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富山地方裁判所 昭和26年(ワ)180号 判決

原告(反訴被告)

中屋与一

外一名

被告(反訴原告)

水口清三

主文

被告は、原告中屋与一に対し金四〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和二六年一二月一二日より以降、原告中屋キヌに対し金三〇、〇〇〇円及びこれに対する同日より以降、いずれも完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告等のその余の請求を棄却する。

反訴被告中屋与一は、反訴原告に対し金一、九五〇円及びこれに対する昭和二六年三月一五日より以降完済に至るまで、年五分の割合による金員の支払をせよ。

反訴原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、本訴及び反訴に関するものを通じて一〇分し、その四を被告(反訴原告)の負担とし、その六を原告(反訴被告)両名の連帯負担とする。

この判決は、本訴に関する部分につき原告中屋与一において金七〇、〇〇〇円、原告中屋キヌにおいて金五、〇〇〇円の担保を供することにより、反訴に関する部分は反訴原告において無担保で、それぞれ仮に執行することができる。

事実

(省略)

理由

一、先ず本訴について判断する。

(1)、原告与一が、富山県滑川市下小泉一一一番地にある居宅で、按摩業を営んでいる盲人であり、原告キヌが、原告与一の妻であること、被告が、原告等の居宅の隣家に居住し売薬業を営んでいるものであること及び昭和二五年一〇月二九日被告が、原告等の居宅土台に接して、下水用のコンクリートを構築するための矢板(型枠)を設置したことは当事者間に争がない。

(2)、成立に争のない甲第二乃至第六号証、証人神保宗作の証言によりその成立を認め得る甲第一一号証、証人小幡平造、水口〓二(後記措信しない部分を除く。)神保宗作(後記措信しない部分を除く。)の各証言、原告両名本人及び被告本人(第一回)の各訊問の結果(各本人訊問の結果中後記措信しない部分を除く。)並びに鑑定人古屋忠の鑑定の結果を綜合すると、原告等の居宅(東西約三間半、南北約二間半で建坪約九坪の北向きの建物)の敷地約二〇坪(建物の周囲三尺の余地と、玄関前共同道二坪余りとを含む。)は、昭和二三年暮頃より以来原告与一において、その所有者である訴外神保宗作より賃借していたので、昭和二五年一〇月二九日午後六時半頃仕事先より帰宅した原告与一は、被告が、原告等に無断で原告等の居宅の東南角土台石に接着して杭を打ち、これより南の方に下水用のコンクリートを構築するための矢板を設置したのを知るや、被告の右所為は原告与一の賃借権を余りにも無視していると憤り、杭を動かし右矢板を取こわしたところ、その物音に訴外水口〓二と共にその場にやつて来た被告は、「貴様何をするか」と言つてやにわに原告与一の開衿シヤツの衿(当時原告与一は背広上着の上へ開衿シヤツの衿を折り出していた。)を強くつかみ、「話があつたら神保へ行こう」と言い、同原告において話があるのなら警察へ行こうではないかと答えたのに、警察へ行かなくても神保の処へ行けばわかると押問答しながら、衿を強くつかんだまゝ同原告の身をゆり動かしたので、同原告においては苦しさの余り被告の手より逃れんとして後方に身を引いた際、被告が衿をつかんでいた手を離したので、同原告において、その場に仰向けに倒れ、地上で強く後頭部を打つたこと、このため原告与一は、後頭部及び背部に打撲症を負い、直ちに医師の治療を受けたのにかゝわらず、その後は後頭部打撃に因る右半身麻痺症のため臥床加療を要する身となり、現在に至るも回復しないこと、なを、被告が、前記のように矢板を設置したのは、その居宅(原告等居宅東方に在る隣家)の用地として、原告等居宅との間及びそれより南方にわたり巾(東西)一尺五寸、長さ(南北)八間の範囲の土地を、その所有者訴外神保宗作より買受け、直ちに同地上に下水用及び塀台とするため巾(東西)四寸、高さ一尺六寸のコンクリート土台を作ろうとしたためであることを認めることができる。証人水口〓二、神保宗作の各証言及び原告両名本人、被告本人の各訊問の結果中右認定に反する部分は信用することができないし、その他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(3)、右認定事実によつて考えてみると、被告が、前記矢板を設置した土地は、被告において訴外宗作より買受け所有するに至つたものであるから、たとえ右矢板が原告等居宅の土台石に接着して設置され、このため原告与一の賃借地内を侵されたとしても、それは、新なる所有者と従前よりの賃借人との関係として、同原告においては、被告と話合で解決するか、若し話合ができなければ訴訟によつて解決すべきであつて、同原告が、右矢板を勝手に取りこわすことは、わが国の法制上から許されないところである。しかし、それだからといつて、被告において、原告与一の非を責めるのに、同原告に対し、その衿を強くつかんで同原告の身をゆり動かしたりするような暴行を加えることも、わが国法制上許されていないこと多言を要しないので、被告の右所為の不法であること明白である。そして、原告与一のように暴行を受けた場合、被害者は加害者より逃れようとしてその上半身を後方に引くこと及びその引く力の強弱は加害者の加えている力の強弱に正比例することが通常であるから、被告においては、原告与一が被告より逃れんとしてその上半身を強く(被告は原告与一の衿を強くつかんでいたので)後方に引くこと、又被告のつかんでいたのは開衿シヤツの衿であるから、原告与一が強く上半身を引いた場合、右衿をつかんでいる被告の手が思わず離れるようなことがあることを被告において予測し得たとしなければならない。更に、原告与一の倒れたこと及びこれに因る傷害は、同原告が盲人であつたことに因るものと推認されるところ、被告本人の訊問の結果(第一回)によると、被告は、原告与一に右暴行をなした当時、同原告が盲人であることは知つていたと認められるから、同原告が、その上半身を後方に強く引いた際、通常人に比して、倒れ易く且つ倒れた際も思わざる傷害を受易いということも、被告において予測し得たと考えられるから、原告与一に対する被告の前記暴行と、同原告の右半身麻痺症との間には相当の因果関係を持つものといわなければならない。そうすると、被告は、原告与一が、右半身麻痺症を病むに至つたことを原因として、その結果生じた原告等の損害につき賠償する義務があること疑ない。

