大判例

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徳島地方裁判所 昭和50年(ヨ)23号 決定

申請人 池村明美

〈ほか一九名〉

右申請人ら訴訟代理人弁護士 林伸豪

右訴訟復代理人弁護士 枝川哲

被申請人 徳島ゴール工業株式会社

右代表者代表取締役 荒瀬清

右訴訟代理人弁護士 隅田勝巳

主文

1  被申請人が昭和四九年一〇月二八日申請人らに対してなした解雇の意思表示の効力を昭和五一年六月三〇日までの間停止する。

2  被申請人は、申請人らそれぞれに対し、昭和五〇年七月一日から昭和五一年六月三〇日までの間、毎月末日限り、別紙当事者目録⑩請求認容額欄記載の各金員(右金額から税金、社会保険料など法定控除金を控除すること)を仮に支払え。

3  申請人らのその余の申請を却下する。

4  申請費用は被申請人の負担とする。

理由

(当事者の求めた裁判)

一  申請の趣旨

1  被申請人は、申請人らを、被申請人会社の従業員として仮に取扱え。

2  被申請人は、申請人らに対し、別紙当事者目録⑧累計欄記載の各金員を仮に支払え。

3  被申請人は、申請人らに対し、昭和五〇年三月末日から、毎月末日限り、別紙当事者目録⑤給与欄記載の各金員を仮に支払え。

4  申請費用は被申請人の負担とする。

二  申請の趣旨に対する答弁

1  申請人らの申請を却下する。

2  申請費用は申請人らの負担とする。

(当裁判所の判断)

第一被保全権利

一  当事者間に争いない事実

1 当事者

申請人らは、別紙当事者目録⑨入社年月日欄記載の日に、申請外ゴール工業株式会社に従業員として雇傭され、同社徳島工場に勤務していたが、同工場が昭和四六年一一月一日ゴール工業株式会社から分離され、これを母体として別法人形式の被申請人徳島ゴール工業株式会社が設立されたので、ひきつづき同一の労働条件で、被申請人会社従業員として勤務していた。

2 本件解雇

被申請人は、昭和四九年一〇月二八日、申請人ら二〇名及び申請外二一名の計四一名の従業員に対し、「今般会社は企業存続のため止むを得ず人員の削減を行なわなければならない状態となりました。ついては会社が組合及び掲示板に提示した基準に該当しますので、昭和四九年一〇月三一日付をもって解雇します。」との解雇の意思表示をした(以下本件解雇という)。

3 組合の不同意

本件解雇は、被申請人会社従業員で組織され申請人らが所属する総評全国金属労働組合徳島地方本部ゴール工業支部(以下組合という)の同意を得ないで行なわれた。

二  本件解雇の効力

申請人らが本件解雇の無効事由として主張する内容は多岐にわたるが、まず、申請人らは、組合と被申請人との間において昭和四六年一二月七日付で会社が人員整理等を行なう際には組合の同意を得ることを要する旨の人事同意約款が締結されているところ、前示のとおり本件解雇は組合の同意なくして強行されたものであるから、右同意約款に違反して無効であると主張する。一方、被申請人は、右約款の締結の事実を否認し、さらに、仮定抗弁として、右人事同意約款は組合の強迫によって締結されたものであるから、会社は翌一二月八日付で組合に対し取消の意思表示をなした旨を主張するので、まず、右解雇の無効事由について検討する。

1 人事同意約款の成否について

≪証拠省略≫を総合すると、昭和四六年一一月、年末一時金の交渉中、被申請人は組合に対し、受注の悪化を理由に、当時の従業員一四四名中七二名の希望退職者を募集する旨の合理化案を提案したこと、組合はこれに強く反対したが、被申請人はその頃各従業員宅に同年一二月七日から同月一七日までの間希望退職を募る旨の手紙を発送し、かつ同月七日正午ごろ社内に希望退職を募る旨を掲示したこと、組合はこれに抗議して同日午後、時限ストを行うとともに、会社に団体交渉を申し入れ、被申請人会社代表取締役玉置光男ら出席のもとに右人員整理に関し団体交渉を行ったこと、その結果、会社側は組合の主張を受け入れて右希望退職案を撤回し、労使間において右団体交渉による合意の内容を書面に作成した覚書が作成されたこと、右覚書には、組合の要求によってその第二項に「今後会社運営に関する合理化対策(人員整理等)については組合と協議し組合の同意を得るものとする」との条項が付加されたこと、右覚書には組合代表者として総評全国金属労働組合ゴール工業支部執行委員長池村明美、被申請人代表者として当時の代表取締役玉置光男の両名がそれぞれ署名、押印をなしたことが疎明される。

