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岡山地方裁判所 昭和28年(モ)141号 判決

申請人 山本稲雄

被申請人 下津井電鉄株式会社

主文

当裁判所が昭和二八年(ヨ)第三九号解雇の効力停止を求める仮処分申請事件について昭和二八年三月二〇日付でした仮処分決定は、これを認可する。

申請費用は被申請人の負担とする。

事実

申請代理人は主文と同趣旨の裁判を求め、申請の理由として次のとおり陳述した。

申請人は、被申請会社に雇用されている労働者であつて、会社の電車運転掛をしているものであるところ、被申請会社は、昭和二八年二月三日、申請人に対し、申請人が同月二日茶屋町発八時五〇分下津井行下り一一列車の電車運転手として乗務中、福田駅より稗田駅を経て柳田駅に至る間(運転時間約一五分、一駅三〇秒停車)を、申請人がその両手を電車のハンドルから離して競艇予想表(出走表)を連続的に見ながら運転したとの理由で、申請人の右所為は被申請会社の就業規則第七三条第一二号(職務上の義務に違反し又は職務を怠り旅客若しくは公衆に危害を及ぼし又は危害を醸す虞ある所為があつたとき)に該当する職務違反の行為とし、かつ、右は同規則第七一条により懲戒処分として諭旨解雇に相当するものとして申請人を解雇する旨の意思表示をした。

併し、右解雇の懲戒処分は、次の事由により無効である。

第一  申請人は、前記の如き職務違反の行為をしていない。会社側では、昭和二八年一月一六日以後自動車部のある従業員(後には、嘱託の人物と訂正した)を列車の監視員として使つており、そのものが申請人の前記職務違反の行為を現認しているから間違いないというのである。併し、申請人には、全く身におぼえのないことである。殊に、申請人は、昭和二七年一二月二六日に競艇出走表を見ながら運転したことがあり、懲戒問題が起きたので(その問題は、昭和二八年一月一六日の争議妥結の際、組合と会社との話合で不問に付する旨の調停が成立した)注意していたところであり、右の調停成立後に勤務中競艇出走表を見たことは絶対にない。会社側のいう二月二日の一一列車には、南条支配人の子南条成年が車掌として勤務中でもあり、監視を受けるような立場のものが、数駅も連続的に競艇出走表を熟視するようなことが技術的にもできる訳のものではない。被申請会社の処分は、事実無根であるから無効である。

第二  本件解雇は、申請人が労働組合の組合員として正当な組合活動をしたことの故にする不当労働行為といわねばならない。

申請人は、昭和二七年九月頃被申請会社の従業員(当時約一三〇名)で組織する下津井電鉄労働組合(以下単に下電組合と略称する)の執行委員長をしており、当時右下電組合は日本私鉄労働組合総連合会(以下私鉄総連と略称する)に所属し、かつ、私鉄中国地方労働組合連合会(以下中国地連と略称する)の構成メンバーであつた。しかるに、被申請会社は、かねて下電組合が私鉄総連や中国地連に所属することを嫌つていたのであるが、同月一〇日中国地連執行委員会が中国地連の連合会組織を改めて単一組合とする方針を決めたので、申請人は、下電組合の執行委員長としてこの方針に従い単一化のために組合活動を始めたのである。ところが被申請会社は、この単一化により組合の強化が成就すると会社にとり脅威であるとして下電組合における単一化の運動を阻止すると共に、新に、私鉄総連や中国地連に所属しない、いわゆる第二組合の結成を企図し、会社幹部に組合員たる従業員に対し下電組合からの脱退及び新組合の結成を勧誘、遊説させ、これを推進させるに至つた。その結果、同年一〇月一五日下電組合の組合員の大多数は、従来の組合を脱退して新に第二組合(下津井電鉄従業員組合という)を結成し、申請人の指導する旧組合(第一組合)は少数の残留者を擁するのみとなつた。そこで申請人は、残留の組合員と共に同年一二月中に前記単一化の方針に従い、旧組合を解消して私鉄中国地方労働組合に加わり、被申請会社には、同組合下津井電鉄支部が置かれ、申請人がその支部執行委員長となり、これを総括主宰して、かつて第一組合員であつた第二組合員に対し支部側への復帰等の説得につとめ、徐々に成功をおさめているものである。

