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大阪地方裁判所 昭和59年(行ウ)166号 判決

原告 中山春作

被告 大阪市西成区福祉事務所長

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対して昭和五九年八月二三日付でした生活保護変更決定及び同月二四日付でした生活保護廃止決定を取り消す。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告は、昭和五年一月に高知市で出生し、高等小学校卒業後、工場等に勤務していたが、昭和二五年頃から関西方面に移つて大阪市西成区のいわゆるあいりん地区に居住し、土木作業員として移動してきたものである。

(二)  被告は、生活保護法(以下「法」という。)一九条四項に基づき、大阪市長から保護の決定及び実施に関する事務を委任されているものである。

2  原告は、昭和五九年四月三〇日、腹痛を訴えて大阪市住吉区所在の阪和病院に入院し、同年五月一四日被告から、職権により同年四月三〇日以降についての保護開始決定を受けた。原告は、生活扶助及び医療扶助の生活保護を入院しながら受給してきたが、同病院からの退院に伴い、同年七月二五日、被告に対し、居宅保護による住宅扶助を加えて支給することを求める旨の生活保護変更申請をした。

3  しかるに、被告は、同年八月二三日、原告に対し、大阪自彊館自彊寮を保護施設とした収容保護に変更する旨の決定(以下「本件変更決定」という。)をしたうえ、同月二四日、本件変更決定に従わなかつたことを理由として保護を廃止する旨の決定(以下「本件廃止決定」という。)をした。

4  そこで、原告は、本件変更決定及び本件廃止決定を不服として、同年一〇月一日大阪府知事に対して審査請求をしたが、同年一一月一四日審査請求を棄却する旨の裁決を受けた。

5  しかし、本件変更決定は、居宅保護を原則とし、収容保護を例外としている法三〇条一項に反し、違法なものである。したがつてまた、これに従わなかつたことを理由とする本件廃止決定も違法である。

よつて、原告は、被告が原告に対して昭和五九年八月二三日付でした本件変更決定及び同月二四日付でした本件廃止決定の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし4はいずれも認め、5の主張は争う。

三  被告の主張

1  本件変更決定に至る経過は、次のとおりである。

(一) 原告は、昭和五五年六月から昭和五九年四月三日まで、大阪市立更生相談所で生活保護の適用を受け、肺結核ないし尿道結石により病院と保護施設との入院入所を繰り返しながら、長期療養を受けてきた。

(二) 原告が退院可能となつた同月二日、大阪市立更生相談所長は、原告に対し、収容保護に変更する旨の決定をしたが、原告がこれに従わなかつたので、同月三日保護を廃止する旨の決定をした。

(三) 原告は、右廃止決定から一か月足らずの同月三〇日、腹痛により阪和病院へ救急車で搬送され、尿路結石(尿酸性)の病名で入院したので、被告は、同年五月一四日、生活保護の開始決定をした。

(四) 原告は、主治医から退院可能と診断されたが、退院後も通院を要しすぐに働くことも出来ず行き先もないことを理由に、同年七月二五日、居宅保護を求める生活保護変更申請をした。

(五) そこで、被告職員は、原告の病状につき次のとおり、調査確認した。

(1) 同月三〇日、泌尿器科永田主治医より、「高尿酸性尿路結石の病状は軽快したが、根治は無理である。今後も医師の指導、管理下での通院治療を要し、本人も十分養生しなければ、命にもかかわる。退院後の稼働は、重労働や無理はできない。」旨の所見を聴取した。

(2) 同年八月六日、内科神田主治医より、「高血圧症と胃炎で治療してきた。規則正しい生活と食餌療法が最も大事である。就労は生活に慣れるまでは難しい。」旨の所見を聴取した。

(3) 同月七日、阪和病院からの病状調査結果では、「二週間に一回の通院治療を要し、規則正しい食生活及び生活リズムについて指導する必要がある。就労については、右食事、生活についての規則を守る必要がある。」旨の意見であつた。

(六) 被告職員が原告と面接したところ、原告は「病気が根本的に治らない。階段の昇降がしんどい。結石が痛む時は激しい。悪化再発について強い不安感がある。それにより就労に不安がある。」旨申し立てた。

