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岡山地方裁判所津山支部 昭和31年(わ)174号 判決

被告人 杉山繁行

昭四・六・一九生 小学校教諭

主文

被告人は無罪

理由

第一、公訴事実の要旨

本件公訴事実の要旨は、被告人は岡山県真庭郡勝山町立勝山小学校教諭として、同校第二学年第三組を担任し児童の教育竝びに監護の業務に従事していたものであるところ、同校においては昭和三十一年七月下旬水泳希望児童に対し、正課として水泳の実施指導を行うことを企画し、同校体育主任杉井庸次の立案した水泳指導計画に基き、これを実施することになつたが、水泳には生命に関する危険を伴うものであるから、その計画作成に際つては、実地を精査して安全な水域を選定すべきは勿論、その水域に危険な場所のあるときは、その箇所に標識を施し、さらに適切なる監視の方法を考慮するなど、予め細心の注意を用うべきにかかわらず、校長滝野道慶は杉井庸次の立案した指導計画が、前記の如く事故防止上必要な考慮を欠く、きわめて杜撰なものであるのに、不注意にもこれをそのまま採用し、かつ指導監視に当る教諭に対し、監護に関し事前に詳細な指示注意を与えることもせずして実施に移し、また被告人は右計画に基き同年七月二十三日同校教諭小倉正隆外十三名の教師と共に、同校第三学年以下の児童を引卒して同町江川を貫流する、新庄川の通称神庭淵に赴き、同日午後二時十分頃より同淵南岸の長さ約三十米、巾約六米の区域内に第一、二学年児童約二百名を、その対岸の一部に第三学年児童約百八十名を一斎に入水させ、被告人は第二学年第三組の児童の監護に当つていたのであるが、右のように多数の児童を一斎に入水させたため非常な混雑を呈するに至つた。従つて被告人としては、自己の担任する児童が危険区域に泳ぎ出ることのないよう厳重に警戒し、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるにもかかわらず、不注意にも自己の担当する児童の遊泳場所を離れて漫然監視に当つていた結果、その担任する児童甘原光江(昭和二十三年八月二十三日生)が、同組の一団より離れ、同所よりやや上手の深みの危険箇所に進み出て溺れているのに気付かず、ついに校長滝野道慶の前記業務上の過失と被告人の右業務上の過失の競合によつて、同児を同所において溺死するに至らせたものである。

というにある。

第二、過失の点を除くその余の公訴事実の存否

水泳に伴う危険の性質程度、一般水泳事故の原因とその経過、この危険に対処する注意義務と結果回避の方法手段、従つて過失の存否の判定は、他の災害事故に比較して、特に自然的条件との相対関係において検討すべき複雑微妙な問題であるから、この点に関する判断は暫く措き、前記公訴事実のうち被告人が前記のような身分職務を有し、勝山小学校第二学年三組を担任し、その教育に従事していたこと、昭和三十一年五、六月頃、同校々長滝野道慶がはじめて、児童に対する水泳の実地指導を体育科に組入れて、教科として実施することを考え、前記の如く同校体育部主任杉井庸次においてその意を受け計画の立案に当り、その後右滝野の承認を受け、その指導計画に基き、公訴事実として記載の日時、場所において、同校教諭等の指導監視の下に、第一、二、三学年児童約四百十名に対し、一斎に水泳指導を実施し、被告人は自からの担任する第二学年三組の指導監視に当つていたこと、しかるに同水泳指導の後半期に至り、被告人の担任する右三組の児童甘原光江が、被告人のみならず、全教諭の監視の眼を洩れ、同人等不知の間に深みに進出し、被告人の監視位置より上手約五、六米、水深約一米三五の水中において溺死するに至つたことは、当裁判所の証人滝野道慶、小倉正隆、杉井庸次に対する各証人尋問調書、同人等の検察官に対する各供述調書、検察官作成の各実況見分調書(見取図、写真を含む)周道連の検察官事務取扱に対する供述調書、鑑定人竝びに証人三上芳雄の第五回、第八回公判調書中の各供述記載、同人作成の昭和三十二年十二月十二日付、昭和三十四年一月三十一日付各鑑定書、証人末広茂逸、鎌田節子の第五回公判調書中の各供述記載、証人西本夏子の第六回、証人金田辰志の第五回各公判調書中の各供述記載、医師末広茂逸作成の鑑定書中、外表検査竝びに頸部、胸部に関する内景検査記録、検察事務官金田辰志作成の解剖写真七葉、証人平木勝年、中村敏典、大杉睦恵、入江基文、小松明に対する各証人尋問調書、小梶恵美子、中山まさとも、高原広、近藤孝、小松明、入江基文、高山洋子の検察官に対する各供述調書、森本泰子の司法警察員に対する供述調書、及び被告人の検察官に対する各供述調書等によつてこれを認定するに足る。

