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大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)5507号 判決

原告(反訴被告)

山本哲也

被告(反訴原告)

舛野廣一

主文

1  原告(反訴被告)の請求を却下する。

2  反訴原告(被告)の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを被告(反訴原告)の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

(本訴)

一  請求の趣旨

1 原告(反訴被告、以下本訴反訴を通じ「原告」という。)の被告(反訴原告、以下本訴反訴を通じ「被告」という。)に対する別紙目録記載の交通事故(以下「本件事故」という。)に基づく金三二三万一六六六円の損害賠償債務及び内金二八三万一六六六円に対する昭和六一年三月七日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金債務が存在しないことを確認する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴)

一  請求の趣旨

1 原告は被告に対し、金三二三万一六六六円及び内金二八三万一六六六円に対する昭和六一年三月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

一  本訴請求の原因

被告は原告に対し、本訴請求の趣旨第1項記載の本件事故に基づく損害賠償債権及び遅延損害金債権を有するものと主張する。

しかし、原告の被告に対する右債務は存在しないので、その不存在の確認を求める。

二  本訴請求の原因に対する認否

被告が原告に対し、原告主張のような権利主張をしていることは認める。

三  本訴抗弁及び反訴請求の原因

1  事故の発生

原告は、本件事故を発生させた。

2  責任

原告は、本件事故当時、原告車を運転して前記道路を西進していたのであるから、前方を注視しつつ自車を進行させ、先行している車両との衝突を未然に防止すべき注意義務があつたものである。しかるに、原告は、前方注視を怠つて漫然と自車を進行させた過失により本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条に基づき、被告が本件事故により被つた損害を賠償する責任がある。

また、原告は、本件事故当時、原告車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、被告が本件事故により被つた損害を賠償する責任がある。

3  被告の受傷及び治療経過等

(一) 被告は、訴外扇興交通株式会社のタクシー運転手をしていたものであるが、本件事故前、被告車を運転して前記道路を西進してきたところ、前方の対面信号の赤色表示に従つて前方に数台の自動車が続いて停止しており、右道路とT字型に交わる北方への道路が自車の右前方にあつてこの道路から前記自車の進行していた東西道路に進入してくる自動車のあることが予測されたので、自車の直前に停止していた先行車との間隔を約五メートル空けて自車を停止させた。そして、被告は、先刻降した客の料金等を日報に記入していたところ、突然後方から約二〇キロメートルの速度で原告車に追突され、急ブレーキを踏んだが約四ないし五メートル前方に押し出されて停止するとともに、自己の頭部が当初後方に振られ、次いで前方に振られて「ガク」という感じを受けた。

(二) 被告は、本件事故の日である昭和六〇年七月九日、警察署に事故届に赴く途中悪感を催したので、右届出をすませたのち中野医院を訪れて診察を受け、同日から同月一一日まで(実日数三日)同医院に通院し、同月一二日から同年一〇月三一日まで(一一二日間)聖徒病院に入院し、同年七月三一日から昭和六一年二月二八日まで(実日数一二〇日)福井整形外科に、昭和六〇年一一月一日から昭和六一年二月二八日まで(実日数四日)聖徒病院に、昭和六〇年八月二八日から昭和六一年二月二八日まで(実日数二日)橋本病院にそれぞれ通院して診療を受けたが、その経過の中で、被告には悪心、脱力感、頭痛、頸部痛、腰部痛、手指のしびれ感、握力低下、混合乱視及び外斜位の悪化による視力低下といつた症状が見られ、中野医院・聖徒病院・福井整形外科において外傷性頸椎症及び腰椎症との診断を受け、橋本病院において視力低下の診断を受けている。