これに対し、被申請会社は、申請人の如上の組合活動を嫌い、申請人を支部から放逐して支部の組合活動を弱体化しようと企図し、絶えずその機会をねらつていたものであるからこそ、判然としない一個人の報告があるや、ことさらこれを取り上げ、支配人南条正一に現場を歩行調査させただけで、就業規則に定められている賞罰委員会の審議に付しようともせず、急遽、本件解雇の処置にでたものである。右解雇処分を発表するについては、従来の通常の公知方法とは異り、二月四日、六日頃社報号外を二回発行し、大きな貼紙を出して従業員及び第三者に対し甚だ誇大に表示するの挙にでており、その内容も、申請人を職員欠格者とし、第二組合からの申入に基いて解雇する旨の記載がしてあり、単なる解雇の発表とは受けとれない。これらのことは、被申請会社がその意にそわない従業員に対しては懲戒の厳罰に処することを誇示することにより、第一組合の弱体化をねらつた意図の現れである。

なお、申請人は、既に二四年間も引き続き被申請会社に勤務し、組合運動の問題が起きるまでは、会社も申請人を表彰すること一一回に及び、申請人の真面目さを裏書きしているところである。

また、仮に、被申請会社主張のように、申請人に多少でも誤解を招く行為があつたとしても、実際上の被害も発生していないのであるから、会社が従来してきた懲戒処分の例に比較して甚しく苛酷である。即ち、例えば、昭和二八年一月四日茶屋町駅構内で大脱線事故が勃発した場合には、駅の関係者も、保線係も運転者も(以上いずれも第二組合員)誰一人として処罰を受けていないところであり(ただ第一組合員の車掌一名だけは、出勤停止三日の処分を受けた)、さらに、同年三月二四日本件事故と同一箇所で行われた従業員池田巧の運転妨害事件(架線係の同人は、酒気を帯びて電車運転室に入り、運転手に対して運転をさせよと強要し、無理に運転を強行した事案)については、池田巧が第二組合の結成に功績があり、かつ、第二組合の書記長であるところから、本件申請人の事故よりも甚だしく情が重い就業規則違反の所為であるのに、出勤停止一〇日程度の軽い懲戒処分に止めているのである。

如上の諸事情を勘案すれば、申請人に対する本件解雇は、単なる事故の処罰でないことは明白であり、不当労働行為の意図のもとにされているものと断ずべきである。

第三  本件解雇は、被申請会社の就業規則に違反してされているから無効というべきである。右就業規則第七六条によれば「懲戒は賞罰委員の審議を経て社長これを行うものとする」のであり、「賞罰委員会は別に定める規定による」(同規則第七〇条)ことになつており、賞罰委員会は従来も活動してきたのに、本件解雇のときに限り、被申請会社は、全然右委員会の審議にかけようともせず、申請人には何等弁解の機会を与えることもなく、十分な調査もしないで一方的に懲戒処分として解雇を決定したものである。斯る処置が前記のように不当労働行為を推認せしめる事情であることは勿論、信義則にも反し、解雇権の濫用として無効の処分というべきである。

以上いずれの点からみても、本件解雇は無効であるところ、申請人は、本件解雇無効確認の本案判決の確定に至るまで放置されるならば、日時を要することは必至にしてそのため精神上、物質上多大の不安、苦悩と困苦欠乏にさらされ、他に確たる資産も収入もないので自己と妻子の生活に償うことのできない損害を蒙ることは明白であるというべく、ここに本件解雇の効力停止の仮執行命令を求めるため本件申請に及ぶものである。

被申請代理人等は、当庁昭和二八年(ヨ)第三九号仮処分申請事件について当裁判所が同年三月二〇日にした仮処分決定は、これを取り消す。申請人の申請を却下する。訴訟費用は申請人の負担とする。」との判決を求め、その理由として陳述した要旨は次のとおりである。

