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山口地方裁判所徳山支部 昭和44年(ワ)26号 判決

原告(昭和四四年(ワ)二六号)

青木滋子

ほか二名

原告(昭和四四年(ワ)一五四号)

国重君江

ほか二名

原告(昭和四五年(ワ)二〇二号

青木ハル

被告

福山通運株式会社

ほか一名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は「被告らは各自、原告青木滋子(以下原告滋子という、以下これにならう)に対し金七四〇万七、九三三円、原告青木且任、同孝子に対し各金五五九万二、二六六円宛て、原告国重君江に対し金六八二万一、一六六円、原告国重幹男、同府公子に対し各金四二三万四、三四六円宛て、原告青木ハルに対し金一〇〇万円及び右各金員に対する昭和四三年七月五日以降各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする」との判決および仮執行の宣言を求め、その請求の原因として

一、(事故の発生)

昭和四三年七月三日午後一一時〇五分頃、訴外青木己代治(以下己代治という)はホンダ六七年式第二種原動機付自転車(以下単車又は被害車という)を運転し、後部に工場同僚訴外国重弥作(以下弥作という)を同乗させ、山口県徳山市桜馬場二丁目一〇番地先の国道二号線を新南陽市方面から下松、岩国市方面に向けて道路左側部分(上り線)の区分帯右側(つまり三区分帯ある中のセンターラインに最も近い区分帯)を進行中、同進路の中央区分帯を同一方向に東進してきた被告中島が運転する被告会社所属大型貨物自動車(福岡一い一七八七、ふそう六六年式、以下加害車又は被告車という)が、いきなりセンターライン沿い区分帯に侵入して同所交差点すぐ手前に設置されているコンクリート製緑地帯との間に二人乗単車を挾み圧しつけ、接触転倒させ、因つて己代治に対し頭蓋骨々折、弥作に対し脳挫傷及び急性硬膜下血腫の各瀕死の重傷を負わせ、己代治は救急車で病院に運ばれる途中同日午後一一時三〇分頃、弥作は同月五日午前七時頃徳山市速玉町三番一五号徳山中央病院にて、それぞれ死亡するに至らしめた。

二、(被告中島の過失)

凡そ自動車運転者たるものは並進する車両ある場合、自車の進行区分帯以外の区分帯に移り進路を変更する際は、並進車の有無を確かめ以て他区分帯を進行する車両の進路を妨げこれとの接触事故の発生を未然に防止すべき義務があり、これが為めバツクミラー等による後方確認はもとより他区分帯進行車との距離、間隔動静を十分注意すべきであるのに、同被告中島は之を怠りカーブ(同所の先は国道が大きく右カーブしている)や区分帯を無視して直進したことにより本件事故を惹起させるに至つた。

三、被告福山通運株式会社(以下被告会社という)の地位

被告会社は多数トラツクを所有し貨物運送を盛業中の会社であり、被告忠義はその使用人として被告会社所属トラツク運転の業務に従事していた。

而して被告会社は加害車を当時自己のため運行の用に供していたものである。

四、(損害)

(一)  原告滋子、且任、孝子、ハルの損害

1  己代治の失つた得べかりし利益

己代治は昭和七年六月二九日生(当時三六才)の健康な男子で山口県新南陽市に本社を置く我国著名のソーダ、工業薬品メーカー(従業員数三、三〇〇名、資本金八〇億円)東洋曹達株式会社に勤務し、給与一ケ月五万九、七九〇円、手当(夏季、年末の二回を合わせ)年間一八万九、九〇〇円を得同人の生活費は一ケ月一万五、〇〇〇円、年間一八万円であつたので、これを差引くと七二万七、三八〇円が同人の年間純益となる。

ところで昭和四一年厚生省簡易生命表によれば同人は三五・九五年の余命があり本件事故に遭わなければ停年の満五五才迄一九年一一月余稼働し得、少くとも右程度の収入を得た筈であるのにこれを喪失した。

よつて右金額を基礎としてホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して死亡時の現価を求めると金七二七万八、八〇〇円となりこれが己代治の逸失利益としての損害額となる。

