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大阪高等裁判所 平成5年(行コ)19号 判決

滋賀県大津市仰木町六二二三-四九

控訴人

橋本喜由

右訴訟代理人弁護士

川中宏

久保哲夫

京都市左京区聖護院円頓美町一八番地

被控訴人

左京税務署長 田中鉄夫

右指定代理人

巖文隆

竹田優

浅田洽爾

関山輝

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  控訴の趣旨

1  原判決主文第二項を取り消す。

2  被控訴人が、控訴人に対し、昭和五八年二月二六日付でした、控訴人の昭和五四年分の所得税の総所得金額を四九五万九五六七円、昭和五五年の所得税の総所得金額を四五三万一一九七円、昭和五六年の所得税の総所得金額を三八三万一四五七円とする各更正処分及び各年分の過少申告加算税の賦課決定処分のうち、総所得金額につき、昭和五四年分は二三九万円、昭和五五年分は一五四万二六八四円、昭和五六年分は九五万七一八〇円を超える部分を取り消す。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

以下に付加するほかは、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人の主張

1  税務調査の違法について

(一) 本件税務調査には、事前通知がなされていない。

すなわち、昭和五七年一〇月四日に、被控訴人の部下職員である左京税務署国税調査官澤亀泰造(以下「澤亀調査官」という。)は、あらかじめ電話すら入れず、事前通知なしに、突然、控訴人方を訪問している。

更に、澤亀調査官は、同日以降も、控訴人の不在を知りながら、控訴人方へ電話をして控訴人方を訪れているが、これは、表面上事前に通知しているような体裁を整えているに過ぎない。

申告洩れの疑いで行う税務調査は任意調査であり、納税者の協力を得て行うものであるから、調査を受ける側の事情を可能な限り考慮するのが当然であり、突然の訪問は、場合によっては営業妨害にもなるものであるから、納税者の都合を聞いてから訪問すべきであるのに、澤亀調査官は、かかる事前通知をしていない。

また、澤亀調査官は、後述のように、控訴人方へ税務調査へ赴いても、一切調査事由を開示していないが、調査理由の開示を伴わない事前通知は意味をなさないので、事前通知をしたとはいえない。

したがって、本件税務調査には、一貫して、事前通知を欠く違法がある。

(二) 本件税務調査には、調査理由の開示がなされていない。

すなわち、澤亀調査官は、昭和五七年一〇月一五日に控訴人方を訪れ、「昭和五四年から昭和五六年までの三年間の所得税の調査で来た。」と告げ、また、本件税務調査にあたり、終始、抽象的に「申告された所得金額が正しいかどうかの確認に来た。」というのみであったが、これでは理由開示を必要とする趣旨に反し、調査理由の開示をしたとはいえない。

税務調査にあたっては、具体的な理由を開示し、納税者に、なぜ調査を受けるのかを納得させて、初めて納税者の協力が得られることになるのであり、控訴人を調査対象に選定した具体的理由を説明していない本件税務調査は、調査理由の開示のないものというべきである。

また、澤亀調査官が本件税務調査を行ったのは、上司の統括官の指示によるものであるところ、澤亀調査官は、統括官から、控訴人が民商の会員であることを知らされただけで、なぜ控訴人を調査するのかということについては、何も知らされていなかったものであり、これでは、自主申告制度をとる所得税法の予定する調査理由の開示の趣旨を全うすることができる筈はない。

したがって、本件税務調査には、調査理由の開示がなされていない違法がある。

2  推計課税の違法について

(一) 推計課税の必要性

被控訴人は、推計課税の必要性の理由として、昭和五七年一〇月一五日に、澤亀調査官が控訴人方に調査に赴いた際、第三者が同席していて、澤亀調査官の退席要求に応じなかったことを挙げるが、これは、控訴人が、本件調査に対し、調査理由の開示を求めたり、第三者を立ち会わせるなどしたこと自体を、調査に対する非協力的態度の現れであるとする考えに基づくものであって、不当である。

被控訴人は、控訴人が左京税務署に電話した際、資料が完全でないので、反面調査しても差し支えないなどと言ったと主張するが、そのようなことを言った事実はなく、被控訴人は、控訴人の調査理由の開示や第三者立会の要求を口実に、調査非協力として、安易に推計課税の方法をとり、控訴人に対し、報復的な課税処分をしたものであって、不当である。

