大判例

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広島家庭裁判所福山支部 昭和36年(家)549号 審判

申立人 大田チヨ(仮名)

事件本人 大田正典(仮名)

主文

一、福山市役所備付にかかる同市草戸町○○○○番地筆頭者大田チヨ戸籍中二男正典につき、出生年月日「昭和十七年十二月十六日」とあるを、「昭和十八年十二月十六日」と、同人の身分事項欄中「昭和十七年十二月十六日本籍で出生」とあるを、「昭和十八年十二月十六日島根県浜田市大字原井○○○○番地○○で出生」と、

二、同市役所備付にかかる同所同番地筆頭者大田政一戸籍中、昭和三十二年法務省令第二七号による改製戸籍編製の際除籍された孫正典につき、一項と同様に、

夫々訂正することを許可する。

理由

申立人は、主文同旨の戸籍訂正許可の申立をなすもので、その理由の要旨は、申立人等の戸籍は昭和二十年八月福山市役所が戦災をうけ福山市民の戸籍簿その他の書類を焼失しその際申立人等の戸籍も焼失し、昭和二十一年頃戸籍の再製の申請手続をするに当り、申請書に事件本人の出生年月日を「昭和十七年十二月十六日」と誤記して提出したため、再製戸籍に事件本人の出生年月日を「昭和十七年十二月十六日」とし、本籍地において出生した旨登載されるに至つたのであるが、事件本人は真実は昭和十八年十二月十六日浜田市大字原井○○○○番地○○において出生したのであるから、その旨戸籍の訂正を求めるため本件申立に及んだというのである。

よつて審案するに、本件申立書に添付された筆頭者大田チヨの戸籍謄本、申立人の審問の結果及び証人大田政一の証言、昭和二十一年十月二十五日付浜田市長長岡本俊人認証にかかる世帯主大田忠彦の寄留簿の謄本、事件本人の小学校、中学校を終了したことを証する卒業証書、昭和二十年四月十五日付被保険者を事件本人とする保険契約書等を綜合すれば、事件本人の父大田忠彦は、福山市草戸町○○○○番地に本籍を有していたものであるが、昭和十七年頃島根県女子師範学校の教員として勤務していた関係で、妻子と共に浜田市大字原井○○○○番地○○に寄留して生活を営んでいたところ、同所において妻チヨとの間の二男として昭和十八年十二月十六日正典をもうけたものであり、これが本件の事件本人であること、その後大田忠彦は引続き浜田市において生活を続けているうち、昭和二十年八月八日福山市が戦災をうけ、福山市役所が全焼した際市民の戸籍簿その他重要な書類を焼失し、その際に戸主大田政一戸籍(同戸籍に事件本人等の記載があつた)も焼失し、昭和二十一年頃その再製の手続をなすに当り、戸主大田政一戸籍の再製手続については、当時福山市に居住していた大田政一(大田忠彦の父であり、事件本人の祖父である)がなし、同人がその申請書中に、事件本人の出生年月日を「昭和十七年十二月十六日」と書き誤つて提出したため、再製した筆頭者大田政一戸籍中の事件本人の出生年月日が「昭和十七年十二月十六日」と記載されたものであることが認定できるところ昭和二十一年十月二十五日付浜田市長岡本俊人認証にかかる世帯主亡大田忠彦の寄留薄謄本に徴すれば、事件本人の出生年月日は「昭和十八年十二月十六日」であり、再製戸籍の事件本人の出生年月日「昭和十七年十二月十六日」の記載、及び同人の身分事項欄中「本籍地で出生」の旨の記載は誤りであることが認定できる。

よつて戸籍法第一一三条により、上述認定の如き誤りを真実に合致するよう訂正を求める本件申立はこれを許可するを相当であると認め、主文のとおり審判する。

(家事審判官 丸山明)

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