(七) ところで、収容保護によれば、保護施設には診療所の設備があり、職員も常駐しているので、規則正しい生活と食餌療法が可能であり、収容者の諸々の病変に対して臨機応変に対処できるため、不安を抱くことなく療養に専念し体力訓練等もできるから、収容者の自立助長を促すことができる。

(八) 被告職員は、原告に対し、同年八月七日、右事情を具体的に説明して収容保護とする方針を示したが、原告は理由を示すことなく、居宅保護でなければ話し合う余地はないと申し立てたので、被告は、同月二三日本件変更決定をした。

(九) しかし、原告は「施設には入所しない。このまま病院に居据わる。」旨申し立てて本件変更決定に従わなかつた。そこで被告は、原告に対し、弁明の機会を同月二四日に与えたが、原告は正当な弁明をすることなく、従えないと返答するだけであつたので、同日本件廃止決定をした。

2  法は、要保護者の自立助長を図るについて有効適切な保護を行うことを目的としている。したがつて、法三〇条一項が収容保護の要件として、居宅保護では「保護の目的を達しがたいとき」としている趣旨も、最低生活保障の観点からだけではなく、被保護者の自立助長を図るについて有効適切な保護となるか否かも併せ考慮して行うべきである。

3  そして、右1のとおりの原告の健康状態、生活歴等諸事情を総合すれば、居宅保護による保護では原告の自立助長を図るについて有効適切な保護とはならず、「保護の目的を達しがたいとき」に該当することは明らかであるから、本件変更決定は適法である。

4  また、原告は、右適法な本件変更決定に従わず、これに対し被告は弁明の機会を与えたものであるから、本件廃止決定もまた法六二条により適法である。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告の主張1について(一)は認める。(二)のうち退院可能となつたことは不知、その余は認める。(三)、(四)は認める。(五)は不知、(六)、(七)は否認する。(八)のうち収容保護の方針を伝えたこと。本件変更決定は認め、その余は否認する。(九)のうち弁明の機会を与えたこと、本件廃止決定は認め、その余は否認する。

2  同2ないし4は争う。

3  法三〇条一項にいう、居宅保護では「保護の目的を達しがたいとき」とは、扶助を支給しても被保護者の健康で文化的な最低限度の生活を保障するという効果が全くないような極めて例外的な場合のみを指すのであつて、単に収容保護の方が妥当であるというだけでは足りない。

4  原告は約三〇年間独力で自活してきた経験があり、その自活能力や生活態度には特に問題がないこと、原告が今回発病したのは、むしろそれ以前における病院の治療内容や保護施設の生活管理等に問題があつたためであること、原告が収容される保護施設の医療体制、生活環境は劣悪であつて、収容者の保護にとつては有害無益であること等の事情を考えると、原告は居宅保護で十分であり、居宅保護では「保護の目的を達しがたいとき」には該当しない。被告が原告の言い分を全くとり合わずに本件変更決定をしたのは、釜ケ崎の日雇労働者に対する予断と偏見によるものである。

第三証拠〈省略〉

理由

一1  請求原因1(身分関係)、2(生活保護の受給)、3(本件変更・廃止決定)、4(審査請求)は、当事者間に争いがない。

2  被告の主張1の(一)(更生相談所の保護)、(二)のうち同変更決定、原告がこれに従わなかつたこと、同廃止決定、(三)(被告の保護)、(四)(居宅保護の申請)、(八)のうち収容保護の方針を示したこと、(九)のうち弁明の機会を与えたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  本件変更決定及び本件廃止決定に至る経緯について検討するに、右一の当事者間に争いのない事実に、いずれも成立に争いのない甲第一号証の四、第三号証の二、第七号証、乙第一号証の一、三ないし六、一〇、一一、四六、第三号証の五、六、第八号証の四、第一一号証、第一三号証の一、いずれも原本の存在及び成立に争いのない甲第五号証の一、二、証人若林琢麿の証言により真正に成立したものと認められる乙第一号証の七ないし九、一二、一三、一五、一六、一八ないし二一、二三ないし三九、第八号証の一二、一六、第一三号証の二、証人稲垣浩(一部)及び同若林琢麿の各証言、原告本人尋問の結果(一部)を総合すると、次の事実が認められる。