一、申請人主張の日、その主張のような就業規則違反の事由に基き申請人を諭旨解雇の処分に付したこと、賞罰委員会の審議を経ていないことは認めるが、その他の主張事実はすべて争う。

申請人が昭和二七年一二月二六日おかした本件と全く同種の違反事件について会社は、賞罰委員会に付議し、同年一二月三一日及び昭和二八年一月三日の二度にわたり審議を尽した結果、申請人を懲戒解雇の処分に付する旨の決定を得ていたところ、たまたま争議解決に際し、岡山県地方労働委員会の勧告があり、会社としては本人に対し今後の十分なる善処を戒告すると共に、申請人も今後は絶対に繰り返すことのない旨を誓約したので、責任を問わないことにしたものである。本件違反事実がこれと全く同種のものであるのと一方、賞罰委員会委員長である南条支配人は、二月二日乗務監視員から本件違反事実の報告を受けると直ちに監視員を同伴して現場に出向き、列車に同乗して当該区間において具さに状況を聴取し、もつて事実を確認しているのである。従つてさらに、賞罰委員会を開催する必要はないものと認める旨の報告を右支配人から受けている次第である。

元来、賞罰委員会は、賞罰をするについての社長の諮問機関であり、賞罰案を審議するに過ぎず、賞罰を決定するものではない。従つて労働協約等に根拠を有するところの「協議約款」ないし「同意約款」におけるように、強く組合意思の関与することを認めたものとは、その性質を異にしている。即ち、会社の賞罰委員会規程第四条に「委員の任免は社長がこれをなし、委員は課長の中より三名、その他の従業員の中より三名選出する」旨規定されていることに徴しても、単なる社長の諮問機関たることは明かである。従つて本件申請人の違反事実の場合は、以上のような特殊の状況のもとで会社が賞罰委員会に付議しなかつたことの故をもつて解雇そのものの効力には、いささかの消長もきたさないし、また、不当労働行為といわれる理由もない。

二、被申請会社が申請人を諭旨解雇した理由は次のとおりである。

申請人は、昭和二八年二月二日第一一列車茶屋町駅八時五九分発下津井行の運転手として乗務し、同列車が福田駅発車後間もなく両手を制御器把手及び制動器把手より離し、さらにポケツトから一〇〇円札(銀行券)数枚を出して勘定しはじめ、やがてこれが終ると引き続きポケツトから競艇出走表を出してこれを熟視し、列車が稗田川橋梁(稗田駅の手前)を渡り終るまで約四キロメートル(弱)の間この状態をつづけた。この間、発著の際を除いては、殆ど前方注視をせず、僅か二、三回ハンドルを手にした程度であり、而もこの区間には、幅約二メートルないし三メートルの踏切りが五箇所、小道が三箇所、山道が三箇所程度あつて特に運転上注意を要するにも拘らず、その間一回も警笛を吹鳴しなかつた。さらに又、同列車が稗田駅を出発してからも再び前記出走表を出して見ながら運転し、柳田駅の手前、児島小学校の北端にさしかかるまで(この間約一キロメートル弱)前記同様の状態で運転をつづけた。

事実は右のとおりであり、幸にも現実の事故は発生しなかつたのであるが、多数の乗客の生命をあづかる列車運転手としては、実に放置し得ざる重大な職務違反の行為といわねばならない。而も右区間の半ばは、下り勾配であるため、一層高度の前方注視義務が要請されるにも拘らず、全然これをしていないばかりか、一回も警笛を吹鳴していないことは、重大な職務違反であり、乗客又は公衆に危害をかもす虞は十分にあるといわねばならない。ところが、申請人の粗暴な運転は、如上のものに止らず、平素からの怠慢ぶりは会社の従業員間で噂にのぼる程度に常習的であつた。その顕著な事例を指摘すれば左のとおりである。

(1)  昭和二七年一〇月二七日申請人の運転する第七列車が柳田駅発進直後、線路点検中の車掌の発車合図をまたず、車掌を積み残して発車し次の児島小川駅まで運転した事実。

(2)  同年一一月一七日申請人の運転する第一七列車が下津井東駅を発車するに際し、車掌が発車合図をしても申請人は他人と談話を続け、直ちに発車せず二分間の延発となつた事実。

