大判例

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岡山地方裁判所 昭和45年(わ)242号 判決

主文

被告人を罰金三万円に処する。

右罰金を完納しないときは金千円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用中証人長橋秋好、同井上徹に支給した分の半額は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は山本工業所の名で三井造船株式会社玉野造船所の下請会社備南工業株式会社の下請作業に従事しているものであるが、

第一、玉野造船所の下請業者間においては労務者の引抜をなくするため甲業者の許を退職した者は爾後六ケ月間は甲の同意のない限り甲以外の業者の従業員として同造船所内の作業に従事できない取り極めがなされ造船所においても下請業者間の右取り極めを承認しているところ曾て被告人の配下にあつて前記備南工業の野崎班(同工業の従業員野崎玉男を班長として同造船所内の特定の運搬業に従事するもの)に属していた長橋秋好(当時二三才)が被告人及び前記野崎に無断で人夫数名を連れて備南工業の下請を業とする岡田工業有限会社に就労しようとしていることを知るや同人が右野崎に対する恩義を忘れ同人を備南工業に斡旋就業させた被告人自身の面目を失わせる結果になるものと解し、昭和四五年一月中旬日不詳の午後五時頃、玉野市和田一丁目五番七号備南工業株式会社工員寮に右長橋を呼びつけ、同人に対し「お前は長崎から人夫を連れてきて岡田工業で働くそうだが、そんなことは絶対にさせんぞ、わしの前でそんなことができもすまあが、勝手なことをするな。」等と申向けたところ同人がこれに反撥したので憤慨し手拳で同人の頭部を殴打するなどの暴行を加え、

第二、同年五月より玉野市和田一丁目二番二九号すし屋星島信貴方二階の一部を借り受けて居住していたが、同年六月四、五日ごろ満一才の長女が発病し同月六日夜も妻と共にその看病に当つていたところ、被告人等の居室と廊下を隔てた隣室に居住する井上徹方において同人が外一、二名と共に飲酒して騒がしく、そのため右病児が就寝しないため同人に静かにするよう申し入れたにも拘らず同人がこれを受入れなかつたことを憤慨し翌七日午前二時ころ同人方において同人に対し、その頭髪を掴み、前後にゆする等の暴行を加え

たものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(強要罪並びに常習暴行罪を認めなかつた理由)

一、判示第一の公訴事実は「被告人は長橋秋好が岡田工業有限会社に就労しようとしていることを察知するや同人らを同社に就労させまいとして同人に対し判示の如く語気鋭く申し向けて同人を脅迫し、更に判示の如き暴行を加えて同人を畏怖させ、右岡田工業有限会社での就労を断念させ、もつて同人をしてその行なうべき就労の権利を妨害した」というのであるところ、前掲の証拠によれば玉野造船所の下請業者間においては判示の如き取り極めがなされ同造船所においてもこれを承認し従前の雇主において異議を挾む限り新たな雇主の下では同造船所内の就業は不可能であること、被告人が岡田工業で働くことを許さないといつたのは同工業の雇人として同造船所で従業することを承引しない旨申向けたに止まり、他の作業場における就業を許さないとしたものでないこと、従つて二月前まで雇われていた備南工業(当面直接には野崎班々長野崎玉男)又は長橋を備南工業に斡旋就業させた被告人において異議を挾む限り長橋は岡田工業の従業員として玉野造船所に就業することは許されなかつたものであることを認めることができるから長崎が被告人の脅迫、暴行により就労の権利を妨害されたものと解することはできない。