(二) 推計課税の合理性

控訴人は、昭和五五年分にといて、大口の取引先である富創建設株式会社との取引を失っており、当然同年度の所得額にその影響が現れる筈であるのに、被控訴人の推計課税によると、昭和五四年分と昭和五五年分の事業所得金額は、さほど変わりはない。

これは、被控訴人が行った本件推計課税が不合理なことを示すものである。

3  実額主張について

(一) 本件係争各年分の控訴人の売上についての洩れのない総額の実額は、昭和五四年分については甲第一号証の一ないし五三の、昭和五五年分については甲第一六号証の一ないし四二の、昭和五六年分については甲第三一号証の一ないし四二の、各領収書控によって立証できる。

これらの領収書控は、一冊の綴りになっているもので、その信用性は高いものであり、これに、その後被控訴人が発見して指摘した計上洩れ分を加算すれば、売上の実額は立証されるものというべきである。

また、仕入れその他の経費については、領収書や支払い書を保存し、甲号証として提出している。

本件の場合、総収入額は右領収書控で、必要経費は右領収書等で、十分に実額計算ができるものである。

このように、控訴人は、原始資料をできうる限り保存して、実額の主張立証をしているものであり、これ以上の主張立証を要求することは不可能を強いるに等しい。

所得税法が申告納税制度を採用し、実額課税を本則としている以上、所得の実額把握が不可能な場合、すなわち、〈1〉会計帳簿の備えつけがないか、〈2〉あっても不備であり、その内容が不正確なとき、〈3〉或は、納税者の税務調査への全面協力が得られないときに、推計の方法によることができるのであり、他に収支関係を証する適切な資料ないし方法がある場合はもちろん、売上伝票、仕入伝票、領収書、請求書、契約書のごとき原始資料がある場合や納税者の説明、証言、反面資料がある場合には、これらの直接資料に基づいて課税すべきであり、これらをも欠く場合にのみ推計課税が許されるものである。

本件においては、前記各領収証控等実額課税ができる資料が提出されているのであるから、推計課税の方法によることは許されないものである。

(二) 実額の立証につき、係争年度における正確な帳簿書類を提出し、これにより求められる売上額の総額が、洩れのない正確なものであることを立証する必要があるとしても、洩れが一つでもあれば実額課税ができず、推計課税によるべきであるということになれば、零細な業者に対してあまりにも過酷な要求であり、合理的な考え方とはいえない。

本件における控訴人提出の資料の抜け落ち等の不備は、売上について領収書を発行する必要のなかった振込の場合や常傭で働いた場合の些細な金額であり、いわば「うっかりミス」によるものであって、控訴人のような零細業者の経営実態からすれば、多少の不備やミスがあっても、これを責めることはできないから、その程度の不備を理由に、納税者に対し、実額課税を許さず、推計課税という重大な不利益を与えることはできないというべきである。

判例も、納税者が所得の実額を算出する上で有効と考えられる資料を提出したときは、これをできるだけ尊重し、実額算出の資料として使用すべきであり、当該資料の些細な不備等を理由としてこれを無視し、安易に推計課税の方法によるべきでないとしている(福岡地裁昭和四九年三月三〇日判決・訟務月報二〇巻七号一五二頁)。

(三) 本件係争年分についての売上計上洩れは、次のとお りである。

(1) 昭和五四年分は〇。

なお、栢下左官分六万五〇〇〇円の売上計上洩れは、昭和五四年一二月と昭和五五年一月のいずれかに計上すればよいものである(その両方に各六万五〇〇〇円宛計上するのは誤りである。)が、もし昭和五四年分として計上するのであれば、同年分の売上計上洩れは、その六万五〇〇〇円となる。

(2) 昭和五五年分は一五六万五〇〇〇円(右栢下左官分六万五〇〇〇円を昭和五四年分として計上した場合は一五〇万円)。

(3) 昭和五六年分は一九万七〇〇〇円。

そして、各年分の売上計上洩れの全売上金額に対する比率は、次のとおりになる。

(1) 昭和五四年分は〇パーセント(右栢下左官分六万五〇〇〇円を昭和五四年分として計上した場合は、〇・一九パーセント)。

(2) 昭和五五年分は八・七六パーセント(右栢下左官分六万五〇〇〇円を昭和五四年分として計上した場合は八・三九パーセント)。

(3) 昭和五六年分は一・四五パーセント。

(四) 右のとおり、本件における控訴人の売上計上洩れは僅かなものであり、控訴人が意図的に所得を隠そうとしたものでないことは明らかであるのみならず、このほかには売上計上洩れはないのであって、この程度の売上計上洩れがあるからといって、実額課税ができないということはない。