しかるに被告人及び弁護人は、医師安藤三郎の証言を引用し、甘原光江の死因につき、同児の死亡は心臓麻痺を直接死因とするもので溺死にあらずと抗争するのであるが、右安藤三郎の証言なるものは、同人自身の行つた解剖所見に基くものではなく、たまたま同人が、末広茂逸の行つた甘原光江の死体解剖の現場に居合せた関係で右末広医師に依頼せられて、同医師の解剖所見を記録しながら、その傍ら観察した認識に基くもので、しかも同人は解剖経験にも乏しく、その認識も判断も、もとより不完全たるを免れず、前顕各証拠によつて認められる、甘原光江がすくなくとも本件水泳指導の後半までは水中にあつてなお健在であつたこと、及び三上芳雄の前顕証言や鑑定書の記載に徴して措信し難いもので、前記溺死の認定を左右し得るものではなく、他に弁護人の右主張に副う措信すべき証拠はない。

第三、本件水泳事故における過失の有無

一、水泳に伴う危険

水泳が、それ自体心神の鍛練に役立つばかりでなく、将来の水難に対し、自からを守る技術能力の習得に欠ぐことのできない、緊要なものであることは、多言を要しないところではあるが、その反面、一般に温度の急激な変化や寒冷、高度の疲労等を伴い、心臓病その他の循環器系疾患者、腎臓疾患者、てんかん、筋肉けいれん等発作の素質を有する者、結核患者その他身体虚弱者にとつては、却つて有害危険であつて、屡々発病、病勢増悪、さらには、いわゆるショック死その他生命に対する直接の危険を有し、一般健康者といえども水深、流速距離等の誤認或は自己過信等により、力尽きて溺死するに至ることのあることは一般に公知な事実である。ことにそれが心身の発達未熟にして思慮と経験に乏しい年少児童の集団の場合には、勢いその行動も軽卒過度となり、また混雑のため、保護監視者による危険の発見救助も一層困難となり、危険の増大することは、多言を用いずして明らかなりといわねばならない。

二、児童に対する水泳指導と注意義務

前記の如く水泳は、一般に高度の危険を伴うものである、従つて本件の如く思慮経験未熟な年少児童の集団に対して、水泳の指導ないしは訓練を主宰し計画実施するに当つては、その実施の衝に当る者において特に慎重な注意を用いなければならない。ところで水泳に伴う前記危険を防止し、その安全を守るためにまず水泳場の選択、点検及び備品の整備に特段の注意を用うべきことは、到底他の陸上運動競技の比ではない。殊にそれが河川、湖沼、海岸等いわゆる自然の水域を利用して行われる場合においては、特にその水質、水温、その上下の温度差、水流の速度態様、水深とその変化の状況、水底の状況とくにその土質、障害物ないし危険物の存否安全水域の広さ、附近陸上の状況等その水泳場の持つ自然的条件を、危害予防の見地より仔細に検討して、その採否を決定すべきはもちろん、選択した水泳場には、安全区域と危険区域を明示する標識旗、浮標等指導対象者の危険区域えの逸脱を防止すべき設備を設け、さらに指導の徹底と危険の発見警告救助のために、メガフホン、呼子笛、救命具、救急薬等も現場の状況に応じ、与う限り準備する一方、対象者について予めその健康状態の調査を行い、いわゆる水泳禁忌者を選別除外し、また、季節、天候、水泳場の状況、対象者の年令、体力、水泳能力、食事時間などの関係を考慮し、その実施の時期、時間、指導の目標などの決定に遺憾なきを期すべきはもとより、水泳実施現場の状況、実施対象者の数、指導監視者の数、その能力に応じ、脱衣の整理、人員点呼、準備運動、入水の順序方法、監視者の配置、相互の連絡方法等についても事前に、具体的にして慎重な検討を加え、指導監視者や対象者にその要領を十分に徹底させ、これを現実に実施する場合においても、現場に望み実際その指導監視に当る者は、相互にその連絡を密にし、秩序と統制ある指導によつて、計画の完全実施はもちろんのこと、現場における諸状況の変化ことに危険の発生に警戒を怠らず、入水の前後に亘り、児童の言語動作、身体状況の変化などを注視し、危険の早期発見、その回避救助に粗漏なきよう注意を用うべき義務ありといわねばならない。

