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大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)12004号 判決

原告

仲野清

(以下原告清という)

原告

仲野ヒロ子

(以下原告ヒロ子という)

右原告両名訴訟代理人弁護士

河上泰廣

右同

南輝雄

右同

馬場康吏

右同

辻田博子

被告

有限会社知床グランドホテル

右代表者代表取締役

桑島宣一

右被告訴訟代理人弁護士

市橋和明

右同

高橋正人

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告清に対し一六四八万円、原告ヒロ子に対し一五八〇万円、及び右各金員に対するいずれも昭和六一年九月四日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(一)  仲野智恵美(以下智恵美という)は、昭和六一年八月三一日内本守(以下内本という)と婚姻すべく挙式し(ただし入籍は未了であった)、後記本件事故によって死亡した当時、新婚旅行の途上にあった。

(二)  原告らは、智恵美の両親であり、智恵美の相続人は、原告らのみである。

(三)  被告は、その肩書地において「知床グランドホテル」(以下本件ホテルという)を経営する会社であり、後記本件事故の当時、右ホテルの建物を占有かつ所有していた。

2  昭和六一年九月四日午前八時二〇分頃、智恵美は、本件ホテル旧館六階六〇六号室の窓(以下右部屋を六〇六号室、右窓を本件窓という)から約一八メートル下のコンクリート敷路面に転落して死亡した(以下本件事故という)。

3  (本件窓の瑕疵)

(一) 本件窓は、いわゆる腰高窓の二重窓で、外側から順に、アルミ枠の網戸一枚、アルミ枠及び木枠のガラス引違い戸各一組がはめ込まれている。その窓面の大きさは縦約一二二センチメートル、横約一七三センチメートル、窓がまちの幅約20.7センチメートル、床面から窓がまちまでの高さ約79.3センチメートルである。

本件窓は、そのまま外部に面しており、地上までは、一階軒部分に本件ホテルの玄関庇が若干せり出しているほかは、途中なんらの障害物はなく、本件窓自体にも、手すりなど転落を防止するための特別の設備は備えられていなかった。

さらに、六〇六号室の構造等は、別紙図面記載のとおりであるところ、本件窓は、六〇六号室に常置されているベッド(以下本件ベッドという)に接しており、また右ベッドと本件窓の窓がまちとの高さは、ほぼ水平に近いものであった。

(二) 右のような本件窓の構造からして、そのままの状態であれば、これに接近した者が、窓際において、なんらかのはずみで体のバランスを崩せば、容易に外部へ転落するおそれがある。

さらに本件ホテルは、知床峠等の観光名所を間近にひかえたいわゆる観光ホテルであり、老人・幼児・子供等不特定多数の観光客が来集し、宿泊・飲食等に常時利用する施設であるうえ、その利用客も観光目的から飲酒する等相当はめをはずした行動をとることも具体的に予想される。

以上のような、本件窓の構造、本件ホテルの性質、利用客の具体的な利用状況等からして、被告は、本件窓について利用客のささいな不注意によって、たやすくこれからの転落を生ずるようなことのないように、手すり等の転落防止設備をととのえる必要があり、それが欠けている以上、本件窓には瑕疵が存するというべきである。

(三) なお、被告経営者において、昭和六一年秋頃ないし昭和六二年春頃には、本件窓を含めた本件ホテル旧館の窓全部に手すりを設ける考えであったが、これは利用客の不注意によって、たやすく本件窓からの転落事故を生じうるものとの認識を有していたことを示すものである。

4  (本件窓の瑕疵と、本件事故との因果関係)

(一) 本件事故の具体的態様は現在明らかでないが、大体以下のとおりである。

昭和六一年九月四日午前七時頃、六〇六号室で、智恵美は、内本と相前後して起床し、午前八時頃内本と二人で本件窓際に寄り、窓を開けて雨の降る戸外の様子を眺めたが、一旦本件窓を閉めて窓際を離れた。その後、智恵美は髪をとかしながら再度本件窓際により、窓を開けていたところ、体のバランスを失い、本件窓から転落したものである。

(二) 前記のとおり、本件窓には、利用客が窓際で体のバランスを崩せば容易に外部に転落するおそれがあったのであるから、本件事故が、第三者による犯罪行為に起因するか、あるいは智恵美自身の自殺行為に起因するなど、本件窓の瑕疵とは全く別個の原因によるものであることが、積極的に認められない限り、智恵美はなんらかの事情で体のバランスを崩し、本件窓から転落したものと推認すべきである。

