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大阪高等裁判所 昭和37年(う)405号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪地方裁判所に差し戻す。

理由

本件各控訴の趣意は、検察官門司恵行、被告人中尾の弁護人高坂安太郎各作成の控訴趣意書記載のとおりであり、検察官の右控訴趣意に対する答弁は、被告人川島の弁護人阿部甚吉、同毛利与一共同作成の弁論要旨と題する書面記載のとおりであるから、それぞれこれを引用する。

一、検察官の控訴趣意第一点、本件外国為替及び外国貿易管理法違反の点に関する法令適用の誤りの主張について。

論旨は、本件は被告人らが自供しているとおり真実輸出承認を受けた番手とは異る番手の梳毛糸をすり替えて輸出したものであって現実に輸出した品目については何等の承認も受けておらず、これが無承認輸出に当ることは明らかであり、また本件梳毛糸の無承認輸出の行われたのは昭和二九年三月頃から同三〇年一月頃までのことに属するから、当時施行されていた外国為替及び外国貿易管理法(以下単に法と略称する)に基く昭和二四年一二月一日政令第三七八号(輸出貿易管理令)、昭和二六年六月八日政令第二〇〇号第一条第一項別表第八号に違反することも明らかである。しかるに原判決は、「当時毛糸が右別表第八号において承認品目に指定されたのは朝鮮事変の生起を見ていわゆる中共軍の介入という問題があったため、毛製品は軍服と関係がある重要な戦略物資であるという建前から仕向先を厳重に規制しなければならないと考えられたことによるのであるが、本件毛糸の香港向輸出の行われた昭和二九年以後は既に毛糸を輸出承認品目として規制すべき必要は全く存しなかったものであるから、外国為替及び外国貿易管理法の精神、特にその第一条によって再検討されなければならないばかりか、同法を中心とする外国貿易に関する一般理念及び法体系に照らして直ちに少くとも遅滞なく廃止されなければならなかったものである。しかるに昭和三〇年八月一〇日まで毛糸は承認品目から除外されることがなかった。これは国の怠慣であり国がそのつとめを怠りながら「法は法なり」として形骸化した法規の外形を盾にその形式的違反に対し刑罰を以て臨むことは許されない。それ故本件無承認輸出の公訴事実については本件被告人両名のなした各輸出行為が無承認輸出に当るとしても超法規的に違法性を阻却し罪とならない」として右法規の適用を敢て排除した。なるほど梳毛糸が承認品目に指定された所以のものが原判決のいう如く朝鮮事変の生起を契機とする戦略的な目的が主なるものであったことは差戻前における第二審の証人柴崎芳三の証言で認められるところではあるが、およそ外国貿易において如何なる品目を規制の対象とするかはその時の国際的、政治的ないしは経済的必要から定められるところであり、その規制を存置するか廃止するかは専ら通商産業大臣が法第四八条第二項の趣旨に従いながら時々の内外の経済、貿易その他の諸情勢を勘案して合目的的に定める行政措置であって、従来承認品目であったものを解除したり又新しく追加したりすることは法の当然予想するところである。現に本件梳毛糸についても昭和三〇月八月一〇日以降は輸出承認品目から一時除外されたが昭和三三年八月二八日政令第二五五号により再び輸出の承認品目に指定されて今日に及んでいるのである。してみれば現に輸出承認品目として指定され、これが行政措置により除外されない以上、指定品目を輸出せんとするときは法規に従って輸出の承認を受けることを要することは当然であって、そのこと自体法秩序を維持する所以である。尤も本件梳毛糸も承認品目から除外する手続が若干遅れたことは前掲証人柴崎芳三が差戻前の第一審で証言している如く他の品目との関連もあり、毛糸だけをすぐに除外するということでなく、他の物資との関連においてある段階にまとめて実施する必要があったからである。原判決はこの点を捉えて全く目的も必要もなくなった輸出規制であったから、これに従わなくても実質的に違法性を欠くものと説示しているが、現に存在する法に従ってこそ法秩序が維持されるのであって、もし現に存在する法を恣意によってその目的も必要もないものとして顧みないならば、法秩序の破壊を招き法的安全も失われることは多言を要しないであろう。されば原判決が被告人両名が本件梳毛糸を無承認のまま輸出したとしても既にその目的も必要も失われた法規に従うことを怠ったに止まるから、超法規的に違法性を阻却すると判断したことは極めて独断的な判断といわざるをえない、というのである。

