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旭川地方裁判所 昭和30年(ワ)575号 判決

原告 島田豊次郎

被告 国

訴訟代理人 林倫正 外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し、金百万円およびこれに対する昭和三十一年一月十二日から完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、原告は、新潟医科大学付属医学専門部を卒業後、医師として、大正十四年から昭和四年まで、日本赤十字社北海道支部病院に勤務し、次いで、昭和四年四月から現在にいたるまで、旭川市において、外科および産婦人科専門の島田病院の院長をしている。そして、家族として、妻および二人の男子を有し、資産として、右病院建物その他を合せて、約四千五百万円相当を有する。

二、(1)  原告は、昭和三十年三月八日午前六時三十分ころ、札幌地方裁判所裁判官栗原平八郎の発した麻薬取締法違反被疑事件の捜索差押許可状(請求者は北海道警察札幌方面本部司法警察員警視小林袈裟五郎)により、右小林警視の指揮を受けた札幌中央警察署司法警察員森山寅次外一名によつて、肩書地所在の島田病院および原告居宅内を捜索された。

(2)  原告は、右同日、右栗原裁判官の発した同事件の逮捕状(請求者は右小林警視)により逮捕され、札幌中央警察署に留置された。

(3)  次いで、原告は、同月十一日、札幌地方裁判所裁判官奥輝雄の発した同事件の勾留状(請求者は札幌地方検察庁検察官深沢保二郎)により、勾留された。

(4)  さらに、原告は、同月二十一日、右栗原裁判官の勾留期間を昭和三十年三月三十日まで延長する旨の裁判(請求者は右深沢検察官)により、勾留期間を延長された。

(5)  この間、原告の弁護人海老名利一は、同月二十二日、札幌地方裁判所裁判官に対し、勾留理由開示の請求をし、原告は、同月二十五日、釈放された。なお、原告は、同年五月三十日付で、札幌地方検察庁から、本件について「犯罪の嫌疑なし」との理由により、不起訴処分の裁定を受けた。

三、ところで、前記各令状には、原告に対する被疑事実として、「原告は、昭和二十九年九月末ころ、旭川市五条通十丁目右六号の自宅において、前田春夫から、法定の除外事由なくして、麻薬であるナルコボン三十グラムを一グラム三千円の割合にて譲り受けたものである。」との記載がある。しかしながら、原告は、右前田春夫という人物を全然知らず、同人から右麻薬であるナルコボンを譲り受けたことがなく、本件事件には何ら関知していないものであり、また、島田病院および原告居宅内には、不法な麻薬は全く存在しない。

四(1)  しかるに、右小林警視は、右前田春夫およびその他十分な証拠資料を取り調べないのに、あたかも原告が本件と関連があつて、捜索差押の必要があるように主張して、札幌地方裁判所裁判官に対し、右捜索差押許可状を請求し、右栗原裁判官は、本件事実を慎重に審査することなく、右令状を発し、右小林警視は、右令状に基き、部下職員をして、前記のように捜索させた。

(2)  また、右小林警視は、前同様十分な資料を取り調べず、原告が本件の罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由および逮捕の必要がないのに、同裁判所裁判官に対し、逮捕状を請求し、右栗原裁判官は、逮捕の理由および必要が認められないのに、右令状を発し、右小林警視は、右令状に基き、部下職員をして、前記のように原告を逮捕させた。

(3)  さらに、右深沢検察官は、前同様十分な資料を取り調べず、原告が本件の罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がなく、また、原告は定まつた住居を有し、病院長の地位にあつて逃亡のおそれがないなど勾留の必要がないのに、同裁判所裁判官に対し、勾留および勾留期間の延長を請求し、右奥裁判官において、勾留の理由および必要性が認められないのに、勾留状を発し、右栗原裁判官において、同様に、勾留期間延長の裁判をし、右令状に基き、前記のように原告を勾留した。

右のとおり、本件各令状の請求、発付および執行は、違法のものであり、その違法性は、右各令状の請求者であり、かつ、執行者である小林警視、深沢検察官ならびに発付者である栗原裁判官、奥裁判官の、それぞれ、その職務を行うについての故意または過失に基くものである。