しかるに、本件事故においては、右のような犯罪ないし自殺行為を窺わせる事情は全く存在しない。

そうすると、本件窓の瑕疵と本件事故との因果関係は十分認められるところである、といわなければならない。

5  (損害)

(一) 智恵美の逸失利益 三七五〇万六〇〇〇円

本件事故の当時、智恵美は二五歳であり、本件事故がなければ、内本の妻として、家事労働に専従する予定であったところ、賃金センサス昭和五九年版第一巻第一表による同女と同年齢の女子労働者の収入を基礎として、満六七歳までの智恵美の逸失利益を計算すると三七五〇万六〇〇〇円となる(生活費三割控除)。

(二) 智恵美の慰謝料 四〇〇万円

智恵美は、新婚旅行の五日目という人生のまさにこれからというときに本件事故によって落命したものであって、その固有の慰謝料は四〇〇万円を下らない。

(三) 遺体引き取り関係費用及び葬儀費用 一二四万〇七〇〇円

いずれも原告清が支出したものである。

(四) 原告らの慰謝料 各八〇〇万円

(五) 本訴請求金額右(一)ないし(四)の合計の内金原告清一四九九万円、同ヒロ子一四三七万円

(六) 弁護士費用 原告清分一四九万円、同ヒロ子分一四三万円

6  よって、いずれも民法七一七条一項に基づく不法行為による損害賠償の内金として、被告に対し、原告清は一六四八万円、原告ヒロ子は一五八〇万円、及び右各金員に対する不法行為の日である昭和六一年九月四日から支払い済みに至るまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  同1及び2の各事実はいずれも認める。

2  同3の事実について

(一) 同(一)の事実中、本件窓と本件ベッドが接していること及び、右ベッドと本件窓の窓がまちとの高さがほぼ水平に近いものであることはいずれも否認する。

その余の事実は認める。

(二) 同(二)の事実中、本件ホテルの利用状況は認め、その余の事実は否認する。

(三) 同(三)の事実は否認する。

3  同4の事実について

(一) 同(一)の事実は不知。

(二) 同(二)の事実について

同冒頭の主張、及び本件事故に関し、犯罪ないし自殺行為によることを窺わせる事情がないとの点は不知。

仮に本件窓に瑕疵が存したとしても、本件事故との間に因果関係のあることは否認する。

4  同5の事実はいずれも不知。

5  同6の主張は争う。

三  抗弁

仮に、被告になんらかの損害賠償義務が存するとしても、本件事故の原因の大部分は、以下のとおり智恵美自身の不注意に起因するものであるから、相当の過失相殺がなされるべきである。

すなわち、本件窓については、床面から窓がまちまでの高さから考えて、通常の姿勢では窓際でバランスを崩しても、本件窓から転落することは考えられない。おそらく、智恵美は、観光名物であるゴジラ岩を探そうとするなどして、本件窓からかなり身を乗り出していたものと思料される。

四  抗弁に対する認否

過失相殺をなすべき事情のあったことは否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1及び2の各事実は当事者間に争いがない。

二同3(一)の事実中、本件窓と本件ベッドが接していたこと及び、右ベッドと本件窓の窓がまちの高さが水平に近いものであることを除くその余の事実、同3(二)の事実中、本件ホテルの利用状況は、当事者間に争いがない。