よって案ずるに、外国為替及び外国貿易管理法第一条、第二条、第四七条、第四八条の規定にかんがみると、我国が外国貿易についてこれを自由ならしめることを原則とし、やむなくこれに規制を加える場合においても、これを最少限度に止めるとともにその規制はできるだけ早急に撤廃するよう検討しようとの基本的態度をとっているものと解せられることは原判決説示のとおりである。被告人両名に対する外国為替及び外国貿易管理法違反の公訴事実は被告人両名が昭和二九年三月頃から同三〇年一月頃迄の間にそれぞれ通商産業大臣の輸出承認を受けていない梳毛糸を香港に向け輸出したというのであるが、右事実が形式的には当時施行されていた外国為替及び外国貿易管理法に基く昭和二四年一二月一日政令第三七八号(輸出貿易管理令)、昭和二六年六月八日政令第二〇〇号第一条第一項別表第八号に違反することは明らかである。ところで≪証拠省略≫によると、梳毛糸が右政令により承認品目に指定されたのは、当時いわゆる朝鮮事変の生起をみて中共軍の介入という問題があったため、毛製品は軍服と関係のある重要な戦略物資であるという建前からこの仕向先を厳重に規制しなければならないと考えられたことが主たる理由になっていることが窺われるのであるが、原判決のように昭和二八年七月朝鮮事変につき休戦協定の成立をみるに至り、政治情勢も変ったので、本件毛糸の香港向輸出の行われた昭和二九年以後には既に毛糸を輸出承認品目としてその輸出を規制すべき必要が全く存しなかったと速断することはできない。けだし、外国貿易においていかなる品目を規制の対象とするか及びその規制を廃止するか否かは、外国為替及び外国貿易管理法第四八条に基き通商産業大臣がその時の内外の政治的ないし経済的諸情勢を勘案して合目的的に定める行政上の裁量行為であって、本件についてみれば当時毛糸が承認品目に指定された主たる目的が前記の如く朝鮮事変の生起を契機とする戦略的ないし政治的なものであったことは窺知しうるとしても、その後右規制を廃止するか否かについて他の政治的ないし経済的事情が全く考慮されなかったのかどうか、換言すれば右規制が昭和三〇年七月三〇日政令第一五〇号により同年八月一〇日廃止されるに至る迄、原判決のいうように全く目的も必要もなくなったにもかかわらず約二年間も放置されていたのかどうかの点については、原判決の取調べた証拠だけではこれを積極に断定することは困難であると考えられるからである。因みに、≪証拠省略≫によると、本件梳毛糸は昭和三〇年八月一〇日以降輸出承認品目から一時除外されたが、その後過当競争を抑えるという主として経済的な目的から昭和三三年八月二八日政令第二五五号により再び輸出承認品目に指定されたことが認められるのである。仮に一歩譲って原判決のいう如く朝鮮事変の終結後は本件梳毛糸を規制する必要がなくなっていたとしても、≪証拠省略≫によれば、本件梳毛糸が昭和三〇年八月一〇日迄承認品目から除外されなかったのは、他の品目との関連もあり、本件梳毛糸だけをすぐに除外するということではなくて、他の物資との関連においてある段階でまとめて実施する必要があったからであるというのであって、法令の改正等に当っての技術的必要からその実現に至る迄ある程度の時間的経過を要することは十分予想しうるところであるから、本件の場合、原判決がいう如く梳毛糸に対する規制が昭和三〇年八月一〇日迄解除されなかったことをもって直ちに国が外国為替及び外国貿易管理法によって要請される任務を怠ったものとし、右規制は本件犯行当時全く目的も必要もなくなっていたものであるからこれに違反して無承認輸出をしても実質的に違法性を欠くものとはいえない。