(3)  同年一二月二六日申請人は第二三列車を運転中、琴海駅発車後競艇出走表を出し、鉛筆でこれにしるしをつけながら運転し、その間全く前方注視をせず、鷲羽山駅までこの状態をつづけた事実(約二キロメートル弱の間、本件違反事実と全く同種のもの―前記一、参照)

(4)  昭和二八年一月五日申請人の運転する第八〇一列車が琴海駅を発車する際、車掌の発車合図がないのに発車し、車掌が停車の笛を吹いても停車しなかつた為に、旅客三名と車掌はプラツトホームを走り、危うく乗車した事実。

(5)  同年一月二六日申請人の運転する第八〇三列車を茶屋町駅で入換作業した際、ぐずぐずして発車時刻前二分位になつて作業に着手したところ、そのため作業が極めて粗暴であり、而も約六分間遅れて漸く発車するに至つた事実。

右のように、申請人は平素から運転業務に怠慢が多く、殊に申請人の本件違反行為は就業規則に照らし、明かに解雇に値する行為であり、被申請会社の処分は正当である。

三、申請人は、如上の重大な違反行為に眼をおおい、被申請会社の解雇の処分は、申請人の組合活動を排除するためにした不当労働行為であるというが、被申請会社には、そうした、意思もなければ、それを推認されるような企図も行動もない。被申請会社が組合分裂を企図したり、会社幹部に従業員の組合脱退を職場遊説させたような事実は全然ないし、第二組合と第一組合とを差別待遇させたり、第一組合員に不利益な処遇をしたようなことも全然ないのである。

申請人主張のように、昭和二八年二月六日会社が公示を出したのは事実であるが、当時会社において事故が頻発していた際でもあり、又右公示に記載しているところは、そのような事故頻発の際において一般従業員に事実の真相を知らせてその注意を喚起するためにしたものである。

申請人に対する表彰は、他のほぼ同年数の勤続者と比較して何ら異るところはなく、申請人が特に優れた従業員であることを証明するというよりは、むしろ表彰なるものが概して輪番的に該当者を選ぶことになりやすいので勤続年数が長いために、回数が重なつたものである。

四、申請人は、本件解雇後直ちに私鉄中国地方労働組合の専従者として、従来の会社における賃金と殆ど大差なき相当額の給料を得ているものであつて、申請人主張のように生活に窮迫しているものではなく、保全の必要性に乏しきものというべきである。

疏明方法

〈省略〉

当裁判所は、釈明処分として本件軌道沿線と列車の検証をした。

理由

被申請会社が昭和二八年二月三日付をもつて申請人に対し「同年二月二日申請人には、職務上の義務に違反し旅客若しくは公衆に危害をかもす虞のある所為があつた」(就業規則違反)ことの故をもつて懲戒処分として諭旨解雇にする旨の意思表示がされたこと、右懲戒処分をするについて被申請会社が就業規則に規定されている賞罰委員会の審議を経る手続を採つていないことは、いずれも当事者間に争いがなく、先ず、申請人には被申請会社の主張する職務上の義務違反の事実があつたか否かについて検討することとする。

成立に争いのない乙第一七号証の二、第一八号証、第二〇、二一、二二号証、審尋調書たる甲第三六号証、第三九号証、乙第二九号証、証人三宅誠一の証言により成立の疏明される乙第二号証の一、第一七号証の一、三、証人南条正一(第一回)の証言により成立の疏明される乙第三号証、証人藤原敬一の証言により成立の疏明される乙第二号証の二と証人三宅誠一、同藤原敬一、同南条正一(第一、二回)の各証言並びに申請人本人尋問の結果を比較検討し、さらに弁論の全趣旨を参酌すると一応次のように認められる。