五、次に、昭和三十年三月八日午後一時、N・H・K旭川放送局は、原告が本件により逮捕された旨の放送をし、また、同月九日付北海タイムス、北海道新聞、北海日日新聞、産業経済新聞、毎日新聞の各紙上に、右放送と同趣旨の新聞記事が掲載され、原告が麻薬取締法違反容疑者として逮捕された事実が世上に報道され、さらに、北海道立旭川保健所から原告病院に対し、一般外来患者についての診療停止を命ぜられるにいたり、このため、原告の名誉、信用は著るしく毀損された。

しかして、前記札幌中央警察署司法警察員森山寅次外一名が昭和三十年三月八日午前六時三十分ころ、島田病院および原告居宅内を捜索した際、右各報道機関の取材記者が同行していた事実および右各新聞記事の内容から推測すると、右小林警視において、原告の名誉、信用が毀損されることのあるべきを認識しながら、右取材記者に本件についての報道素材を提供し、あるいは、不用意に捜査の結果を漏洩したものである。このような行為は、捜査に関係ある者は捜査上知得した知識、経験、その集めた資料を外部に秘匿して、被疑者の名誉を害しないように注意すべき義務を負う旨の刑事訴訟法第百九十六条の規定に違反してなされた違法のものである。

右のとおり、右小林警視は、その職務を行うについて、故意または過失によつて、原告の名誉、信用を毀損したものである。

六、したがつて、右小林警視の前記四の(1) 、(2) および五の、右深沢検察官の四の(3) の、右栗原裁判官の四の(1) 、(2) (3) の、右奥裁判官の四の(3) の各違法行為は、国家賠償法にいう国の公権力の行使に当る公務員が、その職務の執行について、故意または過失により、違法に他人に損害を加えた場合に該当することが明らかであるから、被告は、その損害を賠償すべき義務があるものというべきである。

かりに右小林警規が国の公権力の行使に当る公務員でないとしても、警察法第三十七条第一項第八号、同法施行令第二条によれば、麻薬に関する犯罪の捜査に必要な旅費、物件費、捜査費その他の経費は、全額国庫が支弁することと規定されているところ、国家賠償法第三条に規定する「その他の費用」中には、右麻薬に関する犯罪の捜査に必要な一切の経費が含まれるものと解すべきであるから、本件事件の捜査についての経費は、国庫が支弁するものである。したがつて、被告は、同条にいわゆる費用の負担者として、右小林警視の右不法行為に基く損害を賠償すべき義務がある。

七、原告は、次の損害を受けた。

(1)  慰藉料

原告は、前記のように違法な捜索、逮捕、勾留を受け、かつはラジオ、諸新聞によつて、原告が麻薬取締法違反容疑者である旨報道され、また旭川保健所から、「一般外来患者についての診療停止を命ぜられたため、その名誉、信用を甚だしく毀損され、精神的打撃を受けた。これは、到底、金銭に見積ることのできないものであるが、かりにこれを金銭に見積るとすれば、原告の経歴、社会的地位、その他諸般の事情を勘案して、金千万円をもつて相当とするものである。

(2)  得べかりし利益の喪失

原告は、右各不法行為により、その営業上の信用を毀損されたため、原告経営の島田病院の昭和三十年度の収入は、金二百七十九万五千六百三十四円となり、昭和二十九年度の収入金三百八十二万三千六百五十九円に比すると、金百二万八千二十五円の減少を来たし、同額の損害を受けたものである。

八、よつて、原告は、被告に対し、国家賠償法の定めるところに従い、前記七の(1) の慰藉料金千万円のうち金五十万円、七の(2) の得べかりし利益の喪失金百万円のうち金五十万円合計金百万円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和三十一年一月十二日から完済にいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため、本訴に及ぶ。

と述べ、被告の答弁事実に対し、

一、 二、三の主張事実を否認する。犯罪の捜査および被疑者の逮捕などいわゆる司法警察権は、元来、国の公権力に該当し、警察法により都道府県に団体委任されたものではないから、警察官が刑事訴訟法に定める司法警察職員として、その権限を行使するのは、国の公権力の行使に当るものにほかならない。このことは、警察法第七十六条第一項、刑事訴訟法第百九十三条、第百八十九条および地方自治法第百八十条の八第三項、別表第三の四の(二)の各規定に照らし明らかである。したがつて、右小林警視の行使した公権力は、国家賠償法第一条にいわゆる国の公権力の行使に当るものである。

