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岐阜地方裁判所 昭和35年(行)1号 判決

原告 岐阜県教職員組合 外一名

被告 岐阜県知事

主文

原告等の本件各訴をいずれも却下する。

訴訟費用は、原告等の負担とする。

事実

原告等の訴訟代理人等は、主位的請求として、『被告が、昭和三四年一二月五日にした、同年岐阜県条例第五四号「岐阜県職員の給与、勤務時間その他の勤務条件に関する条例」の公布処分のうち、その第四一条に関する部分は、無効であることを確認する。訴訟費用は、被告の負担とするとの判決を求め、その予備的請求として、『被告が昭和三四年一二月五日にした、同年岐阜県条例第五四号「岐阜県職員の給与、勤務時間その他の勤務条件に関する条例」の公布処分のうち、その第四一条に関する部分は、これを取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。』との判決を求めた。

その請求の原因として、

『一、原告岐阜県教職員組合(以下、単にこれを県教組という。)は、岐阜県下の市町村立小、中学校の教職員が組織する職員団体の連合体で、その傘下にある組合員総数は、約一万名であり、原告岐阜県高等学校教職員組合(以下、単にこれを高教組という。)は、同県下の県立高等学校の教職員が組織する職員団体で、その組合員総数は、約二千名である。

二、原告等組合のある組合員が、原告等組合の業務にそれぞれもつぱら従事する場合、(以下、このことを単に組合専従といい、また組合専従をするもののことを組合専従職員という。)については、従来から、地方公務員法第三五条の規定に基づき、市町村立小中学校の教職員が、原告県教組のために組合専従をする場合に関しては、各市町村が、また県立高等学校の教職員が原告高教組のために組合専従をする場合に関しては、県が、それぞれ、特に組合専従に関する規制のみを目的とする「職員団体の業務にもつぱら従事する職員に関する条例」という名称の条例を制定することによつて、これを規律してきたのであるが、昭和三四年一一月二八日、被告岐阜県知事から同県議会に、岐阜県職員給与条例の改正案として提案せられた「岐阜県職員の給与、勤務時間その他の勤務条件に関する条例案」は、これによつて、原告等の組合員はじめ、県職員がそれぞれ、自己の所属する職員団体の業務に専従する場合をもあわせて規制せんとするものであつたところ、当時の同県議会議長鷲見浩平が、同日、同議会において、原案どおり適法、有効に議決せられたとして、被告岐阜県知事に対して、その送付をし、被告岐阜県知事は、同年一二月五日、これを、昭和三四年岐阜県条例第五四号「岐阜県職員の給与、勤務時間その他の勤務条件に関する条例」として公布(公布の日から施行。)した。ところで、右条例第四一条は、組合専従休暇に関してつぎのとおり規定しているのである。

(専従休暇)

第四一条 職員は、職員団体の業務に専ら従事する場合には、公務に支障のない限り、人事委員会規則の定めるところにより専従休暇を受けることができる。

2 専従休暇を与えることのできる職員の数は、職員団体の構成員となることのできる職員の総数を千で除して得た人数(一人に満たない人数の端数は、一人とする。)をこえることができない。

3 専従休暇の期間は、一日を単位として一年をこえない範囲内とする。たゞし、三年をこえない範囲内でこれを更新することができる。

三、しかしながら、被告岐阜県知事がした本件条例の公布処分のうち、右第四一条に関する部分は、つぎに指摘するようなかしを帯有するものであつて、このかしは、当然にその無効原因を構成するものというべきである。

(イ)  岐阜県議会における本件条例案の議決手続に関するかしについて

岐阜県第五回定例県議会は、昭和三四年一一月二六日から三日間の会期で開催せられ、本件条例案は、その最終日である同月二八日午後七時四七分頃、同議会に上程せられたのであるが、この上程にはじまつて、これが可決に終るまでの同議会におけるすべての手続は、つぎのように全く違法の連続であつたというべきである。すなわち

