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大阪地方裁判所 昭和58年(ワ)8725号 判決

原告

三角秀雄

原告

三角房代

右二名訴訟代理人弁護士

丸山惠司

被告

学校法人森上学園

右代表者理事長

森上清

被告

佐藤紘子

被告

青木真弓

(旧姓長瀬)

右三名訴訟代理人弁護士

中元兼一

土井広

被告

中井光恵

右訴訟代理人弁護士

香川公一

主文

一  被告学校法人森上学園、同青木真弓、同中井光恵は、各自、原告三角秀雄に対し、六九〇万〇二七八円及び内六二八万〇二七八円に対する昭五八年八月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告学校法人森上学園、同青木真弓、同中井光恵は、各自、原告三角房代に対し、六五〇万四九九三円及び内五九一万四九九三円に対する昭和五八年八月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らの被告学校法人森上学園、同青木真弓、同中井光恵に対するその余の請求、及び被告佐藤紘子に対する請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用中、原告ら、被告佐藤紘子を除くその余の被告らに生じた費用は、これを一〇分し、その三を原告らの、その余を被告佐藤紘子を除くその余の被告らの負担とし、被告佐藤紘子に生じた費用は、原告らの負担とする。

五  この判決は、一・二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告三角秀雄に対し、二四八二万〇八四八円及び内二二八二万〇八四八円に対する昭和五八年八月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告らは、各自、原告三角房代に対し、二四二九万一五六三円及び二二二九万一五六三円に対する昭和五八年八月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者の関係

(一) 原告三角秀雄(以下「原告秀雄」という。)、同三角房代(以下「原告房代」という。)は、昭和五八年八月二七日(以下「昭和」を略す。)発生した後記2記載の事故により死亡した三角公平(以下「公平」という。)の実父母であり、公平は、五五年三月二四日生まれの二男であつた。

(二) 被告学校法人森上学園(以下「被告学園」という。)は、肩書地において池田旭丘幼稚園(以下「旭丘幼稚園」という。)を経営し、被告佐藤紘子(以下「被告佐藤」という。)、同青木真弓(以下「被告青木」という。)、同中井光恵(以下「被告中井」という。)は、五八年八月二七日当時、右幼稚園に教諭として勤務していた。

2  本件事故の発生

(一) 旭丘幼稚園は、五八年度には、概ね三歳児を対象とする年少組一クラス(一六名)、四歳児対象の年中組三クラス(各約三〇名)、五歳児対象の年長組三クラス(各約二五名)を設けていた。

公平は、同年四月、同園年少組に入園し、同園の教諭、なかでも年少組の担任であつた被告中井から幼児教育を受けていた。なお、公平は、当時身長九二・五センチで、年少組の中でも比較的背の低い方であつた。

(二) 旭丘幼稚園は、従前から幼児教育に水泳を取り入れており、五七年一月には、同園内に太陽熱を利用した縦二五メートル、横七・二メートル、深さ一ないし一・一メートルの室内温水プール(以下「本件プール」という。)を設置した。そして以後は、年度を通じて園児らに水泳指導を行つていた。

(三) 本件事故が発生した五八年八月二七日は、旭丘幼稚園の夏休み最後の水泳指導日であり、公平を含む園児七一名が、被告ら教諭を含む女性教諭七名から水泳指導を受けた。当日の水泳指導の際の本件プールの使用状況、被告ら教諭の指導体制等は、概略別紙図面(一)記載のとおりで、更にこれを敷えんすると次のとおりであつた。

(1) 本件プールの南端から八・五メートルの水面上に横にコースロープを張り、右ロープから南側部分を年中・年少組の、北側部分を年長組の水泳指導にそれぞれ使用した(以下年中・年少組使用部分を単に「年少組用部分」と略称し、甲部分を「年長組用部分」という。)。

