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大阪高等裁判所 昭和62年(う)569号 判決

本籍

京都市伏見区向島清水町一一番地

住居

京都市伏見区向島清水町二一七番地

無職

笠原こと笠原正継

昭和二〇年九月二〇日生

右の者に対する相続税法違反、所得税法違反被告事件について、昭和六二年三月二三日京都地方裁判所が言い渡した判決に対し、弁護人から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 藤村輝子 出席

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人万代彰郎及び金坂喜好共同作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は大阪高等検察庁検察官事務取扱検事藤村輝子作成の答弁書記載のとおりであるからこれらを引用する。

控訴趣意第一(事実誤認ないし法令適用の誤り)について

論旨は、原判示第一の事実につき、原判決は、被告人が川邊らと共謀のうえ右川邊が昭和五八年中に山林を合計三億九、九三三万二、六四七円で売却したことに関する所得税を免れようと企て、右川邊の昭和五八年分分離課税の長期譲渡所得が三億四、九七一万六、五三六円であるのに右所得を二、三三六万六、〇七八円とし、他の総合課税分を合わせた税額が本来一億一、八六四万五、九〇〇円となるべきところを四七一万一、一〇〇円とする虚偽の申告をなし、一億一、三九三万四、八〇〇円の所得税を免れた旨認定してこれが所得税法二三八条一項に該当するとしているが、被告人は右川邊から虚偽申告による脱税を依頼された際右譲渡価額を一億一、三〇七万八、〇〇〇円と告げられ、右価額を前提として他の総合課税分をも合わせて算出される税額が三、四四三万九、三〇〇円となるべきところを税額四七一万一、一〇〇円とする虚偽の申告を為したにすぎず、被告人は右川邊の脱税について右の限度で認識を有したにすぎないのであって、原判決の前記認定判示が被告人は川邊の脱税額全てについて認識を有したものとして右全額につき責任を問う趣旨であるとすると、右認定判示は事実を誤認したものであり、これに対し右認定判示が脱税額の全てについて認識を有しなくともなにがしかの脱税をするとの認識さえあれば全額につき責任を問えるとの見解に基づくのであれば、右認定判示は法令の解釈適用を誤ったもので、右いずれの誤りも判決に影響することが明らかであるというものである。

そこで所論にかんがみ記録を精査し当審における事実取調の結果をも併せて検討するに、原判決が判示第一の事実につき挙示する各証拠によると、原判示第一の川邊の所得税法違反の事実に関し被告人の認識していた事実関係は所論のとおりと認められる。しかしながら、被告人は川邊から正確な譲渡価額を知らされなかったにせよ架空の経費を計上することによって昭和五八年分の分離課税の長期譲渡所得税額を減じさせることを同人と共謀したことが明らかであるから、右川邊が右の方法の外にも税額を減ずるために譲渡価額を偽ることを既に決意しており、脱税の依頼をうけた被告人において右の点を知らなかったとしても、右各手段による脱税が一括して一個の所得税法違反の罪を構成するものである以上被告人がその全体について共同正犯としての責任を負うことになるのは当然である。そうすると、原判示事実第一において、判示のとおりの事実を認定摘示したうえこれが所得税法二三八条一項所定の罪に該当するとした原判決には事実誤認も法令適用の誤りも存せず、論旨は理由がない。

控訴趣意第二(量刑不当)について

論旨は原判決の量刑不当を主張し、懲役刑については刑の執行を猶予し、罰金刑については支払可能な額に減ずるのが相当であるというものである。

そこで所論にかんがみ記録を精査し当審における事実取調の結果をも併せて検討するに、本件は同和関係団体の名をかたることによって容易に脱税が可能となることを知った被告人が同和関係団体の長として、所得税及び相続税の申告を行う納税者から脱税を請負い、六回にわたって合計一一億円余の脱税をしその報酬として自ら約二億六、〇〇〇万円の利得をしてその多くを自己の用途に費消したという事案で、この種犯行が元来一般納税者の納税意欲を著しく害するものであるうえ本件においては他人の納税に関して脱税の請負を繰り返したものであって被告人はその首謀者の地位にあり脱税額及び利得額が巨額であることと相俟って犯情は極めて悪質で被告人の刑責は重大であり、被告人が本件を累行し得たについては同和関係団体に対する税務当局の軟弱な対応を無視し得ないこと、その他所論指摘の点を含め被告人に有利な事情を考慮しても、被告人を懲役二年六月及び罰金一億円の実刑に処した原判決の量刑は刑期、罰金額いずれにおいても相当であり、刑の執行猶予を考慮する余地もない。論旨は理由がない。