以上の疎明された事実によれば、組合と被申請人間において、昭和四六年一二月七日、会社が人員整理を行うにあたっては組合の同意を要する旨のいわゆる人事同意約款が労働協約としての効力を有するものとして締結されたものと認めることができる。

2 強迫を理由とする右同意約款の取消について

右に説示のとおり、本件人事同意約款は希望退職案が社内に掲示された当日の団体交渉において作成されたものであるが、≪証拠省略≫を総合すると、会社が同日正午ごろ希望退職案を掲示したところ、組合側は同日午後三時一〇分より前記時限ストに突入して、会社提案に抗議する一方、会社側に急遽団体交渉の開催を要求して会社応接室に押しかけ、数時間にわたる団体交渉の後、その日の夕方すぎに前記覚書が作成されたこと、その団体交渉の場所には被申請人側は玉置代表取締役、江見取締役及び原田工場長の三名のみが列席したのに対し、組合側は組合役員及び傍聴の組合員を合わせて三〇名ぐらいが立会い、他に応接室の廊下及び応接室前の空地に一〇〇名近い多数の組合員が待機していたこと、団体交渉は希望退職者募集の合理化案の即時撤回を求める組合の強い反発にあってとかく喧騒になりがちな雰囲気の中で行なわれ、組合員の中には会社側の態度に立腹し罵声を浴びせて詰問するものもいたが、それでも交渉の過程で具体的な暴行行為又は脅迫行為あるいは威迫的言辞がなされたわけではないことが疎明される。右疎明された事実によれば、前記覚書作成の過程において会社側にある程度の心理的圧迫が生じたことは否定できないけれども、組合員が違法に害悪を告知して畏怖を生じさせる行為をしたとまでは認められない。もっとも、疎乙第一〇号証(玉置光男の報告書)には、組合員ら多数に軟禁状態にされたうえ脅迫され、身の危険を感じ、全く意思の自由を失った状態で組合の要求した通りの覚書に署名捺印したものである旨の記載があるが、組合員が単なる喧騒の程度をこえて、どのような脅迫行為をしたのかにつき具体的にふれていないし、これと反対趣旨の疎甲第一六、第二一号証(いずれも玉置光男の報告書)とも比照すると右乙第一〇号証の記述から直ちに脅迫行為の事実が疎明されたと認めることは困難である。他にこの点を疎明するに足る証拠はない。そうだとすれば前記覚書が違法な強迫の結果作成されたものであるとの被申請人の主張は疎明不十分であり、採用できない。

3 人事同意約款に違反する解雇の効力

ところで、労働協約の形式で締結されたいわゆる人事同意約款は労働組合法第一六条により労働者の待遇に関する基準として直接個別的労使関係を規律する規範的効力を有し、これに違反し組合の同意なくしてなされた解雇は無効であると解すべきところ、前記のとおり本件覚書は労働協約としての効力を有する人事同意約款であると認むべきであり、かつ、前示のとおり本件解雇が右同意約款所定の組合の同意を得ていないことは当事者間に争いがないから、同意約款に違反してなされた本件解雇は、その余の解雇無効事由について判断するまでもなく無効であるといわねばならない。

4 もっとも、解雇(又は人事)同意約款があるからといって、会社は常に必ず組合の同意を得なければその従業員の解雇ができないとまで解すべきものではない。同意約款は、使用者と労働者とが経営という共通の基礎の上に相互に相手方を信頼し、協力することを前提とし、正当な理由なく解雇が行なわれることを阻止しようとするものである。したがって、会社に人員整理をする緊急かつ必要やむを得ない事情があり、その整理基準が客観的にみて正当なものと認められ、会社が組合に対し経営状態、経理の内容をつぶさに公開し、具体的交渉の過程で組合の隔意のない意見を求め、人員整理について同意を得べく数次の折衝を重ねるなど、組合を十分納得させるだけの誠意のある手段・方法を講じた場合には、組合が会社との協議に応じなかったり、また協議に応じても会社の維持再建につき建設的な態度をとらず自己の主張を固執するなどの事情があれば組合が人員整理に同意を与えなかったことが信義則違反ないし同意権の濫用と評価される場合がないとはいえず、かかる事情のもとでは会社は組合の同意なくしても整理解雇をなしうるものといわねばならない。