2  己代治は昭和三二年一月二三日会社に入社、五五才の停年時に退職したとせば勤務年数三〇年一一ケ月となり会社退職金規程によれば停年迄の昇給を加味して金四〇六万一、〇〇〇円となるが、これをホフマン式計算法により死亡時における現価を求めれば二〇三万円(万以下の端数は切捨)となる。しかしこの中己代治は金五六万五、〇〇〇円の退職金を既に受けているのでこれを控除すれば金一四六万五、〇〇〇円の損害を蒙つたということができる。

3  次に己代治の停年退職後、なお七年間は就労可能であるから、少くとも(その後の昇給を全然度外視する)死亡時における給料と同一額の収入を得ることは確実で、年間七二万七、三八〇円、七年間では合計五〇二万二、三六〇円の純益を得これにつきホフマン式計算法により現価を算出すると金二一三万二、九一九円になる。

4  死亡者己代治本人の慰藉料

己代治は三六才の未だ壮年にして妻子遺し、無念死亡したものでその精神的苦痛は絶大なものであつたのでその苦痛に対する慰藉料としては金二〇〇万円が相当である。

5  原告青木らの相続

原告らは己代治の妻と二子であり己代治の死亡により以上の合計金一、二八七万六、七三二円の各1/3に相当する金四二九万二、二四四円宛てを相続により承継した。

6  同原告ら固有の慰藉料

本件事故により原告らはそれぞれ多大の精神的苦痛を蒙つたが右苦痛に対する慰藉料としては原告滋子につき金三〇〇万円、且任、孝子につき各金二〇〇万円宛が相当である。

7  弁護士費用

原告らは以上のとおり損害賠償請求権を有するものであるが被告らがそれを任意に弁済しないので、原告らは已むなく山口県弁護士会所属弁護士西岡昭三、同西原要人に対し本訴の提起と追行を委任し、山口県弁護士会報酬規定所定以下である手数料、謝金として滋子につき合計一〇〇万円、原告且任、孝子につき各三〇万円宛以上合計一六〇万円の支払債務(本判決言渡日を支払日として)を負うので、原告らにとり以上の弁護士費用も本件事故と相当因果関係にある損害というべきである。

8  原告滋子の余儀なくされた出費

原告滋子は本件事故により次のような支出を余儀なくされた。

(イ) 己代治治療費 高取整形外科に四、〇〇〇円、徳山中央病院に一、一六三円を各支払い右同額の損害を蒙つた。

(ロ) 葬儀費関係(霊柩車、タクシー代、写真代、寺院回向料、焼場謝礼、葬儀料理飲食代をすべて含む)一一万五、六六七円を支出し右同額の損害を蒙つた。

以上合計一二万〇、八三〇円

9  保険金の受領と充当

己代治の死亡により原告らは自動車損害賠償責任保険金三〇〇万円を受領したので各相続人の相続分に応じてこれを配分すると各原告につき一〇〇万円宛となる。

よつて滋子の損害額は上記5、6、7、8の合計額金八四〇万七、九三三円から9を控除した金七四〇万七、九三三円、同且任、孝子の損害額はいずれも上記5、6、7の合計額各金六五九万二、二六六円から9を控除した金五五九万二、二六六円と成る。

10  原告ハルは己代治の老母であるが本件事故によつて、老後余生を託した息子に先立たれ悲嘆にくれ、多大の精神的苦痛を受けたので、これを慰藉する金額としては金一〇〇万円が相当である。

(二)  原告国重君江、幹男、府公子の損害

1  弥作の失つた得べかりし利益

弥作は大正一〇年二月二〇日生(当時四七才)の健康な男子で東洋曹達株式会社に勤務し、給与一ケ月金六万九、五一三円、手当(夏季、年末の二回を合わせ)一ケ年金二四万一、八〇〇円を得、同人の生活費は一ケ月二万円、年間で二四万円であつたので、これを差引いた金八三万五、九五六円が同人の年間純益となる。

ところで昭和四一年厚生省発表簡易生命表によれば尚二七年の余命が有り、本件事故に遭わなければ停年の五五才に達する迄七年七月余稼働し得、少なくとも右程度の収入を得た筈であるのに、これを喪失した。

よつて右金額を基礎としてホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して死亡時の現価を求めると金五三〇万六、二五三円となりこれが弥作の逸失利益としての損害額となる。