1  原告は、昭和五年一月に高知市で出生した。本件変更決定当時は五四歳で単身であつた。両親は死亡し、兄弟とも昭和五九年まで約三〇年間音信不通で、家族による扶養、援助等は行われていなかつた。

2  原告は、高等小学校卒業後、電気メーカー、製紙工場等で勤務したが、昭和二五年頃から関西方面で土木作業員として稼働するようになり、昭和三〇年頃から大阪市西成区のいわゆるあいりん地区の簡易宿泊所を中心に居住してきた。特に資産はない。

3  原告は、昭和五五年六月一七日から昭和五九年四月三日まで、大阪市立更生相談所において生活保護を受けてきた。この間、当初は肺結核の病名で住吉内科病院に入院し、昭和五七年五月一三日からは尿道結石で阪和病院に入院するなどしながら、病院と保護施設との入院入所を繰り返して長期療養を受けてきた。

4  原告は、昭和五九年二月頃阪和病院において退院可能との判断を受け、退院に際して同年四月二日、更生相談所長から収容保護に変更する旨の決定を受けたが、居宅保護を主張して右決定に従わなかつたので、同月三日、正当な理由がないものとして保護を廃止する旨の決定を受けた。原告は右両決定を不服として大阪府知事に対して審査請求をしたが、同年六月七日付で棄却の裁決を受けた。

5  原告は、同年四月二日に退院して後、釜ケ崎地域合同労働組合委員長、結核患者の会代表者等の地位にある稲垣浩が居住する大阪市西成区内のマンシヨンにおいて、同様に生活保護の廃止を受けた者三、四名と共に交代で自炊、洗濯等をして共同生活を行い、炊き出しの会からは米のカンパを、稲垣からは経済的な援助を受けてきた。この間、原告は仕事には就いておらず、疼痛を訴えて兵庫県尼崎市所在の第一診療所に三回位通院し、生活等の指導や投薬を受けていた。

6  ところが、原告は、同月三〇日、下腹部に激痛を生じて救急車で阪和病院に搬送され、尿路結石の病名で入院した。そこで被告は、同年五月一四日、職権により同年四月三〇日からの生活保護開始決定をし、阪和病院への入院措置による生活扶助及び医療扶助を行うこととした。

7  原告は、阪和病院において、高尿酸性尿路結石と高血圧症の病名にて入院治療を受けてきたが、同年七月には同病院医師から退院が可能であるとの話があつたので、同月二七日、居住保護による住宅扶助の支給を求める旨の申立をした。

8  そこで被告職員が調査したところ、次のとおりであつた。

(一)  阪和病院泌尿器科の主治医永田は、同年七月三〇日の面接及び八月七日付の病状調査結果報告書において、「泌尿器科における病名は、高尿酸性の尿路結石である。入院投薬後約一週間で尿酸値が正常に戻つたが、これは前回退院後に服薬していなかつたためと思われる。根治はできず、十分に養生しなければ尿毒症を起し、命を落とすことにもなる恐ろしい病気である。投薬治療と二週間に一回の腎機能の経過観察が必要であり、疼痛発作が起ればその都度治療の必要がある。重労働はできないが、通常の労働はさしつかえない。」との回答であつた。

(二)  阪和病院内科の主治医神田は、同年八月六日の面接及び同月七日付の病状調査報告書において、「内科における病名は、高血圧、慢性膵炎、慢性胃炎である。高血圧症の治療には、一日のカロリー量一八〇〇カロリー、塩七グラム等の条件の食餌療法や、ストレスの少い規則正しい生活、投薬が必要である。膵炎や胃炎についても摂生と療養が必要である。」との回答であつた。

