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大阪地方裁判所 昭和62年(行ウ)14号 判決

原告

塩見日出

右訴訟代理人弁護士

松本晶行

吉川実

桂充弘

阪本政敬

千本忠一

川崎裕子

竹下義樹

内海和男

右松本訴訟復代理人弁護士

工藤展久

被告

大阪府知事

中川和雄

右指定代理人

中村好春

外四名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対し昭和六〇年三月一九日付けでした国民年金障害福祉年金裁定請求却下処分を取り消す。

第二事案の概要

一前提となる事実(以下の事実はすべて争いがない)

1  原告の状態及び地位

(一) 原告は、昭和九年六月二五日、大阪市で生まれ、二歳のときに失明した。

(二) 原告は、昭和三四年一一月一日当時、全盲であり、昭和六〇年改正前の国民年金法(以下「法」という。)別表に定める一級に該当する程度の廃疾の状態であった。

(三) 原告は、昭和三四年一一月一日当時、韓国国籍であり、日本国籍を有していなかったが、昭和四五年一二月一六日、帰化によって日本国籍を取得した。

2  処分の存在及び行政上の不服申立ての経緯

(一) 原告は、法八一条一項によって障害福祉年金の受給資格を有するとして、昭和六〇年二月一日、国民年金法による障害福祉年金の裁定請求をしたところ、被告は、同年三月一九日付けで、右請求は理由がないとして、右請求を却下する処分をした(以下、これを「本件処分」という。)。

(二) 原告は、本件処分は不服であるとして、昭和六〇年五月八日、大阪府社会保険審査官に対して、審査請求をしたところ、同審査官は、同年六月一四日付けで、原告はすでに審査請求による判断(後記3(二))を受けており、審査請求は不適法であるとして、右審査請求を却下した。

(三) 原告は、さらに、昭和六〇年八月八日、社会保険審査会に対して、再審査請求をしたところ、同審査会は、昭和六一年一〇月三一日付けで、右(二)の審査請求と同様の理由によって、再審査請求を却下した。

3  前処分及び前訴の存在

(一) 原告は、昭和五六年の法改正以前にも法八一条一項によって障害福祉年金の受給資格を有するとして、障害福祉年金の裁定請求をしたが、被告は、昭和四七年八月二一日付けで、右請求を却下する処分をした(以下、これを「前処分」という。)。

(二) 原告は、右処分を不服として、大阪府社会保険審査官に対して、審査請求をしたところ、同審査官は、昭和四七年一一月三〇日、右審査請求を棄却し、原告は、さらに、社会保険審査会に対して、再審査請求をしたが、同審査会は、右審査請求を棄却した。

(三) 原告は、昭和四八年一一月一六日、前処分の取消しを求める訴訟(以下、これを「前訴」という。)を提起し、昭和五五年一〇月二九日、大阪地方裁判所において、同請求を棄却する判決がなされ、原告は、控訴したが、昭和五九年一二月一九日、大阪高等裁判所において、控訴棄却の判決がなされ、さらに、原告は、上告したが、最高裁判所は、平成元年三月二日、上告棄却の判決をした。

二本案前の主張

1  被告

本訴と前訴では、原告の主張する事実関係及び障害福祉年金の支給要件は同じであり、事実状態及び法律状態に変化はない。したがって、本訴は二重起訴に当たり却下されるべきものである。

2  原告

本訴と前訴では、対象となる行政処分が異なるうえ、前処分で却下の理由とされた法五六条一項ただし書の国籍条項は、本件処分時には廃止されており、法律状態が異なるのであって、二重起訴には当たらない。

三本案の主張

1  被告の主張

(一) 法八一条一項の障害福祉年金の制度は、国民年金法施行日(昭和三四年一一月一日)にすでに二〇歳を超えており、かつ廃疾の状態にある者に対して、全額国庫の負担により年金を支給するもので、拠出制の国民年金を補足するものであり、社会保険方式の範疇に入るものである。右障害福祉年金は、このように社会保険方式を採用しているのであるから、一定の保険事故発生時という一時点をとらえて、その時点で所定の要件を満たしている場合に、年金を給付する以外に方法がないものであるところ、右障害福祉年金については、国民年金法施行日(昭和三四年一一月一日)を廃疾認定日として、その時点で所定の要件を満たしている場合に、年金を給付することとしたものである。