ところで本件水泳指導は、勝山小学校の教科として実施せられたものであるから、同校々長以下教諭は、右水泳指導実施に当り、その指導する児童の保健と安全につき、叙上の如き注意を用うべき義務のあることはもとより当然であつて(文初第三三九号「児童生徒の水泳に関する事故防止について」教保第一、三七三号「夏季野外活動実施上の注意について」参照)若し右の者等に注意義務の懈怠があり、ために死傷の結果を生じたものとすれば、小学校の人的物的設備機構の現状に対する考慮及び刑事政策的考慮からする起訴の要否は兎に角、理論上その刑責を追及せられることの有り得ることもまた已むを得ないところである。弁護人は本件の如く学校の教育活動中における事故について、刑事責任の存否を追及することは、教育権の独立や中立性を害すると論難するが、ことは教育の内容や教育方法、或いは教育行政等における政治的中立に対する干渉ではなくて、教育実施の際に発生した児童の死傷事故につき、司法作用によりその刑責の有無を決定するものであるから、毫も教育の独立や中立性を害するものではない。

三、本件水泳指導の実施状況

(一)  水泳場の点検選択及び安全設備について

前記証人滝野道慶、杉井傭次に対する各尋問調書、右両名の検察官に対する各供述調書(甘原光江水死事件反省職員会要項写を含む)検察官作成の前記各実況見分調書当裁判所昭和三十二年四月二十七日施行の検証調書の各記載によると、勝山小学校が本件水泳指導に利用した前記神庭淵附近は、同小学校より約千三十米を距る新庄川の水域の一部であつて、その河幅は十七米ないし二十二米、南岸には、最大奥行八米一、長さ約三十四米の不正形の州及び草地を以つて形成せられる河原があるのみで、その背後は立入困難な細竹及び灌木類の密生した河岸を挾んで、姫新線々路が河川と並行して東西に走り、同線路の南側は直ちに急傾斜の山地を形成し、またその北岸は、雑草と小灌木の密生した高さ約四米の河岸の上部に幅の狭い畦道を置いて直ちに水田に接し、ただ上手石畳の堤防下に、雑草に覆われ、起伏多くして足場不良な空地があるだけで、同水泳場附近には、四百名を超ゆる多数の児童を同時刻に集合待機させ、脱衣の整理、人員点呼、準備運動などを確実に秩序よく実施し得るような空地の存在しないこと、また右神庭淵は、前記南岸河原の下手より上手に遡るに従つて遠浅の形成状況不良となり、右河原の中心部より下流においては、水際より約六米にして水深〇・八五米、中心部より上手においては、水際より四米ないし五米にして既に水深〇・八五米に達し身長一米一〇ないし一米二〇程度(甘原光江の身長は一米一四)の小学校一、二学年児童にとつての安全水域は、たかだか南岸の長さ約三十四米の、前記河原周辺の、水際より四米より五、六米の範囲(面積はたかだか六十坪)に止まり、第三学年生徒百八十余名を入水させた対岸下流の一部水域を除き、その余の部分はすべて危険区域に当り、前記陸上空地の僅少なことと共に指導計画の決定実施上、大いに警戒を要すべき状況にあつたことが認められるが、その水温は当時日中水底約二十七度、水面約二十九度で、大気々温との差七度ないし九度、水質清澄にして有害物を包含せず、水底また砂礫を以つて形成されその間に拳大の石の散在する外障害ないし危険物の存在しないこと、また水流の速度、その性質は、神庭淵上手水面に多数の岩石の突出点在している部分(水泳実施区域外)を除き概して緩慢平穏であるなど、その水面、水中、水底の諸状況はほぼ良好であり、勝山町附近において、はたして右神庭淵以上に安全良好な水泳場を求め得るかは疑問のあるところであるから、本件水泳場の選択点検自体について、過失ありとなすことを得ない。

