大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

大阪高等裁判所 昭和41年(ネ)1278号 判決

控訴人

森下竹市

代理人

北尻得五郎

復代理人

松本晶行

被控訴人

入江真治

ほか一名

右両名代理人

河原正

飛沢哲郎

被控訴人

村上博

主文

一、本件控訴を棄却する。

二、控訴人の当審での訴の追加的変更(請求の拡張)に基き、

(一)被控訴人入江真治、同村上博は控訴人に対し各自金二一、〇〇〇円とこれに対する被控訴人入江は昭和四一年一一月六月から、同村上は同年一二月七日から各支払いずみまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

(二)控訴人の右被控訴人に対するその余の請求及び被控訴人村井雍央に対する請求を棄却する。

(三)右(一)の金員の支払部分は仮りに執行することができる。

三、当審での訴訟費用はこれを四分し、その三を控訴人の、その余を被控訴人入江、同村上の各負担とする。

事実

〈前略〉第一、控訴人の主張〈中略〉

四、被控訴人村井の責任原因について。被控訴人村井は自己所有の本件事故車持ち込みで被控訴人入江に雇われており、支給される給料の中には右自動車の賃借料が含まれているから、被控訴人村井は右事故車を自己のために運行の用に供していたものである。仮りに被控訴人村井は被控訴人入江に自動車所有名義を貸しただけであるとしても、右名義貸しを承諾していたことは明らかであり、また被控訴人村井は被控訴人入江の親族でもあつて同人の経営が個人商店であることを考えると、その経営にも実質上参加しているものであるほか、被控訴人村井はげんに運転手として事故車を運転する立場にあり、事故当時も助手席に同乗していた。従つて、被控訴人村井は事故車の運行を支配し、その経済的利益も得ていたのであつて、いずれにしても本件事故につき自賠法第三条に基く責任がある。〈後略〉

理由

第一(被控訴人入江、同村上に対する請求について)

一、昭和三九年五月三日午前八時四五分頃大阪市大正区三軒屋西二丁目三七番地先交差点において被控訴人村上運転の三輪貨物自動車(大六れ六〇二四号)と控訴人運転の軽二輪自動車が衝突した事実及び被控訴人村井、同村上がいずれも被控訴人入江の被傭者である事実は当事者間に争いがない。

二、そこで、右事故原因について検討する。

〈証拠略〉を総合すると次の事実を認めることができる。

(一)  本件交差点は、信号機の設備がなく、交通整理も行われておらず、附近に人家が立ち並ぶ市街地で、北行車、東行車ともに自車の前頭部を交差点内に進入させなければ左右の見通しが利きにくく、東西路は巾員約五、四〇米、南北路は巾員約四、一〇米でいずれも乾燥したコンクリート舗装道路であつた。

(二)  被控訴人村上(昭和八年生)は被控訴人入江(入江商店)の営業のため本件事故車に鉄屑約二千瓩を積み、被控訴人村井を助手席に同乗させた上これを運転し、南北路の西端から一米東寄りのところを時速約二〇粁で北進し、本件交差点にさしかかつたが、そのさい一旦停止または徐行措置をとつて左右の交通状況を確認することなく、そのまま同交差点に進入した矢先、左斜前方九米の地点の東西道路中央線附近をこれまた左右の安全を確認することなく時速約一〇粁で東進し交差点を通過しようとしている控訴人(明治三四年生)運転の自動二輪車(控訴人車)を設めた。被控訴人村上は一瞬自車と控訴人車の進行状況や控訴人が自車に気付いていない点等から衝突の危険を感じ、急ブレーキをかけたが既に間に合わず、交差点の南北道路西端線から約一米東寄りの線と東西道路の中央線との交点附近(交差点の中央西端附近)で、折しも衝突の直前三ないし五米斜右前方にはじめて被控訴人村上の自動車に気付き直ちに停車して事故を避けようとしたが間に合わなかつた控訴人運転の自動二輪車の前部車輪と自車の前部左側ドア附近とが衝突した結果、控訴人は自車の下敷きになつてその場に転倒し、因つて右上口唇貫通創、右上胸部挫創及び挫傷、頭部挫傷及び剥皮創、左肩脾部挫傷等の傷害を蒙つた。〈証拠判断略〉

