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山形地方裁判所 昭和29年(行)9号 判決

原告 庄司寿太郎

被告 山形県知事

主文

被告が、原告に対し昭和二十九年二月十二日附でなした別紙目録記載の農地に関する賃貸借契約更新拒絶不許可処分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、請求の原因として、別紙目録記載の農地(以下単に本件農地と称する)は、原告所有の農地で、原告が三十数年前から耕作していたものであるが、原告は、昭和十七年十二月十五日訴外常川喜代治に本件農地を他の三筆の農地二反一畝二十三歩と共に、小作料は適正小作料額、期間は昭和二十八年十二月十五日迄と定めて賃貸した。昭和二十八年三月十二日原告は被告に対し、右賃貸借契約更新拒絶許可申請をなしたが、被告は、昭和二十九年二月十二日附で右更新拒絶を許可しない旨の処分をなし、右処分は同月二十三日原告に通知された。然し右不許可処分は次の理由によつて違法である。即ち、原告は従前から専業農家であつて、田地五反二畝二十五歩、畑地三反五畝十七歩を耕作していたところ、昭和十六年六月十九日原告の妻とみのが死亡し、更に昭和十七年十二月には次男光三が入営するに至り、ために、労力不足をきたし、止むをえず、光三の入営した月の十五日に右訴外人に前記農地を小作させることにしたのである。なお、右小作契約の期間について、最初は光三の帰還迄と約したのであるが、契約書作成の時に当つて、右訴外人より一応契約期間は十年間として貰いたい。光三が帰還した際には返還する旨の申入れがあつたので、原告はその旨を信じて前記趣旨の契約を締結したものである。同訴外人は、当時から現在に至るまで荷馬車曳を本業としている者であり、原告から右の農地を借り受けてようやく農家の態をなしてきたものである。ところで、原告と右訴外人との現在の各耕作面積を比較するに、原告の耕作面積は田地一反四畝三歩(内自作地五畝二十六歩)、畑地四反六畝七歩(全部自作地)、同訴外人のそれは田地七反八畝十四歩(内自作地三反九畝十八歩)、畑地一反二畝九歩(内自作地七畝八歩)である。なお、同訴外人の自作田地のうちには、原告が賃貸した本件農地以外の三筆の農地二反一畝二十三歩で、農地改革の結果政府が買収して同訴外人に売渡されたものを含んでいるのである。次に原告と同訴外人との各家族数並びに農耕に従事しうる人員についてみると、原告の家族は、原告の母、妻、次男光三、その妻、孫二人及び四男の八人で、原告夫婦、次男夫婦の四人が農耕に従事することができるのに対し、同訴外人の家族はその妻、次男夫婦、孫三人であり、その次男は現在同訴外人の営んでいた荷馬車曳を引継いでいるので農耕に従事しうるものは、同訴外人と次男の妻の二人にすぎない。原告は労働力のみならず、本件農地を耕作するに充分な施設、農具を有しており、生計上も本件農地の返還を受けなければならない必要に迫られているのである。以上の事情は、原告が本件農地の賃貸借契約の更新を拒絶する正当の事由に該当するものと云うべく、右更新拒絶の申請を容れなかつた被告の処分は違法である。そこで、原告は、昭和二十九年四月十二日被告の右不許可処分に対して、農林大臣に訴願をなしたが、その後三ケ月を経過するも裁決がなされない。よつて被告の右処分の取消を求めるために本訴に及ぶ次第であると陳述した。

被告代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする旨の判決を求め、答弁として、原告の主張事実中、本件農地の賃貸借契約の期間につき、原告の次男光三が復員する迄との定めがあつた旨原告が本件農地を賃貸するに至つた理由が原告家の労力不足に基因する旨、訴外常川喜代治が副業として農業を営む者である旨及び原告が生計上本件農地を必要とする旨の主張並びに原告及び同訴外人方の各農耕に従事しうる人員に関する点はいずれも否認するが、その余の点はこれを認めると答え、本件更新拒絶は農地法第二十条第二項各号に規定する場合のいずれにも該当せず、特に右更新拒絶によつて賃借人が相当の生活を維持することが困難となる場合であるから、原告の右更新拒絶を許可することはできず、従つて被告のなした不許可処分は違法でないと附陳した。

