大判例

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広島高等裁判所岡山支部 昭和61年(ラ)34号 決定

抗告人

中尾泉

右代理人弁護士

山脇章成

相手方

中尾敏太

第三債務者

公立学校共済組合

右代表者理事長

安養寺重夫

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨及び理由は別紙執行抗告状記載のとおりである。

二当裁判所の判断

1  抗告理由1(民事執行法一五二条の規定が設けられたことにより地方公務員等共済組合法五一条は右規定の趣旨に副い改めて解すべきであるとの主張)について

民事執行法一五二条一項二号が、その支払期に受けるべき給付の四分の三に相当する部分につき差押を禁止している債権は、給料、賃金、俸給、退職年金及び賞与並びにこれらの性質を有する「給与に係る債権」であつて、そして、右給与に係る債権とは、雇用関係から生ずる給与債権であつて、その雇用関係上の勤労の対価(報酬)たる性質を有するものと解される。したがつて、右同号所定の「退職年金」とは、本質的には右雇用関係の終了に伴い支給される退職金の一種であつて、その支給方法が年金的に給付されるような場合を意味するものと解され、給与債権たる本質を失わないものである。ところが、地方公務員等共済組合法(以下「地公共済法」という)五一条でその差押を禁止している「退職年金」(同法七四条一号、七八条)は、いわば保険給付たる長期給付の一種であり、相互救済による社会福祉の一環としての共済制度により地方公務員の老後(六〇才以後)の生活の安定を計るべく右共済組合員各自の掛金の負担等により認められている債権であつて、その用語は同じであつても前記民事執行法一五二条一項二号にいう給与たる性質を有する「退職年金」とはその性格を大きく異にするものといえる。民事執行法一五二条は従来種々問題点のあつた旧民事訴訟法六一八条の差押禁止債権の内容を理論的に整理して前記のごとく明確にしたものと解される。したがつて、民事執行法一五二条の規定が新たに施行されることにより、地公共済法五一条の解釈が影響を受けるものとは解されず、同法に基づく「退職年金」債権は、右同条により全面的に差押を禁止されるものといわざるを得ない。よつて、抗告人の前記主張は採用できない。

2  同2(民事執行法五一条は憲法一四条一項に違反するとの主張)について

しかしながら、地公共済法所定の「退職年金」の性質は前叙のとおりで、従前の公務員の恩給制度も共済制度に移行してその性格を大きく変容してきているものであるうえ、右と同様の制度は、民間企業の労働者に対しては厚生年金法に基づく保険給付としての老齢年金(六〇才以降支給)として、また、その他の自営業者や農業経営者等に対しては国民年金法に基づく老齢年金(六五才以降支給)として、それぞれ定められているのであり、しかも、これらはいずれも地公共済法五一条と同様に一部の例外を除きその差押はすべて禁止されている(厚生年金保険法四一条一項、国民年金法二四条)のであり、たしかに、右各退職年金、老齢年金制度は、特にその費用負担等の面で全く同内容のものとはいえないが、本質的には同質のものというべく、これら前記特性を有する債権を他の債権と区別して前記のごとき内容の保護を与えることには、それなりに十分合理的な理由があるものというべきで、そのことにより、特に地公共済法に定める退職年金のみが優遇され、法の下の平等に反する結果となつているものということはできない。抗告人の前記主張も採用できない。

3  同3(婚姻費用分担請求債権は、請求債権として特別に扱われるべきであるとの主張)について

たしかに、退職年金は退職者本人とともにその家族の生活の安定と福祉の向上を計るためのものであり、特に、夫の給与収入のみによつて生活していた夫婦間において、夫の退職後は妻もその大方を夫の退職年金に依存して生活せざるを得ない状況となるもので、このような場合の妻からの婚姻費用分担請求債権の行使を考えた場合、右債権による強制執行についても、右退職年金を全面的に差押禁止とすることの立法的な当否は問題なしとしないであろう。しかしながら、地公共済法も右退職年金等につき、国税滞納処分により差し押える場合はこの限りでない(地公共済法五一条、厚生年金保険法四一条一項、国民年金法二四条各ただし書)として右例外を明文の規定をもつて定めているのであり、そのうえ、婚姻費用分担請求債権による執行の場合、右退職年金もその受給者が一旦給付を受けた後においては差押可能であり、また、もとより右退職年金以外の夫の財産についての執行も可能であつて(記録によれば、抗告人は現に相手方の退職手当を仮差押していることが認められる。)これらを考慮するとき、右婚姻費用分担請求債権による執行の場合についても、右退職年金債権がすべて差押禁止とされることが著しく不合理であるともいえず、前記明文の規定に反してまで右差押が可能と解することはできず、右の請求債権による場合であつても、右退職年金は差し押えることができないものと解釈するほかないというべきである。したがつて、抗告人の右主張も理由がない。

以上のとおりであつて、抗告理由はすべて理由がなく、原決定は相当であるから、本件抗告を棄却し、抗告費用を抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官渡辺伸平 裁判官浅田登美子 裁判官廣田 聰)

別紙 抗告の趣旨

岡山地方裁判所が昭和六一年一二月八日にした債権差押命令申立を却下する旨の決定を取り消す。

との裁判を求める。

抗告の理由

前記決定に対する不服理由はつぎのとおりである。

一 新民事執行法一五二条において「退職年金の性質を有する給与に係る債権」と定めた以上、地方公務員共済組合法五一条等が旧民事訴訟法第六一八条第二項との関係では特別法に該当するという理由のみで旧法時の解釈を維持するわけにはいかなくなっている。