(4)、そこで、原告等の主張する損害について考えてみる。

(イ)、原告与一が、その住所において按摩業を営んでいたものであることは、前記の通り当事者間に争がなく、原告両名本人の各訊問の結果によると、原告与一は、被告より暴行を受けた昭和二五年一〇月二九日当時、按摩業(按摩、はり、灸、マツサージを行う。)を営んで平均一日金一、〇〇〇円の収入を得ていたところ、同日より以降現在に至るまで、右半身麻痺症のため按摩業を営むことができず右収入を得られないでいることを認めることができる。そうすると、原告与一が賠償を求めている、昭和二五年一〇月二九日より昭和二九年三月一三日までの期間の得べかりし収入の喪失は、少くとも同原告主張の一箇月金二〇、〇〇〇円の割合による金額であつたとしなければならない。そこで、右の割合によつて計算すると、昭和二五年一〇年二九日より本訴提起の日である昭和二六年三月一三日までの原告与一の収入喪失は金八八、三八七円となり、昭和二六年三月一四日より昭和二九年三月一三日までの原告与一の収入喪失は金七二〇、〇〇〇円(これをホフマン式の計算によつて本訴が提起された昭和二六年三月一三日現在の金額にすると金六二六、〇八六円九五銭となる。)となるから、右昭和二六年三月一三日現在において、被告が原告与一に対し、昭和二五年一〇月二九日より昭和二九年三月一三日までの同原告の得べかり利益の喪失による損害の賠償をすれば、その支払うべき金員は、右金八八、三八七円と金六二六、〇八六円九五銭との合計額である、金七一四、四七三円九五銭であること明かであり、原告与一は、その内金六二六、〇八六円九五銭の賠償を被告に対して求めているのである。