(五) 被控訴人は、推計課税に対する実額反証における納税者の主張・立証責任について、その主張する実額が真実の所得金額に合致することを合理的疑いを容れない程度に立証する必要があると解すべきであって、右実額をある程度合理的に推測させるに足りる具体的事実を立証すれば足りると解すべきではないと主張する。

しかし、税法が申告納税制度を採用し、実額課税を本則としている以上、実額課税はもちろんのこと、推計課税といえども真実の所得金額の認定手段であるから、基本的には税務当局の側に立証責任がある。

したがって、実額反証の意味は、民訴法における通常の意味での反証、すなわち、本性を揺るがす程度の弱い立証であり、要証事実が存在するとも存在しないともわからない状態に至らせることで足りると解すべきであるから、被控訴人の主張は、納税者に過大な立証を要求するものであって不当である。

二  控訴人の主張に対する認否と反論

1  税務調査の違法の主張について

(一) 控訴人の主張は争う。

(二) 控訴人は、本件税務調査において、事前通知がなされていないから違法であると主張するが、質問検査権の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまるかぎり、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものであり(最高裁昭和五八年七月一四日判決・訟務月報三〇巻一号一五一頁)、事前通知や調査理由の開示の要否、第三者の立会の有無等の調査方法の選択については、法律上質問検査権行使の要件とされていないから、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものというべきである。

(三) そして、本件税務調査を担当した澤亀調査官の調査方法の選択が、社会通念上相当と認められる限度を逸脱していると認めるべき事情は存在しない。

むしろ、澤亀調査官は、昭和五七年一〇月四日以降数回にわたって控訴人の居宅兼事務所に臨場し、又は電話で、控訴人の本件係争各年分の所得金額が適正なものかどうかを確認するための税務調査を実施するので、控訴人に面接したい旨伝えたところ、控訴人は、その都度、仕事が忙しいなどの理由でこれに応じないでいたが、結局、同月一五日午前一〇時に控訴人方居宅兼事務所で面接に応ずる旨回答して来たので、澤亀調査官は、控訴人指定の日時に控訴人方へ臨場したところ、控訴人夫婦のほかに、本件税務調査に何ら関係のない第三者である民商事務局員ら四名が同席していたので、控訴人に対し、右四名の退席を求めるとともに、本件係争各年分の事業所得金額の計算の基礎となるべき帳簿書類等の提示を求めた。しかし、控訴人は、「こんな景気の悪いときに調査に来るとはどういうことだ。」「自分のところだけ決め目なく調査に来るとは何ごとだ。」などと言い立てるばかりであり、また、同席していた右四名の中の一人は、「言っとくけど月夜の晩だけではないぞ。」などと暴言を吐き、澤亀調査官の右要求に応じようとしなかった。

澤亀調査官は、その後も数回にわたり、控訴人方に臨場し、又は電話で、調査に応ずるように説得したところ、控訴人から、昭和五八年二月九日を面接日として指定して来たので、同日、控訴人方に赴いたところ、前回同様民商事務局員ら五名が同席しており、控訴人は、澤亀調査官の右五名の退席要求にも応ぜず、また帳簿書類等も提示しなかった。

澤亀調査官は、その後も、再三にわたり、控訴人に対し、税務調査に協力するよう要請していたところ、控訴人は、同月二三日に、左京税務署に来庁して、澤亀調査官と面接したが、控訴人は依然として帳簿書類等を提示しようとせず、当初の申告が正しい旨述べるのみで、その根拠についての説明もせず、税務調査にも応じられないと申立てるばかりであった。

そのため、被控訴人は、本件係争各年分の控訴人の事業所得金額の実額計算は不可能であると判断し、同年二月二六日、推計計算により算出した所得金額に基づき、本件各更正処分及び過少申告加算税の付加決定処分をしたものである。

したがって、本件税務調査においては、左京税務署の担当職員が、質問検査権を行使するにあたり、裁量権を逸脱、濫用したと認めるべき事実は存在しないから、何ら違法な点はない。