(二) 難民の地位に関する条約等への加入に伴う出入国管理令その他関係法律の整備に関する法律(以下「難民条約整備法」という。)による改正前の法五六条一項ただし書は、廃疾認定日において日本国籍を有しない者には障害福祉年金を支給しないと規定しているのであるから、昭和三四年一一月一日当時日本国籍を有しなかった原告には、障害福祉年金は支給されない。

(三) 難民条約整備法による改正によって、法五六条一項ただし書は廃止された(以下、これを「本件改正」という。)が、法律の不遡及は法の原則であり、同法附則五項において、「この法律による改正前の国民年金法による福祉年金が支給されず、又は当該福祉年金の受給権が消滅する事由であって、施行日前に生じたものに基づく同法による福祉年金の不支給又は失権については、なお従前の例による。」と規定されている(以下「本件附則」という。)のも、この原則を注意的に規定したにすぎない。したがって、右改正によっても、原告に障害福祉年金が支給されることにはならない。

2  原告の主張

(一) 人間の尊厳は、人間であることそれ自体において平等に尊重されるべき性質のものであるから、その現代社会における実質的適応形態の一発現としての社会保障の権利は、前文において人間の尊厳の尊重を宣言している日本国憲法の下において、国籍のいかんを問わず何人に対しても平等に保障されなければならない。また、国際人権規約A規約九条、二条二項は、社会保障の権利が、国籍のいかんを問わず何人に対しても平等に保障されなければならないことを規定しており、ILO一一八号条約にも同旨の規定がある。したがって、本件改正によって国籍条項が撤廃されたにもかかわらず、本件の原告のように帰化して日本人になった者に対して障害福祉年金を支給しないことは、憲法、国際人権規約A規約等に反する。

(二) 本件改正前の法五六条一項ただし書は、日本国内に一時的に留まるだけの外国人を対象としたものであって、原告のような定住的外国人は含まれない。定住的外国人は、納税の義務を果たしているにもかかわらず、参政権を認められていないのであり、社会保障の権利も認められないのでは著しく公平を欠く。しかも、定住的外国人の多くは、かつて日本の植民地であった朝鮮や台湾から来住を余儀なくされた人達あるいはその子孫であるから、その不公平さは明らかである。

(三) 附則は、本則に比べると、定型的、技術的、かつ経過的な内容で、既得の権利、利益を侵害せず、むしろこれを保護する方向で規定されるべきであるし、多数回にわたる国民年金法の改正に際しての附則の規定は、本件附則を除いては、このような方向のものであった。ところが、本件附則は、福祉年金の年金受給権に関する規定で、定型的、技術的あるいは経過的な内容のものではなく、かつ、本件附則がなければ発生した年金受給権を失わせるもので、既得の権利、利益を侵害する、極めて特異なものである。

ところで、憲法二五条は、一項が国民の生存権を宣言し、二項がそれを実現すべき国の責務を定めたものである。生存権保障の具体化に際しては、国の政策判断が必要であり、そのため、裁判所の判断には限界があることは否定できないとしても、生存権は、人の生存にかかわる重要な権利であり、殊に、原告は、全盲という重度の障害者で、高齢の女性であり、差別と貧困の中での生活を強いられてきた在日韓国・朝鮮人で、「司法的救済」に頼らざるを得ない者であり、また、障害福祉年金は障害者の生活を支える極めて重要な要素となっているから、裁判所は、厳格に国の判断の合理性を審査すべきであり、広い立法裁量を認めるべきではない。また、仮に広い立法裁量を認めるとしても、その根拠は、国の財政事情を無視できないこと及び多方面にわたる複雑多様な、しかも高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とすることにあるところ、本件の原告のような帰化外国人に障害福祉年金を支給しても、対象者の数が極めて少数であるため、財政に対する影響は微々たるものであるし、また、原告の生活実態を直視するならば年金の必要性は明らかであり、本件改正によって外国人に対しても年金が支給されるようになったことをも考慮すると、過去の国籍という技術的、事務的な理由のみによって、極めて特異な本件附則により障害福祉年金を支給しないことは、立法裁量の濫用、逸脱があるということができる。

