大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

新潟地方裁判所 昭和56年(ワ)811号 判決

原告

樋口善男

右訴訟代理人弁護士

樋口正昭

宮本裕将

被告

日本国有鉄道

右代表者総裁

高木文雄

右訴訟代理人弁護士

坂井熙一

右訴訟代理人

石山亮

渡辺幸栄

斎藤敏昭

吉谷清

高木輝雄

木口篤

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が、被告新津機関区の職員であることを確認する。

2  被告は、原告に対し、昭和五六年一〇月一日以降毎月金五万円宛の金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  第二項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は、日本国有鉄道法(以下単に「法」という。)に基づいて、鉄道事業等を経営する公共企業体であり、原告は、昭和三四年一〇月一日、被告新津機関区に採用されたものである。

2  被告は、原告を昭和五六年九月三〇日付で解雇したとして、原告と被告との間の雇用契約の存在を争うものである。

3  原告は、少なくとも毎月五万円を超える賃金を受けることができるものである。

よって、原告は、被告に対し、原告が雇用契約に基づいて被告新津機関区の職員であることの確認を求めるとともに、昭和五六年一〇月一日から毎月金五万円の割合による賃金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

請求の原因1、2の事実は認め、3は争う。

三  抗弁

1  被告は、被告総裁を代行する新潟鉄道管理局長岡田宏において、昭和五六年九月三〇日、原告に対し、原告が昭和五五年一一月一三日以降不参欠勤を続け、その間所属上長の再三の出勤催告にも応じなかったことを理由として、法三一条に基づいて懲戒免職処分(以下「本件処分」という。)とした。

2  本件処分の理由の詳細は、左のとおりである。

(一) 原告は、昭和五〇年九月八日から新津機関区の外勤庫内勤務機関士(以下「外勤機関士」という。)として勤務していた。昭和五五年九月三〇日までの新津機関区における外勤機関士の要員は合計六名配置され、三名一組とし、毎日各組内において一名が一昼夜勤務、一名が非番、一名が休日または日勤勤務となり、これを順次交替する一昼夜交替勤務二本体制のいわゆる一交二本(かかる勤務体制につき、以下「一交二本」という。)であり、その職務内容は、一昼夜勤務のときは機関区構内における機関車(当時はDD一三・一五形式の三台を使用)の運転等の業務に、日勤勤務のときは機関区構内の諸施設の整備整頓及び清掃等の業務に従事するものであった。

(二) ところが、昭和五五年一〇月一日実施のダイヤ改正に伴ない、新津機関区に配置される機関車がDE一〇形式二台に変更され、外勤機関士の要員も六名から三名に削減され、その勤務体制も三名一組が一昼夜交替勤務をする一交一本(以下「一交一本」という。)に変更されることとなったが、新津機関区においては、右過員となる三名を直ちに配置転換等をすることができなかったので、右配置転換等をするまでの間暫定的に従前の六名で交替して一交一本の一昼夜勤務につかせることとし、同年九月三〇日、原告ら外勤機関士にその旨通知した。

(三) さらに、前記のように、配置される機関車の変更がなされたため、新たに配置されるDE一〇形式の機関車(以下単に「DE一〇」という。)の運転業務に従事するには、機器の配置、その取扱い及び運転操縦等について一日間の講習を受ける必要があるので、原告の所属上長である新津機関区長吉井正雄(以下「吉井区長」という。)は、昭和五五年九月三〇日原告を含む外勤機関士六名に対し、同年一〇月一日から同月四日までの間にそれぞれ一日間の受講日を定めて右講習を受けるよう命令し、原告に対してはその受講日を同年一〇月四日と指定した。しかるに、原告は、外勤機関士として残る三名をまず決定すべきであると主張して右命令に従わず受講しなかった。そのため、吉井区長は、原告をDE一〇の運転業務に従事する一昼夜交替勤務につかせることができないことから、やむなく原告については日勤勤務のみとする勤務予定表を作成した。

(四) 吉井区長は、原告の昭和五五年一〇月の勤務日程を、別表(略)の勤務予定欄記載のとおり定めてこれを原告に通知したが、原告が年次有給休暇(以下「年休」という。)をとるといって同月三日から出勤しなかったので、同日から同月二七日までの間の日勤勤務等を年休として処理した。その間、吉井区長及び担当助役水島仁助(以下「水島助役」という。)は、原告に対し再三口頭をもって出勤するよう促すとともに、同月二七日には同日をもって年休がなくなるので翌二八日から出勤するよう求めたにもかかわらず、原告は、その後も引き続き出勤しなかった。