1  県議会における議案の上程、審議は、開議の日時、会議に付する事項及び順序を記載したいわゆる議事日程表にしたがつてなさるべきであるのに、本件条例案の上程については、当初からこれが議事日程表に記載されてはいなかつたし、また、その後、追加記載の措置がとられたこともなかつたのであるが、前記議長鷲見浩平は議事日程表による議案全部の審議をおえて、休憩に入つていた議員全員が未だ議場に入らないうちに再開を宣したうえ、特にやむをえない事情もなかつたのにかかわらず、議会にこれが上程方を提案し、自由民主党所属議員をして、強引にその可決をなさしめ、もつて、本件条例案を上程するに至つたものである。このことは、岐阜県議会会議規則(以下単に規則という。)第一九条に違反する。

2  本件条例案が、右のように、県議会に上程せられて間もなく、日本社会党所属議員杉本武夫外一名から、本件条例案の上程についてとつた右のごとき違法で強引な同議長の措置に対し、議長不信任の動議が、県議会事務局長をとおして、適式に同議長に提出せられたのであるが、同議長は、この動議を先議することなく、あえて、右条例案の可否採決を強行してしまつたものである。このことは、規則第七五条第四項に違反する。

3  一般に、議会における議案の審議については、議員の有する審議権を保障するため、議長においては、議員に対し、充分なる質疑討論の機会を与えるべきである。ところで、本件条例案の審議の際、同議長は、議員に対し、いささかの質疑討論をも許さず、被告岐阜知事の提案理由説明の終了とともに、間髪をいれず、これが起立採決を強行したものである。このことは、規則第二九条に違反する。

4  本件条例案の追加上程についての可否採決ならびに本件条例案の自体の可否採決の際、議場にあつた議員の総数は四三名であつたが、当時、議場は、極度の混乱に陥いり、日本社会党所属議員十数名が自席を離れて議長席に迫つていたので、出席して議場にあつた議員の半数以上が表決に加われなかつたのであるが、同議長は、それにもかかわらず、離席者の表決権を無視して、あえて各採決を強行したものである。このことは規則第七二条に違反する。

5  また、4記載のように、極度の混乱に陥いつた議場で、起立による採決の方法を講ずることは、外形上起立しているもののうち、何人が賛成可決の意見を表明しているものであるかを確認することができないという欠陥を含むのであるから、議長としては、すべからく起立採決以外の方法を選ぶべきであつたのに同議長は、あえて起立採決の方法を強行したものである。そして、そのきわめて当然の帰結として、右条例案に対し、賛否いずれが多数であるかを確認することが客観的に不可能であるという事態が現出したのであつたが、それにもかかわらず、同議長は、あえて、起立多数によつて、本件条例案が原案どおり可決せられた旨の宣告をしてしまつたものである。これらのことは、規則第七六条、第七八条に違反する。

(ロ)  本件条例第四一条の地方公務員法第三五条違反等について

1  本件条例第四一条が規制しようとする、地方公務員のいわゆる専従休暇の問題は、そのことがもつぱら地方公務員法第三五条の定める職員の職務専念義務とその免除とに関係することがらであるため、当然、同法同条及びその下位規範として設定せられた条例等によつてその規制のなされるべきことは、きわめて明らかである。そして、従来、各普通地方公共団体は、すべてこの見解に基づき、県知事及びその他の県機関にその服務監督権の帰属する職員に対しては、県の、市町村長及びその他の市町村機関にその服務監督権の帰属する職員に対しては各市町村の、それぞれ制定した条例によつて、これを規制してきたものである。しかるに、本件条例第四一条は、地方公務員の専従休暇の条件が、地方公務員の勤務条件の一内容であるにすぎないとの謬論に立脚して、地方公務員法第二四条第六項によつて、岐阜県の定める勤務条件の下に従うべきあらゆる職員は、その服務監督権者の如何にかかわらず、かれらの専従休暇についても、当然、岐阜県の定める条例の規制を受けるべきであるとの誤まつた見解に従つてもうけられた違法な規定であるといわなければならない。要するに、本件条例第四一条は、地方公務員法第三五条に違反し、ひいては、地方自治に関する憲法第九四条及び地方自治法第二条、第一四条に違反することとならざるをえない。

