大判例

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大阪地方裁判所 昭和58年(ワ)4698号 判決

原告

日本住宅金融株式会社

右代表者

大藤卓

右訴訟代理人

太田忠義

堀弘二

増井俊雄

被告

田中元

被告

田中博子

被告

篠原忠一

被告

伊元博

右被告篠原、同伊元両名訴訟代理人

長池勇

主文

1  被告田中元及び被告田中博子を賃貸人、被告伊元博を賃借人として別紙物件目録(一)記載の土地及び(二)記載の建物についてなされた別紙賃貸借契約目録(一)記載の賃貸借契約を解除する。

2  被告篠原忠一を賃貸人、被告伊元博を賃借人として別紙物件目録(二)記載の建物についてなされた別紙賃貸借契約目録(二)記載の賃貸借契約を解除する。

3  被告伊元博は、本判決第一項が確定したときは、別紙物件目録(一)記載の土地及び(二)記載の建物について、別紙登記目録(一)記載の賃借権設定仮登記及び(二)記載の賃借権移転仮登記の各抹消登記手続をせよ。

4  原告の被告篠原忠一及び被告伊元博に対するその余の請求を棄却する。

5  訴訟費用中、原告と被告田中元、被告田中博子との間に生じた分は同被告らの負担とし、原告と被告篠原忠一との間に生じた分はこれを二分し、その一を同被告の、その余を原告の、原告と被告伊元博との間に生じた分はこれを三分し、その二を同被告の、その余を原告の各負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告田中元、被告田中博子を賃貸人、被告伊元博を賃借人として別紙物件目録(一)記載の土地及び(二)記載の建物についてなされた別紙賃貸借契約目録(一)記載の賃貸借契約を解除する。

2  被告篠原忠一を賃貸人、被告伊元博を賃借人として別紙物件目録(一)記載の土地及び(二)記載の建物についてなされた別紙賃貸借契約目録(二)記載の賃貸借契約を解除する。

3  被告伊元博は、別紙物件目録(一)記載の土地及び(二)記載の建物について、別紙登記目録(一)記載の賃借権設定仮登記及び(二)記載の賃借権移転仮登記の各抹消登記手続をせよ。

4  被告伊元博は原告に対し、別紙物件目録(一)記載の土地及び(二)記載の建物を明渡せ。

5  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告篠原、同伊元

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五四年一二月一四日、被告田中元に対し、二八〇〇万円を次の約定で貸し渡した。

(一) 昭和五五年一月から同七九年一二月まで毎月一二日限り二三万二六七八円宛(元利金)を返済する。

(二) 利息は年8.8パーセント、遅延損害金は年14.6パーセントとする。

(三) 借主が右分割弁済を遅滞し、貸主からの催告を受けながら次期の返済期日を徒過したときは、期限の利益を失い、残元金を即時に支払う。

2  別紙物件目録(一)記載の土地及び(二)記載の建物(以下、両者をあわせて本件物件という)は、被告田中元、同田中博子の共有(持分各二分の一)に属していたところ、右被告両名は、昭和五四年一二月一四日、被告田中元の前項の貸金債務を担保するため、原告に対し本件物件につき抵当権を設定し、同日その旨の抵当権設定登記を経由した。

3  被告田中元、同田中博子は、昭和五六年一二月二五日、訴外富永純夫に対し、別紙賃貸借契約目録(一)記載のとおりの約定で本件物件を賃貸した(以下、(一)の賃貸借という)うえ、別紙登記目録(一)記載の賃借権設定仮登記を経由したところ、訴外富永は、昭和五七年二月二七日、右賃借権を被告伊元博に譲渡し、同登記目録(二)記載の賃借権移転仮登記(付記登記)を経由した。

4  さらに、被告田中元、同田中博子は、昭和五六年一二月二五日、訴外富永純夫に対する債務を担保するため、本件物件の所有権を同訴外人に譲渡したところ、訴外富永純夫は、昭和五七年二月二七日、被告篠原忠一に対する債務を担保するため、本件物件の所有権をさらに同被告に譲渡した。

5  しかるところ、被告篠原忠一は、昭和五七年二月末ころ、被告伊元博に対し、別紙賃貸借契約目録(二)記載のとおりの約定で本件物件を賃貸し、(以下、(二)の賃貸借という)、同年三月一日これを同被告に引渡したので、本件物件は現に同被告において占有している。

6  (一)及び(二)の賃貸借は、いずれも民法六〇二条に定める期間を超えないいわゆる短期賃貸借であつて、抵当権者である原告に対抗することができるものであるが、次のような事情からも明らかなように抵当権者である原告に損害を及ぼすものである。