(四) 原告は、前述のとおり「司法的救済」に頼らざるをえない者である。このような者については、憲法一四条の合理性の審査を厳格に行うべきところ、原告は、定住的外国人として、日本国籍を有する者とほとんど異ならない実態をもって生活し、その後帰化して日本人となったのであり、しかも、失明時点では日本人であった者であって、難民の地位に関する条約及び難民の地位に関する議定書(これらを総称して「難民条約等」という。)への加入に伴い、内外人平等の人権保障を実現した本件改正によって国籍条項が撤廃されたにもかかわらず、過去の国籍という技術的、事務的な理由により障害福祉年金を支給しないことは、制度改正に際し、従来支給されていなかった者に対しても年金受給権を付与してきた他の場合の取扱いとも均衡を欠き、憲法一四条に反する。

3  被告の反論

(一) 憲法前文は、国政の指導理念とはなり得ても、我が国が外国人に対して自国民と同様の社会保障をなすべき責務を負うことの法的根拠とはなり得ない。また、国際人権規約は、個人に対して直ちに具体的権利を付与することを定めたものではない。

(二) 在日韓国・朝鮮人を日本人と同様に扱うかは立法政策の問題であって、これらの者が日本国籍を有しない以上、日本国民と同一に扱わねばならない論理的必然性はない。

(三) 憲法二五条が定める生存権には、健康で文化的な最低限度の生活を維持しなければならないという救貧的な要請と、その生活水準を更に向上増進させなければならないという防貧的な要請が含まれているところ、憲法二五条一項は前者を、憲法二五条二項は後者を、それぞれ規定している。ところで、国民年金制度は、後者の防貧的要請に基づくものであるところ、憲法二五条二項は、その水準を示しておらず、防貧策については、全面的に立法政策にゆだねられている。そして、国民年金制度の内容が憲法二五条との関係で問題になることがあるとしても、右のとおり、これは立法府の広い裁量にゆだねられているのであり、本件改正にもかかわらず原告に障害福祉年金を支給しないことについて、裁量権の逸脱、濫用はない。

(四) 憲法一四条の定める法の下の平等に関しては、裁量権をゆだねられたものが行政庁ではなく立法府であることや、国民年金の場合は公的扶助(生活保護)の場合のように最低限の生活を維持しなければならないとする絶対的な要請がないことからすると、国民年金制度の中に合理的な差異を設けるに当たっては、公的扶助(生活保護)の場合と比べて、その裁量の幅には質的に大きな差異があり、恣意的かつ不合理な差別をもたらし、明らかな裁量の逸脱、濫用とみられるような場合でない限り、憲法一四条に違反するものではない。本件改正にもかかわらず、原告に障害福祉年金を支給しないことは、一国の国民の福祉を図ることは本来その国の政府の責務であって他国の政府の責務ではなく、法が国籍要件を設けていたことには合理性があること、本件改正が難民条約の批准という人道的見地からなされたものであること、法律は不遡及が原則であることなどからすると、立法政策に、裁量権の逸脱、濫用はない。

第三判断

一本案前の主張について

1  前訴は、すでに述べたとおり、最高裁判所の判決がなされて確定しているのであるから、係属中ではなく、したがって、本訴が前訴とは二重起訴の関係にあるとはいえず、また、本訴と前訴とは、訴訟の対象となる行政処分も異なっているのであるから、その訴訟物も同一ではないというべきである。この点について、被告は、訴訟の対象となる行政処分が異なっていたとしても、それが同一の事実状態及び法律状態の下でなされたものであれば、訴訟物は同一であるとするが、このような考え方に従うならば、訴訟物の範囲が不明確となる場合が生じるばかりでなく、一度行政処分の申請をして却下された者が同種の行政処分を求める申請をすることが一般に禁じられるものではない(もっとも、全く事情の変化がないような場合には、申請が権利の濫用となる場合があり得るが、申請権自体が存在しないわけではない)ことともそぐわないのであって、被告の右主張を採用することはできない。