(三)  被告嘱託医今井は、同年八月二〇日、右(一)、(二)の報告に基づいて、施設入所が適当であるとの判断を示した。

(四)  原告は、同年七月二五日、同月三〇日、八月一七日、同月二一日の面接において、「病気は完治しておらず、また発作が起きて入院することになるのではないかと不安である。病院や施設での生活が長く、すぐ働く自信もない。金をもらつてアパートに入りたい。保護施設は、病気は治らず酒を飲んでからむ者がいるなど、何となくいやである。居宅保護は憲法や法律で定められているのだから認めて欲しい。」と申し立てた。

9  被告職員は、同年八月一三日頃から、保護施設を社会福祉法人大阪自彊館自彊寮とすべく、同寮長らと折衝のうえ、原告の入所について内諾を得た。大阪自彊館はあいりん地区の改善を目的として発足した福祉施設であり、その自彊寮は法三八条三項にいう更生施設として法三九条ないし四八条の規則を受けて設置経営されているものであつて、一日の生活時間帯が定められ、三度の食事と入浴があり、体調訓練のために労働作業に従事する制度が行われており、館内に診寮所もあつて治療が受けられる体制がある。

10  被告は、原告に対し、同年八月二三日本件変更決定をしたが、原告は「施設には行かない。病院にいさせてもらう。」旨申し立ててこれに従わなかつたので、同月二四日、弁明の機会を与えたうえ、本件廃止決定をした。

以上の事実が認められ、証人稲垣の証言及び原告本人尋問の結果中右認定に反する部分はにわかに採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

三  ところで、法三〇条一項は、生活保護の方法として、生活扶助は居住において行うことを原則とし、例外として、居宅保護によつては「保護の目的を達しがたいとき」等には収容保護を行うことができる旨定めている。そして、右にいう「保護の目的」とは、法の趣旨、目的に照らせば、単に被保護者の最低限度の生活を保障することだけにあるのではなく、被保護者の最低限度の生活を保障するとともにその自立を助長することにあると解すべきである。したがつて、居宅保護によつては「保護の目的を達しがたいとき」とは、最低限度の生活保障と自立の助長という両観点からみて、居宅保護によつては保障の効果がないか、変更前の保護の効果を無にし、又はこれを減ずる結果をもたらす場合をいい、これに該当するか否かの判断は、保護の決定及び実施に関する事務を行う行政庁の裁量に委ねられており、被保護者の健康状況、生活歴、家族の状況、自立への指導援助の体制等の諸般の事情を総合的に考慮して行うべきものであるから、当該行政庁の決定が裁量権の範囲を超え、又はその濫用があつたものと認められる場合に限り違法となるというべきである。この点に関する原告所論は採用することができない。

本件についてこれをみるに、前記のとおり、原告は本件変更決定当時五四歳の年齢であること、阪和病院の主治医の診断によれば、原告の高尿酸性尿路結石や高血圧症等の治療には食餌療法、定期的な経過観察、臨機応変な処置、規則正しい生活が必要であること、原告自身も病気の再発や発作に強い不安を申し立てていること、就労については医学的にみて重労働は相当でないとされていること、原告の病歴をみると昭和五五年以来、肺結核、尿路結石、高血圧等で入院をくり返し、生活保護を受給しながら長期療養を続けてきたこと、他方で原告には家族の援助が見込めず、従前の生活状況に照らして他に適切な指導援助の体制は期待できないこと、以上のような事情が認められるのであつて、被告が原告について居宅保護によつては保護の目的を達しがたいと判断したことは十分是認できるから、本件変更決定をなすにつき、その裁量権の範囲を超え、又はその濫用があつたということはできないことは明らかである。

そして、右のとおり適法になされた本件変更決定に対し、原告は正当な理由もなくこれに従わなかつたものであるから、これを理由に所定の手続に基づいてなされた本件廃止決定も、法六二条によるもので適法である。

四  原告は、本件変更決定について、病院や保護施設における医療、指導体制の不備の実態なるものを主張するが、前記のとおりの事実関係及び判断の経過に鑑みれば、その結論を左右するものとはいえず失当であることは明らかである。また、原告主張のような、原告に対する被告職員の予断ないし偏見の事実はこれを窺うことができないから、右主張も採用できない。

五  以上によれば、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 川口冨男 園部秀穗 齊木利夫)

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