すなわち、原告の被告田中元に対する本件貸金債権は、昭和五八年一一月一二日現在で元金二七四二万三四三五円、二年分の損害金八〇〇万七六四三円(以上合計三五四三万一〇七八円)であるところ、本件物件の時価は約二六〇〇万円であつて、抵当権実行によつて債権全額の弁済を受けうることは当初から不可能であつたものであるが、その上さらに、賃料一か月三〇〇〇円、譲渡・転貸自由という(一)の賃貸借、保証金七〇〇万円、賃料一か月四万円という(二)の賃貸借のごとき常識ではとうてい考えられないほど賃貸人にとつて不利益な賃貸借が本件物件についてなされた結果、その価額は著しく低下し(本件物件に対する競売事件での最低一括競売価額は一八四八万円である)、原告の抵当債権が満足を受ける額はなお一層減少するに至つたものである。

7  よつて、原告は、民法三九五条但書に基づいて、(一)の賃貸借の当事者である被告田中元、同田中博子及び同伊元博、(二)賃貸借の当事者である被告篠原忠一及び被告伊元博に対し、右各賃貸借の解除を求めるとともに、物権である抵当権に基づいて、被告伊元博に対し、別紙登記目録記載の各登記の抹消登記手続と本件物件の明渡を求める。〈以下、省略〉

理由

一、二〈省略〉

三しかるところ、〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

(一)  原告の本件抵当権による被担保債権は、本件口頭弁論終結の時点において、元金二七四二万三四三五円、二か年分の遅延損害金八〇〇万七四六三円の合計三五四三万一〇七八円であるが、賃借権の負担のない場合における本件物件の時価は約二六二三万円(土地が一四四六万円、建物が一一七七万円)である。

(二)  原告より本件抵当権の実行として本件建物につき競売の申立がなされたところ(神戸地方裁判所尼崎支部昭和五七年(ケ)第四五号)、執行官の現況調査により、被告伊元博が(二)の賃貸借に基づいて本件物件を占有していることが明らかになつたことから、そのことを前提として、本件物件の最低一括売却価額が一八四八万円(土地六八三万円、建物一一六五万円)と定められた。

(三)  本件物件程度の不動産を賃貸する際の賃料としては一か月一二万ないし一三万円、保証金(敷金)としては一〇〇万円程度が相当であり、それが相場であるとみられる。

四以上の事実関係を前提として考えるに、まず、本件物件についてなされた(一)の賃貸借(及び賃借権の譲渡によつて被告伊元博との間へ移転した賃貸借。以下同様)が民法六〇二条に定めた期間を超えない賃貸借で抵当権の登記後に登記したものとして、民法三九五条本文所定のいわゆる短期賃貸借に当たることは明らかである。さらに、(二)の賃貸借のうち別紙物件目録(二)の建物の賃貸借についても同様に解することができる。けだし、右賃貸借が登記されたものであることについてはなんらの主張も立証もないけれども、これが賃貸人から賃借人である被告伊元に引渡されたことにより借家法一条に基づく対抗力を備えるにいたつた以上、このような賃貸借もまた民法三九五条にいう「登記シタルモノ」に当たるものと解するのが相当だからである。(大審院昭和一二年七月九日判決、民集一六巻一一六三頁参照)。この点につき、被告は、(二)の賃貸借の賃貸人が抵当権設定登記後に本件物件の所有権を取得した被告篠原であることを理由に、このような者を賃貸人とする賃貸借はおよそ抵当権者には対抗できないのであるから、民法三九五条の賃貸借には当たらないというけれども、同条は抵当権設定後における抵当不動産の利用を容易ならしめこれを保護することをもつて趣旨とする規定であつて、同条による賃貸借は、それが有効なものである以上、何ぴとが賃貸人であるかを問わないものというべきであるから(大審院昭和一二年五月一四日判決、民集一六巻八六八頁参照)、被告の右の主張は採用することができない。

しかしながら、別紙物件目録(一)の土地についての(二)の賃貸借は、民法三九五条の賃貸借には当たらないというべきである。けだし、この賃貸借(借地権)について登記がなされたとの点につきなんらの主張も立証もないばかりでなく、建物保護法その他の法規に基づいて対抗力を備えたことを基礎づける事実についても全く主張立証がなく、したがつて、これが抵当権者に対抗しえないものであることは明らかだからである。そうすると、右賃貸借に関する限り、民法三九五条但書に基づく解除の対象たりえないものといわなければならない。

