大判例

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大阪高等裁判所 平成9年(ネ)20号 判決

控訴人

株式会社プラント

右代表者代表取締役

吉田和正

右訴訟代理人弁護士

山田俊介

清田冨士夫

近藤輝生

被控訴人

日本生命保険相互会社

右代表者代表取締役

伊藤助成

被控訴人

大同生命保険相互会社

右代表者代表取締役

平野和男

被控訴人

千代田生命保険相互会社

右代表者代表取締役

米山令士

被控訴人

朝日生命保険相互会社

右代表者代表取締役

藤田讓

右被控訴人ら訴訟代理人弁護士

柏木義憲

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決中、控訴人の予備的請求を棄却した部分を取り消す。

控訴人に対し、被控訴人日本生命保険相互会社は八一二万一〇〇〇円、被控訴人大同生命保険相互会社は五六二万三一〇〇円、被控訴人千代田生命保険相互会社は一八七〇万〇八〇〇円、被控訴人朝日生命保険相互会社は六九三万一二六〇円及び右各金員に対する平成四年一二月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被控訴人ら

主文と同旨

第二  事案の概要

本件事案の概要は、次のとおり訂正、付加するほか、原判決の「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」のうち予備的請求に関する部分記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決八頁六行目の「別紙一記載の一ないし五」とあるのを「別紙一記載の一ないし六」と訂正する。

2  同一八頁四行目の「保険契約者」の前に「第一ないし第五契約の」、同七行目の「被保険者」の前に「本件各契約の」をそれぞれ付加する。

3  同二〇頁四行目の次に行を改めて、次のとおり付加する。

「 右主張を敷衍すると、次のとおりである。

1  生命保険契約は、射倖契約に分類されており、本来的に不労の利得を目的とする一面を有することを否定できないところであり、不労の利得を目的とするからといって既払保険料の不当利得返還請求が許されない理由となるものではない。

2  本件各契約締結時に被保険者Aに自殺の意思があったこと、Bがそれを知っていたこと、同人がAの自殺の意思形成になんらかの関与をしたことは、いずれも認められない。したがって、保険契約者及び被保険者には本来各契約の無効原因について悪意或いは重大な過失に該当するものはない。

本件各契約が公序良俗に違反して無効であるとすれば、公序良俗違反という判断を導き出す前提事実は極めて多様であり、評価、推測にわたる事実、契約締結後の事情などが多数含まれており、無効原因について保険契約者及び被保険者の重大な過失の有無を判断することは極めて困難であり、判断の対象としてふさわしくないものである。

本件各契約の締結された平成二、三年当時、保険金が巨額で保険料が高額である場合に生命保険契約が公序良俗違反により無効となることがあると一般に認識されていなかったし、保険約款にも巨額の保険金を定めた生命保険契約が無効になる場合があるとの定めがなかったのであるから、無効原因について保険契約者及び被保険者の重大な過失を認める余地がない。

3  控訴人は、保険契約者、被保険者、保険会社の作出した外観を信頼して、Aの死亡という保険事故の発生後に、裳美会及び豊友に対する融資をし、債権譲渡を受けたものであるから、その信頼を保護されるべきである。

4  生命保険契約が公序良俗に違反して無効である場合に、既払保険料の不当利得返還を認めないのは、保険会社の営利至上主義、杜撰な契約審査を追認、助長することになり、保険会社のみを保護し、保険契約者の保護に欠けるから許されない。

五 再抗弁に対する被控訴人らの反論

1  本件各契約及び本件一連の契約は、保険契約者において偶然に発生する保険事故に備えるものではなく、偶然性を破壊し正常な生命保険の機能を失わせるモラルリスク的な意味の不労利得を得ることを目的とするものであるから、公序良俗に違反するものである。

2  本件各保険契約の締結に係わったBは、保険契約の偶然性を破壊し不労利得を得ることを目論んだりしないようにするべき注意義務があったにも拘わらずこれに違反した重大な過失があったから、保険契約者及び保険契約者から保険金債権や保険料返還債権を譲り受けた控訴人に既払保険料の不当利得返還請求を認めるべきではない。

3  保険契約者は、正常な生命保険契約において中途解約しても、返戻金を貰えるだけであり、既払保険料の返還請求権は認められていない。モラルリスク的な保険契約で既払保険料の返還請求が認められるとすれば、モラルリスクをあえてした保険契約者は、たとえ保険金の取得に失敗しても既払保険料が全額返還されるので損のないことになるが、是認できないことである。」

第三  争点に対する判断

一  当裁判所も、控訴人から不服の申立られている控訴人の被控訴人らに対する予備的請求は理由がないから棄却すべきであると判断するが、その理由は次のとおり付加、訂正するほか、原判決の「事実及び理由」中の「第三判断」のうち予備的請求に関する部分記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決三三頁八行目の末尾に続けて「(乙一四〇、一五〇、原審証人河村)」を付加する。