(五) 吉井区長は、原告に対し出勤の説得を継続する間、とりあえず原告の一〇月二八日以降の欠勤を事故欠勤(私ごとの都合により勤務しない場合で、賃金減額の対象となる欠勤)として処理することとし、さらに水島助役ともども原告に対し再三口頭をもって出勤するよう説得を重ねたが、原告がこれに応じなかったばかりか、同年一一月一三日吉井区長から原告に対し原告が説得に応じないのであれば、原告の欠勤を不参欠勤(無届または承認を与えていない日の欠勤。)とせざるをえない旨申し向けたところ、原告が同日から不参欠勤として欠勤する旨申し出て、同日以降も被告の承認を受けることなく欠勤を継続したので、吉井区長は、原告の同日以降の欠勤を不参欠勤として処理した。

(六) その間、外勤機関士六名のうちの一名が昭和五六年三月一日付をもって他に配置転換され、一名が同年四月一日付をもって退職することが内定したが、残る四名が健康上の理由などから他に配置転換をすることができないので、吉井区長は、同年四月一日から昭和五七年三月末日までの間は暫定的に原告を含む四名の外勤機関士をして一昼夜交替勤務につかせることとして原告にその旨通知し、その後も原告に対し再三口頭をもって前記講習を受講して一昼夜勤務につくこと及び日勤勤務にも出勤して勤務につくよう命令したが、原告は右命令に応じなかった。そこで吉井区長は、さらに原告に対し昭和五六年二月一〇日、同月二一日、同年五月八日及び同年六月一三日にそれぞれ到達した各書面をもって出勤をするよう命じたが、原告は、右各命令にも従わずその後も不参欠勤を続けた。

(七) 以上の通り、原告が所属上長たる新津機関区長の前記各命令に服従せず、DE一〇運転のための講習を受けなかった行為及び昭和五五年一一月一三日以降不参欠勤を継続した行為は、日本国有鉄道就業規則第五条、職員服務規程第一条及び第七条に違反し、ひいては法三二条一項に違反するものであり、また右行為は、就業規則第六六条第一号及び第四号、法三一条一項各号に該当し、懲戒免職を相当とするものである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は認める。

2(一)  同2(一)の事実のうち、日勤勤務の職務内容は否認し、その余は認める。

(二)  同2(二)の事実は認める。

(三)  同2(三)の事実のうち、原告が被告主張の講習を受けなかったことは認めるが、その余の事実は不知。

(四)  同2(四)の事実は認める。

(五)  同2(五)の事実のうち、原告自らが一一月一三日以降の欠勤を不参欠勤として欠勤する旨申し出たことは否認する。

(六)  同2(六)の事実のうち、被告が残りの四名を病気等の事情ということで配置転換することができなかったこと及び被告主張の各書面が原告に到達したことはいずれも不知、その余は認める。

(七)  同2(七)は争う。

五  再抗弁

1  被告の原告に対する本件処分は、その原因が存在せず、また少なくとも、その経過、被告の意図、懲戒免職理由とする事実の実質的意義、動機等からして、いわゆる解雇権の濫用であって無効である。その詳細は左記のとおりである。

2(一)  日勤勤務の発生とその業務内容

(1) 日勤勤務の発生

新津機関区の外勤の業務は、機関車を機関区内で移動し機関車の操配をするものである。

この業務は、昭和五五年九月三〇日までは一昼夜交替勤務の一交二本の形態で、その後は原則的に一交一本の形態でそれぞれなされるようになっていた。従って、個々の職員の年間の勤務日の割当の観点からみると、職員の年間の勤務時間は固定的に定められていたことから、一昼夜交替勤務日・非番日・年次有給休暇・公休・その他の日が規定どおり割り振られるが、それらの指定のできない余りの日が必然的に発生する仕組みになっており、これが日勤と称するものであった。

従って、もともと処理を要する業務が特にあって、それに充てるために日勤が指定されているものではなく、決められた勤務時間が前記のような勤務では消化できずに余りが出てくるので、それを計算上消化するため作ってあるものである。

(2) 日勤勤務の業務内容

通常、職員の各勤務の業務内容は作業ダイヤにより定められているが、日勤の業務についてはこれには定められておらず、助役が個々に指示することになっている。

しかし、これには全く明確な根拠は見当たらず、また、実際上意味のある仕事は行われていない。むしろ、何の仕事もなくただその時間を職場で漫然と過ごすことのみが予定され、実際にもそのように運用されてきているものである。

従って、仮に助役が日勤者についてその業務内容を指示したことがあったとしても、それはいわば、日勤時における時間の過ごし方を訓示的に話していた程度のものであった。

(二)  原告が日勤勤務を欠勤した理由

日勤勤務の前記のような実情に鑑み、原告は、実質的な労働をせずに俸給をうけることは、被告が莫大な赤字を抱えている現状下自分としては受け容れられない、とのことから、以前より日勤勤務を欠勤してきた。しかも、原告は、遅くとも昭和五五年一〇月には、当時の新津機関区長・構内研修助役に対してその旨、自己の「意思」を明確に表明していた。