二、四の主張事実のうち、原告が被告主張の日時麻薬取締規則違反で懲役一年に処せられたこと、原告が訴外武藤鉄寿と親交があること、原告が被告主張の日時大崎岩雄の依頼で麻薬を鑑定したこと、右武藤と大崎がミネリツト塗料株式会社を経営していたが、事業不振のため解散したことを認めるが、その余の事実を否認する。

と述べ、

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、

一、原告の主張事実中、原告がその主張のような経歴、地位、家族を有すること、原告がその主張の日時その主張のような各令状に基き、捜索、逮捕、勾留され、勾留期間延長の裁判を受けたこと、原告がその主張の日時釈放され、その主張のような不起訴処分の裁定を受けたことは認めるが、原告主張の資産、損害額は不知、その余の事実は否認する。

二、小林警視が原告の主張するように、その職務を行うについて、故意または過失によつて、違法に原告に損害を加えたものでないことは、後に主張するが、これはしばらく措くとしても、同警視は、原告も自認するように北海道警察札幌方面本部に勤務する警察官であり、国の公権力の行便に当る公務員ではないから、この点だけからいつても、同警視の職務執行に関して、被告が国家賠償法により、原告に対し、損害賠償の責に任ずべきいわれはない。

三、次に、原告は、かりに小林警視が国の公権力の行使に当る公務員でないとしても、被告は国家賠償法第三条にいわゆる費用負担者であるから、同条により損害を賠償する義務があると主張するが、後記のように、被告は同条にいわゆる費用負担者ではないので、同法により、原告に対し、損害賠償の責に任ずべきいわれはない。すなわち、同条によれば、「公務員の俸給、給与その地の費用」と規定され、その文理からして、「その他の費用」とは、公務員にかかる俸給、給与に準ずべき人件費を意味するにほかならない。

また、同条については、いわゆる費用の負担者に賠償責任を負担せしめた趣旨は、経済的負担の帰するところに直接損害賠償請求権の行使を認めるものであるから、同条における「その他の費用」を単に人件費的なものに限るべきでないとの見解もあるが、かりに右見解にしたがうとしても、これによつて、直ちに、同条の「その他の費用」が一切の経済的負担を包含するものとは解せられず、かえつて、自ら一定の制限があるものと解する。けだし、同条の「その他の費用」の観念が一切の経済的負担を包含するとせば、「公務員の俸給、給与その他の費用」と規定した文理と全くかけ離れた解釈をすることとなり、全く合理的理由がない。したがつて、同条にいう「その他の費用」とは、一切の経済的負担を意味せず、むしろ、俸給、給与などに準ずべき費用の意味に解釈されるべきである。したがつて、都道府県警察の犯罪捜査に開する費用が国庫から支弁されるとしても、被告は、同条にいわゆる費用負担者に該当しないから、同条により損害賠償の責任はない。

四、原告の病院および居宅内の捜査差押ならびに原告に対する逮捕、勾留、勾留期間の延長は、いずれも合法的であつて、違法ではない。その理由は、次のとおりである。

(1)  小林警視の捜索差押許可状および逮捕状の請求ならびに栗原裁判官の右各令状の発布について

(イ)  麻薬取締法違反被疑事件で勾留中の訴外才賀静夫は、昭和三十年二月二十五日および同年三月五日、司法警察員に対し、「右才賀が昭和二十九年九月ごろ、前田春夫から麻薬であるナルコポンの販売を依頼された際に、同人から、同人は、同月ころ、知人の武藤鉄寿の紹介で、旭川市の島田病院に行き、原告にナルコポン三十グラムを一グラム三千円の割合で売つた。そして、そのとき、原告は、右前田に対し、このナルコポンは非常に良い品だ。自分が軍医をしていたときに使用したことがあると話したとのことを聞いたことがある。」旨を供述した。

(ロ)  麻薬取締法違反被疑事件で逮捕されたことのある訴外荒谷一夫は、昭和三十年三月四日、司法警察員に対し、「右荒谷は、札幌市南一条西八丁目所在の松永アパートで、前田春夫から、同人が昭和二十九年十月ころ旭川市内に麻薬を売り込んできたと話したのを聞いたことがある。」旨を供述した。