(2) 年少組用部分は、アルミ製長いす(以下「水深調節ベンチ」という。)をプール底に敷いて底上げをしていたので、水深五〇ないし六〇センチであつた。

(3) 年少組用部分では、公平を含む園児四一名が被告ら教諭を含む四名の教諭から、年長組用部分では、園児三〇名が三名の教諭からそれぞれ水泳指導を受けていた。

(4) 被告中井はプール内で公平を含む年少組園児七名の指導に当たり、被告佐藤は右コースロープ付近から、被告青木はプールサイドからそれぞれ年中・年少組の園児全体の監視に当たつていた。なお、父兄や園外からの指導員等幼稚園教諭以外の監視者はいなかつた。

(四) 本件事故当日は、まず、午前一〇時頃から同一〇時三〇分まで、園児全員が各担当教諭から通常の水泳指導を受けた。公平を含む年少組は、被告中井の指導の下に、手をつなぎ合つて水中に沈む等の訓練を行つた。午前一〇時三〇分には、園児全員がプールサイドに上がり一五分間休憩した。そして、午前一〇時四五分に、再び園児全員がプールに入つた。

(五) 午前一〇時四五分以降は、夏休み最後の水泳指導日の最終の時間帯であつたので、園児らを自由に行動させ教諭は監視するだけの自由遊びに切り替えられた。

園児らは水をかけあう等して遊んでいたが、午前一〇時五五分頃、被告ら教諭は、公平がいないことに気付いた。このため、右被告らは、プール内を探したところ、間もなく、本件プール南端から四・九メートル、東端から一・二メートルの位置で、公平が顔を水につけ背中を水面に出して浮かんでいるのを発見した。

(六) 右被告らは、直ちに公平を引き上げ、午前一一時頃から、人工呼吸等を施し、更に、同一一時一一分以降は、市立池田病院(以下「訴外病院」という。)において、人工呼吸・心臓マッサージ等の蘇生術が施されたが、その効無く、同人は死亡した。

(七) その後の解剖の結果、公平の死因は、プール内での溺水の吸引による窒息死であり、死亡時刻は五八年八月二七日午前一一時頃、すなわち、本件事故直後の急性死であることが判明した。

3  被告らの責任

(一) 被告学園の責任

(1) 一次的請求

不法行為責任

被告学園は、被告佐藤・同青木・同中井を幼稚園教育事業のために使用し、前記水泳指導は右事業の執行として行われたものであるから、同学園は、被告ら教諭の後記不法行為につき、その使用者として責任を負う(民法七一五条)。

(2) 二次的請求

債務不履行責任

被告学園には、公平若しくは原告らとの間で締結した幼稚園教育契約に基づき、日常生活上の危険から自己の身を守る能力がない公平に対し、両親である原告らに代わつて、全面的な保護監督を尽くして幼稚園教育を実施し、公平の生命及び身体の安全を確保する義務がある。殊に、生命への危険を伴う水泳指導の場合は、履行補助者たる被告ら教諭をして、公平の生命に危険が及ばないよう同人を保護監督せしめる義務がある。にもかかわらず、右義務の履行を怠り、公平を死亡させた。

(二) 被告ら教諭の責任

被告佐藤・同青木・同中井には、前記指導体制における各自の分担に従い、水泳指導中共同して、公平の生命に危険が及ばないよう同人を保護監督すべき義務があつた。にもかかわらず、漫然と園児らが自由遊びに興じるに任せ、右義務に違反し、公平を死亡させた。

4  原告らの損害

(一) 公平の逸失利益

(1) 公平は、死亡当時三歳の健康な男児であつたから、満一八歳から六七歳まで四九年間稼働しえた。五七年賃金センサスによれば、男子労働者の平均年収は三七九万五二〇〇円であり、これを基礎とし、生活費を五〇パーセント控除し、更に、ライプニッツ式により中間利息を控除して、右四九年間の逸失利益を算定すると、一六五八万三一二六円となる。

(2) 原告らは、公平の父母として、右損害賠償債権の各二分の一の各八二九万一五六三円を相続により取得した。

(二) 葬儀費用

原告らは公平の葬儀を行い、原告秀雄がその費用五二万九二八五円を負担した。

(三) 慰謝料

(1) 幼稚園は、日常生活上の危険から自己の身を守る能力がない幼児を、その父兄から預かり、父兄に代わつて幼児の安全を確保しながら教育を施す教育機関である。園児の父兄は、その対価として授業料を支払い、子女の安全管理一切を幼稚園に委託する。

