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岐阜地方裁判所 昭和28年(行)10号 判決

原告 杉山千春 外一名

被告 岐阜市長

主文

被告が昭和二十七年二月十二日附土第一三七号を以て原告杉山末吉に対してなした別紙記載の借地権範囲指定通知及移転命令の無効確認を求める原告等の請求を棄却する。

被告が昭和二十七年七月十日附土第八〇〇号を以て右移転命令について原告杉山末吉に対してなした代執行令書発布処分の無効確認を求める原告等の請求を棄却する。

被告が昭和二十七年六月十七日附土第六二四号を以て第一項の移転命令について原告杉山末吉に対してなした代執行の戒告の無効確認を求める原告等の訴を却下する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨及答弁の趣旨

原告等は「被告が昭和二十七年二月十二日附土第一三七号を以て原告杉山末吉に対してなした別紙記載の借地権範囲指定通知及移転命令が無効であることを確認する。被告が原告杉山末吉に対して右移転命令につき昭和二十七年六月十七日附土第六二四号を以てなした代執行の戒告及昭和二十七年七月十日附土第八〇〇号を以てなした代執行令書発布処分が無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は「原告等の請求は棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求めた。

第二、当事者双方の主張

一、原告等は請求原因として

(一)  借地権範囲指定通知の無効確認について

訴外棚橋ひさは、その所有に係る岐阜市真砂町七丁目三番宅地百七十二坪五合七勺(以下単に本件宅地と略称する)を訴外石川喜作に賃貸し、同訴外人はその賃借地中八十七坪四合八勺を大正十三年頃原告杉山末吉に対して転貸し、原告杉山末吉はその転借地中十坪四合を訴外岩見義雄、同所喜一の両名に対して再転貸し、昭和二十二年二月頃更に残余の部分の中二十坪を原告杉山千春に再転貸していたのであるが、被告は特別都市計画法による区劃整理のため、昭和二十七年二月十二日附土第一三七号を以て原告杉山末吉に対して別紙記載の借地権範囲指定通知(換地予定地の範囲指定通知)を発し、借地権の範囲を七十一坪に減縮してこれを原位置に指定した。然しながら、右処分には以下の如き重大な瑕疵があるので無効である。即ち、(イ)被告は棚橋ひさに対し本件宅地の換地予定地を岐阜市真砂町七丁目三番宅地百三十六坪四合八勺と地積を約二割減縮して原位置に指定し、前叙の如く原告杉山末吉に対しても借地権の範囲を約二割減縮して指定したのであるから、右宅地に存在する前示再転借人所、岩見の借地権の範囲も等しく約二割減縮して八坪三合と指定すべきに拘らず、被告は同人等に対して借地権の範囲を十五坪と約四割強増加して指定したので、八坪三合と十五坪の差六坪七合が原告杉山末吉の換地予定地に入り込み、同原告の使用可能な部分は不当に減少した。従つて、原告杉山末吉に対する本件借地権範囲指定通知は右所、岩見両名に対するものに比し、著しく不利益、不平等な処分で、行政権の濫用であり無効なるものと言わねばならない。仮に然らずとするも、(ロ)本件借地権範囲指定通知の内容によると原告杉山千春所有に係る本件宅地所在の家屋番号四十六番木造瓦茸平屋延十五坪(以下単に本件建物と略称する)の敷地は全く道路に接しないことになるので、本件借地権範囲指定通知は建築基準法第四十三条に違反し、無効のものと言わねばならない。仮に然らずとするも、(ハ)原告杉山末吉所有の便所風呂等の存在する同原告の転借地の一部については、訴外三浦隼人(申請人)、原告杉山末吉(被申請人)間の昭和二十四年岐阜簡易裁判所(ヨ)第十六号事件につき同裁判所から、「被申請人は建物又は工作物の建設並にその基礎工事をしてはならない。右の部分に対する被申請人の占有を解き申請人の委任する執行吏をして占有保管せしめる。」との仮処分命令が発せられ執行された。然るに被告は右仮処分の目的たる地域を減歩して、本件借地権範囲指定通知をなしたのであつて、右仮処分を無視した無権限な行為で無効なるものと言わねばならない。