即ち、民事執行法一五一条は旧法時とは明らかに異なる定め方をしており、退職年金の性質を有する給与に係る債権の差押禁止の範囲が原則として四分の三というように明記されたのであるから、この時点において恩給法、第一一条三項国家公務員等共済組合法第四九条地方公務員法第五一条、厚生年金組合法第四一条、その他特別法による差押禁止規定は当然に改正されなければならなかったものを、立法段階においてうっかりと見過ごされたものに過ぎない。旧法当時のように既存の他の法令による差押禁止規定がすべて特別法として民事執行法一五二条に優先適用されると解するならば、新民事執行法一五二条二号の「退職年金の性質を有する給与に係る債権」というのは、ほゞ空文に近い規定ということにならざるをえない。

この点に関し、原審決定は判旨(1)において「退職年金の性質を有する給与に係る債権」には、文理上地方公務員共済組合法等に定める退職年金も含まれるとされるが、これらはそれぞれの法律において差押えが禁止されているので、実質的には法定のものでない退職年金、例えば株式会社の内規に基づく退職年金のようなものが民事執行法一五二条一項二号の「退職年金の性質を有する給与に係る債権」に該当すると解さざるを得ない。としている。しかしながら、株式会社の内規に基づく退職年金のようなものというのは事実上存しない程、厚生年金保険法に基づく厚生年金制度が普及しており、特に上場企業などにおいて判示のような内規に基づく退職年金というようなものはあり得ない。従って、判旨(1)のような解釈をとる限り、新民事執行法一五二条一項二号は殆ど空文に等しいと断言せざるを得ないし、また、何故かゝる空文に等しい規定をわざわざ新民事執行法が規定したか、その理由づけに困窮せざるを得ない。

二 仮に百歩譲って、判旨(1)に示すように新民事執行法第一五二条二項の退職手当及びその性質を有する給与に係る債権(これは同法第一項二号の退職年金の性質を有する給与に係る債権等を受けて規定されていることは文理上からも明白である。)というのが、判旨(1)で示されているように株式会社の内規に基づく退職年金のようなものを指すと解さざるを得ないとすると、これは明白に憲法第一四条一項の平等原則に反する解釈と断定せざるを得ない。何故なれば国家公務員、地方公務員或は公共企業体職員及び厚生年金保険法に基づく厚生年金受給権を与えられている大企業の社員等つまり一般的に言えば比較的恵まれた職業についていた者及びその年金取得者がそれ以外の者が退職年金の性質を有する給与に係る債権の四分の一を差し押さえられるのに比して各種特別法によって全面的差押禁止の規定の恩恵を受けることとなり、必要以上に優遇されることを是認するになる。果たして現在の共済年金受給者や厚生年金受給者が既存の法律を盾にとって、債務名義を有する債権者に対して年金給付の全額を享受する排他的権利(特権)を有すると解さねばならない積極的・合理的根拠を有するであろうか。この点に関し原審決定判示(2)は地方公務員の退職年金は地公共済法第一条所定の地方公務員の生活の安定と福祉の向上に寄与するとともに公務の能率的運営に資することを目的に設けられた地方公務員の掛金による相互救済の給付であって、同法五一条の差押禁止規定は、上記目的に則って設けられた合理的特則であって、同法等の特別の適用を受けないものに比して著しく不合理な取り扱いをするものとは認められないと結論づけている。私は地公法一条所定の目的を否定するものではないが、退職年金は判示のような純然たる地方公務員の掛金による相互救済ではなく、当然二分の一の割合による地方公共団体の補助の上に成り立っているものであるし、同法五一条の差押禁止規定は前記主張のように極めて地方公務員の特権を認める著しく不合理な差別的取り扱いであり、憲法第一四条第一項の平等の原則に反することは明白であると思料する。実際的に勘案しても、地公共済法等による年金受給者は今後ますます増加の傾向をたどるし、働き盛りの給与所得者の負担の上で年金受給者がその恩恵を蒙るという賦課方式に変わっていくことは公知の事実であり、働き盛りの給与所得者層よりもむしろ経済的に安定した生活すら保障されるという逆転現象も起こりかねない程の大きな問題を抱えている。こうした状況の中で、年金受給者といえども債務者である以上法律の弁済義務は明らかであり、給付全額の差押を禁止するには、より合理的且つ実質的な正当化の理由が必要である。判旨はその合理的且つ実質的な正当性を何ら示すことなく憲法第一四条一項の平等の原則に反することはないと結論づけている。

三 (婚姻費用分担金について)

本件退職年金差押事件の経過については、原決定別紙三準備書面のとおりであるので、これをそのまま引用するにとどめる。たゞ公務員等の受給する退職年金は当該公務員と家族との生活の維持のために支給されたものであって、一旦夫婦関係が破綻したからといって直ちに公務員本人の生活維持のためのみを目的として当該公務員が排他的に受給権を独り占め出来るとし、三〇年余り苦楽を共にして来た妻である債権者を一般債権者と同視することは全く合理的根拠を欠くと言わなければならない。旧恩給法当時は恩給法の差押禁止規定が旧民事訴訟法六一八条第二項に優先適用されるとして一般債権者の差押えを認めないのが通説判例の立場であったが、その旧法当時ですら別居中の妻が夫婦の扶助協力事件の審判調書を債務名義として扶養請求権を請求債権とする場合には夫の恩給は旧民訴法六一八条第二項の制限内において差押えが許されるとした判例がある。(仙台地裁昭和四三年(ヲ)第四五七号執行方法に関する異議事件昭和四四年二月六日却下決定)いわんや新民事執行法のもとにおいて妻の婚姻費用分担請求権を請求債権として夫の退職年金を差押え得ることは法形式上からも実質的民法上の公平の大原則からも当限是認されて然るべきである。そうでないと30年来苦楽を共にして来た妻の立場は一体どのようにして救済されるのであろうか。原審決定は早急に取消さるべき性質のものである。

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