2  のみならず、原告県教組の構成員である市町村立小、中学校の教職員に対する服務監督権は、各市町村教育委員会に帰属する(地方教育行政の組織及び運営に関する法律第四三条)から、これら教職員のいわゆる専従休暇に関する規制方法は、その服務監督権者である市町村教育委員会を自己の機関としてもつところの各市町村が、それぞれ独自に制定した条例によつて、これが定めらるべきであつて、本件条例のごとき県の定める条例からは何らの規制をも受けるべきではないのである。よつて、本件条例第四一条は、右法律第四三条に違反するものといわざるをえない。

3  本件条例第四一条第二項は、専従休暇を受けることのできる職員の総数を、職員団体の構成員となることのできる職員総数を千で除してえた人数(一人に満たない人数の端数は一人に切り上げる。)以内と制限することによつて、一定時点における、専従休暇を受けることのできる職員総数の最大限を、全体として確定しようとするものである。従つて、職員団体の数が一個しか存在しない場合には、その職員団体のために専従休暇をとることのできる職員数の最大限はこの条例によつて、特定できるのであるが、たとえば、職員団体の分裂その他の理由によつて、二個以上の職員団体が存在する場合、専従休暇の承認権者は、全体としてはその最大限が一定している、専従休暇を受けることのできる職員総数を、各職員団体に、どのようにして分配するのであろうか。また、かりに、専従休暇を受けることのできる職員総数の最大限を超える数の職員団体が存在するに至つた場合、ある職員団体では、いわゆる専従職員を一人も持ちえないという事態が当然起こらざるをえないのであるがそのことは、その職員団体の団結権を根本的に否定するに至るものというべきである。

また、市町村立中学校の教職員が、原告県教組の業務を行うため、専従休暇を受けようとするときは、その専従休暇の承認権限が専属するところの、市町村教育委員会から、これが承認を受けるべきであることは、本件条例第三六条第三項が、いみじくもこれを明規しているのであるが、もし、各市町村教育委員会が、その独自の承認権限によつて、それぞれ、教職員の専従休暇を承認した結果全体として、専従休暇の承認を受けた職員の総数が、本件条例第四一条第二項の制限を超えることとなつた場合、如何なる措置が講ぜらるべきであろうか。要するに、本件条例第四一条は、それ自体その適用について当然自己矛盾を露呈する、まさに実効性のない規定であると同時に、本件条例第三六条第三項にも違反するものというべきである。

(ハ)  本件条例第四一条の日本国憲法第二八条違反について、

原告等職員団体は、いずれも地方公務員法第五三条によつて、適法に結成せられているものであるが、同法同条は勤労者の団結権保障に関する日本国憲法第二八条の規定に基づき、地方公務員が、その団結によつて、かれらの勤務条件の維持、改善をはかるのを保護、助長するためにもうけられたものというべきである。そして、本件条例第四一条は、原告等職員団体の団体活動の推進に不可欠の専従職員の数や、その専従期間に関して、違法な制限を付するものであり、勤労者である、原告等職員団体の構成員の保有する団体活動を制限し、その団結権を侵害するものに外ならない。現に本件条例の制定を契機として、原告等職員団体の正当な諸活動や、団結の強化のための諸措置に対して、不当な権力による干渉、妨害工作が活溌に行われるようになつており、本件条例の制定は、それ自体原告等が、日本国憲法第二八条によつて、当然保有すべき憲法上の地位に重大な脅威を及ぼしているものといわなければならない。よつて、本件条例第四一条は、明らかに、日本国憲法第二八条に違反するものというべきである。