(四) また、調査理由の開示についても、澤亀調査官が「昭和五四年から昭和五六年の三年分の所得税調査で来た。」と告げたこと自体は、控訴人も認めていることであり、具体的な調査に入る前の段階においては、所得税の調査で来た旨及び調査年分を告げることで調査理由の告知としては十分と解すべきであって(広島地裁昭和五七年一月二八日判決・税務訴訟資料一二二号一〇七頁。広島高裁昭和六一年一二月二五日判決・税務訴訟資料一五四号九一三頁。)、本件税務調査において、澤亀調査官は、十分な調査理由の開示を行っていたというべきである。

そもそも、申告所得税の調査の目的は、適正な申告がなされているかどうかの確認であるから、調査対象は各種所得ごとの収入金額、必要経費及び所得控除等、所得税算定のための全項目にわたるものであり、調査着手時において調査対象項目を特定できるものではなく、むしろ、申告内容を確認する過程において、調査の相手方の対応及び反面調査の結果によって、対象項目は常に変動するものであって、具体的は調査項目をいかに選定するかは、調査担当者の合理的な判断に委ねられているというべきであり、調査開始時に開示できる性質のものではない。

2  推計課税の主張について

(一) いずれも争う。

(二) 所得税調査については、調査担当者は所得税法二四三条により守秘義務を負うものであるところ、第三者の立会を排除することは、右守秘義務の要請にかかわるものであり、調査担当者は、かかる守秘義務の要請から、調査の実施に際し、必要があると認めるときは、調査対象者に対し、立会者の排除を要求することができるものである。

そして、調査担当者が右立会者の排除を求めたにもかかわらず、調査対象者がこれに応じなかった場合には、調査を行うことができなくなるから、結果として、調査対象者が調査の続行を不可能ならしめていることになり、調査に対し非協力的な態度をとったといわなければならない。

(三) また、いわゆる反面調査については、納税者の同意ないし承諾を法律上の要件とする規定はなく、質問検査の必要がある限り、質問検査の一方法として、調査担当職員の合理的な選択のもとに、反面調査をすることができるものである。

しかも、本件においては、控訴人は、昭和五七年一〇月一九日に、左京税務署に電話して、澤亀調査官に対し、「民商を脱会して、青色申告をしたい。」と述べ、澤亀調査官が「原始資料を預かって検討したい。」と言ったところ、控訴人は、「反面調査をして、わからない点があったら、連絡があれば、それに対して説明する。」旨返答した。したがって、控訴人は、反面調査を承諾していたものである。

(四) 本件において、非控訴人の行った推計課税が合理的なものであることは既述のとおりであるところ、被控訴人において推計課税の合理性を立証した場合には、控訴人において他に特段の立証をなさない限り、右推計による所得額を真実の所得金額と認めるべきである。

そして、控訴人において、右特段の立証としてのいわゆる実額反証により、右推計による所得金額の認定を覆すためには、その主張する収入金額がすべての取引先からのすべての収入金額であること、及び、その主張する経費の金額が右収入と対応する経費の金額であることをも立証しなければならないのであり(山口地裁昭和五八年二月二四日判決・訟務月報二九巻九号一七四八頁。仙台高裁昭和六三年一月二七日判決・訟務月報三四巻八号一七九頁。)、その主張する所得の実額を合理的疑いを容れない程度に立証しなければならない(大阪高裁昭和六二年九月三〇日判決・行裁例集三八巻八・九号一〇六七頁)ものであるから、所得の実額の主張をする場合に必要とされる帳簿書類には、一般的に求められる内容として、全取引を網羅し、秩序正しく記載され、記載内容が検証可能であることが要求されるというべきである。

しかるに、本件における控訴人の実額の主張は、右のような会計帳簿に基づくものではなく、領収書等の原始資料の単なる集計によるものであって、その内容自体が網羅性を欠き、また、検証不能なものであって、会計帳簿と同程度或はそれ以上の証明力を有するものとはいえないものである。

(五) 申告納税制度は、所得金額の計算の基礎となる経済取引の実態を最もよく知悉し、その具体的な把握が可能な立場にある納税者自身に、所得金額や税額を申告させ、課税の基礎資料を提供させることが、正確かつ能率的に納税義務を確定させるうえで有益かつ合理的であることから採用されたものである。