それに対して被告は、同年九月以前は勿論、同年一〇月一日以降も一一月中旬までは原告の欠勤を事故欠勤として扱っているのである。

(三)  昭和五五年一〇月一日以降の経過

一交二本から一交一本体制への変更の結果、六名の内、三名は何らかの形で右外勤機関士の地位を失うべき運命となった。しかし、一方で被告は右六名全員に対し右外勤勤務につき、新しく配置されたDE一〇の運転操作についての講習を受けるよう要求したものである。そして、原告に対しても同年一〇月四日に右講習を受けるよう指示したが、これに対し原告は、要員が三名になるのであれば他に配転される職員については講習は無駄になるとのことから、採るべき要員三名を決定してから、必要であれば講習を受ける旨主張し、結果として講習を受講しなかった。そのため、原告は一昼夜交替の正常の勤務の割当をなされず、日勤のみの割当となった。

(四)  昭和五五年一〇月一日以降の原告の考え方

原告が昭和五五年一〇月一日以降被告に度々伝えていたことは、〈1〉日勤は実労なくして俸給を受けるものであり、被告が莫大な赤字を抱えている現状においては、これを欠勤することは、被告の運営に資することはあっても、何らの支障にもならないこと、〈2〉要員削減となった以上、人選を早急にすべきであり、新機種操作の講習は、人選後それを必要とする職員に受けさせるのが筋であること、である。

そしてその意思は、体制変更直後に被告側に伝えてある。

(五)  講習を受けなかった理由及び経過

右のとおり、一交一本への変更後は、外勤機関士六名のうち三名は何らかの形で現在の外勤勤務をする必要がない立場になるべきものであり、早急に人選を確定して本来の正常な体制に移行さるべきであったものである。

原告も、人選を早急に確定し、自分が外勤勤務に残ることになるのであればDE一〇の講習を受講するつもりであった。また人選については遅くとも一か月程度位で確定されるであろうから、その間、いずれにしても日勤の割当が大きな割合を占めることになる以上、自分が欠勤するのが妥当と判断したものであり、当初、被告もこれを了解し、原告の欠勤を事故欠勤と扱ったのである。

従って、原告は漫然とDE一〇の講習を拒否し続けたものではなく、その前提となる人選の確定告知という、本来早急に、いやむしろ事前に被告がなしておくべきことがなされなかったため受講しえなかったのである。

しかも、原告は被告に対し、人選の目途がついたか否か度々確認し、早急に人選の目途を立てその旨告知してもらいたいと要請してきたにもかかわらず、その予期に反して一向にその告知がなく、被告からは単に一方的・形式的な出勤の催告がなされたのみであった。

従って原告の右受講拒否は、まず人選を確定するのが受講の前提となるべきであること、人選は早急になされるわけであり、その間、自分としては無用な日勤に出勤することをひかえようと考えたこと、によるものである。

また客観的にもその講習は単なる短時間の形式的なものであり、従って、同年一〇月一日以降、要員過剰過渡的状態において原告が受講拒否したことは、実質上不当性を有するものとは言えない。

(六)  日勤勤務拒否の合理性

(1) 国鉄の現状

被告が、経常的赤字に悩み莫大な累積赤字を抱えて大きな問題となっていることは公知の事実である。しかも、一方でマスコミ等により指摘されるように、一般の民間企業では考えられないような非合理で無駄な職員の勤務体制が現存しており、赤字解消のため早急な合理化が叫ばれているにもかかわらず具体的対策が実行されていないというのが現状である。過剰人員を抱え、一般の民間企業であれば当然人件費その他の負担過剰から倒産の危機に瀕するところである。

ところで、本件において被告新津機関区の外勤勤務における日勤勤務は全く実質的な仕事はなく、これに職員が出勤するか否かは被告の運営に何らの影響を及ぼすものではなかったことは前述のとおりである。

従って、このような勤務が、俸給の対象となりかつ人件費増大の原因となることは、むしろ経営合理化・赤字解消の観点からすればマイナスの作用をもつものであり、削減の方向に向けられねばならないものである。

このような経営合理化正常化その他の大きな政策の実現のため、個々にどのような方策を採るかは、言うまでもなく第一次的には経営の問題であり、その責任者がその範囲において判断・改革していくべきものである。しかし一方で、個々の現業職員であっても真剣に国鉄全体の経営・社会的役割を考えるなら、自らの職務遂行のなかで無駄を省き合理化に寄与すべきと考えるのは正常であるし、むしろ現状においては個々の職員全員のこのような自覚・協力がなければ健全な経営の実現は望めないところとさえ言えるものである。