以上の各かしが、重大且つ明白なものであつて、本件条例第四一条の岐阜県議会における議決を無効ならしめるにたるものであることは、きわめて明らかであるが、かりに、右(イ)を除くその余の各点に関する原告等の主張が首肯せられず、かつ、右(イ)の各かしが右議決を当然無効ならしめるのに不充分であるとしても、なお、その違法の程度は、右条例議決の取消原因を構成するにたるものであることは、疑問の余地を残さないものというべきである。そして、被告岐阜県知事は、昭和三四年一二月五日、かくのごとく内容的にも違法であり、かつその議決手続にもかしのある本件条例を、あえて、その事情を知りながら、昭和三四年岐阜県条例第五四号「岐阜県職員の給与、勤務時間その他の勤務条件に関する条例」として公布したものである。このことは、被告岐阜県知事のしたこの公布行為そのものをも違法ならしめるものであること多言を要しないというべきである。しかも、これらの違法原因は、重大且つ明白であつて当然に右公布行為を無効ならしめるものであるが、かりにこれらが当然無効の原由として不充分であるとしても、本件条例議決の取消について右にのべたところと全く同じ理由によつて、それが取り消さるべきものであることは、自明の理といわなければならない。

よつて、本件条例第四一条の公布、発効によつて著しくその団結権を侵害せられた原告等は、請求の趣旨どおりの判決を求めるために本訴請求に及んだ。』と述べ、また、被告訴訟代理人等の本案前の申立に対する反駁として、

「一、本件条例第四一条は、その第一項において、同条が、職員が職員団体の業務にもつぱら従事する場合も規制せんとするものであることを明記し、ついで、その第二項においては、専従休暇を受けることのできる職員の数を、職員団体の構成員となることのできるものの数との関係で、その制限をなしているのである。このような条文の文言自体に徴すると、本件条例第四一条が、職員個人の勤務条件をではなく、まさに原告等職員団体そのものの団結に対する規制を目的としたものであること極めて明らかであるといわなければならない。

二、ある職員が、その属する職員団体の業務にもつぱら従事するということは、単なる職員個人の恣意や希望によつてこれがなされうるものではなく、職員団体の選挙や、その承認等、要するに職員団体の意思に基づくことによつて、はじめてよくなされうるものであることは、当然というべきである。従つて、その人数等に対する制限ということは、とりもなおさず、職員団体固有の権限である組合専従者決定権に対する制限以外の何ものでもないことは、きわめてみやすい理といわなければならない。

三、そして、原告等職員団体の構成員となることのできる職員の総数は、現在、それぞれ確定しているのであるから、本件条例第四一条によつて、それに対する一定比率をもつて示される、原告等職員団体のために専従休暇をとりうるものの総数もまた当然確定するものというべきである。その他、専従者の専従休暇の期間、更新回数も、本件条例第四一条自体で確定しているものとみるべきであるから、本件条例第四一条は、原告等の有する職員の専従休暇に関する諸権利を具体的に侵害するものというべきである。

よつて、被告の本案前の申立は、当然、その理由を欠くものといわなければならない。」と附陳した。(証拠省略)

被告訴訟代理人等は、本案前の申立として、主文どおりの判決を求め、その理由を

「一、裁判所法第三条第一項にいう法律上の争訟とは、当事者間の具体的な権利義務または、法律関係に関する紛争を指すものと解すべきところ、原告等の本訴請求は、いずれもこの法律上の争訟に該当するものとはいうことのできないものである。すなわち、原告等は、要するに、本件条例第四一条に関する被告の公布処分の効力を争うものであるが、本件条例第四一条は、専従休暇を与えることのできる職員の総数及びその専従休暇の期間等を定めた抽象的な法規範であつて、その公布それ自体だけによつては、原告等に対しては勿論、各岐阜県職員に対しても、いささかの具体的権利義務関係上の変動ももたらすものではないというべきである。けだし、職員が、その属する職員団体の業務にもつぱら従事しようとする場合は、まず、それぞれの任命権者(たゞし、いわゆる県費負担教職員については、各市町村教育委員会以下同じ。)の承認を求めることが必要であり、そして、それぞれの任命権者のこれに対する具体的な許否の処分があつて、はじめて、いわゆる専従休暇に関する具体的な法律関係が形成されるものと解すべきだからである。

