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大阪地方裁判所 昭和59年(行ウ)36号 判決

原告 徳田寛

被告 富田林税務署長

代理人 笠原嘉人 足立孝和 ほか二名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  原告

被告が昭和五七年三月一一日付で原告の昭和五三年分ないし昭和五五年分の所得税についてした更正処分及び過少申告加算税の賦課決定を取り消す、訴訟費用は被告の負担とする、との判決

2  被告

主文と同旨の判決

二  原告の請求原因

1  原告は鮮魚小売業を営んでいた者であるが、昭和五三年分ないし昭和五五年分の事業所得にかかる所得税について、原告のした確定申告、これに対する被告の更正処分(以下「本件処分」という。)と過少申告加算税の賦課決定(以下「本件決定」という。)及び異議決定並びに国税不服審判所長がした裁決の経緯、内容は別表1記載のとおりである。

2  しかし、被告がした本件処分(裁決により維持された部分をいう。以下同じ。)は原告の事業所得を過大に認定したものであるから違法であり、従つて、本件処分を前提としてされた本件決定も違法である。

よつて、本件処分及び決定の取消を求める。

三  請求原因に対する被告の認否及び主張

1  請求原因1の事実は認めるが、同2の事実は争う。

2  原告が被告に提出した係争各年分の所得税の確定申告書は、所得金額の記載はあるもののその計算の基礎となる収入金額及び必要経費の記載を欠く不十分なものであつたので、被告は係争各年分の所得税調査のため、昭和五八年八月以降数回にわたり被告部下職員を原告の事業所に臨場させ、原告に対し事業内容の説明を求めるとともに事業所得金額算定の基礎となる帳簿書類等の提示を求めたが、事業内容の説明と、帳簿書類等については預金通帳の写し、自宅土地建物売買契約書の写し、車輛及び冷蔵庫の取得価額や取得年月日等が記載された明細書の提出を受けたのみで、係争各年分の売上、仕入及び経費に関する資料は得られなかつた。従つて、被告は原告の事業所得金額の算定について、取引先等の調査結果に基づく推計の方法による必要があつた。

3  原告の総所得金額たる事業所得金額は、昭和五三年分が四六一万九三〇八円、昭和五四年分が四七〇万五九四円、昭和五五年分が四五三万五四三八円であるから、いずれもその範囲内でされた本件処分及びこれを前提とする本件決定に違法はない。

4  原告の事業所得金額の内訳明細は別表2記載のとおり、各項目の算出根拠は次のとおりである。

(一)  売上原価

原告が仕入先から鮮魚等を仕入れた金額である。

(二)  売上金額及び経費

大阪国税局長は係争各年分ごとに、富田林税務署長及び隣接税務署管内で鮮魚小売業を年間継続してマーケツトのように同一建物内に各種の店舗が集中している場所に存する店舗において専業として営み、青色申告書を提出し係争各年分につき不服申立又は訴訟を提起しておらず、配偶者が青色事業専従者として事業に従事しており、売上原価が原告の概ね五〇パーセント以上、一五〇パーセント以下の範囲内にある個人事業者である同業者を抽出した。被告はその結果に基づき、各年分ごとに別表3の(一)ないし(三)記載のとおり右同業者の売上金額に対する売上原価の割合(以上「同業者原価率」という。)及び売上金額に対する経費の割合(以下「同業者経費率」という。)の各平均値を求めた上、(一)の原告の各年分の売上原価を同業者原価率の平均値で除して各年分の売上金額を算定し、この売上金額に同業者経費率の平均値を乗じて各年分の経費を算定した。