(2) 問題の所在

右の日勤勤務については、積極的・合理的な存在意義は見いだせず、この勤務を職員が欠勤することによる実質的弊害は何ら存在しない。にもかかわらず、原告の行為が非難されるのは、結局、日勤を欠勤することにより個々の職員の勤務時間が減少し、従って、俸給が減給になることこそが実は問題と考えられており、そのような労働条件悪化は被告の職員にとって何としても避けたい事態であったことによる。換言すれば、長期間に亘る被告の経営合理化無視の体制が個々の職員に浸透し、被告全体としても右のような問題意識を全く持てず、むしろ原告の主張する「正論」に耳を傾けようとしないばかりか「嫌悪」さえしていたというのが実情と推認される。

以上のような事情であるから、日勤勤務自体は極めて不合理な存在であるにもかかわらず、経営合理化・正常化を強力に遂行し得ない政策上の欠陥と個々の職員の既得権についての固執に対する遠慮などから、暗黙の了解の下、日勤制度が無批判に維持されてきているにすぎないものである。

従って、日勤勤務拒否は形式的にはともかく、実質的には何ら不当性はなく、むしろ実質的には極めて正当であり、特殊な見解・感覚が大勢を占める被告のなかで、「客観的正論」が実は異常視されているに過ぎないということこそ、被告は銘記しなければならないところである。

少なくとも「日勤も出勤しなければならない。」という実質的な根拠は全く存しない。

(七)  被告の態度・就労拒否の不当性

以上のとおり、原告がDE一〇の操作講習を受講しなかったこと、日勤勤務を欠勤したことは、いずれもそれなりの合理性を有するものである。

少なくともその主観的動機において、国鉄職員として実質的に責められるべき観念に基づくものは何等存在しない。またその意見や理由は原告から被告に対し再三伝えてあり、被告は原告の右拒否の動機、更には原告はどういう状況になれば就労・出勤するのかという点等、これを熟知していたものである。

しかも、同年一一月初旬ないし一〇日前後には要員削減の人選についての見通しが立ち、原告を残留させる形でほぼ確定していたのである。従って、仮に正式な公表でなくても、事実上、原告にその旨告知することは極めて容易であり、そうすれば原告としては、右講習を受講し、日勤勤務は別として正常な勤務に就くことは前述の経過からして当然であったし、そのことは被告にとっても自明であった筈である。被告が原告を業務に就くよう真に説得する意思を有していたなら右人選について告知することが自然の成り行きであったといえよう。それにもかかわらず、被告は、何故か、あえてその事情を告知せず、原告が講習を受講する条件作りを殊更避け、原告が単なる一方的出勤命令には応じないことを十二分に承知のうえ、それ以降も形式的催告のみを繰り返した。

原告は一昼夜交替の本来の外勤の職務については人一倍就労の意思も能力もあり、かつその意思を昭和五五年一〇月一日以降積極的に被告に表示していたから、その職務に関し口頭で履行提供を為していたにもかかわらず、被告は、「日勤をしなければ一昼夜交替勤務もさせない。」旨、一方的に原告の職務履行提供の受領を拒絶し、殊更に日勤のみを割当てたのである。

ところで、〈1〉昭和五五年一〇月以降の各勤務体制の変更は、被告は事前に組合と一応の合意がなされていたが、これについては原告は知らされなかったこと、また、〈2〉当初被告は、原告の欠勤の申し出を承認してこれを事故欠勤と扱うことにより、被告は、原告と被告がその問題で対立したり場合によっては原告が苦情処理機関に苦情処理の申立をせざるを得ない状況に原告を追い込む、従って、この問題が表沙汰になることをあえて避けたこと、これらの各事情に、〈3〉前述の人選確定の告知をしなかった事情などをあわせ考慮するなら、被告は原告の意思およびその行動を規律している思考についてこれを熟知していながら、(むしろ熟知していたからこそ)あえて原告が受講・出勤を拒否せざるを得ない状況を維持し、原告の長期欠勤という事態を故意に引き起こすべく、事を押し進めたものと考えられるのである。

いずれにしても、本件処分の原因とされている日勤拒否という事実は、被告において、日勤拒否という結果に至る経過の諸事実を容易に解消しえたものであったにもかかわらず、あえて不当にそれを引き起こし、むしろ維持・増大させたものであって、このことは、原告の信念を嫌悪し、それを排除すべく進められた一連の方策と言っても過言ではない。

(八)  不参欠勤扱いの不当性

原告の、DE一〇操作講習を受講しなかった行為・日勤欠勤は、客観的にも正当であることは右主張してきたとおりである。

しかし、仮にその客観的正当性は別としても、原告は、自分なりの良心に基づきこれらを拒否してきたものであり、その良心の内容は決して公序良俗に反するようなものではないことは勿論、むしろ正論である。ただ、単に形式的に言うなら、欠勤(=一般的には良くないことだという認識)という形で発現したことに問題があるということなのであろう。しかし原告にとっては、このような欠勤という対応に出るしか実は方法がなかったものである。しかも、その行為は、本来、無用な「余り」としての勤務を拒否しただけであって、何等実害を引き起こす「アクシデント」ではない。従って、原告にとってその信念に基づく止むを得ない行為であった以上、一時的な病気・怪我による欠勤と同様、原告の欠勤を事故欠勤として承認しない理由は存しないものである。