のみならず、一般に、法律や条例それ自体の効力を争う訴訟は、原則として、許されないものというべきところ、原告等の本訴請求は、その請求の趣旨において、被告による本件条例の公布処分の効力を訴訟の対象としているものではあるが、条例の公布処分の効力を争うことは、実質的には、条例自体の効力を争うことに外ならないし、現に、原告等がくわしく主張するところをみても、それは、本件条例の内容とその議決手続に対する攻撃に尽きているのであつて、結局、原告等の本訴請求は、実質は、本件条例自体の無効または取消を訴求しているものと理解すべきである。してみると、原告等の本件訴は、裁判所法第三条第一項にいう法律上の争訟に該当しないものとして却下を免れないものである。

二、本件条例第四一条が規制している専従休暇に関する法律関係の当事者は、実体的にも手続的にも、任命権者と職員個人とに限らるべきものであり、任命権者から、専従休暇を受けることのできるものは、各職員個人であつて、原告等のごとき職員団体ではないのである。従つて、本件条例第四一条の効力を、それと法律上何らの利害関係をもたない原告等が、裁判所で争うことは、とうてい許されないものというべきである。すなわち、原告等の本件訴は、当事者適格を欠くものの訴であつて、不適法として却下を免れないものである。」と述べ、本案について、「原告等の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は、原告等の負担とする。」との判決を求め、原告等主張の請求原因に対する答弁として、「原告等主張の各事実中、その一及び二の点は、全部これを認める。原告等主張三の(イ)のうち、冒頭部分の本件条例案の上程日時に関する部分は認める。同(イ)の1については、本件条例案の議会への上程の経緯が原告等指摘のとおりであることは、これを認めるが、そのような場合、原告等主張のごとく規則第一九条の適用される余地は、全然なく、まさに規則第二〇条によつて、これをなすべきものであることは、多言を要しないところである。そして、本件条例案の上程は、現に、規則第二〇条に従つて、適式になされたものである。

同(イ)の2については、原告等主張の議長不信任案動議は、議長による本件条例案の採決宣告後に提出せられたものであるから、所論は、前提を欠くものというべきである。なお、一般論として議長不信任案動議の取扱に関する原告等の法律的見解そのものもまた被告の首肯できないところである。すなわち、ある議案の審議中、議長不信任の動議が提出された場合、つねに、審議中の議案はそのままにしてまず、その動議を先決事項として、採決しなければならないという原則や規則はどこにもないのであつて、要するに、原告等の見解は、その独自の謬論として排斥されるべきである。

同(イ)の3については、原告主張の事実全部を否認する。

同(イ)の4及び5については、当時、議席を離れていた議員数は、出席議員四三名中、日本社会党所属議員八名のみであつて、他の議員は、すべて採決に参加し、賛成の起立をなしたものであることは、きわめて明白であり、当時の議場が、議長において、この事実を確認することができないほどの混乱に陥いつていたというようなことは、もうとうないものいうべきである。

原告等主張三の(ロ)の各点は、いずれも、原告等の独自の法律的見解であつて、それが排斥さるべき謬論であることは、明白というべきであるが、特にそのうち、1の見解に対して、いささか反駁することとする。職員の専従休暇について定められる諸条件が職員の勤務条件の一内容をなすものであることは、地方公務員法第二四条第六項にいう職員の勤務条件ということをつぎのように理解することによつて、容易にこれを肯認することができるのである。すなわち、ここにいう勤務条件とは、あるものが、新たに、地方公務員として、地方公共団体に勤務するかどうかを決するについて、あるいは、すでに地方公務員として地方公共団体に勤務しているものが、今後ともその勤務を継続するかどうかを決するについて、考慮さるべきあらゆる諸事情、諸条件のうち、特に、地方公共団体の側に存在する事情、条件の一切を指すものと解すべきである。そうだとすれば、職員の専従休暇について定めた本件条例第四一条は、当然に、職員の勤務条件の一内容をなすものであることきわめて明瞭であり、これが、地方公務員法第二四条第六項に依拠して制定せられたのは、まことに正当であつたといわなければならない。