本件事故は、かような幼稚園における水泳指導中に、公平の安全管理を委託した相手である被告ら教諭の注意義務懈怠の結果起きたものである。被告ら教諭がついていながら愛する息子を死亡させられた原告らの無念と悲嘆は筆舌に尽くし難い。

(2) また、本件事故後の被告学園の原告らに対する対応は、誠意に欠けるものであつた。被告ら教諭も、本件事故後謹慎せず、平然と旭丘幼稚園への勤務を継続している。

(3) 以上のような事情を考慮すると、原告らの精神的苦痛に対する慰謝料としては、各一四〇〇万円が相当である。

(四) 弁護士費用

原告らは、本訴の提起・追行を原告ら代理人に委任したが、これはやむを得ないものであり、その費用として、原告らは各二〇〇万円を要する。

5  よつて、原告らは被告らに対し、不法行為による損害賠償請求権(被告学園に対しては、二次的に債務不履行による損害賠償請求権)に基づき、次の各金員の支払を求める。

(一) 原告秀雄は被告らに対し、各自二四八二万〇八四八円及び内二二八二万〇八四八円に対する不法行為の日である五八年八月二七日(被告学園に対しては、二次的請求として訴状送達の日の翌日である同年一二月二四日)から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金。

(二) 原告房代は被告らに対し、各自二四二九万一五六三円及び内二二二九万一五六三円に対する不法行為の日である五八年八月二七日(被告学園に対しては、二次的請求として訴状送達の日の翌日である同年一二月二四日)から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金。

二  被告学園・同佐藤・同青木の認否及び反論

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)・(二)の事実は認める。

同2(三)冒頭の事実のうち、五八年八月二七日が旭丘幼稚園の夏休み最後の水泳指導日であること、当日は公平を含む園児七一名が参加したことは認め、その余は否認する。

同2(三)(1)の事実のうち、本件プールの南端から八・五メートルまでの部分を年少組用部分、その余を年長組用部分としての水泳指導にそれぞれ使用したことは認め、その余は否認する。

コースロープは、本件プールの南端から五メートルの水面上に横に張られていた。

同2(三)(2)の事実のうち、年少組用部分のプール底に水深調節ベンチを敷いて底上げしていたことは認め、その余は否認する。

右部分の水深は、五三ないし五六センチであつた。

同2(三)(3)の事実のうち、年少組用部分では、公平を含む園児四一名が、年長組用部分では園児三〇名がそれぞれ水泳指導を受けたことは認め、その余は否認する。

被告青木・同中井・橋本貴美子・長江洋子が年中・年少組の、被告佐藤・安田智賀恵(旧性野田)、広田洋子が年長組の水泳指導をそれぞれ担当した。

同2(三)(4)の事実のうち、被告青木がプールサイドから年中・年少組の園児全体の監視に当たつたこと、幼稚園教諭以外の監視者がいなかつたことは認め、その余は否認する。

被告中井は、プール内で年中・年少組の指導に当たつていたのであり、特に年少組園児七名に対する指導に当たつていたのではない。また、被告佐藤は、年長組の指導に当たつていた。

同2(四)の事実のうち、本件事故当日の午前一〇時から同一〇時三〇分まで園児全員が水泳指導を受けたこと、午前一〇時三〇分には園児全員がプールサイドに上がり一五分間休憩したこと、午前一〇時四五分に再び園児全員がプールに入つたことは認め、その余は否認する。

同2(五)の事実のうち、午前一〇時四五分以降は自由遊びに切り替え、園児らが水をかけあう等して遊んでいたこと、被告中井が公平がいないことに気付きプール内を探し、本件プールの南端から四・九メートル、東端から一・二メートルの位置で、公平が顔を水につけ背中を水面に出して浮かんでいるのを発見したことは認め、その余は否認する。