よって刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとして主文のとおり判決する。

○控訴趣意書

被告人 笠原正継

右の者に対する相続税法違反等被告事件の控訴趣意は次のとおりである。

昭和六二年六月二二日

弁護人 万代彰郎

同 金坂喜好

大阪高等裁判所第一刑事部 御中

第一、原判決は明らかに判決に影響を及ぼす事実の誤認及び法令の適用の誤りがある。

一、原判決理由中、(罪となるべき事実)の第一の事実(川邊賢造との共謀による所得税の逋脱)について、明らかな事実の誤認がある。

即ち、原判決は、「(1)被告人は川邊賢造らと共謀の上、………(2)川邊が所有する山林を……合計三億九、九三三万二、六四七円で売却したことに関する所得税を免れようと企て、……長期譲渡所得金額が三億四、九七一万六、五三六円………で、……所得税額は一億一、八六四万五、九〇〇円であるにもかかわらず、(3)永代管理料一億円を支払ったと仮装するなどして、所得税額四七一万一、一〇〇円である旨の内容虚偽の確定申告書を提出し、……(4)正規の所得税額一億一、八六四万五、九〇〇円との差額一億一、三九三万四、八〇〇円を……免れた」と認定する。

所得税法二三八条一項は「偽りその他不正の行為により所得税を免れ」た場合に成立するものであるが、その要件としては

(1) 行為者に当該構成要件に該当する事実の認識(故意)があること

(2) また、不正行為と脱税結果との因果関係があること

が必要である。

二、故意の内容としては、「税を免れること」の認識すなわち結果発生の認識が必要であり、(1)実際の所得の認識と(2)税の額より少ないことの認識が必要である。

(1)については、個々の勘定科目の詳細までは知る必要はなく、又、(2)についても、その正確な数額までを知る必要はないが、少なくとも、脱漏した所得(金額)についておおよその認識とその結果、正規の税額より過少であること(この場合もおおよその過少な金額の認識を要すると考えられる)が必要である。

然るに、本件においては、川邊賢造は、不動産の売買代金を圧縮し、その圧縮した代金額での売買を譲渡金額とする売買契約書を被告人に示し、これに対する所得税の負担が高額であるので、脱税したいとして、被告人に依頼したものである。即ち、被告人は、川邊賢造からその所有する山林の八木良司との昭和五八年四月二一日売買の代金額三億五、一三〇万八、七二二円(この代金総額は賢蔵と隆司の両名の裏金分二億八、〇〇〇万円を各山林面積割合で分割した金額二億三、八二三万七二二円を、表(おもて)の売買金額一億一、三〇七万八、〇〇〇円に加算したものである。川邊賢造の昭和六一年二月二五日付検面調書第三、第四項)を圧縮して、代金一億一、三〇七万八、〇〇〇円とした金額を前提として、税額三、四四三万九、三〇〇円を、低額ですませるべく、協力を求められたものである。川邊は右売買代金が三億五、一三〇万円余りであることを被告人には秘して、右譲渡代金一億一、三〇七万八、〇〇〇円の場合の他所得も含めた税額金三、四四三万九、三〇〇円を被告人への謝礼も含めて、二、〇〇〇万円で済ます依頼を受け、その合意ができたものである。このことは、被告人の昭和六一年二月二〇日付検察官に対する供述調書(検面調書)その他被告人の供述調書だけでなく、川邊の昭和六一年二月二〇日付、同年二月二五日付検面調書等から明らかに認められるところである。川邊が、圧縮した売買代金のみを被告人に話したとの点は、もし、裏金分も含めて脱税の協力を求めれば、その謝礼基準(実際の税額の半分程度との基準)からいって、更に高額の謝礼を被告人に払うことになることから(同人は謝礼も低額で済ませたいとの考えからも)、右圧縮の事実(裏取引代金のある事実)を秘匿していたと考えるのが自然である。