(ハ)  右才賀静夫および荒谷一夫の各供述は、いずれも麻薬関係者の供述で相当信憑性があるところ、麻薬の売込人は、いずれも前田春夫であり、その売込先は旭川市内であつて、しかも、その売込時期は昭和二十九年秋ごろである点から、両者の供述は一致し、なお、捜査の結果、原告が軍医をしていたことが確認された。

(二) 右前田春夫については、麻薬の密売者として、捜査を進められていたが、当時、麻薬の売込みに失敗し、東京都内に潜伏しているものであつて、麻薬の密売をしていることについては、捜査機関としては疑をいれる余地がなかつた。

(ホ)  島田病院においては、麻薬中毒患者に対する施用の目的で不法に麻薬を入手し、右患者にこれを施用している旨の風評を、捜査機関において探知していた。

(ヘ)  原告は、昭和二十七年ころ、麻薬取締規則違反で懲役一年に処せられたことがあつた。

以上の事実によれば、原告と右前田春夫との間に、麻薬の密売買があつたことが推認され、かつ、原告は、昭和二十三年、麻薬取締規則違反で検挙された際、相当証拠の隠匿を図つたことがあるので、小林警視は、本件について、証拠の収集保全を図り、かつ、事案の性質上、原告を逮捕する必要があるものと認め、札幌地方裁判所裁判官に対し、右才賀静夫の司法警察員に対する昭和三十年二月十五日付および同年三月五日付供述調書、荒谷一夫の司法警察員に対する同年三月四日付供述調書および司法警察員金野春三他一名作成の「麻薬取締法違反被疑事件捜査報告について」と題する書面などの資料を提供して、捜索差押許可状および逮捕状の請求をした。右請求を受けた栗原裁判官は、右資料により、原告が本件の罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があり、かつ、捜索差押の必要ならびに原告逮捕の必要があるものと判断して、捜索差押許可状および逮捕状を発したものである。

(2)  深沢検察官の勾留請求および奥裁判官の勾留状発付について

(イ)  深沢検察官は、司法警察員から、書類とともに、原告の身柄の送致を受けて、原告を取り調べ、かつ、右送致書類を検討した。右書類の中には、前記才賀、荒谷の各供述調書のほか、訴外武藤鉄寿の司法警察員に対する昭和三十年三月九日付供述調書があつた。右武藤の供述調書によれば、右武藤は原告とは三十年来の友人であつて、親しく交際していること、右武藤は訴外馬崎武夫の紹介で前記前田春夫と一度会つたことがあること、右武藤は島田病院の屋根修理工事の請負監督をしていた訴外大崎岩雄から、「大崎が昭和二十九年十二月ころ、旭川市で原告に麻薬の鑑定をしてもらつたが、原告は、その麻薬は偽物ではないだろうといつていた。」とのことを聞いたことがあること、右大崎が麻薬の密売者であることは、右武藤らのグループでは公然の秘密であることが認められる。

(ロ)  当時、札幌地方検察庁において捜査した結果、次の事実が判明した。すなわち、右武藤と大崎とが訴外ミネリット塗料会社を共同経営していたところ、事業不振のため解散するにいたつたが、その後、右武藤らは、訴外馬崎万次郎およびその弟訴外馬崎武夫と新しい会社を設立すべく、その準備に着手したことがあり、右武藤、大崎、馬崎万次郎、馬崎武夫らは相当深い関係にあつたと推認される。そして、右前田春夫は、右馬崎万次郎の娘を妻にしているものである。

以上の事実と前記四の(1) 記載の事実とを合せ考えると、本件麻薬の密売買については、組織的なつながりがあると推認され、さらに、原告が本件の罪を犯した疑が一層強められたので、深沢検察官は、原告を留置する必要があるものと考え、札幌地方裁判所裁判官に対し、前記四の(1) 記載の資料に、右武藤鉄寿の司法警察員に対する昭和三〇年三月九日付供述調書、原告の検察官に対する供述調書および警察技術吏員千葉幹雄作成の鑑定書写を追加して、提供し、原告の勾留を請求した。右請求を受けた奥裁判官は、右資料により、原告が本件の罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があり、かつ、重要参考人前田春夫が東京方面に逃亡し、所在捜査中であることから、原告において罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるので、原告を勾留する必要があると認め、勾留状を発したのである。

