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山形地方裁判所 昭和39年(ワ)49号 判決

原告 有限会社 北都開発

右代表者代表取締役 佐藤要作

右訴訟代理人弁護士 佐藤欣哉

同 加藤實

同 三浦元

同 外塚功

被告 国

右代表者法務大臣 鈴木省吾

右指定代理人 佐藤崇

〈ほか七名〉

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金四〇〇〇万円及びこれに対する昭和三九年三月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告のリフト建設計画の概要とリフト建設に必要な手続

(一) 原告のリフト建設計画の概要

原告は、かねてより蔵王連峰の奇勝地である「お釜」と呼ばれる火口湖五色沼の観光を目的とする夏期登山客輸送用リフト(夏山リフト)の建設計画を有していたところ、昭和三七年七月には蔵王エコーライン道路(以下「エコーライン」という。)の宮城県側が、同年一一月には同線全線が開通し、エコーライン刈田駐車場からお釜に至る原告のリフト建設計画は急速に具体化した。原告代表者佐藤要作(以下「佐藤社長」という。)は、同年七月から一一月ころにかけて現地調査を重ね、工事請負予定業者株式会社日本リフトサービス(以下「日本リフト」という。)の後藤良一と共に、路線選定を始めとしたリフト建設の技術的可能性とリフト建設に伴う各関係機関に対する諸手続を検討し、その目途をつけた。

原告は、右準備を終了し、昭和三八年一月四日、社員総会において、定款の事業目的に旅客索道の経営、観光地における食堂・売店の経営を付加した上、次のとおりの甲種特殊索道(以下「原告リフト」という。)事業を経営することを議決した。

① 路線 刈田駐車場付近からお釜の見える「馬の背」と呼ばれる台地に至る全長六六〇メートル(別紙第一図御釜リフト略図の「a'―A'」線。以下同略図上の線は単に「a'―A'」線などという。)

② 工事着工 昭和三八年四月初旬

③ 工事完成・営業開始 同年七月一日

(二) リフト建設に必要な手続

原告リフトの建設に当たり、まず次の手続が必要であった。

① 新潟陸運局長に対する甲種特殊索道(以下単に「索道」ともいう。)事業免許申請

原告リフトの予定路線の位置(起点の所在地)は山形県内であるため、索道規則三条により索道事業免許管轄官庁は新潟陸運局長となる。

② 山形営林署長に対する国有林野貸付申請

原告リフトの予定路線の位置は秋田営林局山形営林署管内の山形県上山市大字永野字蔵王山国有林三九林班内であるため、国有林野の貸付契約が必要であり、その貸付申請をする必要があった。

③ 山形県知事に対する県立自然公園内工作物新築届

原告リフトの予定路線の位置は蔵王県立自然公園内であるため、山形県立自然公園条例一三条一項により右届出が必要であった。

以上の三つの手続がまず必要であり、新潟陸運局長に対する索道事業免許申請は申請受理順序に基づく先願的優先性があるが、山形営林署長の国有林野貸付申請受理及び貸付見込額(「内諾書」ともいう。)がなければ工事手続は進展しないので、その意味では三つの手続の中で山形営林署長に対する貸付申請が重要な意味を有している。

新潟陸運局長に対する索道事業免許申請の後、索道事業免許下附、工事施工認可申請、同認可、工事着工届、工事完了後索道運輸開始届をして営業開始となるが、その間、起業目論見に変更が生ずれば、その認可申請を要することになる。

山形営林署では、貸付申請受理、内諾書交付と関連して下刈測量等のため入林許可がなされ、最終的に貸付契約締結に至るものであるが、実際には、後述のとおり、山形交通株式会社(以下「山交」という。)に対する手続にみられるように簡略な手続がなされていた。

山形県においては、工作物新築届のほか、原告リフトの予定路線の位置が水源かん養保安林であるため、森林法三四条により保安林内作業許可申請を要する。

3  被告の不法行為

(一) 国有林野貸付申請不受理による妨害

(1) 原告のリフト建設手続の実際の経過

原告は、昭和三八年一月一〇日新潟陸運局長に対し「御釜リフト」と名づけた甲種特殊索道事業免許申請をし、翌日付けで同申請は受理された。

また、同年一月一〇日佐藤社長、原告常務取締役安達良助(以下「安達常務」という。)が秋田営林局長子幡弘之(以下「子幡局長」という。)、山形営林署長川上幸義(以下「川上署長」という。)に対し国有林野貸付申請をしたが、川上署長と子幡局長から、貸付申請書の受理を拒否され、その後繰り返し貸付申請をしたが受理されず、結局貸付申請書が受理されたのは、原告の工事完了予定日より遅れた同年八月六日であり、貸付見込書が交付されたのは、同年五月二三日であるから、実質的にみれば、川上署長らは、同年一月一〇日から同年五月二三日まで原告の貸付申請を全く頭から拒絶し続けたことになる。

さらに、原告は、同年一月二五日県立自然公園内工作物新築届を上山市長を通じて山形県知事(職務代行者副知事板垣清一郎)に提出し、同月二八日には同副知事(以下「板垣副知事」という。)に進達されたが、同年三月二七日山形県知事安孫子藤吉(以下「安孫子知事」という。)から同月二〇日付けをもって上山市長を通じて返戻され、最終的に同知事によって工作物新築届が受理されたのは、同年八月一〇日であった。

山形営林署長、山形県知事らによって拒絶された結果、原告のリフト建設計画は大幅に遅延せざるを得なくなった。

(2) 原告リフトと山交のリフトとの著しい差別的取扱い(川上署長の原告リフトに対する妨害の意図)

ア 原告のリフト建設計画に対比されるべき山交のリフト建設計画の実態

山交は、原告がリフト建設に必要な山形営林署長に対する国有林野貸付申請をした昭和三八年一月一〇日以降原告リフトにほぼ並行する「山頂リフト」と称するリフト(以下「山交リフト」という。)建設計画を急遽策定し、同年二月六日仙台陸運局長に対し索道事業免許申請をし、同月二八日白石営林署長に対し国有林野貸付申請をした。

山交では、昭和三七年一二月二五日白石営林署長に対し下刈測量等のための入林許可申請をし、同署長から許可されたとされているが、そもそも現地は一二月ころ積雪中で下刈測量等を実施できる状況ではないから、そのような事実はなく、山交が急遽計画を策定したことを隠し、さも原告よりも前から計画していたことにするための工作である。また、山交は、急遽計画を策定し、原告に優先しようとして、仙台陸運局長に対する申請書の作成日付けを昭和三八年一月一〇日に、白石営林署長に対する申請書の作成日付けを同年一月一四日にそれぞれ遡及させ、さらに貸付申請もしていない一月二〇日過ぎに内諾書の交付を要求している。

結局、川上署長と子幡局長は、原告の貸付申請によって原告のリフト建設の動きを察知して山交に知らせ、川上署長らと山交の共謀の下に山交が急遽計画を策定したが、原告がお釜観光のリフトとして最適な路線を準備し先に新潟陸運局長に索道事業免許申請をしていたので、その優先性を回避するため、一方で山交が白石営林署長、仙台陸運局長へ急ぎ申請し、他方その間原告のリフト建設を妨害する必要が生じたのである。

イ 川上署長らによる原告リフトと山交リフトの差別的取扱い

川上署長と子幡局長は、原告のリフト建設を妨害し、山交リフトに積極的便宜を供与するため、白石営林署長と協議を重ねた上、原告に対しては、積雪中で現地調査ができないとして貸付申請を拒絶しているが、同一地域で白石営林署長は山交に対し現地調査もしないで貸付けをしている。また、白石営林署長は、昭和三八年四月八日宮城県知事から山交リフトの建設に不同意である旨文書で通知されていた(その事実には疑問があるが)が、これを無視して山交に貸付けをする一方、同年九月五日原告が白石営林署長に貸付申請をした際宮城県知事の同意書を要求している。

さらに、白石営林署長に対する山交の貸付申請書添付の五万分の一の図面には、山交リフトが登山道より宮城県側に表示され、登山道を横切るような路線表示はなされていないが、現実の山交リフトは登山道を横切り登山道より山形県側に建設されており、山交が原告リフトの建設を妨害し原告リフトの優先権を回避するため、手続上だけ白石営林署長に貸付申請をしたことを意味しているが、川上署長は、昭和三八年五月一一日原告側から、山交が申請路線と異なる山形県側で工事をしていることを指摘され、その事実を認めながら、何らの行政指導もしないで黙認し、その一方で、原告に対しては、後述のとおり種々の妨害行為を繰り返した。

その結果、原告のリフト建設が妨害されている間に、山交は昭和三八年四月一〇日白石営林署長から内諾書の交付を受け、同月二七日には貸付契約を締結して直ちに工事に着工し、同年八月一日には早くも営業を開始している。

ウ 川上署長らと山交との従前からの関係

川上署長らが以上のように山交と共謀し、原告と山交を差別扱いしたのは、従前からの深い関係があったからである。

山交は、当時既に蔵王一帯に普通索道二本、特殊索道五本と刈田岳までの定期バス路線を有していたが、この蔵王一帯における事業の独占的支配を維持するため、「山交親和会」なる組織を有し、山形営林署の職員と山交の蔵王ロッジで会食したり、酒食行為を繰り返していたのである。

《省略》

以上のような関係からも、川上署長らが山交リフトに対して積極的便宜を供与し、原告のリフト建設を妨害しようとした動機・意図が明らかである。

(3) 被告主張の不受理理由

川上署長らは、前述の妨害意図をもって原告の国有林野貸付申請の受理を拒否したが、その不受理理由は、次のとおりであると主張している。

① 昭和三八年一月一〇日

「競願がある。」

「原告リフトの起点が宮城県に属している。」

「積雪中で現地調査ができない。」

② 同年二月二日

「原告リフトの建設予定地域は国定公園昇格を目前にしており、山形県では、自然の景観を保持するため利用施設としてリフト建設は認めず、エコーライン刈田駐車場から馬の背に至る観光道路を開設するいわゆる道路方式の構想があるので、リフト敷地として貸付けすることはできない。」

「同地域は秋田営林局で実施を予定している蔵王地区観光資源調査の対象地域内であるから、将来の観光施設計画はすべて右調査の結果を待つ方針である。」

(4) 妨害のための口実であった右不受理理由

ア 「競願がある。」との理由について

競願が山交リフトのことを意味するとすれば、山交は前述のとおり原告の申請後急遽計画を立てており、しかも白石営林署長に申請しているのであるから一月一〇日の時点で競願の事実はなく、競願があるとの不受理理由は全くの妨害のための口実にすぎない。

イ 「原告リフトの起点が宮城県に属している。」との理由について

リフトの起点が宮城県に属しているというなら、行政官庁としては、貸付申請を受理した後、起点を修正するなどして適切に指導すべき問題である。ところが、川上署長らは、これを貸付申請不受理の理由にして頭から拒否したのである。これも単なる口実にすぎない。

ウ 「積雪中で現地調査もできない。」との理由について

これも右イと同様貸付申請を受理しない理由にならない。山交に対しては、現地調査もしないで貸付けしている。

エ 山形県の「道路方式」構想が存在するとの理由について

まず、二月二日に原告が「道路方式」なる構想をもって受理を拒否された事実はない。また、そもそも「道路方式」なる構想は、原告が貸付申請をする以前に既に破綻していたのである。

すなわち、「道路方式」構想が実在したとしても、日本道路公団はそのような観光道路の建設を明確に拒否している。その後山形県が独自に「道路方式」を構想し、県独自で道路を建設しようとしても、道路公団が反対している以上、道路公団管理のエコーライン刈田駐車場と接続することはできず、同駐車場と接続しない道路を構想しても、結局はエコーラインを通過する車両が利用する以上、道路公団の意向を無視し得ないことは明らかであるから、それは単なる構想にすぎないというべきである。

さらに、宮城、山形両県で独自に「道路方式」を構想していたとしても、国有林野貸付申請不受理の理由になるほどのものではなかったのである。

第一に、宮城県知事が昭和三八年四月八日白石営林署長に対して山交リフトの建設に不同意である旨通知をしたとされているが、同署長はこれを無視して同月二七日山交に貸付けしている。宮城県の意向を無視し得たという事実をみれば、「道路方式」なるものは営林署長の貸付けにまで影響を与えるものではなかったといえる。

第二に、山形営林署長が同年五月二三日原告に内諾書を交付した理由として、被告は、白石営林署長が山交に対し国有林野の貸付けをしたので、山形県の計画も変更を余儀なくされるに至ると判断したと主張しているが、秋田営林局長、山形営林署長は、その際取り立てて山形県の意向を打診している訳でもないのである。

結局、「道路方式」は、原告に対する妨害の口実に持ち出されたものにすぎない。それ故、原告には「道路方式」を理由に貸付申請を不受理とし、他方、白石営林署では「道路方式」を無視するという使い分けができたのである。

オ 「蔵王地区観光資源調査」計画が存在するとの理由について

秋田営林局長は京都大学農学部教授岡崎文彬に右調査を委託し実施しているが、右調査なるものの実態は、調査を委託された岡崎教授自身海外出張中で不在の間に、助手一名ほか学生らによって昭和三八年三月七日から一週間ほどなされたものにすぎず、調査内容も冬山スキー場調査で、原告リフトのような夏山観光とは直接関連のないものである。しかも、秋田営林局において調査を委託する旨の文書が決裁されたのは同年三月一日であって、原告に対して右調査を予定しているので貸付けすることはできない旨回答したとされる同年二月二日よりも後である。

結局、右調査の実態をみれば、原告が山形営林署長に貸付申請をしたので、原告に対する妨害の口実として急遽「蔵王地区観光資源調査」なるものを計画したことが明らかである。それ故、岡崎教授が不在でも調査を実施したのであり、また実施しなければならなかったのである。

被告は、二月二日「道路方式」構想と共に右調査を貸付できない理由として述べた旨主張しているが、右調査自体妨害のための口実である以上、「道路方式」なるものもまた同じ妨害の意図の下に主張された口実にすぎないことがより一層明らかである。

(5) 国有林野貸付申請不受理の実態

山形営林署長が実際原告に対し貸付申請不受理の理由としたのは、「書類を入れる柵がない。」などというものであった。しかも、理由すら言わない場合や、理由がその場その場で変化するなど異常なものであった。

(6) 国有林野貸付けの法的性質と貸付申請不受理の違法性

原告が貸付申請をした国有林野は普通財産ではなく行政財産である。普通財産の場合には、国が借りる者との間で対等の立場で自由に貸付契約をするのが本則であるのに対し、行政財産の場合には、対等の立場での自由な貸し借りができず、行政財産の持つ一定の行政目的からの制約が存する。

昭和三八年当時の国有財産法一八条では、「その用途又は目的を妨げない限度において使用又は収益をさせる場合を除く外、これを貸し付け……することができない。」と規定されていたが、昭和三九年法律第一三〇号の改正によって行政財産は同法一八条一項で「貸し付け……することができない。」としながら、同条三項で「その用途又は目的を妨げない限度において、その使用又は収益を許可することができる。」と明示し、行政財産貸付けの法的性質を「許可」と明確化した。

したがって、行政財産を借り受ける者は、国と対等の立場ではなく、しかも自由に契約できるものではないのである。それ故に、原告に対する国有林野貸付けも単なる私人間の契約とは全く異なり、いわば道路法三二条以下の道路占有の許可と同様に「許可」という権力的処分である。

国有林野の貸付けについては、国有林野法七条に「国有林野は、左の各号の一に該当する場合には、貸し付け、又は貸付以外の方法により使用(収益を含む。以下同じ。)させることができる。」との基本的根拠規定がある。原告の貸付申請が同条にいう各号の一に該当することは明らかである。

さらに、右法律を受けて国有林野法施行規則一四条には「国有林野を借り受け……ようとする者は……申請書……を……営林署長に提出しなければならない。」と規定し、国有林野管理規程二二条では「営林署長は、国有林野を借り受け……ようとする者から申請があった場合において……国土保全上支障があるものであるとき……は、国有林野を貸し付け……てはならない。」とし、同管理規程取扱細則二九条で「署長は、国有林野の貸付……の申請があった場合には……調査書を作成しなければならない。」と規定している。

右国有林野の貸付けに関する法令によれば、営林署長は、第一に、国有林野管理規程二二条にある国土保全上支障があるとされる除外事由等がなければ貸付けしなければならないものである。けだし、①営林署長は除外事由に該当するときは不貸付けにすべきことを規定し、その除外事由の詳細を定めた上、その調査義務まで規定している。もし除外事由に該当しない場合でも貸付けしないことができるとすれば、このような除外事由の規定は全く無意味になる。②営林署長が国有林野を貸し付けるのが法律に基づいて行わなければならない。したがって、法律に規定がなく「除外事由のない場合の不貸付け」は許されない。③「除外事由のない不貸付け」を認めたならば、営林署長の権限濫用を招くことになり、申請者に対する不平等取扱いが生じることになる。

