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大阪高等裁判所 昭和62年(行ス)2号 決定

抗告人(申立人) 植田肇 外五名

訴訟代理人 辻公雄 外一一名

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一  本件抗告の趣旨は、「原決定を取り消す。本件を大阪地方裁判所に差し戻す。」との決定を求めるというにあり、その抗告理由は、要約すれば、次のとおりである。

抗告人らは、本件の本案訴訟である大阪地方裁判所昭和五九年(行ウ)第三八号違法支出金補填請求事件において、昭和五五年四月一日から同五八年三月三一日までの間に、大阪府知事であつた岸昌、大阪府水道企業管理者であつた桝居孝、大阪府水道部長であつた中川淑および同川上勇、大阪府総務課長であつた岡崎義彦らが同期間中に水道事業費その他の名目の下に五〇〇〇万円以上を自ら費消し、又は部下が費消するのを了承して大阪府水道事業の公金を違法に支出したとして、地方自治法二四二条の二第一項に基づき大阪府に代位して相手方らに対して四六四六万三〇九七円の損害賠償を請求し、右違法な公金支出を立証するため、大阪府水道企業管理者が所持する前示期間中の府営水道事業第七次拡張事業に関する経費支出伺、支出伝票、請求書、領収書、出席予定者名簿(以下、「本件文書」と総称する。)が民訴法三一二条二号、三号前段および同号後段に該当する文書であるとして、提出命令の発付を求める。

しかるに、本件文書がいずれも右法条に該らないとした原決定には、以下(一)ないし(三)の理由から誤りがあり、取消しとその差戻しを免れないものである。

(一)  民訴法三一二条二号該当性について

民訴法三一二条二号に定める「引渡又ハ閲覧ヲ求ムルコトヲ得ルトキ」とは、挙証者が文書の所持者に対して私法上の引渡請求権又は閲覧請求権を実体法上有する場合に限られるものではない。右請求権の発生原因は契約に限らず法律上の規定をも含む。法律上の規定には公法、政令、条例なども含まれる。大阪府水道企業管理者が所持する本件文書は、地方公営企業法四〇条の二により地方公共団体の長が公表を義務づけられている「地方公営企業の業務の状況を説明する書類」に含まれると解しうるところ、その公表は住民に対する義務であるから、その義務の反面として住民である抗告人らには閲覧を求める請求権がある。また、本件文書は、大阪府のいわゆる情報公開条例により住民に公開を義務づけられた文書であるから、抗告人らに右請求権がある。

地方自治体の行う公営企業としての水道事業は、本来、地方自治体の住民が地方自治体に信託ないしは委任した事務の一部である。地方自治体と住民の法律関係は、信託法にいう信託、民法上の委任、準委任、組合および事務管理などを含む私法上の契約関係としても把握しうる。したがつて、右各法律関係に関する規定中の利害関係人の帳簿閲覧請求権(信託法四〇条)、受任者の報告義務および受取物等の引渡義務(民法六四五条、六四六条)、ならびに組合員の財産検査権(民法六七三条)などの準用又は類推適用が可能であり、この点からも抗告人らには閲覧又は引渡を求める請求権がある。

(二)  民訴法三一二条三号前段該当性について

民訴法三一二条三号前段に定める「挙証者ノ利益ノ為ニ作成セラレ」た文書の意義を原決定は極端に制限的に解し、挙証者の利益を直接目的として作成された文書に限るとする。しかし、間接的な利益を目的として作成された文書も含むと解するのが一般的である。本件文書が大阪府の利益のために作成されたものであるとするならば、その大阪府の利益とは結局それは住民の利益に還元される。本件文書の作成により公金の支出の適法が保たれ、これにより冗費の節減、不正行為の防止が確保され、ひいては地方自治体の健全な財政を維持し、究極的には住民の権利が守られるからである。抗告人らは本案訴訟において大阪府の損害を回復することを求めているのであり、大阪府と挙証者である抗告人らは利益の一致を見る。原決定のいうような差異はない。

