大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

大阪高等裁判所 昭和61年(う)736号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を神戸地方裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人沼田悦治、同赤松範夫及び同水田博敏共同作成の控訴趣意書記載のとおりである(ただし、第一章第一の三において、事前運動に関する原判決の説示につき理由不備をいう点、及び同章第四の三において、原判示各供与金の趣旨に関する原判決の説示につき理由そごをいう点は、いずれも法令解釈の誤りないし事実誤認の主張を裏付ける一論拠として原判決説示のかしを指摘したものであつて、独立の控訴理由として主張する趣旨ではなく、また第二章は、専ら量刑不当を主張する趣旨である旨、主任弁護人において釈明した。)から、これを引用する。

論旨は、原判決が同判示各金員の供与を買収罪にあたると認定したことに関する事実誤認及び法令解釈適用の誤りの主張、並びに量刑不当の主張であるが、右各論旨に対する判断に先立ち、原判文について、原判決の事実摘示及び法令の適用に関し職権をもつて調査するに、まず記録によれば、原判決は、罪となるべき事実として、

「被告人は、昭和五八年一二月一八日施行の衆議院議員総選挙に兵庫県第四区から立候補する決意を有していた戸井田三郎の選挙運動者であるが、いまだ同人の立候補届出のなされる前

第一  中田實、松本一郎と共謀の上、右戸井田のため投票並びに投票取りまとめ等の選挙運動をしたことの報酬とする目的をもつて

一1  昭和五八年一〇月二日ころ、兵庫県宍粟郡波賀町上野二三五番地所在の波賀町立町民センター前において、右戸井田の選挙運動者である岸脇眞一に対し、現金七万円を

2  同年一一月六日ころ、同町上野八五〇番地の三所在の株式会社松本工務店事務所において、右岸脇に対し、現金七万円を

二1  同年一〇月四日ころ、同町飯見四三九番地所在の大前克己方において、右戸井田の選挙運動者である右大前に対し、現金三万円を

2  同年一一月七日ころ、右大前方において、同人に対し、大柿隆子を介し、現金三万円を

それぞれ供与し

第二  前記戸井田に当選を得しめる目的をもつて、同年一一月二二日ころ、姫路市本町六八番地所在の大手前第一ビル一階戸井田三郎後援会事務所において、右戸井田の選挙運動者である前記松本一郎に対し、右戸井田のため投票並びに投票取りまとめ等の選挙運動をしたこと及びすることの報酬等として、現金二〇万円を供与し

一回、立候補届出前の選挙運動をしたものである。」

旨、また法令の適用として、

「被告人の判示第一の一の1及び二の1の各所為(包括して一罪)、第一の一の2及び二の2の各所為(包括して一罪)及び判示第二の所為のうち、各事前運動の点はそれぞれ公職選挙法一二九条、二三九条一項一号に、各金員供与の点はそれぞれ同法二二一条一項一号(判示第二につき同号三号)に各該当する」旨、それぞれ判示していること、並びに本件起訴状記載の公訴事実は、原判決の右罪となるべき事実と一言一句に至るまで全く同一であるが、起訴状においては、公訴事実第一の買収罪に対する罰条として、公職選挙法二二一条一項三号が掲げられており、同項一号は挙示されていない(第一の事実について刑法六〇条が示されていないのは原判決も起訴状も同様である。)ことが明らかである。 当裁判所は、原判決の判示する右罪となるべき事実及び法令の適用について検討した結果、以下に述べる理由により、原判決には判決に理由を付さない違法があり、破棄を免れないものと判断した。

