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徳島地方裁判所 昭和55年(ワ)343号 判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

一  請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

二  本件土地の所有関係

1  本件土地が旧「別宮浦村」の所有財産であったこと、旧「別宮浦村」が現在徳島市川内町上別宮地区となっていること、はいずれも当事者間に争いがない。

2  〈書証番号略〉、証人(当時)武田重治、同西岡実、同益田茂一の各証言、原告代表者(当時)、武田敏夫(第一、第二回)、被告湯浅隆雄、同吉田勇、同村上真教(第一、第二回)各本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

イ  本件土地ならびに土地④(県道用地として昭和四六年に県に買収された部分)は、江戸時代から旧「別宮浦村」住民の共同の墓地であって、住民のほとんどが檀家であった西光寺(同地区に同じく江戸時代から現在まで続いている寺である。)の檀家の墓地に供されてきた。その所有関係は、もともとは西光寺の所有であったとの説もあるが、古いことは明かでなく、少なくとも明治の初めのころには旧「別宮浦村」の部落有の墓地になっていた。

ロ  明治の初めころの「別宮浦村」は、明治二二年の町村制の施行により数か村を合した板野郡川内村の一部として川内村上別宮部落となり、さらに川内村が徳島市に合併されたことにより徳島市川内町上別宮地区(以下、旧来の呼称にしたがって「上別宮部落」もしくは「部落」という)となって現在に至っている。

ハ  このように本件土地は部落有の墓地ではあったが、部落のほとんど全世帯が西光寺の檀家であり、同時に部落の世帯数にもほとんど変化がないという状態が長年月にわたって続いたことなどから、西光寺側でも部落住民の側でもなかば西光寺が所有する墓地のように考えられてきた。さらに、右墓地は全部で一五〇〇平方メートル足らずというさして広くない土地であることや、墓地であることなどから、近年までその財産的価値が意識されることもほとんどなかった。

このため、部落は後記のような自治組織を持っていたが、そこで本件土地の利用等をめぐって、とりたてて検討が加えられるようなことも全くなかった。

ニ  これは、明治二二年の町村制の施行に際しても同様であって、数か村が合併して川内村になるにあたって、本件土地に関して特段の交渉や取り決めがなされた形跡も全くない。また、川内村の時代にも、川内村は本件土地を財産区有財産として扱っていなかった。

ホ  本件土地の登記簿上の所有名義は「大字別宮浦村」であるが、これは昭和四六年になって初めて保存登記されたもので、それまでは表題部の所有者欄に「大字別宮浦村」なる記載があるだけであった。

ヘ  昭和四六年の土地④の県による買収、土地①、土地②の山田渉への売却にあたり、県は、右登記簿表題部の記載を考慮したためか、地方自治法上の財産区有財産としての処分方法を指導し、その結果徳島市長が財産管理者として前記の保存登記をしたうえ、一連の登記手続をした。しかし、その徳島市としても、右は登記手続上のものにとどまり、その後も本件土地を地方自治法上の財産区有財産とみていない。

ト  上別宮部落の自治組織は、戦前は総代、評議員などの役員があり、戦後は常会長もくは総代と呼ばれる代表者や、その他の役員があって部落としての意思決定をしてきたが、昭和四四年には、規約を備え、年一回の総会、執行機関としての会長、副会長、会計等の役員を置く上別宮町内会が組織され、これに引き継がれた。しかし、このように上別宮町内会に引き継がれた後も、本件紛争が表面化した昭和五五年に至るまで、本件土地の利用をめぐって部落と西光寺との間に、あるいは部落民相互の間に意見の対立が生じるようなことは全くなかった。

3  右2で認定した本件土地の沿革と利用ならびに扱いの実体とに鑑みると、本件土地は町村制もしくは地方自治法の規定する財産区有ではなく、旧「別宮浦村」住民もしくは上別宮部落住民の総体である部落に帰属するいわゆる部落の総有財産であると解するのが相当である。

4  そして、原告は、右2、トで認定のとおり規約、意思決定及び執行機関を備えた上別宮部落全住民で構成する自治組織であるから、本件土地の管理権者として本件訴訟の遂行権限を有するものと解される。

三  土地①、土地②の山田渉への売却について

1  土地①、土地②が昭和四六年四月二日山田渉に売却されたこと、被告らが右売却に関与したことは当事者間に争いがない。

2  前掲各証拠ならびに〈書証番号略〉を総合すると、次の事実が認められる。

イ  昭和四五年当時、徳島県から上別宮部落に対し、県道拡張のためにその所有の墓地の一部(土地④にあたる。)を道路用地として買収したいとの申込みがあり、上別宮町内会の会長であった被告湯浅が上別宮部落の代表者として交渉に当たった。