(三)  民訴法三一二条三号後段該当性について

民訴法三一二条三号に定める「挙証者ト所持者トノ間ノ法律関係ニ付作成セラレタ」文書を、挙証者と文書の所持者との間の法律関係それ自体またはその法律関係に関係のある事項を記載した文書であるとする原決定は、極めて制限した意義の解釈をするもので誤りである。本件文書は大阪府と大阪府水道企業との間の法律関係に付き作成されたものであるところ、大阪府に納税をしその構成員である住民という法律関係にある挙証者たる抗告人らと大阪府水道企業との間にも当然法律関係がある。大阪府水道企業(住民に上水を販売することを目的とする公営企業)と抗告人の間には、上水の継続的供給契約の当事者という法律関係もある。本件文書は右のような法律関係と関係のある事項を記載した文書ということになる。また、本件文書を公表を予定することなく作成された内部文書であるとするのも誤りである。本件文書と同一の文書を大阪府島本町では住民に公表しており、大阪府のいわゆる情報公開条例も本件文書などの内部文書をも公表の対象としている。

二  当裁判所の判断は次のとおりである。

1  抗告人らは、本件の本案訴訟の原告であり、被告は岸昌、桝居孝、中川淑、川上勇、岡崎義彦であり、本件文書提出命令の目的物たる本件文書の所持者とされる大阪府水道企業管理者は本案訴訟の当事者ではなく第三者(地方公営企業法二条一号、七条、八条)である。民訴法三一二条本文の「所持者」とは本案訴訟の当事者のほか第三者を含み、第三者には私人のほか大阪府水道企業管理者のような地方公共団体の機関をも含むと解するのが相当である。かかる地方公共団体の機関は、民訴法三一八条による過料の制裁を受けることはないけれども、同法三一二条各号の要件を備える場合には、裁判所に対してその所持する文書を提出する義務を負うべきである。なぜならば、民訴法三一二条、三一四条は、単なる委嘱に過ぎない文書送付嘱託(同法三一九条)とは異なり、裁判の適正を保持するために裁判所が文書の所持者に対して提出を命令することができ、これに対応して所持者に裁判所に対する公法上の義務を負わせうる特別の規定であつて、前記地方公共団体の機関と私人とを別異に扱うべき特段の事情を認め難いからである。

2  民訴法三一二条二号に定める「引渡又ハ閲覧ヲ求ムルコトヲ得ルトキ」とは、挙証者が文書の所持者に対して私法上の引渡請求権又は閲覧請求権を実体法上有する場合に限ることは、右の規定の立法趣旨及び文理上明らかである。行政訴訟においても、行政事件訴訟法は文書提出命令を発しうる場合につきなんら特例を設けず、単に民事訴訟の例によるものとしているにとどまるから、右と異なる解釈を採用する余地はないものといわなければならない。抗告人らは、公法上の引渡請求権又は閲覧請求権も右二号に含まれるとの解釈を前提として、文書の所持者である大阪府水道企業管理者に対して公法上の引渡請求権又は閲覧請求権を有すると主張する。しかしながら、同条同号に公法上の請求権が含まれないことは右説示のとおりであり、抗告人らの右主張はそれ自体失当である。なお、付言すれば、抗告人らには以下に述べるように公法上の引渡・閲覧請求権をもつものでもない。先ず、地方公営企業法四〇条の二第一項に定める「地方公営企業の業務の状況を説明する書類」とは、業務状況を説明するために作成した報告文書を指称し、これを裏付ける証明文書等を含むものではないと解するのが相当である。大阪府水道企業条例(昭和四一年一二月二〇日大阪府条例第四二号)七条も、右の書類とは、管理者が水道事業に関し〈1〉事業の概況、〈2〉経理の状況、〈3〉資産、企業債及び一時借入金の現在高、〈4〉その他管理者が必要と認める事項を記載すべき書類(以下、「業務状況書」という。)であると定めている。本件文書が右の意味の書類に含まれないことは明らかである。また、大阪府水道企業管理者は大阪府知事に対し右業務状況書の提出義務を負う(地方公営企業法四〇条の二第一項)のみであつて、抗告人らに対してかかる義務を負うものではない。