申請人は、昭和二八年二月二日第一一列車茶屋町駅午前八時五九分発下津井行電車二輌編成の運転手として乗務中、途中に天城駅長から競艇用勝舟券の購入方を依頼され、一〇〇円札(銀行券)五枚を託されていた(弁論の全趣旨から成立の疏明される乙第四号証参照)ので福田駅を発車して後間もなく、これをポケツトから取り出して一寸勘定してみた(一〇〇円札五枚の勘定にいくばくの時間を要するかは多弁を要しないところ)が、さらに、これを納つてから当日琴海駅付近の海上で挙行される競艇の予想表(出走表―同一のものが乙第一八号証)一枚をポケツトから出して運転中にも拘らず、これを瞥見した形跡があり、被申請会社のかねての命により乗務監視を有給嘱託されていた三宅誠一が当該電車の運転台右後方の隙間からこの申請人の動作を僅かに垣間見たものであつて、右の如き申請人の行為がされた区間、申請人が果して双方のハンドルから両手とも離して運転したものか否か、前方注視の義務を怠つた区間、警笛の吹鳴が規則どおりされたか否か等の諸点については、証人三宅誠一は、唯一の目撃者として極めて申請人に不利益に、相当時間、重大な義務違反の行為をつづけたように供述し、当時会社にも報告しているけれども、同人の持つ本来の使命からみて、また、同人が立つていたという動揺常ならぬ車内での位置、姿勢、さらには同人の隠密的態度等の諸状況に照らし、また、同電車には被申請会社の支配人南条正一の子息南条成年が車掌として同乗していて申請人には油断のゆるされない状況にあつた点に鑑み、にわかに信じ難く、(若し三宅が供述するように申請人が相当の時間ハンドルから両手を離して運転したとすれば、危険を惹起する虞があるので、三宅としては、直に注意すべきであるのに拘らず、これをした事実のないことからしても、三宅の供述には誇張があることが窺われる)被申請会社主張の如き違反の態様であつたとの心証は得難いというの他はない。証人藤原敬一は、車中で三宅誠一にいわれて一寸申請人らしいものの動作を見たようにいうけれどもそうしたいかにも、都合のよい証言というものの信憑力は、同証人の場合、大いに疑問とせざるを得ない。当日直ちに、三宅誠一の報告に基き南条支配人が実地踏査して図面に違反箇所をしるしたというところであるが、三宅誠一にそこ迄の正確な記憶力があつたとも受けとれないし、必ずしも適確な資料とはいい難いところである。兎も角、申請人が高度の安全性を要請される交通事業の運転者の立場にいながら、その職務執行中に、瞬時と雖も、銀行券を勘定したり、競艇出走表を見たりすることが、いかにも不謹慎であり、職務上の義務に違背するとの非難は免れないところというべきである。

ついで、申請人主張の不当労働行為の主張について検討するに、前掲各資料に、さらに、成立に争いのない甲第六ないし第一〇号証、第一六号証、第二〇号証、第二二号証、審尋調書たる乙第三〇、三一号証、証人南条正一(第二回)の証言により成立の疏明される乙第一号証の一、二、第八号証、第一九号証、弁論の全趣旨により成立に疏明される甲第四号証、第一九号証と証人真田峰夫、同片山亮、同三宅忠男及び同吉福寿の各証言を綜合すれば、一応次のように認められる。

申請人は、昭和二七年九月中に当時の被申請会社の従業員約一三〇名をもつて組織する下津井電鉄労働組合の執行委員長に就任したところ、該組合の所属していた中国地連が単一化の方針を決定したのでこの方針に従つて鋭意活動しているうち、翌一〇月一五日には、種々の画策や運動の結果、右組合の組合員中約九四名という大量のものが集団的に脱退して第二組合(下津井電鉄従業員組合―後に従業員組合の名称は労働組合と改められている)を結成し、被申請会社と協調的な態度をとるようになつた(この第二組合結成にからんで被申請会社が組合に対する支配、介入の不当労働行為をしたとの第一組合の申立により、岡山県地方労働委員会は右支配、介入の事実を認定し、救済命令を発したところ、被申請会社から右救済命令の取消請求の訴訟が当庁に提起され、現に係属中であることは、当裁判所に顕著である)。そこで申請人が中心となつて活動をつづけていた第一組合は、三〇名程度の残留者で同年一二月初頃旧組合の組続を解消し、単一化を遂げた私鉄中国地方労働組合の下津井電鉄支部を組織し、該支部は、申請人を委員長として活溌な組合活動をつづけ、間もなく被申請会社との間に退職金規程の改正をめぐつて労働争議を起し(第二組合は右争議には参加していない)、紛争のすえ、昭和二八年一月一六日になつて地労委の斡旋で調停が成立した。併し、この頃になり右支部所属の組合員は、序々に第二組合に走り、僅か一〇名前後の劣勢となつたものである。