(3)  深沢検察官の勾留期間の延長請求および栗原裁判官の勾留期間の延長の裁判について

本件は、前記四の(2) 記載のとおり、麻薬の密売買について組織的つながりがあり、このため関係人多数であり、特に、原告に麻薬を譲り渡したという前田春夫の所在を発見し、その取調をする必要があつた。そこで、深沢検察官は、札幌地方裁判所裁判官に対し、前記(1) および(2) 記載の資料のほか、巡査坂井仁作成の「麻薬取締法違反被疑事件捜査報告」と題する書面および訴外森岡博の検察官に対する昭和三十年三月二十日付供述調書を追加して、提供し、勾留期間を昭和三十年三月三十日まで延長する請求をした。右請求を受けた栗原裁判官は、本件の裏付け捜査のため、なお多数関係人を取り調べる必要があること、特に前記のように主要参考人である前田春夫が当時逃亡中であることを合せ考えた結果、勾留期間を延長するやむをえない事由があるものと認め、勾留期間を昭和三十年三月三十日まで延長する裁判をしたのである。

と述べた。

立証〈省略〉

理由

原告が旭川市において外科および産婦人科専門の島田病院を経営しているものであること、昭和三十年三月八日、北海道警察札幌方面本部司法警察員警視小林袈裟五郎の請求により札幌地方裁判所裁判官栗原平八郎の発した麻薬取締法違反被疑事件の捜索差押許可状に基き、札幌中央警察署司法警察員森山寅次外一名により右島田病院および原告居宅内が捜索されたこと、同日、原告が右小林警視の請求により右栗原裁判官の発した本件の逮捕状に基き逮捕されたこと、原告が同月十一日、札幌地方検察庁検察官深沢保三郎の請求により同裁判所裁判官奥輝雄の発した本件の勾留状に基き、勾留されたこと、原告が同月二十一日、右深沢検察官の請求により右栗原裁判官の勾留期間を同月三十日まで延長する旨の裁判に基き、勾留期間を延長されたこと、原告が同月二十五日、釈放されたこと、原告が同年五月三十日、同検察庁における取調の結果、本件について、「犯罪の嫌疑なし」との理由により不起訴処分の裁定を受けたことは、いずれも、当事者間に争いがない。以下順次、原告主張の不法行為の成否について、判断する。

小林警視の捜索差押許可状および逮捕状の請求ならびに栗原裁判官の右各令状の発布について

成立に争いのない乙第一ないし第四号証、甲第十二号証、証人金野春三、同森山寅次、同坂井仁の各証言を総合すれば、次の事実が認められる。

(1)  麻薬取締法違反被疑事件で勾留されていた訴外才賀静夫の司法警察員に対する昭和三十年二月十五日および同年三月五日付供述調書によれば、才賀静夫は、「昭和二十九年九月ころ、前田春夫から麻薬であるナルコポンの販売を依頼され、ナルコポン五グラムを預つたが、その際、同人から、同人が同月ころ、知人の武藤鉄寿の紹介で、旭川市の島田病院に行き、原告にナルコポン三十グラムを一グラム三千円の割合で売つた。そして、そのとき、原告は、前田に対し、このナルコポンは非常に良い品だ。自分が軍医をしていたときに使用したことがあるといつていたとのことを聞いたことがある。」旨を供述していること。

(2)  麻薬取締法違反被疑事件で逮捕されたことのある訴外荒谷一夫の司法警察員に対する昭和三十年三月四日付供述調書によれば、荒谷一夫は、「昭和二十九年十月ころ、札幌市南一条西八丁目所在の松永アパートにおいて、前田春夫から、同人が同月ころ、旭川市内に麻薬を売り込んできたといつていたのを聞いたことがある。」旨供述していること。

(3)  原告は、もと軍医であつたこと。

(4)  右才賀静夫および荒谷一夫は、いずれも麻薬関係者であつてその供述には相当信憑性があると思料されたこと。

(5)  右前田春夫は麻薬の密売者として、捜査を進められていたが当時、麻薬の売込みに失敗し、東京方面に逃亡し、所在不明であつたこと。

(6)  原告は、昭和二十三年、麻薬取締規則違反で検挙された際、証拠品の隠匿を図つた事実があること。

(7)  小林警視は、札幌地方裁判所裁判官に対し、才賀静夫の司法警察員に対する昭和三十年二月十五日付供述調書(乙第一号証)荒谷一夫の司法警察員に対する同年三月四日付供述調書(乙第二号証)、巡査部長金野春三他一名作成の「麻薬取締法違反被疑事件捜査報告について」と題する書面(乙第三号証)、才賀静夫の司法警察員に対する同年三月五日付供述調書(乙第四号証)の資料を提供して、捜索差押許可状および逮捕状の請求をしたこと。