(三)  専従者給与額

原告の配偶者の事業専従者控除額である。

四  被告の主張に対する原告の認否及び実額主張

1  被告の主張2の事実は認める。

2  同3の事実は争い、同4の事実中売上金額、売上原価及び専従者給与額は認めるが、経費の金額に争う。

3  原告の係争各年分の事業所得金額はいずれも零円(計算上はマイナス)であり、その内訳は別表4記載のとおり、経費の明細は以下のとおりである。

(一)  租税公課

自動車税、秤検査料、収入印紙代金、富田林民主商工会会費等である。

(二)  水道光熱費

店舗及び倉庫の電気料金、水道料金、灯油、プロパンガスの代金等である。

(三)  旅費通信費

電話料金、高速道路通行料金、従業員の通勤費である。

(四)  広告宣伝費

原告店舗が加盟しているジヤンボ・スクエア富田林の販売促進会費、粗品代、新聞等の広告代金等である。

(五)  接待交際費

顧客である金剛コロニーへの寄付金、取引先、従業員等への祝儀、香典等である。

(六)  保険料

事業用自動車の任意保険料及び店舗の火災保険料である。

(七)  修繕費

事業用自動車の車検費用、修理代等、事業用冷蔵庫の点検費用等、照明及びガス工事代金等である。

(八)  消耗品費

ガソリン代金、調味料代金、鮮魚等販売に必要なポリ袋、あしらい物等の代金である。

(九)  消耗工具費

まな枚、包丁、砥石、ホース、電球等の代金である。

(一〇)  事務用品費

請求書、領収書等用紙、帳面等の代金である。

(一一)  雑費

日曜日に配達に来る仕入先従業員の食事代である。

(一二)  福利厚生費

従業員に支給していた食事代及びパートタイマーのおやつ代である。

(一三)  減価償却費

事業用自動車、冷蔵庫、陳列台、秤等の減価償却費である。

(一四)  給料

原告は係争各年を通じて中出昇を、昭和五三年一月から六月まで及び同年九月から昭和五五年九月までの間沼田忠義を雇用していたほか、昭和五三年と昭和五五年のそれぞれ一時期アルバイト及びパートタイマーを雇用していたが、右従業員に支払つた給料の額である。

(一五)  利子割引料

国民金融公庫等からの借入金に対する支払利息等である。

(一六)  地代家賃

店舗、倉庫、車庫の賃料等である。

五  原告の実額主張に対する被告の認否及び反論

1  原告の実額主張については、(一)ないし(一六)の事実を否認し、係争各年分の事業所得金額を争う。原告主張の経費は継続した記録に基づいて算出されたものではなく、一部につき支出の根拠となる領収書があつてもそのほとんどが原告の記憶に基づくという恣意的なものである。

2  原告が被告の推計課税を争い経費につき実額を主張する以上、経費の主張立証だけでなく、〈1〉売上金額が存在すること、〈2〉その売上金額に把握もれがないこと、〈3〉その経費がその売上金額に対応するものであることの三点を証明しなければならない。しかるに、原告は被告が把握できた売上原価とこれによつて推計した売上金額を認めるというだけで、売上金額や売上原価の実額全部を把握するのに必要な売上帳、仕入帳、現金出納帳及びそのもととなる原始記録は一切提出しておらず、経費についても売上金額との対応性を明らかにしていないから、原告の実額主張は証明が不十分である。

しかも、原告は昭和五三年一〇月一一日自宅土地建物を代金一六〇〇万円で取得し、そのための借入金一五〇〇万円の元利金を昭和五四年一月から毎月一三万円ないし一四万円ずつローン返済しているところ、原告方の家事関連支出は、総理府統計局作成家計調査年表による平均消費支出(世帯人員六人の場合)、原告が申告した所得税、各種保険料、原告主張の借入金に対する返済元本及び利息、前記住宅ローン返済金を合計しただけでも、別表5記載のとおり昭和五三年分が四三五万八六〇八円、昭和五四年分が五三八万七一一八円、昭和五五年分が六八七万二六五〇円となるから、原告が本訴で主張する所得金額は勿論のこと申告所得金額も著しく実体とかけ離れた不合理なものといわざるをえない。

六  被告の反論に対する原告の再反論

課税訴訟における売上金額及び必要経費の立証責任は課税庁たる被告が負うべきものであるのに、被告の反論は必要経費のみならず売上金額の立証責任を事実上転換させて原告に負わせようとするもので不当である。また、経費と売上金額の対応性については、むしろ被告において原告主張の経費が売上金額に対応しないことを立証すれば足りる。

七  証拠<略>

理由

一  請求原因1の事実(本件処分等の経緯、内容)及び被告主張2の事実(推計の必要性)は当事者間に争いがない。

二  そこで、原告の事業所得金額につき検討するに、係争各年分の売上原価及び専従者給与額は当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば、原告は係争各年を通じ、六七店舗を擁するジヤンボスクエア富田林(通称ジヤンボ一番街)内で鮮魚小売業を営んでいたこと、大阪国税局長は係争各年分ごとに、富田林、堺、八尾、泉大津、葛城、粉河各税務署の管内で鮮魚小売業を年間継続してマーケツトのような同一建物内に各種の店舗が集中している場所に存する店舗にて専業として営み、青色申告書を提出し係争各年分につき不服申立又は訴訟を提起しておらず、配偶者が青色事業専従者として事業に従事しており、売上原価が係争各年分ごとに原告の売上原価の概ね五〇パーセント以上、一五〇パーセント以下の範囲内にある個人事業者をすべて抽出し、該当する一一名の同業者(なお、泉大津、葛城、粉河各税務署管内には該当者がなかつた。)につき売上金額、売上原価、経費を調査したこと、被告はその結果に基づき別表3の(一)ないし(三)記載のとおり各年分ごとに同業者原価率及び同業者経費率の各平均値を求めた上、原告の各年分の売上原価を同業者原価率の平均値で除して各年分の売上金額を算定し、この売上金額に同業者経費率の平均値を乗じて各年分の経費を算定したことが認められる。