しかしながら、以上のように安全水域が狭少で、危険区域の広い場所を水泳場として利用する以上、児童が誤つて、或は好奇と冒険のために軽卒に深所に進出し、危険にさらされることのないように、すくなくとも安全区域と危険区域の境界に明確な標識旗、浮標等を設置し、なおその外側に監視者を配置するよう周到なる準備計画を立てて、これを実施すべきであるのに、本件水泳指導計画立案の当面の、責任者である校長滝野、体育主任杉井助教諭は、いずれも神庭淵の状況を実地に調査し、右状況を知つて居りながらこの点に関する注意を怠り、標識設置の準備も計画も全くしなかつたのである。尤もこの点に関し同人等は、水泳場に特に標識を設けると、児童はこれに興味をもつて、近寄りたがる傾向があるので、却つて危険であつて、教師のみによる監視の方がむしろ安全であると主張するのであるが、同人等の主張する危険は、その標識を安全区域と危険区域の限界線に設けることをせず、その限界線より内輪に設置し、しかもその外側に監視者を配置することによつて容易に避け得られるものである。しかるのみならず、何等の標識もなくして、水深に変化の多い右神庭淵の水面上より、監視者が絶えずしかも正確に安全水深の限界線を把握しつづけ、多数の児童について、この限界線を超えたか否かを即座に判別発見し、警告を与えることは容易なことではなく、明確なる標識浮標によつて児童自身に危険区域の所在を明示し、その自戒を強調徹底するに如かざることは論を俟たないところである。しかるにその必要性を看過し何等この点の計画準備をしなかつたことは、すくなくとも立案計画の担当者に、注意義務の懈怠があつたものとなさざるを得ない。

(二)  水泳禁忌者の調査、実施時期、時間、指導目標、児童遵守事項の指示徹底、脱衣、準備運動、入水方法、監視計画について、本件水泳指導に関し、杉井体育主任や滝野校長によつて作成せられた準備計画が、きわめて簡単にして抽象的なメモ同様なもので、同年七月十七、八日頃の部会及び同月二十日頃の職員朝礼の機会においてなされた計画表や説明協議も、不備不徹底なものであつて、本件水泳場の持つ前記欠点、とくにその周辺の陸上空地及び安全水域の狭少なことから、四百名を超ゆるような多数の集団指導はきわめて困難であり、不測の混乱や危険を惹起し易いことの考慮を欠ぎ、最も必要なりと考えられる交替入水、或はこれに代る実施対象者数の調節制限、脱衣、人員点呼、準備運動の実施場所の区割、入水の順序方法、監視能力(本件においては二十一名の教職員中六名不参加、参加者十五名中七名の女教諭は通常の着衣のまま監視)配置箇所、相互の連絡方法などについて、統一的な秩序ある計画を検討しないで、これを各学年個々の協議や現場での任意な処置に委ねるなど、危険防止のため本件において特に必要な集団指導に関する注意と努力を欠いだものであつたことは、前顕各証拠の外、第三回公判調書中の証人小寺碧、福島芳子、稲田多美子、中芝薫子、杉原晴、山根猷、松繁隆夫、岩尾真平の各供述記載、小倉正隆、神庭亨、浅沼碧、福島芳子、杉原晴、山根猷、松繁隆夫の検察官に対する各供述調書、証人山崎礼子、山田利助に対する各尋問調書、及び同人等の検察官に対する各供述調書によつて、これを認めるに十分である。しかもそのことが、後に認定する通り、前記(一)の不注意、懈怠と共に本件事故にとつて重要な意義を有する以上、すくなくとも直接その立案計画を担当した者はこの点においてもまた注意義務懈怠の譏を免れ得ないと考える。