結局、原判決が、本件無承認輸出の公訴事実については被告人両名のなした各輸出行為が無承認輸出に当るとしても超法規的に違法性を阻却するものとしたのは、事実を誤認しないしは刑法第三五条の解釈を誤ったものであって、右の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから原判決はこの点において破棄を免れない。論旨は理由がある。

二、検察官の控訴趣意第二点のうち本件外国為替及び外国貿易管理法違反の点に関する事実誤認の主張について。

論旨は、原判決は「被告人川島は本件梳毛糸は戦略物資に指定されていて共産圏にこれが流れるのをチェックしていたもので、中共へ輸出することはいけないが香港へ輸出するには承認を必要としない旨考えていたことが認められる」とし、「同被告人がかく考えたことは相当な理由があり、従って違法性の点に錯誤があるも、その錯誤について相当の理由がある場合に該当するので結局刑事責任を問うことができない」と判示しているが、被告人川島は長年輸出業務に携っており、本件梳毛糸の輸出について承認を要することは十分に知っていたものである。同被告人が香港向のものであっても輸出承認を得なければならないことを知っている以上、無承認輸出をすれば当然違反となることを知っていたものというべく、違法性の認識に何ら欠けるころはなく、錯誤を云々すべき余地は些かも存しない。従って原判決が同被告人について違法性の点に錯誤があったとしているのは重大な事実誤認というほかはない、というのである。

よって記録及び当審における事実調べの結果を精査し案ずるに、≪証拠省略≫によると、被告人川島は本件犯行に至る迄約七年間日商株式会社名古屋支店繊維部輸出課に勤務し、本件当時は同課の中心となって毛糸、毛織物等の輸出業務を担当していたもので、本件梳毛糸の香港向輸出について通商産業大臣の承認を要すること、従って無承認輸出が許されないことを十分知っていたことが認められる。尤も、被告人川島は差戻前及び差戻後の各第一審公判廷において、毛糸は戦略物資に指定されていて共産圏にこれが流れるのをチェックしていたもので、中共へ輸出することはいけないが、香港へ輸出するには承認を必要としないと考えていた旨供述しているが、右供述は同被告人の検察官に対する前記各供述調書と対比して到底信用することができない。殊に、被告人川島は検察官に対する前記各供述調書においても差戻前及び差戻後の各第一審公判廷においても、本件は荘志成に頼まれ同人に高額の輸出証明書を入手してやるため番手の高い毛糸(高額の毛糸)につき輸出承認を得ておいて、実際は番手の低い毛糸(低額の毛糸)を輸出していたものであると供述しているのであるから、本件梳毛糸の香港向輸出について承認を要することは被告人川島としては当然知っていたものと認めざるを得ない。されば被告人川島としては本件無承認輸出につき違法性の認識に何ら欠けるところはなく、錯誤を論ずる余地はない。しかるに原判決は、被告人川島の前記各第一審における弁解をたやすく取上げて同被告人につき違法性の点に錯誤があったとしているのであるから、結局原判決は証拠の価値判断を誤り事実を誤認したものというべく、右誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから原判決はこの点においても破棄を免れない。論旨は理由がある。