しかして、右同業者の抽出基準は立地条件や営業規模の類似性、資料の正確性等の点ですべて合理的であり、抽出された同業者数もその個別性を平均化するに足りるものということができるから、右のように同業者原価率及び同業者経費率の各平均値によつて原告の売上金額及び経費を推計することは合理的というべきである。

そうすると、原告の係争各年分の売上金額は別表2の〈1〉欄記載のとおり、同じく経費は〈5〉欄記載のとおりであるから、原告の事業所得金額は昭和五三年分が四六一万九三〇八円、昭和五四年分が四七〇万〇五九四円、昭和五五年分が四五三万五四三八円となる。

三  これに対し、原告は経費につき実額を主張して被告の推計課税を争つているので、この点につき判断するに、いわゆる実額主張の訴訟上の攻撃防禦方法としての性質及びその立証責任の所在については説が分かれているが、仮に原告が負うのは反証提出責任にすぎず立証責任まで負担するものではないとの立場を採つても、実額主張が推計課税に対する有効な反証たりうるためには、推計を不要ならしめる程度の一応の合理的な立証活動が要求されるものと解される。

ところで原告は、別表4記載のとおり売上金額及び売上原価については被告主張額をそのまま認めてこれと同額を主張する一方、一般経費及び特別経費の合計額として被告主張経費の一・五倍以上の金額を計上し、その結果係争各年分の事業所得金額はいずれもマイナスであつた旨主張しているが、<証拠略>によれば、原告には妻と昭和三九年生まれの長女を頭に四人の子女があり、妻は原告の事業に専従していたこと、原告は国民金融公庫、大和銀行等から借入れていた事業資金につき、係争年当時各月相当額の元利金を返済していたこと、また原告は昭和五三年に自宅土地建物を購入し、その資金にあてるため同年一二月一一日富田林市農業協同組合から住宅ローンとして一五〇〇万円を借受け、昭和五四年一月以降毎月約一三、四万円を償還元利金として返済してきたこと、原告は昭和五九年五月に鮮魚小売業を廃業したが、その主な原因は売上の大半を占めていた金剛コロニーとの取引を係争年より後の昭和五七年一〇月限りで打ち切られたことから営業不振に陥つたためであること、総理府統計局の家計調査年報による世帯人員別一世帯当たり年平均一か月間の消費支出は、世帯人員六人の場合昭和五三年が二二万七九八六円、昭和五四年が二三万九一四〇円、昭和五五年が二六万一一八六円であることが認められる。

そうすると、仮に原告主張の経費の支出及び金額が証拠上認められるとしても、原告が営業不振に陥る以前である係争各年の間、全国平均でも六人家族の場合年間約二七三万円ないし約三一三万円の消費支出があつた状況の下で、他に収入がないのに育ち盛りの子女を含む家族六人が生活し、かつ事業資金の返済に加えて昭和五四年一月以降は多額の住宅ローン返済金を月々支払つてきたにもかかわらず、事業所得がマイナスであつたということは著しく経験則に反する事態というべきであつて、その原因は、原告が被告主張の売上原価及びこれから推計により算定された売上金額をそのまま援用し、これを実額主張の根拠事実として主張しているからにほかならず、かかる主張は実額主張としての合理性を欠くといわざるをえない。原告としては、すべからく被告の推計とは別の立場から客観的な証拠に基づき売上金額、売上原価を実額で具体的に証明すべきであつたのであり、その証明がない本件においては、自己の実額主張を被告の推計課税に対する有効な反証とはなしえないものである。

なお、<証拠略>によれば、原告は審査請求段階の昭和五八年四月三〇日に大阪国税不服審判所に対し係争各年分の確定申告損益計算書を提出したこと、右計算書には本訴の主張額と若干異なる数額の売上金額、売上原価が記載されていたことが認められるが、<証拠略>によつても右各金額のどのような資料ないしは根拠によつて算定されたものかが明らかでなく、他にこれを明らかにしうる証拠は存しない。

そうすると、原告主張の個々の経費につきその存否を判断するまでもなく、原告の実額主張は被告の推計課税に対する有効な反証たりえず失当というべきである。

四  以上によれば原告の係争各年分の事業所得金額は前記のとおり昭和五三年分が四六一万九三〇八円、昭和五四年分が四七〇万〇五九四円、昭和五五年分が四五三万五四三八円であり、これが原告の係争各年分の総所得金額となるところ、本件処分及び決定はいずれも右金額の範囲内でなされたものであるから何ら違法は存しない。

五  よつて、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 青木敏行 古賀寛 松田亨)

別表<略>

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