2  本件においては、すでに述べたとおり、本訴に先立つ審査請求は、不適法であるとして却下され、再審査請求でもこの結論は維持されている。しかしながら、右1で述べたとおり、前処分があるからといって本件処分にかかる申請までが禁じられるものではない。また、前処分と本件処分の間に、法五六条一項ただし書の国籍条項の廃止という法律の規定の変化があり、原告は、主としてこれに依拠して本件処分にかかる申請をしたことが、〈書証番号略〉及び弁論の全趣旨から認められるから、原告の本件処分にかかる申請が権利の濫用であるということもできない。したがって、原告は、適法に本件処分にかかる申請をしたということができ、これを却下した処分に対しては、審査請求及び再審査請求も認められるべきである。

二本案について

1  法の規定に、〈書証番号略〉を総合すると、次の事実が認められる。

(一) 国民年金の制度は、それまで年金制度から取り残されていた農民、商工業者、零細企業の被用者などを対象として、昭和三四年に制定され、同年一一月一日から施行された。国民年金においては、保険方式による拠出制の年金を基本とし、一定期間保険料を納付した者について、老齢、障害等の事由が生じた場合に年金を支給することとしている。しかし、国民年金制度発足のときにすでに高齢の者、身体障害を有する者などは、保険料を納付する機会がなく、また、被保険者が保険料を納付すべき一定期間経過前に障害を負ったような場合、あるいは被保険者となることが予定されている者が被保険者となる資格を取得する前(二〇歳未満)に障害を負ったような場合には、所定の保険料納付の要件を満たすことができない。そこで、これらの者については、国庫の負担で無拠出制の年金を支給することとした。これが「福祉年金」であり、「福祉年金」には、拠出制年金の国庫負担部分を、保険料を拠出していない者に保障するという意味もある。

(二) 法八一条一項に定める障害福祉年金は、国民年金法施行日(昭和三四年一一月一日)に二〇歳を超える者がその日以前になおった傷病により、同日において別表に定める一級に該当する程度の廃疾の状態にあるときに支給されるもので、昭和三四年一一月一日を廃疾認定日とするものである。そして、本件改正前には、法五六条一項ただし書の国籍要件が右障害福祉年金にも適用される結果、右廃疾認定日に「日本国民」でない者には、年金は支給されなかった。

(三) 我が国は、昭和五六年に、難民の地位に関する条約に、昭和五七年に、難民の地位に関する議定書に、それぞれ加入し、これに伴って国内法を整備する目的で、難民条約整備法が制定され、同法は、昭和五七年一月一日から施行された。そして、難民条約整備法二条によって、法五六条一項ただし書は削除された(本件改正)のであるが、同法附則五項(本件附則)は、本件改正前に生じた事由に基づいて年金が不支給の者には、本件改正後も年金を支給しない旨定めており、本件改正前に、右(二)のとおり廃疾認定日に「日本国民」でないため年金が支給されていなかった者は、本件改正後も年金は支給されないまま置かれることになった。

2  憲法前文は、「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」と述べている。これは、憲法の基本的な考え方を述べたものであるが、これから直ちに、社会保障の権利は国籍のいかんを問わず何人に対しても平等に保障されなければならないとの具体的な権利の保障が認められるものではない。また、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(昭和五四年条約第六号、「国際人権規約A規約」)九条は、「この規約の締約国は、社会保険その他の社会保障についてのすべての者の権利を認める。」と規定しているが、これは、締約国において、社会保障についての権利が国の社会政策により保護されるに値するものであることを確認し、右権利の実現に向けて積極的に社会保障政策を推進すべき政治的責任を負うことを宣明したものであって、個人に対し即時に具体的権利を付与すべきことを定めたものではなく、同規約二条二項は、「この規約の締約国は、この規約に規定する権利が…………国民的若しくは社会的出身…………又は他の地位によるいかなる差別もなしに行使されることを保障することを約束する。」と規定しているが、この規定も、右九条と同様に、社会保障について個人に対し即時に具体的権利を付与すべきことを定めたものとは解されず、これらの規定から直ちに、社会保障の権利は国籍のいかんを問わず何人に対しても平等に保障されなければならないとの具体的な権利の保障が認められるものではない。さらに、社会保障における内国民及び非内国民の均等待遇に関する条約(ILO第一一八号条約)は、我が国はいまだ批准しておらず、我が国に対して法的拘束力を有しない。したがって、本件の原告のように帰化して日本人になった者に対して障害福祉年金を支給しないことが、憲法前文や右各条約に反するとの原告の主張は採用することができない。