自由遊びの時間帯は、夏休みの水泳指導期間中、その日のおさらいをする等の意味で毎回設けられていた。

同2(六)・(七)の事実は認める。

3  同3は争う。

本件事故は、極めて短時間のうちに発生しており、被告らには防ぎようのない事故であつた。すなわち、通常の溺死事故であれば、水中へ身体が沈下するという経過をたどるが、公平はうつ伏せで浮いていたのである。

4  同4の事実は不知。

5  同5は争う。

三  被告中井の認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)の事実は認める。

同2(二)の事実は認める。ただし、本件プールの建設時期は不知。

同2(三)冒頭の事実のうち、五八年八月二七日が旭丘幼稚園の夏休み最後の水泳指導日であつたこと、当日は公平を含む園児七一名が参加したことは認め、その余は否認する。

同2(三)(1)の事実は否認する。

同2(三)(2)の事実は認める。

同2(三)(3)の事実は否認する。

同2(三)(4)の事実のうち、幼稚園教諭以外の監視者がいなかつたことは認め、その余は否認する。

同2(四)の事実のうち、本件事故当日の午前一〇時三〇分から園児全員がプールサイドに上がり一五分間休憩したこと、午前一〇時四五分に再び園児全員がプールに入つたことは認め、その余は否認する。

同2(五)の事実のうち、午前一〇時四五分以降は自由遊びに切り替えられたこと、公平が本件プールの南端から四・九メートル、東端から一・二メートルの位置で、顔を水につけ背中を水面に出して浮かんでいるのが発見されたことは認め、その余は否認する。

同2(六)の事実は認める。

同2(七)の事実は不知。

3  同3は争う。

4  同4の事実は不知。

5  同5は争う。

四  抗弁(全被告)

1  過失相殺

本件事故当日、公平は疲労しており、水泳をするには不適当な状態であつた。原告らは、それを知つていたのであるから、公平を当日の水泳指導に参加させないようにするか、参加させるとしても被告らに公平が疲労していることを告知すべきであつた。にもかかわらず、原告らは、被告らにその旨を告知せず、公平を当日の水泳指導に参加させた。

仮に、被告らが原告らからその旨の申告を受けていれば、被告らは、公平の動静に特に注意を払い、また、同人をプールに入れる時間を制限し、あるいは同人をプールに入れないようにする等して、本件事故を防ぐことができた。

右のとおりであるから、原告らの過失は、損害賠償額の認定に当たり、十分しん酌されるべきである。

2  損害のてん補

(一) 原告らは、五九年六月四日、日本学校健康会法に基づいて設立された日本学校健康会から、本件事故に関し死亡見舞金一二〇〇万円を受領した。

(二) 被告学園は、五八年八月二八日、原告らに対し、一〇〇万円を交付した。

五  抗弁に対する認否

抗弁1の事実は否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1及び同2(一)・(二)(ただし、原告らと被告中井との間では、本件プールの建設時期の点を除く。)の事実は、当事者間に争いがない。

二1  右争いのない事実と、〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められ、〈反証排斥略〉、他に認定を左右するに足る証拠はない。

(一)  公平は、五五年三月二四日、原告秀雄・同房代の二男として生まれた。同人は、五八年四月、被告学園が経営する旭丘幼稚園年少組に入園し、同園の教諭、なかでも年少組の担任であつた被告中井から幼児教育を受けていた。なお、同園は、五八年度には、概ね三歳児を対象とする年少組一クラス(一六名)、四歳児対象の年中組三クラス(各約三〇名)、五歳児対象の年長組三クラス(各約二五名)を設けていた。

(二)  旭丘幼稚園は、四二年頃から幼児教育に水泳を取り入れていたところ、五七年一月、同園内に別紙図面(二)記載の、太陽熱を利用した室内温水の本件プール(縦二五メートル、横七・二メートル、深さ一ないし一・一メートル)を建設した。同園では、五八年度は、五月七日にプール開きをし、七月二〇日までの一学期中には、毎週土曜日に約四〇分間水泳指導を行つていた。右指導は、年長組と年中・年少組に分けて実施された。年中・年少組の指導目標は、水中を歩いたり走つたりする遊びを通して、園児を水に慣れさせることにあつた。

