大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

広島高等裁判所 昭和25年(う)362号 判決

控訴人 被告人 宮地清蔵

弁護人 早川義彦

検察官 円藤正秀関与

主文

本件控訴は之を棄却する。

理由

弁護人早川義彦提出の控訴趣意は末尾添付の別紙書面記載の通りである。

第一点

原判決は事実誤認並法令の解釈を誤つた違法があるというのであるが、労働基準法第二十四条においては何人が賃銀の支払義務者であるかは規定されていないこと所論の通りであるが、賃金の支払義務者が使用者であることは同法の全趣旨を通じて明らかである。而して同法第十条に於て「この法律で使用者とは事業主又は事業の経営担当者其の他その事業の労働者に関する事項について事業主のために行為をする、すべての者をいう」と規定されておる。然らば同法第二十四条の賃金を支払うべきものは事業主(雇傭主)又は其の法律上の代表者に限らず事実上事業の経営担当者乃至労働者に関する事項につき事業主のために行為をするすべての者を包含するものであること自明の理である。

然して被告人が事業主たる惠美須水産合資会社の有限責任社員であつてその法律上の代表者でないことは記録上明かであるが被告人が右会社の資本全額の出資者であり、又必要資金も全部同人の出金にかかり事実上被告人は其の事業経営の一切の実権を執り労働者の雇傭、賃金の支払等一切の指揮監督に当つておつたこと原判決挙示の証拠により明らかであるから、被告人が其の経営担当者として責に任ずべきものとなしたる原判決は何等事実の誤認なく又法令の解釈を誤りたる違法もない。論旨は理由がない。

第二点

原判決は量刑不当の違法があるというのであるが、被告人の本件所為が併合罪として刑法第四十八条の適用を受くる以上原判決の科刑は相当であり、且所論の如き理由をもつてこれを不当とすることはできない。論旨は理由がない。

仍て刑事訴訟法第三百九十六条により主文の通り判決する。

(裁判長判事 横山正忠 判事 秋元勇一郎 判事 高橋英明)

控訴趣意書

第一原審判決は被告人に対し罪とならざる事実を認定して刑罰を科したか、或は法令の解釈を誤つて被告人に刑罰を科した違法がある。

原審判決に摘示した犯罪事実は

尾道市土堂町二百九十七番地所在惠美須水産合資会社は鮮魚の漁撈運搬等の事業を目的として、昭和二十二年四月十九日設立されたもので(い)被告人宮地清蔵は表面上は同会社の有限責任社員に過ぎないが事実上は右設立以来同会社は同被告人経営の個人商店の如く同会社運営に関する実権を握つて同会社の経営を担当しているもの、(ろ)被告人村上節夫は右設立以来同会社の無限責任社員となり、昭和二十三年二月二十日頃より同人が同会社を退社した昭和二十四年一月十四日迄の間は同会社の漁撈部長として被告人宮地清蔵と共に同会社の経営を担当していたもの、(は)被告人小林英治郎は昭和二十四年一月二十日頃より同会社代表社員となると共に併せて被告人村上節夫退社後の同会社漁撈部長として被告人宮地清蔵と共に同会社の経営を担当して居るものであり、(に)同会社の漁撈等の為め雇入れた船員に対する給料は毎月末日払と定められて居るものであるが

(一) 被告人宮地清蔵同村上節夫は別表第一、第二記載の通り同会社の鮮魚の漁撈運搬事業のため雇入れた船員中崎佐々治郎等に支払うべき昭和二十三年十一月分及び同年十二月分の給料を各月末の期日に夫々支払いせず。

(二) 被告人宮地清蔵同小林英治郎は別表第三記載の通り同会社の鮮魚の漁撈運搬事業のため雇入れた船員中崎佐々治郎等に支払うべき昭和二十四年一月分の給料をその月末の期日に夫々支払いをしなかつたものである〈別表省略〉。

と認定し証拠として

(一) 被告人村上節夫同小林英治郎証人藤井勝同小畠喜久男の当公廷の供述の各一部

(二) 検察官行森孚作成に係る被告人三名の各供述調書を採用し労働基準法第二十四条第二項第百二十条第一号罰金等臨時措置法第二条刑法第四十五条前段第四十八条第二項第十八条(被告人村上同小林に限り同法第二十五条)刑事訴訟法第百八十一条第一項第百八十二条を適用して被告人に罰金三万円を科したのである。

依つて按ずるに

尾道市土堂町二百九十七番地に本店を有する惠美須水産合資会社が其の雇人である中崎佐々治郎等に原審判決が認定した如き賃金の支払を怠つたと云う事実は争ひのないところであるが、其の結果被告人宮地清蔵に刑罰を科すべき法律上の根拠はない。即ち、

一、原審前記事実を認定して労働基準法第二十四条第二項第百二十条第一号〈以下省略〉を適用して居るのであるが労働基準法第二十四条は賃金支払の方法乃至其の条件を規定して居る丈けである。特に同条第二項は賃金は毎月一回以上一定の期日を定めて支払はなければならない云々と規定して全く賃金支払の条件を規定しているのであつて、其の賃金を何人が支払はねばならないかは同条の規定するところではない。之は雇傭契約に因る使用者が支払うべきであることは理の当然である。