第二に、国有林野の貸付申請があれば、営林署長は受理しなければならない義務があることも明らかである。営林署長は前記のとおり貸付けしなければならないが、そのためには借り受ける者は貸付申請をしなければならない(国有林野施行規則一四条)。

国有林野を借り受ける者には、右のような貸付申請制度を規定しているのであって、借り受ける者には貸付申請権がある。

したがって、当然に申請に対応する受理義務があることは自明である。実質的にみても、①受理義務がなければ申請者が「除外事由なき場合貸付けを受けられる」との権利が没却されることになり、②国有林野管理規程取扱細則二九条の調査義務などは全く意味をなさなくなるのである。

本件に即していえば、原告の貸付申請をまず受理すべき義務がある。その上で貸付けできないなどの法定された除外事由を調査すべきことになる。

山形営林署長は、原告の貸付申請自体を全く受理せず、種々理由を言っているのであるから、貸付申請受理義務違反であることは明らかである。

(7) 被告主張の「行政慣行」

被告は、「貸付けできない」又は「貸付けしない」との確固たる意思が行政庁にある場合、その理由を申請者に伝えることによって、申請書自体を持ち帰ってもらうという取扱いは、秋田営林局管内の各営林署において共通に行われた行政慣行で、これは何ら批難されるべき理由はないと主張している。

しかし、そもそもこのような行政慣行は存在しない。被告は主張はしているが、その具体例を述べてはいない。存在しない行政慣行故に実例を示し得ないからである。むしろ、山形営林署に存在したのは、前述のとおり、山交ないし山交系のリフトに対する貸付契約もしないで営業を開始させるなどの法規に基づかない極めて杜撰な取扱い慣行にすぎないのである。

仮に被告主張の行政慣行が存在したとしても、「行政慣行」をもって貸付申請不受理の違法性は何ら免れ得ない。けだし、何らの法令に基づかない取扱いであることに変わりはないからである。

(二) リフト路線変更と工事中止の強要等による妨害

(1) リフト路線変更の強要等による妨害

ア 原告は、当初申請路線「a'―A'」線六六〇メートルを計画していたが、昭和三八年五月一六日入林許可を受けて同月二〇日から測量調査をしたところ、起点と終点の位置が不適当であったので、「a―A」線八二〇メートルに計画を変更し、この路線について新潟陸運局長に起業目論見変更認可申請書を出そうとしたところ、同年五月下旬ころ、山形営林署庶務課長石田芳春(以下「石田庶務課長」という。)が佐藤社長に対し、もっと北の方へ起点を移せ、移さないと許可にならないと言って違法な行政指導を行った。

原告は、やむなく起点をb点に移し「b―A」線八二〇メートルに計画を変更したものの、路線のうち二〇〇メートルも仙人沢に掛かって架設不可能であった。山形営林署が架設不可能な路線を指導し、原告のリフト建設を断念させる意図のもとに行政指導をしたことが明らかである。

イ そこで、原告は終点を変更して「b―B―A」線を計画し、同年六月初めより測量のため下刈りをしたところ、川上署長の命を受けた山形営林署永野担当区主任藤本弘(以下「藤本主任」という。)は、どこまでも「b―B―A」線の下刈りを強行すれば逮捕する、起点をb点からc点に変更せよと原告の社員渡辺茂一を脅迫して測量を中止させた。

原告はやむなく「c―C」線に変更せざるを得なかった。ところが、「c―C」線は架設不可能であった。山形営林署が原告のリフト建設を断念させようとしていることがさらに明確になった。

ウ そこで、原告は、同年七月下旬ころ、「c―C」線を「d'―D」線七〇〇メートルに計画を変更し、同年七月二九日付で新潟陸運局長に起業目論見変更認可と工事施工の認可を申請した。右変更申請は、同年八月二〇日付けで認可された。

ところが、同年八月中旬ころ、山形営林署と共謀した山形県が、終点をD点からD'点に九〇メートル短縮するようにと強引違法な行政指導をした。原告はやむなく「d―D'」線七〇〇メートルに変更せざるを得なかった。

エ ところが、同年八月二一日川上署長の命を受けた石田庶務課長と白石営林署庶務課長吉田利晴(以下「吉田庶務課長」という。)が、原告に対し、起点d点は宮城県内であるから北へ二五メートルくらい、西へ三〇メートルくらい移動するようにと強引違法な行政指導をした。原告はやむなく起点をdからe点に移し、「e―E'」線七〇〇メートルを計画した。

被告は、右の点につき、同年六月一八日から同月二二日まで秋田営林局計画課測定第二係長根岸秀治(以下「根岸係長」という。)が行った検測(以下「根岸検測」という。)に基づく新林班界をもとに原告のリフト路線が宮城県内にあることが判明したので、好意的指導をしたと主張するが、山形営林署はその際新林班界の説明をした訳ではなく、一方的指導をしただけであり、新林班界なるものも山交リフトを守るために急遽作られたものであって、正当なものではない。山形営林署は飽くまでも原告のリフト建設を妨害する意図をもって行った指導であった。

オ ところが、その後も山形営林署職員や山形営林署と共謀した山形県が終点位置を下げろと違法な行政指導をし、その結果、原告はやむなく「e―E」線六六五メートルに変更を余儀なくされた。

「e―E」線が原告の営業路線となった。

(2) 工事中止の強要等による妨害

ア 原告が本件リフトの予定路線について下刈りを行っていた昭和三八年七月一〇日ころから、山形営林署から毎日原告に電話で、厚生省の係官が現地視察に来るので原告が建てた「御釜リフト建設予定地 北都開発商会」という看板を撤去するようにとの申入れがあった。また、同月一三日には、石田庶務課長が佐藤社長の妻の佐藤梅に対し、山交リフトに対しては何らの指示指導もしないのに、工事の中止と右看板の撤去を申し入れ、「営林署の言うことを聞かないと、奥さんあなたの御主人が折角苦労して陸運局からもらった免許も取り消されますよ。」と手帳のようなものを出して「どこまでも頑張れば、営林署員でも逮捕できるんですよ。」と言って原告の工事を露骨に妨害した。

イ 山形営林署の職員は、同年八月五日、原告が工事を依頼した青木組のブルドーザー運転手に対し、「ブルを一歩でも動かせばただではおかない。北都の仕事をすれば、青木組には営林署の仕事はやらせない。」と言って、工事を中止させた。それまでの山形営林署は、山交及び山交系の他のリフトについて、国有林野貸付けの内諾書と入林許可があれば、リフト工事を認めていたのに、原告に対しては、所定の陸運局長の工事施工の認可がなければ工事をしてはならないと異常な行政指導を行いこれを強要した。

ウ 川上署長の命を受けた藤本主任は、同年八月九日、原告が工事を依頼した辻組の下請業者後藤組(後藤興業株式会社)の人夫がブルドーザーを運んで工事をしようとしたところ、まだ書類上の手続も終っていないとの理由で工事を中止するよう強要し、素直にこれに従わなかった人夫に対し、逮捕することもあり得る旨脅迫して工事をさせなかった。後藤組はやむなく翌一〇日山形へブルドーザーを返した。

そこで、原告が後藤組に普通入林許可を受ければ工事施工認可前でも工事をしている旨話して工事をしてもらうことにし、後藤組が同月一二日ブルドーザーを山形より現場に運んだところ、九日と同じ理由で藤本主任から強い中止要求があり、工事ができずに下山した。

同月一七日後藤組がブルドーザーを上げてエコーラインから原動所までの資材運搬道路の工事を行い、翌一八日も同じ箇所の工事をしたが、一九日には前同様藤本主任から工事を中止させられた。同日山形営林署は原告が工事を依頼した辻組こと辻庄悦に対し、原告の仕事を続ければ営林署の仕事をやらせない旨電話した。

川上署長の命を受けた藤本主任は、同月二二日、後藤組の人夫に対し、仕事をすれば逮捕する旨脅迫し、一日中、人夫に付きっ切りでいて工事をさせなかった。

エ 原告のリフト建設に対する山形営林署の工事妨害の態度はさらに一貫して続き、同年八月二八日には仙台法務局訟務部付検事古館清吾の現地調査があり、山形営林署は原告に対し同日付けで工事中止の申入書を送付して来た。

オ 石田庶務課長は、同年九月一一日、原告の社員森谷茂に対し、「新潟の工事施工の認可がまだなのだから、工事を中止してくれ。」と要求し、内諾書と入林許可があればリフト工事を認めていた従来の山形営林署の取扱いと異なる行政指導を行った。

カ 原告は、山交リフトとの差別扱いにたまりかね、同年九月九日山形行政監察局長に対し、行政監察の申立てをしたところ、同月一八、一九の両日山形営林署は原告に対し陳謝状を差し出し、行政監察の申立てを取り下げるよう強要した。

(3) 路線変更と工事中止の強要等の違法性

山形営林署の原告のリフト建設に対する態度は、前述のとおり、貸付申請不受理の時点から異常な状態にあったばかりでなく、昭和三八年五月二三日の内諾書交付の後も、右のとおり、原告のリフト路線に対し架設不可能な路線を強いてリフト建設計画を断念させようとするものであり、また、ただただ工事を中止させることのみに重点を置いて工事中止を強要し、さらには、普通ならあり得ないような行政監察の申立ての取下げを強要するという、極めて異常なものであった。

被告は、工事中止行為について、原告が貸付契約を締結していないからである旨主張するが、原告は、山形営林署からそのような説明を受けたことはなく、単に「所定の手続」とか「工事施行の認可前だから」と言われたことがあるのみである。山形営林署は、従来、貸付契約前であっても、内諾書と入林許可があれば工事着工を認め、速やかに貸付契約に至るものであったにもかかわらず、山交リフトを擁護するため、原告に対しては、妨害するのみで貸付契約についての適切な行政指導はなかった。

山形営林署の妨害行為は、山交リフトを擁護し、原告のリフト建設を飽くまでも断念させようとする悪意に満ち満ちた意図のもとになされたものであり、違法性は明白である。

(三) 県境(行政区界・管轄区界)移動によるリフト路線の変更強要等の妨害

秋田営林局・山形営林署は、次のとおり、青森営林局白石営林署との管轄区界としての、原告リフトの付近における国有林界(山形営林署所管の山形県上山市大字永野字蔵王山国有林と白石営林署所管の宮城県刈田郡七ヶ宿町大字関字刈田岳国有林との境界。上山市と七ヶ宿町との市町界で、かつ山形、宮城両県の県境でもあった。以下「本件境界」又は「本件県境」という。)が、登山道(上山市大字永野の通称「御田神」に所在する八三号石標(一号点)から馬の背に至るまでの登山道。別紙第二図蔵王県境図表示の旧登山道、ただしA―C間。以下「本件登山道」という。)沿いの線であったのに、根岸検測によってこれを移動し、仙人沢と一枚石沢の分水嶺(別紙第三図蔵王国定公園表示の83(1)ないし28を順次直線で結んだ線。)であるとして、原告リフトの路線の変更を強要するなどして原告のリフト建設計画を違法に妨害した。

(1) 山形営林署の管轄区界と検測権限の不存在

農林水産庁設置法六八条で秋田営林局の管轄区域は秋田県と山形県と定められ、この設置法を受けて秋田営林局の下にある山形営林署の管轄する区域は、告示である「営林署の名称に関する件」で山形市、上山市、天童市、東村山郡各一円と定められている。したがって、山形営林署の管轄区域は、関係市町村の行政区域に従属する関係にあり、関係市町村の行政区域の決定によっておのずと確定される。

ところで、普通地方公共団体の行政区域は、地方自治法五条一項で「従来の区域による。」と定められており、同法六条二項で「都道府県の境界にわたって市町村の境界の変更があったときは、都道府県の境界もまた、自ら変更する。」とあるので、都道府県の境界が市町村の境界に従属する関係にある。そして、もし、市町村の境界に関し、争論があるときは、「関係市町村の申請」に基づき、「調停」「裁定」「裁判所の判決」の方法で境界が確定される仕組みとなっている(同法九条、二五一条)。

したがって、市町村(都道府県)間の行政区界(以下単に「行政区界」という。)と国有林内部の営林局(営林署)間の管轄区界(以下単に「管轄区界」という。)が一致する境界が不判明となったとすれば、その境界を確定する当事者は関係市町村であって、営林局・営林署ではない。

このことは、昭和三七年九月一日施行された国有林野測定規程の趣旨からも明らかである。

同規程にいう「境界確定」とは、「国有林野とその隣接地との境界」、換言すれば官民地の境界を定めることをいう(四条)のであって(なお、同規程二三条及び二五条では他官庁所管の土地との境界確定にも適用されることにはなっているが)、国有林野内部の管轄区界と行政区界とが一致するところでは、ここにいう「隣接地」を概念化することができない。また、同規程にいう「境界検測」とは、「境界を保全するため、既往の測量成果に基づき、境界の位置を再確認する測量」をいう(一〇条)のであって、その検測の対象地が境界確定の場合と同様に官民地の境界もしくは他官庁所管の土地との境界であることは、同規程の一条、二条、一二〇条の規定に照らし明らかである。

いずれにせよ、これらの規定からしても、営林局・営林署には、国有林内部の管轄区界と行政区界が一致する境界が不判明であるからとして、その境界を検測する権限がないことは明らかである。

根岸検測は、もともと行政区界と管轄区界の主従関係を逆立ちさせ、この主従関係を無視した測量であり、本来営林局・営林署には行政区界に対する検測の法的権限は存在しない。

根岸検測により新しい管轄区界を設定すると同時に行政区界をも新たに設定し、その結果、それまで全く争いのなかった山形県上山市と宮城県刈田郡七ヶ宿町との間で行政区界としての境界問題が発生し、それが二〇年来の紛争に発展し、昭和五九年自治大臣の裁定という形で結着をみたのは公知の事実である(その新県境線は別紙第二図蔵王県境図表示の自治大臣裁定線のとおりである。)。その結果、秋田営林局山形営林署と青森営林局白石営林署との管轄区界は当然に右の新しい境界線で線引きされることになった。

根岸検測は「境界不判明」を理由とするものであり、「境界不判明」である限り、その境界を決定する権限は当事者である関係市町村であって、営林局・営林署ではないことを、右結着の結果は「論より証拠」で如実に明らかにしている。「境界不判明」だというなら、境界を決定する権限を持つ上山市、七ヶ宿町への連絡、立会いを求め、その判断に拘束されなければならなかったのである。

(2) 根岸検測の虚構《省略》

(3) 原口昇の鑑定の無意味さ《省略》

(4) 行政区界(県境)は本件登山道沿いの線であること《省略》

(5) 県境移動による違法なリフト路線変更の強要等の妨害

前述のとおり、営林局・営林署には行政区界に対する検測の法的権限がないのに、山形営林署は、昭和三八年八月以来、「検測」の結果、山形営林署所管の蔵王山国有林三九林班と白石営林署所管の刈田岳国有林五六林班との管轄区界が確定したと称し、本来の管轄区界である本件登山道沿いの線を、仙人沢と一枚石沢の分水嶺の線に移動し、上山市の判断に従うべき山形県と意思を相通じて原告リフトの路線の変更を強要し、さらに、原告に対する仮処分申請を具体的に進めて原告のリフト建設を妨害するため脅迫し、結局、白石営林署に対する国有林野貸付申請、仙台陸運局に対する索道事業執行認可申請を強制するなど違法な妨害行為を繰り返した。

この県境移動は、前記(一)、(二)の原告に対する数々の不法行為の積み重ねの中で、その妨害目的の集大成であるという意味で違法性極まるものがある。

3  被告の責任

被告の原告に対する以上の違法な妨害行為は、秋田営林局の子幡局長と山形営林署の川上署長が組織ぐるみで自己の配下の職員や白石営林署の職員を使っただけでなく、山形県知事安孫子藤吉、同副知事板垣清一郎らと共謀の上、山交リフトの利益擁護を目的とし、自己の国有林野の貸付け、境界保全の職務権限を濫用し、原告のリフト建設計画の遂行、リフト工事を妨害するとともに、新林班界まで作って原告に義務なきことをさせた(仙台陸運局に対する免許申請、白石営林署に対する国有林野貸付申請等)というものである。

ところで、国家賠償法一条一項の「公権力の行使」とは、国又は公共団体の作用のうち、純然たる私的経済作用と公の営造物の設置及び管理の作用を除くすべての作用をいうとされており、権力的作用だけでなく、権力的作用類似の行為や非権力的作用も含まれる。