(立証省略)

理由

原告は、本件農地の所有者で、従来田地五反二畝二十五歩、畑地三反五畝十七歩を耕作する専業農家であつたが、昭和十六年六月原告の妻とみのが死亡し、昭和十七年十二月その次男光三が入営するに至り、同月十五日訴外常川喜代治に対し、本件農地を他の田地三筆と共に、期間は昭和二十八年十二月十五日と定めて賃貸したこと、昭和二十八年三月十二日原告は被告に対して右賃貸借契約の更新拒絶の許可申請をなしたが、被告は右更新拒絶を許可しない処分をなしたこと、並びに原告が同年四月十二日右被告の処分に対して、農林大臣に訴願をなしたが、その後三ケ月を経過するも裁決がなされなかつたことはいずれも当事者間に争いがない。そこで、本件賃貸借契約成立の事情、右契約当事者双方の農業経営の状況及び原告の経営能力、右契約当事者双方の家族及び生計の状況並びにその他の事情について、以下において順次検討する。

第一、本件賃貸借契約成立の事情について。

当事者間に争いのない事実並びに乙第一号証の一、三乃至五(いずれもその成立に争いがない)、証人真壁仁兵衛、武田実、会田進一の各証言を綜合すると次の事実が認められる。即ち原告は、従来田地五反二畝二十五歩、畑地三反五畝十七歩を耕作する専業農家で、三十数年前から本件農地を耕作していたところ、昭和十六年六月十九日原告の妻とみのが死亡し、昭和十七年十二月には原告の次男光三が入営するに至り、労力に不足を生じたため、止むを得ず、本件農地を前記訴外人に賃貸することとした。同訴外人は、従来荷馬車曳を専業として生活してきたのであるが、昭和十三年以降農村における労力が不足してきて、一方で農地を手離す者が増してきた際に農耕を始め、本件賃貸借契約締結前は他から約三反五畝の田地を借りて耕作していたが、長期間借り受けることを条件として、本件農地を耕作することとし、右の約三反五畝の田地を返還した。前顕乙第一号証の四、五、甲第八号証(証人古川政助の証言によつて成立を認める)に右賃貸借契約は一時賃貸であるかの如き記載があるけれども、未だ以て前記認定を覆すに足らず、他に右認定に反する証拠はない。

第二、本件賃貸借契約当事者双方の農業経営の状況並びに原告の農業経営能力について。

原告の現在の耕作面積が、田地一反四畝三歩(内自作地五畝二十六歩)、畑地四反六畝七歩(全部自作地)であり、右訴外人の耕作面積は田地七反八畝十四歩(内自作地三反九畝十八歩)、畑地一反二畝九歩(内自作地七畝八歩)であることはいずれも当事者間に争いがない。同訴外人は従来荷馬車曳を専業としていたが、昭和十三年頃から耕作を始めたものであることは先に認定したとおりであり、前顕乙第一号証の五並びに同第三号証(成立に争いがない)によれば、同訴外人の次男登は同訴外人の跡を継いで日本通運株式会社山形支店の荷馬車曳を業とし、昭和二十八年度一年間において、右支店より合計金十六万六千七百四円(必要経費として支払われた金八万四百四円を含む)の支払を受けていることを認めることができる。又前顕乙第一号証の一並びに証人本田仁一の証言によれば、農耕に従事しうるものは同訴外人方では三人であるのに対し、原告方では二人であるけれども、原告方では農具等も揃つておりその経営能力は充分であることを認めることができる。右認定に反する証拠はたやすく措信できない。

第三、本件賃貸借契約当事者双方の生計について。

甲第三号証の一、二(いずれも成立に争いがない)、前顕乙第一号証の一、四並びに証人武田実の証言によれば、原告の家族は、原告の母、妻、次男夫婦、四男並びに孫二人の七人であり、次男は山形市内の鋳造会社に勤務していること、右訴外人の家族は、妻、次男夫婦、孫三人、他一人の七人であることを認めることができる。右認定に反する証拠は信用できない。右の事実と先に認定した原告並びに同訴外人の各耕地面積、右訴外人次男登の収入等を綜合すれば、同訴外人に比べて、原告の方がより生計が苦しく、本件農地に対する必要度はより高いものと認められる。

