大判例

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小倉簡易裁判所 昭和38年(ろ)314号 判決

被告人 藤井利徳

昭九・一・二一生 会社員

主文

一、被告人を罰金五千円に処する。

二、右罰金を完納しないときは金二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

三、本件公訴事実中被告人が法定の除外事由なくして上田星子に対し米穀八四〇瓩を売り渡した旨の訴因につき被告人は無罪

理由

(罪となるべき事実)

被告人は法定の除外事由がないのに昭和三十八年二月十二日石川博章ら二名を使用して、米穀八四〇瓩を下関市西南部町から北九州市戸畑区殿町四丁目上田星子方まで、自動車で輸送したものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

一、食糧管理法第九条第一項第三一条、同施行令第一一条同施行規則第四七条(罰金刑選択)

二、刑法第一八条

(無罪部分)

検察官はなおその訴因第一として、被告人が昭和三十八年二月十二日北九州市戸畑区殿町四丁目上田星子方において同女に対し、法定の除外事由がないのに、米穀八四〇瓩を代金七万円で売り渡したことを挙げ、右は食糧管理法(以下単に法という)第九条同施行令第八条同施行規則第三九条に違反し、同法第三一条に該当すると主張するところ、前掲各証拠によれば右主張事実はすべてこれを認めることができる。

そこで本件における問題点は専ら右法令の効力如何にかかるのであるが、法第九条第一項は「政府ハ主要食糧ノ公正且つ適正ナル配給ヲ確保シ其他本法ノ日的ヲ遂行スル為特ニ必要アリト認ムルトキハ政令ノ定ムル所ニ依リ主要食糧ノ配給加工製造譲渡其ノ他ノ処分使用消費保管及ビ移動ニ関シ必要ナル命令ヲ為スコトヲ得」とあり同法施行令第八条は「主要食糧の適正な流通を確保するため特に必要があると認めるときは第五条の五による制限のほか農林大臣又は都道府県知事は前条第九条又は法第三条第一項の規定により売渡をすべき場合を除いて主要食糧を所有する者に対しその者の行う主要食糧の譲渡に関し、その相手方又は時期を制限することができる」とし、同施行規則第三九条は「法又は法に基く命令の規定により定める場合又は農林大臣の指定する場合を除いて何人も米穀を政府以外の者に売り渡してはならない」と規定しているのである。

そうすると法又はこれに基く命令による場合もしくは政府に対する米穀の譲渡が適法なことは右規定をまつまでもなく明白であるから、同条の趣旨は農林大臣の指定する場合(それが如何なる場合かは明白ではないが)を例外として、一般的に米穀の譲渡を禁止するにあるものと解せざるを得ない。

しかし前記施行令第八条はこのような広汎な禁止を命ずる権限を農林大臣又は都道府県知事に与えているのであろうか。

同令中他の条文を参照するに「米穀の生産者はその生産した米穀を政府以外の者に売り渡してはならない」とする同第五条の五、「政府以外の者は米穀の生産者からその生産した米穀を買受けてはならない」とする同第八条或は「政府以外の者は主要食糧を輸入した者から当該主要食糧を買受けてはならない」と定める第十一条第二項などがあり、いずれも一般的な禁止を明示している。右のような条文の体裁より見れば令第八条が一般的禁止規定でないことは明白であるのみならず、令第九条は「主要食糧を有効に利用するため特に必要があると認めるときは、農林大臣又は都道府県知事は、第七条又は法第三条第一項の規定による売渡を除いて、命令の定めるところにより主要食糧の所有者に対し、その所有する主要食糧を政府に売り渡すべきことを命ずることができる」ものとしているのであるから、同令は生産者又は輸入者に対し、その生産し又は輸入した米穀或は主要食糧を政府に集中せしめ、右以外の者に対してはそれら生産者輸入者からの買受などにより食糧の集中を妨げないことを命じ、これを以て足りるものとし、例外的に特に必要ある場合に限り、生産者輸入者以外の者に対しても、その所有する主要食糧を政府に売り渡すべきことを命令し或はその所有する主要食糧の譲渡に関し、相手方又は時期を制限することができるものとした趣旨と解されるのである。

従つて前記令第八条は農林大臣に対し、生産者輸入者など以外の者の所有する主要食糧の譲渡を全般的に禁止する権限を与えたものではなく、例えば端境期に限り或は特定の取扱業者、都市の消費者などを指定することにより、これに制限を加えることができるというにあるものと認められるのである。

かように解することはあまりにも条文の字句にとらわれすぎた考え方との非難があるかも知れない。

しかし所有者が自己の支配下にある財物を処分することは本来所有権の範囲に属するのであるから、その制限は法律の明文によるべきであること憲法二九条の明定するところであり、ましてその違反につき刑罰を予定する以上は同第三一条の規定により、その規範は形式的にも実質的にも厳格かつ明瞭であることが要求されるのである。

思うに食糧の絶対量が不足しつねに一定量を国外からの輸入にまたねばならないわが国において政府の手による食糧の管理が要請せられ、ひいて国民の自由が制限を受けることはまことにやむを得ない次第であつて、その技術的特質からそのすべてを法律で規制することなく、その一部を政令その他の命令に委ねることもまた当然であるが、このことは決して前記のような憲法上の要求を退ける理由とはなり得ない。

政令その他の命令は、それが財産権を制限し、或は刑罰を伴うかぎりにおいて、つねに必ず法律に基き、その授権、委任の範囲内においてのみ規定されねばならない。法九条は政令の、いわゆる枠のなかで、必要な規定を定めることを命令に委任した趣旨であつて、法の目的にたとえ合致するとしても、その枠を超えた命令を有効とする趣旨ではない。

以上の次第で、本件施行規則第三九条はその根拠規定たる同法施行令第八条の委任した範囲を超えたものと認められ、従つて右規則は憲法第二九条第三一条に違反し、同法第九八条第一項によりその効力を有しないものといわなければならない。

そうすると、右規定に違反したことを内容とする本件訴因は本来罪とならないものというべきであるから刑事訴訟法第三三六条前段に則り主文で無罪の言渡をなすべきものである。

(裁判官 富川秀秋)

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