2  弥作は昭和二六年四月二一日会社に入社、五五才の停年時に退職したとすれば勤務年数は三五年二月となり、会社退職規定によれば死亡時の給与を停年退職時の給与として計算すれば金二五一万九、〇〇〇円となるがこれをホフマン式計算法により死亡時における現価を求めると金一八一万三、六八〇円となるところ、既に金一一六万八、〇〇〇円の退職金支払を受けているのでこれを控除すると六四万五、六八〇円の損害を蒙つたということができる。

3  次に弥作は停年退職後なお七年間は就労可能であるから、少なくとも死亡時の給料と同額程度の収入を得ることは確実であり、七年間の合計五八五万一、九九二円の純収益につきホフマン式計算法により現価を算出すれば金三二五万一、一〇六円となる。

4  死亡者弥作本人の慰藉料

弥作は四七才の未だ老境と迄は達しない、稼働能力ある中年にして妻子を遺し死亡したのは誠に遺恨の極わみであり、その精神的苦痛は絶大なものがあつたので、その苦痛に対する慰藉料として金二〇〇万円が相当である。

5  原告君江らの相続

君江は弥作の妻、幹男、府公子はその子であり、弥作の死亡により以上の合計金一、一二〇万三、〇三九円の各1/3に相当する金三七三万四、三四六円宛てを相続承継した。

6  原告ら固有の慰藉料

本件事故により原告らはそれぞれ多大の精神的苦痛を蒙つたが右苦痛に対する慰藉料として、君江につき金三〇〇万円幹男、府公子につき各金一〇〇万円が相当である。

7  弁護士費用

原告らは以上のとおり損害賠償請求権を有するものであるが、被告らがこれを任意に弁済しないので原告は已むなく弁護士西岡昭三に対し本訴の提起と追行を委任し、その際手数料、謝金として君江につき合計金一〇〇万円、幹男、府公子につき各金五〇万円宛支払う旨の債務を負つたので原告らにとつて以上合計金二〇〇万円の弁護士費用も本件事故と相当因果関係にある損害というべきである。

8  原告君江の余儀なくされた出費

君江は本件事故により次のような支出を余儀なくされた。

(イ) 弥作治療費 八、〇三〇円(高取整形外科四、六〇〇円、徳山中央病院三、四三〇円)

(ロ) 葬儀費関係 七万八、七九〇円(霊柩車、タクシー代、寺院回向代、仏具代、写真代)

以上合計八万六、八二〇円

9  保険金の受領と充当

弥作の死亡により原告らは、自動車損害賠償責任保険金三〇〇万円を受領したので相続分に応じてこれを配分すれば各原告につき一〇〇万円宛てとなる。

よつて君江の損害額は上記5、6、7、8の合計額七八二万一、一六六円から9を控除して金六八二万一、一六六円、幹男、府公子の損害額はいずれも上記5、6、7の合計額各金五二三万四、三四六円から9を控除して各金四二三万四、三四六円となる。

五、(結論)

よつて被告らは各自、原告らに対し以上の各金員および右各金員に対する事故により後の日たる昭和四三年七月五日以降各支払ずみに至る迄民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

六、(被告の抗弁に対する原告らの認否)

いずれも否認する。〔証拠関係略〕

被告ら訴訟代理人は「原告らの請求をいずれも棄却する、訴訟費用は原告らの負担とする」との判決を求め、答弁として

一、請求原因第一項事実中、原告の主張の日時場所で被告車と己代治運転の単車が接触し、その結果己代治、弥作が死亡したことは認めるが、その余は否認する。

事故発生に至る迄の双方車両の位置関係を争う。

同第二項(被告中島に過失のあつたこと)は否認。

つまり被告中島が右折の方向指示(車体後部右側の赤色灯点滅)を出して後己代治運転単車が、殊に己代治が飲酒酩酊していたこともあつて、被告車の右側に敢て進入してきたため起きた事故であり、本件は専ら己代治の前記無謀運転という一方的過失に基因するもので被告忠義には過失は全然ない。

同第三項は認める。

同第四項中(一)5、(二)5(原告らと己代治、弥作との身分関係)は認めるも、その余(損害の発生及び損害額)及び第五項は全部争う。

(被告らの抗弁)

