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広島高等裁判所 平成8年(ネ)146号 判決

第一四六号事件被控訴人・第一六五号事件控訴人(以下「一審原告」という)

井村久良

右訴訟代理人弁護士

下田泰

作良昭夫

山元浩

三好晃一

中村覚

藤田幸夫

中山修身

大田明登

森重知之

田川章次

臼井俊紀

内山新吾

第一四六号事件控訴人・第一六五号事件被控訴人(以下「一審被告」という)

野村證券株式会社

右代表者代表取締役

氏家純一

右訴訟代理人弁護士

丸山隆寛

主文

一  一審原告の控訴に基き原判決を次のとおり変更する。

1  一審被告は、一審原告に対し、一四二〇万一八七五円及びこれに対する平成六年七月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  一審原告のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを一〇分し、その三を一審原告の、その余を一審被告の負担とする。

三  この判決は、第一項1に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

(一審原告控訴に係る第一六五号事件)

一  原判決を次のとおり変更する。

二  一審被告は、一審原告に対し、二〇九三万一二五〇円及びこれに対する平成二年七月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(一審被告控訴に係る第一四六号事件)

一  原判決中、一審被告敗訴部分を取消す。

二  一審原告の請求を棄却する。

第二  事案の概要

一  原判決二枚目裏一行目から一四枚目裏三行目までを引用する。

二  当審における当事者の追加的主張

1  一審原告

(一) 一審被告の説明義務の範囲に関して次の点を考慮すべきである。

(1) ワラントはオプション取引であり、手数料を支払って「株を買う権利」を取得するのであるから、顧客が権利行使をするためには、ワラント購入金額とは別途に株を買う資金を用意する必要があるという事実は、基本的事実である。また、いくらで買う権利であるか(権利行使価格)いくらの量を買う権利であるか(引受株数)は本質的事項であり、これらを明かにせずにオプション取引をさせることは、対象商品を明かにせずに商品購入をさせるに等しい。

(2) ワラントに市場がなく顧客と証券会社との相対取引になるという事実は、売る側と買う側の利益が全く相反し、顧客と証券会社とでは情報量や能力に差のあるため、顧客に不利になる事実であるから、危険性を知るための最重要な事実である。

(3) 相対立する顧客と証券会社の損益分岐点は権利行使価格とワラント価格の合計額であるから、権利行使価格を知ることは極めて重要である。

(4) 現在権利行使しても利益が出るものであれば、ワラントに価値があるが、現在権利行使しても損しか出ないのであれば、将来の値上り期待のみがワラントの価値であるから、取引日における株価とプラスパリティか、マイナスパリティであるかは極めて重要な事項である。

(二) 過失相殺の趣旨は損失の公平な分担であるとされているところ、本件の場合、一審被告の従業員は専門家でありながら、積極的に一審原告の過失を誘発させるべく意図して、熱心かつ執拗な勧誘を行って本件被害を発生させたものであるので、一審被告には損失の公平な分担をいう資格はなく、一方、一審原告はあくまで受動的に取引を重ねてきたものであり、一審被告を信頼し言うがままに動かされてきたにすぎないから、このように善良であること自体を落ち度ということはできない。

一審原告が過去においてワラント取引によって利益を得たことを過失相殺の理由とするとしても、その額は現実の利益額である八一万四三一二円を限度とすべきである。

2  一審被告

(一) 投資家は自己責任の原則のもと、自らの判断と責任において投資をして利益をあげようとするものであるから、その判断の前提として投資対象となる商品の内容や特性、その他投資家が必要と考える事項について調査すべき責任は投資家自身にあり証券会社には投資家に対して商品の説明をする法的義務はない。証券会社が商品に対する説明を行っているのは、サービスであって、法律上の義務の履行としてのものではない。

(二) 原判決が判示した説明義務の範囲である①ワラントの概要②価格変動リスク③権利失効リスクについては一審被告は口頭、書面により説明している。

(1) 原判決は一審被告の従業員栗山と芦田が電話で一審原告の妻嘉寿子に説明した時間がそれぞれ、数分間あるいは一〇分足らずであると認定してその程度の電話ではワラントの説明ができるとは考えられないと認定しているが、栗山と芦田はその説明した内容を記憶しており、一般に、過去にした電話についての記憶は、そのかかった時間よりも内容について鮮明であるのであるから、時間に関する証言から説明の内容を否定することは妥当でない。又原審で提出した栗山と芦田の陳述書(甲一〇、一一)は、後に同人らの証人尋問が行われることを前提として、あらかじめ事実の概要を明かにし証人尋問を能率的に行うためにとりあえず提出した簡単なもので、重大な事実がすべて網羅されているわけではないので、そこに記載されていないからといって、同人らが、権利行使期間の説明をしていないということはできない。

