大判例

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広島地方裁判所呉支部 昭和46年(わ)93号 判決

被告人 角正藤七

大九・九・一生 農業

主文

被告人を懲役一年並びに罰金五万円に処する。

この裁判確定の日から五年間右懲役刑の執行を猶予する。

被告人が右罰金を完納しないときは金五百円を一日に換算した期間労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は広島県安芸郡倉橋町室尾に生れ育ち、すでに連続五期にわたり同町町議会議員に当選し、昭和四六年四月二五日施行の同議員選挙に自ら立候補するとともに、同日施行の同町町長選挙に立候補した中田春喜の選挙運動に従事していた者であるが、町長選挙は対立候補の住本浪登との間で勢力伯仲して全く予断を許さず、被告人自身も前回の選挙では最下位でようやく当選したのに、今回は室尾地区出身の住本に対抗して同町釣士田出身の中田を一人支持することとなつたため、近隣の応援も容易に得られないような状勢であつたところから、如何にもして得票を増加しようと苦慮しここに右中田に当選を得しめ、また被告人自身の当選をも得る目的のもとに、

第一、すでに他郷に転出している実弟中西司郎らを倉橋町に転住した如く仮装して選挙人名簿に登録させ、本来選挙人でないこれらの者に投票させようと企て、右司郎、その妻弘子、長男修、長女直美らと順次共謀のうえ、

(一)  右弘子において

1、昭和四五年一一月二一日倉橋町役場において同町係員に対し、右修が同月一九日広島市東千田町二丁目二番二四号から倉橋町一一、九八二番地の被告人居宅に転入した旨の、

2、また同年一二月一一日同役場において同町係員に対し、同女並びに前記直美らが同日広島県佐伯郡五日市町大字五日市九八〇番地から倉橋町一一、八五九番地山崎速男方に転入した旨の

いずれも虚偽の届出をして、よつて情を知らない同町選挙管理委員会係員をして翌昭和四六年三月一五日同町選挙人名簿に選挙人として右修、弘子、直美をそれぞれ登載させ、以て詐偽の方法により選挙人名簿に登録をさせ、

(二)  右直美において同年四月二一日倉橋町役場において、情を知らない同町選挙管理委員会係員に対し真実選挙人でないのにそのように装つて不在者投票の手続を要求し、よつてその旨誤信した同係員から同町町長選挙並びに同町町議会議員選挙の各投票用紙の交付を受け、その場でそれぞれ投票し、

(三)  右弘子、修において同月二二日前記役場において、同様選挙管理委員会係員に対し真実選挙人でないのにそのように装つて不在者投票の手続を要求し、よつてその旨誤信した同係員から同じく町長選挙及び町議会議員選挙の各投票用紙の交付を受け、その場でそれぞれ投票し

以ていずれも詐偽の方法を以て投票し

第二、いまだ立候補の届出がないのに

(一)  右各選挙の選挙人である池田一夫に対し、同人が来るべき町長選挙に立候補する中田春喜並びに町議会議員選挙に立候補する被告人のため投票取りまとめなどの選挙運動をすることの報酬として

1、昭和四五年一二月二六日ごろ倉橋町一六、五二七番地津村一松方において現金一万円

2、同四六年二月下旬ごろ同町一一、九八二番地の被告人居宅において現金二万円

3、同年三月上旬ごろ前同所において現金二万円を各供与し、

(二)  同年三月二〇日ごろ前同所において、右各選挙の選挙人である津村一松、大束福三郎及び前記池田一夫三名に対し、来るべき前記町長選挙並びに町議会議員選挙においてそれぞれ立候補する中田春喜及び被告人のため同町鹿老渡地区で、できるだけ多くの投票を協力して集めてもらいたい旨の選挙運動を依頼し、その報酬等としてその場で現金六万円を供与し

以てそれぞれ立候補届出前の選挙運動をなし

第三、同年四月二〇日ごろ倉橋町一、八一一番地の一岡林玄策方の前記中田候補の選挙事務所において、前記池田、大束両名に対し、前記第二の二同様趣旨の選挙運動を依頼し、その報酬等としてその場で現金五万円を供与し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

法律に照らすと被告人の判示第一の(一)の詐偽登録の点は公職選挙法二三六条二項一項、罰金等臨時措置法二条、刑法六〇条に、同(二)、(三)の詐偽投票の点は公職選挙法二三七条二項、罰金等臨時措置法二条、刑法六〇条に、判示第二の各金員供与の点は公職選挙法二二一条一項一号、罰金等臨時措置法二条に、事前運動の点は公職選挙法二三九条一号、一二九条、罰金等臨時措置法二条に、判示第三の候補者の金員供与の点は公職選挙法二二一条一項一号、三項、罰金等臨時措置法二条にそれぞれ該当するから、各所定刑中詐偽登録、詐偽投票の各罪につき罰金刑を、その余の各罪についてはいずれも懲役刑を選択し、右詐偽登録と詐偽投票の各罪は通常手段結果の関係にあるから刑法五四条一項後段、一〇条により重い詐偽投票の罪の刑により、また事前運動と金員供与の各罪は、一個の行為にして数個の罪名に触れる場合であるから同法五四条一項前段、一〇条に従い重い金員供与罪の刑によりそれぞれ処断すべく、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから同法四七条、一〇条により最も重い候補者の金員供与罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年に処し、同法四八条に則り詐偽投票罪所定の罰金額の合算額の範囲内で罰金五万円を併科し、被告人が右罰金を完納しないときは同法一八条により金五百円を一日に換算した期間労役場に留置することとし、情状を考慮して同法二五条一項一号を適用して右懲役刑については五年間その刑の執行を猶予する。