二、運転者被告中島の無過失

1  加害者と被害単車の接触は甲第一号証実況見分調書添付図面のとおりグリンベルト端の地点であり被告中島はグリンベルト端から三〇乃至四〇米手前の地点でバツクミラーにより自車右側方及び右側後方を確認したところ右側方及び右側後方に並進又は追従する車両のないことを確認し右折の方向指示灯の点滅を開始し、次いでグリンベルト端から一五乃至二〇米手前に進んでハンドルを右に切る迄の間再三バツクミラーで右側及び右側後方を確認して並列車、追従車とも無いのを確認の上右に転把し右隣接区分帯に移り進行した。

以上によれば中島が右折のウインカーを出した時点及びハンドルを右に切つた時点でも被害単車は未だ加害車両の右側方には勿論、バツクミラーで視認し得る右側後方には存在しなかつた。〔証拠略〕

2  〔証拠略〕によれば事故発生前被害車は竹本証人の運転するライトバンの三〇乃至五〇米前方、加害車より後方を同一方向に進行しており、そのことと事故地点で加害車とグリンベルトの間に挾まれる状態で加害車の右側方と接触している事実とを合せ考えれば、被害単車は加害車後方乃至左側後方を追従していたか又は、加害車のバツクミラーで視認できない可成り後方を追従していたと見る外はなく、それが中島運転手のハンドルを右に切つた時点以後において急に(高速度で)加害車右側方に侵入して来たことが推認される。

己代治が如何なる意図でそうしたか即ち追越のためであつたか並進のためであつたかは一切不明であるが、己代治は三人で清酒一升余という大量の飲酒をし、その酔いのための無謀運転か、或いは加害車の右折方向指示を見落としたか、何れかであつて己代治の加害車の右側方侵入は、どう考えても自ら死地に赴く自殺的行為に外ならず、同人の一方的過失に基くことは実に明らかである〔証拠略〕

3  さればこそ被告中島忠義は本件で福岡地方検察庁小倉支部にて、同人の過失が認められないとして、不起訴処分になつた〔証拠略〕

三、運行供用者被告会社の無過失

被告会社は本件加害車の運行に関し注意を怠らなかつたし(証人富田悦二)加害車には機能の障害も構造上の欠陥もなかつた〔証拠略〕

四、予備的過失相殺の抗弁

仮りに以上が認められず被告等に損害賠償責任ありとするも被害車の運転者己代治については前記の酒酔いの上無謀運転をした重大な過失があり、又同乗車弥作は己代治の酒酔運転を承知し、却つてこれを許容の上自己の危険を十分予見しながら敢て被害車に同乗した過失があるので、被告らの賠償すべき額を定めるについては右過失を斟酌すべきである。

五、原告らの慰藉料額は法外に過大に失し、その請求は不当である。

(一)  己代治関係で同原告らは

己代治本人分 二〇〇万円

妻滋子 三〇〇万円

子且任 二〇〇万円

〃孝子 二〇〇万円

母ハル 一〇〇万円

計一、〇〇〇万円

次に弥作関係で同原告らは

弥作本人分 二〇〇万円

妻君江 三〇〇万円

子幹男 一〇〇万円

〃府公子 一〇〇万円

計七〇〇万円

(二)  しかし死亡による慰藉料額は人それぞれで異なり、額に異同の生ずることは免れないところとは言え、近時実務家の間で可成り定額化の傾向にあり、一応の基準として「一家の支柱者の死亡による慰藉料は四〇〇万円、その他は年令、家族構成により減額し概ね三〇〇万円を原則とする」と考えているし、東京、大阪、名古屋各地裁における実務上の基準では近年迄ほゞ三〇〇万円に一定してきたが但し一家の支柱を喪い残された家族が極度に困窮する事態に立ち到つたときは四〇〇万円迄を考慮され、両者全く軌を一にしている。