三、検察官の控訴趣意第二点のうち本件詐欺の点に関する事実誤認の主張について。

論旨は、(一)原判決は本件詐欺の点に関し、本件輸出証明書自体に譲渡性があったということは疑問といわざるをえないから、輸出証明書が果して財物であるといいうるかどうかも疑問といわなければならないとし、被告人らの所為を以て財物の騙取には当らないといっているが、輸出証明書の乙、丙片が業界において売買の対象となっていることは通産事務官柴崎芳三の差戻前の第一審における証言に徴し明白である。輸出証明書なるものは通商産業省から輸出関与者に対し発給されるもので、毛糸輸出の場合はその製造者たる紡績業者に対し甲片が発給されると共に、その輸出業者に丙片が発給され、それぞれの証明書には当該輸出金額(通関F・O・B金額)に一定の率を乗じた金額(輸出報奨金額)が記載されており、紡績業者が羊毛買付用外貨資金の実績割当を受けるためには必ず自己名義の輸出証明書を通産省繊維局に提出しなければならず、通産省においては右輸出証明書記載の報奨金額を基本的資料として通常その金額及びその額に当初の輸出計画遂行度に応じて定められた一定の比率を乗じた金額の合計相当額の外貨割当を実施していたものであって、紡績会社としては輸出業者に売却した当該毛糸につき下附された輸出証明書に限ることはなく、その毛糸の輸出価格に相当するものであればその紡績業者の製品を輸出したものに関すると否とを問わないものであったことが窺知され、毛糸の輸出の場合は少くとも輸出業者の受ける丙片の輸出証明書は独立して売買譲渡の対象となっていたことが認められるのである。これを法律的にみると、輸出証明書丙片は紡績業者名欄空白のまま発行されるから、輸出業者は自由に他の紡績業者名をこれに記入してその業者に譲渡できるものであって、実際はその証明書を買受者に交付するときに代金の授受がれ行われているのであるから、一般社会通念上輸出証明書自体の売買と見るのが正しい観察であると信ずる。果してしからば、輸出証明書が財物としての意義を有することは多言を要しないところであり、現に本件の輸出証明書も業者間で売買されていたものである。されば原判決が「輸出証明書乙、丙は常に甲片と帰趨を共にするものであって甲片記載の紡績業者以外の者に帰属することはなく、この譲渡性は制度上あったということができるだけで実際は失われていたに等しいわけである」と判示しているのは明らかに事実を誤認したものである。(二)更に原判決は「輸出証明書に譲渡性があると否とにかかわりなく本件各被告人が本件各公訴事実にいわれるような欺罔行為をなして輸出証明書の発給を受けたとしてもひっきょう通産省当局と本件各被告人との間においては、被告人側よりみれば通産省当局を欺罔して誤った証明行為をなさしめたにすぎず、通産省当局の側よりみれば誤って証明行為をしたにすぎないものであり、輸出証明書の発給も右証明行為を外形的に認識可能ならしめる表示手段として交付されただけものであるから、これを以て本件被告人両名が通産省当局を欺罔して輸出証明書を騙取したものというべきものではない」と判示しているが、輸出証明書が輸出した事実の証明文書であるにしても、既述のとおり、それが経済的に価値あるものである以上、これを財物と見るに差支えなく、被告人らは通産省当局を欺罔してその交付を受けたものであるから、詐欺罪を構成することは疑いを容れないところである。殊に詐欺罪の目的たる財物とは財産権特に所有権の目的となりうべき物をいうのであって必ずしも金銭的価値を有すると否とを問わないのであり、本件輸出証明書は経済統制下における諸物資配給証明書等とその質を同じくするものである。されば原判決が欺罔行為を以て輸出証明書の交付を受けても騙取に当らないとしたことは明らかに事実誤認という外はない。(三)なお原判決は「通産省当局が誤って証明させられたにしてもその輸出証明書に基く外貨資金割当申請がなされなければ単にこれを所持していることだけからは何らの効用を導き出すに由ないものであるから、被欺罔者たる通産省当局ひいては国としては何ら経済上、財産上の損失をこうむったわけではない」と判示しているが、羊毛輸入リンク制は正常な方法で正常な価格で輸出されたものについて各人平等の率でリンクするものであるところ、不正手段によって取得したものでも、それが通産省当局に発覚しない限り通常のリンクが実施されるので実際に輸出しないものに対しても外貨割当が行われる結果となり、国の側に損失を与えることは自ら明らかであるから、国の側に何らの損失を与えるものでないとする原判決の判断は誤りというべきである、というのである。