(2) 一審被告の従業員藤本も充分な説明をしているにも係わらず、原判決は、一審原告夫婦が投資に慎重で老後の資金を確保しておく必要があり、本件ワラントの購入金額が一審原告夫婦にとって大きな金額であったのに、ワラントの危険性につき質問したり心配したりすることなく投資したことなどからみて藤本の説明もワラントの内容や危険性について不十分であったと認定している。しかし、一審原告夫婦は最初の取引こそ国債であったが、その後投資対象はより高い投資効率を求めて変動性の商品にその中心を移しており、昭和六二年一〇月二〇日のいわゆるブラックマンデーによる株価の急落や、その後の右肩上がりの相場も経験しているし、川崎製鉄株式、大阪瓦斯株式、関西電力株式など変動性のある株式に、二〇〇〇万円を越える投資をして損失を出したこともあり、この時期においては本件ワラントへの投資額一八〇〇万円は特別なことではなかったし、それまでの取引内容からみて、本件ワラントにつき、商品内容を理解せずに投資したということはありえない。

(3) 一審被告は、書面による説明として、原判決が認定した一審原告のトーメンワラント購入直後の「ワラント取引説明書」(乙八と同内容のもの)の他に、一審原告がトヨタ自動車ワラントを買い付けた直後に、その取引報告書を送付したが、これに「ワラント取引のご案内」(乙一四と同じもの)を同封しており、右書面にはワラントの概要、株価変動リスク、権利失効リスクについて記載していた。

(三) 本件大京ワラントについての損失は専ら価格変動リスクが現実化したことによるものであって、権利失効リスクによるものではない。すなわち、本件大京ワラントは、一審原告が購入した当時の残存権利行使期間は四年で充分あったにもかかわらず、その価格が急落したのであるが、それは、一審原告の本件大京ワラント購入直後の平成二年八月二日イラク軍がクウェートに侵攻したことにより平均株価が下落し、大京の株価も同様に下落し、これに伴って大京ワラントが株式以上に下落したものである。

したがって、仮に一審被告にワラントの権利失効リスクについて説明が足りなかったという注意義務違反があるとしても、それは一審原告の本件損失との間に因果関係はない。

第三  争点に対する判断

一  不法行為の成否について

1  本件取引の経過、ワラントの性質等及び証券取引の勧誘における証券会社等の義務並びに争点1及び3(本件ワラントの購入を勧誘したこと自体の違法及び断定的判断の提供の有無)については、原判決記載のとおりであるからこれ(一四枚目裏五行目から三〇枚目表八行目まで)を引用する。但し、次のとおり付加訂正する。

(一) 原判決二一枚目表末行の「(乙一〇)」の次に「、取引報告書とともに「ワラント取引のご案内」と題する書面を送付したという事実は、証人栗山自身が確認した事実でなく、証人嘉寿子はこれを否定していること」を、同裏一行目の次に「なお、一審被告は右の電話の時間に関し、数分間より長く、説明に充分な時間であった旨主張するが、採用できない。」を、原判決二二枚目裏三行目の次に「なお、一審被告は右の電話の時間に関し、一〇分足らずではなく説明に充分な時間であった旨主張するが、採用できない。」を、それぞれ加える。

(二) 原判決二三枚目裏九行目の次の行を改めて、「一審被告は一審原告夫婦は本件ワラント購入以前に変動性の商品の取引を行っており、また本件ワラント購入資金の一八〇〇万円はそれまでの取引額からみて特別なことではないので、一審原告夫婦、ワラントの危険性について質問もせず投資したことから藤本の説明の不足を推認することはできないと主張するが、一審原告夫婦の一審被告との取引は、当初の国債から変動性のある商品に移ってきたといっても、せいぜい株の現物取引までのことであり、委託証拠金による先物取引のような自己の投資資金が全て無に帰す可能性のあるたぐいの商品は経験しておらず、本件取引額が一審原告夫婦の財産に占める割合からみても、一審原告によって重要な投資であったことは間違いがないので、右認定は左右されない。」を加える。

(三) 原判決二八枚目表七行目の「第九号)」の次に「」」を、同二九枚目表七行目の次に「一審被告は、一審被告のワラントに関する説明は、法的義務ではなく、商品につき説明しているのは、顧客に対するサービスにすぎない旨主張するが、ワラントが一般人にとってなじみの少ない商品であり、取引に伴う危険性の高い投資商品であること、本件では、一審被告において積極的に勧誘を行ったものであることから、採用することはできない。」をそれぞれ加える。