かくして、被告人は、川邊から説明された譲渡金額について何らの疑問も抱かず、税金も含めて二、〇〇〇万円で引き受けることとしたものであって、(1)長期譲渡所得金額が三億四、九七一万六、五三六円であるとの認識もなければ、その基礎となる売買事実(のうちの代金額)についての認識も全くないものである。(2)その結果、右に対応する正規税額についての認識も全くなく、その差額税額一億一、三九三万四、八〇〇円を免れることについての認識もないものである。従って、脱税のための仮装行為も、所得額が長期譲渡所得金額一億二、三三六万六、〇七八円、総合課税の所得金額六〇一万円を前提に一億円の永代管理料の仮装の手数料支払いを仮装したものである。

結局、原判決が、被告人に一億一、三九三万四、八〇〇円の脱税の故意を認めたのは、事実誤認と言わざるを得ない。また、少なくとも、同税額の脱税について、川邊との共謀を認めたことも、事実認定を誤ったものである。

三、もっとも、故意については、逋脱についての認識さえあれば足り、所得金額、脱税額についての認識は不要(何がしかの所得及び税が存することの認識(いわゆる概括的認識)で足りるとの見解(概括的認識説)に立って、右認定をしたとすれば、これは法令の解釈を誤ったものと言うべきである(原判決は量刑の事情の項で、「脱税額の中には被告人の行った不正行為以外の納税義務者本人の不正行為等による分も一部ふくまれていること」を情状として斟酌していることからすると、右見解をとるものとも考えられなくはないが、不正行為としての所得秘匿工作と脱税の故意の問題は別の問題である)。また、仮りに概括的認識説をとっても、同説は、個別的な益金、損金(収入、経費の明細)あるいは勘定科目についての認識を不要とするだけであって、本件のように極端に所得額、税額の認識に差異のある場合にまで、全部についての故意を認めるものとは、到底考えられず、不当と言わざるを得ない。

四、仮りに、概括的認識説を右と異なって適用し、何がしかの所得、税を免れたことの認識があれば、故意はその認識金額の多寡と無関係にその正当に計算された全税額に及ぶとしても、免れた正当全税額のうち、不正行為と因果関係を有する部分に限って逋脱犯が成立するものである。なぜならば、「不正行為により免れた」こと、即ち、不正行為と当該脱税額とに因果関係を要するにもかかわらず、右金額については、因果関係がない。

行為と結果の相当因果関係の基礎となる事情は、一般人の予見ないし予見可能性のあるか否かである。本件において、被告人は、納税者(川邊)の説明等から、契約書記載の売買代金額が圧縮されていることまでを予測することは、到底期待し得ず(譲渡所得から控除されるべき経費の支出行為への加担も、同金額を前提とした永代管理料一億円を仮装したものである)、このことは、同人の顧問税理士である藤原義明税理士も、同人から正規税額の算出を依頼された際に気付き得なかったことからも明らかである。

五、よって、いずれにしても、藤原税理士が作成していた申告書(未提出)記載の納税額であり且つ被告人が正規税額として認識していた金三、四四三万九、三〇〇円を越える金額については、無罪(一部無罪)であり、これについて逋脱犯の成立を認めることは、法令適用の誤り、若しくは事実の誤認があると言わざるをえない。

第二、量刑不当

原判決は、被告人に懲役刑二年六月の実刑及び一億円もの罰金刑を言渡したが、本件事案の罪質、犯行の態様等諸般の事情に照らすと、量刑が著しく苛酷に過ぎ、不当であるから、破棄されるべきである。

一、原判決は量刑の事情について、

(1) 「本件は、被告人が全国同和対策促進協議会中央本部長あるいは同協議会京都府連合会本部長として所得税や相続税の脱税を請負い、六件総額一一億円余の脱税をしたという事案であって、」

(2) 「本件が納税の公平を侵し、誠実な納税者の納税意欲を害した程度は極めて著しく」、

(3) しかも「被告人は脱税請負グループの中心人物として脱税の報酬約二億六、〇〇〇万円もの不当な利得をしているので」

として、その刑責はまことに重大であるとする。

しかし、まず、本件共謀による脱税額を一一億円余とすることは、前記「第一」でのべたことからも誤りであり、また、仮りに右無罪が認められないとしても、量刑の事情としては重要な事情である。