したがって、申告納税制度における納税者は、税法の定めるところに従った正しい申告をする義務を負うとともに、その申告内容を確認し、公平かつ適正な課税を実現するために課税庁が行う税務調査に対しては、その所得金額を算定するに足りる伝票類や帳簿書類などの直接資料を提示し、申告の内容が正しいことを税務職員に説明する義務を負うものといわなければならない。

推計課税は、一般に、〈1〉納税者が帳簿書類を備えつけておらず、収入・支出の状況を直接資料によって明らかにすることができない場合、〈2〉納税者が一応帳簿書類を備えつけているが、誤記脱漏が多いとか、同業者に比し所得率等が低率であるとか、二重帳簿が作成されているなど、その内容が不正確で信頼性に乏しい場合、〈3〉或は、納税者又はその取引関係者が調査に協力しないため、直接資料が入手できない場合のいずれかにのみ許されるものと解されているが、これらは、いずれも、納税者の側の事情によって課税庁が十分な直接資料を入手することができず、所得の実額を算定することができない場合である。

したがって、直接資料があっても、それが不備であるか、その内容が不正確なとき、或は、納税者側の協力が得られないため、実額による所得金額の把握ができない場合には、推計の方法による所得金額の認定が許容されることはいうまでもない。

本件は、課税処分の時点で控訴人の税務調査に対する協力が得られなかったため、直接資料によって所得の実額を把握することができず、実額課税をなし得なかった場合であるから、被控訴人が推計課税の方法によったことにつき、何ら違法はない。

(六) 推計課税取消訴訟におけるいわゆる実額反証における主張・立証の範囲についても、控訴人の引用する裁判例(福岡地裁昭和四九年三月三〇日判決・訟務月報二〇巻七号一五二頁)は、納税者が資料の提供等をして税務調査に協力していた場合に関するもので、本件とは事案を異にするのみならず、そもそも、実額反証において、納税者の主張する実額が収入金額の総額であること、他に収入金額の洩れがないことまで立証することを要するのは、総収入金額を明らかにしない限り、真実の所得額自体が算出不能となり、有効な実額反証の要件、すなわち、主張する実額と真実の所得額との一致について裁判所に確信を抱かせる程度の立証の前提を欠くことになるからである。

したがって、所得の実額を主張する納税者は、単にその主張する収入及び経費の各金額を証明するだけでは足りず、その主張する収入金額がすべての収入金額(総収入金額)であること、及び、その主張する経費の金額がその収入と対応すること(必要経費であること)までを証明しなければならない(大阪高裁平成二年五月三〇日判決・訟務月報三八巻二号三二五頁)のであって、実額反証のために納税者から提出される会計帳簿等の資料については、課税庁が推計によって適法に算出した所得額を排斥するものとして、完全なものでなくてはならない。けだし、実額反証は、所得の実額が推計課税における所得の金額よりも少額であることを主張・立証することによって、所得の推計の過誤を正すことにほかならないのであるから、実額の主張をする納税者は、収入と経費の両者の実額を明らかにし、その主張の所得金額が所得のすべてであって、これと異なる推計額が誤りであることを完全に立証すべきであるからである(京都地裁平成二年一二月一二日判決・税務訴訟資料一八一号二一頁)。

3  控訴人の実額反証について

(一) 控訴人の主張は争う。

(二) 控訴人は、原判決で認定された売上計上洩れを基にして、当該売上計上洩れと売上金額との比率を算出して、控訴人の売上計上洩れが僅少なものであることも主張しているが、右原判決認定の売上計上洩れは、最小限度認められる売上計上洩れの金額であって、たまたま後に被控訴人が発見して指摘した売上計上洩れを控訴人主張の当初の売上金額に追加補充したとしても、ほかに計上洩れのない売上実額であるとはいえないことはいうまでもなく、控訴人の算出した右比率は、「ほかに計上洩れのない売上実額」という前提を欠くものであり、意味のない主張というほかはない。

原判決で認定された売上計上洩れは、被控訴人による金融機関等への反面調査等で判明したものであるが、被控訴人が控訴人の実額主張の不備を指摘するに至った経緯からすれば、それが売上計上洩れのすべてでないことは明らかであり、控訴人の実額主張の根拠となっている領収書等の原始資料も、すべての取引について作成れておらず、また、それらの資料がすべて提出されているとはいえないものである。

