専門調査会の精密な全身検診によって確認されている。これらの事情に鑑み、斑状歯の発現が生活環境、個人的な固有の要因等の諸要因が作用していること及びその発現による被害と通水停止(当時有効適切なフッ素除去装置が見当たらなかったこと前記のとおり。)による生命保持等に対するより大きい障害惹起、さらに他の極めて多数の斑状歯とは無縁の飲用者の生命ないし生活を脅かすことになること等とを対比してその功罪を考量するとき、通水継続を是とすべきであって、通水停止をすることはむしろ公益に反するというべきである。

以上のとおりであるから、被告に対し不法行為責任ないし国家賠償責任を問うことはできない。

原告らに生じた被害の救済は、右のような被害の発生事情からみて、現に被告が実施している補償に待つほかない。

なお、被告には前記不手際があって被害者らの怒りをかい、無用の混乱を生じさせたが、被告の採った改善事業の客観的妥当性を損うものではなく、本件と直接関係しない。

伊熊和也医師関連の事実も右同様本件とは無関係である。

五  右にみたとおり、原告らの本訴請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条・九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 和田功 裁判官 辻川昭 裁判官 中里智美)

〈以下省略〉

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