二、判示第二の事実につき公訴は「被告人は常習として井上徹に対し判示の暴行を加えた」というのであつて、前科調書によれば被告人は昭和三四年七月二一日恐喝、同未遂罪により懲役一年三月に、昭和三七年六月二二日暴力行為等処罰に関する法律違反により罰金五千円に、同年一〇月四日恐喝未遂、銃砲刀剣類所持取締法違反により懲役五月に、昭和三八年六月二七日兇器準備集合、銃砲刀剣類等所持取締法違反により懲役六月に、同年一二月一八日暴力行為等処罰に関する法律違反により罰金七千円に、昭和三九年四月二七日傷害罪により罰金一万円に、同年一二月八日暴力行為等処罰に関する法律違反により懲役六月に、昭和四一年三月一〇日兇器準備集合、暴力行為等処罰に関する法律違反により懲役八月に、昭和四三年二月五日労働基準法違反、暴行、詐欺罪により懲役一年六月に処せられていることが明らかであるから被告人を暴力事犯の常習者であると認定するに毫も支障はないけれども前掲の証拠によれば昭和四五年六月七日午前〇時過ころ判示井上徹がその居室において来客と飲酒しながら話し合つていたが、その話声が廊下を隔てて向い合つた被告人等の居室に聞えていたこと被告人方においては数日前発病した満一才の長女がむずかつて寝つかなかつたこと、被告人が廊下に出た際井上方に向い「お前らよい加減に静かにせんか、喧しいぞ」と怒鳴つたところ井上が廊下に顔を出し「喧しく怒鳴らんでもよかろうが、お互様でないか」と答えこれに対し被告人が子供が病気していて寝つかれないから少し静かにしてくれと言つたこと、暫くして井上の妻が被告人方に顔を出し被告人に来訪を求めたが被告人がこれを断つたこと、井上方ではなお飲酒を続け話声が被告人方に響いたので、被告人は止むを得ず井上の雇主である星島信貴をして井上に注意して貰おうと考え、同日午前二時頃妻を被告人方事務所に赴かせて事務所に宿泊している雇人の須弥岳啓を呼び寄せ、同人を星島方に遣したところ星島が井上は既に解雇したから関係がない旨答えて被告人の依頼に応じなかつたこと、被告人方に帰つた須弥岳は間もなく井上方に乗り込んで「親父が喧しいといつたのが何が悪いか」などと怒鳴り更に暫くして被告人方を訪れた他の被告人の雇人二名と共に再び井上方に乗り込んだこと、被告人は自己の配下の三名の者が、井上に対し乱暴を働いては困ると心配して三名の後に続いて井上方に赴いたところ右三名の者が井上らに対し口々に文句を言つていたこと、これを見た被告人が井上に向い「何故遅くまで騒ぐのか。静かにせよと言つたのが分らないのか」と言つたところ井上がこれに対し口答えをして立上ろうとしたので被告人が立腹して井上の頭髪を掴み二、三回前後に揺つたこと、及び続いて被告人が「お前が遊人なら遊人のようにするが、素人だと思つているから怺えているのだ、よい加減にせんか。人が注意したのだからもう少し大人しく素直にせよ。」と言つたところ井上が詑びたので被告人等が直ちに引上げたことを認めることができる。一才の幼児が病気のため寝つかれないとき廊下一つを隔てた隣室で深夜二時ころに至るまで飲酒放談している者があるとき父親がこれに立腹するのは人情の自然であり、これがため前記の程度の暴行に出でたとしてもこれを以て暴力的性格の発露に当るものとは到底解し難い。なるほど被告人には前記のとおり同種前科が多い。しかも前記認定のとおり当初被告人は礼を尽して静粛にすることを求めたのではなく、いきなり廊下から怒鳴つているのである。しかしながら前記認定の経緯に照すと被告人は極力自制して井上らの反省を期待していたことが窺いえられるのであつて右の如き経緯の下では通常人であつても判示の程度の暴行の挙にでないとは保し難い。暴力行為等処罰に関する法律一条の三の規定する常習暴力犯の概念は右の如き通常人においても犯しかねない底の暴力行為をも包含するものとは解せられないから被告人の前記同種前科にも拘らず被告人の所為を以て常習暴行罪に当るものとすることはできない。

(適条)

刑法二〇八条(いずれも罰金刑選択)四五条前段、四八条二項、一八条刑事訴訟法一八一条一項本文(黒川四海)

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