(三) 前述のとおり、実額反証においては、その主張する収入金額及び必要経費の実額を合理的疑いを容れない程度に立証することが必要であり、「洩れのない」実額を立証しなければならないものであるから、被控訴人が、控訴人の実額主張が課税庁のした推計課税の合理性を覆すに足りないことを主張するには、控訴人の主張する実額の内容に不備があることをある程度合理的に推測させるに足りる具体的事実、すなわち、控訴人の実額の主張が真実の所得金額と一致するものでないこと、或は、控訴人の主張する各所得の構成要素である収入金額及び必要経費の根拠に疑いを容れる余地のあることを立証すれば足るものというべきである。

そして、本件において、控訴人の実額主張が真実の所得金額に一致するものでないことは既述のとおりであるから、控訴人において、その主張する実額が合理的疑いを容れない程度にまで立証されたとはいえないことは明らかであって、控訴人の実額反証は、被控訴人の推計課税を覆すに足りないものというべきである。

第三証拠

原審の訴訟記録中の各証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  当裁判所も、控訴人の請求(昭和五四年分の所得税の総所得金額が四九五万九五六七円を超える部分の取消を求める部分の請求を除く。)を棄却すべきものと認定判断するが、その理由は、以下に付加するほかは、原判決の理由の記載のとおりであるから、これを引用する。但し、原判決三〇頁五行目の「昭和五四年一二月、昭和五五年一月各売上げ」とある部分を「昭和五四年一二月又は昭和五五年一月売上げ」と改める。

二  税務調査の違法の主張について

控訴人は、本件税務調査を担当した澤亀調査官が、本件税務調査をするにあたり、控訴人に対し、事前通知や調査理由の開示をなさず、或は、反面調査をするについて控訴人の同意ないし承諾を得ていないなどの違法があると主張するが、右主張の理由がないことは原判決一七頁一行目から一八頁七行目までに説示のとおりである。

三  推計課税の違法の主張について

1  推計課税の必要性

控訴人は、被控訴人が、本件税務調査にあたり、控訴人が、調査理由の開示や第三者立会を要求したことを口実に、調査非協力として、安易に推計課税の方法をとり、控訴人に対し、報復的な課税処分をしたと主張する。

しかし、前記認定の事実(原判決一九頁四行目から二〇頁六行目まで)のほか、前出乙第三五号証及び原審証人澤亀泰造の証言によれば、澤亀調査官が、昭和五七年一〇月一五日に、税務調査のため控訴人方へ赴いた際、同席していた第三者である民商事務局員ら四名が、澤亀調査官の退席要求に応じなかったばかりか、「ちゃんと説明せい。」「早く言え。」などと大声で気勢をあげたり、「月夜の晩だけではないぞ。」などと不穏当な発言をしたこと、澤亀調査官は、その後も、再々、控訴人方に出向き、或は、電話で、調査に応ずるように申し入れたにもかかわらず、控訴人は、容易に応じようとせず、約束した面接日にも破約し、漸く、控訴人から、昭和五八年二月九日を面接日として指定して来たので、同日、控訴人方に赴いたところ、前回同様民商事務局員ら五名が同席しており、澤亀調査官の右五名の退席要求にも応ぜず(右五名の者は、隣室に退いたものの、襖一枚の仕切りで、澤亀調査官と控訴人の対話を容易に知り得る状況であった。)、また、帳簿書類等も提示しなかったこと、澤亀調査官は、その後も、再三にわたり、控訴人に対し、税務調査に協力するよう要請したが、控訴人は、容易に応じようとせず、約束した面接日にも破約するなどのことを繰り返し、結局、控訴人は、同月二三日に、左京税務署に来庁して、澤亀調査官と面接したが、澤亀調査官からそれまでの調査結果に基づく売上金額、所得金額を示して、修正申告を促したのに対し、控訴人は依然として帳簿書類等を提示しようとせず、当初の申告が正しい旨述べるのみで、その根拠についての説明もせず、修正申告にも応じなかったため、被控訴人において、推計課税の方法によって本件各課税処分をするに至ったものであること、以上の事実が認められ、原審における控訴人本人尋問の結果(第一、二回)中、右認定に反する部分は信用できず、ほかに右認定を左右するに足りる証拠はない。