前記のとおり、原告に対する国有林野貸付けは、「許可」という権力的処分であり、また、工事の中止要求等も単なる私権の行使というものではなく、行政財産の果たす行政目的確保という趣旨のはずである。川上署長らの行為は、純然たる私的経済作用といえるものではなく、権力的作用類似の行為というべく、国家賠償法一条一項の「公権力の行使」に該当する。

したがって、被告は同条同項による責任を負うものである。

仮にそうでないとしても、川上署長らの秋田営林局・山形営林署の組織ぐるみの行為は民法七〇九条の不法行為に該当する。

したがって、使用者である国は、民法七一五条による責任を免れない。

4  原告の損害

秋田営林局・山形営林署の組織ぐるみの違法な妨害行為によって、原告は次のとおりの損害を被った。

(一) 本件リフトの起点、終点の位置変更、路線変更を強いられた結果発生した損害

(1) 起点の変更(a点からe点へ)に伴う損害

原告のリフトは、エコーライン刈田駐車場に来訪した観光客を対象とするものであり、当初予定した路線「a'―A'」線の起点a'点、また間もなく右路線を変更した「a―A」線の起点a点は、右刈田駐車場にごく接近した位置にあり、工事施工のためにもまた観光客誘導のためにも特別の道路、施設を設ける必要は全くなかったが、被告の妨害によって最終的に変更を強要された「e―E」線の起点e地点は右刈田駐車場から相当離れている上中途には沢があるため、起点をa点に設ける場合に比較し、第一に、中途に存する沢を埋め、沢の導水のためヒユーム管を通して駐車場から起点e点に通行する土橋の建設を必要とすることになり、第二に、右のように沢を埋立てた土橋では重量資材の運搬ができないため、エコーラインから直接起点e点へ途中湿地帯を通る資材運搬用道路の建設費用を必要とすることになった。

ア 土橋工事費 金一九二万六三一五円

《省略》

イ 沢の埋立工事費 金二七万一〇〇〇円

《省略》

ウ 材木代金 金一二万三〇〇〇円

《省略》

エ 骨材代金 金九七万八四五〇円

《省略》

オ ブルドーザー費用 金一三万四〇〇〇円

《省略》

カ エコーライン通行料 金六万〇九〇〇円

《省略》

キ 人夫賃 金八万一〇〇〇円

《省略》

(2) 路線変更に伴う損害

前記のように、原告リフトは都合三回路線の変更を強いられ(他に同一路線で起点、終点の変更を強いられたものもある。)その都度、測量のため下刈りを行い、地鎮祭を施行し、結局当初予定の路線とは大幅に異なった路線にリフトを建設する破目となった。

ア 保安設備工事費 金九四万三八五〇円

《省略》

イ 測量、下刈り、人夫賃 金六万円

《省略》

ウ 地鎮祭 金二万七九八五円

《省略》

(3) 新林班界の設定、県境移動及び路線変更に伴う損害

原告が当初予定した「a'―A'」線は、紆余曲折を経たうえ最終的に「e―E」線に変更を強要され、また新林班界の設定及び県境の移動に伴い、路線の一部が宮城県内に喰いこむとされ、その結果、新たに白石営林署、宮城県に手続をとることになった。

県境移動等が違法な妨害行為によるものである以上、新たな手続費用もまた原告の損害である。

ア 自動車償却費 金四〇万〇〇七八円

《省略》

イ 書類作成費 金八〇〇〇円

《省略》

(二) 各種妨害行為によって完成が遅延した結果発生した損害

原告のリフト建設計画はあらかじめ用意万端整えた計画であり、当初の昭和三八年七月一日営業開始の予定は充分実現可能なものであった。ところが、被告の各種妨害行為によって工事が大幅に遅れ営業を開始することができたのは、昭和三九年六月で、その結果発生した損害は次のとおりである。

(1) 除雪人夫費 金二二万五〇〇〇円

《省略》

(2) 仮索道費 金一三〇万円

《省略》

(3) 工事関係者の飲食費 金八万三五一五円

《省略》

(4) 有料道路料金 金四万四五〇〇円

(5) ガソリン代 金三〇万二三六六円

(6) 電話代 金二〇万八五二七円

《省略》

(7) 県外出張費 金一〇八万〇八五三円

《省略》

(8) 借入金利子 金一八八万一〇七〇円

《省略》

(9) ハイヤー代

《省略》

(三) 現場における直接の妨害行為によって発生した損害

昭和三八年八月上旬原告が工事に必要なブルドーザーを借りあげ作業に従事させようとしたが、藤本主任が人夫、運転手らに対し工事を行えば逮捕するなどと脅迫を加えて工事をさせなかった。その際発生した損害である。

(1) ブルドーザー停止費 金九万一〇〇〇円

《省略》

(2) ブルドーザー停車料 金九八万四〇〇〇円

《省略》

(四) リフトの得べかりし収入 金二八六三万八三五二円

原告リフトが予定どおり完成すれば、原告は昭和三八年七月一日から同年一〇月三一日までリフト営業を行い、右収入を得ることができたはずであるが、被告の妨害行為によって右収入を失った。

(五) 弁護士費用 金五〇〇万円

本件は、原・被告の主張が真向から対立し、事案複雑で重大な事件である。のみならず裁判が長期化し二〇年以上の歳月を費している。本件事案に鑑み、弁護士費用は金五〇〇万円を下らない。

(六) 以上の各損害を合計すると、金四四八六万〇六八一円となる。

よって、原告は、被告に対し、主位的には国家賠償法一条一項に基づき、予備的には民法七一五条に基づき、右損害合計の内金四〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和三九年三月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1(一)  請求原因1(一)のうち、原告がお釜観光を目的とする夏山リフトの建設計画を有していたこと、昭和三七年一一月エコーライン全線が開通したこと、原告が昭和三八年一月四日原告主張どおりの事項を定款の事業目的に付加したことはいずれも認めるが、その余の事実は知らない。

(二) 同1(二)のうち、原告リフトの予定路線の位置(索道事業免許申請については起点の所在地)が山形県内で、山形県上山市大字永野字蔵王山国有林三九林班内で、蔵王県立自然公園内であれば、原告主張の各申請・届出が必要であり、さらに山形営林署長の入林許可・貸付見込書及び山形県知事の保安林内作業許可が必要であったことは、いずれも認める。

原告リフトの予定路線の位置、したがってその管轄は判然としていなかった上、後述のとおり、原告に対する貸付けと従前の山交等に対する貸付けとでは、その前提において大きな相違があった。

2(一)(1) 同2(一)(1)のうち、川上署長らが昭和三八年三月一四日から同年五月二二日までの間、原告の貸付申請書を受理しなかったこと、川上署長が同年五月二三日原告に内諾書を交付し、同年八月六日原告の貸付申請書を受理したこと、原告が同年一月二五日県立自然公園内工作物新築届を原告主張のとおり提出したが、安孫子知事から同年三月二〇日付けをもって返戻され、最終的に同知事によって受理されたのが同年八月一〇日であったことは、いずれも認める。原告の新潟陸運局長に対する索道事業免許申請の点は知らない。その余の事実は否認する。佐藤社長、安達常務は昭和三八年一月一〇日子幡局長、川上署長に対し単に国有林野の貸付けを口頭で陳情したにすぎず、貸付申請をしたものではない。

(内諾書交付に至るまでの経過)

《省略》

(2)ア 同2(一)(2)アのうち、山交が昭和三八年二月二八日ころ白石営林署長に対し国有林野貸付申請をしたこと、同社の仙台陸運局長及び白石営林署長に対する各申請書の作成日付が原告主張の日であることはいずれも認めるが、その余の事実は否認する。

(山交リフト建設計画の経緯)

《省略》

イ 同2(一)(2)イのうち、川上署長らが原告に対し積雪中で現地調査ができないと述べたことがあること、白石営林署長が昭和三八年四月八日宮城県知事から山交リフトの建設に不同意である旨文書で通知されていたが、これを無視して山交に貸付けしたこと、同年五月一一日原告側から川上署長に山交が山形県側で下刈りをしているという指摘があったこと、山交が、原告主張のとおり、内諾書の交付を受け貸付契約を締結して工事に着工し営業を開始したことはいずれも認める。川上署長と子幡局長が原告のリフト建設を妨害し山交リフトに積極的便宜を供与するため白石営林署長と協議を重ねたこと、川上署長が山交が山形県内で工事をしていることを認めながら、何らの行政指導もしないで黙認したことはいずれも否認する。

(白石営林署と山形営林署の取扱いの相違)

《省略》

ウ 同2(一)(2)ウのうち、山交が原告主張の索道と定期バス路線を有していたこと、三郎岳スキーリフト(ただし下駅舎のみ)、山交第二リフト(ただし上駅舎のみ)及びその余のリフト、ロープウェイが原告主張のとおりであることはいずれも認めるが、その余の事実は否認し、主張は争う。

(従前の取扱いとの相違)

《省略》

(3) 同2(一)(3)のうち、昭和三八年一月一〇日子幡局長らが佐藤社長らの口頭の陳情に対し、原告主張の理由を述べて即答できない旨答えたこと、同年二月二日鳥生総務部長が佐藤社長に対し、原告主張の山形県の「道路方式」を理由に貸付けできないと説明し、「蔵王地区観光資源調査」の結果を待つ方針である旨付言したことはいずれも認めるが、その余の事実は否認する。

(4)ア 同2(一)(4)アのうち、山交が白石営林署長に申請したことは認めるが、その余の事実は否認し、主張は争う。

山交からも既に同一地域に対しリフト建設についての陳情があったので、このように答えたのである。

イ 同2(一)(4)イの事実は否認し主張は争う。

佐藤社長の話では、原告のリフト路線の位置は、刈田駐車場付近から馬の背台地に至るまでの間であるとのことだったが、刈田駐車場敷地は白石営林署長が既に道路公団に貸付済みであることから、宮城県に属することが明らかであったので、このように答えたものである。

ウ 同2(一)(4)ウの主張は争う。

エ 同2(一)(4)エのうち、宮城県知事が昭和三八年四月八日白石営林署長に対して山交リフトの建設に不同意である旨通知したが、同署長がこれを無視して同月二七日山交に貸付けしたことは認めるが、その余の事実は否認し、主張は争う。

(「道路方式」構想の存在)

《省略》

オ 同2(一)(4)オのうち、秋田営林局が京都大学岡崎教授に観光資源調査を委託したことは認めるが、右調査が原告の貸付申請を妨害する口実として急遽計画されたことは否認する。

(「蔵王地区観光資源調査」計画の存在)

《省略》

(5) 同2(一)(5)の事実は否認する。

(6) 同2(一)(6)のうち、原告が貸付申請をした国有林野が普通財産ではなく行政財産であること、昭和三九年の国有財産法の改正により行政財産の使用収益が一般的には許可制となったことはいずれも認めるが、その余の主張は争う。

(国有林野貸付けの法的性質と貸付申請書不受理の適法性)

旧国有財産法は、「行政財産はその用途又は目的を妨げない限度において使用又は収益をさせる場合を除く外、これを貸付け、交換し、売り払い、譲与し、若しくは出資の目的とし、又はこれに私権を設定することが出来ない」(同法一八条)旨を定め、例外として、「その用途又は目的を妨げない限度において使用収益させる場合には」、普通財産の貸付け等に関する規定を準用することとしていた(同法一九条)。右規定の解釈については、行政財産は公用物であると、公共用物であるとを問わず、その用途又は目的を妨げない限度において、私法上の使用権の設定を妨げるものでなく、一般には、行政財産の使用収益関係も、私法上の賃貸借関係であり、国有財産法と抵触しない限りにおいて、私法、特に借地法、借家法の適用がある、というのが一般的な見解であった。したがって、行政財産の使用収益関係は純然たる私法行為であるとされていたのである。同法は昭和三九年法一三〇号(同年七月一日施行)により、許可制(同法一八条三項)に改められることとなったが、これは、従来、行政財産の使用・収益の関係について、これを私法上の賃貸借関係と同視し、借地法・借家法の適用まで肯定する傾向があったので、これを行政財産の目的に適合するよう、右のような考え方を否定する立法措置を講じたためである。

ところで、旧国有財産法一八条と国有林野法七条の関係については、後者は前者の例外を定めたものではなく国有財産法一八条において容認されている使用収益につき、国有林野において運用し得る範囲を具体的に、かつ制限的に列挙した特別規定と解されていた。昭和三九年の国有財産法の改正により、行政財産の使用収益については原告主張のとおり一般的には許可制となったのであるが、国有林野の使用収益に関しては国有林野法七条(同法九条、一八条)によって、なお従前のとおり、契約による使用収益をも認めることとした。これは国有林野法の適用を受ける国有林野は、その地域的分布の広大さ、その成立の沿革及び所在地域の社会的、経済的事情等の特殊性からして、行政財産であっても地元住民に使用又は収益させることが必要であり、かつある程度の使用又は収益をさせても森林経営の特殊性からして、その行政目的上支障とならない場合もあるためである。

かかる事情から、国有林野については従来から地元施設制度として地元住民に使用又は収益をさせてきた経緯や地元施設制度の円滑な運営を図ることが各方面から要請されていることから、国有林野については、単に行政財産であるという理由によって他の一般の行政財産の場合と一率に例外的、短期的な性格を持つ許可処分によって使用又は収益させることは実情に添ぐわず、地元住民の協力を必要とする国有林野の管理に支障を来すおそれがあるなどのため、国有林野法七条を国有財産法一八条の特例として存置することとしたものである。

したがって、右法改正の前後を問わず、国有林野法七条による国有林野の貸付契約は、行政財産である国有林野の本来の用途、目的を妨げない限度において国が財産権の主体として相手方と対等の地位に立って行う私法上の法律行為であり、よって国有林野貸付申請の受理、不受理もまた契約の申込みに対する諾否ないしはその予備行為たるにすぎないのである。国有林野貸付申請にあたって貸付申請書の提出を求めているのは貸付契約の申込手続、内容を明確にする以上の意味を持つものではないのであって、原告主張のように、「貸付申請権」及び「貸付申請受理義務」といった公法上の概念を入れる余地はないものである。

また、国有林野法七条には国有林を使用収益させることのできる場合が列挙されているが、同条各号に該当すれば、何でも貸付けてよいという訳ではなく、いわば国民の共有財産たる国有林野を誰にいかなる条件で使用収益させるかについては国有林野の管理者に広く裁量の許されるべきもので、国有林野経営の必要性と貸付目的の有する社会的必要性、国有林野管理における相当性等を考慮し、貸付けすることが必要かつ適当と認められる場合でなければ、貸付けすべきではないことは性質上当然のことというべきである。そもそも国有財産法ないし国有林野法上国民の側に行政財産である国有財産を使用収益すべき権利が当然あるといえないことは明らかであるから、およそ一定の除外事由にあたらない限り、貸付申請者に対して行政財産である国有林野を貸付けなければならないとの原告の立論が不合理であることは明白である。したがって、国有林野管理規程二二条も、国土保全上支障があるときは貸付けてはならないという当然のことを規定したにすぎず、それ以上に国土保全上支障がない限り常に貸付けをしなければならないとまでの趣旨を含むものではないというべきである。

ところで、前記のように当時の国有林野貸付けをめぐる法律関係はあくまで賃貸借契約関係という私法関係であるところ、これに対応して国有林野の貸付申請そのものの法的性質は賃貸借契約の申込みたる意思表示と解するほかはない。

とすれば、国有財産の管理者たる川上署長は前記のように昭和三八年二月二日、佐藤社長らに対して賃貸借契約の申込みを拒絶する明確な意思表示をしているのであるからそれ以後において、いくら書面による契約の申込みを受けようと右書面を受理すべき理由がないことになる。

そして賃貸借関係において、一般に賃貸借の申込みを書面で受けた者が契約締結の意思がないため右書面を受理しないからといって不法行為責任を問われるなどということはあり得ないのと同様、本件事案においても、貸付申請書の不受理自体が直ちに民法七〇九条の不法行為を構成するものではないことは明らかである。

また、前述のように国有林野法七条に基づく貸付けについては、当然に申込みに応ずべき義務があるわけではなく、さらに本件においては、当初山形営林署においてこれを拒否する正当な理由があったものであるから、それは貸付契約の担当者である川上署長らの裁量の範囲内の行為というべきであって、同人らが右に関して民法七〇九条の不法行為責任を負うべき理由もないのである。

(7) 同2(一)(7)の事実は否認し主張は争う。

(国有林野貸付手続と山形営林署における取扱慣行)

《省略》

(二)(1)ア 同2(二)(1)アのうち、石田庶務課長が昭和三八年五月下旬ころ佐藤社長に対し原告主張のように違法な行政指導を行ったことは否認し、山形営林署が原告主張の意図のもとに行政指導をしたことが明らかであるとの主張は争う。その余の事実は知らない。