右の事実に照らせば、被告は、本件事故により外傷性頸椎症及び腰椎症、視力低下の傷害を受け、その治療のため右のとおり病院に入通院したことが明らかである。

4  損害

(一) 入院雑費 金一四万五六〇〇円

被告は、前記聖徒病院に入院中の一一二日間、一日当たり金一三〇〇円、合計金一四万五六〇〇円の雑費を支出した。

(二) 入・退院及び通院交通費 金四万七二八〇円

被告は、前記各病院への入・退院及び通院に当たり、合計金四万七二八〇円の交通費を支出した。

(三) 文書料 金八〇〇〇円

被告は、本件事故の交通事故証明書代及び本件事故による傷害の診断書代として、金八〇〇〇円を支出した。

(四) 休業損害 金三一四万〇五四〇円

被告は、本件事故当時、前記のとおり訴外扇興交通株式会社にタクシー運転手として勤務し、昭和六〇年五月は金二六万三九五〇円、同年六月は金二五万三八〇〇円の給与を得ていたところ、被告の収入が右のように低額であつたのは、被告が前回の交通事故で負傷して昭和六〇年四月二一日まで休業したため、各種手当や賞与等の支給を受けられなかつたことによるものである。したがつて、被告は、本件事故に遭わなければ、被告の本件事故時の年齢である四七歳に相当する賃金センサスの男子労働者の平均給与額(その年額は金四八七万八〇〇〇円である。)を下回らない収入を得られたものと推認すべきところ、本件事故による受傷のため、昭和六〇年七月九日から昭和六一年二月二八日までの二三五日間休業せざるを得なかつた。そこで、被告が本件事故により右の間に失つた得べかりし利益の額は、次の計算式のとおり、金三一四万〇五四〇円となる。

4,878,000÷365×235≒3,140,540

(五) 慰謝料金 一三〇万円

被告が本件事故により受けた損害の内容・程度その他諸般の事情を総合考慮すれば、被告が本件事故により被つた精神的・肉体的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料の額は、金一三〇万円が相当である。

(六) 弁護士費用 金四〇万円

被告は、本件反訴請求事件の提起及び追行を被告訴訟代理人らに委任し、その費用及び報酬として金四〇万円の支払を約した。

5  損害の填補

被告は、労災保険から休業補償給付として金六〇万九七五四円の給付金、原告車の自賠責保険から金一二〇万円の保険金の各支払を受けた。

6  結論

よつて、被告は原告に対し、昭和六一年二月二八日までに生じた本件事故に基づく損害の賠償として、4(一)ないし(五)の合計額から5の既払額を控除し(ただし、労災保険からの給付金については、4(四)の金額から控除し)、これに4六の弁護士費用を加えた金三二三万一六六六円及び弁護士費用を除く内金二八三万一六六六円に対する本件事故の日ののちである昭和六一年三月七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四  本訴抗弁及び反訴請求の原因に対する認否

1  本訴抗弁及び反訴請求の原因1、2の事実は認める。

2  同3の事実は否認する。

(一) 本件事故現場付近の道路は、その前方を南北に走る新御堂筋に抜ける迂回路で、当時通行車両は少し進んでは停止するという状況で、通行車両が速度を出せるような道路状況ではなかつた。しかるところ、原告は、前方の対面信号が赤色を表示していたので、先行車である被告車に続いて自車を停止させたのであるが、被告車との車間距離が約二ないし三メートル空いてしまつたので、右車間距離をつめるべくゆつくり自車を前進させたところ、後続のタクシーがフラツシヤーで原告の行先への方向を知らせてくれることになつていたので、自車のルームミラーで後続タクシーのフラツシヤーを見ていたが、そのため被告車に接近しすぎ、あわてて急ブレーキを踏んだものの間に合わず、自車前部を被告車の後部バンパーにわずかに接触したにすぎないものであつた。したがつて、原告車には、本件事故による損傷は特になく、被告車が被つた損傷もリアバンパーの交換を要する損傷(費用三万八〇〇〇円)にすぎなかつた。以上のように、本件事故により被告車の受けた衝撃は極めて小さなもので、被告車が本件事故によつて前方へ押し出されることもなく、被告の頭部及び頸部等が生理的運動の範囲を超えた運動をして被告が主張するような傷害を生じさせるようなものではなかつたものである。被告は、本件事故により自車は約四ないし五メートル前方に押し出されたと主張するが、当時被告車の前方には三、四台の信号待ち車両が停止していたので、被告車がその主張のように押し出されることはありえず、被告自身も本件事故の発生状況の届出をした際、被告車と前車との間に右のような余裕がなかつたことを図示しているのみならず、そこで述べる事故状況は、原告の主張に副う昭和六〇年八月五日の実況見分における原告の指示説明と酷似しているのである。