死亡時の自賠責保険金限度額が五〇〇万円に引上げられた昭和四四年一一月以降、倉田卓次東京地裁交通部長判事作述「民事交通訴訟における損害定額化の実際」二七頁、本井巽大阪地裁判事書策「大阪地裁民事交通部の事件処理の現況」四四頁、東京地裁判事補佐々木一彦演述「東京地裁民事交通部における慰藉料算定基準」二六頁等々によるも一家生計中心者では四〇〇万円を基準とし、それ以外者の死亡では三〇〇万円との定型化の傾向は否定すべくもなく今や厳然と存在する。されば原告代理人の本訴請求はこれに大きく逆行するもので到底納得できない。

(三)  更に死亡本人の慰藉料の相続性を肯定した最高裁判決(昭和四二、一一、一一民集二一巻九号二、二四九頁)以降も東京地裁民事第二七部(交通部)の殆んどの判決がこれを否定していることは周知のとおりであり、それは暫く措くとしても、実務上慰藉料の総額は相続税をとると否とに拘わらず、又遺族数の多寡とも無関係に一定とする取扱いで、前記三〇〇万円乃至四〇〇万円の額は死者一人についての総額の基準である。(財団法人日弁連交通事故相談センター発行「判例の動向に基づく交通事故相談における損害額算定基準」参照)

六、その他の損害額について

被告らは原告主張の損害額を悉く強く否認するものであるが、特に以下列記するものはその額が著しく常軌を失し阿漕ぎ強欲にして余りにも不当な請求である。

(一)  弁護士費用 原告ら全部について不法行為と相当因果関係にある弁護士費用として被告らに請求するところは異常な迄多額にして、明らかにこれを以つて事故と相当因果関係にある損害とは言えない。

(二)  反面己代治、弥作の生活費控除の算定は誠に過少に過ぎる。

原告は己代治につき生活費一ケ月一万五千円、弥作につき二万円と算定するが、一般的に生活費控除額は年少者及び単身者については収入の五〇%、扶養義務者については家族数、収入、職種等の事情に応じ二五乃至五〇%が相当であり(前掲書参照)己代治、弥作両名についてはいずれも三三%程度が相当と認められる。されば己代治の年収九〇万七、三八〇円の三三%即ち年額三〇万円が、又弥作の年収一〇七万五、九五六円の三三%即ち三五万円が年間生活費として夫々控除さるべきである。

(三)  己代治、弥作の定年退職後、給料相当の収入を逸失利益として計上するのは過大である。

(1)  先づ原告主張の右両名共五五才の定年退職後なお七年間死亡時における給与と同程度の収入を得られる筈であるとするのは明らかに失当である。

(2)  一般に労働可能年数について成年者では定年制ある給与所得者は定年迄、その他自営、自由業者については六〇才又は六三才とするのが相当であり(前掲書参照)、故に本件の請求はこの点でも失当である。少くとも定年後の収入を、働き盛りの死亡時(己代治は三六才、弥作は四七才)の給料額と同程度と見るのはいかにも常識に反し、過大請求であることは疑うべくもないと述べた。〔証拠関係略〕

理由

原告主張の日時に原告滋子の夫であり他の原告青木らの父である亡己代治が単車の後部荷台に工場同僚の原告君江の夫であり、その他の原告国重らの父である亡弥作を同乗させ国道二号線を新南陽市富田より下松、岩国方面に向け進行し、徳山市(のほゞ中央徳山市役所から約四〇〇米東寄り)桜馬場二丁目一〇エツソガソリンスタンド前交差点附近に差しかゝり、原告主張の個所にて被告会社従業員、被告中島忠義の運転する加害車と接触したこと、そしてそのため亡己代治、同弥作が瀕死の重傷を負い同日(七月三日)午後一一時三〇分、同月五日午前七時相次いで死亡するに至つたことは当事者間に争いがない。

そして当時被告会社が本件加害車の保有者であつたことも当事者間に争いがないから自動車損害賠償保障法三条但書の免責事由が認められない限り被告会社としても亡己代治、弥作の各相続人である原告らに対し、同人らの死亡によつて生じた人的損害につき賠償の責を免れない。