石田庶務課長は、同年五月下旬ころ右足下腿骨折の予後で外業には従事し得ないときであるから、現場で「a―A」線の変更を指示することはあり得ない。

イ 同2(二)(1)イのうち、川上署長の命を受けた藤本主任が原告主張のように渡辺茂一を脅迫して測量を中止させたことは否認し、山形営林署が原告のリフト建設を断念させようとしていることがさらに明確になったとの主張は争う。その余の事実は知らない。

昭和三八年六月初めころ山形営林署はまだ原告の貸付申請を受理していない(貸付けの内諾のみである)のであるから、藤本主任は、原告のリフト建設予定地の実査命令も受けておらず、したがって貸付申請書類も見ていないはずであるから、原告の申請路線と測量路線の相違を指摘できるはずもないので、同主任が「b―B―A」線の変更を強要した事実はない。

「a―A」線及び「b―B―A」線について、仮に原告が右路線を計画変更した事実があるとしても、それは専ら原告側の事情によるものである。

ウ 同2(二)(1)ウのうち、昭和三八年八月中旬ころ山形営林署と共謀した山形県が原告主張のような強引違法な行政指導をしたことは否認し、原告の各計画変更の事実は知らない。その余の事実は認める。

(「a'―D」線の変更要請の不存在)

《省略》

エ 同2(二)(1)エのうち、石田庶務課長と白石営林署の吉田庶務課長が昭和三八年八月二〇日(二一日ではない)原告に対し起点の変更を示唆(指示命令したものではない)ことは認めるが、原告の各計画変更は知らない。その余の事実は否認し、主張は争う。

(石田庶務課長らによる路線延長の示唆)

《省略》

オ 同2(二)(1)オのうち、「e―E」線六六五メートルが原告の営業路線となったことは認めるが、その余の事実は否認する。

(「e―E'」線から「e―E」線への変更)

《省略》

(2)ア 同2(二)(2)アのうち、山形営林署が昭和三八年七月九日原告に電話で原告が建てた「御釜リフト建設予定地 北都開発商会」という看板の撤去方を申し入れたこと、石田庶務課長が同月一三日佐藤社長の妻の佐藤梅に対し右看板の撤去方を申し入れたことは、いずれも認めるが、その余の事実は否認する。

《省略》

イ 同2(二)(2)イのうち、石田庶務課長らが同年八月五日原告の現場責任者に工事中止方を申し入れたことは認めるが、その余の事実は否認する。

《省略》

ウ 同2(二)(2)ウのうち、同年八月一八日原告がブルドーザーで工事をしたこと、翌一九日相馬管理官が原告の現場責任者に工事の中止方を申し入れたことはいずれも認めるが、川上署長の命を受けた藤本主任が原告主張の各工事中止を強要したことは否認し、その余の事実は知らない。

《省略》

エ 同2(二)(2)エのうち、原告のリフト建設に対する山形営林署の工事妨害の態度はさらに一貫して続いたことは否認し、その余の事実は認める。

《省略》

オ 同2(二)(2)オの事実は否認する。

カ 同2(二)(2)カのうち、同年九月一八、一九の両日子幡局長が原告に対し、山形営林署長あて陳謝状を差し出し、行政監察の申立てを取り下げるよう求めたことは認めるが、その強要をしたことは否認し、その余の事実は知らない。

《省略》

(3) 同2(二)(3)の事実は否認し主張は争う。

(原告のリフト建設工事の違法性)

山形営林署が極めて強引な原告のリフト建設工事を中止させようとしたことについては、次のように正当な理由があった。

原告が主張するとおり、原告のリフト路線は多数回にわたって変更されているが、国有林野貸付地が何ら特定されないまま、申請者に樹木の伐採やブルドーザーによる地ならし工事を自由に許すとすれば、計画路線が変更される度に貴重な蔵王の景観や植物が損なわれることになるが、このようなことを国有林野の管理者である営林署で傍観しなければならない理由はない。

また、原告が確実なリフト路線を決定したのは前述のように九月一六日のことであって、それ以前においてはリフト路線、すなわち国有林野貸付予定地の位置、面積が果してどうなるのか営林署においては何ら認識し得なかったのであるから、それが確定するまで工事そのものの着工を中止するよう求めるのはむしろ当然の措置というべきである。

さらに、山形営林署では従来から、貸付申請以前の段階で申請者の事業内容を調査し、その上で貸付けの有無を決することにしていたものであるが、その際には貸付予定地の位置、面積までをも検討していたところ、原告の場合には、そうした事前折衝が何らなされておらず、貸付けの内諾はあるもののその位置、面積等について営林署での検討が一切未了であった。原告の当初の予定路線が原告の都合で変更されたことは原告の自認するところであるが、その後の計画路線の内容は山形営林署で正確に知り得なかったことである。具体的なリフト路線の起点、終点、リフトの距離、位置が判明して初めて貸付対象地が特定され、事後の手続が進行するのであって、それまでは原告において自由にリフト路線を決定した上、工事そのものを着工するということが許される訳がない。

原告は他企業の場合を例にして、山形営林署の措置を非難するが、山形営林署では原告のリフト路線確定後、九月二一日に原告リフト敷地の貸付けについて秋田営林局に上申する際にも徹夜で事務手続を進めたほか、山形営林署と原告との国有林野貸付契約が締結された昭和三九年一月一八日に先立ち、昭和三八年九月二一日に従前のケースも考慮して原告からの申入れに応じて工事の着工を認めているところである。

リフト路線の確定により国有林野の貸付予定地が明らかとなった段階で初めて従前の他企業の例を考慮して貸付契約締結前における工事着工を承認(しかも、保安林指定解除前に)しているのであるから、山形営林署における原告と他企業との取扱いに差があったとの原告の主張は失当である。

山形営林署ではすでに条件付きながら国有林野を貸付ける旨の内諾を与えていたところであり、原告の要求に基づき保安林内作業許可申請に関する意見書を七月二二日に、国有林野入林許可を八月六日に出しているのである。その間、右手続とは別個に国有林野の管理者として、工事の中止を求めているにすぎない。いずれ国有林野を貸付ける予定の原告に対し、ことさら妨害をすべき理由は何もないのである。

以上のように、原告が山形営林署からの内諾書を得た昭和三八年五月二三日から工事着工の承認を得た九月二一日までの間、リフト建設工事の中止を山形営林署、山形県から再三にわたり要求されたのは、自らの都合により度々リフト路線を変更して国有林野貸付予定地を特定し得なかったこと、蔵王の景観を国定公園地域にふさわしいように保護しようとした厚生省、山形県の意向に従わず、強引に工事を継続しようとしたことにあるのであって、もっぱら原告自身の責任に基づくものであるといわざるを得ない。

原告の主張は自ら招来したリフト建設工事の遅れの責任を他者に転嫁しようとするものであって不当である。

(三) 同2(三)冒頭の事実のうち、原告リフトの付近における国有林界が、原告主張の、秋田営林局山形営林署と青森営林局白石営林署との管轄区界で、しかも山形県上山市と宮城県刈田郡七ヶ宿町との市町界で、かつ山形、宮城両県の県境でもあることは認めるが、その余の事実は否認する。

(1) 同2(三)(1)のうち、根岸検測が現地上「境界不判明」を理由とするものであることを認めるが、根岸検測が新たな管轄区界を設定すると同時に新たな行政区界をも設定したことは否認し、国有林内部の管轄区界と行政区界が一致する境界が現地上不判明となったとすれば、すべてその境界を確定する当事者は関係市町村であって、営林局・営林署ではない旨、原告主張の規程から、営林局・営林署には、国有林内部の管轄区界と行政区界とが一致する境界が不判明であるからとして、その境界を検測する権限がないことが明らかである旨、根岸検測が行政区界と管轄区界の主従関係を逆立ちさせ、この主従関係を無視した測量であり、本来営林局・営林署には行政区界についての検測の法的権限がない旨、根岸検測が上山市、七ヶ宿町への連絡、立会いを求め、その判断に拘束されなければならなかった旨の各主張は争う。

(根岸検測を実施するに至った経緯と検測実施の正当性)

山形営林署永野担当区の藤本主任は、昭和三八年五月九日、原告の社員森谷茂らから、山形、宮城両県の県境を現地で案内して欲しいとの申出を受けたが、本件地域を調査したことがなかったので、一応担当区備付けの境界図を見た上で同担当区作業員斎藤新助を伴って現地に赴き、同作業員の説明を聞いたところ、本件登山道が県境であるとの説明であった。しかし、藤本主任は、境界図の境界線の屈曲と登山道の屈曲とが著しく相違すること、登山道が県境であるとすれば山交リフトの整地箇所及び日本道路公団で行っている刈田駐車場の整地箇所の一部が自己の担当区管轄区域内に入ることとなるが担当区主任である自分には何の連絡もないこと、県境等の境界は通常分水嶺などの天然界であるのに人為的に変わり易い登山道を県境であるとすることなどの点から、本件登山道が県境であるとの説明に疑問を抱いた。同月一一日、佐藤社長が現地に来て説明を求めたので、藤本主任は、斎藤新助は本件登山道を県境であるというが、これは疑問である旨伝えたところ、川上署長から一応検測を実施して確かめるよう指示された。

一方、川上署長は、帰宅後念のため白石営林署長に電話し、山交の着工地域が白石営林署管内かどうかについて照会したところ、同月一三日同署長から川上署長へ電話で山交の着工地域は間違いなく白石営林署管内である旨の連絡があった。

藤本主任らは、同月一三日検測のため現地に赴き、刈田岳三角点から二八号点付近までは担当区事務所において境界図を見て知った方向距離によって馬の背稜線上に測点をとり、さらに二四号付近までは基本図からその境界点、境界線の方向、距離を見て現地地形に基づいて各測点をとった。この検測によって二四号点と判定した付近一帯を探したが、石標を発見することができず、二四号石標が亡失していることを確認し、また、二八号石標の現存することを知るに至ったが、その位置は本来の二八号点よりも刈田岳三角点の方に約六、七〇メートル寄ったところに埋設されてあったので、正位置でないことを確認した。これについて藤本主任は、同行の永野担当区補助員斎藤庄一から、この石標は同人が昭和三五年歩道修繕の帰途転倒しているのを発見し、その場に仮埋設したものである旨の説明を受けた。藤本主任は、二四号点付近までの検測によって、本件登山道が県境であるというのは全くの誤りであることを知るに至った。

秋田営林局においては、原告リフトの敷地貸付申請に関連して、山形、白石両営林署の管轄区界が現地において必ずしも明確でないところから、至急検測を実施する必要があると考え、同年五月一六日、子幡局長は、川上署長に対し、本件地域の管轄区界について秋田営林局による検測を実施するが、営林署としても検測を実施するよう指示した。そこで、同署長は、五月一三日藤本主任の測量は登山道が県境と一致するか否かのみを目的としたものであったので、この際県境の正位置を検出することとし、相馬管理官に検測させることとした。

同月一七日、相馬管理官は、山形営林署備付けの境界図と空中写真図化図面を携行して、藤本主任と共に現地に赴き、検測を実施した結果、本件地域の管轄区界は本件登山道ではなく、太平洋に注ぐ阿武隈川の源流である一枚石沢と日本海に注ぐ最上川の源流である仙人沢の間の分水嶺であると判断されたが、現地の八三号石標の位置と境界図に表示された八三号石標の位置が一致しなかったので、各測点の位置の最終確認は秋田営林局実施の検測を待つほかないとの結論に達した。

六月一八日から二二日までの間、秋田営林局計画課測定第二係の根岸係長が本件箇所の検測を実施した。

本件境界は隣接青森営林局との管轄区界であるため、当初秋田、青森両営林局共同で検測することとしていたところ、青森営林局から、山形営林署の貸付けに関連する事案であるから、秋田営林局側で検測すべきであり、青森営林局としては責任者を立ち会わせることとしたいとの申入れがあり、その結果秋田営林局で検測を担当し青森営林局で立ち会うことになった、

以上の事実経過から明らかなとおり、秋田営林局・山形営林署の実施した検測は、国有林野貸付けの前提として、管轄区界を明らかにしようとの動機に基づくものであって、原告の主張するような不法な動機に基づくものではない。

ところで、官民地境界について、境界査定等により確定した境界が、時の経過により現地上判然としなくなったとしても、一旦境界が確定している以上、国有財産法三一条の三に規定する「境界が明らかでない」場合に該当するものではなく、法的には境界が明らかなのであるから、改めて国有財産法の規定に基づく境界確定手続を必要とするものではない。本件境界についても、明治三七年の境界査定によってその境界が確定しているのであるから、現地上判然としなくなったとしても、官民地境界における場合と同様、境界が明らかでないという訳ではない。

原告は、管轄区界が行政区界と一致する境界については、現地上「境界不判明」となれば、過去において境界が確定済みのものであると否とを問わず、これを明らかにするのは、当事者である関係市町村であって、営林局・営林署にはその権限がない旨主張するが、そもそも本件は「境界不判明」の事案ではないから、主張自体失当というべきである。山形、白石両営林署の管轄区界を現地に明らかにするために行われた検測において、手続上、上山市、七ヶ宿町へ連絡しなかったからといって手続上違法となる訳ではない。

また、国有林内で行われる測量は、昭和三七年九月一日の国有林野測定規程施行後、すべて同規程第六章に規定する区画線測量となっている。区画線測量は、基準線測量と普通線測量に区別され、基準線測量とは「顕著な峰、河川等森林計画の基準となるもの、ならびに行政区界、固定的な道路等の測量」をいう(同規程九二条)。本件境界は行政区界であり、森林計画の基準となる事業区界でもあるから基準線測量をすべき場合に該当する。ところで、同規程第六章の区画線測量においては、区画線の検測自体については何ら規定されていない。規定されなかったのは、官民地境界に関するような複雑な権利関係が生じないことから、同規程第八章境界検測と異なり厳密に規定する必要を認めなかったにすぎない。したがって、根岸検測は、同規程第八章に規定する「境界検測」の検測の要領に従じて行ったものであり、区画線測量に検測が規定されていないからといって検測ができないというものではない。

(2)~(4)《省略》

(5) 同2(三)(5)の事実は否認し、主張は争う。

山形営林署所管の蔵王山国有林三九林班と白石営林署所管の刈田岳国有林五六林班との境界は、明治三七年に当時の宮城大林区署で施行した境界査定以来現在に至るまで変更はなく、昭和三八年六月一九日から二二日まで青森、秋田両営林局係官によって行われた根岸検測は、従来山形、白石両営林署の国有林界とされていたところを境界図簿に基づき現地に確認したにすぎず、検測に誤りはないのであって、国有林界を事実上も移動していない。

3  同3の事実は否認し、主張は争う。

前述のように、国有林野の貸付契約は、行政財産である国有林野の本来の用途、目的を妨げない限度において国が財産権の主体として相手方と対等の地位に立って行う私法上の法律行為であり、国有林野貸付申請の受理、不受理もまた契約の申込みに対する諾否ないしはその予備行為たるにすぎないのであるから、国が行政目的達成のため優越的地位において行う公権力の行使ではない。

また、国有林野の貸付契約締結以前に、原告において国有林内に無断で看板を設置し、かつ工事を強行したため、これが撤去及び中止を求めたことは、国が財産権の主体として私権を行使したにすぎないのであるから、これまた公権力の行使には当たらない。

さらに、国有林の経営、管理の必要から、その内部に便宜上国有林界、林班界などを区画し、それぞれの界線がたまたま県境などの行政区界と部分的に一致する場合、これを、国有林野測定規程一〇条にいう検測の方法で明確ならしめる措置を講ずることは何ら公権力の行使に当たらない。

4  同4の原告主張の損害の発生した事実についてはすべて知らない。その原因はすべて否認する。

第三当事者の提出、援用した証拠《省略》

理由

一  原告のリフト建設計画の概要とリフト建設に必要な手続

1  原告がお釜観光を目的とする夏山リフトの建設計画を有していたこと、昭和三七年一一月エコーライン全線が開通したこと、原告が昭和三八年一月四日定款の事業目的に旅客索道の経営、観光地における食堂・売店の経営を付加したこと、原告リフトの予定路線の位置(索道事業免許申請については起点の所在地)が山形県内で、山形県上山市大字永野字蔵王山国有林三九林班内で、蔵王県立自然公園内であれば、新潟陸運局長に対する甲種特殊索道事業免許申請、山形営林署長に対する国有林野貸付申請及び山形県知事に対する県立自然公園内工作物新築届が必要であり、さらに山形営林署長の入林許可・貸付見込書及び山形県知事の保安林内作業許可が必要であったことは、いずれも当事者間に争いがない。