2  同三四頁末行の「本件各契約」とあるのを「第一ないし第五契約」と改める。

3  同三五頁一行目の次に行を改めて、次のとおり付加する。

「豊友は、平成三年八月一日にAを被保険者、死亡保険金を五〇〇〇万円として大同生命との間に第六契約を締結しているが(原判決添付別紙二の番号18記載の定期保険)、これはAを保険契約者、Cを保険金受取人として同日に大同生命との間に締結された同番号29記載の定期保険(死亡保険金五〇〇〇万円)と同一機会に締結したものであり、更に同日、第一、第四契約及び同番号17記載の明治生命との間のAを被保険者、死亡保険金を五〇〇〇万円とする終身保険契約を締結していることからみて、豊友を実質的に支配していたBが推進したことが認められる。(乙一三二)」

4  同四九頁末行の「不労利得を得る」の前に「専ら」を付加する。

5  同五一頁五行目から同九行目までを、次のとおり改める。

「1 先にみたとおり、生命保険契約の個数と内容において、保険契約者ないし保険金受取人、被保険者の年齢、職業、身分関係、収入、生活状態その他の事情からみて、保険金が巨額にのぼり、保険料も高額で、明らかに長期間にわたる保険契約の継続が予定されておらず、また、そのような個数と内容の保険契約に加入するについて、何らの必要性及び合理的理由もなく、さらに、保険事故の発生日時において、保険契約の給付責任開始日あるいは自殺免責期間の経過との間に有意的な相関関係が認められ、しかも、保険契約の締結にあたり、保険契約者ないし被保険者において人為的な保険事故を誘発させるような著しく誘惑的な環境の作出されることが認識されており、その結果として人為的な保険事故が招来されたと認められるときには、生命保険契約における保険事故の偶然の事実への依存関係が破壊され、かつ、契約の締結が当初から不労の利得そのものを専らの目的として不正に行われたものとして、当該生命保険契約は公序良俗に違反して無効と解すべきである。

そして、生命保険契約が公序良俗違反により無効となる場合においては、保険契約における保険事故の偶然の事実への依存関係が破壊され、かつ、保険契約の締結が当初から不労の利得そのものを専らの目的として行われることについて、保険契約者及び被保険者に悪意または重大な過失のあるときは、制裁として保険契約者から保険者に対して既払保険料の返還を請求することが許されないものと解するのが相当である(商法六八三条一項、六四三条)。

これを本件についてみると、先にみたとおり、本件各契約は保険事故の偶然の事実への依存関係が破壊され、かつ、保険契約の締結が当初から不労の利得そのものを専らの目的として行われたものとみることができるから、公序良俗に違反するものとして無効というべきである。そして、先にみた事実によれば、本件保険契約を含む別紙二記載の一連の生命保険契約の保険契約者であるBを代表者とする裳美会、裳美会グループに属する豊友、Bらは、これら一連の保険契約の締結を自発的かつ短期集中的に行い、その個数と内容においても、当時七三歳で裳美会、豊友の名目上の取締役で経営に参画していないAを被保険者として、裳美会の規模や経営者であるBを被保険者とする保険契約と比べて一連の巨額の事業保険に加入させているのである。別紙二記載の一連の生命保険契約の一部についての保険契約者であるAは、自分を被保険者として、その年齢、収入、地位、家族関係等からみて、その必要性も合理性も認められないような高額の保険料を支払って巨額の保険金を取得するこれらの一連の生命保険契約に加入しているのである。その結果、Aを被保険者とする保険契約の保険金額は一六億円を超え、月額保険料は六五〇万円となっていたというのであって、早期にAが死亡するという前提で長期に及ぶ保険料の支払いが予定されていなかったとみることができるのである。そして、Aは、自殺するような特段の動機も認められないにも拘わらず、普通保険約款所定の自殺免責期間の経過した直後に自殺したというのである。これとは別に、裳美会は、Bが平成元年ころから始めた不動産投資により資金繰りに窮し、本件保険事故の発生後半年ほどで事実上倒産しているという事実もあるのである。そして、本件各契約の保険契約者は裳美会または豊友であるが、先にみた事実から、Bは、死亡した平成五年四月二六日まで裳美会グループの主宰者であり、裳美会の代表取締役、裳美会グループに属する豊友の実質上の経営者としての地位にあったものということができるから、Bの行為をもって裳美会と豊友の行為とみることができるというべきである。そうだとすると、本件各契約の保険契約者である裳美会の代表取締役であり、豊友の実質上の経営者であるB及び被保険者であるAは、本件各契約の締結により、Aの自殺という人為的な保険事故を誘発させるような著しく誘惑的な環境が作出されることになり、本件各契約が保険事故の偶然の事実への依存関係を破壊し、不労の利得そのものを専らの目的として行うものであることを認識しながらあえて本件各契約を締結したものとして悪意があったものとみることができるから、商法六八三条一項、六四三条により既払保険料の返還を請求できないものというべきである。