従って、被告が原告の昭和五五年一一月一三日以降の欠勤を不参欠勤と扱ったのは明らかに不当である。

六  再抗弁に対する認否

本件処分に、その原因を欠く旨及びいわゆる解雇権の濫用であって無効である旨の主張は争う。

第三証拠

本件記録中の証拠関係目録に記載のとおりであるから、ここに引用する。

理由

一  (書証の成立について)…略

二  請求の原因1、2の事実及び抗弁1の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

三  そこで抗弁2(本件処分の理由)の当否について判断する。

1  本件処分に至る経過

(一)  抗弁2(一)の事実は、日勤勤務の職務内容を除いて、当事者間に争いがない。

日勤勤務の職務内容については、(証拠略)を総合すれば、次のとおり認められる。

まず、運転関係職員の職制及び服務の基準(昭三一・一二・二七総裁達八三二)第五条によれば、機関士のおもな職務内容は、「蒸気機関車の運転、運転整備、乗務員及び蒸気機関車の運用補助、蒸気機関車の運転に関する技術業務、特に命ぜられた者は乗務員の技術指導、指定された者は機関助手の職務」と掲げられており、第六条において、機関士の指揮命令系統は機関士の直近の上長として助役、その上部に機関区長が定められている。そして日本国有鉄道就業規則(昭二四・一〇・二四職労九六運輸総局長依命通達)第四条第一項において、「……所属上長の命令に服し、法規、令達に従い誠実に職務を行なわなければならない。」とされ、第一五条では、日勤勤務につき始業時刻八時三〇分、終業時刻一七時とする旨が定められている。さらに職員服務規程(管理規程)(昭三九・四・一総裁達一五〇、改正昭四〇・三総裁達九七、同四〇・一二同六四五)第一条においても、職員は、自己の本分を守り、所属上長の命令に服し、法規令達に従い、誠実に職務を行ない、もって日本国有鉄道の発展に寄与するように努めなければならないとされている。そして原告の所属する新津機関区においては、日勤勤務のときは、機関士が欠けた際の運転業務や、機関区構内の諸施設の整備整頓及び清掃等の業務に従事するものとし、具体的作業をするに際しては所属上長である助役の指示によるものとされている。もっとも日勤勤務の実情は、出勤しても具体的な作業が指示されず、職場において待機するにとどまることがしばしばであって、機関区における国鉄業務全体からみると日勤勤務の果たす役割は小さいものであった。かかる勤務体制が行なわれたのは、個々の職員の年間の勤務時間総数が固定的に定められていることから、一昼夜交替勤務(二四時間労働)、公休・非番日、年次有給休暇の他に勤務日を作出しなければならない仕組みになり、そのために設けられたのが日勤勤務の実態であった。しかし、かかる勤務であっても全く意味のないものであるとまではいえない。

(二)  抗弁2(二)の事実は当事者間に争いがない。

(三)  抗弁2(三)の事実のうち、原告が被告主張の講習を受けなかったことは当事者間に争いがなく、その余の事実は(人証略)によりこれを認めることができる。

(四)  抗弁2(四)の事実は当事者間に争いがない。

(五)  抗弁2(五)の事実のうち、昭和五五年一一月一三日、原告が吉井区長に対し、同日から不参欠勤として欠勤する旨申し出たことを除くその余の事実は、(人証略)により、これを認めることができる。前記日において原告が同日から不参欠勤として欠勤する旨申し出たことを認めるに足りる証拠はない。かえって、(証拠略)によれば、原告は自己の信念に基づいて欠勤する旨の申し出はしたものの、その欠勤の処理については事故欠勤とすべき旨の主張を繰り返していたことが窺われるのである。

なお、前記認定事実のうち、吉井区長が原告の昭和五五年一〇月二八日から一一月一二日までの欠勤を事故欠勤として処理したのは、本来不参欠勤として処理すべきところを、原告の将来を考慮して、いわば便宜上恩情的に、機関区長、助役独自の判断で事故欠勤扱いとし、原告の出勤を期待したものであったこと、しかるに再三に亘る説得にも拘らず原告が欠勤を続けたために、結局、本来の不参欠勤に切り換えざるを得なくなったことが認められる(〈人証略〉)。

(六)  抗弁2(六)の事実のうち、被告が残りの四名を病気等の事情から配置転換することができなかったことは、証人吉井正雄、同水島仁助の各証言によって認められ、被告主張の各書面が原告に到達したことは、(証拠略)によって認められ、これを覆えすに足りる証拠はなく、その余の事実は当事者間に争いがない。