ところで、一学期の水泳指導開始に際し、当時の園長森上清から指導に当たる教諭らに対し、水泳には危険が伴うので園児の監視を怠らないようにとの注意があつた。また、右教諭らは、近畿大学教授鶴田宏次から健康教育一般について指導を受けてはいたが、水泳指導の際の園児の監視に関する注意については、プールサイド及びプールの中から、教諭らが互いにある程度の距離を置いて監視する必要があるという程度の抽象的なものであつた。

(三)  一学期終了後の七月二一日から八月三一日までの夏休み中の水泳指導は、七月二五日から同月二九日までと、八月二四日から同月二七日までの間、旭丘幼稚園の教諭のみによつて行われた(八月二七日が夏休み最後の水泳指導日であつたこと、同日の水泳指導に際し、同園教諭以外の監視者がいなかつたことは、当事者間に争いがない。)。右水泳指導開始時に、森上園長から指導に当たる教諭に対し、右(二)同様の注意が重ねてあつた。

(四)  ところで、公平は本件事故当時身長九五センチで年少組の中で最も背が低い方に属し、また、プールではビート板を持つてバタ足で進むことができる程度で、補助具なしでは泳げなかつたが、水を怖がらず、年少組の中では最も水に慣れていた。

(五)  本件事故当日の五八年八月二七日、水泳指導を受けた園児は、年長組三〇名、年中組三四名、年少組が公平を含めて七名であり、年長組の指導を被告佐藤・安田智賀恵(旧姓野田)・広田洋子が、年中・年少組の指導を被告青木・同中井・長江洋子・橋本貴美子がそれぞれ担当した。なお、年中・年少組の指導は、右四名の教諭全員が担当しており、被告中井が、公平を含む年少組の園児七名の指導を特に担当していたということはなかつた(本件事故当日の園児数、組分け、被告青木・同中井が年中・年少組の水泳指導を担当したことは原告らと被告学園・同佐藤・同青木との間で争いがなく、被告中井との間では、本件事故当日の園児数が公平を含めて七一名であつたことは争いがない。)。

また、本件プールには、前記鶴田の指導により、従来から、底上げをするために別紙図面(三)記載のとおり、主に南側約三分の一の部分に縦二メートル、横・高さ各五〇センチの水深調節ベンチが敷詰められており、その部分の水深は五〇数センチであつた。ただし、西側プールサイドの方から各ベンチを透き間なく敷詰めるので、当初、東端の水深調節ベンチと東側プールサイドの間には、二〇センチの透き間があるが、水泳指導中園児らがベンチの上で動き回るので、ベンチが東側へずれることもあつた。そして、本件事故当日は、右南側約三分の一の部分を年中・年少組の、その余の部分を年長組の水泳指導にそれぞれ使用した(本件プールの南側約三分の一部分に水深調節ベンチが敷詰められていたこと、及び各使用部分については、当事者間に争いがない。)。

(六)  本件事故当日の年中・年少組の水泳指導は、それまで行われた夏休みの水泳指導と同じ内容で実施された。すなわち、午前一〇時から、同一〇時三〇分まで、園児全員が教諭の指示により、水の中を歩く・走る、途中で本件プールの南端から五メートルの水面上に張られたコースロープを飛び越す・くぐる等水に慣れる練習をする一斉指導が行われた。その際、年中・年少組の学年主任である被告青木が被告中井のほか、教諭長江・橋本を指揮して水泳指導を行い、右四名はいずれもプールの中にいた。右四名は、夏休みの水泳指導が始まる前に、四人がある程度の距離を保つて監視する旨の申合せをしていたが、各自の監視場所、監視範囲等について具体的な協議をしていなかつた。このようなわけで、右一斉指導の間、右四名は、ある程度の距離を置いたいたものの、思い思いの場所で監視をしていた。また、本件プールの南端約三分の部分に、四一名の園児を同時に入れたので、プールの中は込みあつていた。これらの状況は、後記自由遊びの時間帯においても同様であつた。