また、(2)の本件犯行による被侵害利益その他についても、重要な背景、事情が看過されているものである。以下その詳細を述べる。

二、租税犯罪の背景について

原判決の挙示するところは、「納税は国民の義務であり、国家財政の基盤である。申告納税制度の下では、各人は自己の責任で所得を計算し、得られた税額を納税しなければならず、一人が税を免れれば他も免れようとするため、ほ脱犯は極めて伝播性の強い犯罪である。………犯行に対する制裁は同種事犯の発生の防止たるにふさわしいものでなければならない」との原審での検察官の意見と同様のことを指摘する趣旨と思料される。

しかし、原判決あるいは検察官の意見のように言えるのは、本当に公平な租税制度が制定され、その実施がなされ、租税の逋脱について、国民に罪悪感が十分認識されていてはじめていえることである。蓋し、国家は元来、最高道徳を実現するものであるから、一方で不公平な課税方法がとられ、他方でこれを逋脱しようとする者に対して、厳罰をもって臨むという何人が見ても片手落ちなことは為しえないからである。

然るに、現在、租税が負担能力に応じ、公平且つ公正に賦課されているかどうか検討してみるに、現実には、税制の面でも、運用の面でも実現されているとは言いえないのである。医師の優遇税制、自営業者の経費率についての寛大さ等のいわゆるクロヨンといわれる申告所得率、所得把握の不均衡の看過等、顕著な事実である。そして、このような不公平な税制、その不公正な運用が給与所得者のみならず、他の所得のある者にとっても納税意欲を削ぐ結果となっていることは否定できない事実である。

そのような実情下において、これを正すのに、刑罰をもってするよりは、まず、何よりも、租税負担が公平に配分されており、国民各自が不公正に取り扱われていないという納税者の納得が必要である。然るに、実情は前述のようなものであり、租税負担が一般大衆化し、日常の社会生活上切り離しえなくなっている今日においては、国民の租税負担の公平、公正に対する税制上の保障を与えることなく逋脱犯を厳罰に処することは、正義感情に反すると言えるのではなかろうか。

三、本件犯罪の背景について

そして、制度の普及、徹底が行政官庁の指導によってはじめて推進されるという我が国の実態からして、申告納税制度の運用においても、税務署等国税当局の適正な指導があって初めてその理想形が実現されるものである。

然るに、国民一般が前記二で述べたような不公平感を抱き、正直者が馬鹿を見るといった程度の意識しかない「納税意識」下において、国税当局の適正な行政指導、申告指導があることが、「誠実な納税者の納税意欲」を推進する前提であるのに、所謂同和団体に対しては、一般行政官庁以上に、目にあまる不公正な対応がなされているものであり、そのような土壌、背景が本件のような犯行の直接の誘因となっているものである。

即ち、近時の社会現象として、多数ある同和団体が巨大な社会的勢力となり、とりわけ対行政との関係において、特権団体であるかの如く行動し、国及び地方公共団体においてもこれを容認していることは周知の事実であり、時として社会一般の批判にさらされていることはよく知られているところである。そして、そのようなものの一つとして、同和団体を介して行われる税務申告手続があり、これによれば、通常であれば脱税でしかない税務申告が、すべて不問にされ、本来の納税額より極めて少ない税額で済まされているという事実がある。その結果、一般納税者において、同和団体を税務申告に利用するという風潮すら認められるのである。

かようにして、本件脱税事件は、このような社会的状況・風潮を背景に、税を少しでも安くしたい納税者とその目的を実現する同和団体、そして、そのような意図を知り、知り得べかりし場合であってもそれを不問にして、右脱税行為を積極・消極的に援助・助長している国税当局の腐敗・堕落としかいいようのない対応によって惹起されたものであって、それらの社会的背景を抜きにしては、本件犯罪について、妥当な刑事責任を追求しえない犯罪現象である。