(二)  移転命令の無効確認について

被告は特別都市計画法による区劃整理のため昭和二十七年二月十二日附土第一三七号を以て原告杉山末吉に対して別紙記載の移転命令を発した。而して右移転命令は、本件建物並に原告杉山末吉所有の便所、風呂等を移転せよとの内容であつて、本件建物、便所、風呂等は右移転命令の内容どおり移転された。然しながら、右移転命令には以下の如き重大な瑕疵があるので無効である。即ち(イ)本件移転命令の前提となつている本件借地権範囲指定通知が前叙のとおり無効のものである以上本件移転命令も亦無効なるものと言わねばならない。仮に然らずとするも、(ロ)本件移転命令の目的たる本件建物は原告杉山千春の所有である。というのは原告杉山千春は、昭和二十二年二月頃原告杉山末吉との間に代金十八万円で右建物を前示原告杉山千春の再転借地上に建築する旨の請負契約を締結し、昭和二十五年三月頃右建物は完成し、原告杉山末吉よりこれが引渡を受け、代金はその後原告杉山千春が左官業で得た収入から原告杉山末吉に支払い、昭和二十五年十二月頃までに支払を完了した。従つて本件建物は原始的に原告杉山千春の所有であつて、その名義に昭和二十六年七月七日家屋課税台帳へ登録し、同月九日所有権保存登記も経由し、然も原告杉山末吉は、昭和二十七年八月七日被告を通じ岐阜県知事に対し、本件建物は原告杉山千春所有なる旨の訴願を提起している。それ故、被告は本件建物が原告杉山千春の所有であることを知つていたものである。而して特別都市計画法によると土地区劃整理のため必要があるときは、土地区劃整理地区内に存する建物について所有者に移転を命ずることができるが、これが前提として所有者が従前の土地の関係者なるときは、これに対し換地予定地を指定しなければならない。原告杉山千春は前叙のとおり本件宅地の一部につき再転借権を有し、これが登記又は被告への届出(特別都市計画法施行令第四十五条)はしていないが本件宅地の関係者である。然るに被告は本件建物の所有者たる原告杉山千春に対して換地予定地の指定をなさず、然も所有者に非る原告杉山末吉対し本件移転命令を発し、本件建物の移転を命じたのであつて、右移転命令には重大な瑕疵があり、不能を強いるものに外ならず、無効なるものと言わねばならない。仮に然らずとするも、(ハ)本件移転命令の対象たる便所、風呂等の存在する地域に前示仮処分命令が発せられ、執行された。而してこの仮執分命令が存続する限り、被告もこれに拘束されるのであるから、これを無視して発せられた本件移転命令には重大な瑕疵があるから無効なものである。

(三)  代執行戒告並に代執行令書発布処分の無効確認について

被告は、本件移転命令につき原告杉山末吉に対して昭和二十七年六月十七日附土第六二四号を以て代執行の戒告書、昭和二十七年七月一日附土第八〇〇号を以て代執行令書をそれぞれ発したのであるが、右代執行戒告並に代執行令書発布処分の前提となつている本件移転命令が前叙のとおり無効のものである以上、右代執行戒告並に代執行令書発布処分も亦無効なることは明白である。

そこで原告はこゝに本件借地範囲指定通知、移転命令代執行戒告、代執行令書発布処分の各無効確認を求めるものであると述べた。

二、被告訴訟代理人は答弁として、

(一)  借地権範囲指定通知の無効確認について

原告等主張事実中本件土地の所有棚橋ひさが本件宅地を原告主張の如く石川喜作に賃貸し、石川喜作が原告杉山末吉に転貸し、同原告が原告主張の如くその一部を所、岩見に再転貸したこと、被告は本件宅地につき原告主張の如く原告杉山末吉に対し借地権範囲指定通知を棚橋ひさに対し換地予定地指定をなしたことは之を認めるが、その余の事実は争う。殊に原告杉山末吉がその転借地の一部を原告杉山千春に再転貸した事実は之を否認する。又被告は所、岩見に対しては借地権範囲指定通知をしたことはないから、同人等の借地坪数の多少については被告の関知しないところである。又仮に本件借地権の範囲指定が建築基準法第四十三条に違反するとしても、それは被告の関知しないところで、原告杉山千春は本件建物を現実に移転した原告杉山末吉に対して抗議すべきものである。