2  争点2及び4、すなわち、一審原告に対する本件ワラント取引の勧誘、及びその際の説明に義務違反が認められるかどうかについて検討する。

以上認定事実中右争点に関する点を指摘すれば次のとおりである。

ワラントは一般人になじみの少なく、ハイリスク・ハイリターンという危険性を本来内包している商品であり、今回の投資額は千八百数十万円で一審原告にとっては非常に多額であった。一審原告は大工兼農業を職業とし、かつ言語障害があるため、その妻嘉寿子に一審被告との取引一切を任せていたが、同女も高校卒業程度の学歴をもつ者で、家事の合間に農業をしている主婦であり、昭和五六年三月の息子の死亡に伴い取得した生命保険金等の一部を原資として同年一二月に一審被告と国債等の取引をするまで投資には縁のない生活を送っていた。同女は一審被告との取引開始に際して又はその後も取引の度に老後に備えて確保するための投資であり安全である必要がある旨説明し、一審被告の担当者はこれを了承していた。そのような次第で同女の投資の姿勢は自ら情報を収集することはなく、専ら一審被告の職員の勧誘に頼る方法で売買をするという受動的なものであった。ワラント取引を始めたのは一審被告の勧誘による昭和六二年七月の取引からであり、それまではワラント取引の経験はなかった。

以上の事実に基づいて考えると、一審被告が一審原告又はその妻嘉寿子に対してワラントの購入を勧誘するに際しては、ワラントの概要を説明し、その取引の危険性についても相手方の了解の程度を見極めながら、かつ必要があれば面談のうえ、的確な情報を提供すべきである。

さらに、本件についてその具体的な説明義務の内容をみると、本件ワラントは購入時においてすでにマイナスパリティであって、その商品価値がプレミアム部分のみであり、一般人にとってその価値判断がとりわけ困難な商品であったことに照らすと、一審被告の担当者は本件ワラント取引において、少なくとも、次の四点について、一審原告又はその妻嘉寿子が理解できる程度に説明すべきであり、その理解が得られなければ、ワラントの取引をしないよう助言する義務を負うものと解せられる。

第一に、ワラントは、現実の株式とは異なるものであって、その購入金とは別途の資金を出すことにより一定額で株式を引き受けることができる権利であり、権利行使期間内に現実の株価が権利行使価格より高くなること、もしくはそうなると予想されることに価値を持つものであること、第二に、本件ワラントは購入時において現実の株式価格より高い権利行使価格のワラントであること、第三に、権利行使期間を経過するとワラントは無価値になること、第四にワラントの価格は一般的に株価に比してその数倍の値動きをすること。

3  注意義務の履行について

原判決三三枚目表五行目の「そこで」から三五枚目表末行までを引用する。但し、次のとおり付加訂正する。

(一) 原判決三三枚目表六行目の「前記二点」を「前記四点」に、同裏四行目の「ワラントの」から同五行目の「二点」までを「前記四点のうち、第一、第三、第四の点」と、同九行目の「前記二点」を「前記第三点、第四点」と、それぞれ改める。

(二) 原判決三五枚目表二行目から同三行目の「として重要な前記二点」を削除し、同七行目の「前記二点を説明することなく」を「前記四点を説明することなく、さらに、一審原告らの理解の程度を見極めることもなく、」と、同九行目の「過失も」を「過失が」とそれぞれ改める。

二  賠償すべき損害額について

原判決三五枚目裏二行目から三六枚目裏末行までを引用する。但し次のとおり付加訂正する。

1  原判決三五枚目裏三行目の次に行を改めて、

「一審被告は、本件ワラントについての損失は専ら価格変動リスクが現実化したことによるものであって、権利失効リスクによるものではなく、一審被告にワラントの権利失効リスクについて説明が足りなかったという注意義務違反があるとしても、それは一審原告の本件損失との間に因果関係はないと主張する。しかし、本件における一審被告の注意義務違反は、権利失効リスクについて説明しなかったことのみを理由とするものではなく、その点を含む前記四点について総合的説明をしなかったことが、一審原告の本件ワラント購入の意思に影響を与えたことを理由とするものであるから、右主張は失当である。」

を加える。

2  原判決三五枚目裏末行の「前記二点」を「前記第一点、第三点、第四点」と改め、三六枚目表九行目の「七割」を「三割」と、同裏一行目の「五五二万九三七五円」を「一二九〇万一八七五円」と、同五行目の「五五万円」を「一三〇万円」と、それぞれ改める。第四 以上によれば、一審原告の請求は、一審被告に対し、一四二〇万一八七五円及びこれに対する平成六年七月一二日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は棄却すべきである。よって、一審原告の本件控訴に基き原判決を変更することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官東孝行 裁判官西垣昭利 裁判官古川行男は転補のため署名押印をすることができない。裁判長裁判官東孝行)

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