右認定に反する証人武藤鉄寿、同岡野光男の各証言、原告本人の供述は、前記各証拠に対比して採用できず、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

また、原告が昭和二十七年、麻薬取締規則違反で懲役一年に処せられたことは、当事者間に争いがない。

以上の事実を総合すれば、原告と右前田春夫との間で、麻薬の取引があつたことが疑いうる。そこで、右小林警視は、原告が本件の罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるので、本件に関する麻薬その他証拠品の収集保全をし、同時に、事案の性質上、原告を逮捕する必要があるものと判断し、捜索差押許可状および逮捕状の請求をし、右請求を受けた右栗原裁判官は、右資料に基き、右令状を発付するに足りる相当な理由およびその必要があると判断して、右令状を発したと認めるのが相当である。

したがつて、右小林警視および栗原裁判官に故意のないことは、明らかといわなければならない。

また、右令状の請求および発付について、事後において客観的に観察した場合、資料具備の点について不当性があり、事件の処理を誤つて、他人に損害を与えた事実があつたとしても、その過誤をもつて、常に司法警察員や裁判官の過失に出たものということはできない。ただ、その過誤が司法警察員や裁判官の不注意など、その責に帰すべき事由に基因する場合に限り、過失があるというべきである。本件において、右各令状の請求および発付自体は、形式的な違法はなく、さらに、小林警視、栗原裁判官の令状の請求発付の判断の対象となつた前記資料は起訴後の資料のように証拠能力について何らの制限はなく、また、被疑事実の存在を確信する程度までの心証をうるに足りるものを要求するものではないと解すべきところ、その職にある者に通常要求される注意をもつて、右資料に基き、捜索差押許可状および逮捕状の請求発付をすることは、直ちに違法とはいいえない。したがつて、右資料をもつて、小林警視、栗原裁判官が本件各令状の請求発付に適法かつ十分の資料と認めたことに、過失があるということはできない。したがつて、この点に関する原告の主張は採用できない。

二、深沢検察官の勾留請求および奥裁判官の勾留状発布について成立に争いのない乙第五、六号証、証人武藤鉄寿の証言、弁論の全趣旨を綜合すれば、次の事実が認められる。

(1)  武藤鉄寿の司法警察員に対する昭和三十年三月九日付供述調書によれば、武藤鉄寿は、「原告とは三十年来の友人で親しく交際しているが、馬崎武夫の紹介で前田春夫と一度会つたことがある。また、島田病院の屋根修理工事の請負の監督をしていた大崎岩雄から、同人が昭和二十九年十二月ころ、旭川市で原告に麻薬の鑑定をして貰つたが、原告は、その麻薬は偽物ではないだろうといつていたとのことを聞いたことがある。」旨の供述をしていること。

(2)  右大崎岩雄が麻薬の密売者であることは、武藤らのグループでは、公然の秘密とされていること。

(3)  右武藤鉄寿と大崎岩雄とは、訴外川崎和一とともに、ミネリット塗料会社を経営していたが、事業不振のため解散し、その後、武藤は、右大崎、川崎、馬崎万次郎およびその弟馬崎武夫とともに、新しく、砿精塗料という名の会社を設立する準備をしたことがあり、武藤、大崎、馬崎万次郎、馬崎武夫らは相当深い関係にあり、しかも、前田春夫は、馬崎万次郎の娘を妻にしていること。

(4)  前記荒谷一夫は、麻薬取締法違反事件での鑑定の結果、モルヒネ(コデイン含有)を所持していた事実が判明したこと。

(5)  深沢検察官は、札幌地方裁判所裁判官に対し、前記一記載の資料のほか、武藤鉄寿の司法警察員に対する昭和三十年三月九日付供述調書(乙第五号証)、警察技術吏員千葉幹雄作成の鑑定書写(乙第六号証)を追加して提供し、原告の勾留を請求した。

