大判例

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広島高等裁判所 昭和63年(ラ)70号 決定

抗告人 広田トミ子 外2名

主文

一  原審判を取り消す。

二  本件を広島家庭裁判所に差し戻す。

理由

一  本件即時抗告の趣旨と理由は別紙のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  民法915条1項所定の熟慮期間は、原則として、相続人が相続開始の原因となる事実及びこれにより自己が法律上相続人となつた事実を知つた時から起算すべきものであるが、相続人が、右各事実を知つた場合であつても、右各事実を知つた時から3か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかつたのが、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状況その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があつて、相続人において右のように信ずるについて相当な理由があると認められるときには、相続人が前記各事実を知つた時から熟慮期間を起算すべきであるとすることは相当でないものというべきであり、熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべかりし時から起算すべきものと解するのが相当である(最判昭和59・4・27民集38巻6号698頁参照)。

2  記録によれば、亡富岡明(以下「亡明」という。)は、昭和63年1月24日死亡し、その妻の抗告人富岡アヤ子(昭和3年3月3日生、以下「抗告人アヤ子」という。)、その長女の抗告人中原こずえ(昭和23年10月24日生、以下「抗告人こずえ」という。)及びその長男の抗告人富岡修(昭和25年10月1日生、以下「抗告人修」という。)が相続人となつたこと、ところで、抗告人アヤ子は、昭和23年8月31日亡明と婚姻し、抗告人こずえと抗告人修を生んだが、亡明が他の女性と関係をもつて、その間に子供まで設けたため、昭和28年ころ、子供らを連れて実家の宮崎に帰り、以来別居状態が続いたこと、その後、昭和32、3年ころ、亡明が心を入れ替えるというので、○○市内の亡明の実家に帰つたが、その間も亡明は他所に住んで、別居状態が続き、抗告人アヤ子は数か月後に子供らを連れて○○市○○○町に転居したこと、それ以降亡明の死亡するまでの間、抗告人らは、亡明の母サキヨの葬式の時1度会つただけであつて、亡明との間の交渉は全くなかつたこと、抗告人こずえと抗告人修は亡明の死亡当日亡明の実家にいる川口和子からその知らせを受け、抗告人アヤ子も当日長女の抗告人こずえから亡明の死亡を知らされたこと、亡明の葬式は亡明と同棲していた西克子が喪主となつてとり行われ、抗告人らも葬式に出席したが、右西らから亡明の資産や負債について全く話はなかつたこと、抗告人らは、当時亡明に資産や負債があるとは思つていなかつたこと、その後昭和63年6月7日、抗告人らは、○○県信用保証協会から亡明の債務の通知を受けて初めて亡明に約570万円位の債務があることを知つたこと、抗告人らは、右通知を受けた後亡サキヨ名義の不動産があるのではないかと思つて調査したが、その不動産は亡明の弟の妻である富岡あきこ名義になつていることが分かつたこと、抗告人らは、昭和63年6月20日広島家庭裁判所に相続放棄の申述をしたことが認められる。

右認定事実によれば、抗告人らは、亡明の死亡の事実及びこれにより自己が相続人となつたことを知つた昭和63年1月24日当時、亡明の相続財産が全く存在しないと信じ、そのためにその時から起算して3か月以内に相続放棄の申述をしなかつたものであつて、しかも○○県信用保証協会からの通知により債務の存在を知るまでの間、これを認識することが著しく困難であつて、相続財産が全く存在しないと信ずるについて相当な理由があると認められるから、民法915条1項本文の熟慮期間は、抗告人らが○○県信用保証協会に対する債務の存在を認識した昭和63年6月7日から起算されるものと解すべきであり、したがつて、抗告人らが同月20日にした本件相続放棄の申述は、熟慮期間内に適法にされたものであるというべきである。

3  よつて、抗告人らの本件相続放棄の申述を却下した原審判は失当であるから、これを取り消し、さらに調査、審理する必要はないものの、本件相続放棄の申述を受理させる必要があるので、本件を原裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 中村捷三 裁判官 高木積夫 池田克俊)

抗告の趣旨

原審判を取り消し、本件を広島家庭裁判所に差戻すとの裁判を求めます。

抗告の実情

1 抗告人らは被相続人とは、35年前より死亡する日まで生活を共にしたことはありません。戸籍の上では、夫であり、父であることが、そのまま継続されてきておりましたので、世間一般の常識では、同市内に居住していながら、何ひとつ生活費や養育費をもらわずに生活してきたと言っても考えられないことかも知れませんが事実です。

被相続人の財産については、長い年月を別々に暮し会って話すことも、全くといっていいほど無かったのですからわかるはずがありません。抗告人らは被相続人に相続財産は全く存在しないと信じておりました。よって、相続放棄をする必要はないと思ったのです。

抗告人らの審問の結果、「被相続人が死亡した昭和63年1月24日当時不動産を所有していた事実を知っていた」とありますが、被相続人の所有する不動産は当時も、それ以前も全くありません。

2 以上の事実により民法915条1項所定の期間は同年6月7日から起算すべきであるを不適法と認めた原審判は不当です。

3 よって抗告の趣旨どおりの裁判を求めるためこの申し立てをします。

参照 原審(広島家 昭63(家)984号、985号、986号 昭63.9.2審判)

主文

申述人らの相続放棄の申述を却下する。

理由

申述人富岡アヤ子の夫であり、申述人中原こずえ及び同富岡修の父である被相続人が昭和63年1月24日に死亡し、申述人らがその相続人となったことは、戸籍謄本の記載によって明らかである。ところで、申述人らは本件相続放棄申述書において、相続の開始を知った日を同年6月7日と記載している。しかしながら、本件記録並びに当裁判所の申述人富岡アヤ子及び同中原こずえ審問の各結果によると、成程○○県信用保証協会から被相続人の債務の支払について相談したい旨の書面が申述人らに到達したのは、この同年6月7日であるが、申述人らは被相続人死亡の当日に既に被相続人死亡の事実及び自己らに相続権がある事実を、知っていたことが認められる。それ故、申述人らはいずれも同年1月24日に自己のために相続が開始したことを知ったものであるといわなくてはならない。そうすると、申述人らが本件申述書を提出した同年6月20日までに、既に3か月の法定期問が経過していることが明白である。

なお、仮に申述人らが3か月以内に相続放棄をしなかったのが、申述人らが被相続人に相院財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、このように信ずるについて相当な理由がある場合には、民法915条1項所定の期間は同年6月7日から起算されるべきである(最高裁判所第2小法廷昭和59年4月27日判決、民集38巻6号698頁参照。)が、前叙申述人富岡アヤ子及び同中原こずえ審問の各結果によると、同申述人らは相続が開始した昭和63年1月24日当時被相続人が不動産を所有している事実を知っていたことが認められ、又、申述人富岡修についても事情は同様であったと推認されるから、本件においては民法915条1項所定の期間は、やはり同日から起算されるべきである。

よって、当裁判所は、本件申述を不適法と認め、主文のとおり審判する。

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