2 控訴人は、生命保険契約は、射倖契約に分類されており、本来的に不労の利得を目的とする一面を有することを否定できないところであり、不労の利得を目的とするからといって既払保険料の不当利得返還請求が許されない理由となるものではないと主張する。しかし、先にみたとおり、Aを被保険者とする巨額にのぼる多数の本件一連の契約が締結され、早期にAが死亡するとの前提のもとに長期間に及ぶ保険料の支払いも予定されておらず、人為的な保険事故を誘発させるような著しく誘惑的な環境が作出されたというのであるから、本件各契約は不労の利得そのものを専らの目的として行われたものであり、生命保険契約が射倖契約に分類され、本来的に不労の利得を目的とする一面を有することとは異なるものとみることができるのであって、控訴人の右主張は理由がない。

控訴人は、各保険契約締結時に被保険者Aに自殺の意思があったこと、Bがそれを知っていたこと、同人がAの自殺の意思形成になんらかの関与をしたことは、いずれも認められず、保険契約者及び被保険者には悪意或いは重大な過失に該当するものはないと主張する。しかし、先にみたとおり、B及びAは、人為的な保険事故を誘発させるような著しく誘惑的な環境が作出されることを認識しながらあえてAを被保険者とする本件各契約を締結したというのであるから、本件各契約が保険事故の偶然の事実への依存関係を破壊し、不労の利得そのものを専らの目的として行われるものであることについて悪意があったものとみることができるというべきである。

控訴人は、本件各契約が公序良俗に違反して無効であるとすれば、公序良俗違反という判断を導き出す前提事実は極めて多様であり、評価、推測にわたる事実、契約締結後の事情などが多数含まれており、これらについて保険契約者及び被保険者の重大な過失の有無を判断することは極めて困難であり、判断の対象としてふさわしくないものであると主張する。しかし、先にみた事実からすれば、B及びAは、本件各契約が保険事故の偶然の事実への依存関係を破壊し、不労の利得そのものを専らの目的として行うものであることを認識しながらあえて本件各契約を締結したものとして悪意が認められるのであって、本件各契約が公序良俗に違反するものであると認識することは容易であり、控訴人の右主張は理由がない。

控訴人は、本件各契約の締結された平成二、三年当時、保険金が巨額で保険料が高額である場合に生命保険契約が公序良俗違反により無効となることがあると一般に認識されていなかったし、保険約款にも巨額の保険金を定めた生命保険契約が無効になる場合があるとの定めがなかったのであるから、これについて保険契約者及び被保険者の重大な過失を認める余地がないと主張する。しかし、本件各契約は、単に保険金が巨額で保険料が高額であるというだけではなく、先にみた保険契約の締結経過、Aの年齢、職業、収入、生活状態、裳美会、豊友における地位、Bの資金繰りの状況、本件各契約における保険料の継続支払い予定の欠如、本件一連の契約の締結状況等から公序良俗違反と評価されるのであるから、控訴人の右主張は理由がない。

控訴人は、保険契約者、被保険者、保険会社の作出した外観を信頼して、Aの死亡という保険事故の発生後に融資をしたものであるから、その信頼を保護されるべきであると主張する。しかし、先にみたとおり、本件各契約は公序良俗に反し無効であり、保険契約者及び被保険者に悪意があることから商法六八三条一項、六四三条により保険契約者の既払保険料の返還請求権が認められない以上、控訴人が本件各契約の外観を信頼したかどうかに拘わらず、控訴人について既払保険料の返還請求権を認めることは許されないというべきである。

控訴人は、生命保険契約が公序良俗に違反して無効である場合に、既払保険料の不当利得返還を認めないのは、保険会社の営利至上主義、杜撰な契約審査を追認、助長することになり、保険会社のみを保護し、保険契約者の保護に欠けるから許されないと主張する。しかし、先にみた事実からすれば、被控訴人らの保険契約についての審査に不十分な点があったとしても、本件各契約には先にみた公序良俗違反の事実が認められ、その点について保険契約者及び被保険者に悪意があると認められる以上、本件各契約の締結に伴い保険契約者から支払われた保険料の返還請求は許されるべきではなく、既払保険料の不当利得返還を認めないことが保険会社のみを保護し保険契約者の保護に欠けるかどうかを問題とすることはできないというべきであって、控訴人の右主張は理由がない。」

二  よって、控訴人の被控訴人らに対する予備的請求は理由がないから棄却すべきであり、右と同旨の原判決中控訴人の予備的請求を棄却した部分は相当であって、控訴人の本件控訴は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官福永政彦 裁判官井土正明 裁判官礒尾正)

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