ロ  ところで、これに先立って、昭和四〇年に、墓地の隣地所有者である山田渉と上別宮部落との間で、墓地である一九七番六の一部(土地②にあたる。当時の一九七番六が、後に土地②、土地③、土地④に分筆されたのである。)と山田渉所有の隣地一九六番一の一部とを交換する合意ができた。右交渉にあたった上別宮部落側の担当者は部落総代であった被告湯浅と同じく総代であった訴外武田一三であって、右両名が他の役員らと協議して右合意に至ったものであった。しかし、右墓地の登記簿上の所有者(但し、前記のように表題部の記載にとどまる)が「大字別宮浦村」となっていたため、登記が複雑であるとして、登記手続がされないままになっていた。しかし、以後実際には山田渉が土地②部分を占有しており、山田渉から再三登記の履行を求められていた。

ハ  土地①は、やはり墓地の一部であったが、山田渉が被告村上の妻村上博子から同人所有の八三番三を買受けた際、山田渉が右八三番三の一部と誤認して同土地と一体として占有していた土地で、部落所有であることが判明した以後山田渉から部落に対し買受けを申し込んできていた。

ニ  右のような事情があったところ、県の担当者から、県道用地の買収については県が登記手続の指導を引き受ける旨の申し出があったことから、上別宮部落の代表者である被告湯浅は、被告村上及び被告吉田をはじめ上別宮町内会の役員数名と相談の上、県道用地の買収の機会に懸案の山田渉との話に決着をつけることにし、検討の結果、結局前記交換の件は白紙に戻して、土地①、土地②を山田渉に売却し、その代金と県道用地の買収代金とによって、墓地内の通路の舗装、用水路の擁壁の土止め工事、無縁仏の慰霊塔の建立等の費用に充てることにした。そこで、被告湯浅らは県担当者にその旨を申告してこれに必要な手続の指導を求めたところ、県担当者は、本件土地を地方自治法二九四条の財産区有の財産とみて、同法条により、その処分については市長が同法の規定に従ってなすものであること、総会で部落の意思を決する必要があること等を指導した。これを受けて、被告湯浅らは昭和四五年七月ころ西光寺本堂で催した上別宮町内会臨時総会で、県及び山田渉へ墓地の一部を売却することに、その金額も含めて、出席者の全員の賛成を取りつけたうえ、徳島市長に対し売却金額(県道分四六万五五〇〇円、山田渉分一二〇万円の合計一六六万五五〇〇円)を明示して墓地整備等の計画書を提出し、売却を求めた。

ホ  徳島市長は、これを受けて本件土地の管理処分権者として、本件土地を「大字別宮浦村」名義で保存登記したのを始め、一連の分筆、地目変更、所有権移転等の登記を嘱託して、土地①、土地②の山田渉への所有権移転登記、土地④の県への所有権移転登記を実現した。

3  証人(当時)武田重治の証言、原告代表者(当時)武田敏夫本人尋問の結果によると、昭和四〇年ころからの山田渉との交渉経緯が、すべて被告湯浅や被告村上らの独断で、部落住民に隠密裏になされた旨、したがって昭和四五年七月の町内会の臨時総会の開催自体を事実無根としており、証人西岡実、同益田茂一の各証言中にもこれに沿うような証言もある。

しかし、右武田両名は右期間を通じて部落や町内会の運営に積極的にかかわっていたとは認められない。前掲各証拠によると、昭和四〇年ころからの山田渉との交換の件については、当時部落住民の中から交換土地の測量や埋立に出向いたものもあったし、登記はしてなかったものの山田渉はそのころ右交換の合意ができた部分を占有しており、そのことも部落住民は知っていたと認められる。

また、昭和四〇年ころは上別宮町内会は発足してなかったが、少なくとも数名の役員と互選による総代(常会長)がいてごく小数の役員だけで隠密裏に部落の土地の処分を決することができるような状態だったとは認められない。

次に、昭和四五年七月の町内会臨時総会については、土地売却代金でおこなった本件墓地の整備及び慰霊塔の建立を祝う落慶法要が部落住民多数の参加のもとに盛大に催されたこと、その際、被告湯浅は上別宮町内会長の肩書で祭文を読み上げたが、これには、山田渉への土地売却に直接に触れてはいないものの、総工費が一〇五万円であったことを明示していたこと等の事実に照らし、右武田両名らの供述部分はたやすく採用できない。さらに、被告湯浅が、本件土地売買代金から工事費を除いた金額を定期預金にして保管していた点については、後記のような本件墓地と西光寺との密接な関係や、一部西光寺に対する寄付があったことなどの事情を考慮すると、それなりに首肯し得ないものではない。また、山田渉に対する売却代金が、県道用地の買収金額に比してかなり低いことは原告の指摘するとおりであるが、これには昭和四〇年以来のいきさつがあったことや、一部は道路から入り込んだ位置にあったことにもよるものと窺われ、右売買に特に疑惑をさしはさむべき事情とは言えない。なお、一〇万円の横領の事実もこれを認めるに足りない。

4  右2で認定した事実によると、被告らの土地①、土地②の山田渉への売却についての関与は、その売却金額も含めて、上別宮町内会総会の全員一致の承認に基づいてなされたものであるから、これが、原告に対する債務不履行や不法行為を構成するいわれはない。