ところで、午前一〇時三〇分から同四五分まで、園児全員をプールサイドにあげて休ませた。その際、右四名の教諭は園児の人数、体調変調者の有無を調べたが、いずれも異常がなかつた。

(七)  その後、午前一〇時四五分からは、自由遊びの時間帯として、園児が各自ビート板やボールを使用する等して遊んだ。その際の監視体制は次のとおりであつた。すなわち、被告青木が主としてプールサイドで、他の三名がプールの中で園児を監視した。そのうち被告中井は、自由遊びが始まると、プールに入り、監視のため南側プールサイドの近くに立つた。その直後に、同被告は、自己担任の園児河添愛が西側プールサイドのシャワー設備のところで泣いているのを発見した。同被告は、他の教諭に声をかけないまま、右愛をプールに入れるため同人のもとに行き、一、二分後に同人を連れて元の場所に戻つた。そして、同被告は同人にボールを渡して遊ばせたが、そのとき、先に近くでビート板を持つて遊んでいた公平の姿が見えないことに気付き、園児一人一人の顔を確かめながら本件プールの中を探した。四、五分探し回つたとき、本件プールの南端から四・九メートル、東端から一・二メートルの地点に、手足を伸ばし、うつぶせになつて浮いている園児を発見した。同被告は直ちに抱き上げて見ると、公平で、既に意識不明、呼吸停止の状態にあつた(公平が本件プールの南端から四・九メートル、東端から一・二メートルの位置でうつぶせになつて浮いているのが発見されたことは当事者間に争いがない。)。

(八)  ところで、被告佐藤は午前一〇時四五分以降、年長組の監視担当者として別紙図面(三)記載の点の水深調節ベンチ上から北側を向いて監視に当たつていた。右監視開始後一〇分くらいに、同被告が後ろから被告中井に呼びかけられて振り向くと、公平を抱きかかえ、あわてた様子で近付く同被告が目に映つた。被告佐藤は、直ぐ公平を受け取ると、被告中井に対し急ぎ救急車を呼ぶよう指示する一方、自己は西側プールサイドのシャワー設備のところへ公平を運び、そこで同人の気道を開かせるためその背中を叩いた。このとき、同人の口から少量の牛乳と未消化のパン片が出た。一、二分後、被告佐藤が公平を保健室(兼職員室)へ運び込んでベッド上に寝かせ、被告中井が布団をかけて背中を軽く叩いたりし、蘇生に努めた。その際、公平の口から水が出たが、他に何の反応もなかつた。そして、間もなく到着した救急車により、被告中井付添のもとに、公平は訴外病院へ搬送された。

(九)  プールサイドからの監視担当者であつた被告青木は、当初プールの東南角から北へ三、四メートルの東側プールサイドに立つていたが、園児がプール内に入ると、プール内を横切つてプールの西南角から北へ三、四メートルの西側プールサイドにあがり監視していた。その後、園児に注意を与えるためにプール内に入つたり、北側へ五、六メートルプールサイド上を移動したりしたこともあつたが、それ以外は右場所で監視を続けた。そうするうち、プール内で監視していた長江から何かあつたようだと声をかけられた。しかし、同被告はそのまま監視を続け、本件事故については救急車到着時に初めて知つた。

(一〇)  公平は、午前一一時一一分頃から、訴外病院において、人工呼吸・心臓マッサージ等の蘇生術を受けたが、そのかいもなく死亡した(この事実は、当事者間に争いがない。)。捜査機関嘱託による鑑定人大阪医科大学法医学教室教授松本秀雄の剖検所見では、公平の死因は、急性死ないし急性窒息死による溺死、他に死因となるような内臓諸器管の病変や奇型等なく、また外傷もなかつたとされており、死亡時刻は、事故当日の午前一一時前後と推定されている(死亡時刻の点は、原告らと被告学園・同佐藤・同青木との間で争いがない。)。