その意味で、本件に関与した、宇治税務署等の行政上の責任は、極めて重いものがある反面、被告人がそのような税務署の姿勢・態度に乗ずるのも無理のないもので、それだけその責任は軽減されて然るべきである(後述の如くもっと、早い段階で、あるいは被告人が関与した最初の申告において、その申告の不適正なことは、容易に発見し得、適正な指導をして、同種方法、態様の再犯を簡単に防止し得たものである。見て見ぬ振りをする税務署の態度が、却って、被告人らの犯罪を助長し、その違法性の意識を麻痺させる結果となっているのである)。

そのような風潮を是正しないで、納税意欲を云々して、制度的には自主申告といえ、行政優位の我が国の国民性からして、制度の徹底を期することは困難であり、被告人のみに対して、厳罰をもって処するのは、到底容認し難いものである。被告人が関与した本件脱税事件でも、納税者本人は多額の脱税額でも、実刑を科されていないこと、上部団体ともいうべき団体の幹部である大石忠勝、黒宮功らにも執行猶予の刑が言渡されていることなどの均衡上も、このことは言えるものである。

四、行為そのものに対する非難の程度に関する情状について

被告人の本件逋脱方法は、

(1) 所得税の申告にあっては、「地域特別対策費」といった誰が見ても経費性の疑われる勘定科目で、且つ、支払先を誰が見ても仮装と思われる被告人らが主催する「同和」の名を冠した団体とするものであり、

(2) また、相続税の申告にあっては、同様に、誰が見ても架空であることが疑われる巨額の、且つ、負担先(債権者)を同和団体とするもので、極めて単純な方法であって、税務署が調査をすれば簡単に露見する、誠に稚拙な方法によるものであって、意図的であっても、悪質というものではなく、その程度は軽いと評価しなければならない。

即ち、租税犯罪は、社会のまっただ中にいる通常の市民によって行われるものであるから、特に手段、手口において高度の違法性のあるもの、即ち、社会的常軌を逸脱した悪質なものに対する制裁でなければならないからである。二重帳簿の作成や売上除外、架空仕入れの計上、仮名預金といった巧妙な方法、逋脱発見の困難な方法と違って、本件は、所得税の逋脱においては「正しい収入額」を計上し、経費として、否認する気さえあれば容易に否認できる「経費」を計上し、相続税の逋脱においては、「正しい相続財産(積極財産)額」を計上し、その反面で、到底真実とは信じられないような巨額の見破ることの容易な相続「債務」を計上するもので、税務当局に対しては、存する事実を全てさらけ出しており、秘匿している事実はないというに等しいものである。

逋脱犯罪における「不正行為」の構成要件も、見破ることの困難な事情があって初めて「不正」というべきもので、その意味での不正の程度は、極めて程度の低いものであり、それだけ、違法性も低く、被告人の刑事責任も軽減されるべきものである。

この点を個別的にみると、

(一) まず、罪となるべき事実第一の事実(川邊賢造所得税法違反事件)においては、五八年分申告書一面左下の「作成税理士」欄に「全国同和対策促進協議会中央本部」なる記名捺印をし、その二面「所得金額」の分離課税所得・長期譲渡所得欄には「収入金額一億一、三〇七万八、〇〇〇円、必要経費一億五八八万九、九〇〇円、差引金額七一八万八、一〇〇円」、そして、申告に先立つ「譲渡内容についてのお尋ね兼計算書」においても「関与税理士」欄に右と同じ「全国同和対策促進協議会中央本部」なる記名捺印、売却に要した費用欄には、「支払先 全国同和対策促進協議会中央本部、金額一億円」と記載され、これに「全国同和対策促進協議会会長笠原正継」名発行の「永代管理料」名目の「一億円」の領収書(写し)が添付されている(関与税理士欄の記載と、その支払先が同じというのも、誰が見ても奇妙なことである)。

(二) 同第二の事実及び第四の事実(桝茂光所得税法違反事件)においては、昭和五八年分所得税申告書左下の「作成税理士」欄に前記川邉の場合同様、「全国同和対策促進協議会中央本部」なる記名捺印をし、その添付の「昭和五八年分所得税青色申告決算書」には「経費」として「特別会費協賛金」の科目で三、〇〇〇万円の経費を計上し、しかも、同決算書の末尾「五八年における特殊事情」欄には、その事情といったものとは全く関連性のない筈の、「全国同和対策促進協議会中央本部」なる記名捺印がなされている。同五九年分についても申告書及び添付書類に右同様の押捺がなされ、「特別会費協賛金」の科目の下に二、〇〇〇万円が経費として計上されている。