(二)  移転命令の無効確認について

原告等主張事実中その主張の如き移転命令を発したこと、その移転命令の内容どおり本件建物、便所、風呂等が移転されたこと、本件建物につき原告杉山千春名義に保存登記されていること、原告杉山末吉がその主張の如き訴願をなしたこと、原告杉山千春が有すると主張する再転借権につき登記又は被告に対するその届出もないこと並に被告が原告杉山千春に対し換地予定地の指定をしなかつたことは之を認めるが、その余の事実は之を争う。即ち本件移転命令の前提となつている本件借地権範囲指定通知は前記の如く有効であるから、同指定通知が無効であることを前提とする原告等の主張は理由がない。又本件建物は原告杉山末吉のものであつて、原告等主張の如く原告杉山千春の所有ではない。即ち、本件建物の建築申請並に許可は原告杉山末吉名義で又原告に対しなされており、本件代執行戒告に対する異議申立、昭和二十七年七月十四日附代執行延期申請及同年七月二十一日附延期申請は何れも原告杉山末吉名義であり、更に同年七月二十八日原告杉山末吉は本件建物の移転工事を実施する旨被告に対し申請し続いて同年八月十三日付を以て工事期限の再延期を願い出で、次で同人において本件建物を移転した。このように原告杉山末吉は、終始本件建物を同告の所有として被告に応対し、被告も亦同原告の所有として取扱つて来たが、原告等から何等の異議も申立てていない。又本件建物建築当時原告杉山千春は未成年者且学生の身分であり、収入も所有財産もなく、原告杉山末吉の扶養家族として生活していたもので建物建築など思いもよらぬ経済状態にあつたものである。以上のことから見て、本件建物は原始的に原告杉山末吉所有のものであり、単に登記簿上実子たる原告杉山千春所有名義に登記されているものにすぎず仮装のものである。若しその後本件建物の所有権が原告杉山千春に移転し、権利変動が生じたとすれば、岐阜特別都市計画事業復興土地区劃整理施行規定第十九条に基き届出をなすべきに拘らず、その届出がないから、原告等は右権利変動を以て被告に対抗できない。それ故何れにしても被告に対する関係においては本件建物の所有者は原告杉山末吉であるから、被告が本件建物を原告杉山末吉の所有として移転命令を発したのは当然であつて、本件建物が原告杉山千春の所有なることを前提とする原告等の主張は理由がない。なお、換地予定地指定通知は正当な届出のある借地権を対象としているのであるから、借地権の届出のない原告杉山千春に対して右指定通知をしなかつたことは当然であり何等の違法もない。

(三)  代執行戒告並に代執行令書発布処分の無効確認について

原告等主張事実中、その主張の如き代執行戒告書並に代執行令書を発したことは認めるが、これらの前提となつている本件移転命令は有効であるから、同移転命令が無効であることを前提とする原告等の主張は理由がない。

と答えた。

三、原告等は被告の右主張に対し、本件建物の建築申請並に許可が原告杉山末吉名義で又同原告に対しなされていること、代執行延期申請が原告杉山末吉名義であることは認めるが、その余の事実は争う。即ち、建物の建築申請は原告杉山千春の依頼で原告杉山末吉が便宜上自己の建物と共に本件建物につき建築申請をしたまでのことである。原告杉山末吉名義で代執行延期申請をしたのは同原告所有の工作物も本件移転命令の対象になつていたからであると述べた。

四、被告訴訟代理人は原告等の右主張は争うと答えた。

第三、立証〈省略〉

当裁判所は職権を以て証人所喜一、同岩見義雄の証人尋問をなした。

理由

一、本件借地範囲指定通知の無効確認について

原告等主張の如く棚橋ひさは本件宅地を石川喜作に賃貸し、同人はその中八十七坪四合八勺を原告杉山吉に転貸し、同原告はその転借地中の一部を所喜一、岩見義雄に再転貸したこと、被告は特別都市計画法による区劃整理のため原告杉山末吉に対しその主張の如き借地権範囲指定通知を発したことは当事者間に争がない。

原告等は、被告は原告杉山末吉に対し借地権の範囲を約二割削減して指定したにも拘らず、再転借人所喜一、岩見義雄に対し約四割増加して、その借地権の範囲を指定したのは不当である旨主張するが、被告が右所喜一及岩見義雄に対して、原告等主張の如く借地権の範囲を指定したとの事実については之を認めるに足る証拠がないのみならず、却つて証人所喜一、同岩見義雄の各証言によると、被告は所喜一、岩見義雄に対して原告杉山末吉主張の如き借地権範囲指定通知を発しなかつたことを認めることができるから、原告等の右主張は理由がない。

原告等は更に本件借地権範囲指定通知は、建築基準法第四十三条に違反すると主張するが、本件借地権範囲指定通知は原告杉山末吉に対してなしたものであること前記認定のとおりである以上、仮に本件建物が原告等主張のとおり原告杉山千春の所有であるとしても、原告杉山千春の借地権につき登記又は被告に対する届出なきこと原告等の自認するところであるから、被告が原告杉山千春所有の建物が建築基準法第四十三条に違反する結果となるや否やを顧慮することなく、原告杉山末吉に対し借地権の範囲指定をなすのは当然といわねばならない。而して原告等は、原告杉山末吉の関係において前記法条違反となることは主張立証しないところであるから、結局原告等の右主張もその理由がない。