原告等主張三の(ハ)の点もまた、原告等の独自の法律的見解にすぎないものとして、排斥されるべきものであること多言を要しないものというべきであろう。およそ、公務員は、私企業における労働者とは異なつて、国民または地方住民のための全体の奉仕者であることは、日本国憲法第一五条第二項の明定するところである。従つて、日本国憲法第二八条の保障が、公務員に対しても、原則として及ぶべきものであるとしても、その内容、程度が、私企業における労働者のそれと異なるところがなければならないこともまた当然である。本件条例第四一条は、このような基本的観点に立脚しながら、岐阜県下における具体的事情を考慮し、県職員の専従休暇に対して、公正妥当なる規制を加えることを目的として制定せられたものであつて、もうとう日本国憲法第二八条に違反するものではないのである。されば、本件条例の制定によつて、原告等職員団体の、日本国憲法第二八条、地方公務員法第五三条、第五五条に基づいて有する諸権利が、現に具体的に違法に侵害せられているという原告等の主張は、全くとるにたらないものというのは外はない。

以上に述べたように、本件条例第四一条の公布処分の無効確認やその取消を求める原告等の本訴請求は、全く、その理由がないので、これが棄却されるべきことはいうまでもないのである。かりに、原告等主張三の(イ)の各点のうち、そのいずれかが真実であつて、岐阜県議会での本件条例議決の手続に若干のかしがあつたとしても、そのことのゆえに、被告岐阜県知事による本件条例の公布行為が取り消されなければならないものでは決してないこと、つぎにのべる理由によつて、明らかである。けだし、地方公共団体の議会における、ある議案議決手続にかしがあり、しかも、そのかしの程度が通常の法律行為や行政行為であるならば、まさにその取消原因を構成するようなものであつたとしても、それが議会による議案の議決である限りは、裁判所がこれに干渉して、その取消宣言をすることのできないのは勿論であるから、議会における条例議決の結果を単に認証し、公示するにすぎない、地方公共団体の長による条例の公布行為を、議会における条例議決手続のかしを理由として、取り消すこともまた許されないものと解すべきであるからである。

よつて、原告等の本訴請求は、全部棄却さるべきである。」

と述べた。(証拠省略)

理由

まず原告等の本件各訴の適否について、判断することとする。

一、裁判所は、裁判所法第三条第一項が定めるとおり、日本国憲法に特別の定めがある場合を除いて、一切の法律上の争訟を裁判することができるのであるが、ここにいう法律上の争訟とは、特定の当事者間の、具体的な権利義務または法律関係の存否に関する紛争、すなわち、具体的な法律上の紛争事件であつて、裁判所による事実の確定と法律の適用とによつて、これが終局的な司法的解決を実現することのできるものをいうのである。従つて、わが国憲法上、上級、下級を問わず、あらゆる裁判所の権限であり、また責務でもあるとされているところの、実定憲法秩序のもとにおける、ある法令の全部または一部についての有効性の審査とか、あるいはこれが解釈とかは、そのことが、裁判所にとつて、特定の具体的な法律上の紛争に司法的な判断をくわえ、これが終局的な解決を遂げるにあたり、まず、さきんじて果たすべき前提課題として、――具体的な争訟事件を司法的に解決するについては、当然、これに適用さるべき法令の有効性の審査とその解釈とが必要である。――要求される限りにおいて、なさるべきであり、かつ、これをもつて足りるものというべきである。従つて、特定の当事者間に惹起した、ある法令の効力や、その解釈についての抽象的な紛争は、それがどのようにはげしいものであろうとも、いやしくも、その当事者間の単なる抽象的な紛争にとどまる限りにおいては、その争は、右に述べたような具体的事件性、争訟性を欠如するものとして、いまだ、裁判所の適法な裁判の対象とはなりえないものと断ずべきである。

しかし、このことは、ある法令が、それ自体の直接の効力として特定の当事者の具体的な権利義務や、その具体的な法律上の地位に、ただちに法律的に作用し、これに影響をもたらすような特殊な場合において、その法令自体を、実質的に、具体的な一箇の行政処分とみ、あるいは、特定当事者間の具体的な権利義務関係の内容をなすものとみることによつて、その法令の効力とか、その解釈とかについて存在するその特定当事者間の紛争を、具体的な法律上の紛争として把握し、これを、右に述べた争訟概念に包摂させ、裁判所による適法な裁判の対象とすることを否定することとなるものではないこともまた前叙の争訟概念自体からして、きわめて明白であるというべきであろう。