3  原告は、本件改正前の法五六条一項ただし書によって国民年金が支給されない者には、原告のような定住的外国人は含まれないと主張する。しかし、同項ただし書の「日本国民」という文言は、日本国籍を有する者と解するのが、文言それ自体から素直な解釈であるうえ、〈書証番号略〉によると、国民年金法制定当時の立法趣旨も、右のとおりであったことが認められ、同項ただし書の「日本国民」でない者について、原告主張のように定住的外国人は含まないと解する余地はない。原告は、定住的外国人は納税の義務を負担しているとも主張するが、租税は、国その他の公共団体が、その経費にあてるために、その権限の及ぶ地域において、担税力に応じて賦課する金銭的給付であって、社会保障の権利とは直接に結びつくものではなく、納税の義務を負担しているからといって、直ちに国民年金の支給を受ける権利を有するとすることはできない。また、定住的外国人の中には、在日韓国・朝鮮人のように、日本に来住した経緯等に他の外国人とは異なる特殊な事情がある者がいる(〈書証番号略〉)としても、これらの人々を、それ以外の外国人とは区別して取り扱うべきであり、かつ、それが望ましいとの趣旨として原告の主張を理解することはともかくとして、少なくとも右特殊な事情の故をもって、これらの人々を法概念の解釈においても日本国民と同視すべきであるとの根拠とすることはできない。

4 憲法二五条は、いわゆる福祉国家の理念に基づき、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営み得るよう国政を運営すべきこと(一項)並びに社会的立法及び社会的施設の創造拡充に努力すべきこと(二項)を国の責務として宣言したものであるが、同条一項は、国が個々の国民に対して具体的・現実的に右のような義務を有することを規定したものではなく、同条二項によって国の責務であるとされている社会的立法及び社会的施設の創造拡充により個々の国民の具体的・現実的な生活権が設定充実されてゆくものであることを規定しているにすぎないと解すべきである。そして、同条にいう「健康で文化的な最低限度の生活」なるものは、極めて抽象的・相対的な概念であって、その具体的内容は、その時々における文化の発達の程度、経済的・社会的条件、一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものであるとともに、同条の規定の趣旨を現実の立法として具体化するに当たっては、国の財政事情を無視することができず、また、多方面にわたる複雑多様な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするから、同条の規定の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量にゆだねられており、それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるを得ないような場合を除き、裁判所が審理判断するに適しない事柄であるというべきである(最高裁昭和五七年七月七日判決・民集三六巻七号一二三五頁参照)。

そこで、原告に対して障害福祉年金を支給しないことが、憲法二五条に反するかについて判断する。右1で認定したとおり、法八一条一項に定める障害福祉年金は、国民年金制度の発足に当たって、同制度が基本とする保険方式によるときは同制度の保障する利益を享受することができない者に、全額国庫負担で支給する年金であって、立法府は、その支給対象者の決定について、広範な裁量権を有している。そのうえ、社会保障上の施策において在留外国人をどのように処遇するかについては、国は、特別の条約の存しない限り、当該外国人の属する国との外交関係、変動する国際情勢、国内の政治・経済・社会的諸事情等に照らしながら、その政治的判断によりこれを決定することができるのであり、その限られた財源の下で福祉的給付を行うに当たり、自国民を在留外国人より優先的に扱うことも、許されるべきことである。したがって、右障害福祉年金を在留外国人に支給しないことは、立法府の裁量の範囲内のものとして許されるというべきであり、また廃疾認定日である昭和三四年一一月一日を基準として、同日において日本国民であることを要するとしたことにも不合理な点はない。よって、本件改正前の国民年金法の規定が憲法二五条に反することはない(最高裁平成元年三月二日判決・裁判集民事一五六号二七一頁参照)。