(二) 被告は、本件事故前の昭和五九年一月四日、普通乗用自動車を運転していて訴外比嘉久也運転の普通貨物自動車に追突されて頭部外傷Ⅱ型、頸部及び腰部捻挫の傷害を負い(以下「前回事故」という。)、病院に入通院して治療を受けた(この段階で、混合乱視、眼精疲労がみられた。)が完治せず、レントゲン検査上第五、第六頸椎に軽度の頸椎症が認められるが、脳波及び腱反射検査上異常所見はなく、ただ項頸部にしびれる様な重い感覚があり、時々目まいや悪心があるといつた局所の神経症状を残存させて、昭和六〇年二月一八日、その症状が固定したものである。したがつて、被告は、右の後遺障害につき、自賠責保険の後遺障害の認定を受け(第一四級一〇号)、保険金も受領しているし、右症状固定から五か月足らずのうちに本件事故が発生しているのであるから、本件事故後に被告にみられた神経症状は、本件事故によるものではなく、前回事故によるものなのである。

(三) 被告は、本件事故後、中野医院に三日間通院したのち、聖徒病院に長期間入院しているが、整形外科のある中野医院からこれのない聖徒病院に入院目的でわざわざ転医したものであり、前回事故による同様の症状につき治療を受けた医誠会病院及び北大阪病院に行かず、わざわざ聖徒病院へ行つたものである。そして、右聖徒病院における治療は、相当の長期間にわたつているところ、被告は、聖徒病院の医師に対し、前回事故による後遺障害の話をしたことはなく、同病院に入院した直後の昭和六〇年七月一六日には長期治療を希望してその旨の申し入れをしているのである。右の治療経過に照らせば、被告は、前回事故により診療を受けた医師に不審を抱かれるのを避け、入院を認めてもらえる病院を求めて聖徒病院へ行つたものと推認するのが相当である。

(四) 被告は、中野病院、聖徒病院、福井整形外科において、いずれも頸椎のレントゲン検査を受けているが、格別の異常所見はなく、それぞれの病院において、悪心等被告の愁訴以外に他覚的所見は認められず、被告に長期間の治療を必要とするような症状はなかつたものであり、被告の治療が長期化したのは、被告の心因的要素が多分に寄与し(聖徒病院の主治医は、被告に仮面うつ病があるのではとの印象を受けている。)、入院が長期化したのは、医師が被告の自覚症状を重視しすぎたためであつた。

以上の事実関係に照らせば、被告は、本件事故によりその主張のような傷害を受けたものではないというべきである。

3  同4の事実は知らない。同5の事実は認める。

第三証拠

本件記録中の書証及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

第一本訴請求について

原告の本訴請求は、前記のとおり、被告に対し本件事故に基づく金三二三万一六六六円の損害賠償債務及び内金二八三万一六六六円に対する昭和六一年三月七日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金債務の不存在確認を求めるものであるところ、被告の原告に対する反訴請求は、右の債務不存在確認請求におけるのと同一内容の債権の履行を求めるものである。したがつて、被告の反訴において、その請求が認容されれば、右債権の存在を前提としてより直接的な右債権の履行が命ぜられるのであり、その請求が棄却されれば、口頭弁論終結時における右債権の不存在が既判力をもつて確定されるべきものである。そうだとすると、本訴におけるのと同内容の積極的な給付請求の反訴が維持されたまま弁論を終結した本件においては、原告の本訴請求はもはや訴えの利益がないものといわざるを得ず、却下を免れないものである。

第二反訴請求について

一  被告は、本件事故により外傷性頸椎症及び腰椎症、視力低下の傷害を受けたものであると主張し、原告はこれを争うので、まずこの点につき判断する。

二  反訴請求の原因1の事実(本件事故の発生)は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第五、第六号証、第七号証の一ないし七、第九号証、乙第三ないし第一八、第三七号証、証人石田雅之の証言及び原、被告各本人尋問の結果によれば、被告は、本件事故の日である昭和六〇年七月九日、嘔気、頸部の重み、脱力感等を訴えて中野医院を訪れ、同日から同月一一日まで(実日数三日)同医院に通院し、同月一二日から同年一〇月三一日まで(一一二日間)聖徒病院に入院し、同年七月三一日から同年一一月一九日まで(実日数四六日)福井整形外科に、同月一八日から同月二〇日まで(実日数三日)聖徒病院に通院して診療を受けたこと、右の経過の中で、被告は、頭部・頸項部・腰部痛、吐気、脱力感、手肢のしびれ感などを訴え、握力の低下、頸部の圧痛がみられ、福井整形外科においてはジヤクソン・スパーリングテストにおいて異常が認められ、中野医院においては外傷性頸部症候群と、聖徒病院においては頸部捻挫と、福井整形外科においては外傷性頸椎症・外傷性腰椎症と診断されていることが認められる。被告は、右に認定したところ以外に、福井整形外科へ昭和六〇年一一月二〇日以降昭和六一年二月二八日まで、聖徒病院へ昭和六〇年一一月二一日以降昭和六一年二月二八日まで、橋本病院へ昭和六〇年八月二八日以降昭和六一年二月二八日まで通院して診療を受けたこと、被告には、混合乱視及び外斜位の悪化による視力低下があり、右の橋本病院における診療においてこの点の診断を受けたことを主張するが、これらの事実を認めるに足るだけの証拠は存在しない。

