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広島高等裁判所岡山支部 昭和31年(う)43号 判決

控訴人

被告人 目黒次郎 外一四名

弁護人

名和駿吉 外一名

検察官

友沢保

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

控訴の趣意は弁護人名和駿吉提出の控訴趣意書及び控訴趣意書補充書並びに弁護人平岡義雄提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

弁護人名和駿吉の控訴趣意書第一点、弁護人平岡義雄の控訴趣意第二点、第四点について。

勤労者の労働条件を適正に推持しこれを改善することは、勤労者自身に対し途を開くばかりでなく、その勤労意慾を高め産業の興隆に寄与する所以である。しかし勤労者がその労働条件を適正に維持改善しようとしても、個別的にその使用者である企業者に対立していたのでは、一般に企業者の有する経済的実力に圧倒せられ対等の立場において、その利益を主張し、これを貫徹することは困難なのである。であるから勤労者は公共の福社に反しない限度で、多数団結して労働組合を結成し、その団結の威力を利用し必要な団体行動をすることによつて適正な労働条件の維持改善を計らなければならない必要があるのである。憲法第二十八条はこの趣旨で、企業者対勤労者すなわち使用者対被使用者というような関係に立つ者の間において、経済上の弱者である勤労者のために団結権を保障したものに外ならないのである。しかし労働組合法第一条第二項でも労働組合の団体交渉その他の行為について、無条件に刑法第三十五条の適用があることを規定しているのではないのであつて、唯、労働組合法制定の目的達成のために、すなわち、団結権の保障及び団体交渉権の保護助成によつて勤労者の地位の向上を図り経済の興隆に寄与せんがためにした正当行為についてのみこれが適用を認めているに過ぎないのである。従つて勤労者の団体交渉においても、刑法所定の脅迫罪等に該る所為があつた場合、常に必ず刑法第三十五条の適用があり、かような行為のすべてが正当化せられるものと解することはできないのである。したがつて団体交渉においても脅迫罪等に該る所為があつた場合はその相手方が使用者であると第三者であるとを問わず刑法第三十五条の適用はないのであるから所論は採用できない。

同控訴趣意第二点の一、弁護人平岡義雄の控訴趣意第一のその二について。

原判決挙示の証拠を綜合すれば原判示のように被告人等はその所属の労働組合員百数十名とともに全国繊維産業労働組合同盟(全繊同盟)の指令及び所属組合の斗争委員会の決議にもとずいて、昭和二十六年十二月二十一日午前十時頃、被告人目黒次郎の先導で一団となつて判示相賀文之介方に赴いて、相呼応して分担して文之介方の玄関の表札、玄関東側の枝折戸その両側の板塀、家の周囲の土塀等に速かに所属の労働組合の賃金引上の要求を受け入れることを求める等と墨書した古新聞紙半頁ないし四分の一頁大のビラ数十枚を糊で貼りつけたのであるから該部分の外観を著しく害して右の物の本来の効用を減少させたことは明らかであるから刑法に謂う損壊に該り、また被告人等の右の所為は全繊同盟の指令と被告人等所属組合の斗争委員会の決議にもとずいて被告人目黒次郎の先導で一団となつて相賀文之介方に赴いて相呼応して分担しての所為であつて所論のように上からの指令で機械的に行つたものでもなく、また、被告人等はかような所為に出た以上は、仮令かような所為が謂うところの損壊に該るものであることを知らなかつたとしても、それは単なる法の不知に過ぎないものであつて、犯罪構成に必要な事実の認識に何等欠くるところがないから犯意があつたものと認むるに妨げない。したがつて所論は採用できない。