(公正証書原本不実記載、同行使罪の成否について)

検察官は判示第一の(一)の詐偽登録の所為につき、被告人はなお虚偽の転入届出をすることにより町役場係員をして権利義務に関する公正証言である住民票に不実の記載をさせ、これを編綴した同町住民基本台帳をそのころ同役場に備えつけさせて、以て行使したものであり、右は刑法一五七条一項、一五八条一項に該当し、公正証書原本不実記載、同行使の罪が成立すると主張する。

いわゆる住民票が「権利義務ニ関スル公正証書」にあたるか否かについては、かつてその前身である寄留簿につき大審院が単に行政事務処理の便益のために作成されるものであつて、いわゆる公正証書に当らないと判示し、住民票についても同様の解釈がとられていたが昭和三六年六月二〇日最高裁判所は住民票は公正証書にあたるとし、住民票に虚偽の記載をさせた場合は公正証書原本不実記載罪が成立する旨判示したのである。

しかし当時の住民票の根拠法規である住民登録法は、その第三一条で正当な理由がなくて期間内にすべき届出をしない者は五百円以下の過料に処すると規定しただけで、「虚偽ノ申立」をした場合には全く触れていなかつたのであるが、前記最高裁判決後、住民登録法は廃止され、新たに制定された住民基本台帳法はその第四四条に「第二二条(転入届)から第二五条までの規定による届出に関し虚偽の届出をした者は他の法令により刑を科すべき場合を除き二千円以下の過料に処する」旨を規定した。

公正証書原本不実記載罪は刑法一五七条三項において未遂罪を罰することとなつているから、住民基本台帳法第四四条所定の行為は当然これに該当することとなるのであるが、同法はこれにつき敢て行政罰を科する旨を定めているのである。公職選挙法二三六条二項は右の「他の法令により刑を科すべき場合」であつて、同条一項の「詐偽の方法をもつて選挙人名簿に登録をさせた者は六月以下の禁錮又は七千五百円以下の罰金に処する」旨の規定を承けて、「選挙人名簿に登録をさせる目的で住民基本台帳法第二二条(転入届)の規定による届出に関し虚偽の申立をすることによつて選挙人名簿に登録させた者も前項と同様とする」と定める。右規定は昭和四四年法律第三〇号公職選挙法の一部を改正する法律によつて新設されたものであつて、これと同時に同法第二一条は「選挙人名簿の登録は……その者に係る当該市町村の住民票が作成された日(他の市町村から当該市町村の区域内に住所を移した者で住民基本台帳法第二二条の規定により届出をした者については当該届出をした日)から、引きつづき三ヶ月以上当該市町村の住民基本台帳に記載されている者について行う」ものとし、住民基本台帳法第一五条では「選挙人名簿の登録は住民基本台帳に記載されている者で選挙権を有するものについて行う」ものと定めているのであるから、虚偽の転入届がなされた場合は当然まず住民票に不実の記載がなされ、これに基いて選挙人名簿に不実の登録がなされることとなり、住民票への記入と選挙人名簿の登録とはまさに不可分の関係にあるのである。

従つて公職選挙法二三六条二項は、住民票への虚偽事項の記載、従つてこれを編綴した住民基本台帳の備付行使とを当然に包含していると解せられるのであるが、それにもかかわらず敢て六月以下の禁錮、七千五百円以下の罰金というように、刑法一五七条一項或は三項の刑が五年以下の懲役、千円(罰金等臨時措置法により五万円)の罰金であることに比すれば甚だ軽い刑を規定したのであろうか。

それは前記のように、本来行政の便宜のために設けられている住民票について公証人作成の公正証書などと同等に取扱うことを欲せず、単に選挙の公正を害する点についてのみ処罰する法意と解する以外何かあるであろうか。しかもこれを実質的に見れば、選挙人名簿の詐偽登録は所詮公職選挙法二三七条二項の詐偽投票罪の予備もしくは未遂と評価さるべきものである。

そうだとすれば、詐偽投票の法定刑が二年以下の懲役又は二万五千円以下であることに比し、実質的には未遂予備の段階に過ぎない詐偽登録が、刑法一五七条一項、または三項により五年以下の懲役又は五万円以下の罰金に処せられるのではあまりにも権衡を失することとなるのではあるまいか。

憲法三一条、三九条は、いわゆる罪刑法定主義を宣明したものとされている。そして罪刑法定主義のもとにおいては、どのような行為につきどのような刑罰が科せられるかがあらかじめ法定され、これ以外の行為はたとえどのような非難に値するとしても刑罰を科することはできないのが原則であり、その故に刑罰法規は国民のマグナカルタであるといわれているのであるが、そのような保障機能が全うされるためにはアメリカの判例に見られるように刑罰法規―その構成要件については特に明確なことが要求されるのである。いやしくも刑罰が科せられる行為、すなわち犯罪については、それ以外の行為との間において一見して明確な区別が存在しなければならない。そうでなければ前記のような保障機能は無意味となり、憲法の前記法条は空文に帰するのである。かかる観点より見れば本件につき刑法一五七条一項、一五八条を適用すべきでないことはさらに多言を要しないであろう。

以上の次第で検察官の主張は採用できないが、右は判示第一の(一)の所為と観念的競合の関係に立つものとして起訴されたものであるので、特に主文において無罪の言渡をしない。

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