大判例

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宇都宮簡易裁判所 昭和38年(ろ)34号 判決

被告人 早乙女昌

昭八・九・二生 家畜商

主文

被告人は無罪。

理由

起訴状の記載によれば公訴事実は「被告人は昭和三七年三月二八日午后五時三〇分頃宇都宮市八千代町二丁目一、一一七番地野尻操方前庭において金甲沫から「馬鹿野郎出て来い」等といわれ胸倉をつかまれ暴行されたことに激昂し組み合いの上同人を背負投で投げ飛ばして転倒させ因つて同人に対し加療一ヶ月を要する右前胸部打撲症等の傷害を負わせた」というのであるところ、被告人及び弁護人は当公判廷において傷害の事実については争うが、被告人が金甲沫と組み合いの上所謂背負投げで同人を投げとばして転倒させるという暴行をなしたことは認める。但し金が被告人の胸倉をつかみ頭突きをしたりしてなかなか離さないので止むを得ず被告人は前記行為に出たもので攻撃的ではなく正当な防禦行為であるとして刑法第三六条の正当防衛を主張するので、之について判断するのに、被告人は司法警察員に対する供述調書中「金は間もなく私共のいた野尻さん方の六畳間の南側ガラス戸のところにやつて来て南側の前庭でガラス戸を開らき戸を叩いて今にも六畳間に上りこもうとする気配がみえたので私が出て行き、私が六畳間の上り口のところで金を見ると、金は「馬鹿野郎」とか「出て来い」とかいうので私はしばらく相手がいうまゝに怒鳴らせておき、相手が怒鳴るのをやめたとき「帰つて呉れ」と言つたところ、金は私に対し「何言つているんだ」というが早いか私が着ていた背広の襟首あたりをつかみ外の方に引張つたので私はこらえ切れず庭先に落ちて了つたのです。相手は私を庭に引づりおろすと襟を両手でもつたまゝ頭で私の胸を突きとばし更に右足で私の睾丸をけり上げ私はこのため痛くてしようがないので両手で睾丸を押えてしやがもうとしたところ、相手はそれでもなお最初に持つた私の襟を離さず、今度は六畳間南側のガラス戸に私を押しつけ私の体をガラス戸にぶつつけたため私の肩附近がガラス戸にぶつかりガラス戸のガラスを二枚位割つてしまつたのです。その上私の首をしめるので私はこのまゝではとんでもないことになると思つたので私は相手を投げとばしてやろうと考え首を縮めて背広を首から脱ぐようにして相手のつかんでいる手を両手で押さえ体を下にして相手を背負いその場に投げとばしたのです」と述べており、右供述は証人野尻フサ子の尋問調書の記載に合致し且つ現場検証の検証調書の記載とも照応し被告人の右供述は真実を述べたものであると思われ又被告人は当公判においても細かい点では多少の差異こそあれ大体において右供述同旨の供述をなしている。

更に金甲沫が被告人に対しその背広服上衣の襟首をつかみ庭に引づり下ろすに至つた事情についても被告人の司法警察官に対する供述調書、証人野尻フサ子、同上野たかの各尋問調書の各記載及び現場検証に関する検証調書の記載を綜合すると、被告人が野尻操方を訪問するため同日午后五時頃オートバイで野尻方前道路まで来てオートバイを同所に立てかけたところ、飲酒酩酊した金甲沫が何の理由もなくそのオートバイを突き倒したが、被告人は別に之にさからわず、上野たかが金の家まで金を連れ帰り、被告人は野尻方の庭にオートバイを引き入れ、野尻フサ子が庭の木戸をしめて之に錠をかけ二人で野尻方居間に入つて対談中、その後二、三〇分位経つた午后五時三〇分頃再び金が現われ前記木戸を破つて野尻方庭に侵入し前記のような暴力に及んだ事実が認められ、金が前記暴力行為に出でるについて被告人は全く責任がなく金自からの一方的攻撃であつた事実が認められる。(金甲沫は当時飲酒酩酊していたのでその記憶も薄弱であり、その判断も歪んでいるので同人の公判廷における供述及び検察官並びに司法警察員に対する供述調書の供述記載は信用できないものでありその外右認定を左右する様な証拠は皆無である。)従つて本件を全体的に把握するとき被告人が金甲沫を組み合いの上背負い投げで投げとばしたという暴力行為は金甲沫の急迫不正なる暴力の侵害に対し自己の身体保全権を防衛するため止むを得ずなした行為であり、且つ防衛の程度を超えたものとは認められないので被告人及びその弁護人の正当防衛の主張は正当である。

従つて被告人の暴行行為の結果金甲沫が傷害を負つたとしても被告人の行為が正当防衛であることに変りはない。(なお、所謂喧嘩闘争の場合は正当防衛は成立せず本件は喧嘩闘争であるから正当防衛は成立しないとする考え方があるかも知れないが所謂喧嘩闘争とは双方が始めより不正な侵害をなさんと攻撃的意思を以つて敵対して闘争に入る場合をいうのであつて本件では不正な侵害をなさんと攻撃的意思を以つて立ち向つたのは金甲沫のみで被告人は金より暴力の侵害を受けるまでは攻撃的意思を全然持つていなかつたこと前記各証拠に徴して明白であるから本件は所謂喧嘩闘争と類を異にするものである。)要するに被告人の行為は刑法第三六条第一項の正当防衛に該当するので被告人を罰せず、主文のように判決する。

(裁判官 武本俊郎)

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