右の事実によれば、被告は、本件事故によりその主張のような傷害(ただし、視力低下を除く。)を被つたものと推認することができるかの如くである。

三  しかし、成立に争いのない甲第八号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる同第一、第二号証、原告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる同第四号証、被告本人尋問の結果、本件事故現場付近の写真であることにつき争いがなく、弁論の全趣旨によりその余の点につき原告主張どおりの写真であることが認められる検甲第一ないし第四号証、鑑定人江守一郎の鑑定の結果によれば、本件事故の状況として次の事実が認められる。

1  本件事故現場付近の本件道路は、南北に走る新御堂筋に通ずる東西に走る道路で、その北側は幅員約二メートルの歩道部分となつているため、車道部分の幅員は約七メートルであり、本件道路には、西方への一方通行、最高速度二〇キロメートル毎時の道路規制がなされていた。また、本件道路と新御堂筋との交差点付近には、本件道路を西進する車両のための対面信号機が設置されていた。

2  本件事故当時、本件道路の南側には駐車車両があつて車両が走行できる道路の幅は狭められていたが、本件道路を西進する車両の数は多く、混雑していた。

3  原告は、本件事故前、原告車を運転して本件道路を西進していたものであるが、前方の対面信号が赤色を表示していたので、前記交差点の手前(東側)に設けられている停止線の約二五メートル手前で先行車である被告車に続いて自車を停止させた。しかし、原告車と被告車との車間距離が約三メートル空いていたので、原告は、右車間距離をつめようとして自車をゆつくり前進させたが、自己の行先への方向を後続のタクシーがフラツシヤーで知らせてくれることになつていたので、自車のルームミラーで後続タクシーのフラツシヤーを見ていたところ、そのために被告車に接近しすぎたことにその直近で気づき、あわてて急ブレーキを踏んだものの間に合わず、自車前部を被告車の後部に衝突させ、被告車は約一〇センチメートル前方に押し出されて停止した。被告は、自車を先行車に続いて停止させ、フツトブレーキを踏んだまま先刻降した客の料金等を日報に記入していたところ、後方から原告車に追突された。

4  本件事故直後、警察官が原告車と被告車の状況を見分したところ、原告車は、地上高五五センチメートルの前部バンパーに幅九・八センチメートルの擦過痕があり、前部バンパーの右側が左側に比べ一センチメートル圧着していた。また、被告車は、地上高四六センチメートルから五五センチメートルにかけての後部バンパーの左端から一・〇六メートルの部分を中心として若干の凹損が見られた。

以上のとおりであつて、右認定に反し、本件事故の状況は、被告車が先行車との間隔を約五メートル空けて停止していたところ、後方から原告車に約二〇キロメートルの速度で追突され、急ブレーキを踏んだが約四ないし五メートル前方に押し出されて停止したものであるとする乙第二、第二六号証の記載及び被告本人尋問の結果は、前記認定の当時の道路状況や事故後の原・被告車の痕跡に照らしていささか不自然、不合理であるのみならず、その内容間に矛盾、変遷があり、前掲の各証拠と対比してたやすくこれを信用することはできず、他に右の認定を左右し得るような証拠は存在しない。

そして、右認定の事実によれば、原告車の衝突速度は時速約五キロメートルで、被告車の受けた衝撃力は最大約六〇〇キログラム、被告の受けた衝撃力は最大約三〇キログラムにすぎないものと認められ、被告が本件事故によりその主張のような傷害を負う確率は甚だ低いものであると認められる。