よって記録及び当審における事実調べの結果を精査し案ずるに、「いわゆる原毛リンク制度」、「右リンク制度として本件当時実施されていた輸出毛製品に対する羊毛買付用外貨資金割当方法」ならびに「実務上からみた輸出証明書の発給手続とその機能」は、原判決説示のとおりである。即ち、輸出証明書なるものは通商産業省から輸出関係者に対し発給されるものであるが、実際は輸出業者が申請することになっており、毛織物輸出の場合は甲、乙、丙の三片が、毛糸輸出の場合は甲、丙の二片が何れも一連のものとして発給され、右の甲片はその毛糸、毛織物を製造した紡織業者に、乙片は右輸出毛織物を最終的に完成した加工業者に、丙片はそれらの輸出業者に対して何れも記名式で(乙、丙片の紡績業者欄は空欄のまま発給しても差支えなかった)発給され、それぞれの証明書には当該輸出金額(通関F・O・B金額)に一定の率を乗じた金額(輸出報奨金額)が記載されているほか、特に甲片には当該輸出金額が併記されていて、紡績業者が羊毛買付用外貨資金の実績割当を受けるためには必ず自己名義の輸出証明書を通商産業省繊維局に提出しなければならず、通商産業省においては右輸出証明書記載の報奨金相当額及び前期に輸出計画を提出したものに対しては輸出計画に対する輸出実績(即ち甲片に併記された通関F・O・B金額の合計)の遂行度に応じて一定の率を当該輸出実績金額に乗じた金額の合計相当額の外貨割当を実施し、紡績業者は輸入貿易管理令所定の手続により外貨資金割当申請をした上、外貨資金割当証明書の交付を受けることになっていたものである。

ところで詐欺罪の目的物たる財物とは財産権ことに所有権の目的となることを得べき物をいい、必ずしも金銭的価値を有すると否とを問わないと解せられる。本件輸出証明書は直接的には通商産業省当局が毛製品輸出の事実を証明する書面にすぎないけれども、前記の如くいわゆる原毛リンク制度即ち毛製品が輸出された場合その輸出価格(通関F・O・B価格)を何らかの形で証明することによってこれに対する羊毛買付用外貨資金を輸出関与者に割当てるという制度の鍵となる重要な書面であって、羊毛買付用外貨割当を受けるべき財産上の利益を期待しうる書面であるから単に事実を証明するにすぎない書面とは異りそれ自体経済的価値がないとはいえないのみならず、当該輸出関与者に対して発給され、もとよりその者の所有権の目的となりうるものであるから、たといその輸出証明書自体が羊毛買付用外貨資金を利用しうる権利を附与するものではないとしても財物でないとはいえない。(最高裁判所昭和二五年(れ)第四三〇号、同年六月一日判決参照)

尤も、詐欺罪は本来個人的法益としての財産的法益に対する罪であるから、本件の如く欺罔的手段によって国の貿易管理機能を害するといった本来の国家的法益に向けられた詐欺的行為は詐欺罪の定型性を欠くのではないかという疑問が残るので、この点について、判断する。成程、本来の国家機能を侵害するに止まり、それ自体財産権を侵害しない場合、例えば係員を欺罔して旅券、建物所有証明書、印鑑証明書等の下付を受ける行為は財産罪たる詐欺罪の定型性を欠くから詐欺罪に該当しないけれども、統制物資の不正受給の如く、一面において国家の経済統制秩序を侵害するとともに、他面において配給を受ける権利のない者が配給を受け配給すべき物資の総量を現実的に減少させることによって財産上の損害を与える場合には、やはり財産罪たる詐欺罪に該当するものと解する。ところで、欺罔的手段により本件輸出証明書が取得された場合でも、それが通商産業省当局に発覚しない限り、前記の如くこれに基いて通常の外貨割当を行うべき負担を生じ、一定の外貨予算の枠内で外貨割当をする国家としては正当な資格者に割当てるべき外貨資金の総額をその分だけ潜在的に減少させられるわけであるから、財産上の損害を与えたものということができる。されば、本件輸出証明書を欺罔手段を用いて取得する行為は詐欺罪に該当するものというべきである。