すなわち、原判決の罪となるべき事実第一においては、同第二における事実摘示(同第二には明らかに事前買収の事実が含まれている。)と異なり、「戸井田に当選を得しめる目的をもつて」という記載がなく、かつ供与の趣旨に関して「投票並びに投票取りまとめ等の選挙運動をしたことの報酬とする目的をもつて」と過去形の表現がされていること、及び原判示第一の事実において、各金員供与の趣旨として、選挙運動に対する報酬(いわゆる運動買収)のほかに、投票に対する報酬(いわゆる投票買収)が明示されている(原判示各金員供与の日時はもとより本件投票日以前であるので、右投票買収は当然事前買収を意味するものといわなければならない。)のは、罪となるべき事実にあたらない単なる事情として認定判示したものであるという見方もできることにかんがみると、原判示第一の事実は専ら事後買収の事実を認定判示しているものであるとも解される。しかし一方、原判示第一の事実中に右のように投票買収の趣旨が明示されていることに加え、原判決が、(弁護人の主張に対する判断)として被告人らの行為が選挙運動にあたるか、選挙運動にあたらない純粋の後援会活動であるかを判断するについて、原判示罪となるべき事実があたかもすべて投票買収と運動買収の両者の趣旨を含む事前買収であるかのような前提のもとに(少なくとも原判示第一の各供与が選挙運動をしたことに対する報酬であることを明確にせずに)論述を進め、その末尾を「大前へ交付した三万円二回の合計六万円、岸脇に交付した七万円二回の合計一四万円、松本に交付した二〇万円の各金員は、同人らの前記選挙運動に関しての戸井田三郎のための投票依頼、投票とりまとめ、またはその依頼をする趣旨をも加えた報酬の趣旨を含むものであつたと認めるのが相当である。」という表現で結んでいること、及び前記のように、原判示第一の買収罪に関する罰条として、公職選挙法二二一条一項一号のみが適用されていることを考慮すると、原判示第一の事実は、投票買収と運動買収の両者の趣旨にかかる事前買収及び事後買収の事実を認定判示しているものとも解されるし、更に同第一の事実についての判示文言は漫然起訴状公訴事実の文言を引き写したものであつて、原判決の認定判示しようとした事実は、法令の適用に示されているとおり、事前買収の事実のみであつたのではないかという疑問さえ生じる。

そうしてみると、原判決は、罪となるべき事実第一において、(一) 事後買収の事実のみを認定しているのか(したがつて公職選挙法二二一条一項三号を適用すべきであるのに同項一号を適用したのか)、(二) 事前買収及び事後買収の両者にあたる事実を認定しているのか(したがつて、同項一号、三号を適用すべきであるのに同項一号のみを適用したのか)、(三) それとも事前買収の事実のみを認定しているのか明らかでなく、結局この点に関する原判決の罪となるべき事実の判示は、刑罰各本条に該当すべき具体的事実を、当該構成要件に該当するか否かを判定するに足る程度に具体的に明白にし、その刑罰法令各本条を適用する事実上の根拠を示し得ていないものであるといわざるを得ず、原判決にはこの点において判決に理由を付さない違法があるといわなければならない。なお、事前買収の罪と事後買収の罪とは、いずれも公職に関する選挙の自由と公正を保護する買収犯として公職選挙法二二一条一項中に規定されており、法定刑も同一であるけれども、同項は、事前買収罪(一号)、利害誘導罪(二号)、事後買収罪(三号)、利益収受・要求・承認罪(四号)、交付・受交付罪(五号)及び周旋勧誘罪(六号)という犯罪の主体、相手方及び行為の態様を異にする六個の罪を併せて規定しているのであつて、事前買収罪と事後買収罪とは、前者が将来の行為に関する利益の提供であるのに対し、後者が過去の行為に対する報酬の提供である点において、明らかに別個の構成要件を内容とする罪であると解されるのであるから、そのいずれの構成要件に該当するかを判定するに足る明確な判示がない以上、刑罰法令各本条を適用する事実上の根拠を示していないというほかはない。

してみると、原判決には、その罪となるべき事実第一に関して判決に理由を付さない違法があり、原判決は、同判示第一及び第二の各罪を併合罪として被告人に対し一個の懲役刑を科しているので、その全部について破棄を免れない。

よつて、控訴趣意に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三七八条四号によつて原判決を破棄し、同法四〇〇条本文に従つて事件を原裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官石松竹雄 裁判官鈴木清子 裁判官田中明生)

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com