(三) 他方、相続税法違反事件関係では、同第三の事実(松井の相続税法違反事件)において、添付の第一三表「債務及び葬式費用の明細書」の「債務の明細書」中には、被相続人松井利一の債務として、「全国同和対策促進協議会」を支払者(債権者)として、「借入金」合計一一億三、二〇〇万円もの巨額の債務が記載され、他には、銀行等の金融機関からの債務は全く計上がない申告書となっている。しかも、その証拠書類として、昭和五九年一一月五日付で松井利一が株式会社松井化学工業所の会社設立時(昭和二七年一一月)に、金一一億三、二〇〇万円を金利年三%で貸したものであることの趣旨を含む証明書を作成して、添付している。昭和二七年においての一一億三、二〇〇万円という巨額(右松井化学の資本金は昭和五八年の決算書上でも、僅か六〇〇万円に過ぎない)の貸付を誰一人として真実と見る者がいるであろうか。

(四) 同様にして、同第四の事実(星野相続税法違反事件)の相続税申告においても、申告書一面の「作成税理士」欄に「全国同和対策促進協議会中央本部」なる記名捺印をし、その添付の第一三表「債務及び葬式費用の明細書」に「借入金」として、「全国同和対策促進協議会」への七億円の債務が記載されている(普通の金融機関からの借入金は一切計上がない)。

(五) 同第五の事実(星野相続税法違反事件)の相続税申告においても、申告書一面の「作成税理士」欄に「全国同和対策促進協議会中央本部」なる記名捺印をし、その添付の第一三表「債務及び葬式費用の明細書」に「借入金」として、「全国同和対策促進協議会」への三億一、〇〇〇万円が記載されている(普通の金融機関からの借入金は一切計上がない)。

以上の如く、外形的に申告書・添付書類などの関係書類を見ただけでも、類似の、且つ、単純な巨額の、所得税の申告においては架空経費の、相続税の申告においては、架空債務の、各計上方法をとったものであり、一般の納税者に対すると同様の注意義務をもってすれば、容易に右架空の事実が発見できる、余りに幼稚な(換言すれば、税務署を馬鹿にした)申告書である(各提出先税務署でこれほどの経費・債務を記載した申告書が他に多数あるというのであろうか。詐欺罪でいえば、相手方が錯誤に陥れるに足りない程度の欺罔行為であり、通貨偽造罪でたとえれば、一般人に真正な貨幣との誤解を抱かせるに足りない程度のものと言えるもので、犯罪の成立さえ疑わしい程度のものである)。

なお、何れの事件においても、各申告の具体的な手続においては、税理士の関与があり、且つ、各税理士が(一部を除いては)元税務職員の経歴を有するもので(山田茂の昭和六一年二月二四日付検面調書)、その指導のもとに経費額、債務金額を決定していることも軽視出来ない事実である。即ち、税務署の取り扱いに精通している税理士が、「同和」の名を用いればどのような不可解な申告書でも、形式さえ調っておりさえすれば、計算違い等を除き、無審査(無調査)でパスすることの裏付け・保障をしていたことから、被告人らの本件犯罪がなされたものなのである。いわば、税務署・税理士の一体となった「税務署のお墨付」ともいっても過言でない、申告書を作成したに過ぎないものである。従って、本来ならば税務署担当職員にはむしろ不作為による共犯(幇助犯)が認められてもいいほどのものである(この点については、少なくとも公務員法違反が問われて然るべきである。しかし、本件において、職員に対し、その懲戒・戒告等の処分がなされたとの事実は何ら聞かれない)。

そして、このような方法は、税務署が調査をする気にさえなれば、直ちに露見し、一般の納税者がこれを模倣するといった性質のものではなく、社会に対する影響(伝播性)も殆ど予想されないものである。