そこで本件事故発生の模様を各証拠によつて明らかにし、右免責事由の有無につき検討する。

1  現場の道路状況

〔証拠略〕を綜合すれば事故現場は東西に通ずる国道二号線に、これと南北に交差する市道(北側は二番町通幅員一二米のコンクリート舗装、南側は昭和通で幅員七米のアスフアルト舗装)との交差点にて、同所から先き(東方)は大きく右にカーブし、同交差点手前(即ち西側)に中央グリンベルト(三米幅、コンクリート製)が設置され、その北側部分(即ち上り車線)の車道幅員一〇米九〇、南側(反対下り車線)幅員一一米五〇のコンクリート舗装であり、その両側に幅員四米三〇、五米四〇の各アスフアルト歩道がある。

国道上は平坦、乾燥し、見透しを妨げる障害物はない。同所は六時から二二時迄最高五〇粁の速度制限があるが事故発生時は深夜で速度制限は解除され、信号機も作動を止めていた。照明は交差点の四隅の角に各一基づゝ水銀灯が設置してあるが交差点が広いため明るくはなく、四囲の商店のネオンが幾分差し込み、現場は薄明の状態であり、同所の交通量は平素極わめて繁密のところ深夜のため一分、上り線自動車一五台、原付自転車五台、計二〇台程度である。

2  被告中島運転加害車の状況

〔証拠略〕を綜合すれば、被告中島は加害車を運転し時速四〇乃至五〇粁で上り線内三区分帯の中央区分帯を、すぐ前を先行するライトバン二台に追従して本件現場手前に差しかゝり、同所先きから国道は右に大きく湾曲しているところから約三〇乃至四〇米手前で(国道を直進するとはいえ)右折の方向指示灯の点滅を始めると共に左右の安全確認、殊にバツクミラーによる右後方確認を行ないたるも別段並進車或いは右後方追従車を共に認めなかつたので、交差点手前(事故現場たるグリンベルト先端)から一五乃至二〇米手前でハンドルを右に切りなおバツクミラーで再度右後方を確認しセンター沿いの区分帯(三区分帯中一番右側)に進路変更し、そこから国道が大きく右に曲がるので、自身では可成り大曲りした積もりが結果的には内側区分帯から最短距離で交差点に入り通過せんとした際右後部車輪附近にごとごと二回異和音を聴いたが、つい最前迄追随車、並列車を見なかつたのでまさか他車と接触したとは夢にも考えられず、そのまゝ進行を継続し同所から三〇〇米先きで、居合わせた第三者(竹本栄)の急報に接し始めて事故を知り現場に戻つたことが認められる。

3  被害単車の状況

〔証拠略〕によれば己代治運転の被害単車について、竹本証人は所用のため下松から西方に行つた帰途同日事故発生前(同日午後一一時一寸前頃か)国道上をライトバンを運転して東進中、新南陽市と徳山市との境界(徳山市の西の街外れ)附近で道路工事があり一方通行の個所で単車が竹本車を右側から追越し、その後は三〇乃至五〇米の間隔を置いて竹本はずつと単車に追従し、本件現場に至る迄の間、同単車は或いは道路左端を或いは道路中央寄りを二、三度繰り返えし往復する蛇行の運転状況を目撃したが事故直前三〇米の地点では道路の中央寄りを進行していたのを目撃したこと(但しこれを最後としそれ以後衝突時迄の被害、加害両車の位置関係は見ていないこと)

4  〔証拠略〕を綜合すれば単車運転の直前迄各被害者らは三人で清酒の銚子一三本(量にして一升)を飲み相当に酩酊しており医師の診察時もなお酒臭紛々としていたことが明らかであり

5  〔証拠略〕によれば、中島忠義に対する本件業務上過失致死被疑事件は、福岡地方検察庁小倉支部にて捜査の結果翌四四年六月頃被疑者中島の過失が認められないとして不起訴になつた事実

が各認められ、証人竹本栄の証言中以上の認定に反する部分は措信し難いし、他に右認定を左右するに足る証拠は別段ない。

以上認定の諸事実を繋ぎ合わせ、且つこれらを全部総合して考察すると、先づ被告車は同交差点にさしかゝり、その先きが右に大きく湾曲しているところから従前の進行区分帯を右側区分帯に移動して同交差点の横断にかゝつたが、〔証拠略〕によれば、この区分帯は別段法律上のものでなく、唯多数車の混雑する交通量の多い場合、みだりに左右区分帯に進路を移動することはそれ自体並進或は追従する他車の進行の妨げに成り、これとの接触、或いは衝突の危険を伴うことは当然であるとしても、当時は深夜で交通量も減少し、被告忠義は予め右側方並びにその後方の安全をバツクミラーにて再三確認し、交通の妨げとなるような他車を認めなかつたからであるのでこれを以つて直ちに違法、不当の交通方法ということを得ない。まして〔証拠略〕によれば予め三〇乃至五〇米手前にて右折の指示灯点滅の合図を正規に為しているのである。