(三)  実施現場における指導監視について

よつて進んで、右水泳指導が、実施現場において、如何ような状況下に、如何ように実施せられたか、また被告人はその際指導監視について、如何なる措置行動を採つたかについて判断を加えて見ねばならない。ところで上来引用した前記各証拠によつてこれを検討して見ると、(1)本件水泳指導に参加した児童数は、一年一組(浅沼女教諭担任)三十名、一年二組(山崎女教諭担任)三十三名、一年三組(福島女教諭担任)二十六名、一年四組(稲田女教諭担任)二十二名、二年一組(中芝女教諭担任)三十三名、二年二組(杉原女教諭担任)四十名、二年三組(被告人担任)四十二名、以上第一、二学年合計二百三十名の外、山根教諭、千原、近藤、兼田各女教諭の担任する第三学年生約百八十名を合わせ、総計四百十余名に昇り、同日午後一時半頃より各担任教諭において、これを引卒(但し兼田女教諭は不参加、他の教諭において代行)して勝山小学校を出発し、約一粁を距る前記神庭淵に集合し、なお別に指導監視者として、担任外の小倉正隆、難波亨、松繁隆夫、岩尾真平、杉井傭次等の諸教諭も現場に赴いたが、校長滝野道慶、教頭山田利助は他の用務のため、その総指揮と監督を小倉教諭に委任してこれに参加せず、森上等他の三教諭も参加しなかつたこと(二十一名の教諭中合計六名不参加)(2)右神庭淵の安全区域は前記の如く狭少であつて、広い範囲に亘る危険水域があるにもかかわらず、これを明示する何等の標識も浮標も設けられなかつたこと、(3)脱衣の整理整頓、人員点呼、準備運動の場所の区割、入水の順序方法等についても、各学級相互間の関係を規律する事前の準備計画を欠いでいたため、現場において、全体としての秩序を保つことができず、各学級とも現場到着後、思い思いにこれを実施し、現場における全体の指揮監督者である小倉教諭や、体育主任杉井助教諭が現場に到着した当時は、既に第三学年の一部と第一学年の一部は入水しかけて居り、さらに被告人が担任学級の児童を引卒して現場に到着したときは、第一学年の児童全部が入水を終つていた状況で、も早交替入水などはもちろんのこと、全体として規律と統制ある入水をすることは不可能の状況にあり、僅かに第三学年児童を、右神庭淵北岸下流の遠浅部分に第一、二学年児童を南岸の前記河原周辺の遠浅部分に大別して入水させ、同上手より二年二組、二年一組、一年三組、一年一組、二年三組(被告人担任)、一年二組、一年四組の順に集結分類し得たに過ぎないこと、(4)そしてこれ等児童に対する指導監視の配置方法等の状況は、まず第一、二学年担任教諭のうち、中芝女教諭は身体の故障のため、これを岩尾教諭に委託して全然監視配置に就かず、山崎、福島、稲田、杉原四名の各女教諭は、通常の着衣のまま、水際ないし脛の深さの部分まで入水したのみで監視に当り、脱衣入水の上監視に当つたのは、浅沼女教諭と被告人の二名のみ、また対岸の第三学年の担任教諭のうち、兼田女教諭は当日不参加、千原女教諭は地上より、近藤女教諭は、着衣のまま脛の部分まで入水したのみで各看視に当り、脱衣入水して看視に当つたのは、山根教諭のみであつたこと、そして一方担任外の教諭のうち小倉教諭は北岸上手の地上において全体の指導監視監督に当り、その余の諸教諭はいずれも脱衣入水し、神庭教諭は上手深所において、主として二学年一、二組と一学年一、三組の、岩尾教諭は前記中芝教諭の代りとして専ら二学年一組の、松繁教諭は上手深所において、主として二学年二組と二学年一組の、杉井助教諭は一学年二、四組と、対岸の三学年生の入水区域との中間附近の深所において、双方の監視に当るなど、被告人の担任する第二学年三組以外の一、二学年各学級に対する指導監視は不十分ながら、比較的に強化されたのであるが、被告人の担任する児童四十二名の指導監視はほとんど被告人一人に委ねられていたこと、(5)以上のように六十坪前後の安全区域に二百三十名にも達する一、二学年児童を同時入水させた関係から、被告人の担任児童の水泳区域は、その中間に位し隣接学級児童と互に入り乱れて混雑し、担任学級児童の個々の行動の監視はもちろん、その全体的な把握も至難であつたこと(とくに被告人の検察官に対する供述調書参照)(6)このような状況下において被告人は、自己の担任する二年三組の入水区域沖合深所において、その指導監視に当り、その初期小倉教諭の命令により、監視場所を離れ、二学年一、二組の渡河の警戒に当つた外、前記監視場所を中心に、多少上下に移動しながら、深みに進出する児童に注意を与えて追返すなどして居り、特に被告人が、他の教諭全員に比し、監視を怠つてその配置箇所を離れたり、余事のために監視を等閑に附していたということまでは認め得ないこと、(7)しかるに判示第一に認定したように、被告人が指導監視を担任していた甘原光江が右実施の後半において、一人深みに進出し同所において溺死するに至つたが、被告人以外の監視者はもちろんのこと、被告人もこれに気付かず、何人もこれに警告を発し或は制止ないしは救助の措置を採らなかつたこと、(8)以上のように甘原光江に異変があつたにかかわらず、全員これに気付かず、小倉教諭の合図を以つて、一斎上陸したが、これまた陸上空地が狭少であり、計画もまた不備不徹底であつたため、各学級思い思いに人員点呼を終り、その結果報告も学級相互の連絡確認もしないで、各自現場を出発し、帰校の途に就いたため、被告人は第一回の人員点呼の際、女子児童一名の不足を発見しながら、河中を一度見渡しただけで、先発の他の学級に混入して帰校しつつあるのではないかと考え、脱衣の検査をせずして、先発学級を追いかけ、その在否を確かめたが、他学級にも混入していないことが判明し、途中二回に亘り人員点呼を行つた結果、いよいよ甘原の不在を確認するや、狼狽の上、前記神庭淵を距る約三百米の千両橋附近より、神庭淵にはせ帰つたが、時既に遅く、甘原を救助回生せしめることを得なかつたことが認められる。