右事実によれば、被控訴人村上としては信号もなく交通整理も行われていない前記のように左右の見通しの悪い交差点を北進通過しようとしたのであるから、自車と交差する東西路から交差点に進入してくる車両、通行人等の有無を見定めるため右交差点の直前で一旦停車するか少くともとつさに出現する車両等に対処できる程度に十分の減速措置をとり、左右の安全を確認し、よつて衝突事故を未然に防止すべき注意義務があるにもかかわらず、右措置を十分にとらず、九米斜前方に控訴人車の東進し来るのを認めながら漫然これを通過しようとしたため本件事故を生ずるに至つたものであるから、右事故につき被控訴人村上に過失が存することは明らかである。

そうすると、被控訴人村上は不法行為者本人として、被控訴人入江はその使用者としてそれぞれ控訴人に対し右事故によつて生じた損害を賠償する義務がある。

三、よつて次に損害額について検討する。

〈証拠略〉に弁論の全論の全趣旨を綜合すると、控訴人は刺身のつまを製造してこれを鮮魚店に販売する業とするものであるところ、右事故により事故当日から同月三一日まで二九日間大阪市浪速区立葉町の手島外科内科医院に入院したほか、その後同年七月一五日までの間に実数一五日間同医院に通院して治療を受け(控訴人は通院したための休業日数を一八日間と主張するがこれを肯認するに足る適確な証拠はない)、その間右業務に携わることができず、よつて右入院期間中は七万円を上廻らぬ額の、右通院期間中は三万五千円の得べかりし利益を失い(前掲証拠中、控訴人の一カ月間の平均実収入が一〇万円を上廻る旨の記載及び供述はにわかに信用することができない)、また右事故により自己所有の軽二輪自動車(ホンダドリーム号)の前部等を損傷し、その修理費一八、九五〇円を要し、また当時着用していた自己所有の眼鏡(五、八〇〇円で購入したもの)を破損し、四、九〇〇円を支出して新品を買替え、以上合計一二八、八五〇円の損害を蒙つたことが認められる。

次に慰藉料について按ずるに、〈証拠略〉を綜合すると、控訴人は妻と子一人の家族を有し、一家の中心的稼き手であるところ、本件事故により前記傷害を受け、前記間加療を要する憂目にあつてが、幸い右傷害は治療し、仕事も従前どおりできるようになつた。ただし、その後曇天日等には時に後頭痛、頭重等の心気症状を自覚するいわゆる精神神経症を訴えることもあるが、それは神経症の域を出るものではないことが認められ(右自覚症状の程度に関する控訴本人尋問の結果は甲第八号証や弁論の全趣旨に照らしにわかに措信し難い。)、以上本件事故の程度、受傷の程度、治療経過、その後の就業状況等を綜合すると、本件事故による慰藉料は二〇万円を相当と認める。(以上損害額合計三二八、八五〇円、うち当審での拡張請求分三五、〇〇〇円)

そこで過失相殺について判断すると、前記認定事実によれば控訴人は本件現場附近を熟知していた〈証拠略〉にもかかわらず左右の見通しの悪い本件交差点に進入するにさいし、左右の安全を確認することなく漫然東進通過しようとしたため、衝突直前右斜前方三ないし五米の地点で北進し来つた被控訴人村上の自動車をはじめて発見し急停車したが間に合わず、右被控訴人車左側面に自車前部を衝突させたことが認められ、本件事故については控訴人にも過失があつたことは明らかである。控訴人は自己の過失の程度に関連して被控訴人村上の自動車は本件交差点で左(西)へ曲るようにジグザク運転し、交差点西端線より更に西側に侵入した地点で控訴人車に衝突してきた旨主張するけれども、右主張を裏付けるに足る確証はない。(控訴人は右衝突地点の位置につきピタゴラスの定理を援用するけれどもその基礎になつた数字自体主として被控訴人村上の後刻の指示に基く警察官の巻尺程度による測定によるものであつて〈証拠略〉右論証に耐え得るほど正確なものではなく、げんに控訴人自身当審での尋問にさいし衝突地点は交差点西端線より一寸東側に出たところであつたと思う旨供述している)なお控訴人は本件事故当時優先通行権を有していたと主張する。なるほど、本件事故現場の交差点は控訴人の通行した東西路の巾が五、四〇米であるのに対し被控訴人村上の進行した南北路の巾は四、一〇米で、その間に一、三〇米の差があり、右両名がほとんど同時に右交差点にさしかかつたことは、前示認定事実により明かなところであるけれども、右現場の東西道路に優先道路の指定があつたことは、これを認めうる資料がないのみならず、道交法第三六条第二項に「道路の巾員が明かに広いもの」とあるのは、車両等の運転者が交通整理の行われていない交差点にさしかかつた際、とつさに交差道路のいずれが広いかを明認できるほどその巾員に顕著な差異のある場合をいうと解すべく、本件交差道路の前記巾員の差異は上交差両道路の巾員が四ないし五米余もある点を考慮して判断すれば、いまださほど顕著な差異とは認め難いので、控訴人の右主張はその過失の有無又は軽重を判断するにつき参酌しえない。以上本件事故の態様を綜合判断して控訴人の過失の程度をしんしやくすると、控訴人が支払いを受けるべき損害額は前認定額の六割に当る一九七、三一〇円(その内訳は財産上の損害七七、三一〇円但しうち当審拡張分二一、〇〇〇円、慰藉料一二〇、〇〇〇円)を相当と認める。