2  本件処分の評価

(一)  ところで、(証拠略)によれば次のとおり認められる。

(ア) 法三一条一項には、「職員が左の各号の一に該当する場合においては、総裁は、これに対し懲戒処分として免職、停職、減給又は戒告の処分をすることができる。(1)この法律又は日本国有鉄道の定める業務上の規定に違反した場合、(2)職務上の義務に違反し、又は職務を怠った場合」と、同三二条には、「職員は、その職務を遂行するについて、誠実に法令及び日本国有鉄道の定める業務上の規程に従わなければならない。2職員は、全力をあげて職務の遂行に専念しなければならない。」と規定されている。

(イ) また、被告の定めた業務上の規程である日本国有鉄道就業規則(前出)第五条には、「職員は、みだりに欠勤、遅刻あるいは早退し、又は所属上長の許可を得ないで、職務上の居住地又は執務場所を離れ、若しくは執務時間を変更し、職務を交換してはならない。」と、同第六六条には、「職員に次の各号の一に該当する行為があった場合は、懲戒を行う。(1)日本国有鉄道に関する法規、令達に違反したとき。(2)責務を尽さず、よって業務に支障を生ぜしめたとき。(3)上司の命令に服従しないとき。(4)部下に対し不法不当の命令を発したとき。(5)部下の指導監督に欠くるところがあったとき。(6)故なく職場を離れ又は職務に就かないとき。(以下省略)」と、同第六七条第一項には、「懲戒処分は次の通りとする。(1)免職、(2)停職、(3)減給、(4)戒告」と規定されている。

(ウ) 職員服務規程(前出)第一条には、「職員(準職員を含む。以下同じ。)は、自己の本分を守り、所属上長の命令に服し、法規令達に従い、誠実に職務を行ない、もって日本国有鉄道の発展に寄与するよう努めなければならない。」と、同第七条には、「職員は、みだりに欠勤し、遅刻し、若しくは早退し、又は所属上長の許可を得ないで職務上の居住地を離れ、執務場所を離れ、執務時間を変更し、若しくは職務を交換してはならない。」と規定されている。

(エ) 職員管理規程(昭三九・四・一総裁達一五七)第四〇条には、「職員及び準職員の懲戒等は、総裁が行なう。2本社附属機関の長、地方機関の長(駐在理事室長を含む。)、総局の地方機関の長及び鉄道管理局の地方機関の長は、別表第七に定める者について、懲戒等(指定職員等の免職を除く。)を代行するものとする。」と、同別表第七(第四〇条)には、懲戒等の代行範囲について、「(10)鉄道管理局の地方機関の長が代行できるもの」として、「指定職員及び労働組合の中央における本部の役員を除いた部下職員の懲戒処分及び訓告」と規定されている。

(二)  そこで、前記1の原告の本件所為が懲戒事由に該当するかどうか、について検討する。

前記1認定の諸事実によれば、原告は、所属上長たる新津機関区長の再三に亘る出勤命令に服さず、DE一〇の運転講習を受講せず、昭和五五年一一月一三日以降本件処分に至るまで一〇か月余りの期間に及んで不参欠勤を継続したものであり、右所為は前記就業規則第五条、職員服務規程第一条及び第七条に違反し、ひいては法三二条一項に違反するものといわなければならず、右は、就業規則第六六条第一号及び第三号、法三一条一項各号に該当するものである。そして、法三一条一項、就業規則第六七条第一項においては、懲戒処分として、(1)免職、(2)停職、(3)減給、(4)戒告の四種を規程しているが、いずれの処分を選択するかについては、使用者たる被告において懲戒事由に該当する行為の態様、原因、動機、結果、その他の諸般の事情を総合考慮して企業秩序の維持確保という見地から見て相当とする処分を選択するのであるが、その判断については、使用者の合理的な裁量が認められているものである。してみると、かかる裁量の逸脱、濫用の点を除外して(この点は後記認定のとおりである)判断する限り、被告のした本件処分は、各種の法規に適合したものというべきものである。

四  そこで再抗弁の当否について判断する。

1  原告の主張は多岐に亘るが、要するに本件処分は、いわゆる解雇権の濫用であり、その理由は、〈1〉日勤勤務欠勤及び講習不受講の合理性、〈2〉原告の労務提供に対する被告の就労拒否の不当性、〈3〉不参欠勤扱いの不当性等を主張するものと解される。そこで、以下、右事由の存否について検討する。

2  日勤勤務欠勤及び講習不受講の合理性の有無について

(一)  日勤勤務の発生原因、その勤務内容、実態は前記三1(一)認定のとおりであり、右は、企業経営の合理化という観点からみれば、必ずしも効率のよい勤務体制であるということはできない。