なお、詐欺罪における財物とは前記の如く財産権の目的となることを得べき物をいい、融通性(流通性)の有無は財物たる性質に影響を及ぼさないと解するので、原判決が説示した本件輸出証明書の譲渡性の有無の点については判断しない。

以上の次第で、本件輸出証明書は詐欺罪における財物と認められ、欺罔手段を用いてこれが交付を受けたという被告人両名の各公訴事実は詐欺罪に該当するものと解すべきであって、原判決が本件輸出証明書は財物に非ずとし、被告人両名が通商産業省当局を欺罔してこれが交付を受けたとしても詐欺罪に該当しないとしたのは結局事実を誤認したものであって、右誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決はこの点においても破棄を免れない。論旨は理由がある。

四、被告人中尾の弁護人高坂安太郎の控訴趣意について。

論旨はいずれも原判決の理由不備を主張し、(一)原判決は被告人中尾に対し荘志成と共謀して本件公文書変造、同行使罪を犯したものとしているが、被告人中尾は荘志成に雇われ、その貿易事務員としての勤務は終始荘志成又はその妻の鄭貴蘭の命に従うに止まり、何らの裁量権限をも与えられていなかったのであり、本件においても荘志成の命による輸出許可書の改ざんを女事務員に伝達したにすぎないのであるから、被告人中尾の右所為は荘志成に対する幇助罪を構成するとも同人との共同正犯を構成するものではない。従って原判決にはこの点で理由不備の違法がある。(二)被告人中尾が荘志成の命により輸出許可書を改ざんすることにつき荘志成に加担したのは一家の生計を維持するためにはやむをえなかったのであり、何人が被告人の立場に置かれても右加担行為を拒否することはできなかったであろうと思料される。即ち本件の場合被告人中尾に違法行為を避止することを期待することはできない状態にあったのであるから、原判決が同被告人の責任阻却を認めなかったのは理由不備である、というのである。

よって記録及び当審における事実調べの結果を精査し案ずるに、原判決挙示の証拠によれば、原判示の有印公文書変造、同行使の事実が優に認められ、原判決の推論の過程に何ら不合理な点は認められない。即ち、原判決挙示の証拠によると、被告人中尾は他の女事務員とは異り、これを使用して荘志成より受けた一般的包括的指示のもとに事務を処理していたものであって、本件犯行の目的、経過等につき十分諒知の上、関与していたのであり、殊に荘志成及び鄭貴蘭が大阪事務所に不在中は被告人中尾が最高責任者として既に荘志成より受けている一般的指示の範囲内ではあるが、ある程度迄自己の裁量で貿易事務及びこれに関連する本件犯行の一部を行っていたものと認められるから、同被告人をもって単に荘志成の犯行を幇助したに止まるものとみることはできない。また、被告人中尾は荘志成の使用人たる立場上、荘の命令に従わなければ失職の恐れのあったことは十分に推察しうるけれども、だからといって直ちに本件犯行を避止することを同被告人に期待することが不可能であったとはいえない。原判決には所論の点につき何ら理由不備の違法はないから、論旨は理由がない。

よって刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八〇条、第三八二条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条本文に則り本件を大阪地方裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 木本繁 山田忠治 裁判長裁判官江上芳雄は転任につき署名押印できない。裁判官 木本繁)

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