かくして、被告人の本件脱税協力方法も、他の巧妙な事件に比して、違法性が低く、その罪責を論ずるのに、単に、逋脱税額のみに目を奪われてはならないものである。

五、また、被告人は、本件犯罪により、巨額の利得を得ているとして、原判決はこれを非難するが、その利得額については、被告人の検察官に対する供述は信用できないものも、少なくない。即ち、被告人が一旦収受した金額の中から、更に、その上部団体・本家ともいうべき、大石忠勝・黒宮の主催する全国同和対策促進協議会京都府連合会関係に上納(これは、支払いの強制を伴うものである)させられておるものがかなり存するのに、この点については、検察官の取調段階では、深い追求・真実の究明がなされていない。被告人の供述をその、関係の明白でない、取引・融資の焦げつきによる債務関係の弁済への費消に強引に結び付けようとする意図が随所に窺われるものである(単に、別表のとおりの使途に使ったものです、といった単純な取調べしかなされていない。検察官に対する被告人の昭和六一年二月一二日付、同年二月一四日付等の供述調書)。検察官の取調段階においては、(一)川邊所得税法違反事件関係での報酬利得額約一、三四〇万円を得、(二)また、桝茂光関係で合計約九〇〇万円、松井関係で約九、三〇〇万円、星野関係で約九、八〇〇万円、山田関係で約四、七〇〇万円を得たとされ、合計約二億六、〇〇〇万円の利得を得たとされている。しかし、右川邊分については、被告人が昭和六一年三月一四日付検面調書でも述べているように、そのなかから、他に金員を足して合計一、四五〇万円を黒宮功に送金し(同調書第四項等)、また、(二)の利得分からも、被告人は黒宮らに、昭和五九年二月二八日に一、九七四万円(黒宮宛)、同年三月一五日に四五〇万円(黒宮宛)、昭和六〇年七月一五日に一億円、同年一二月一二日に全国同和対策促進協議会中央本部(小田政信)宛に五〇〇万円にそれぞれ支払いをしており、その支出はどの事件の報酬分と特定関連づけがなされていないだけで、(大石、黒宮らからは、事件に関係なく、適宜金額を割当してきたものであって、その割当られた金額を、被告人は預金残高との兼ね合いで、その割当日時後に支払っていたものである(このことは、前述の如く、川邊事件の報酬を入手したときに、その残額が約一、三四〇万円であったのにもかかわらず、他の手元資金を加算して、以前割当られていた一、四五〇万円にして、黒宮に送金している事実からも(被告人の昭和六一年三月一四日付検面調書)、同様のことが窺えるものである)。

かくして、原判決の認定するその報酬利得額は右に述べただけでも、約二億六、〇〇〇万円のうち、約一億四、三七四万円は、被告人が(同和団体の幹部として)黒宮らに支払いしてきたもので、実際に被告人が自己の用途に費消した金額は、一億二、〇〇〇万円以下である。

第三、結論

一、勿論、被告人は税務署、関与税理士に責任を全て転嫁するつもりでは毛頭ないものであるが、以上の諸事情を総合すれば、被告人の行為の違法性もそれほど高いものとは言えず、他方、被告人自身は「同和団体」なるものに対する税務署の姿勢に乗じて、本件行為に至ったことについて、深く反省し、今後、二度と本件類似の行為に関与しないことを誓っているものである。また、各納税者は修正申告をして、且つ、重加算税を含めて納税を完了しており、現時点での、国家財政に対する侵害は回復されている。

二、被告人は、現在、三協石材の事業に専念し、妻と子供二人の家庭の支柱となって、その生活を支えるべく、真面目な生活をしている。本件によって、逮捕勾留され、且つ、原審においては実刑を宣告され、社会的制裁も十分受け、被告人本人はもとより、家族ぐるみで事の重大性に気付き深く反省しているものである。

三、そして、宅地造成法違反の罰金を除いて、前科はなく、再犯の可能性はない。

四、また、現在、何ら利得を残していない被告人にとって、罰金を支払うことだけでも、気の遠くなるような金額であり、非常に負担の重いことには変わりない。

五、よって、被告人に対しては、罰金を支払可能な限度まで更に減額のうえ、懲役刑については、執行猶予の判決を賜りたい。

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