本件においても、被申請人は放置すれば会社の倒産を招きかねない膨大な累積赤字の存在を主張し、これに対し、申請人らは、組合を破壊するために意図的に赤字を発生させたものであるから、この赤字の存在をもって人員整理を正当化することはできない旨の主張をなし、本件疎明中には、それぞれ、その主張に一部沿う若干の疎明資料がないわけではない。しかしながら、当裁判所は、同意約款の成否、効力だけでなく、いかなる経緯の下に約款が締結されたかをつぶさに検討して同意という言葉にいかなる意味をもり込むか、会社の赤字は人員整理を必要やむを得ないとする程度のものであるか、整理基準は客観的正当性を有するものであるか、被申請人において組合をして十分納得せしめるに足るだけの手段・方法を講じたか、これに対する組合の応接の仕方に妥当性を欠くものがなかったか、といった諸点につき逐一仔細に検討したけれども、仮処分手続において提出される疎明は性質上極めて限定されたものであり、当事者双方から提出された疎明資料はその内容において極端な対立を示している反面、いずれも適確な裏付証拠を欠き、人事同意約款に反する本件解雇を有効とすべき疎明は遂に不十分であって、前記諸点についてより詳細かつ的確な立証がなされることにより前記同意権の濫用ないし信義則違反を認めうる可能性が全くないとはいえないけれども、本件疎明資料のみをもってしてはこれを速断することはでき難いといわざるをえない。

5 そうすると、申請人らと被申請人との間に現在もなお雇傭関係は存続し、申請人らは被申請人に対し雇傭契約上の権利を有するものというべきであり、被申請人が本件解雇により申請人らとの雇傭関係は終了したとして、その就労を拒絶していることは当事者間に争いがないから、右就労不能は被申請人の責に帰すべき事由によるものというべく、したがって、申請人らは賃金請求権を失わないことが明らかである。

そして申請人らが本件解雇当時に毎月末日限り別紙当事者目録⑤給与欄記載の賃金の支給を受けていたことは当事者間に争いがない。

第二仮処分の必要性

一  疎明及び審尋の結果を総合すれば、申請人らは賃金を主たる生活の資とする労働者と認められ、他に格別の疎明はないから、本件解雇により被申請人から従業員として取り扱われず賃金の支払を受けられないことは著しい損害であるというべく、地位保全、賃金仮払の必要性の存することが明らかである。

二  しかし、疎明及び審尋の結果によれば、被申請人会社は設立以来会社の規模に比し膨大な累積赤字を生じており、この上さらに利潤に結びつかない多額の経費を長期間継続して支出することを強いられると倒産等著しい損害を招来するに至るおそれなしとしないことが一応認められるのみならず、申請人らの家庭における地位、および本件解雇の効力、特に前記同意権の濫用ないし信義則違反に対する心証形成の程度ならびにその変更の可能性を含む最終的判断の見通しその他本件仮処分の審理にあらわれた一切の事情を参酌すると、申請人らの地位保全および賃金仮払は主文1項に定める期間の限度において、また賃金仮払額は、昭和五〇年七月一日以降主文2項のとおり一年間に限り、申請人ら主張の基本給(別紙当事者目録⑤給与欄の基本給の項を参照)の八割の限度でそれぞれ仮処分を命ずる必要性があると認めるのが相当である。

三  ところで、労使間の諸問題は、労使間の自主的な交渉で解決するのが本来の姿であることはいうまでもない。本件においては、甲第二〇号証の一、二によって認められるとおり、徳島県地方労働委員会から、被申請人に対して、本件解雇問題について団体交渉応詰の救済命令が出されているのであり、まず第一に、これにもとづいて本件解雇問題につき労使間の話し合いが進展することを期待してやまない。さらに、本件仮処分の本案訴訟が提起されるなどして、必要性を認めた期限である昭和五一年六月三〇日までに、何らの解決を見ることなく、新たに仮処分申請のなされることも予想されるが、その際には、両当事者のいずれが、より多く、問題解決のために誠意をもって努力を重ねたかということによっても、判断が左右される場合があることを指摘しておく。

第三結論

よって、本件仮処分申請は、主文第1、2項記載の限度で理由があるから、保証をたてさせないでこれを認容し、その余はこれを却下することとし、申請費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条但書を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 早井博昭 裁判官 藤田清臣 富田守勝)

〈以下省略〉

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