以上の事実および前記一記載の事実を綜合すれば、麻薬の密売買については、右武藤鉄寿、大崎岩雄らの組織的なつながりがあることが推認され、原告が本件の罪を犯したとの疑いが強められた。そこで、深沢検察官は、原告が本件の罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があり、かつ、重要参考人前田春夫が逃亡中であるので、原告を留置する必要があるものと判断して勾留を請求し、右請求を受けた同裁判所裁判官奥輝雄は、右資料に基き、原告を勾留する理由およびその必要があると判断して、勾留状を発したと認めるのが相当である。

したがつて、右深沢検察官および奥裁判官に故意のないことは明らかといわなければならない。

また、過失の点については、前記一記載と同様のことがいいうるので、右資料をもつて、深沢検察官および奥裁判官が本件勾留状の請求発付に適法かつ十分の資料と認めたことに過失があると認めることはできない。したがつて、この点に関する原告の請求は採用できない。

三、深沢検察官の勾留期間延長の請求および栗原裁判官の勾留期間延長の裁判について

成立に争いのない乙第七号証、弁論の全趣旨を綜合すれば、次の事実が認められる。

(1)  森岡博の検察官に対する昭和三十年三月二十日付供述調書によれば、森岡博は、「前田春夫、三崎、渡辺とともに、昭和二十九年九月、大崎岩雄から麻薬を受け取つたことがあるが、その際、大崎は右麻薬については、原告の鑑定を受けて居り、原告にも一グラムを二千円で売つたといつていた。」旨の供述をしていること。

(2)  深沢検察官は、札幌地方裁判所裁判官に対し、前記一、二記載の資料のほか、森岡博の検察官に対する昭和三十年三月三十日付供述調書(乙第七号証)を追加して提供し、勾留期間の延長を請求したこと。

以上の事実および前記一、二記載の各事実を綜合すれば、前記のとおり、本件は、麻薬密売買について、組織的なつながりを有し、そのため、関係者多数であり、かつ、重要参考人前田春夫および大崎岩雄の所在を発見して、その取調をする必要があつた。そこで深沢検察官は、勾留期間を昭和三十年三月三十日まで延長する請求をし、右請求を受けた前記栗原裁判官は、右資料に基き、勾留期間を延長するやむをえない理由があると判断して、勾留期間を前同日まで延長する裁判をしたと認めるのが相当である。

したがつて、右深沢検察官および粟原裁判官に故意のないことは、明らかといわなければならない。

また、過失の点については、前記一記載と同様のことがいいうるので、右資料をもつて、深沢検察官および栗原裁判官が勾留期間延長の請求ならびに裁判をすることに適法かつ十分の資料と認めたことに過失があると認めることはできない。したがつて、この点に関する原告の請求は採用できない。

四、二ュース放送および新聞記事などによる原告の名誉の侵害について

成立に争いのない甲第十三号証の一ないし十、証人武藤鉄寿の証言、原告本人の供述を綜合すれば、原告が麻薬取締法違反事件の容疑者として逮捕されたことが、昭和三十年三月八日N・H・K旭川放送局から放送され、また、同月九日付北海タイムス、北海道新聞、北海日日新聞、産業経済新聞、毎日新聞の各紙上にも同趣旨の記事が掲載されて世上に報道され、一般多数人の知るところとなつたことが認められる。しかして、本件のような罪により被疑者が逮捕され、新聞、ラジオで報道されるときは、これにより被疑者が不名誉を蒙り、信用を失墜することは常識上当然推知されることである。原告は、本件の罪の犯人ではないけれども、被疑者として報道されたことにより、不名誉を蒙り、信用を毀損されたことは明らかであり、これにより精神的苦痛を受けたものというべきである。しかしながら、小林警視が右報道の素材である事実を取材記者に発表した事実を認めるに足りる証拠はなく、さらに、前記のように、原告の逮捕について、小林警視に故意または過失があるとは認められないから、原告の名誉の侵害は、小林警視の故意または過失に起因するものということはできない。

さらに、原告は、北海道立旭川保健所から診療停止処分を受けた旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、かえつて、原告本人の供述によれば、同保健所から島田病院に対し、原告の不在中、管理者変更届を出さなければ、他の医師が同病院で診療できない旨を通知したにすぎないことが認められる。

したがつて、この点に関する原告の主張は、いずれも、採用できない。

五、以上のとおり、原告主張の不法行為は、いずれも、その成立を認め難いので、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は、その理由がないから、これを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 立沢秀三 田中永司 佐藤栄一)

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