大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)1425号 判決

理由

甲第一号証(本件約束手形、但し横書き形式のもの)は、そのうち振出人欄の控訴人名義の署名及び拇印を控訴人が為したことのみは争がないが、その余の部分及び文書体の作成、成立については争があるので、先ず右書証の成立について検討する。

(証拠)を綜合すると、次の事実が認められる。即ち被控訴人は昭和三五年九月、訴外池田稔を代表者とする池田グループなる団体と取引極度額を金二〇万円とするクーポン券による取引契約を結んだが、右池田は被控訴人より交付を受けたクーポン券額面一五万円のうち金一万円(一冊)のみを団員西島繁治に使用せしめたのみで他は悉く自己単独で使用し、しかもその分及び西島より支払委託を受けた分の弁済もしなかつたところから、他の団員より告訴され、同年一〇月頃から約一カ月京都府田辺警察署に勾留されて取調べを受けた結果、池田の加入せしめたグループ団員中に架空人があり、交書偽造の容疑等も生じていた。控訴人は高等小学校を卒業した理髪業者で、右池田の姉を妻とし、かつ以前池田を店員として使用したことがあつたところから、同年一二月一五日、池田の父で、かつ自己の義父にあたる訴外池田松多郎より前記池田稔が西島繁治より受託された分の費消金七、四〇〇円に相当する金員をその支払先たる被控訴人に弁済してその受取証を警察署に持参すれば、被害弁償を認められ、身柄釈放を受け得るというので、右金七、四〇〇円の弁済方を委託されて被控訴人会社へ赴き、これを弁済提供した。ところが被控訴人としては前記西島使用分の金七、四〇〇円の支払を受けても、なお右池田稔に対し金一二七、一〇〇円の債権を有していて、その支払を受けていなかつたところより、社員目方正三、盛林成明等をして前記控訴人の提供金員のみにては承諾できないから、受取証は交付しないといい、池田稔のその余の未払金についても被控訴人会社の整理上困るので、控訴人において責任をとり、池田の父や兄弟と相談して解決せよと要求して、手形用紙に署名を求めた。控訴人は、自分は前記弁済のための使者に過ぎないからとて受取証を要求し、また被控訴人の損害の発生について被控訴人側の落度のあることを指摘して相当口論を交えたが、被控訴人が、どうしても前記手形用紙に署名をしなければ、前記弁済金の受取証を発行しないといい張るので、やむなく前記手形用紙の印刷文言以外は何等手形要件等の記入のないものに、控訴人自身の署名と、印鑑の所持もなかつたので右名下に拇印して、被控訴人に交付した。以上の通り認められ、証人目方正三、盛林成明の証言中右認定に反する部分、特に、前記手形用紙即ち甲第一号証中、当時は手形金額欄のみが白地で、他は全部記入、拇印ずみであつたとの点は、前掲証拠に対比してたやすく措信できず、他に右認定を左右するに足るべき証拠がない。そうすれば、甲第一号証は、内容空白の手形文書としてのみその成立を認め得るに過ぎないので、次に、かかる文書が手形として不完全なものであるか、又は未完成即ちいわゆる白地手形として特殊の手形と認め得るか否かにつき判断する。尤も控訴人は、右手形用紙が手形用紙であること即ち将来手形となり得る用紙であつたことについてすら、その認識がなかつた旨主張し、控訴人本人尋問結果中には、右主張に副う如き供述部分も存するが、前掲甲第一号証の用紙は、横書きであつて手形としては可なり珍らしい様式であるため、見馴れない形式の文書であつたことは推察できるが、それでも尚、それが手形用紙であることは一覧すれば判明し得ることであるから、右供述部分は措信せず、控訴人はそれが手形たり得る文書であることを知つて署名拇印したものと認むべきである。

ところで、手形要件の空白な手形が白地手形たり得るためには、手形要件の他人による補充を予定して、ことさらにこれを空白として残し、流通に置かれたものであることを必要とするので、本件手形について見れば、印刷された手形文言その他の形式的文言を除く手形要件の全部について、他人に補充せしめるの意思を果して控訴人において有していたか否かを検するに、かかる意思存在を認めるためには、通常振出人と受取人との間に、空白手形要件につき何等かの合意の存することがその前提と考えられるところ、先ず、手形金額について見れば、後に補充された金一三八、六一二円の金額について確定的合意のあつたことについては何の証拠もなく、証人目方正三、盛林成明は、右金額については、前記手形用紙に署名当時においては未払金一二七、〇〇〇円あり(前記七、四〇〇円受取算入ずみ)、その後若干(一、二万円)増加する見込で、精算の上確定して記入すべき旨の諒解を得ていた旨供述するけれども、前掲甲第三号証によると、右署名当時である昭和三五年一二月一五日現在においては、買上高残金一二七、一〇〇円、延滞金九、三二二円(小計一三六、四二二円)、手数料二、一九〇円(合計一三八、六一二円)であることは確定しており、これに対して被控訴人の帳簿上は金額一三六、四二二円の約束手形(本件手形に該当すべきものであるが金額相違)を受取り、昭和三六年三月九日の支払期日に不渡となつたため、右手形金額を復活記帳(外に前掲手数料二、一九〇円残存)していることが明らかであるから、前掲甲第一号証に記入すべき金額が未確定であつたがために、これを空白として保留した趣旨の供述はたやすく措信し難く、他に右金額の記入を控訴人の意思納得に基いて保留する事由は当時の事情に徴してこれを求めるに由なく、これに、控訴人のみに確定的責任者としての署名を求めるのが甚だ困難であつた事情を考慮に入れると、むしろ、当時の状況は、控訴人本人の供述する如く、被控訴人は控訴人に対して金額の提示を全くしなかつたか、又は被控訴人の被害額の概略は告げたけれども、手形金額としては具体的な提示をなさなかつたのが真実であると推認せられ、いずれにせよ、かかる状況からは、控訴人の意思に基く手形金額の明示ないし黙示の補充権付与は認めることができない。また、手形支払期日についても、後に補充された昭和三六年三月八日の期日については、何等の合意の認むべきものなく、証人目方正三、盛林成明は前認定に反してそれがすでに記入済であつたと証言するのみで(これが措信し得ないこと前述の通り)、他の何等右期日決定に関する証拠はなく殊更に前記の期日を合意すべき特別の根拠も認められないから、右期日補充権の存在も認めるに由なく、また手形支払場所として後に補充された株式会社富士銀行河原町支店についても、それが控訴人の取引銀行であることについて何等の立証なく(甲第一号証付箋によれば取引なしとして支払拒絶)、かかるものを控訴人が補充を委託する筈もなく、右についての補充権の存在も認められない。これらはすべて、被控訴人のみの都合により一方的に補充したものと推定するの外はない。結局本件手形要件のうち、他の事情と相俟てば補充権付与を推定し得るのは、振出日、振出地、支払地の諸要件に過ぎず、これらはすべて要件中の主要なものでないから、他の主要要件について補充権の認められない以上は、これ等のみについても認め得ないのが通常である。

以上の判断に、本件手形用紙上の振出人名下の印が拇印であつて、かかる捺印形式の手形が流通することは極めて稀である事情を勘案すると、前記署名拇印のみのなされた手形用紙たる甲第一号証は、主観的にも客観的にも白地手形としては認め難く、それは結局不完全手形であつて、手形としての効力を有しないものと考える外はない。そしてかかる不完全手形について後になされた要件補充は、すべて無効であるといわねばならない。

そうすると、本件手形が白地手形として振出され、正当に補充されて完成したことを前提とする被控訴人の請求は理由がないものというべく、これを認容した原判決は失当である…。

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com