(二)  原告が日勤勤務を欠勤した動機・理由について

原告本人尋問の結果によれば次のとおり認められる。

すなわち、原告は外勤機関士の業務は一昼夜勤務こそがその本来の職務であって、年間勤務時間数を形式的に充足させるに過ぎず実体のない日勤勤務をすることは、実質的な労働をせずに俸給を受けることになるのであり、赤字財政を続ける被告の現状下においては、自分としては受け容れられないものである。

また、日勤勤務を欠勤することは、原告の俸給が減額される結果になるにすぎず、被告の業務に何らの支障ともならず、むしろ被告にとり不要な支出を免かれさせ有益な結果をもたらすものである。かかる信念から原告は日勤勤務を欠勤したものであり、このことは遅くとも昭和五五年一〇月には被告新津機関区長に表明していた。以上のとおり認められる。

(三)  DE一〇の運転講習の不受講について

DE一〇の運転講習の必要性は前記三1(三)認定のとおりであり、右認定事実と(人証略)を総合すれば、次のとおり認められる。

被告は、外勤機関士の勤務体制などの変更が実施された昭和五五年一〇月一日以降過渡的な勤務体制を正常化するために、直ちに配置転換等のため外勤機関士から個別に各人の事情を聴取するとともに、被告の事情を説明するなどした結果、同月中に、六名のうちの一名を昭和五六年三月一日付で他に配置転換をし、一名が同年四月一日付で退職することを内定した。そして残る四名がいずれも健康上の理由などから他に配置転換をすることができないので、同年四月一日から石川が退職する予定の昭和五七年三月末日までの一年間に限り、暫定的に原告を含む四名で一交一本の勤務につかせることとした。しかも昭和五六年一月一日から同年二月末日までは、正常な勤務体制でも五名の要員を必要とする三交一本の冬期作業ダイヤが予定されていたので、暫らくの間、日勤勤務が増加するといってもさほど著しいものではなかった。

被告は、区長、助役をして原告に対し再三再四右事情を説明して出勤するよう求めたが、原告は、外勤機関士として残る三名をまず決定すべきであり、決定してから必要であれば受講するなどの主張をかたくなに繰り返し、結局一昼夜勤務につくための講習も受けず、昭和五五年一一月一三日以降不参欠勤を継続した。そのため、原告は一昼夜勤務の割当をされず、日勤勤務のみの割当となった。なお、昭和五五年一〇月一日からの要員の削減、勤務体制及び配置機関車の変更などは、被告の新潟鉄道管理局長と国鉄労働組合、国鉄動力車労働組合、鉄道労働組合及び全国動力車労働組合連合会の各新潟地方本部との間の団体交渉を経たうえ、同年九月二五日の右局長と右各地方本部との合意をみて実施されることとなったものであったが、原告は右に関する組合からの指令を現実には了知してはいなかった。

以上のとおり認められる。

(四)  そこで、かかる事情のもとにおける原告の日勤勤務の欠勤及び講習不受講について合理性が認められるか、について判断する。

前記認定のとおり日勤勤務の現状は、赤字財政に悩む被告の経営合理化の観点からみれば、効率の良い勤務体制であるとはいい難いものでありその点からいえば原告の日勤勤務拒否という行動は、その意図する点においては、これを原告の独自の見解に過ぎないとして捨てさることには、躊躇する一面のあることは否定しえないところではある。しかしながら、かかる経営の合理化・正常化の問題は、原告も認めているように、第一次的には経営の問題であり、その責任者が国鉄の企業形態を充分考慮したうえその範囲において判断・改革していくものである。もとより、個々の現業職員であっても自らの職務遂行の中で無駄を省き合理化に寄与すべきことを考えることは期待されてしかるべきではあるが、その行動の範囲については、職場秩序の維持をそこなうことのないよう、組織の一員として自ずと限界があるものといわなければならない。原告の日勤勤務拒否の行動は、かかる観点に照らすならば、自己の信念の実現を意図するあまり、短兵急に実行されたものと評さざるを得ず、その方法において右の限界を明らかに逸脱したものといわざるを得ない。それゆえ、その主観的意図を考慮したとしても、欠勤を正当化することはできないというべきである。

次に、講習を受講しなかった点は、なるほど原告の主張するように人選を当初から確定すれば、選外の者については受講の必要性は消滅することとなるわけであるが、要員の削減に伴なう勤務体制の変更をどのように実施してゆくかは、人選の確定とともに、いずれも経営権の問題であり、一現業職員の容喙すべき事柄ではないというべきである。もとより一職員であっても、より望ましい勤務体制について上長に進言することまでもが許されないわけではないが、その限度を超えて、自己の意見が受け容れられるまで欠勤を続けるということは許されないものであり、原告の受講拒否・欠勤という行動は、その主観的意図を考慮しても、右の限界を超えたものと評さざるを得ず、受講拒否を正当化することはできないといわなければならない。以上の次第で原告の日勤勤務の欠勤及び講習不受講については、前記諸般の事情を考慮しても、いずれもそれを正当化するに足る合理的事由は認められないというのほかない。