2 右認定の事実によると、公平は本件事故当日の午前一一時前後に、被告学園の水泳授業を受けるうちに溺死し、かつ、監視をしていた被告中井・同青木を含む四教諭の誰もが全く気付かず、同人が見当たらないことに最初に気付いた被告中井が、プール内を探して発見し、同人を抱きあげたときには、既に同人は蘇生不能の状態になつていたこと、内臓諸器管には死因に関するような病変や奇型等はなく、また、外傷もなかつたこと、同人は身長九五センチで年少組でも最も背が低い方に属し、水には慣れていたが、ビート板を持つてバタ足で進む程度で泳ぐことはできなかつたこと、監視は右四教諭がしていたものの、被告学園では監視について具体的な検討、研究をした結果に基づいて実施していたものでなかつたこと、すなわち、右各人の監視能力、右能力に応じた監視可能園児数、右監視者の各位置関係及びそこでの具体的監視法、並びに監視者相互の緊密な連携保持法というような基本的事項についても、単に一般的に行われている人員、位置等を形式的にならつていたにすぎず、このような事情はまた、対象者が公平らのような三、四歳児で泳げない園児の場合、たとえ水に慣れ、ビート板につかまつて泳いでいたとしても、不意にビート板から手が離れる等不測の事態が発生すると、その殆どが、直ちに立ちあがることを考える余裕などなく、驚がくの余り慌てふためき、ただ恐怖に駆られて水中でもがき、通常考えられる合理的行動に出ることを期待することは到底できず、このため生命の危険率が極めて高いことは、専門家たる被告らが熟知するところであり、したがつて、監視者としては事故防止のためいささかの気の緩みも許されないとの厳しい心構え、使命感をもつてその実行に遺漏のないよう期すべきであつたにもかかわらず、被告らの右知識が抽象的・観念的なものにとどまつていたことと軌を一にすること、そして、これらのことは、公平を自己の監視下に置いていた被告中井が他の監視者の誰にも声をかけずにその場を離れ、また、プールサイドにいた被告青木を始め他の監視者らのいずれもが、右被告中井及び同被告の監視下にあつた園児らに対して注意を払わず、被告中井が意識不明の公平を抱きあげて急を知らせるまで、公平の行動に全く気付いていないことに明瞭に現れているといえるのであり、以上の事実によると、本件事故は、被告中井・同青木ら前記監視担当四教諭らの過失により右事故を防止できなかつたものであること、すなわち、同被告らは過失に基づく共同不法行為者としての責めを免れず、さらに、同被告らの右不法行為が被告学園の業務遂行中にされたこと明白であるから、被告学園は右被告らの使用者として不法行為責任を免れえないから、右被告らと共同不法行為責任を負うべきことになる。

原告らは、被告佐藤も本件事故について責任がある旨主張する。しかし、前記認定のとおり、同被告は年長組園児の監視担当者であつたのであり、ただ前記監視位置にいたこともあつて、ときに年少・年中組の方にも目を向けたことがあつたが、これは、同被告に本来課せられた義務の遂行にあたるものではなく、自発的行為としてのもので、特別の事情がない限り責めを負うことはないと解すべきところ、本件全証拠によつても右事情は認められないから、同被告に責を問うことはできないというべきである。

一方、被告らは、本件事故の発生について公平の体調が悪かつたこと等がその原因である旨主張する。なるほど、原告房代が供述する、当日の朝食が遅くとも午前七時には終つていたということと、前記認定の、同日午前一一時近くに助けあげられた公平の口から少量の牛乳及び未消化のパン片が出た事実とを考え合すと、公平の体調が万全でなかつたことが推認されなくもない。しかしながら、仮に右推認どおりとしても、それが死因に関わるようなものでなかつたことは既に認定したとおりであり、他に被告ら主張の事実を認めるに足る証拠はない。

三そこで、損害について判断する。

1(一)  公平の逸失利益について

ア 公平が本件事故当時三歳の男児であつたことは、当事者間に争いがなく、原告房代の供述及び弁論の全趣旨によれば、公平は常日ごろ元気で健康な男児であつたことが認められ、本件事故がなければ一八歳から六七歳まで四九年間稼働可能であつたことが推認できる。そうすると、本件事故すなわち本件不法行為日を基準に、同人の右四九年間にわたる逸失利益を算定すべきことになるが、右算定は、当裁判所に顕著な五八年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計の一八ないし一九歳の男子労働者の平均給与額一七一万〇一〇〇円を基礎として、これから必要生活費五割を控除し、年別のホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して右基準日の現価を求めるのが相当である。右現価を算出すると、別紙計算書記載のとおり一四八二万九九八七円(円未満切捨て、以下同じ。)となる。