次に、抗告人らが根拠として挙げる大阪府のいわゆる情報公開条例、すなわち大阪府公文書公開等条例(昭和五九年三月二八日大阪府条例第二号)によれば、同条例の規定は、条例が施行された昭和五九年一〇月一日前に作成され、又は受領された公文書で永年保存の定めのあるもの及び同日以後に作成され、又は受領された公文書について適用される(同条例附則二項)ところ、本件文書はいずれも右条例施行日の前に作成され、又は受領されたものではあるが、永年保存の定めのあるものではないから、本件文書について右条例の適用はない(大阪府水道部文書管理規程一五条二項、大阪府水道企業管理者高山幸重作成にかかる昭和六二年三月六日付証明書)。したがつて、抗告人らは右条例に基づき本件文書の所持者に対して閲覧請求権をもつものではない。

また、抗告人らは、地方公共団体と住民との法律関係は一面において私法上の法律関係と把握できるとして、信託法四〇条、民法六四五条、六四六条、六七三条などの準用ないし類推適用を主張する。しかしながら、その立論の前提の当否を別にしても、それは約言すれば住民訴訟を提起した原告住民は本件文書その他の公文書の提出命令を一般的に求めうるとするに等しい。元来文書は所持者の固有の使用目的に供するためにこれを所持する利益があるものであつて、他者がそれを使用できるのは例外である。民訴法三一二条はこの理を明らかにして一ないし三号に文書の所持者に対する提出義務の原因を限定列挙するのであり、これを無視するに等しい抗告人らの右主張は採用できない。

以上の次第により、挙証者である抗告人らが本件文書の所持者である大阪府水道企業管理者に対して私法上その引渡又は閲覧を求めうる実体法上の請求権をもつものではないので、本件文書は民訴法三一二条二号に該当しない。

3  民訴法三一二条三号前段に定める「挙証者ノ利益ノ為ニ作成セラレ」た文書とは、挙証者の法的地位や権利もしくは権限を直接証明し、又はそれを基礎づけるために作成された文書を意味し、また「挙証者」とは文書提出命令の申立てをする当事者又は補助参加人をいうと解すべきである。

抗告人らは、右の規定にいう文書とは挙証者の間接的な利益のために作成された文書をも含むと解すべきであると主張する。その立論は、本件文書は大阪府の利益のために作成された文書であり、大阪府の利益は抗告人ら大阪府の住民の利益と合致するから、本件文書は抗告人らの利益のために作成されたものと解すべきであるというものである。しかしながら、本件文書の所持者は大阪府水道企業管理者であつて大阪府ではないから、抗告人らの主張はその前提において疑義があり、採用し難い。加えて、抗告人らは、地方公共団体の住民が、住民たる資格において地方自治法二四二条の二に基づき住民訴訟を提起しうる制度の実質的な存在理由を、そのまま民訴法三一二条の解釈に持ち込み、住民と地方公共団体、そしてその機関である水道企業管理者の各利益を極端に抽象化してその同一性を説くものであつて、挙証者と所持者の法人格が異なることを前提とする民訴法三一二条に反し、採用できない。要するに、本件文書は、住民訴訟の原告である抗告人らの利益を直接の目的として作成されたものとは認められないから、右三号前段に該当しない。

4  民訴法三一二条三号後段に定める「挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニ付作成セラレタ」文書とは、挙証者と文書の所持者との間の法律関係それ自体又はその法律関係に関係のある事項を記載した文書をいい、また右「挙証者」とは三号前段のそれと同義であると解される。抗告人らの主張は、ここでも要するに住民であることないしは上水道の継続的供給を受けている住民であることそれ自体から右「法律関係」にあること、あるいはその法律関係に関係があるとすることにより本件文書はいわゆる法律関係文書であると論結するが、大阪府、同水道企業および同管理者を同一視するもので採用できない。本件文書は、大阪府水道企業管理者により専ら自己使用の目的で本来公表を予定しないで作成された内部文書(経費支出伺、支出伝票、出席予定者名簿)および右管理者と公金支出の相手方である第三者又は本案訴訟の被告らとの間の法律関係につき作成された文書(請求書、領収書)であり、いずれも挙証者である抗告人らと文書の所持者である大阪府水道企業管理者との間の法律関係について作成されたものとは認められないから、同号後段にも該当しない。

三  そうすると、本件文書は民訴法三一二条二号、三号前段および同号後段のいずれにも該当せず、その提出命令を求める本件申立ては失当であり、これを理由なしとして却下した原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 大和勇美 裁判官 大久保敏雄 裁判官 稲田龍樹)

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