2  右争いない事実に、《証拠省略》を総合すると、次のとおりの事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

(一)  原告は、青果物市場の経営、衣類並びに一般雑貨の卸市場の経営、右に付帯する一切の事務を事業目的として昭和三七年八月九日成立した有限会社であるが、その経営に当たっていた佐藤社長は、蔵王連峰を山形県から宮城県に横断し同年七月ころ宮城県側が開通したエコーラインが同連峰の奇勝地であるお釜を通過しなかったことから、現地を調査するなどして、エコーライン刈田駐車場からお釜の見える馬の背台地に至る、お釜探勝を目的とするリフトを建設することを計画し、同年一二月ころ、リフトの設計及び施工については日本リフトに、リフト建設に必要な諸官庁に対する各申請書類の作成等については兼子司法書士にそれぞれ依頼した。

(二)  そして、原告は、昭和三八年一月四日、社員総会において、定款の事業目的に前記のとおりの事項を付加した上、同年七月二〇日営業開始を目標とするエコーライン刈田駐車場付近から馬の背台地に至る全長約六六〇メートルの甲種特殊索道事業を経営することを議決した。

(三)  一方、兼子司法書士は、昭和三七年一二月中に、新潟陸運局に赴いて索道事業免許申請書の作成やその添付書類等について指導を受け、また、日本リフトとも打ち合わせた上、昭和三八年一月九日までには、事業目的の追加については登記申請手続が未了であったことから社員総会議事録で代えるなどして、日本リフトの作成した路線図も含め、一応索道事業免許申請書を作成するに至った。

二  国有林野貸付申請不受理による妨害の不法行為の成否

1  原告の工作物新築届と索道事業免許申請の経過

原告が昭和三八年一月二五日県立自然公園内工作物新築届を上山市長を通じて山形県知事(職務代行者板垣副知事)に提出したが、安孫子知事から同年三月二〇日付けをもって返戻され、最終的に同知事によって受理されたのが同年八月一〇日であったことは、当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すると、兼子司法書士は、昭和三八年一月一〇日、前日に路線図を持参してきた日本リフトの後藤良一と共に新潟陸運局に赴き、同局長に対する原告の「御釜リフト」と名づけた甲種特殊索道事業免許申請書を提出し、その際、同陸運局の担当者から、事業目的追加後の登記簿謄本・定款、原告代表者の印鑑証明のほか、国有林野貸付申請及び工作物新築届の各受理証明書を追完するよう指示されたものの、翌一一日付けで右索道事業免許申請書が受理されたことが認められる。

2  内諾書交付に至るまでの原告の国有林野貸付申請の経緯

川上署長が昭和三八年五月二三日原告に内諾書を交付し、同年八月六日原告の貸付申請書を受理したことは、当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すると、次のとおりの事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

(一)  昭和三八年一月七日山形営林署において、佐藤社長及び安達常務から川上署長に対し、刈田駐車場付近からお釜に向かうリフト建設について口頭の陳情があったので、同署長は、上司とも相談した上しかるべく回答する旨答えた。また、同月一〇日には、山形営林署の松籟荘において、同日兼子らが新潟陸運局に提出した索道事業免許申請書の控を持参した佐藤社長及び安達常務から、来形中の秋田営林局の子幡局長及び川上署長に対し、刈田駐車場付近から「馬の背」台地に至る旅客用リフトを建設したいので用地を借り受けたい旨の口頭の陳情があった。これに対し、子幡局長は、同地域について既に山形交通からも同様の陳情があったことから、「競願もあるので即答できない。」旨答え、一方、川上署長は、原告のリフトの起点が刈田駐車場のすぐ近くであるという話であり、同駐車場は山形営林署に隣接する白石営林署が既に日本道路公団に貸付済みであったことから、「リフトの起点は宮城県に属しているように思われる。」旨答えた。

(二)  川上署長は、原告のリフト建設予定地とされる付近一体が山形、宮城両県とも自然公園法に基づく県立自然公園地域であることから、子幡局長の指示もあって、山形営林署としてはその管理者である山形県の意向も尊重しなければならないので、その意向を調査することとし、同年一月中旬ころ、県に板垣副知事を訪ねたところ、同副知事から、右地域は近く国定公園に編入される予定であり、お釜付近は蔵王の景観の中心であるから、同地域にリフトを建設することは認めず、道路のみによって開発する方針(以下「道路方式」という。)であるとの説明を受け、子幡局長にもその旨報告した。子幡局長及び川上署長は、山形県が「道路方式」を採用している以上、秋田営林局として貸付けを認める訳にはいかないとの方針を決め、同年二月二日、子幡局長の指示を受けた秋田営林局の鳥生総務部長、同管理課長斎藤秋一及び川上署長らは、山形県に県知事職務代行者の板垣副知事を訪ねて前述の県の方針を確認した上、山形営林署に佐藤社長を招き、佐藤社長及び同行してきた兼子司法書士に対し、川上署長、斎藤管理課長ら同席のもと、鳥生総務部長から、「原告のリフト建設予定地付近一帯は近く国定公園に編入される予定であり、山形県は、景観を保持するため、右地域にリフトを建設することは認めず、道路で開発する方針であるとのことなので、秋田営林局としては、県の方針に反してまでリフト敷地として貸付けすることはできない。」旨説明し、さらに、同部長は、「右地域は秋田営林局で観光資源調査を実施する予定であり、今後の観光施設計画はすべて右調査の結果を待つ方針である。」旨、また、「現在積雪中で現地調査できないが、リフト路線は白石営林署管内になるかも知れない。」旨付言した。

(三)  これより先、佐藤社長から国有林野貸付申請書の作成等を依頼されていた兼子司法書士は、同年一月一九日ころ山形営林署において、相馬管理官から、貸付申請書の様式、添付書類、作成部数(七部)等について指導を受け、同年二月末ころまでには、陸運局長の免許書及び知事の工作物新築届出受理通知書の添付がなかったものの、国有林野貸付申請書を一応作成し、同年三月一日ころ補正を必要とする点もあるかも知れないので見てもらおうと考え、右貸付申請書を山形営林署に持参したところ、相馬管理官から、佐藤社長が安達常務の方から提出するようにと指摘され、持ち帰った。

(四)  佐藤社長は、同年三月一四日初めて右貸付申請書を持参して山形営林署を訪れ、川上署長に対しその受理方を要請し、その後同年四月一〇日、同月二三日、同月二四日と数回にわたって持参し受理方を要請したが、川上署長は、その都度二月二日に鳥生総務部長が原告側に説明したことを繰り返し受理を拒否した。右の四月一〇日及び同月二三日には、佐藤社長から、山形県が原告のリフト建設を認めるようになった旨の話があったことから、川上署長は、それぞれ山形県の方針に変わりがないことを確認している。(なお、《証拠省略》の甲種特殊索道事業免許申請には、添付書類として「国有林野貸付使用申請書写」と記載され、国有林野貸付使用申請書が編綴されているが、《証拠省略》には、後に追完されたことが明らかな定款、登記簿謄本、印鑑証明及び工作物新築届出書等も編綴されていること並びに《証拠省略》に照らすと、昭和三八年一月一〇日新潟陸運局長に対する索道事業申請書を提出した段階から右国有林野貸付使用申請書が添付されていたものとは到底認め難い。)

右認定事実によれば、原告が国有林野貸付申請書を山形営林署に持参して貸付申請をしたのは、昭和三八年三月一四日が初めてであって、それ以前においては単に口頭の陳情にすぎなかったというべきである(なお、兼子司法書士が同年三月一日ころ右申請書を山形営林署に持参しているが、その持参の目的、原告と兼子司法書士との関係に照らすと、未だ原告の貸付申請と認めるに足りない。)。また、川上署長と子幡局長は、同年一月七日、一〇日と佐藤社長らから口頭の陳情を受けた後、県立自然公園として原告のリフト建設予定地付近一帯を管理している山形県の意向を調査した結果、県がリフト建設を認めない「道路方式」を採用していたことから、秋田営林局として右方針を尊重して貸付けしない方針を決め、同年二月二日県の右方針を確認した上、佐藤社長らに対し、県の「道路方式」を尊重することを理由として貸付けできない旨言明すると共に、「蔵王地区観光資源調査」の結果を待つ方針であることなども付言し、その後山形県が「道路方式」を堅持していることを随時確認しながら、同年三月一四日以降数回にわたって佐藤社長らが山形営林署に持参した国有林野貸付申請書をその都度受理しなかったというのである。

そこで、以下、川上署長及び子幡局長による原告の国有林野貸付申請不受理の違法性について判断する。

3  「道路方式」構想について

原告は、川上署長及び子幡局長が原告に貸付けできない理由の根拠として山形県の「道路方式」構想は、原告に対する妨害の口実であって、原告が貸付申請をする以前に既に破綻していたものであり、また、営林署長の国有林野貸付申請不受理の理由になるほどのものではなかった旨主張するので、この点について検討する。

(一)  《証拠省略》を総合すると、次のとおりの事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 原告のリフト建設予定地一帯は、山形、宮城両県とも自然公園法に基づく県立自然公園で、既に昭和三三年九月ころ山形、宮城両県知事が厚生大臣に対し国定公園指定の申出をしていた地域であり、山形県は、昭和三七年一二月ころから、自然公園審議会による候補地適当との答申も出されたこともあって、お釜付近の地域を最も景観を維持することが要請される特別保護地区と予定した候補地区域案及び公園計画案作成の準備作業を進めていたが、当時県は、かねてより厚生省から、自然景観保護の見地から特別保護地区(予定地を含む)内に索道等(リフト、ロープウェイ、ケーブルカー)の建設を認めないようにとの通達による指導を受けていた。その後昭和三八年二月一〇日ころ開かれた山形、宮城両県合同による国定公園指定準備のための公園計画の打合せ会において、右の予定地区の趣旨を折り込んだ蔵王連峰国定公園候補地区域案及び公園計画案が作成され、同月一八日付けをもって、山形、宮城両県知事より厚生省あて送付された。

(2) また、山形県は、既に昭和三六年三月ころには、観光施設整備五ヵ年計画の中で、蔵王探勝道として地蔵鞍部から熊野岳、馬の背、刈田鞍部を経由して後に刈田駐車場が造られた場所付近でエコーラインに連絡する幅員三メートルの歩道建設を計画していたが、次いでエコーライン全線が開通した昭和三七年一一月ころ、安孫子知事らは、刈田駐車場からお釜に至る車道によりお釜付近の地域を開発する「道路方式」構想を立て、日本道路公団に右道路の建設を依頼することとし、同月ころ土木部長佐藤興夫が同公団東京支社と接衝し、同年一二月ころには知事自ら同公団本社と接衝したところ、公団側では、そのような短区間の観光道路の建設は予算の関係上難しいとの意向であったため、さらに県独自で歩道によることも含めて道路により右地域を開発する「道路方式」を検討していた。

(3) その後、右地域が山形、宮城両県にまたがる関係で両県が同一歩調をとる必要があったことから、昭和三八年二月一〇日開かれた両県合同の前記打合せ会において、山形県側から右地域を道路により開発する「道路方式」の採用を提案主張し、同年三月中旬ころ、安孫子山形県知事と三浦宮城県知事が会同し、「道路方式」の採用について意見の一致をみるに至った。その結果、安孫子知事は、同月二〇日、山形県立自然公園条例一三条二項による工作物新築行為の禁止命令として、原告の同年一月二五日付け届出にかかる工作物新築届出書を風致景観上好ましくないとの理由により原告あて郵送して返戻し、一方、宮城県知事は、同年四月八日、山交のリフト建設敷地についての白石営林署長からの照会に対し、道路建設が適当と認められるのでリフトは好ましくない旨回答した。

(4) ところが、宮城県立自然公園条例には、山形県立自然公園条例とは異なり、単に景観を損なわないように努めなければならないという趣旨の規定があるのみで、工作物新築届出が必要であるとか、県知事が右届出に対し禁止、制限、その他必要な措置を命ずることができるというような規定がなく、陸運局長の索道事業免許と営林署長の国有林野の貸付けがあれば、索道の建設が可能であったこともあって、白石営林署長は、宮城県知事の右意向に反し、同年四月二七日山交に対し国有林野を貸付けするに至り、間もなく山交のリフト建設が進められることとなったため、道路のみによる開発を予定した「道路方式」は宮城県はもとより山形県においても同年五月ころには実現不可能となり、その後具体的な計画の推進はみられなかった。

(5) そのため、山形県の「道路方式」を尊重していた秋田営林局、山形営林署としては、これまでの原告に対する不貸付けの態度を維持する必要がなくなった。また、秋田営林局で実施していた「蔵王地区観光資源調査」の結果も、白石営林署の前記貸付けにより将来の観光施設計画もこれと均衡を保つものにするのが適当と考えられるに至った。そこで、川上署長は、同年五月二三日、本件貸付申請事案について承認の権限を有する子幡局長の意思を確認し、県に板垣副知事を訪ね、県の意向を聴き原告に内諾書を交付する旨告げた上、原告に内諾書を交付した。

(二)  右認定事実によれば、佐藤社長らに対し鳥生総務部長が秋田営林局として山形県の「道路方式」を尊重することを理由として貸付けできないと言明した昭和三八年二月二日ころ、山形県は、国定公園指定の関係で既に自然公園審議会による候補地適当との答申が出されたこともあって、「お釜」付近の地域をかねてより厚生省からリフト等の建設を認めないよう指導を受けていた特別保護地区予定地とした公園計画案等の作成準備作業中であり、右地域の開発については、日本道路公団が刈田駐車場からお釜に至る車道の建設に反対であったため、さらに県独自で歩道によることも含めて道路により右地域を開発する「道路方式」を検討中であったというのである。その約一週間後に開かれた山形、宮城両県合同の国定公園指定準備のための打合せ会において、山形県側から「道路方式」の採用を提案主張したこと、そのまた約一週間後には両県合同の計画案等が作成されて厚生省あて送付され、同年三月中旬ころには両県知事の意見の一致により「道路方式」が確定的に採用されたことも併せ考えると、佐藤社長らに対し「道路方式」を尊重することを理由に貸付けできない旨言明した同年二月二日の時点で既に「道路方式」構想が破綻していたとは到底認められない。

確かに、前記認定事実によれば、「道路方式」は、結局具体的企画の段階に至らなかったものであり、特に、山形、宮城両県知事の意見の一致により確定的に採用された同年三月中旬までは、山形県首脳部の構想にすぎず、また、道路公団の賛同を得られず、車道建設が難しくなった昭和三七年一二月ころ以降は歩道で開発する方針にほぼ固まっていた(証人稲舟新平の証言)のであるが、「道路方式」自体は山形県首脳部に構想として現に存在していたというべきであって、その後の経過に照らしてみても、山形県の「道路方式」構想が破綻していたとは認められない。

《証拠省略》によれば、山交は、昭和三六年ころ刈田駐車場から「馬の背」に至る車道を山交の費用で建設する計画を立て、エコーラインの取付道路になることから、日本道路公団と折衝したが、同公団から反対されたため、右計画を断念し、その後それに代わるものとしてリフト建設を計画したことが認められる。山交の右道路建設計画は車道のみを計画していたことが明らかであるから、山交が右計画を断念したことをもって、歩道による開発も考えていた山形県の「道路方式」が破綻したとはいえない。また、右事実は道路公団が民間企業が自己負担で取付道路を建設することにも反対であったことを意味するが、当時は同公団が正にエコーラインを建設中であった(エコーラインの全線開通は前記のとおり昭和三七年一一月)ことを考えると、エコーライン完成後の山形県の車道建設計画とは状況が異なることは明らかであり、前記認定のとおり、山形県が昭和三七年一二月ころ折衝した際の道路公団の反対の理由は、短区間の観光道路は予算の関係上難しいというものであるから、当時国の予算を必要としない道路がエコーラインと接続することにも反対であったかどうか明らかでなく、そのような道路の建設の可能性も考えられる。この点からみても、道路公団の反対により山形県の「道路方式」構想が破綻したものとはいえない。

また、原告は、白石営林署長が宮城県知事の意向に反して山交に貸付けしたことをもって、「道路方式」構想が営林署長の貸付けにまで影響を与えるものではない旨主張するが、前記認定事実によれば、条例上、宮城県においては、県知事がリフト建設に反対しても、その禁止、制限等ができないのに対し、山形県では、その禁止、制限等ができるという相違がある上、山形県が「道路方式」を堅持していたというのであるから、山形県側においては、県の意向を無視して貸付けしてもリフト建設が認められず、貸付けの意味がないというべきであって、少なくとも、山形県側においては、「道路方式」構想が営林署長の貸付けに影響を与えるものというべきである。