同第二点の二、弁護人平岡義雄の控訴趣意第一のその三について。

論旨は被告人等の相賀辰野に対する所為は如何なる害悪を通告したか、また、通告の内容が如何なる具体性をもつていたか判明せずその害悪の通知も実現性をもたないもので脅迫罪を構成せず、共謀の点も認め得ないと主張するのであるが脅迫罪の本質は個人の法律的平穏を侵害することで、したがつてその法益は個人が違法な外部的影響から保護されていることの意識すなわち法律的安定の意識であると解すべきであつて、また、脅迫とは相手方をして畏怖せしめる意思をもつて、相手方又はその親族の生命、自由、名誉、財産に対する害悪を加うべきことを通告することを謂い、相手方及びその親族以外の第三者の右列記の各法益に対する害悪、または、相手方及びその親族の右列記以外の法益に対する害悪の通告は脅迫罪を構成しないし、右列記の法益に対し害悪を加うべきことを通告しそれが普通人の心理において畏怖心を生ぜしめるに足る以上は、相手方が畏怖心を生ぜしめなくとも脅迫罪は成立するのである。原判決は被告人等の所属組合は昭和二十六年八月頃から賃金引上の要求をして会社と団体交渉を続け、その後これが交渉の権限を全繊同盟に委任して交渉を続けたが十二月六日交渉が決裂したため、組合は全繊同盟の指令にもとずいて同日から同盟罷業に入つたが争議解決の見込がたたないので、その打開策として会社の取締役で織物部長及び上伊福工場長である相賀文之介方に赴いて同人の妻に面会し争議解決への協力方を陳情し併せて同人方に陳情ビラを貼ることを決議して、文之介方に赴いて判示のようにビラを貼り文之介の妻豊喜野が在宅していたが被告人等との面接を怖れて、隠れていたのに憤慨し同家の内外を囲み応接に出た文之介の母辰野に対し執拗に豊喜野との面会を要求し、こもごも辰野に対し悪口雑言して騒ぎ立てたことを認定し、右の事実はその挙示の証拠で認められるから被告人等の百数十名の言動は相手方に対し多数の威力を背景として言動矯激に出て辰野の名誉、住居の安全等に危害を加えるかも知れないような気勢を示して同女を脅迫したものであつて、たとえ右の害悪を辰野に発生せしめる真意に出たこと、もしくは、害悪の通告により辰野を畏怖せしめなかつたとしても脅迫罪の成立を妨げない。論旨は採用できない。

同第二点の三について。

住居侵入罪は、現に平穏にその住居において生活している人の安寧を保護することを目的とするものであるから住居者又は看守者の意思に反して侵入するときは侵入罪は成立するのであるが被告人平松香代子等は判示のように豊喜野に面会を求めるため他の約二十名と共に互いに意思相通じて辰野の制止をも排して相前後して住居の平穏を害するような態様で枝折戸を排して中庭に立ち入つたのであるから住居侵入罪は成立することは明らかであるから論旨は理由がない。

弁護人平岡義雄の控訴趣意第一点のその一について。

原審判決が被告人等は応待に出ていた文之介の母辰野に対し執拗に豊喜野との面会を要求しながら交々悪口罵言を口にして騒ぎ立て、なおその際、被告人平松香代子、浜田ノブ子、今城隼子、川上サガミ、吉田純子は、あくまで豊喜野との面会の目的を達すべく、他の一部の労働組合員約二十名と共に、共謀の上、右辰野の制止を排し相前後して同家玄関東側の枝折戸から広さ約十坪の同家中庭に立ち入つて不法に邸宅内に侵入したことは所論の通りであつて右の事実はその挙示する証拠によつて認められ住居侵入の罪は、故なく人の住居又は人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し又は要求を受けて、その場所から退去しないことによつて成立するものであつて、被告人等は判示のように豊喜野に面会を求めるため他の約二十名と共に互に意思相通じて住居の平穏を害するやうな態様で中庭に立ち入つたことは住居者の辰野等の意思に反し制止するのを排して立ち入つたのであるから、被告人等の所為は、いわゆる故なく辰野等の住居に侵入したことに該ることは明らかであり住居侵入の罪は前説示のように現に平穏に、その住居において生活をしている人の安寧を保護することを目的とするものであつてその家屋の管理権が誰に帰属するかはこれを問わない。住居者の意思に反して立ち入る場合は侵入になるものと解すべきである。所論は原審の採用した証人相賀辰野の証言について原審と相容れない見解に立つて原判決の事実認定を非難するのであるが原審の採証には経験則に反する点はないから論旨は採用できない。

弁護人平岡義雄の控訴趣意第三点について。

被告人等が所属組合員等と共に判示相賀文之介方に赴くに際しては全繊同盟の幹部又は所属組合の最高の責任者等が指揮者として先に赴く予定であつたが当日はかような者は一人も参加せず、また、所属組合の斗争委員会が全繊同盟からの指令にもとづいて陳情等をするに際しては合法的な手段をとるという態度を確認したことは看取することはできるのではあるが判示のような所為をさけ、他の適法な所為に出ることは何人にとつても期待する可能性がなかつたとは認められないから所論は採用できない。

同第五点について。

記録に現れた諸般の情状を検討すると所論の諸事情を酌んでも原審の量刑は必ずしも重きに過ぎるものとは認めることができない。論旨は採用できない。

よつて刑事訴訟法第三九六条に則り本件各控訴を棄却する。

(裁判長判事 有地平三 判事 高橋雄一 判事 菅納新太郎)

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