尤も労働基準法第二十五条乃至二十七条には雇傭契約の雇主に限らず所謂使用者に其の支払義務を認めて居る如くである。即ち同条に謂う使用者が同法第十条に謂う使用者と同一であると解すべきであるから事業主又は事業の経営担当者其の他其の事業の労働者に関する事項について事業主のために行為をするすべての者も同条に謂う賃金の支払義務者である。然し乍ら同法第二十四条には特に使用者は云々と規定して居ないで、却つて同法二十五条乃至二十七条には使用者は云々と規定しているのである。同条各条に謂う賃金手当は非常の場合か又は特殊な手当であるから広く支払義務者を拡張して使用者の利益を図つたものであると解すべきであつて右各条の例外的な規定から平常の賃金支払の条件を規定している同法第二十四条の賃金支払義務者を拡張すべきでないことは勿論であつて、本件の場合賃金の支払義務者は惠美須水産合資会社であつて、其の業務を遂行する無限責任社員たる村上節夫、小畠喜久男、小林英治郎等が其の責任を負はねばならないものである。

飜つて被告人の立場を考察するに惠美須水産合資会社は被告人が従来から経営していた一誠商事会社の傘下に属する会社で被告人が同会社に多額な投資をして居た関係から同会社の経営に相当強力なる影響を与えて居たことは各証拠に徴して争えない事実であろう。原審判決が同会社運営に関する実権を握つて同会社の経営を担当して居たと認定したのである。然し右実権は事実上の問題であつて法律上に於て特権を認められて居るものでもない。特に定款に徴しても特殊な規定はないのである。

却つて弁護人提出の証拠(職制略図)によれば顧問たる地位に在つた已ならず、被告人が先々代より継承している油類販売の宮地商店の営業主であつて一誠傘下の各会社の総合的運営は当時総務部長がその実権を握つて居たものである。仮りに原審が認定する如く事実上実権を握つて居たとしても被告人が本件会社の業務執行社員でないのであるから賃金支払の業務を遂行すべき法律上の責任はない。

二、法律上賃金支払義務者でない被告人に労働基準法第二十四条同第百二十条一号の犯罪が成立するか否かを按ずるに

(1)  原審判決は相被告人村上節夫同小林英次郎と共謀して本件賃金の不払を遂行したものと認めて居ない事は検察官の起訴が被告人が相被告人と共謀して本件犯罪を遂行したと謂うに拘らず判決理由中に特に共謀を認定して居ない点から明かである。

(2)  結局本件会社の経営に事実上の実権を握つている観点から労働基準法第二十四条違反に間擬したと解せざるを得ないのである。

然し乍ら同条の賃金不払の犯罪は所謂純正不作為犯であつて同条の犯罪が成立するには所謂作為義務負う者でなければならないことは判例学説の一致するところである。而して其の作為義務は法律上の作為義務又は法律に規定なく公共の秩序、善良の風俗に徴して作為義務の認められる場合は法律上の義務ありとする如くである。然し乍ら明かに法律上の義務履行者が存在して居て然も法律的に之が処置を構ぜんとすれば不可能でない場合に事実上其の犯罪の成立に影響を及ぼしたとしても刑罰の責任を負担さすべきでないと解すべきである。

特別法令に於ける処罰は特に法律が規定して居る者に限らるべきで多少の不都合があつても、法律が対照として予定しない者に及ぶべきでない。労働基準法第百二十条は同法第二十四条に違反した者と規定し、同法第二十四条は特に使用者の文言を使用して居ない点から考察すれば、同条の法律上の義務履行者のみに限るべきであると解すべきであつて、徳義上不都合があるからとして刑罰を科する法意ではないと思料するのである。

敍上の如く原審は労働基準法第二十四条の解釈を誤つて被告人の罪を認定したが、被告人の罪とならざる事実に刑罰を科したか何れかの違法があり、原審判決は破棄を免れない。

第二、仮りに原審判決の如く本件犯罪事実が認められるとしても原審判決の科刑は重きに失する。

即ち原審判決は前記犯罪事実を認定し、罰金三万円に処したのであるが、

(1)  現在の資本主義経済の下に於て資本の投資者が会社の事業の経営に影響力を持つ事は止むを得ないところであり現に直接、間接に又は婉曲に影響を与えて居る投資者の所在は枚挙に遑ない事例である。被告人は惠美須水産合資会社の資本の大半を投して居た者であるから経営に至大なる発言をして居たことは人情上止むを得ないところである。

当時会社は多額の欠損をして全く破産の状態であつた。且つ被告人の経営する一誠傘下の各会社も一様に欠損の状態であつて、全く被告人が資金的に困却して居た当時であつた。

(2)  本件が起訴されて後に於て会社を閉鎖することにして其の資材を売却して不払であつた賃銀の支払を完了して居るのである。会社が自らを殺して滞つて居た賃銀の支払を先ず完済したのである。元来賃銀の問題は民事法上の問題であつて之に刑罰を以て臨むことは出来る丈さくべき事柄である。本件も起訴前に支払を完了したならば、おそらく起訴猶予された事案であると信ずる。当時何んとか会社の再建を考慮して居たが為めに其の支払が遅延して居たのである。

(3)  被告人は原審の公判に出頭しなかつた為め改悛の情なき様に観察を受ける虞があるが、被告人は本件が起訴された当時被告人経営の全般の事業が何れも欠損状態で之を苦慮して遂に病気に倒れ遂に出廷出来なかつたものである。

右の如くであるから、充分之等を斟酌して科刑をなすべきであるのに之等の斟酌をしないで被告人を三万円の罰金に処したのは甚だ重きに失するものと確信するもので原審判決は破棄を免れないと思料致します。

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com