したがって、「道路方式」構想が原告に対する妨害のための口実であった旨の原告の主張は到底採用できない。

さらに、川上署長が原告に内諾書を交付するに当たり板垣副知事から山形県の意向を聴いていることは前記認定のとおりであるから、山形県の意向を打診していない旨の原告の主張も採用できない。

4  「蔵王地区観光資源調査」について

原告は、「蔵王地区観光資源調査」は原告に対する妨害の口実として急遽計画されたものである旨主張するので、この点について検討する。

《省略》

(二) 右認定の「蔵王地区観光資源調査」の経過、特に、子幡局長が昭和三七年九月ころ以前の林野庁計画課長当時観光資源調査の計画立案に携わっていたこと、林野庁が昭和三八年二月九日各営林局に対し観光資源調査について通達を出し、そのころ、秋田営林局では、蔵王地区について右調査を実施することを決定しており、林野庁が予算措置を必要とする全国的通達を出すには相当の準備期間が必要であると推測されることに照らすと、佐藤社長らに対し、「蔵王地区について観光資源調査を実施する予定であり、その調査の結果を待つ方針である。」旨付言した同年二月二日の時点で、秋田営林局が蔵王地区について右調査を実施する予定であったことは明らかであるというべきであって、原告に対する妨害の口実として急遽計画されたものとは認められない。

《省略》

5  山形営林署における国有林野貸付申請の取扱慣行について

前記二2(一)ないし(四)に認定した事実によれば、川上署長らは、原告の口頭の陳情により、その借受目的、貸付けを受けようとする国有林野の所在等の概要を知り、貸付けの当否を調査した結果に基づいて、原告に貸付けしない方針を決め、原告が提出した貸付申請書を受理しなかったというのである。

原告は、「貸付けできない」又は「貸付けしない」との確固たる意思がある場合、その理由を申請者に伝え、申請書を持ち帰ってもらうというような取扱慣行は山形営林署には存在しなかった旨主張するが、《証拠省略》によれば、山形営林署においては、国有林野の借受希望者から、借受希望場所、貸付けを受けようとする用途等を聴取し、国有林野として貸付けすることができるかどうかを調査し、関係機関との調整も可能で貸付けに支障がないと見込まれる場合に初めて申請書を受理し、不貸付けの方針に決まった場合には貸付申請書を受理しないという取扱方法が従来から慣行的に行われており、他の営林署においてもそのような取扱方法が従来から慣行的に行われていたことが認められる。もっとも、《証拠省略》によれば、白石営林署には当時右のような取扱慣行が存在しなかったことが認められるが、同営林署は青森営林局管内であって、山形営林署とは営林局も異なり、局により行政指導も異なることも充分考えられるので、右の事実をもって直ちに山形営林署に右取扱慣行が存在したとの前記認定を覆すに足りず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

原告は、仮に右のような取扱慣行が存在するとしても、国有林野を借り受けようとする者には貸付申請権があり、営林署長にはこれに対応する貸付申請受理義務があるから、右慣行は違法なものである旨主張するので、次に国有林野貸付けの法的性質について検討する。

6  国有林野貸付けの法的性質

原告が貸付申請をした国有林野が行政財産であることは、当事者間に争いがない。

旧国有財産法は、行政財産は「その用途又は目的を妨げない限度において使用又は収益をさせる場合を除く外」これを貸付けすることができないと定め(同法一八条)、「その用途又は目的を妨げない限度において使用又は収益させる場合には」、普通財産の貸付け等に関する規定を準用することとしていた(同法一九条)。従来、この行政財産の使用収益関係も、普通財産の場合と同様に、私法上の賃貸借関係であり、国有財産法と抵触しない限りにおいて、私法、特に借地法、借家法の適用がある、というのが一般的見解であったので、このような考え方を否定し、行政財産の目的に適合するよう、昭和三九年法律第一三〇号(同年七月一日施行)により、許可制(同法一八条三項)に改められることとなった。

ところで、国有林野法七条は、「国有林野は、左の各号の一に該当する場合には、貸し付け、又は貸付以外の方法により使用(収益を含む。以下同じ。)させることができる。」と規定しているが、同条は旧国有財産法一八条の例外を定めたものではなく、同一八条において容認されている使用収益につき、国有林野において運用し得る範囲を具体的に、かつ制限的に列挙した特別規定と解されていた。

昭和三九年の国有財産法の改正により、行政財産の使用収益については一般的には許可制となったが、国有林野法七条はそのまま存置された。これは、国有林野法の適用を受ける固有林野は、広大な地域に分布していることや、その成立の沿革及び所在地域の特殊な社会的、経済的事情等から、従来から地元住民に使用又は収益をさせてきたものも多く、引き続き地元住民に使用又は収益させることが必要であり、かつある程度の使用又は収益をさせても森林経営の特殊性から、その行政目的上支障とならない場合もあるため、単に行政財産であるという理由によって他の一般の行政財産の場合と同様一率に例外的、短期的性格を持つ許可処分によって使用又は収益させることは実情に添ぐわず、かえって地元住民の協力を必要とする国有林野の管理に支障を来すおそれがあると考えられることなどのため、国有林野の使用収益に関しては、なお従前のとおり、契約による使用収益をも認めることとし、国有林野法七条(同法九条、一八条)を国有財産法一八条の特例として存置することとしたものと解される。

したがって、右法改正の前後を問わず、国有林野法七条による国有林野の貸付けは、行政財産本来の用途、目的を妨げない限度において国が財産権の主体として相手方と対等の地位に立って行う私法上の法律行為であり、国有林野の貸付申請は賃貸借契約の申込みたる意思表示、国有林野貸付申請の受理、不受理は契約の申込みに対する諾否ないしその予備行為にすぎないものと解するのが相当であって、国有林野の貸付けが「許可」という権力的処分である旨の原告の主張は採用できない。国有林野法施行規則一四条が国有林野の貸付申請に当たって申請書の提出を求めているのは、貨貸借契約の申込手続、内容を明確にする以上の意味を持つものではないのであって、原告主張のような「貸付申請権」及び「貸付申請受理義務」といった公法上の概念を入れる余地はないので、前記取扱慣行が違法であるとはいえない。

また、国有林野法七条には国有林野を使用収益させることのできる場合が列挙されており、国有林野管理規程二二条には、「当該国有林野が保安林、保安施設地区、砂防指定地その他国土保全上支障があるものであるとき又は当該申請書が左の各号の一に該当するときは、国有林野を貸し付け又は使用させてはならない。」と規定している。原告は、国土保全上支障があるとされる除外事由等がなければ貸付けしなければならない旨主張するが、そもそも国民の側に行政財産である国有林野を使用収益すべき権利が当然にあるとはいえないことは明らかであり、国有林野経営の必要性と貸付目的の有する社会的必要性、国有林野管理における相当性等を考慮し、貸付けすることが必要かつ適当と認められる場合に初めて貸付けすべきことは性質上当然のことと考えられるので、国有林野法七条各号に該当すれば何でも貸付けてよいという訳ではなく、また、国土保全上支障があるとされる除外事由等がなければ貸付けしなければならないものではなく、誰にいかなる条件で使用収益させるかについては、国有林野の管理者に、行政財産本来の用途、目的を妨げない限度において合理的裁量が許されるものと解するのが相当である。したがって、原告の右主張も採用できない。

7  原告リフトと山交リフトとの著しい差別的取扱い(川上署長の原告リフトに対する妨害の意図)について

《省略》

以上のとおり、川上署長や子幡局長が原告のリフト建設を妨害し山交リフトに積極的便宜を供与するため、山交や白石営林署と共謀した事実は認めるに足りないものというべきであり、結局、《証拠省略》によって認められるのは、川上署長が山交リフトの建設に対しては好意を持っていたが、原告のリフト建設に対しては、佐藤社長、安達常務及び原告について種々調査した結果その社会的信用や事業遂行について不安を抱き、また、佐藤社長や安達常務らとの折衝の過程における同人らの言動に起因して同人らに対し悪感情を抱くようになったこともあって、飽くまでこれを阻止しようとの気持ちを持っていたということにすぎないものというべきである。

8  以上2ないし7で検討したところによれば、川上署長と子幡局長は、昭和三八年一月七日、一〇日と佐藤社長らから国有林野貸付けの口頭の陳情を受けた後、県立自然公園として原告のリフト建設予定地付近一帯を管理している山形県の意向を調査した結果、県がリフト建設を認めない「道路方式」を採用していたことから、秋田営林局として右方針を尊重して貸付けしない方針を決め、同年二月二日県の右方針を確認した上、佐藤社長らに対し、県の「道路方式」を尊重することを理由として貸付けできない旨言明すると共に、「蔵王地区観光資源調査」の結果を待つ方針であることなども付言し、その後山形県が「道路方式」を堅持していることを随時確認しながら、不貸付けの方針が決まった場合には貸付申請書を受理しないという山形営林署における従来からの取扱慣行に従って、同年三月一四日以降数回にわたって佐藤社長らが山形営林署に持参した国有林野貸付申請書をその都度受理しなかったというのであり、佐藤社長らに対し右のとおり言明した同年二月二日の時点で既に「道路方式」が破綻していたとか、「道路方式」が原告に対する妨害の口実であるとは認められず、また、右のとおりその調査結果を待つ方針である旨付言した「蔵王地区観光資源調査」も原告に対する妨害の口実として急遽計画されたものとは認められないというのである。そして、国有林野の貸付けは、行政財産本来の用途、目的を妨げない限度において国が財産権の主体として相手方と対等の地位に立って行う私法上の法律行為であり、その貸付申請は賃貸借契約の申込みたる意思表示、貸付申請の受理、不受理はその申込みに対する諾否ないしその予備行為と解するのが相当であって、原告主張のような「貸付申請権」及び「貸付申請受理義務」という公法上の概念を入れる余地がないので、右取扱慣行が違法であるとはいえないのである。

したがって、原告の国有林野貸付申請書を受理しなかった川上署長と子幡局長の行為が、国家賠償法一条にいう公権力の行使に当たる公務員の違法行為に該当しないことはもとより、民法七〇九条の不法行為を構成するものではないといわざるを得ない。川上署長が山交リフトの建設に対しては好意を持ち、他方、原告のリフト建設に対しては飽くまでこれ阻止しようとの気持ちを持っていたことは認められるが、以上の客観的事実に照らすと、この内心的感情をもって不法行為を構成するものとは認められない。

三  リフト路線変更と工事中止の強要等による妨害の不法行為の成否

1  リフト路線変更の強要等による妨害の存否

(一)  原告は、昭和三八年五月下旬ころ石田庶務課長が佐藤社長に対しもっと北の方へ起点を移せ、移さないと許可にならないと言って違法な行政指導を行った旨主張し、《証拠省略》中には、これに添う供述が存し、《証拠省略》中にも一部これに添う供述が存するが、右各供述間には、食い違いもある上、《証拠省略》によれば、石田庶務課長は同年一月三一日右足を骨折し同年三月一八日ころまで入院し、その後半日勤務で同年五月末ころまで通院加療を続け、治癒したのは翌六月になってからで、それまでは山に行けるような状態ではなかったことが認められ(る。)《証拠判断省略》

(二)  原告は、同年六月初めころ川上署長の命を受けた藤本主任がどこまでも「b―B―A」線の下刈りを強行すれば逮捕する、起点をb点からc点に変更せよと原告の社員渡辺茂一を脅迫して測量を中止させた旨主張する。

《証拠省略》中には、藤本主任が原告主張のような言動をしたと渡辺茂一から後に報告があった旨の供述が存するが、《証拠省略》中には、原告主張の二回目の路線の変更、すなわちb点からc点への起点の変更を強要したのは石田庶務課長である旨の供述が存し(なお石田庶務課長と藤本主任である旨の供述も存する。)、右各供述間には食い違いがある上、前述のとおり、川上署長が原告の貸付申請書を受理したのは同年八月六日であるから、当時藤本主任は原告の貸付申請書を見ておらず、原告の申請路線も知らないはずであり、したがってその申請路線と測量路線の相違などを指摘できないはずであること、「b―B―A」線は、B点で屈曲しており、リフト路線としては本来あり得ないことも併せ考えると、《証拠省略》及びb点からc点へ起点の変更を強要された旨の《証拠省略》は、にわかに措信できず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(三)  《証拠省略》によれば、原告が昭和三八年七月二九日新潟陸運局長に対し、当初予定していた終点位置をさらに四〇メートル延長し、延長七〇〇メートルとする起業目論見書変更認可申請をし、同年八月二〇日同局長から認可されたことが認められる。

原告は、右起業目論見変更認可申請の路線は「a'―D」線七〇〇メートルであり、同年八月中旬ころ山形営林署と共謀した山形県が右路線の終点をD点からD'点に九〇メートル短縮するようにと強引違法な行政指導をした旨主張する。

《証拠省略》を総合すると、昭和三八年七月上旬自然公園審議会から特別保護地区の景観の維持管理に万全を期するという付帯決議付きで蔵王の国定公園指定適当との答申が出されたことから、厚生省は二回にわたって現地調査を実施したこと、厚生省国立公園部計画課の日下部課長補佐は、同月二七日現地調査をした際、佐藤社長から、原告のリフト予定路線の位置としてほぼ「c―C」線に相当する路線が図化された図面の交付を受けるとともに、佐藤社長に対し、景観保護の見地から「馬の背」台地に工作物を出さないように具体的地点を示して原告のリフトの終点をその地点まで下げるよう要請し、帰庁後右図面上で同地点と計画の終点位置を測定したところ、約九〇メートルとなったこと、そこで、厚生省計画課長から山形県土木部長あての同年八月三日付け文書で、原告に対し終点位置を計画地点より九〇メートル以上手前で止めるように取扱うよう指示し、安孫子山形県知事は、右指示に従い、同月一〇日リフトの終点位置を計画地点より九〇メートル以上手前に止めるとの条件を付して原告の工作物新築届を受理したこと、以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

右認定事実によれば、厚生省及び山形県が同年七月下旬原告のリフト予定路線と認識していたのは、原告主張のほぼ「c―C」線に相当する路線であるから、厚生省や山形県が原告に対し短縮を要請したのも、右路線であって、「d'―D」線ではないというべきである。また、日下部課長補佐は、専ら景観保護の見地から、原告に短縮を要請し、山形県知事は、現地調査をふまえた厚生省からの指示に従って原告に終点の変更を求めたものというべきである。

したがって、同年八月中旬ころ山形営林署と共謀した山形県が「d'―D」線の終点をD点からD'点に九〇メートル短縮するようにと強引違法な行政指導をした旨の原告の主張は採用できない。

(四)  原告は、昭和三八年八月二一日川上署長の命を受けた石田庶務課長と白石営林署の吉田庶務課長が原告に対し起点dは宮城県内であるから北へ二五メートルくらい、西へ三〇メートルくらい移動するようにと強引違法な行政指導をした旨主張する。

《証拠省略》を総合すると、川上署長は、昭和三八年八月六日原告の国有林野貸付申請書を受理した後、同月一〇日原告に対し、原告と貸付契約を締結するに当たり解明しておかなければならない事項四点について照会し、同月二〇日原告からその回答が届いたので、いよいよ貸付地の測量を実施することとし、その前に一応現地を見ておくことにし、石田庶務課長を現地に赴かせたこと、同日石田庶務課長は、現地に来ていた白石営林署の吉田庶務課長と原告のリフトの路線を見たところ、起点が同年六月秋田営林局の根岸係長らが検測によって再現した境界線よりも白石営林署側に入っていたので、佐藤社長に対し、右起点をそのまま維持するのであれば、新たに仙台陸運局長から索道事業免許を受けなければならない旨説明しその意向を質したところ、既に受けていた新潟陸運局長からの免許どおりのリフトを建設したいということであったので、路線を変更せず起点を若干下げただけで山形営林署管内となる地点を示して、起点をその地点に移動するように指導したこと、以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

右認定事実に、後述のとおり、根岸検測により再現された境界線は正当なものであって、山交リフトを守るため急遽作られたものではないことも併せ考えると、石田、吉田両庶務課長が原告に対し起点の移動を指導したことが強引違法な行政指導であるとは認められず、他に右指導が違法な行政指導であったことを認めるに足りる証拠はない。

したがって、同年八月二一日ころ川上署長の命を受けた石田、吉田両庶務課長から起点を移動するようにと強引違法な行政指導を受けた旨の原告の前記主張は採用できない。

(五)  原告は、その後も山形営林署職員や山形営林署と共謀した山形県が終点位置を下げろと違法な行政指導をし、その結果原告はやむなく「e―E」線六六五メートルに変更を余儀なくされ、右路線が原告の営業路線となった旨主張する。