ところで、本件改正によって障害福祉年金の国籍要件は削除され、他方、本件附則が設けられた。法律の規定は不遡及であることが原則であることからすると、本件改正によって、原告のように従前障害福祉年金の受給資格を有しなかった者が当然に受給資格を有することになると解することはできず、また、本件改正は難民条約等への我が国の加入に当たり我が国の国内法を整備するとの目的でなされたものであるが、このような本件改正の趣旨からしても、当然に従前障害福祉年金の受給資格を有しなかった者に受給資格を与えなければならないということにもならない。したがって、本件附則が設けられなかったならば、原告は、障害福祉年金を受給することができたということはできず、結局のところ、本件附則は、注意的なものにすぎないというべきである。原告は、本件附則は、極めて特異なものであると主張するが、本件附則の性格が右のような注意的なものであることからすると、本件附則は、付随的事項について定めたものにすぎず、既得の権利、利益を侵害するということもできないのであって、特異なものであるとは認められない。

以上のとおり、本件改正前の国民年金法の規定が憲法二五条に反するということはなく、本件改正後、原告に障害福祉年金が支給されないのも、いわば本件改正前の状態がそのまま続いているにすぎず、そのことをもって、憲法二五条に反するということもできない。

原告は、原告について、全盲という重度の障害者であり、高齢であり、女性であり、差別と貧困の中での生活を強いられてきた在日韓国・朝鮮人であったのであるから、「司法的救済」に頼らざるを得ない者であり、また、障害福祉年金は障害者の生活を支える極めて重要な要素となっているのであるから、憲法二五条について、広い立法裁量を認めるべきではないと主張する。しかし、原告の立場が原告が主張するようなものであり、障害福祉年金が障害者の生活にとって重要なものであったとしても、憲法二五条に関する立法府の裁量権については、すでに述べたとおりであり、原告の右主張を採ることはできない。また、原告は、本件の原告のような帰化外国人に障害福祉年金を支給するとしても、対象者の数が極めて少数であるため、財政に対する影響は微々たるものであるし、原告の生活実態を直視するならば年金の必要性は明らかであるとも主張する。たしかに、本件の原告のように、帰化外国人で、かつ障害を有している者の数は、それほど多くはないものと推察される。しかし、立法府は財政事情のみによって裁量権を行使するものではないのみならず、仮に、本件の原告のように帰化外国人で、かつ障害を有している者に年金を支給する制度を創設する場合には、帰化していない外国人で年金を支給されていない者や日本人で年金を支給されていない者等現行法の下では年金の支給要件を満たしていない者についても、その適用の拡大を検討すべき必要もあり(これらが立法政策の問題であることはいうまでもないが、〈書証番号略〉によれば、本件改正に際しては、原告の問題も含めて、これらについて国会で議論されていることが認められる)、財政負担を、本件の原告のように帰化外国人で、かつ障害を有している者の数のみによって算出し、それが少額であるからといって、そのことから直ちに立法府の裁量に逸脱・濫用があるとすることはできない。さらに、〈書証番号略〉、証人井上英夫の証言及び原告本人尋問の結果を総合すると、原告は、障害者として、厳しい生活を余儀なくされており、その生活実態から障害福祉年金の支給を希望していることが認められるが、生活に困窮する者を国が援助する制度としては、生活保護制度もあり、原告は、障害福祉年金の支給を受けなければ最低限度の生活を維持できない現状にあるとまでは認められず、原告の生活実態から直ちに、立法府の裁量に逸脱・濫用があるとすることもできない。この点、原告は、我が国では、生活保護制度及び被保護者に対する偏見があり、その運用にも問題が多く、資産調査など人間の尊厳を傷つける手続があると主張するが、資産調査などの手続は、制度の性質上、必要かつやむをえないものであり、また、運用に問題が多いとの点も、これを認めるに足りる的確な証拠はなく、さらに、社会の中に偏見があるとしても、それのみで生活保護制度が利用できなくなるものではないのであって、いずれも右判断を左右するに足りるものではない。