四  また、成立に争いのない甲第三号証の一ないし六、乙第二〇号証及び弁論の全趣旨によれば、本件事故前の状況として、被告は、前回事故により頭部外傷Ⅱ型、頸部及び腰部捻挫の傷害を負い、医誠会病院、北大阪病院、橋本医院に入通院して治療を受けた(この段階において、橋本医院から混合乱視、眼精疲労の診断を受けている。)こと、しかし、被告の右傷害は、結局完治せず、レントゲン検査上第五、第六頸椎に軽度の頸椎症が認められるが、脳波及び腱反射検査上異常所見はなく、ただ項頸部にしびれるような重い感覚があり、時々目まいや悪心があるといつた局所の神経症状を残存させて、昭和六〇年二月一八日、その症状が固定したものであること、したがつて、被告は、右の後遺障害につき、自賠責保険の後遺障害の認定を受け(第一四級一〇号)、保険金も受領していることが認められる。右の事実によれば、右症状固定の日から五か月足らずのうちに発生した本件事故の当時、被告の症状は依然残存していたものであり、それ以降も相当期間継続すべきものであつたと推認するのが相当である。被告本人尋問の結果中には、本件事故の当時、右の症状は消失していたとする部分があるが、右の各証拠に照らし信用することができず、他に右の認定を覆すに足るような証拠は存在しない。

五  次に、前掲甲第五、第六号証、第七号証の一ないし七、第九号証、乙第三ないし第一八号証及び証人石田雅之の証言並びに被告本人尋問の結果によれば、被告の入通院に関する事情として、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

1  被告は、前記のとおり、本件事故後、中野医院に三日間通院したのち、聖徒病院に長期間入院しているが、中野医院には整形外科があるのに対し、聖徒病院にはこれがなく、ただ外科があるだけであつた。そして、被告が中野医院から聖徒病院へ転医した理由は、入院目的を達するためであつた。

2  被告の右聖徒病院における治療は相当長期間にわたつているところ、被告は、聖徒病院の医師に対し、前回事故による後遺障害が残存していたというような話は全くせず、かえつて、以前事故に遭つて受傷したが、本件事故当時にはすつかりよくなつて仕事をしていた旨述べている。

3  被告は、同病院に入院した直後の昭和六〇年七月一六日、病院に対し長期治療を希望してその旨の申し入れをしている。

以上のとおりであつて、右の事実によれば、被告は、本件事故後の症状と同種の頸部及び腰部捻挫により入通院治療を受けた医誠会病院及び北大阪病院に転医せずに、整形外科のある中野医院からこれのない聖徒病院にわざわざ転医したものであり、右認定の聖徒病院における言動をも併せ考えると、被告の右一連の言動は甚だ不可解なものであるといわざるを得ないものである。

六  また、右の各証拠によれば、被告の本件事故後の症状として、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠は存在しない。

1  被告は、前記中野医院、聖徒病院、福井整形外科において、いずれも頸椎のレントゲン検査を受けたが、格別の異常所見は見当たらなかつた。

2  聖徒病院の医師は、電話で福井整形外科の医師からジヤクソンスパーリングサインがあつたとの話を聴いたが、その後被告に神経根症状を認めうるような所見は見出されなかつた。そして、右の点を除けば、前記各病院において被告に神経学的な異常所見が認められたことはなかつた。

3  その他前記各病院において見られたのは、頸部の圧痛と多少の筋力の低下(握力計による測定)を除けば、脱力感、吐気、頭痛、頸部運動時痛、手指のしびれ感などといつた自覚的所見のみであつた。

4  前記聖徒病院における主治医は、その診療結果をもとに被告には仮面うつ病があるのではないかとの疑いを抱いていた。

以上のとおりであつて、右の事実によれば、本件事故後被告に見られた症状は、それ自体としてこれを見ても他覚的所見の乏しい主訴を中心とするもので、これを自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表に当てはめてみても、第一四級一〇号(「局部に神経症状を残すもの」)を超えるものではないことが明らかである。

七  そうすると、二掲記の事実から被告が本件事故によりその主張のような傷害を被つたものと推認することはできず、他にこれを推認できるような事情は見当らないから、被告の反訴請求は、受傷の点につきその証明がないことに帰するものである。

第三結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、訴えの利益を欠くのでこれを却下し、被告の反訴請求は、理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用については民事訴訟法八九条、九〇条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山下滿)

(別紙) 目録

原告は、昭和六〇年七月九日午後一時ころ、普通乗用自動車(大阪五五ゆ九五六二号、以下「原告車」という。)を運転して大阪市北区西天満二丁目七番二一号先道路を東から西に向かつて進行中、前方に停止していた被告運転の普通乗用自動車(大阪五五か七〇九六号、以下「被告車」という。)の後部に自車の前部を追突させた。

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