申請人は、右争議中なる昭和二七年一二月二六日琴海駅から鷲羽山駅を経て下津井東駅に至る区間を列車運転中、競艇出走表を見ながら運転していたところを、偶然にも南条支配人に目撃せられ、下津井駅到着後直ちに同支配人から注意をされ、申請人も該事実を自認していたもので(乙第八号証参照)、さらに該事実について懲戒問題が起り、賞罰委員会に付議され、同年一二月三一日と翌年一月三日の再度に亘つて同委員会で討議された結果、申請人の右行為は「職務上の義務に違反し、公衆に危害をかもす虞ある」場合に該当し、就業規則第七三条第一二号違反であるとの認定を受けた。併し、その処遇として懲戒解雇にすべきか、又は情状酌量の上諭旨解雇、若しくは出勤停止にするのが相当であるか否かの点については、審議され結論を見いだした旨の適確な資料はない(乙第一号証の一、二参照)。昭和二八年一月一六日前記争議妥結の際に、話合で争議中の一切の不仕末は不問に付することになり、特に、申請人の右職務違反の事犯は、会社側で何らの処罰をしないとの明瞭な言明がされたものである。右のように、議事録の上では、科すべき懲戒処分の種別は明白でないが、一応会社内部では懲戒解雇のことに決していたものとしても、右事犯が昂奮状態の争議中に発生したため、使用者側も感情的になつていたであろう点、さらに事故を現認した南条支配人のその時の態度(同支配人は技術的な専門者であるのに、申請人の挙動を制止していないし、直後にとつた処置も、さして重大事犯としての取扱方ともとれないこと)をみても、右が懲戒解雇に値するものであつたとは、にわかに断じ難いところといわねばならない。

上来説示のように、被申請会社として好ましく思わない私鉄中国の組織に対し、申請人が中心となつて執著してこれを離れず、第二組合が誕生してからは、これとも対立して独自の組合活動を続け、少数なりとはいえ、その活動は活溌であり、殊に、会社が支配介入したといつて救済命令の申立(昭和二七年一〇月二一日付をもつて申請人名義でしている)をし、争議をする等ことごとく会社と対立的立場にたつたものは申請人である。従つて被申請会社の代表者ら幹部が申請人を心よく思つていないであらうことは想像するに難くないところである。

そこでさらに、前掲の本件申請人の違反行為の態様を考察するに、何といつても交通頻繁な大都会の路線とは異り、田園風景の豊かな路線のことでもあり、申請人も既に二〇年の経験を有する運転者であり、それを発見したものは使用者側の秘密監視員のこととてその者の報告には針小棒大の弊なきを期し難く、何よりも実害の発生とてもなく誰かに注意されて違反行為をやめ、その結果、公衆危害が必然的に防止されたようなケースと異り、危害発生の可能性は、時によりあり得るとはいえ、稀薄の感あるを免れない。また、申請人には、被申請会社の主張にあるような種々の軽度の不仕末のあつたことも疏明されているところではあるが、それが故意になされたことの疏明はなくその程度のことは、あり勝ちのことであつてこれを特に取りたてて咎めだてする程のことはないであろう。特に、申請人についてそうした問題が、とかくにいわれだしたのは、すべて第二組合結成後のことであることも看過すべからざるところというべきである。