右のような本件税務調査の経緯と控訴人の対応に照らせば、控訴人が調査に協力せず、所得金額認定の直接資料が入手できない場合として、被控訴人としては、推計課税の方法をとらざるを得なかったものであって、控訴人主張のように、安易に推計課税の方法をとって、殊更に報復的な課税処分をしたものとは認められず、推計課税の必要性があったものというべきである。

2  推計課税の合理性

本件係争各年分の控訴人の所得金額についての推計課税が、合理的なものであることは、原判決の理由の説示(原判決二〇頁一一行目から二二頁二行目まで)のとおりである。

控訴人は、昭和五五年分において、大口の取引先である富創建設株式会社との取引がなくなったので、当然同年分の所得額にその影響が現れる筈であるのに、そのことが被控訴人の推計課税による昭和五五年分の事業所得金額に影響していないのは、推計課税が不合理であることを示すものであると主張するところ、原審における控訴人本人尋問の結果(第一回)により、昭和五四年分には富創建設株式会社との取引による売上が約一七八九万円あったが、控訴人の工事ミスにより、同年一二月以降、同会社から取引を停止され、その後は同会社に対する売上がなくなったことが認められる。

しかし、推計課税は、もともと、同業者原価率、同業者経費率等の間接的な資料によって、真実の所得額に近似した額を推計し、これをもって真実の所得額と認定する方法であるから、その算定結果に、ある特定の取引の存否の影響が直接反映していないことがあったとしても、推計課税の性質上やむを得ないところであり、前記認定のとおり、被控訴人の行った所得金額の推計の基礎数値が妥当なものである以上、その推計課税の合理性を覆すべきものではないから、控訴人の右主張は理由がない。

3  控訴人の実額主張

(一)  控訴人は、本件係争各年分の控訴人の売上の実額は甲号各証中の各領収書の控により、また、仕入れその他の経費については、甲号各証中の領収書や支払い書等により、実額計算が可能である旨主張する。

しかし、甲第一号証の一ないし五三、第一六号証の一ないし四二、第三一号証の一ないし四二の各領収書控の集計による控訴人主張の売上額は、計上洩れがあるため、他に洩れのない売上総額の全額であるとは認められないことは、前記認定のとおりである(原判決二八頁五行目から三二頁五行目まで)。

(二)  控訴人は、右認定の売上計上洩れの額と売上金額との比率を計算して、その比率から売上計上洩れが僅少なものであると主張しているが、右認定の売上計上洩れは、たまたま後に被控訴人の側で調査の結果、発見し、指摘したものであり、売上計上洩れがこれのみであって、ほかに同様の計上洩れがないことについては、これを認めるに足りる証拠はない。したがって、右認定の売上計上洩れと売上金額との比率のみを根拠として、ただちに、控訴人主張の売上額についての計上洩れが僅少であるとはいえない。

(三)  かえって、原審における控訴人本人尋問の結果(第一回)により成立の認められる甲第一号証の一ないし五三、第一六号証の一ないし四二、第三一号証の一ないし四二、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第各一、二、第一八号証の一ないし三、第一九号証、第二九号証(乙第一〇ないし第一二号証の各一、二、第一八号証の三の各控訴人作成名義部分の成立は争いがない。)、原審における控訴人本人尋問の結果(第一回)及び弁論の全趣旨によれば、右各領収書控の綴りは、完全に整理保存された洩れのないものではなく、各年分とも二ないし三冊が使用されているところ、必ずしも各冊子の一葉ずつ順番に作成されてはいない(控訴人は、これらの領収書控は、一冊の綴りになっているもので、その信用性は高いものであると主張するが、たとえば甲第一号証の五〇、第一六号証の一六、二一、二八、三二、四〇、四一、第三一号証の一八、一九、三一、三二、三七、三八、三九では、左側に写っている前葉の裏面が、それぞれの前の各領収書控と一致しておらず、右甲号各証として提出されている各領収書控の分以外にも領収書が発行されていることが窺われる。)こと、売上があるにもかかわらず、領収書の発行されない未収金として、昭和五六年分において、中央建設社長宅の工事分五〇万円の未収金分が計上洩れになっていること、昭和五五年分において、前記認定の分以外に、栢下左官分の売上二〇万円が計上洩れになっていること、昭和五四年分の売上である有限会社谷幸組からの入金として、控訴人は、同会社振出の三通の約束手形(〈1〉金額二三万四〇〇〇円、支払期日昭和五四年五月一〇日。〈2〉金額三〇万円、支払期日昭和五四年五月一〇日。〈3〉金額一〇万円、支払期日昭和五四年五月一〇日。)を受領しているが、甲第一号証の三、一〇、一五、二〇、二三、二七の各有限会社谷幸組宛の領収書控には、これに該当する手形の記載がないこと、以上の事実が認められる。