《省略》

右認定事実によれば、山形県は、専ら景観保護の見地から終点位置をE点へ変更するよう指導したものであり、一方、山形営林署は、リフト路線が確定しない以上、測量その他の貸付手続を進めることができないので、原告と山形県の間でリフト路線が確定するまで事態の推移を見守っていたものというべきであって、終点位置をE点へ変更するよう求めたのが、山形営林署や山形県の違法な行政指導であるとは認められず、他に右終点位置の変更に関し、山形営林署や山形県が違法な行政指導をしたことを認めるに足りる証拠はない。

したがって、その後も山形営林署職員や山形営林署と共謀した山形県が終点位置を下げろと違法な行政指導をし、その結果原告はやむなく「e―E」線六六五メートルに変更を余儀なくされた旨の原告の主張は採用できない。

2  工事中止の強要等による妨害

(一)  原告は、昭和三八年七月一〇日ころから山形営林署から毎日原告に電話で看板を撤去するようにとの申入れがあり、また、同月一三日には石田庶務課長が工事の中止と看板の撤去を申し入れるなど原告の工事を妨害した旨主張する。

山形営林署が同月九日原告に電話で原告が建てた「御釜リフト建設予定地 北都開発商会」という看板の撤去方を申し入れたこと、石田庶務課長が同月一三日佐藤社長の妻の佐藤梅に対し右看板の撤去方を申し入れたことは、いずれも当事者間に争いがない。

原告は、山形営林署は厚生省の係官が現地視察に来るからとの理由で看板の撤去を申し入れた旨主張し、《証拠省略》中には、これに添う各供述が存するが、《証拠省略》によれば、山形県土木部計画課の稲舟次長は、右山形営林署の電話の後の同月一三日原告に電話で厚生省の現地調査があるので自然のままの姿で視察してもらうため看板の撤去を要請していること、二度にわたる厚生省の現地調査は国定公園指定の関係で行われたもので、山形営林署とは関係なく、同営林署は右調査にも立ち会っていないこと、以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

また、原告は、石田庶務課長が佐藤梅に対し、「営林署の言うことを聞かないと、奥さんあなたの御主人が折角苦労して陸運局からもらった免許も取り消されますよ。」と手帳のようなものを出して「どこまでも頑張れば、営林署員でも逮捕できるんですよ。」と言って原告の工事を露骨に妨害した旨主張し、《証拠省略》中にはこれに添う各供述が存するが、《証拠省略》によれば、石田庶務課長は当時原告が同月三日新潟陸運局長から索道事業免許を受けたことを知らなかったことが認められ、右認定事実に照らすと、右各供述はにわかに措信できず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

《証拠省略》によれば、原告は、同年七月上旬ころ山形営林署に無断で、相当大きな右看板を建てたほか、リフト予定地の一部の樹木を伐採したこと、藤本主任からの報告でこのことを知った川上署長は、国有林野の不法占拠、不法伐採となることから、石田庶務課長に命じて、原告に対し右看板の撤去と伐採の中止を要請したが、原告はこれに従わなかったこと、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

原告は、前述のとおり、同年五月二三日内諾書の交付を受け、同年七月三日索道事業免許を受けていただけであるから、当時看板の設置や工事着工が認められるものではなく、また、工事着工の権原を取得したものではないというべきである。

したがって、原告に対し看板の撤去や伐採の中止を申し入れた山形営林署の行為が違法な妨害であるとはいえない。

なお、《証拠省略》によれば、山交は同年五月九日の時点では既に「蔵王山頂リフト建設予定地」という看板を設置していたことが認められるが、前述のとおり、山交は同年四月二七日白石営林署長と貸付契約を締結しているのであるから、五月九日の時点で看板を設置していても直ちに違法であるとはいえない。また、《証拠省略》によれば、山形県土木部の西長計画課長は、稲舟次長が原告に看板の撤去を要請した同年七月一三日ころ、厚生省の指示に従い、宮城県側ではあったが、山交に対し電話で右看板の撤去を要請したところ、厚生省の第一回の現地調査が行われた同月一五日、原告の前記看板はそのまま建っていたが、山交の右看板は既に撤去されていたことが認められる。山形県は、厚生省の指示に従い山交に対し看板の撤去を要請したが、山形営林署は、農林省などからの指示もなく、山交リフトが白石営林署管内であり、山交が白石営林署長と既に貸付契約も締結していたことから、敢えて山交に対し看板の撤去を要請しなかっただけであると推認されるので、山形営林署が看板の撤去要請について原告と山交を差別扱いしたものとも認められない。

(二)  原告は、山形営林署の職員が昭和三八年八月五日原告が工事を依頼した青木組のブルドーザー運転手に対し工事を中止させ、他のリフトの場合と異なり、原告に対しては陸運局長の工事施工の許可がなければ工事をしてはならないと異常な行政指導を行いこれを強行した旨主張する。

《省略》

右認定事実によれば、原告は八月五日の時点では新たに保安林内作業許可を受けていただけで、貸付申請書さえも受理されていなかったというのである。そして、《証拠省略》によれば、右保安林内作業許可は、単に、「リフト建設のための踏査及び測量」の目的で、「作業に当っては、営林署担当係員の指示に従うと共に、立木・下草の伐採・掘起し等の行為のないよう厳に留意する」との条件付きのものであって、何ら国有林野使用や工事施工の権原を認めるものではない。

山形営林署は、八月五日の時点で原告の貸付申請書も受理していないのであるから、貸付予定地を特定できるはずもなく、その段階では到底原告の工事着工を認める訳にはいかないものというべきであって、工事を中止させた山形営林署職員の行為が違法、異常な行政指導であるとは認められない。

また、《証拠省略》中には、八月五日石田庶務課長から工事施工認可もおりていないではないかと言われた旨の供述が存するが、右認定のとおり、同日夜行われた佐藤社長らと石田庶務課長らとの折衝で原告が貸付申請書を提出することに落ち着き、翌六日その提出があり受理されたこと及び《証拠省略》に照らし、右供述はにわかに措信できず、他に八月五日石田庶務課長が工事施工認可がないことを理由に工事中止を申し入れたことを認めるに足りる証拠はない。したがって、他のリフトの場合はどうであったか判断するまでもなく、原告に対しては陸運局長の工事施工の認可がなければ工事をしてはならないと異常な行政指導を行いこれを強行した旨の原告の主張は採用できない。

(三)  原告は、川上署長の命を受けた藤本主任が昭和三八年八月九日、一二日、一九日、二二日と原告が工事を依頼した辻組の下請業者後藤組の人夫がブルドーザーで工事するのを中止させた旨主張する。

《省略》

右認定事実によれば、原告がブルドーザーで工事をしたことに対し、山形営林署は八月九日には工事中止命令などの何らかの措置を講じ、同月一九日ころには相馬管理官が、同月二五日には藤本主任がそれぞれ工事中止を申し入れ中止させたというのであるが、前述のとおり、当時原告は貸付申請書が受理されていたとはいえ、リフト路線の位置さえ確定していなかったのであって、この段階で原告が工事を施工し得る理由はないものというべきであり、工事を中止させた山形営林署職員の行為が違法であるとは認められない。

《省略》

(四)  原告は、山形営林署の工事妨害の態度はさらに一貫して続き、同年八月二八日には仙台法務局訟務部付検事古館清吾の現地調査があり、山形営林署が原告に対し同日付けで工事中止の申入書を送付して来た旨主張する。

《省略》

前述のとおり、原告は当時山形営林署長に対する国有林野貸付申請書が受理されていたとはいえ、リフト路線の位置さえ確定せず、ようやく九月一六日になってリフト路線が確定したこと、後述のとおり、根岸検測により再現された境界線は正当なものであることも併せ考えると、口頭による工事中止の申入れに従わなかった原告に対し、川上署長が文書で工事中止を通告したことや、白石営林署が立入禁止仮処分も考え、その適否を判断するため現地調査を行ったことが、原告に対する違法な妨害であるとは認められない。

(五)  原告は、石田庶務課長が昭和三八年九月一一日原告の社員森谷茂に対し「新潟の工事施工の認可がまだなのだから、工事を中止してくれ。」と要求した旨主張するが、本件全証拠によるも、これを認めるに足りない。

《省略》

(六)  原告は、原告が昭和三八年九月九日山形行政監察局長に対し行政監察の申立てをしたところ、山形営林署が同月一八、一九の両日原告に対し陳謝状を書き行政監察の申立てを取り下げるよう強要した旨主張する。

《証拠省略》を総合すると、次のとおりの事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

(1) 昭和三八年九月一八日米沢営林署で佐藤社長、原告の社員森谷茂と子幡局長、川上署長、青森営林局長福森友久らが会見した際、子幡局長が佐藤社長らに対し、「現在強行している工事は中止して欲しい。山形営林署としても貸すことにした以上、円満に貸す必要があるので、今までの不法行為についてけじめをつけ白紙にして貸付けするという趣旨で山形営林署長あてに陳謝状を提出してもらいたい。」旨申し入れた。これに対し、佐藤社長らは、自分一存で決められない旨答えたので、明日再び山形営林署で会談することにした。

(2) 九月一九日山形営林署において再び子幡局長、川上署長らと佐藤社長、安達常務らとの間で会見が持たれ、子幡局長が佐藤社長らに対し、山形営林署長あて陳謝状を差し出すことを求めると共に、「今後土地の円満な貸借関係に入る当事者の一方が第三者機関の救済を求める行為をとることは円満に解決したことにならないから、山形行政監察局に対する苦情の申立ては取り下げて欲しい。」旨要求した。安達常務らはその必要がないと反対し、大いに紛糾したが、結局佐藤社長らは、陳謝状を差し出し、右申立てを取り下げることを約束した。

(3) 一方、山形県では、原告の特別保護地区内工作物新築届を受理した九月一六日、原告から「法令を知悉していなかったため法的手続を完了しないうちに工事に着手したことは誠に申訳なく深くお詫びする」旨の安孫子知事あての陳謝状を差し出させていた。

《証拠省略》中には、子幡局長や川上署長が陳謝状の提出と行政監察の申立取下を国有林野の貸付けの条件にした旨の各供述が存するが、《証拠省略》に照らし、にわかに措信し難く、他に子幡局長や川上署長が陳謝状の提出と行政監察の申立取下を国有林野の貸付けの条件としたことを認めるに足りる証拠はない。

右認定事実に、前記(一)ないし(四)のとおり、原告は、国有林野の使用や工事施工の権原を取得しないうちに、しかもリフト路線の位置さえ確定せず、したがって貸付予定地さえも確定しないうちに樹木の伐採やブルドーザーによる工事をしたことも併せ考えると、子幡局長が原告に対し陳謝状の提出と行政監察の申立取下を求めたことが、違法異常なものであったとは認められない。

3  以上1(一)ないし(五)、2(一)ないし(六)に検討したところによれば、リフト路線の変更及び工事中止の申入れ等について、子幡局長、川上署長、相馬管理官、石田庶務課長、藤本主任、その他の山形営林署職員、白石営林署の吉田庶務課長、山形県知事、副知事、職員等に違法な行政指導や妨害行為があったとは認められないので国家賠償法一条に基づく責任がないことはもとより、川上署長らの行為が民法七〇九条の不法行為を構成するものではないといわざるを得ない。

四  県境移動によるリフト路線の変更強要等の妨害の不法行為の成否

原告リフトの付近における国有林界が秋田営林局山形営林署所管の山形県上山市大字永野字蔵王山国有林と青森営林局白石営林署所管の宮城県刈田郡七ヶ宿町大字関字刈田岳国有林との境界(山形営林署と白石営林署との管轄区界)で、しかも上山市と七ヶ宿町との市町界で、かつ山形、宮城両県の県境でもあることは、当事者間に争いがない。

原告は、秋田営林局・山形営林署が管轄区界としての右国有林界が本件登山道沿いの線であったのに、根岸検測によってこれを移動し、仙人沢と一枚石沢の分水嶺であるとして、原告リフトの路線の変更を強要するなどして原告リフトの建設計画を違法に妨害した旨るる主張するので、以下この点について判断する。

1  根岸検測を実施するに至った経緯と検測実施の正当性の存否

原告は、まず、行政区界と国有林内部の管轄区界が一致する境界が不判明となったとすれば、その境界を確定する当事者は関係市町村であって、営林局・営林署ではなく、根岸検測が「境界不判明」を理由とするものであるならば、上山市、七ヶ宿町への連絡、立会いを求め、その判断に拘束されなければならなかった旨主張するので、根岸検測を実施するに至った経緯と検測実施の正当性について検討する。

(一)  藤本主任の検測実施

(1) まず、《証拠省略》を総合すると、山形営林署永野担当区の藤本主任は、昭和三八年五月九日、原告の社員森谷茂らから、刈田岳付近の山形、宮城両県の県境を現地で教示して欲しい旨依頼されたが、その地域を調査したことがなかったので、同担当区作業員斎藤新助に案内させたところ、同人の説明によれば、本件登山道が県境であるとのことであったが、藤本主任としては、県境のような境界は通常分水嶺など不変の天然界であるのに、通行し易いところが道となる、したがってその位置が変わり易い登山道が県境であるとすること、本件登山道の屈曲と担当区備付けの境界図の屈曲とは大部異なること、登山道が県境であるとすれば、山交リフトの整地箇所及び日本道路公団が刈田駐車場として整地している箇所の一部が自己の担当区域内に入ることとなるが、担当区主任である自分には何の連絡もないことなどの点から、本件登山道が県境であるとの説明に疑問を抱いたこと、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(2) 次いで、前述のとおり、同月一一日佐藤社長から電話で、山交が山形県側で下刈りをしている、との指摘を受けた川上署長が当日現地に来て説明を求めたので、藤本主任は、斎藤新助は本件登山道が県境であると言うが自分は疑問である旨答えたところ、川上署長から、一応検測を実施し本件登山道が県境であるかどうか確かめるよう指示された。なお、川上署長は、同日帰宅後白石営林署長に電話し、山交が下刈りしている場所が白石営林署の管内であるかどうか問い合わせたところ、同月一三日白石営林署側から、山交リフトの敷地は間違いなく白石営林署の管内である旨の回答があった。

(3) さらに、《証拠省略》を総合すると、藤本主任は、二八号点のほか二四号点にも石標の四角の記号印が表示されている永野担当区備付けの境界図と基本図に比較、検討を加えた上、同月一三日同担当区補助員斎藤庄一を伴い、検測に赴き、右境界図の方位、距離によって刈田岳三角点から馬の背稜線上に二八号点付近まで各測点をとり、さらに二四号点付近まで各測点をとったこと、この検測によって二四号点と判定した付近一帯を探したが石標を発見することができず、一方、正位置ではなく本来の二八号点よりも刈田岳三角点の方に寄ったところに二八号石標が埋設されていることを知るに至ったが、藤本主任は、同行の斎藤庄一から、この石標は同人が昭和三五年ころ歩道修繕の帰途転倒しているのを発見し、その場に仮埋設したものである旨の説明を受けたこと、藤本主任は、二四号点付近までの検測によって、二七号点付近から本件登山道と境界線は扇状に開いてしまって大部異なることから、少なくとも本件登山道は県境ではないと判断し、五月九日斎藤新助が原告の社員森谷茂らに対し本件登山道が県境であると説明したのが誤りであることを知り、二四号点付近から下の方は、はい松、灌木等を避け、地形、地物の顕著なところを選んで、八三号石標(一号点)へ連結測量したこと、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

藤本主任の検測の経過は、右のとおりであって、藤本主任が少なくとも本件登山道は県境ではないと判断するについて、川上署長が原告リフトの建設計画を妨害するため不当な関与をしたことを窺うに足りる証拠はない。

(二)  相馬管理官の検測実施

川上署長が同月一六日相馬管理官に検測を命じたことは、前述のとおりであり、《証拠省略》を総合すると、相馬管理官は、同月一七日山形営林署備付けの境界図と昭和三八年一月大洋測量株式会社が作成した空中写真図化図面を携行して、藤本主任、斎藤庄一及び斎藤新助と共に現地に赴き、まず、藤本主任の検測が刈田岳三角点を起点として二八号点の位置を検出したものであったので、熊野岳方向からの測量によって、藤本主任が二八号点と認めた地点が正位置にあるかどうかを検証するため、右地点と、馬の背稜線上の、仙人沢の支流最北端付近との間を検測したこと、熊野岳三角点まで測量しなかったのは、馬の背稜線上の形状をある程度把握すれば、二八号点のあるべき位置は、実測した馬の背稜線の形状と照合することによって、充分検証することができたからであること、次に、相馬管理官は、境界図、空中写真図化図面から検討して、藤本主任の実施した二八号点から二四号点までの測量線は、ほぼ境界図上の境界線と一致しているものと判断したが、さらに、右測量の検証を兼ねて、馬の背稜線上の一点から、この二四号点に連結測量してこれを確認したこと、相馬管理官は、二四号点から下の方は、境界図、空中写真図化図面から、各境界点間の方位と距離を測定してこれを現地に選定していったこと、この相馬管理官の検測の結果、この地域の管轄区界は本件登山道ではなく、大平洋に注ぐ阿武隈川の源流である一枚石沢と日本海に注ぐ最上川の源流である仙人沢の間の分水嶺であると判断されたが、現地の八三号石標の位置と境界図に表示された八三号石標の位置が一致しなかったので、各測点の最終確認は秋田営林局実施の検測に待つほかないとの結論に達したこと、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