なお、(人証略)によれば、昭和五五年一一月ころには人員削減の見通しがたち、原告を残留させる形でほぼ構想が定まったことが認められるが、かかる構想を原告に告知しなかったからといって、既述のとおり原告に対しては、再三に亘って出勤及び受講方を要請していたことに鑑みれば、原告の日勤勤務拒否を正当化しうるものではない。

3  原告の労務提供に対する被告の就労拒否の不当性の有無について

(一)  (人証略)を総合すれば、原告は、一昼夜交替の外勤勤務については就労の意思を有し、その意思は昭和五五年一〇月一日以降吉井区長、水島助役らに口頭で申し入れていたこと、もっとも原告は右就労の前提として一交一本の人選の確定されることを要求した上でのことであったことが認められる。これに対し、前記認定のとおり吉井区長らはDE一〇の講習を受講することが新体制下における一昼夜交替勤務をなすための不可欠の事柄であるとして、原告が受講を終えるまでは一昼夜交替勤務の割当を見あわせ、日勤勤務のみの割当をしたから、結果的には、一昼夜交替勤務に関する原告の申し入れを拒否する形となったものである。

(二)  そこで、かかる事態が原告の職務履行提供の受領拒絶といいうるか、について判断する。

前記(一)認定のとおり、原告の一昼夜交替勤務に関する口頭による就労意思の表示は、そのことだけを把えてみるならば口頭の提供がなされたと解する余地がないわけではないが、原告の申し入れ内容全体を合理的に解釈するならば、右は、自己の信念に基づいて自ら設定した前提条件――人選の確定がまずなされること――が容れられるならば就労する旨の意思の表示であったといわざるを得ないものであり、かかる前提条件の内容や、その提示自体何ら充分肯認できる根拠のあるものでない以上、前記認定の原告の申入れをもって適法な労務履行に関する口頭の提供がなされたということはできないというべきである。それゆえかかる原告の申入れを容れずに、結果的に原告の一昼夜交替勤務を拒絶した被告の対応は、いわゆる受領拒絶にはならないものというべきであり、かかる行為をもって不当であるということはできない。

4  不参欠勤扱いの不当性の有無について

(一)  昭和五五年一〇月二八日から同年一一月一二日までの原告の欠勤を事故欠勤と扱ったこと、その理由、同月一三日以降の欠勤を不参欠勤として扱ったことは前記三1(五)認定のとおりである。そして右扱いをとることが不適当であると認めるに足る証拠はない。

(二)  もっとも、原告は、日勤拒否の挙に出たのは「止むを得ない行為」であった旨主張するが、原告の信念を実行する手段としては日勤勤務拒否ということが唯一の方法とはいい難いというべきである。一職員としての原告の立場からすれば、日勤勤務の不合理性を、その所属組合における討議の場に議題として提案しその改善を図ることもできようし、あるいは、自ら日勤勤務の実践の過程で職場の同僚・上長と共にその勤務内容を実のあるものにしていくという方向も考えられないわけではないところであるが、いずれにしても原告の日勤勤務拒否をもって「止むを得ない行為」とまでいうことはできないのである。それゆえ、病気、怪我による欠勤としての事故欠勤として扱わず、不参欠勤として扱ったからとして、それをもって不当視するわけにはいかないというべきである。

5  なお、被告が、当初原告の欠勤を事故欠勤として扱ったことによって、原告は苦情処理機関に苦情処理の申立ての救済の機会を逸した旨主張するようであるが、前記認定のとおり、被告が事故欠勤として処理した期間は昭和五五年一〇月二八日から同年一一月一二日までの期間にすぎないこと、同月一二日には、同月一三日からの欠勤の処理について不参欠勤扱いする旨被告は原告に伝えていたこと、その後内容証明郵便による方法も含めて再三に亘って被告から原告に対する不参欠勤の改善方が要請されていることに照らすと、被告が前記のように事故欠勤扱いしたとの一事をもって、原告の救済の機会を失なわしめたということはできないというべきである。

6  そうすると、原告の行為の態様、原因、動機、結果、原告が昭和三四年以来勤務してきた実績その他の諸般の事情を考慮しても、本件処分を選択したことは合理性を欠くものということはできず、本件処分が裁量の範囲を超えた違法な処分と解することはできない。したがって、本件処分には、無効事由やいわゆる解雇権の濫用があるということはできず、原告の主張は理由がないといわざるを得ない。

五  雇用関係の消滅

以上の次第であるから、本件処分は有効であり、原告と被告との間の雇用契約は、本件処分がなされた昭和五六年九月三〇日に終了したものといわなければならない。

六  結論

してみれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は、失当として棄却されるべきであるから、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山中紀行 裁判官 清水信雄 裁判官 吉田健司)

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com