これらの事実からすれば、控訴人が売上実額の基礎資料とする前記各領収書控は、必ずしも各係争年分の全売上を正確かつ網羅的に記録しているものとはいえず、前記認定の売上計上洩れ(原判決二九頁一〇行目から三一頁二行目まで)のほかにも、かなりの売上計上洩れが存在することや、その記載に過誤、不正確、脱漏等の少なくないことが窺われ、控訴人の主張するように、けっして些少な計上洩れだけではないことが認められる。

控訴人は、このような資料の脱漏等の不備は、いわば「うっかりミス」によるものであって、控訴人のような零細業者の経営実態からすれば、多少の不備や過誤があっても、これを責めることはできないから、その程度の不備を理由に、納税者に対し、実額課税を許さず、推計課税という重大な不利益を与えることはできないと主張するが、仮に「うっかりミス」であるとしても、それは、それらの不備や過誤が控訴人の悪意によるものではないということになるだけに過ぎず、資料としての正確性や信頼性に欠けることには変わりはないのであって、その不備や過誤の内容や程度によっては、必ずしも些細なこととして無視できるものではなく、資料全体としての信頼性を失わせるものであり、また、控訴人が、個人経営の零細業者であるとしても、正確な帳簿その他の記録や資料の備えつけ、保存を求めることが酷であるとはいえず、そのような過誤や脱漏等が当然許されるということになるものではない。

したがって、右各領収書控の集計による売上額について、売上計上洩れが前記認定の分のみで、ほかに売上計上洩れがないことを前提に、控訴人主張の売上実額の計上洩れが些少であるとして、これにより実額計算が可能であるとする控訴人の主張は理由がなく、むしろ、控訴人主張の売上実額の基礎となっている前記甲第一号証、第一六号証、第三一号証の各領収書控は、計上洩れや脱漏等があって、各年分のすべての売上の正確かつ網羅的な記録とはいえず、これによって、本件係争各年分の売上実額を算定することはできないというべきである。

(四)  控訴人は、推計課税に対する実額反証は、通常の意味での反証、すなわち、本証を揺るがす程度の弱い立証であり、要証事実が存在するとも存在しないともわからない状態に至らせることで足りると解すべきであると主張する。

しかし、推計課税は、納税者が実額を算定するに足りる帳簿書類などの直接資料を提出せず、税務調査に協力しないため、やむを得ず真実の所得額に近似した額を間接資料により推計し、これをもって真実の所得額と認定する方法であり、実額課税と同様に真実の所得額を認定するための一つの方法であって、課税庁において右推計課税の合理性につき立証をした場合には、特段の反証のない限り、右推計課税の方法により算定された額をもって真実の所得額であると認定するものであるから、納税者が、推計課税取消訴訟において、所得の実額を主張し、推計課税の方法により認定された額が右実額と異なるとして推計課税の違法性を立証するためには、その主張する実額が真実の所得額に合致することを合理的疑いを入れない程度に立証する必要があると解すべきであって、右実額の存在をある程度合理的に推測させるに足りる具体的事実を立証すれば足りると解すべきものではない(大阪高裁昭和六二年九月三〇日判決・行裁例集三八巻八・九号一〇六七頁)。

したがって、控訴人の右主張は、独自の見解であって採用できない。

4  本件推計課税の適法性

以上認定したところによれば、本件推計課税については、その必要性及び合理性が認められるところ、控訴人の実額反証をもっては、右推計課税を覆すに足りないものというべきであるから、本件推計課税に基づく本件各係争年分の各更正処分及び過少申告加算税の賦課処分は適法であって、これを取り消すべき事由はない。

第四結語

以上により、控訴人の本件請求(昭和五四年分の所得税の総所得金額が四九五万九五六七円を超える部分の取り消しを求める部分を除く。)を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 志水義文 裁判官 高橋史朗 裁判官 松村雅司)

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