さて、懲戒処分の当否を考究するにあたつては、労働組合の組合員であり、組合幹部であることの故を以て不当なる優遇を受ける如き見解がゆるされないことはもとよりであるが、他方、当該人物以外の第三者に斯る事犯が起きた場合に、使用者はどういう処遇をするであろうか、他の従業員には、従来、類似のケースにどういう処遇をしてきたかということは十分考慮しなければならないところと解する。そのような観点からみるならば、申請人が主張している池田巧の事犯(醉余電車の運転者に強要して、自ら運転を強行したもの)が僅か出勤停止一〇日、その運転手が出勤停止一日(甲第三三、三四号証参照)であつたことは、被申請会社の懲罰が必ずしも、峻厳でなかつた疏明といえるので、ひとり申請人にのみ、きびしく臨むことが不合理、不当であることは明白であるといえよう。

最後に、賞罰委員会に付議しなかつたことにいつて考察するに就業規則第七六条(甲第二九号証)には懲戒は賞罰委員会の審議を経て社長がこれを行うと定められ、賞罰委員会規定(甲第一六号証)第二、三、四条によれば、賞罰委員会は従業員の表彰又は懲戒に関する事項を調査審議しその賞罰案は社長の認定によつて実施し、委員会の構成員は委員長(原則として支配人)、委員六名(うち三名は課長他はその他の従業員)から選出すると規定してある。思うに懲戒は従業員の待遇に重大な関係があるので、公正に選出された委員によつて構成される委員会において懲戒に関する事項の有無等を慎重に調査し、その結果を社長に具申し、懲戒に付された者の処分が適正公平に行われることを期しているのであるから、たとえそれが諮問機関であるにせよ、会社としては右規則を尊重し、みだりにその手続を省略すべきでないことは言を俟たない。しかして、いわゆる労働協約上の「協議約款」又は「同意約款」がある場合に、労働組合との協議又は同意の成立なしに組合員を懲戒処分に付したような場合と異り、本件就業規則にいう賞罰委員会の審議を経ていないという手続上の瑕疵だけから、懲戒処分そのものが無効になるか否かは議論の岐れるところであるが、今しばらく該手続がされなかつたからといつて無効な処分とはいえないとするとしても、被申請会社が労働問題を考える場合に、重大案件といえる懲戒処分をするについて、就業規則に規定されている斯る容易な手続を省略してまで処分を強行しなければならない程の緊急性があつたであろうか。会社側では、前の事故と同種の違反行為であり、さきの事故について賞罰委員会で審議して結論を得てあつたから、今度の事故については、付議する必要を認めなかつたというが、前の事故の場合は、賞罰委員長たる南条支配人自身が事故現場を発見し、該事実は申請人自身も認めて詫びていたものであるのに反し、本件の場合は、発見者の人柄も異るし、申請人自身が該事実を認めていないのであつてみれば、全くその様相を異にしているものというべく、会社側でことさらに委員会に付議しようともせず、しかも申請人に対しては処分前全然弁解の機会すら与えず翌三日には懲戒処分を決定している如き態度は、当時の、発表形式等と思い合わせば、却つて使用者に他意あるものとの疑惑を懐かさせるものがあるといわざるを得ない。

斯くて、被申請会社の本件解雇の処分は、会社の申請人に対してとつた一連の所為を綜合通観すると申請人がした本件違反行為というような職務上の責任を追及することよりは、むしろ如上説示の申請人がしてきた昭和二七年九月以降の組合活動(申請人が行つてきた組合活動が違法ないし不当であつたとの疏明はない)を嫌い、これを排除しようとする意思が決定的な原因であつたことが窺われるので被申請会社のした本件解雇は、不当労働行為として無効の解雇と一応認定するのが相当であり、斯る無効の解雇により、申請人が就労を拒否され、賃金を獲得できないことは、通常の労働者としてまことに重大な損害を蒙るであろうことは、推察するに難くなく、本件のように、解雇されるに至つた諸種の経緯、使用者の企図等を斟酌すれば、申請人には仮に従業員たる地位を認めてその地位を保全するのが至当であるものといわねばならない。

そうすると、申請人が被申請会社を相手どり本案訴訟を提起するより前に、本件仮処分を申請したのは相当であり、本件解雇の効力を停止した仮処分決定を維持するのが正当と認めてこれを認可することとし、申請費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 和田邦康 熊佐義里 石川良雄)

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