又右折の合図を発したこと自体も司法警察員山上昌士の証言によれば忠義が同所で右方昭和通方向に右折する為めではなく、同交差点を直進する為めであつたとしても同所が右に大きくカーブしている本件にあつて右折の合図そのものは運転者の自由に委せられているところであつて法律的にみて問題はなくこれを以つて違法な合図であつたとも謂えない。

結局前段1乃至5事業を繋ぎ合わせ、これらを合理的に綜合考察すれば被害車は被告忠義がバツクミラーで右後方を確認した時点では、未だ被告車の右後方附近、それも加害車運転者の確認できない加害車の真後ろすぐ近くを追従していた(そのため現場手前五〇乃至三〇米の地点でも運転者忠義にはこれを視認し得なかつたのである)が、現場直前に至り己代治は当時大量飲酒して可成り酩酊していたところから注意力散漫となり加害車の右折の合図を見落すか、或いは之を無視し被害車を加害車の右側方にいきなり進入せしめ、そのため加害車と中央緑地帯の間に挾まれ接触転倒し本件事故を発生せしめたことを推認するに難くないのである。

「死人に口なし」の譬のとおり被害車運転の己代治、その同乗者の弥作は共に既に亡く事故の瞬間における正確な状況を伝える目撃証人の全く存しない本件(証人竹本栄の証言は前記のとおり現場手前三〇米のところで杜絶している)にあつては、果して、然らば運転者己代治が何故かゝる突飛な行動に出たか、一見不可解でその真相は不明のようではあるが、〔証拠略〕によれば当時加害車の前方すぐのところをライトバン二台が続いて進行しその一台は右折し(昭和通方面に)他の一台は直進していたことが認められそれらに妨げられ加害車の速度も前段認定のとおり同所附近で毎時四〇粁程度に迄落ち交通が渋滞気味のところ、且つは加害車は八屯車という長距離貨物専用の大型車のため、あとを追従する車両にとつては前方が邪魔になり視野が妨げられること、当時は既に夜も更け帰途を急ぐ気持は誰しも同じで(なお被害者己代治は三人でしたたか飲酒した後、自己の被害車の荷台に同僚弥作を乗せ態々下松市なる同人宅に送り届ける途次であつたことが明らかに推認できる)、同所交差点が急に拡がつているところから、一気に加害車の側方に進出せしめてこれを追越さんとする気持であつた旨を、すぐ後方を追従したライトバン運転者竹本も述べていることが、前記推定事実を或る程度裏付けるに足ると考えられる。

以上認定のとおり加害車運転者の被告忠義の通行方法には何ら過誤はなかつたと謂うべきであり、してみると寧ろ本件事故は被害者である原告らの先代己代治自身が他車を追従するに際しては前方を進行する車両の動静に注意し前車の合図に応じ自己の進路を安全に切り変え、以つて前車や並列車との接触事故を未然に防止すべき注意義務に違反し、本件事故は己代治が酒酔いの上での無謀運転か乃至は被告車の右折合図を無視して道路中央寄りにいきなり進出した為め発生したもので、若し同人が車両運転者として前記義務を遵守していれば容易にこれを避け得たことは明らかである。

これを要するに本件事故については被告中島忠義には何ら過失がなく、専ら己代治の右重大な過失によつて生じたものといわねばならない。

又〔証拠略〕によれば被告会社が被告車の運行に関し注意を怠らなかつたこと及び被告車には構造の欠陥も機能の障害もなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はなく、されば被告会社の免責の抗弁は理由があり、以上によれば原告らの被告中島忠義に対する本訴請求、又被告会社に対する請求は、その他の点を判断する迄もなく共に失当である。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 山下進)

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