大判例

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大阪家庭裁判所 昭和40年(家)800号 審判

申立人 原田永治(仮名)

被相続人 亡小岩彦一(仮名)

主文

被相続人亡小岩彦一の相続財産である

大阪市東住吉区○○町○丁目九三番地上

家屋番号同所二四三番二

木造瓦葺平家建居宅一棟

床面績七坪九合七勺

を申立人原田永治に与える。

理由

一  本件申立の趣旨および実情の要旨は、

(一)  申立人は、株式会社原田化学の代表取締役として、同会社を主宰してきているものであり、また、被相続人は、同会社の社員であつたものである。

(二)  申立人は、昭和二四年一月二六日、個人としての立場で、主文掲記の建物(以下、本件建物という)を、被相続人のために購入してやり、しかして、被相続人は、いらい、父富吉、姉文子等と共に、本件建物に居住してきていたのであつた。

(三)  しかるうち、父富吉は、昭和三七年二月五日死亡したのであつたところ、その死を悲んだ被相続人は、翌昭和三七年二月六日、自ら、生命を絶つて了つたのであつた。

(四)  以上の次第であるが、申立人は、その間、約一五年にわたり、被相続人一家の生計の面倒をみてきていたものであり、諸般の経緯からして、民法第九五八条の三にいう、特別縁故者に該当すると考えられるので、そこで、ここに、同規定の趣旨にしたがい、被相続人の相続財産である本件建物の分与を求めて、本件申立におよんだ。

というのである。

二  本件ならびに当庁昭和三七年(家)第一五九四号相続財産管理人選任申立事件、昭和三九年(家)第二〇五七号相続人捜索公告申立事件の記録よりすれば、次の事実が認められる。すなわち、

(一)  申立人は、昭和一七年中、肩書住所地に居をかまえ、昭和二一年頃から、同所で、化粧品の製造・販売業を営んでいたが、昭和二二年頃、会社組織に切りかえて、有限会社を設立し、更に、その後、昭和三三年三月中、株式会社原田化学を設立し、いらい、代表取締役として、同会社を主宰して、現在に至つているものである。

(二)  被相続人は、昭和一九年頃、前住所地において罹災したため、父富吉、姉文子等にしたがい、申立人方の真向いに引越してきたものであり、しかして、申立人の営業開始後、間もなく、姉文子および被相続人は、相次いで、申立人のもとで、働くようになつたのであつたが、大工を業としてきた父富吉が既に高齢の関係もあつて、その生活は苦しく、家賃の支払も容易でない状態にあつたのであつた。

(三)  そこで、申立人は、昭和二四年一月初め、個人としての立場ではあつたが、本件建物を、代金約一万五、〇〇〇円で、前所有者から被相続人のために購入してやり、昭和二四年一月二七日、被相続人名義をもつて、所有権移転登記を経由し、いらい、被相続人一家は、本件建物に居住していたのであつた。

(四)  しかるに、被相続人は、その直後である昭和二四年四月頃、申立人の主宰する会社の、社員慰安旅行に参加し、吉野方面に赴いた際、不図したことから、崖下の草原に転落して、身体に障害をきたして了い、以後は、申立人の会社より廻される、若干の手仕事しかでき得ない状態となつたのであつた。

(五)  しかして、被相続人一家においては、姉文子が昭和二八年一〇月一九日死亡した後は、父富吉の老齢に加え、被相続人が身体に障害をきたしていたところから、その生活は、益々、苦しくなり、見かねた申立人より、若干の経済的援助をつづけていたのであつたが、そのうち、父富吉は、昭和三七年二月五日死亡し、次いで、翌昭和三七年二月六日には、その死を悲んだ被相続人が、自ら生命を絶つに至つたのであつた。

(六)  かかる経過で、被相続人につき相続が開始した後、相続人の存否が明白でなかつたところから、利害関係人としての申立人よりの、相続財産管理人選任の申立(当庁昭和三七年(家)第一五九四号事件)、これに伴う昭和三七年一一月七日の管理人大竹英一の選任、公告、同管理人よりの、相続債権者、受遺者への請求の申出催告の公告、更に、その後における同管理人よりの相続人捜索公告の申立(当庁昭和三九年(家)第二〇五七号事件)、これに応ずる当庁よりの、期間を昭和四〇年一月九日までとする相続人主張催告の公告等、関連諸規定にもとづく、一連の手続が経由されたのであつたが、終局的に、相続債権者、受遺者および相続権を主張する者が、全く、現れなかつたので、申立人は、昭和四〇年二月一三日、本件申立におよんだのであつた。

(七)  なお、被相続人の相続財産としては、本件建物以外には存在しないのであるが、本件建物は、申立人において、被相続人のために、代金を支出して講入してやつたものであり、更に、申立人が一〇年以上にわたり、被相続人一家の生計の援助をつづけていたものであることは、近隣の人達も、充分、認識しているところであるし、また、被相続人一家と交際のあつた、唯一の親せきともいえる川上久も亦、上記の経緯からして、本件建物が申立人に分与されることには、格別、異議がなく、ただ、将来も、被相続人一家の霊を弔つて貰いたいとの希望を述べており、これに対し、申立人も、今後とも、被相続人一家の供養を欠くことはしない積りであるとの意思を表明しているものである。

このように認めることができる。

三  以上の次第よりすれば、申立人は、民法第九五八条の三にいう、被相続人と生計を同じくしていた者、被相続人の療養看護に努めた者に、そのまま、該当すると判断するには、いささか、躊躇をおぼえるにしても、その他被相続人と特別の縁故があつた者という範疇には、包含されると解して差支えないと考えられるところであり、更に、諸般の事情を検討するときは、同規定の趣旨にしたがい、被相続人の相続財産である本件建物全部を、申立人に分与するのが相当であると考えられるところであるので、そこで、管理人大竹英一の意見を聴き、なお、民法の一部改正に関する昭和三七年法律第四〇号の附則における、経過規定の趣旨も斟酌したうえ、主文のとおり審判する。

(家事審判官 中島誠二)

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