〈証拠〉によれば、本件事故の後である昭和六一年九月一〇日ないし一〇月三日当時、本件ベッドは、本件窓から数十センチメートル程度の間隔をおいて設置され、本件窓とは接する位置にはなく、したがって本件事故後、本件ベッドの位置に変更が加えられたと認むべき特段の事情の存しない本件においては、本件事故の当時も同様に本件ベッドは本件窓に接していなかったと推認されること、本件ベッドのベッド面の高さは、本件窓の窓がまちから二〇ないし三〇センチメートル程度低く、高さに差があり水平に近いといえないこと、その他六〇六号室の構造ないし備品のために、利用客が本件窓付近で足をとられバランスを崩すおそれはないこと、本件窓の窓がまちには、前記の引違い戸のための棧があって凹凸になっており、その高さと相まって、窓がまちの上面に人が腰掛けることが通常予想されないものであること、本件窓の下の壁面には、暖房機の送風口が取り付けられているが、その取り付けはわざと緩みをもたせてあって、その上面を人が踏えて登ることができない構造になっていること、六〇六号室の床面の材質は、本件窓の付近ではいわゆるパンチカーペットで、滑り易いものではないこと、六〇六号室は二名用の客室で、滞在及び就寝を主たる目的に設計されており、宴会用の設備等は備えられていないこと、がいずれも認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そこで、以上の事実に基づき、本件窓に瑕疵があるかの点について判断するに、一般に高所に設置された窓は、たやすく同所からの人の転落を招来するものであってはならず、特に本件ホテルのような観光客の宿泊を主たる営業内容とするホテルの客室に設置された窓は、ホテル利用客の幅広い層を考慮して、当該窓及びこれが設置されている客室の種類、構造から予想される利用状況に照らして、転落を招来する危険のないものでなければならない(仮に転落の恐れのある場合には、例えば手すり等を設けるなどして相応の転落防止措置を講ずる必要がある)けれども、右は、通常予想される危険に対して安全であれば足り、当該窓に接近する者の異常または特殊な行動がなされた場合にまで対処しうるほど絶対的かつ理想的に安全なものである必要はない。

これを本件についてみるに、前記認定の事実によれば、本件窓は、なるほど地上六階という高所に設置され、窓下はなんらの障害物がないまま地上面に通じているのであるから、もし人が本件窓から転落した場合には確実に致命的傷害を受けるであろうと認められるけれども、一方、本件窓の形状は、幅約20.7センチメートルの窓がまちまでの床面からの高さが約79.3センチメートル、窓面の大きさは縦約一二二センチメートル、横約一七三センチメートル(ただし、引き違い戸により開閉する方式となっているため、実際の開放部分は横約86.5センチメートルとなる)であり、しかも、床面は決して滑り易い材料ではないし、本件窓付近で利用客が足をとられてバランスを崩すおそれもない。そして、これら本件窓の設置状況や形状に加えて、仮にも本件窓から転落すれば一命を失うであろうことが一見して看取しうる(検証の結果より明らかである)ことを合わせ考慮するならば、同室利用客が敢えて転落の危険を冒すがごとき行動に出ることはないと期待してよいであろうし、また、本件窓から外部を眺め、あるいはこれに寄り掛かり、あるいは本件窓際で移動する等通常の利用をなしている限りはもちろん、仮になんらかの原因で体のバランスを崩し、本件窓の方へよろめいたり、もたれかかったりしたとしても、それが相当長身の人物であっても窓がまちに下腹部ないし腰部があたり、また右窓がまち、引き違い戸の枠等を手で支えて体勢を保持することが十分に可能であるはずであって利用客自ら本件窓から大きく身を乗り出すなどあえて危険な行動に走らない限りは、体の重心が容易に窓がまちを越えて転落に至ることはないと認められるのである。したがって、本件窓について手すり等の転落防止のための特別の設備が設置されていなくとも、これをもって本件窓について瑕疵があるということはできず、外に右認定を覆すに足りる証拠はない。

原告らは、本件窓を含む本件ホテル旧館全部の窓に手すりを設ける計画があったと主張するが、仮にその事実が認められたとしても、右事実から本件窓について瑕疵があったと推認することはできない。

さらに、建築基準法施行令一二六条一項は、同法三五条を承けて、火災等の場合の避難の安全に備えて、屋上広場又は二階以上の階にあるバルコニーその他これに類するものの周囲には、安全上必要な高さが1.1メートル以上の手すり壁、さく又は金網を設けなければならない、旨定めているが、同規定は右のとおり避難の安全確保を目的とした規定であるから、前記認定のとおり客室にある本件窓の瑕疵の存否の判断につき考慮に価する基準を提供するものではない。

三原告らの主張のとおり本件窓の瑕疵が認められるとして、これと本件事故との因果関係についてみると、本件全証拠によっても本件事故の発生した具体的経過は明らかでなく、また前記認定の本件窓の構造等からすると、本件事故がこれに起因するか甚だ疑問であり、右因果関係を認めることはできない。

四そうすると、その余の点について判断するまでもなく、本件窓について瑕疵のあること及びこれと本件事故との因果関係があることを前提とする原告らの請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官東孝行 裁判官近下秀明 裁判官夏目明德)

別紙〈省略〉

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