イ 原告らが公平の父母であることは、当事者間に争いがなく、法定相続分に従つて相続したことは、弁論の全趣旨によつて認められる。

そうすると、原告らは、公平の前記逸失利益の各二分の一に当たる各七四一万四九九三円の損害賠償請求権を相続した。

(二)  葬儀費用

〈証拠〉によれば、公平の葬儀のため、原告秀雄がその費用として五二万九二八五円を支出したことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はないが、公平が三歳の幼児であるという社会的地位その他諸般の事情を勘案するとき、右金額のうち三六万五二八五円をもつて本件事故と相当因果関係があるものと認めるのが相当である。したがつて、原告秀雄の損害は右同額である。

(三)  慰謝料

〈証拠〉によれば、原告らは当時三歳の公平を本件事故により失い、多大の精神的苦痛を被つたと認められるところ、本件事故の態様その他諸般の事情を考慮すると、公平の死亡による慰謝料は、原告らにつき各五〇〇万円が相当であると認める。

2  損害のてん補

(一)  原告らが、五九年六月四日、日本学校健康会法(五七年法律第六三号、ただし、六〇年法律第九二号により廃止)に基づいて設立された日本学校健康会から、本件事故に関して災害共済給付金一二〇〇万円を受領したことは、原告らが明らかに争わないので自白したものとみなす。

ところで、同法に基づく右給付は、同法制定の趣旨・目的からみて、被害者の損害をてん補するためのものと解され、したがつて、右給付金額の各二分の一相当額を原告らの各損害額から控除すべきである。

(二)  また、原告らが、五八年八月二八日、被告学園から一〇〇万円を受領したことも、原告らが明らかに争わないので自白したものとみなす。

同被告が右金員を原告らに支払つた趣旨が、本件事故に基づく損害のてん補にあつたことは、弁論の全趣旨によつて明らかであり、この認定を左右するに足る証拠はないから、右金額についても(一)同様原告らの各損害額から控除すべきである。

(三)  そうすると、結局、原告秀雄の損害額は六二八万〇二七八万円、同房代のそれは五九一万四九九三円となること計算上明らかである。

3  弁護士費用

原告らが、本件事故につき被告らがその責任を否定して争う以上、事案の性質上弁護士に訴訟追行を委任するのは当然で、本件訴訟代理人に右委任をしていることは当裁判所に顕著であり、弁論の全趣旨により、その報酬として原告ら主張の金額を下回らない支払を約していることが認められ、右認定に反する証拠はない。

しかしながら、既にみた本件事案の内容、難易度、訴訟の経緯、認容額等諸般の事情を勘案すると、原告らが本件事故と相当因果関係のある損害として賠償を求めうる弁護士費用は、そのうち原告秀雄が六二万、同房代が五九万円と認めるのが相当である。

4  被告らは過失相殺の主張をするが、その理由のないことは既にみたところから明らかである。

四結論

以上みたところによれば、原告らの本訴請求は、原告秀雄が、被告学園・同青木・同中井に対し連帯して六九〇万〇二七八円、原告房代が、右被告らに対し連帯して六五〇万四九九三円、及び原告秀雄については内六二八万〇二七八円、同房代については内五九一万四九九三円に対するいずれも不法行為の日である五八年八月二七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある(原告らは被告学園に対し二次的に債務不履行に基づく損害賠償請求をもするが、結論を異にしない((厳密には遅延損害金につきむしろ不利である。)))から右の各限度で認容し、その余の請求及び被告佐藤に対する請求は理由がないからいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条・九二条本文・九三条一項本文、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官和田 功 裁判官辻川昭 裁判官中里智美)

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