第四、結論

以上のように本件事故発生の経過を仔細に検討判断して見ると、同事故発生の原因は、主として実施前の準備計画が、利用した水泳場に対比して、杜撰、不相当なものであつたことに基因し、その不備欠陥が、実施の当日実施の現場において、露呈し、秩序と統制ある集団行動を不能に帰せしめ、混乱のためその指導監視従つて危険の発見救助を至難ならしめたことに原因するものと認定するのが相当であり、その責任はまず、本件水泳指導の立案計画者たる校長に帰すべきもので、このような困難な状況下において、思慮判断や自律的な行動に欠け、かつ集団訓練の未熟な、低学年児童四十二名の水中行動を、個別的にしかも仔細に把握し監視することは至難なことに属し(前顕反省職員会要項写及び受託裁判官の証人市岡茂に対する尋問調書参照)一般に、被告人が右指導監視に用いた以上の注意と努力を期待することはできないものと考えられるので、被告人が、右監視中において、その担任する前記甘原光江の危険を早期に発見救助することができなかつたとしても、同人に過失ありとして、その責任を追及することはできないものである。尤も被告人が担任学級児童の上陸後、最初に行つた人員点呼において、女児一名の不足を発見しながら、その脱衣の存否について精査せず、先発学級を追いかけて時間を費し事故の発見を遅延せしめたことについては不注意と軽卒の譏を免れないが、それとて、右甘原の死亡時期と状況が必ずしも明確でない本件においては、前記人員点呼後直ちに甘原の救助につとめたとしても、はたして蘇生可能であつたかどうかが不明確であつて、被告人の右不注意と軽卒を以つて、甘原の溺死と因果関係ありとなすには、なお立証不十分となさざるを得ない。

よつて被告人に対しては刑事訴訟法第三百三十六条前段に従い、無罪の言渡をなすべきものである。

(裁判官 幸田輝治 寺島常久 伊藤俊光)

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