大判例

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大阪高等裁判所 昭和31年(う)2111号 判決

辯護士 黒岩利夫

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金弐万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金四百円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

但し本裁判確定の日から参年間右刑の執行を猶予する。

当審における訴訟費用(証人太田垣勝治に支給したもの)は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、記録に綴つてある検察官伊藤嘉孝名義の控訴趣意書記載のとおりで、これに対する弁護人の答弁の趣意は、記録に綴つてある弁護人北山六郎外一名名義の答弁書記載のとおりであるから、これを引用する。

先ず、検察官は原判決が被告人に対する業務上過失傷害の公訴事実に対し、被告人の本件自動車運転を業務と認め難いとして無罪を言い渡し、その理由として、被告人は会社の総務または会計主任であつて、自動車運転は被告人の主たる仕事でも、従たる仕事でもないこと、かねて趣味として普通自動車運転免許証を受け、その後本件まで五六年間に自動車を運転したのは前後七、八回であるから、それだけをもつてしては直ちに継続反覆して自動車運転に従事し これを常業としているものと認め難いことの二点をあげているが、右は事実を誤認し、ひいて法令の解釈を誤つたものであると主張するから、この点について判断する。

原判決が、被告人に対する業務上過失傷害の公訴事実に対し前示の如き理由により無罪を言い渡したことは、所論のとおりである。

ところで、刑法第二百十一条にいわゆる業務とは各人が社会生活上の地位に基いて、反覆継続して行う事務を指称し、その本務たると兼務たると娯楽のためたるとを問わないもので、自動車運転の趣味を有するため普通自動車の運転免許を受けている者が、時折休日等を利用し、ドライブのため貸自動車を借り受け、友人らを同乗させて自動車を運転し、これを反覆継続して行う意思があるものと認められる場合にはその自動車を運転することは自動車運転の業務に従事するものと解するを相当とする。

これを本件についてみると、被告人の司法警察職員に対する供述調書及び被告人の原審公判廷における供述記載を綜合すれば、被告人は会社の会計係であり自動車運転は被告人の本務でも兼務でもないけれども、かねて自動車運転が好きで、東京在勤中の昭和二十六年三月東京都公安委員会より普通自動車運転免許証の交付を受け、昭和二十七年十一月神戸転勤後免許証を書き替えて貰い、現在昭和三十年一月二十一日交付の神戸市公安委員会発行の普通自動車運転免許証を持つて居り、時折休日等を利用して、ドライブのため貸自動車を借り受け、友人らを同乗させて自動車を運転し、最近の例としては、昭和三十一年三月頃より本件事故発生の同年五月十五日に至る間に四回位運転を行い、殊に本件犯行当時の如きは、五月十四日午前十一時頃より本件自動車を運転して、神戸、姫路、和田山を経て、同日午後十二時頃兵庫県美方郡湯村温泉に至り、同地に一泊し翌十五日午後三時頃同地を出発し、鳥取、姫路を経て神戸まで運転する予定で、長時間に亘り長距離運転を敢行したものであるから、これらの状況から、被告人が自動車運転者の資格で娯楽のため、たとえひんぱんでないとしても、ある程度反覆継続して行う意思のもとに自動車運転を行つていたものと認めて妨げない。

従つてかかる場合、自動車を運転するに当り過失により人を傷害させたときは業務上過失傷害の罪責を免れないものである。

しかるに、原判決が、自動車運転は被告人の主たる仕事でも従たる仕事でもなく、従来の運転回数を以ては自動車運転を反覆継続して常業としているものと認め難いとして、無罪の言渡をなしたのは、事実を誤認し、ひいて法令の解釈を誤つたものといわねばならぬ。

そしてこの誤が判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決はこの点において破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて他の論旨に対する判断を省略し、原審及び当審において取り調べた証拠によつて直ちに判決することができるものと認められるから、刑事訴訟法第三百九十七条第一項、第三百八十条第三百八十二条第四百条但書の規定に従い、原判決を破棄し、当裁判所において更に判決をする。

(罪となるべき事実)

被告人はかねて普通自動車の運転免許を受け、時折ドライブのため貸自動車を借り受け、自動車を運転していたものであるが、昭和三十一年五月十四日普通自動車兵三す〇四七〇号を借り受け、友人を同乗させて神戸市より兵庫県美方郡湯村温泉まで運転して同地に一泊し、翌十五日午後四時五十分頃帰神のため、右自動車に友人堀内清(当三十七歳)、三沢市郎(当四十三歳)の両名を乗せ、兵庫県美方郡浜坂町居組字水谷附近の山道を西方に向け時速約二十粁で運転進行中、被告人としては同所附近通行は初めてであり、しかもカーブの多い山道で、右側は断崖になつている危険な個所であるから、自動車運転者としては、左側にそつて除行し、前方進路を十分注意して運行する等災害発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるにかかわらず、これを怠り、道路右端と自己の運転する自動車との間隔に十分の注意を払わず、漫然同一速度で進行を続けた不注意により、自動車右側前輪を道路右端外に陥し入れたため、把手を取られ、車体を右断崖下に転落させ、その反動に因り、同乗中であつた前記堀内清に対し、加療約三週間を要する頭部、右下腿部挫創、左眼部打撲傷、右腓骨骨折等の傷害を負わせ、さらに三沢市郎に対し、加療約二ヶ月を要する左腸骨複雑骨折、左恥骨骨折、胸部打撲傷等の傷害をそれぞれ負わせたものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(法令の適用)

被告人の右所為は、刑法第二百十一条前段罰金等臨時措置法第二条、第三条に該当するところ、右は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、最も犯情の重い三沢市郎に対する罪に従い、所定刑中罰金刑を選択し、その罰金額の範囲内において、被告人を罰金二万円に処し、刑法第十八条により右罰金を完納することができないときは、金四百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

なお本件は被告人の過失により自動車を崖下に転落させ、同乗者二名に対し、加療約三週間乃至二ヶ月を要する傷害を負わせたもので、その事故自体は決して軽くはないけれども、被告人の自動車運転の業務もさきに説示したとおりの態様であり、且つ被害者はいずれも友人、知人の間柄で、その後傷も全治し治療費等を弁償して円満に示談して居り、また被告人は慶応大学経済学部出身の前途ある会社員である等諸般の情状を考慮し、右刑の執行を猶予するのを相当と認め、刑法第二十五条第一項罰金等臨時措置法第六条により本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、当審における訴訟費用(証人太田垣勝治に支給したもの)は刑事訴訟法第百八十一条第一項により全部被告人をして負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 網田覚一 判事 小泉敏次 本間末吉)

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