5  よって、被告らに対する土地①、土地②の山田渉への売却への関与を理由とする原告の請求は、いずれも理由がない。

四  土地③(墓地)の使用料の徴収について

1  西光寺の住職である被告村上が、昭和五〇年前後から昭和五五年にかけて、土地③の本件墓地の使用者から、少なくとも金一〇三万円を取得したことは当事者間に争いがない。そして、原告代表者(当時)武田敏夫本人尋問の結果(第二回)及び〈書証番号略〉、被告村上本人尋問の結果及び〈書証番号略〉を総合すると、この期間に同被告は本件墓地に新たに墓を開設した者から別表取得金額欄記載のとおり合計一五三万円を取得したことが認められる。

被告湯浅、被告吉田が、被告村上の右金員の取得に関与していたことを認めるに足りる証拠は何もない。

2  明治時代以来の本件墓地の利用管理関係の大要は、先に前記二、2、イ、ハ、ニ、ヘで認定したとおりであるが、さらに前掲各証拠によると次の事実が認められる。

イ  本件墓地は、西光寺の檀家がほとんどである上別宮部落住民の共同の墓地であった。上別宮部落住民以外の西光寺の檀家が同所に墓を持つことができたか否かは、必ずしも明らかでないが、ことさらに排除されていた様子はなく、長年月にわたる上別宮部落と西光寺の密接な関係からすれば、一部は住民以外の檀家の墓もあったものと窺われる。墓地としての管理の面では、墓を持つ者がそれぞれに適宜草取りや清掃をし、西光寺住職も、草取りや清掃をしたほか新たな墓の開設の位置を指定したり無縁仏の供養や改葬など全体としての墓地の管理をしてきた。このような西光寺の墓地管理について部落から何らかの対価が給付されたことは、少なくとも昭和の初めころ以降は全くなかった。上別宮部落と西光寺とは、西光寺は本件墓地を上別宮部落住民を中心とする西光寺の檀家の墓地に利用できる利益を受け、一方上別宮部落は西光寺の管理下におくことによって部落住民の墓地を維持し、新たな墓の開設の必要にも対処できる状態を確保してもらう利益を受けるという、いわば相互利益供与の関係を維持してきた。このような関係のもとに、西光寺の住職は墓地に墓を持つ檀家から墓の改葬にあたって、お布施、墓地料、回向料等の名目で金員を受けたり、新しく墓を持つ部落住民から同様の名目でなにがしかの金員を受けることは当然と考えられており、現に先代住職村上元教の時代にも慣習として行われてきた。そして、そのことについて部落住民が異議を述べることも全くなかった。ただ、その金額は、今回問題となっているものほど高額なものではなかったと認められる。

ロ  ところが、昭和四〇年ころから、上別宮地区にマンションや公務員住宅ができて流入世帯も増え、地域の開発にともない周辺土地の値上がりも著しく、また、古くからの部落住民以外の者や部落外の住民で本件墓地に墓を求め、西光寺の檀家になることを望む者が増えるといった大きな変化があり、これを反映して、墓の開設を認めるだけで、回向料、墓地料、永代供養料等の名目で坪当り五万円、一〇万円あるいはそれ以上の金銭的利益を生むような事態が生じた。このような事態は、明治以来長年月にわたって続いてきた本件墓地の固定的、静止的な利用管理関係からは逸脱したものであった。

ハ 西光寺住職である被告村上が前記のような金員を取得したのは、右のような意味で、従来の慣習の範囲を逸脱して本件墓地を収益の材料にしたものといわざるを得ない。しかし、このことから直ちに、被告村上の右金員の取得が、本件墓地の所有者である上別宮部落に同額の損害を蒙らせたとは言えない。けだし、上別宮部落と西光寺との間の前記のような相互利益供与の関係は、右のような状況のもとでも一応維持されてきていると認められる。そして、他に上別宮部落住民が本件墓地に墓を持つことが困難になったり、他所に墓を求めるのを余儀なくされるような具体的な権利侵害の事態が生じていることを認めるに足りる証拠はない。(なお付言するに、いずれにしても、本件墓地に墓の開設を認めることが少なからぬ金員の取得につながる現在の実態は、前記のような明治以来の固定的、静止的な利用もしくは使用収益関係を大きく変えるものである。したがって、右のような新たな実態を踏まえて、上別宮部落と西光寺との間で、本件墓地の利用もしくは使用収益関係について、取得金の配当分を含めて新たな調製を検討すべしとの主張には十分な合理性があると考えられる。)

3  よって、被告村上の墓の開設に伴う金員の取得が上別宮部落に対する不法行為を構成するとは認められないので、この点を理由とする原告の被告らに対する請求も理由がない。

五  結論

以上検討したとおり、原告の本訴請求はいずれも理由がないことに帰するので失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 二宮征治)

別表〈省略〉

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