次に原告等は本件借地権範囲指定通知は仮処分を無視した無権限な行為であると主張するからこの点について考察する。仮に原告等主張の如き仮処分命令が執行され、その目的たる従前の転借地の一部が本件借地権範囲指定通知により減歩されたとしても、本来仮処分は私人間の私法上の権利を保全する目的からなされるもので、然も右仮処分は当事者間にのみ効力を生じ、第三者たる被告はこれに覊束されないから、被告が公益上の目的から公権力に基いてなす本件借地権範囲指定通知まで禁止制限する効力はこれを有しないものと解されるので、右指定通知の内容が右仮処分の内容に反すると否とに拘らず、該指定通知に何等の違法を来すことはないものといわねばならない。のみならず、本件仮処分は三浦隼人に対する関係で原告杉山末吉に対し同人の従前の転借地の一部につき建物、工作物等の不設置義務を課し、同原告の右転借地の一部に対する占有を解き執行吏の占有に移すものであり、これに対し本件借地権範囲指定通知は右仮処分の目的たる土地を含めた従前の転借地に対する不使用収益義務を原告杉山末吉に課し、右仮処分の目的たる土地を除外した同原告主張の換地予定地七十一坪に対する転借権と同一内容の使用収益権限を同原告に付与するの効果を生ずるに過ぎないものである。それ故本件借地権範囲指定通知に基く従前の転借地に対する不使用収益義務は右仮処分による不設置義務及執行吏占有に反せず、換地予定地に対する使用収益権限は右仮処分の目的物を対象とするものではないから、本件借地権範囲指定通知は右仮処分と矛盾せず又これを無視したものではない。従つて何れの点よりするも原告等の右主張は理由がない。

以上のとおりであるから本件借地権範囲指定通知が当然に無効なるものとは言えないから、原告杉山千春が原告杉山末吉に対し再転借権を有すると否とに拘らず、原告等の本件借地権範囲指定通知の無効確認を求める請求が失当であること明である。

二、本件移転命令、代執行令書発布処分の無効確認について

原告等主張の如き移転命令代執行令書発布処分がなされたことは当事者間に争がない。而して本件移転命令無効確認の訴は原告杉山末吉の本件建物、便所、風呂等に対する公法上の移転義務の不存在、代執行令書発布処分無効確認の訴は右公法上の移転義務についての代執行権限の不存在乃至代執行に対する原告杉山末吉の受忍義務の不存在の各確定を求めるものである。而して右移転命令の内容どおり本件建物、便所、風呂等が移転され終つていることは当事者間に争のないところであるから、現在においてこれら義務、権限が存在しないことは当事者間において明白で、被告が右移転命令及代執行令書発布処分に基き将来本件建物、便所、風呂等の移転を強制する危険は全然なく、現在において、右義務、権限の存否の不確定による原告等の法律上の不安定は存在しないものと言わねばならない。従つて、本件移転命令無効確認請求、代執行令書発布処分無効確認請求は何れも即時確定の利益を欠き失当なること明白であるといわねばならない。

三、本件代執行戒告の無効確認について

原告等主張の如き代執行戒告のなされたことは当事者間に争がない。然しながら行政処分無効確認訴訟において無効を争い得べき行政庁の処分とはこれによつてその処分の相手方の具体的権利義務を直接変動せしめる場合か或は少くともこれによつて行政庁が個人の具体的権利義務に変動を生ぜしめる処分を当然なす権限を取得する場合でなければならない。そこで代執行戒告の性質について考えるに、行政代執行法による代執行の戒告は同法第二条所定の義務者に対しその義務の履行を催告する通知行為に過ぎず、代執行発布処分の単なる前提要件であつて代執行令書発布処分によつて始めて行政庁は代執行権限を取得し、処分の相手方は代執行受忍義務を負うのであつて、代執行の戒告はそれ自体としてはその相手方に対し既に負つている義務以外に別個の新なる義務を課するものではないから、代執行戒告は相手方の具体的な権利義務を変動せしめるものではない。又行政庁は代執行令書を発するについては行政代執行法第二条所定の他の手段によつて履行を確保することが困難であり且その不履行を放置することが著しく公益に反する等の要件を審査して、令書発布の適否を決すべきものであるから、代執行令書発布処分は代執行の戒告を前提として当然になさるべき関係にはない訳である。従つて、代執行の戒告は行政処分無効確認の対象となり得ず、裁判所の権限に属しない事柄であるから、本件代執行戒告無効確認の訴は不適法として却下されるべきものである。

以上の理由により、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条本文を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 奥村義雄 小渕連 佐竹新也)

(別紙省略)

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