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岡山地方裁判所 昭和43年(ワ)95号 判決

原告 千田あさよ

〈ほか四名〉

右五名訴訟代理人弁護士 黒田充洽

被告 児玉吾郎

右訴訟代理人弁護士 小山昇

主文

1  被告は、原告千田あさよに対し七〇万円、その余の原告らに対し各三〇万円および右各金員に対する昭和三五年一一月一〇日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は五分し、その四を被告の、その余を原告らの各負担とする。

4  この判決は第一項にかぎり仮に執行することができる。

事実

一  当事者の求める裁判

原告ら

1  被告は、原告千田あさよに対し、七六万九九六六円、その余の原告らに対し各四五万九六五八円および右各金員に対する昭和三五年一一月一〇日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行宣言。

被告

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。

≪以下事実省略≫

理由

一  原告ら主張の日時、場所で被告が加害車を運転して南進していたこと、反対方向から進行してきた広瀬運転の自動車が猛を轢過してそのころ死亡させたことは当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫を総合すれば、次の事実が認められる。

被告は、本件事故当時児島市選挙管理委員会の事務局長をしていたが、当日(昭和三五年一一月九日)午後八時ごろから九時ごろまで、同月二〇日に行われる衆議院議員総選挙の準備をしていた事務局員らに慰労の酒をふるまい、被告も約五勺ほど飲酒したのち、午後一〇時前ごろ第一種原動機付自転車を運転して帰途についた。

現場は南北に通じる直線で見とおしのよい巾員約八・二メートルのアスファルト舗装道路であるが、当時は小雨模様で付近は暗かった。被告は時速約三〇キロメートルで右道路中央付近を南進中、猛が黒っぽい服装で同方向へ歩行しているのを進路前方約二メートルに接近してはじめて気付き、急いでハンドルを左に切りブレーキをかけたが間に合わず被告の右腕付近を猛に接触させて転倒させ、被告も加害車とともに倒れた。被告はすぐ起き上がり加害車を道路脇に移動させて後方を振り向くと、猛が六、七メートル後方路上に倒れたままであったのでそちらへ駈け寄ろうとしたとき、折から北進してきた広瀬運転の自動車が猛を轢過して約一五メートル位進んで停車した。広瀬に続いて被告も駈け寄り猛を広瀬の自動車に乗せようとしていたとき訴外藤井義勝運転の自動車が通りかかり、同人も手伝いながら被告に「あんたの連れの人か」と尋ねたら被告が「車ではねたらタクシーが轢いた」と答えた。

以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

そうすると、猛が死亡した直接の原因は広瀬運転の自動車の轢過にあるが、被告においても、事故当時は小雨模様で現場付近は暗かったから、特に進路前方を注視しながら加害車を運転し事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠たり漫然進行した過失により、同方向へ歩行中の猛に約二メートルに接近するまで気付かず被告の右腕付近を猛に接触転倒させたものであり、猛はその直後(前顕各証拠によれば被告主張(六)のように三分間もの余裕はなく、せいぜい数十秒である。)に進行してきた広瀬運転の自動車に轢過されて死亡したのであるから、被告の行為と猛の死亡との間には因果関係が認められる。

他方、猛においても、夜間で暗い道路の中央付近を黒っぽい服装で漫然歩行しライトをつけた加害車の接近にも気付かなかった過失の存することが認められ、右過失は本件事故による損害賠償額を算定するに際し斟酌すべきところ、その程度は約三割の控除をもって相当とする。

二  ≪証拠省略≫を総合すれば、本件事故により猛および原告らが蒙った損害は次のとおりであることが認められ、これに反する証拠はない。

(一)  猛の逸失利益

猛は事故当時満四八才八月の健康な男子で、下津井電鉄株式会社にバス運転手として勤務し、年二回の賞与をも含めて少なくとも年間三七万五〇〇〇円の収入を得ていたものであるところ、右会社における猛の停年は満五五才であるから同人は少なくとも事故後六年間は右会社に勤務し、右と同程度の収入を挙げえたものということができ、右の収入を得るに必要な生活費としては猛の地位、収入、同居の家族構成(妻、子供二人、母)等からみて年一二万円をもって相当とするから、純収入は年間二五万五〇〇〇円となる。

そうすると、猛の本件事故当時における逸失利益額はホフマン式計算法(年別単利)により年五分の割合による中間利息を控除して一三〇万九〇六八円(年間純収入二五万五〇〇〇円×六年のホフマン係数五・一三三六)となる。しかし、前記一で説示したとおり、猛にも事故の発生について過失があり約三割の控除をもって斟酌すべきであるから、同人が被告に請求しうべき損害賠償額は九〇万円とみるのが相当である。