五そこで次に、右賃貸借(別紙物件目録(一)の土地についての(二)の賃貸借を除く)が抵当権者である原告に損害を及ぼすものかどうかについて検討する。

本件口頭弁論の終結時点における原告の本件抵当権による被担保債権の額が賃借権の負担のない場合における本件物件の時価を約九二〇万円も上廻り、右抵当権の実行によつて債権全額の満足を受けることが当初から不可能な状況にあつたことは前記三の(一)において認定したとおりであるところ、そのような状況の下において設定された本件短期賃借権の内容が、一か月一二万ないし一三万円をもつて相当とすべき賃料が一か月わずか三〇〇〇円で、しかも譲渡・転貸が自由であり((一)の賃貸借)、また、賃料一か月四万円で、相当額を数倍上廻る敷金七〇〇万円が差入れられている((二)の賃貸借)という、賃貸人にとつて著しく不利益なものであることも前認定のとおりであるから、本件短期賃貸借の存在が本件物件の価額を更に低下させ、被担保債権の満足を受ける額をより一層減少させるものであることは明らかである。したがつて、右賃貸借は抵当権者である原告に損害を及ぼすものといわなければならない。

そうすると、本件物件についての(一)の賃貸借及び別紙物件目録(二)の建物についての(二)の賃貸借の解除を求める原告の請求は理由があるというべきである。

六しかして、原告は、右解除請求が認められることを前提として、(一)の賃貸借についてなされた別紙登記目録(一)記載の賃借権設定仮登記及び(二)記載の賃借権移転仮登記の各抹消登記手続を請求するので、この点について考えるに、民法三九五条但書に基づいて賃貸借の解除を求める訴は、いわゆる形成の訴であるから、その勝訴判決が確定することによつて解除の効力が発生するものであるが、抵当権者は、右判決の確定を待つて初めて、解除された短期賃貸借についてなされた登記の抹消登記手続を請求することができるというものではなく、解除を宣言する判決の確定を条件として予め右抹消登記手続の請求をなしうるものと解するのが相当である(大審院昭和八年八月七日判決、法律新聞三五九三号一三頁参照)。したがつて、原告の右請求は、右解除を命ずる判決の確定を条件として右各仮登記の抹消登記手続を求める限度で理由があるというべきである。

七しかるところ、原告は、右解除によつて被告伊元の本件物件の占有が無権原になるとして、物権である抵当権に基づき妨害排除請求としてその明渡しを求めているので、さらにこの点について検討することとする。

短期賃貸借の解除を命ずる判決の確定によつて被告伊元の占有権原がなくなること(同被告は他に占有権原があることを主張立証していない)、また、抵当権が物権であることはいずれも原告のいうとおりであるけれども、それだからといつて、そのことから直ちに、原告が妨害排除請求として被告伊元に対し本件物件の明渡しを求めうるものということはできない。すなわち、抵当権は、本来目的物の交換価値を排他的に支配する権利であつて、目的物の占有・使用収益を内容とする権利ではないから、目的物が物理的に毀損されて交換価値そのものが直接に侵害されるような場合であれば格別、単にこれが権原なくして占有されているというだけでは、抵当権自体に基づく妨害排除請求としてその占有の排除を求めることはできないといわざるをえない。もつとも、目的物を物理的に毀損しなくても、単にこれを無権原で占有するだけで担保価値が低下し、その意味においてこれもまた抵当権自体の侵害にほかならないとの見方もできないわけではないけれども、そのような見方は、民法六〇二条の期間を超える長期賃借権が設定された場合、さらには、全くの不法占拠者がこれを占有する場合にも可能であるにもかかわらず、これらの場合には、競売手続において目的物の所有権を取得した買受人のみが占有の排除を求めることができ、抵当権者が予め占有の排除を求めておくことは認められていないのであつて、そのこととの権衡上も、短期賃貸借の場合に限つて、その解除を請求する権利を超えてさらに占有者に対する占有の排除を求める権利まで低当権者に与えることは相当でないというべきである。もちろんいわゆる詐害的短期賃貸借については、賃借人の占有まで排除しておかなければ競売価額の下落は避けられず、民法三九五条但書の立法趣旨も十分に貫かれないことにはなるであろうが、だからといつて、抵当権者に直接抵当権に基づいて右占有の排除を求める権能まで認めることは、できないといわざるをえないのであつて、抵当権者としては、抵当権の設定と同時に抵当権者自身を賃借人とする賃貸借契約又は抵当債務の不履行を停止条件として抵当権者が賃借権を取得することができるとの停止条件付賃貸借契約を締結し、これを登記原因として賃借権設定の登記又は仮登記を経由するなどの方法によつて第三者の短期賃貸借の排除を図る(最高裁判所昭和五二年二月一七日判決、民集三一巻一号六七頁参照)よりほかはないといわねばならない。

そうだとすると、原告の右明渡請求は理由がないというべきである。

〈以下、省略〉 (藤原弘道)

賃貸借契約目録〈省略〉

登記目録〈省略〉

物件目録〈省略〉

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