二、ところで、普通地方公共団体の長によると条例等の公布に関しては、地方自治法第一六条、第一七六条がこれを定めているのであるが、その性質と効力とは、要するに、当該地方公共団体の議会が、条例等の制定、改廃について議決したところを、普通地方公共団体の長において審査した結果、それが内容的ないしは手続的な欠陥によつて無効であるとか、あるいはその他の理由によつて、これを議会の再議その他の措置を講ずることが必要であると判断した場合を除いて、それによつて、その地方公共団体の住民等に対し、その条例等の完全な内容的効力を及ぼさせるために講ずるところの、専決的な認証的、公示的行政行為であり、この公布行為によつて、それまでは、議会の内部において、一応成立したというにとどまる条例等の議決の効力を、議会の内外を問わず、これを一般的に成立発効せしめ、もつて、これに完全な内容的効力を附与することのできるものであると解するのが正当である。

従つて、普通地方公共団体の長の行なう公権力の行使としての通常の行政処分が、原則として、その行政処分の直接の対象となつた当事者や、あるいは、その他の利害関係人に対し、かれらの有する法律上の地位や、その権利義務に具体的な影響を及ぼすという効力があるのに反し、右に述べたような、普通地方公共団体の長による条例等の公布行為は、所詮、議会の議決した条例等を、法律上完成させる補充的なものにすぎないのであるから、公布の対象となつた条例等の内容が、前段一末尾に述べたようなものである場合は別として、多くの場合のごとく、それが単なる地方住民その他のものに対する抽象的な法規範の設定に外ならないというにとどまるときは、その条例等の公布行為の効力やその適否をただ抽象的にのみ争うごとき訴訟の、とうてい許されないものであることもまた、前段一説示のところにより、きわめて当然といわなければならない。

三、そこで、本件条例第四一条が、それ自体の効力として、ただちにこの法規範のもとにたつものに対して、その法律上の地位や、権利義務に直接、具体的に影響をもたらすものであるのか、それとも、通常の条例の多くがそうであるように、この法規範のもとにたつものに対する、単なる抽象的な法規範の設定に外ならないものであるのかを検討して、原告等の本件各訴の適否を決することとする。

本件条例第四一条第一項ないし第三項の文言は、原告等主張の事実欄に記載されているとおりであり、これが、岐阜県職員が、そのそれぞれ所属する職員団体の業務にもつぱら従事するためにとる、いわゆる専従休暇に関する一個の法規範であることは、同条各項の文言自体に徴して、きわめて明白である。ところで、一般に、普通地方公共団体の職員が、その給与、勤務時間その他の勤務条件に関し、当該地方公共団体の当局と交渉するために、職員団体を結成し、またはこれに加入し、さらには、その団体の専従職員となつて、その団体の業務にもつぱら従事することは、これによつて、かれらの給与、勤務時間その他の勤務条件の維持、改善をはかることができるものとして、もちろん、法の許容するところであるが、しかし、右のうち、特に、地方公務員が、職員団体の専従職員となるための、専従休暇を受けることについては、かれらが当該地方公共団体の全体の奉仕者であつて、その職務の遂行にあたつては、全力を挙げて、これに専念しなければならず(地方公務員法第三〇条)、原則として、勤務時間、及び職務上の注意力のすべてをその職務遂行のために用い、その職務にのみ従事しなければならない(同法第三五条)こととの関係において、これがその職員団体の正当な諸活動を遂行するについて、客観的に不必要であると認められる場合にまで、無制限に許容せらるべき筋合のものでないことはもとより、また、かりに、それが職員団体の正当な業務の運営のために、客観的に必要であると認められる場合であつても、地方公務員法の規律維持の観点から、つねに、その任命権者(たゞし、任命権者が法律上の服務監督権者と異なるときは、その服務監督権者、以下同じ)から、いちいち適式な承認を受けることの必要であることもまた多言の要をみないところである。されば、自己の属する職員団体の業務にもつぱら従事しようとする地方公務員は、まず、その任命権者に対し、所定の手続によつて、それについての承認方を請求すべきであり、そして、その任命権者は、このような請求を受けた場合、職員団体の存在理由やその正当な諸活動についての深い理解と認識とのもとに、その承認または不承認の処分が、結果的に、正当な職員団体の業務の運営に対する不当な干渉、圧迫をもたらすことのないよう特段の留意をなすべきことの必要であることはもとよりであるが、他方、ある職員の専従休暇によつて、いやしくも、その地方公共団体の職務の遂行に、不当な障碍をきたすことのないよう万全の配慮をなすべきこともまたその任命権者としての重大な職責であるというべきであるから、結局、諸般の事情を考慮しながら、右にのべたところに違背しない限度において、その自由な裁量によつて、これが許否を適切に決すべきものと解すべきである。