ところで、原告あさよが猛の妻、その余の原告らがいずれも同人の子であって、同人の死亡にともない法定相続分の割合に応じて相続したことは被告において明らかに争わないので自白したものとみなし、原告あさよは三分の一である三〇万円を、その余の原告らは各六分の一である各一五万円を相続したものと認められる。

(二)  猛の慰謝料

猛の直接の死因が広瀬の自動車による轢過にあること、被告および猛双方の過失の態様と程度、その他諸般の事情を考慮すれば、本件事故により突如生命を絶たれるにいたった猛の肉体的精神的苦痛を金銭をもって慰謝するには三〇万円が相当である。

そうすると、原告あさよは一〇万円、その余の原告らは各五万円宛相続したものと認められる。

(三)  原告らの慰謝料

原告らが猛の妻あるいは子として同人の死亡により受けた精神的苦痛は甚大と認められるが、前記(二)の諸事情に事故後の経緯を考え合わせると、原告らを慰謝するに金銭をもってするとすれば原告あさよにおいて三〇万円、その余の原告らにおいて各一〇万円が相当である。

三  そこで、被告の消滅時効の抗弁について判断する。

≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。

原告らは事故の翌年昭和三六年初ごろ、被告に対し損害賠償として一〇〇万円を請求したが、被告は「事故の責任について刑事裁判で争っているから、その結果が決まってから話し合いをする。」との態度であった。さらに、原告らが昭和三七年八月二〇日岡山弁護士会交通事故処理委員会に被告に対する一〇〇万円の損害賠償請求の交渉を依頼し、その担当委員となった黒田弁護士が同年九月二二日被告に原告らの右意思を伝えたところ(担当委員は依頼者たる原告を代理するとは認められない)、被告はやはり「事故について刑事事件が係属中で無罪を主張しているからその裁判が確定するまで示談交渉を待ってほしい。」と述べたので、同委員は原告らに対しはがきで「被告が刑事裁判の結果を待って交渉に応じたい。」といっている旨伝えるとともに、被告に対しては公判経過の報告を頼んだ。被告は同委員に、昭和三八年一月二〇日「現在なお裁判続行中である。裁判確定後報告する予定であった。出頭通知を受けたが今しばらく御猶予賜わりたい。」旨を、同月二三日には「一月二二日に第三回公判があり、三月五日検証が行われる。」旨をはがきで報告した。

昭和四〇年一一月三〇日、児島簡易裁判所で被告は本件事故についての業務上過失致死被告事件で罰金二万五〇〇〇円の判決を受けて控訴したが、翌四一年一月一二日控訴を取下げ右判決は確定した。原告らは同年三月、右裁判所から証拠物の返還通知を受けた際、被告の有罪判決が確定したことをはじめて知り、被告から何分の連絡があるのを待っていたがそれに接しなかった。そこで、原告らは昭和四二年八月二〇日ごろ被告方を訪れて請求したが取りつく島もない有様であったので、黒田弁護士に本件訴訟を委任して昭和四三年二月一四日本訴を提起した。

以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

右事実によると、原告らが被告に対し直接あるいは岡山弁護士会交通事故処理委員会の担当委員を通じて本件事故についての損害賠償を請求したのに対して、被告が事故についての刑事責任の有無が確定するまで賠償請求に応じるや否やの回答の猶予を求めていたものと認められ、このような場合には被告がその後になって刑事責任の有無の確定前に完成した消滅時効を援用することは信義則に照らして許されないものと解すべきである。そうでなければ、原告らは権利の上に眠っていたのではなく被告の信義を信頼していたのにかかわらず、なおかつ煩雑で費用のかかる訴の提起等適法な時効中断の手続をしなければいけないことになって酷であり、また社会的道義心にも反する。なお、前記事実関係のもとでは、原告らの請求(催告)に対し被告から何分の回答があったときから民法一五三条所定の六ヶ月の期間が進行すると解して、時効の中断を認めることもできるであろう(最高裁昭和四三年二月九日第二小法廷判決参照)。

四  以上の次第で、原告らの本訴請求は、原告あさよにおいて前記二の(一)ないし(三)の損害について合計七〇万円(三〇万円+一〇万円+三〇万円)、その余の原告らにおいて同損害について各合計三〇万円(一五万円+五万円+一〇万円)および右各金員に対する本件事故の翌日たる昭和三五年一一月一〇日から各完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却する。

よって、民訴法九二条、九三条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 米澤敏雄)

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