5 憲法一四条は法の下の平等を定めているが、右規定は、合理的理由のない差別を禁止する趣旨のものである。原告は、原告について、「司法的救済」に頼らざるを得ない者であるから、憲法一四条の合理性の審査を厳格に行うべきであると主張するが、これは独自の見解というべきものであって採用できない。また、帰化する前の原告の地位が、いわゆる定住的外国人と呼ばれるものであったとしても、すでに述べたとおり、自国民を在留外国人より優先的に扱うことは、許されるべきことであり、廃疾認定日である昭和三四年一一月一日を基準として、同日において日本国民であることを要するとすることも合理性を欠くものではないのであるから、原告が外国人であったことによって法八一条一項に定める障害福祉年金を支給されないことが、合理性に欠けるということはできない。そして、本件改正後、原告に障害福祉年金が支給されないのも、すでに述べたとおり、いわば本件改正前の状態がそのまま続いているにすぎないのであるから、その状態をもって、必ずしも不合理なものということはできない。

もっとも、外国人であっても、二〇歳前に障害を負い、改正法の施行日である昭和五七年一月一日以降に二〇歳に達した者については、障害福祉年金が支給されるのであり、この場合と比較して、原告のような者に障害福祉年金が支給されないのは、一見均衡を失すると見れなくもない。そのため、昭和五七年一月一日に、すでに障害を負い、かつ二〇歳を超えていたため、国民年金を受給することができない外国人及び日本に帰化した者等に対して、自治体独自の救済制度を設けている地方自治体があり、大阪市を初めとする多くの地方自治体において、このような制度が設けられ、実施されている(〈書証番号略〉)。しかしながら、年金を支給する者の範囲は、本来何らかの基準で限定せざるを得ないところ、その基準については、すでに述べたところ明らかなように、様々な観点からの考慮を必要とし、立法府の広い裁量にゆだねざるを得ないものである。そして、このことに、前記のとおり、原告に障害福祉年金が支給されないことが、必ずしも不合理ということはできないことをも考慮すると、原告に障害福祉年金が支給されないことは、立法政策の範囲に属する事柄というべきであって、それが憲法一四条一項に反する合理的理由のない差別であるとまでいうことはできない。

〈書証番号略〉及び弁論の全趣旨によると、昭和四七年五月一五日沖縄が本土に復帰した際、従来沖縄にあった国民年金制度を本土の制度に統合したが、統合に当たっては、従来沖縄の国民年金制度で障害年金の支給を受けていた者に対しては、本土の制度では要件がなくとも、特例的に年金を支給することとされたこと、小笠原諸島が昭和四三年六月二六日に本土に復帰した際にも、小笠原諸島に国民年金制度が施行されることになったが、同制度の施行に当たっては、小笠原諸島に住所を有する者について、例えば、法八一条一項の要件中、昭和三四年一一月一日を昭和四三年六月二六日と読みかえて同項を適用するなど、昭和三四年の国民年金制度施行時と同様の救済制度を設けたことが認められる。しかしながら、これらの事例は、もともと日本国民であった者について採られた措置であって、本件改正の場合とは事案を異にするものである。また、弁論の全趣旨によると、障害年金の対象となる障害の種類を追加、拡大した場合には、その改正法施行日を基準として、その日までに追加、拡大された障害を負っている者には障害年金を支給することにするなど、昭和三四年の国民年金制度施行時と同様の救済制度を設けたことがある(例えば昭和四八年法第九二号による改正)ことも認められる。しかし、この事例は、新たに障害の種類を追加、拡大したものであって、本件改正で問題となっているような法の遡及的適用とは事案を異にするものである。したがって、右の各事例があるからといって、本件改正にもかかわらず原告に障害福祉年金が支給されないことが、憲法一四条に違反することにはならない。

6  以上の次第で、原告の主張はいずれも採用することはできず、本訴請求は失当である。

(裁判長裁判官福富昌昭 裁判官森義之 裁判官氏本厚司)

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