相馬管理官の検測の経過は、右のとおりであって、相馬管理官が管轄区界が本件登山道ではなく、仙人沢と一枚石沢の間の分水嶺であると判断するについて、川上署長が原告のリフト建設計画を妨害するため不当な関与をしたことを窺うに足りる証拠はない。

(三)  根岸検測の実施

昭和三八年五月一六日山形営林署で川上署長及び来署中の子幡局長が佐藤社長、安達常務らから、本件登山道が県境であり、山交リフトの路線は山形県に入っているとの指摘を受けたことは、前述のとおりであり、《証拠省略》を総合すると、次のとおりの事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 佐藤社長らの右指摘に対し、川上署長から、白石営林署にも問い合わせてみたが、山交リフトの敷地は白石営林署管内に間違いないとの回答があった旨の説明があったが、子幡局長は、原告リフトの敷地貸付申請に関連して、秋田営林局山形営林署と青森営林局白石営林署との管轄区界としての、原告のリフト建設予定地付近における国有林界が現地において明確でないところから、至急検測を実施する必要があると判断し、前述のとおり、川上署長に対し、山形営林署としても検測を実施するよう指示すると共に、秋田営林局として検測を実施することとし、同局計画課長橋本善治を通じて、既に約二〇年にわたって測定業務に従事してきた測定第二係の根岸係長に検測を命じた。

(2) 本件境界は隣接青森営林局との管轄区界であるため、当初秋田、青森両営林局共同で検測することとしていたところ、青森営林局から、山形営林署の貸付けに関しての事案であるから、秋田営林局側で検測すべきであり、青森営林局としては責任者を立ち合わせることとしたいとの申入れがあり、その結果、秋田営林局で検測を担当し、青森営林局で立ち会うこととなった。

(3) 根岸係長及び秋田営林局計画課測定第二係員技官播摩四郎(以下「播摩技官」という。)は、検測において必要とする資料の準備のため、秋田営林局において、同局備付けの字蔵王山国有林の境界査定復命書、境界査定野簿、境界査定図、測量手簿、経緯距計算簿、境界簿、境界図、空中写真図化図面等の内容について調査、検討を行い、検測を必要とする場所が、明治三七年六月宮城大林区署山林局書記の藁科査定官が境界査定を実施し、同年九月一八日宮城大林区署営林技手の横井測量官が周囲測量を実施した一号点から二八号点の区間であること、右境界査定の結果については明治四三年九月宮城大林区署長の決裁を経て管轄区界としての境界が確定していることを確認した。

(4) 根岸係長及び播摩技官は、昭和三八年六月一八日から同月二二日までの間、青森営林局計画課測定審査係長古川武弥立会いのもとに、右境界査定及び周囲測量当時の関係図簿に基づき、検測を実施した。この検測には、山形営林署からも、藤本主任、斎藤庄一、齋藤新助らが作業に従事し、最終日には白石営林署の吉田庶務課長も現地で立ち会った。右検測の結果、境界査定当時の右国有林界は仙人沢と一枚石沢の分水嶺の位置に再現され、本件登山道が境界でないことが明らかとなった。

右認定事実によれば、秋田営林局長は、同局山形営林署と青森営林局白石営林署との管轄区界としての、原告のリフト建設予定地付近における国有林界が現地において必ずしも明確でないところから、根岸検測を実施するに至ったものであり、右国有林界については、明治三七年藁科査定官による境界査定及び横井測量官による周囲測量が実施され、その査定結果については明治四三年当時の宮城大林区署長の決裁も経て管轄区界としての境界が確定しており、右境界査定及び周囲測量当時の関係図簿に基づき根岸検測を実施した結果、右国有林界が仙人沢と一枚石沢の分水嶺の位置に再現されたというのであって、その過程及び検測結果について、根岸係長が、原告のリフト建設計画を妨害するため、山形、白石両営林署の管轄区界としての、原告のリフト建設予定地付近における国有林界を本件登山道沿いの線から右分水嶺に移動させたというような形跡を窺うに足りる証拠は全くないばかりではなく、子幡局長や川上署長が、原告のリフト建設計画を妨害するため、右のような境界の移動をするように根岸係長に働きかけたというような形跡を窺うに足りる証拠も全くない。

なお、《証拠省略》の五月一一日の欄の前記記載は、単に本件登山道が県境であれば山交の下刈場所が山形県側に入っているという意味にすぎないと解されるのであって、川上署長が県境が本件登山道であり、山交の下刈場所が山形県側に入っていることについて確定的認識を持ったとは考えられないことは、前述のとおりである。

(四)  根岸検測実施の正当性について

国有林野と隣接民有地との境界査定は、まず旧国有林野法(明治三二年法律第八五号)の規定に基づき、次いで旧国有財産法(大正一〇年法律第四三号)の規定に基づいて行われたもので、国が行政権の作用によって、国有林野と隣接地との境界を判定確定するため、隣接地所有者を立ち会わせ、右規定その他関係法令通達の規定する手続に基づき実施する確定力のある行政処分である。境界査定に不服がある隣接地所有者が境界査定終了通告を受けた日から法定の期間内に訴願又は出訴しない限り、その査定は確定するものであり、市町村以上の行政区界については、当該市町村吏員の立会いを求めて実施することとされていた(国有林野測量規程(明治三三年九月二九日農商務省訓令第三三号)七条)。

そして、《証拠省略》によれば、国有林界(地籍による国有林の内部区分)を確定する場合にも、その手続はすべて境界査定の場合と同様の方法で行われ、両者は、特に区別することなく、この場合にも「境界査定」と呼ばれる習わしであったことが認められる。

また、境界確定は、国有林野とその隣接地との境界につき、国有財産法(昭和二三年法律第七三号)三一条の三から三一条の五までその他関係法令通達の規定により行う境界を確定することをいう(国有林野測定規程(昭和三七年八月一五日三七林野計一三〇三号林野庁長官)四条)のであり、境界検測は、「境界を保全するため、既往の測量成果に基づき、境界の位置を再確認する測量をいう」(同規程一〇条)のであって、検測の対象地は境界確定の場合と同様に官民地の境界もしくは他官庁所管の土地との境界である(同規程一条、二条、一二〇条参照)。

さらに、国有林野内で行われる測量は、国有林野測定規程が施行された昭和三七年九月一日以降は、すべて同規程第六章に規定する区画線測量となっており、区画線測量は基準線測量と普通線測量に区別され、基準線測量とは「顕著な峰、河川等森林計画と基準となるもの、ならびに行政区界、固定的な道路等の測量」をいう(同規程九二条)。本件境界は、前述のとおり行政区界であり、また、《証拠省略》によれば、森林計画の基準となる事業区界であることが認められるので、基準線測量をすべき場合に該当する。同規程第六章の区画線測量においては、区画線の検測については何ら規定されていないが、これは、国有林内部の境界については官民地境界に関するような複雑な権利関係が生じないことから、同規程第八章境界検測と異なり厳密に規定する必要性を認めなかったからであると考えられる。したがって、区画線についても検測ができるものと解すべきであり、《証拠省略》によれば、根岸検測は、同規程第八章に規定する「境界検測」の検測の要領に準じて行ったものであることが認められる。

ところで、官民地の境界について境界査定、境界確定等が実施されて境界が確定し明らかとなった後、時の経過により現地の雑草木類の繁茂、境界標識の消滅などによりその境界が現地上判然としなくなったとしても、一旦境界が明確に確定している以上、国有財産法三一条の三に規定する「境界が明らかでない」場合に該当するものではなく、法的には境界が明らかなのであるから、改めて国有財産法等の規定に基づく境界確定手続を必要とするものではなく、境界検測によって現地上の境界の位置を明らかにすれば足りるものと解される。このことは、国有林界についても同様というべきであり、さらには、市町村の行政区界と一致する国有林内部の管轄区界について、関係市町村吏員の立会いを求めるなど正規の手続を経て適法に管轄区界としての境界査定等が実施されて境界が確定しているとすれば、その境界は本来の行政区界とも一致しているはずであり(市町村以上の行政区界については当該吏員の立会いを求めて境界査定をすべき旨の国有林野測量規程七条二項は、行政区界との齟齬を防止するための規定であると考えられる。)、その後現地上境界が判然としなくなったとしても、その間に右行政区界について法定の手続による境界変更がない限り、法的には行政区界でもあるその管轄区界は明らかなのであるから、改めて境界確定手続を必要とするものではなく、営林局長(境界検測の実行機関。国有林野測定規程一一八条)が既往の測量成果に基づき関係市町村吏員の立会いを要しない検測によってその管轄区界としての境界の位置を再現することができるものというべきである。

前記認定のとおり、本件境界については、明治三七年境界査定が実施され、その査定結果について明治四三年当時の宮城大林区署長の決裁も経て管轄区界としての境界が確定しており、また、後述のとおり、その境界査定には関係市町村吏員の立会いもあり、その後根岸検測に至るまでの間に行政区界について法定の手続による境界変更はなかった(原告主張の本件登山道の村道・市道・県道認定、中川村、次いで上山市による本件登山道の維持管理、地形図の修正作業の際の関係市町村の回答等が法定の手続による境界変更に該当しないことは明らかである。)のであるから、秋田営林局長が、確定済みの管轄区界としての右国有林界が現地上必ずしも明確でないところから、検測を実施する必要があると判断し、根岸係長に検測を実施させたこと、その検測において、上山市、七ヶ宿町への連絡、立会いを求めなかったからといって、手続上違法となる訳ではないというべきである。

したがって、行政区界と国有林内部の管轄区界が一致する境界が現地上不判明となったとすれば、過去において関係市町村吏員の立会いを求めるなど正規の手続を経て適法に管轄区界としての境界が確定している場合であると否とを問わず、これを明らかにする当事者は、関係市町村であって、営林局・営林署ではない旨、また、根岸検測が「境界不判明」を理由とするものであるならば、上山市、七ヶ宿町への連絡、立会いを求め、その判断に拘束されなければならなかった旨の原告の主張は、いずれも採用できない。

なお、昭和三八年九月ころ以降、上山市と七ヶ宿町との間で行政区界の境界問題が発生し、それが二〇年来の紛争に発展し、昭和五九年自治大臣の裁定により両者の主張、原・被告の主張のいずれとも異なる新県境線(上山市と七ヶ宿町との行政区界)が決定したことは、当裁判所に顕著である。原告は、右事実から、「境界不判明」である限り、その境界を決定する権限は、当事者である関係市町村であって、営林局・営林署ではないことを「論より証拠」で示している旨主張する。

しかしながら、右事実は、単に上山市と七ヶ宿町との間で行政区界について境界問題が発生し、それが自治大臣の裁定によって結着したことを意味するにとどまり、市町村の行政区界と一致する国有林内部の管轄区界について、関係市町村吏員の立会いを求めるなど正規の手続を経て適法に管轄区界としての境界査定等が実施されて確定した境界が、その後現地上判然としなくなったため、営林局長が既往の測量成果に基づき検測によってその管轄区界としての境界の位置を再現することが許されないことを意味するものではないというべきである。《証拠省略》を総合すると、本件境界付近一帯は、八三号石標(一号点)の南々西方向に介在民有地(現在は宮城県有地)があるほかはすべて国有地で、かつ標高一七〇〇メートルにも及ぶ高山地帯であることが認められ、そのようなことから、これまで具体的な境界の位置について世人の関心が寄せられることがなく、上山市、その前身の中川村と、七ヶ宿町、その前身の七ヶ宿村においても、過去において具体的な境界の位置について利害関係を有しなかったこともあって、両者間で具体的な行政区界確定等の手続がとられたことがなかった(《証拠省略》によれば、明治以降前記自治大臣の裁定以前に、本件境界付近について行政区界確定等の手続がとられなかったことが認められる。)ところ、原告リフトが建設されることになり、原告に対する課税権がどちらの町村に帰属するかについて直接の利害関係を有するに至ったことなどから、右のような境界問題が発生したものと推測される。後述のとおり、明治三七年の境界査定に当たって、関係市町村吏員の立会いがあり、その境界査定に異論がなかったということは、その査定結果は行政区界と一致していたはずであるが、右境界査定は当時の宮城大林区署が実施したものであったため、当時の関係書類がその後身である秋田営林局や青森営林局のみに保管され、中川村(上山市)、七ヶ宿村(七ヶ宿町)には保管されていなかったことから、行政区界としては、境界不判明となったものと推測される。そして、市町村の境界(行政区界)について争論があるときは、「関係市町村の申請」に基づき、「調停」「裁定」「裁判所の判決」の方法で境界が確定される仕組みとなっている(地方自治法九条、二五一条)ことから、右のような結着に至ったものと認められる。したがって、右結着の経過から、営林局長の前述のような検測の権限を否定することはできないというべきである。

《省略》

7 以上検討したところによれば、秋田営林局長は、同局山形営林署と青森営林局白石営林署との管轄区界としての、原告のリフト建設予定地付近における国有林界(本件境界)が現地において必ずしも明らかでないところから、根岸検測を実施するに至ったものであるところ、本件境界については、明治三七年関係市町村吏員の立会いを得て藁科査定官による境界査定が実施され、同年には横井測量官による周囲測量も実施され、右査定結果については明治四三年当時の宮城大林区署長の決裁を経て適法に管轄区界としての境界が確定しており、その後根岸検測に至るまでの間に行政区界について法定の手続による境界変更はなかったのであるから、改めて境界確定手続を必要とするものではなく、営林局長が既往の測量成果に基づき関係市町村吏員の立会いを要しない検測によってその管轄区界としての境界の位置を再現することができるものというべきであって、根岸検測において、上山市、七ヶ宿町への連絡、立会いを求めなかったからといって、手続上違法となる訳ではないというべきであり、また、右境界査定及び周囲測量当時の関係図簿に基づき根岸検測を実施した結果、本件境界が仙人沢と一枚石沢の分水峯の位置に再現されたというのであるが、根岸検測は、原告主張の手続的欠陥はなく、その検測資料は、測量手簿等の一号点から二八号点までの距離で約二〇〇メートルの誤差がある部分を除けば、境界再現のための資料的価値が充分にあり、検測の実施内容についても、原告主張のような問題点は認められず、原口鑑定も、根岸検測の正当性を充分裏付けでおり、さらに、前記自治大臣の裁定により新県境線が決定した昭和五九年より以前の行政区界かつ管轄区界としての山形、宮城両県の県境(本件県境・本件境界)は、以上の事実に、行政区域に関する明治以降の郡区町村編制法以下現行地方自治法までの関係法規、本件県境については、明治以降前記自治大臣の裁定以前に行政区界確定の手続がとられたことはなく、法定の手続による廃置分合又は境界変更もなかったこと、本件県境の沿革、江戸時代の各藩が作成した公の地図である各国絵図の描画・記載、仙人沢と一枚石沢の峰が裏日本と表日本を画する分水峯である事実を併せ考えると、被告主張のとおりの右分水嶺であると認められ、本件県境が本件登山道沿いの線であるとする原告主張の根拠は、すべて理由がない。

したがって、前記三1(四)に検討したところも併せ考えると、秋田営林局・山形営林署が管轄区界としての本件境界が本件登山道沿いの線であったのに、根岸検測によってこれを移動し、仙人沢と一枚石沢の分水峯であるとして、原告リフトの路線の変更を強要するなどして原告リフトの建設計画を違法に妨害したとは到底認められないので、被告に国家賠償法一条に基づく責任がないことはもとより、民法七一五条に基づく不法行為責任もないものといわざるを得ない。

五  結論

以上の次第であるから、国有林野貸付申請不受理による妨害、リフト路線変更と工事中止の強要等による妨害及び県境移動によるリフト路線の変更強要等の妨害のいずれの点についても、被告に国家賠償法一条に基づく責任はもとより、民法七一五条に基づく責任があるとは認められないので、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は、すべて理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井野場秀臣 裁判官 小野田禮宏 裁判官竹内民生は、転補につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 井野場秀臣)

〈以下省略〉

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