大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

大阪地方裁判所岸和田支部 昭和62年(ヨ)199号 決定

申請人

島繁芳

右代理人弁護士

川崎伸男

被申請人

宮崎鉄工株式会社

右代表者代表取締役

宮崎治郎衛門

右代理人弁護士

鳥巣新一

野中英世

主文

一  申請人が被申請人に対して労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  申請人は被申請人に対し金一一九万円を仮に支払え。

三  被申請人は申請人に対し、昭和六二年一二月以降毎月二五日限り一カ月金一七万円の割合による金員を仮に支払え。

四  被申請人は申請人に対し、昭和六二年一二月以降毎年一二月末日限り金三三万円を、毎年七月末日限り金三二万円をいずれも仮に支払え。

五  申請人のその余の申請を却下する。

六  申請費用は被申請人の負担とする。

理由

一  申立

1  申請人

(一)  主文第一、第六項と同旨。

(二)  被申請人は、申請人に対し、昭和六二年五月以降毎月二五日限り一カ月金三〇万二〇八六円の割合による金員を仮に支払え。

(三)  被申請人は申請人に対し、昭和六二年一二月以降毎年一二月末日限り金五九万六二四〇円を、毎年七月末日限り金五七万〇八一五円をいずれも仮に支払え。

(四)  申請費用は被申請人の負担とする。

2  被申請人

(一)  申請人の申請をいずれも却下する。

(二)  申請費用は申請人の負担とする。

二  当裁判所の判断

1  申請人が、昭和四六年一月二〇日被申請人会社に入社し、守衛、旋盤工、機械組立工として稼働して来たこと、被申請人会社が、各種金属加工機械等の製造販売を目的とし、従業員約二〇〇名を擁し、年商約六〇億円の実績を有する同族会社であること、申請人が、昭和六〇年八月一五日、夏休みで帰省中に脳内出血で倒れ、入院加療を余儀なくされ、勤務上同日から昭和六一年二月一四日まで私傷病欠勤として、同年二月一五日からは私傷病休職として取扱われていること、昭和六一年九月初めころ、医師から十分稼働できると保証されたので、被申請人に復職の申し入れをし、更に同年一二月、被申請人に通常の作業は可能である旨の医師の診断書を提出して再三復職を希望したこと、被申請人が、昭和六二年二月二六日、申請人を会社内に呼び出し、重量物保持テストなどにより身体的機能の回復状況を簡単に検査したうえ、同年三月二三日、申請人に対し一旦退職のうえ守衛職として再度雇用する旨の提案をしたこと、申請人が、同年四月一五日これを謝絶したところ、被申請人が、同月一六日、申請人に対し、傷病等のため将来業務に耐えられないと認めた場合に該当する(労働協約六三条一号)ことを理由として解雇する旨の意思表示をしたことはいずれも当事者間に争いがない。

2  そこで検討するのに、本件疏明資料によれば、一応次の事実が認められる。

(一)  申請人は、前記疾病による郷里の種子島等で三度転院をして治療につとめた後、大阪府立身体障害者福祉センター付属病院において職場復帰をめざしリハビリテーションに精励した結果、脳内出血による左片麻痺により昭和六一年九月一〇日機能障害が固定し、身体障害者等級六級に該当することとなったものの、右上下肢のみでの作業能力は病前より低下した形跡はなく、左上肢についても握力は三四キログラムで利き手の右上肢(三七キログラム)と殆んど差がなく、手指機能においても種々の握り、つまみ動作が可能であり、医学上にいう「実用手」であって、一般電動、手動工具の使用及び日常の動作は全て自立して可能なのであるが、いわゆる健常人と比べ立位の安定性・左上肢動作の非常に高度な巧緻性がいくぶん低下しているので、高所での労働は危険を伴い易く、また左手指のみを使用しての巧緻動作例えば時計の組み立て等はやや困難である旨の診断がなされ、その趣旨の診断書が作成された。

(二)  また申請人は、右リハビリテーションの期間中に、自動車運転の教習を重ね、普通乗用車の運転免許を獲得するに至った。

3  右疏明の事実によれば、申請人の作業能力は、相当程度回復しているものとみられるので、被申請人の主張するように、その作業内容が複数人の連帯作業によって、断続的に重量物を取扱う仕上組立工としては、職場復帰を果すことが困難であるとしても、他の職種例えば守衛や旋盤工等への配置換えをすれば、十分復職が可能であると考えられるから、申請人は労働協約六三条一号にいう「傷病等のため将来業務に耐えられないと認めたとき」には当らないものといわなければならない。

なお、本件では被申請人が申請人のため守衛職への再雇用を提案したのに、申請人がこれを拒否した事実はあるが、申請人に適した職種として、守衛職以外のものが考えられないわけではなく、なによりも、申請人を先ず軽作業に従事させて様子をみるなどある程度時間をかけて、申請人に適切な職場配置を検索すべきであるのに、これを怠っていささか唐突になされた右提案を、申請人が一旦謝絶したとしても、無理からぬ事情にあったと解されるから、右事実は前示判断を左右するに足りない。

そうとすれば、本件解雇は無効であるから、申請人はいまだ被申請人会社の従業員として、労働契約上の権利を有する地位にあるといわねばならない。

4  そして、疏明資料によれば、申請人は、被申請人会社において、毎月二五日限り一カ月平均三〇万二〇八六円の賃金を受給していたこと、また申請人が休職していなければ、昭和六一年七月の賞与として金五七万〇八一五円を、同年一二月の賞与として金五九万六二四〇円をそれぞれ受給し得たこと、申請人は賃貸住宅に病弱の妻と義母の三人で暮しており、これまで被申請人から支給される賃金でその生計を賄って来たこと、昭和六二年二月一六日以降は、労働協約に基づく休職手当の支給も打ち切られ、失業保険を除いては無収入となり日々の生活にも困窮していること、申請人の疾病による後遺症は、身体障害者等級六級に該当し、その労働能力喪失率は、最大限度三〇パーセント程度であることが一応認められる。

5  なお、被申請人は本件解雇が仮に無効であったとしても、申請人の休職期間は前記解雇から昭和六三年二月一四日までの二年間であるから、その間における賃金の仮払等については、労働協約(五七条)に休職中の給与は原則として支払わないと規定されていることより、保全の要件を欠くものと主張するのであるが、本件では、前述のとおり申請人が被申請人に対し昭和六一年一二月に医師の診断書を提出して復職希望の意思を表明しているのであるから、この時点において申請人の休職扱いは失効したものと解するのが相当である。よって被申請人の右主張は採用しない。

6  以上の次第により、申請人が被申請人に対し仮に労働契約上の権利を有する地位にあることを保全すると共に、金員仮払い申請は、申請人の労働能力の一部喪失をも参酌し、昭和六二年五月以降本案判決の確定に至るまで、毎月二五日限り一カ月金一七万円ずつの割合による金員(但し昭和六二年五月以降同年一一月までは合計金一一九万円)及び昭和六二年一二月以降本案判決の確定に至るまで毎年一二月末日限り金三三万円及び毎年七月末日限り金三二万円の各仮払を求める限度において保全の必要性を認め、その限度において同申請を認容することとし、その余の申請は必要性等がないからこれを却下し、民訴法八九条、九二条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 豊永格)

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com