しかしながら、被告が、原告与一に暴行をなすに至つたについては、被告の設置した矢板を原告において勝手にこわしたということが誘因となつていること前記認定の通りであり、従つて、同原告の前記損害発生については同原告に過失があつたものとしなければならぬから、この過失を斟酌するときは、同原告が賠償を求める前記損害に対し被告の賠償すべき額は、金三五〇、〇〇〇円を以て相当とする。

(ロ)、原告与一は、被告の不法行為に因り、前記の通り傷害を受け、且つ右半身麻痺症を病んで現在に至るも臥床治療しなければならない身となつたのであるから、同原告及びその妻である原告キヌにおいて精神上多大の苦痛を受けたことは、これを推認するに難くない。それ故、被告は、原告等の右精神上の損害をも賠償すべきであるところ、その損害の額は、原告与一本人訊問の結果により認められる、同原告は、現在四三才で、二二才頃脳膜炎のため失明し、二八才頃から按摩業を営んでいる事実及び同原告は、三男二女(長子二一才、末子七才)の父で、臥床前は按摩業による収入で右子女と妻である原告キヌとを扶養して来た事実、原告与一の前記収入及び被告が不法行為をなすに至つた前記認定の経緯、原告与一の過失等一切の事情を斟酌して、原告与一の分は金五〇、〇〇〇円、原告キヌの分は金三〇、〇〇〇円をもつて相当であると認める。

(5)、従つて、原告与一の本訴請求は、被告に対し金四〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和二六年一二月一二日(本件訴状送達の翌日である。このことは本件記録によつて認めることができる。)より以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、原告キヌの本訴請求は、被告に対し金三〇、〇〇〇円及びこれに対する右一二月一二日より以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、それぞれ正当であるが、その余は失当として棄却すべきである。

二、次に被告の反訴について判断する。

(1)、原告与一が、昭和二五年一〇月二九日被告設置の矢板を取りこわしたこと及びそれが不法な行為であることは、前記本訴について判示した通りである。

(2)、そこで被告主張の損害について考えてみる。

(イ)、被告本人の訊問の結果(第二回)によると、原告与一の取りこわした矢板を修復するのに、被告において取りこわされた当時金一、九五〇円を出費していることが認められる。そうすると、被告の右出費は、原告与一の不法行為に因り被告の蒙つた損害であること言をまたないから、同原告において被告に賠償すべき義務あること明白である。

しかしながら、原告与一が、矢板を取りこわすについて、原告キヌが責任を負うべきどのような不法行為をしたかについては、被告において主張立証をしていないから、右被告の損害につき原告キヌに賠償を求めることができないこと多く言わないでも明かである。

(ロ)、なお、被告は、原告等が本訴を提起したことを不法とし、本訴に応ずるために要した被告の一切の費用の賠償、本訴を提起されたこと等に因り被告の妻訴外ハルヱの健康を害したことに因る被告の精神的苦痛に対する慰藉料の支払を、原告等に求めている。そして、被告が、原告等の本訴提起の不法であると主張する理由は、原告与一において矢板を取りこわしたため、被告において原告与一に暴行したのであるから、暴行を受けるのは当然で、暴行を受けたことに因つて生じた原告等の損害賠償を求め得ないものであるのに、これを知りながら敢えて本訴を提起したというところにあるようである。原告与一が、矢板を取りこわしたことの不法であること、しかし、これに対して被告が暴行をすることも、わが国法制上許されない不法なものであることは、前記本訴において判示した通りである。従つて原告等の本訴提起をもつて、被告主張のように、不法なものであるとする理由がないから、前記損害及び慰藉料についてその発生及び額等について判断するまでもなく、この賠償を原告等に求める被告の反訴請求部分は理由がない。

(3)、そうすると、被告の原告等に対する反訴請求は、原告与一に対し金一、九五〇円及びこれに対する昭和二六年三月二五日より以降完済まで、年五分の割合による遅延損害金を求める限度において正当であるが、その余は失当として棄却を免れないものである。

三、よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条第一項本文、第九三条第一項但書を、仮執行の宣言につき本訴及び反訴につき同法第一九六条を、それぞれ適用して主文の通り判決する。

(裁判官 布谷憲治)

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