そして、本件条例第四一条各項はこのように、自己の属する職員団体の業務に従事するため、任命権者から専従休暇の承認をえようとする岐阜県職員が、具体的に、その任命権者に対して人事委員会規則の定める手続に従つて、これが承認方を請求した場合、その任命権者が、これに対する許否の決定をするについての一つの基準を抽象的に定めたものであり、本条各項の効力は、このように、任命権者が、専従休暇承認請求の許否を決定するについて、それまで、他に条例等による特別の制限を受けることのなかつた前叙の裁量権に対し、ここに一個の抽象的な基準、制約を付することとなつたものの、決して、それ以上にはでないものであつて、これが、それ自体の効力として、直接、具体的に、この規範のもとにたつべきある特定のものに対し、そのものの有する専従休暇を受ける権利や、その他の法律上の地位を、具体的に侵害したり、これに影響をもたらしたりするものではないことはきわめて明瞭であるといわなければならない。これを、たとえば、原告県教組の構成員である、岐阜県下の市町村立小、中学校の教職員(たゞし、これは市町村立学校職員給与負担法第一条及び第二条の規定する職員で、県費負担教職員と称せられるものをいう。)が専従休暇を受ける場合について考えてみると、地方教育行政の組織及び運営に関する法律第三七条第一項によつて、これら教職員に対する任命権は、岐阜県教育委員会に帰属するものであるが、その服務の監督権は、同法第四三条第一項によつて、市町村教育委員会に帰属するのであるから、これら教職員が、その属する原告県教組の業務にもつぱら従事しようとするときは、まず、その勤務学校を管轄する市町村教育委員会から、その承認を受けるための所定の請求をすることが必要であり、その市町村教育委員会が、このように専従休暇の承認方請求を受けて、これが許否を具体的に決するについては、前叙のごとき諸般の事情を考慮するとともに、本件条例第四一条各項をも遵守して、ことを適切に処理すべきこととなるのであつて、本件条例第四一条各項が、それ自体の効力として、直接、具体的に、これら県費負担教職員や、その職員団体である原告県教組その他のものの、いわゆる職員の専従休暇に関する諸権利や、その法律上の地位を侵害したり、あるいは、これに影響をもたらしたりすることのないものであることきわめて当然といわねばならない。このことは、原告高教組の構成員である各岐阜県立高等学校の教職員が、その任命権者である岐阜県教育委員会(同法第二三条第三号)に対し、自己の所属する原告高教組のための、いわゆる専従休暇をとるについて、その承認方請求をする場合、及びその他の岐阜県職員が、その任命権者に対し、それぞれ自己の所属する職員団体のためのいわゆる専従休暇をとるについて、その承認方を求める場合にも全く同様に妥当するものというべきである。されば、被告岐阜県知事による、本件条例第四一条各項の公布行為について、主位的には、その無効確認を、予備的には、その取消宣言をそれぞれ求める原告等の本件各訴は、いずれも、裁判所法第三条第一項にいう法律上の争訟に該当しないものであるから、その余の争点についての判断をなすまでもなく、不適法として、却下を免れることはできない。

よつて、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条第九三条第一項本文を適用したうえ、主文のとおりの判決をする。

(裁判官 村本晃 小森武介 服部正明)

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