次に被控訴人らは本件事故に関し控訴人に一三万円支払つたと主張するがこれを肯認できる証拠はない。原審での被控訴人村上本人尋問の結果によれば同人が事故当日病院へ三万円支払つた旨供述しているが、右支払いは治療費に対する支払いと認められ、本件請求分に対する支払いとは認め難い。

四、そうすると、控訴人の被控訴人入江、同村上に対する請求は、原審認容の範囲並びに当審での拡張分として金二一、〇〇〇円の損害金とこれに対する不法行為後である本件控訴状送達の日の翌日(被控訴人入江につき同年一二月七日)から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の範囲において理由がある、その余の部分は失当である。

第二(被控訴人村井に対する請求について)

控訴人は被控訴人村井に対し自賠法第三条に基き損害金の請求をするから判断する。(物損請求部分については右法条の適用はないから主張自体理由がない)

本件事故車が当時被控訴人村井の所有名義であつたことは当事者間に争いがない。しかし、自賠法第三条にいわゆる自己のために自動車を進行の用に供する者とは当該自動車の運行を現実に支配し、且つその運行によつて経済的利益を得る者をいうものと解すべく、またその判断に当つては専ら実質的にこれを考察して決すべきものであると考えるのが相当で、単にその所有名義を有するの一事をもつて運行供用者と速断することはできない。本件についてこれをみるに、〈証拠略〉によれば、被控訴人村井は事故当時二四才の独身で被控訴人入江の妻の甥に当る関係上高校卒業後直ちに被控訴人(入江商店)方に運転手として住込勤務し(同商店の運転手は常時五人ぐらいいる)、食事付で一カ月二八、〇〇〇円ぐらいの給与を受けていた。被控訴人入江は当時車両七台(本件事故車を含む)を保有して鉄商を営んでいたが、税務対策上の都合から本件事故車の所有名義を被控訴人村井としていたほか別の一台も従業員西久保名義としていたけれども、実質はもとより被控訴人入江所有のもので、同人の営業のため自ら使用管理支配していたものであつて、げんに本件事故車の車体にも「入江商店」と表示していた。被控訴人村井は本件事故車が自己の所有名義になつていることは承知していたが、自らその管理支配をしたことはなく、例えば自己あて右自動車に関する税金の納付命令書がきても、右から左へ被控訴人入江に手渡すといつた状況であつた。以上の事実が認められ〈証拠判断略〉。控訴人は被控訴人村井の受ける給与のうちには本件事故車の賃貸料も含まれているとか、同人は被控訴人入江の親族としてその経営に参加している等の事実を挙げるけれどもこれを肯認するに足を証拠はない。(なお、被控訴人村井は原審で本件事故車を所有している事実を認めながら、後「被控訴人村井は形式的には所有名義人であるが実質は被控訴人入江の所有である」旨詳述したものであるところ、右被控訴人の陳述を自白の撤回とみ、且つ控訴人はこれに異議ありと解するとしても、前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人村井は実質的には何ら本件事故車を所有するものでないこと明らかであり、また前記自白をしたについては前記のような争点に思いを至すことができなかつたため、誤つてこれをしたものと認めることができるから、右自白の取消は容認すべきものである)

以上の事実によれば被控訴人村井の本件事故車の所有名義は形式的なもので、単に税務対策上の便宜のため名義貸しをしたに過ぎないものであつて、同人が本件事故車の運行供用者とは到底解し難い

そうすると、控訴人の被控訴人村井に対する請求は爾余の判断をするまでもなく失当である。

第三(結論)

よつて、本件控訴を棄却し、控訴人の当審での訴の追加的変更に基き控訴人の新請求を前記第二の四の範囲において認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行宣言につき同法等一九六条を各適用して主文のとおり判決する。(石井末一 竹内貞次 畑郁夫)

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com