第四、その他の事情について。

前顕乙第一号証の一、三並びに証人武田実、黒木重助の各証言に証れば、右訴外人は本件農地に赤土を入れ、右農地中に存在した大石を砕いて除去する等土地の改良に尽力した事実を認めることができる。右認定に反する証拠はない。然し同訴外人が原告から本件農地と共に借り受けた田地三筆二反一畝二十三歩は、農地改革により政府が原告からこれを買収し、同訴外人に売渡しになつたことは当事者間に争いがない。

そこで、以上認定の事実は、原告において本件農地の賃貸借契約の更新を拒絶するに足る正当の事由と認められるか否かについて判断することになるが、被告は、右更新拒絶は農地法第二十条第二項各号に該当せず、特に賃貸借契約の終了により賃貸人の相当の生活の維持が困難となる場合であると主張するので、その前に農地法第二十条第二項の法意について考えることにする。従来の農地乃至小作立法は、農業生産力の増進と云う経済・農業政策的な目的を主旨としたことは勿論であるが、同時に多分に経済的弱者たる小作人を保護するため、国家的干渉を加えて両者の利害関係を合理的に調整すると云う社会政策的目的又は農村の民主化という政治的目的をも併せて達成しようとしたのであるが、屡次の改革の結果現行農地法第一条は、同法のよつて立つ理論的認識が自作農主義であることを宣言し、耕作者の地位の安定と農業生産力の増進と云う窮極の目的達成の制度的な手段として、耕作者の農地の取得の促進、その権利の保護、土地の農業上の利用関係の調整を行うことを明らかにした。同法が耕作者の権利を保護するために、私的所有権に制限を加えるのも、右の如き経済・農業政策的見地に立つてのことである。ところで、同法第二十条第二項第三号は、農地の賃貸借の解除、解約の申入、合意解約又は更新の拒絶(以下単に解約等と称する)について、同条に定める都道府県知事の許可をなすべき一つの場合として、賃借人の生計、賃貸人の経営能力等を考慮し、賃貸人がその農地を耕作の事業に供することを相当とする場合を規定しているのであるが、同法の右の如き立法趣旨に照らして考えるときは、右規定は、賃貸人及び賃借人の経営拡張による農業経営の合理化の要請と云う経済・農業政策的利益の対立が存する場合に、そのどちらに優先を与えるべきかを定めたものであり、従つてその場合に考慮されるべき賃借人の生計と云うこともまた経済・農業政策的見地から一応客観的に判断されるべきであり、社会政策的見地から、従つてその反射的側面として賃貸人の生計との比較相対的な見地から判断されるべきものではないと解すべきである。然し以上のような公益の見地からする私的所有権に対する制限には自ら一定の限界が存するのであり、所有権の効力を全然否定することはできないことは明らかである。即ち、一定の場合には賃貸人の生活の維持と云う私的利益及びその反射的側面としての賃借人の生活の維持と云う私的利益と同法の持つ公的利益の三者を、一切の事情を基礎に比較考量して、解約等を許すべきか否かを決定しなければならない。同条第二項第四号は此の場合を規定したものと解せられる。ところで、これを本件についてみるに、先に認定した事実を以てしては未だ同条第二項第三号に言う賃貸人が農地を耕作の事業に供することを相当とする場合には該当しないけれども、前記認定にかかる本件賃貸借契約成立の事情、右契約当事者双方の農業経営の状況及び生計、原告の経営能力、その他の事情等を考慮するときは、本件農地の賃貸借契約の更新拒絶を許可すべき正当の事由がある場合に該当するものと認めるのを相当とする。然らば原告の右更新拒絶を許さないとした被告の処分は違法として取消を免れず、原告の請求は理由がある。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松本晃平 藤本久 岡田安雄)

(目録省略)

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