大判例

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旭川地方裁判所 昭和33年(わ)454号 判決

被告人 佐竹伯武

主文

被告人を懲役四年に処する。

未決勾留日数中四〇日を右本刑に算入する。

押収にかかる短刀一振(証第一号)を没収する。

理由

(事実)

被告人は、昭和二七年三月旭川工業高等学校を卒業後直ちに北海道開発局旭川開発建設部に技術補助員として就職、中川郡中川村所在の同開発建設部天塩川中川治水事業所に一時在勤中、昭和二九年一〇月頃偶々病を得て同地の中川診療所に通院したことから、同診療所に看護婦として勤務していた佐竹年子(当時佐野姓一七歳)と知り合い交際するうちに互に愛情を抱くようになり、翌三〇年三月頃には結婚を約束するまでになつたが、その後年子は喀血し、旭川市内の病院に入院したので母親などから年子との結婚に反対されるに至つた。しかし被告人は入院中の年子を屡々見舞うとともにその思慕の情は益々深まり、同女が約一年後恢復して旭川市内の病院に勤め再び看護婦として働くようになるや、屡々同女を両親のもとに伴いその同意を得て昭和三二年八月、二人は婚姻し、勤務はそのままで両親等とともに、同市宮下通一八丁目の鉄道官舎に同居することになつた。新婚当初は他人が羨む程に睦まじく、また年子は舅姑にも良く仕えたので家庭に不和をかもし出すようなことはなかつたが、生来派手で、男好きである上、ダンスを特に好む年子は、昭和三三年春頃から勤めの帰途屡々ダンスホールに立寄つてダンスに耽り、次第に帰宅が深夜に及ぶことも珍らしくない程になつた。被告人は両親にこの事が知れることを懼れ独り密かに心を痛めるだけで、同女に対し特にとがめ戒めることもしなかつた。このような被告人の態度に増長した同女は、同年七月初頃無断二晩程続けて外泊したので、被告人も黙過できず同女にきつく事由を問い糺したところ、過去に交際したことのある男が勤め先まで尋ねて来たのでその男の旅館まで行つて話をし綺麗に別れて来ただけで決して醜い関係をしていないと涙ながらの謝罪に被告人はこれを許容し、その後一時は同女の不品行もおさまつたかに見えた。しかし七月末頃から二月程被告人が出張し不在になると、同女は再びダンスホールに足繁く通い出し、同年九月頃偶々同市三条通り八丁目ダンスホール「ミス旭川」で寺園英美と知り合うや人妻であることを殊更秘して同人と交際を始め、同人から屡々年子の勤務先に誘いの電話が掛つて来るようになつた。被告人は出張から帰り年子が自己の不在中始終ダンスホールに出入していたばかりか、男友達まで拵えて遊び歩いていたことを知り、余りのことに驚愕し且つ嫉妬に胸を掻毟られる思いであつたが、漸く気を取り直し年子に対してはそのことについて何も触れないでいた。同年一一月一日、同女は友人の送別会で帰りが遅くなると偽つて寺園とダンスホール「ミス旭川」でダンスに打ち興じていたところ、同女の帰宅の遅いのを案じ探しに来た被告人が同女を認めるや、その腕を取つて一緒に踊ろうとすると同女はこれを邪慳に拒み、「この雰囲気を壊したくないから帰つてちようだい」とさえ言い出す始末に、被告人も憤慨してひとり帰宅してしまつた。年子はその夜遅く酒に酔つて帰つて来たが、被告人と二人きりになると全く真摯な態度で、被告人を欺いて寺園と交際していたことを告白懺悔し、同人とは今後交際しないと誓い許しを乞うので、被告人も怒りを押え同女の乞を容れてこれを宥恕した。ところが、同女は翌日寺園に会い自分が既に人妻の身であることを明しこの上交際を続けることは互に相手を不幸に陥れることになるからと別れ話を持ち出したものの、同人からこの儘別れてしまうのは残念だから友達として今後なお交際して欲しいと言われるとこれを承諾してしまつた。一方年子と寺園とは綺麗に別れてしまつたものと信じ込んでいた被告人は、週末である同月八日には久し振りに年子と二人で外出できるものとの期待に胸を踊らせていたので、同日の朝は年子に帰宅の時間を確めて置く程であつたにも拘らず、年子は午後二時頃寺園から電話でダンスに誘われると直ちに同人と約束し午後六時頃同人と落ち合いダンスホール「ミス旭川」に赴いてダンスに興じていた。年子が予定の時刻になつても一向に帰つて来る気配が見えないので些か焦慮した被告人は、同女の勤め先の病院の前に至つて午後六時半過まで待つたが同女が現れないのに痺れをきらし電話で問い合わせると同女はすでに帰つてしまつたことが解つた。止むなく自宅に引返して見たが同女は帰宅していないので、猜疑心に駆られ黯然としていたところ、暫くして帰宅した姉から年子は男から電話が掛つて来て早々と勤め先から出掛けたらしいと聞かされ、到底信じられぬことだと思いながらも焦躁感を押えがたく姉から外出を誘われてもこれに応ずる気にもなれず只管年子の帰りを待ちわびていた。被告人の母と姉は、この様子を見兼ねて、午後八時頃年子を探して連れ戻ろうと考えダンスホール「ミス旭川」に赴いて年子を呼び出したところ、同女はこの呼び出しに応じて直ぐ出て来たが、母や姉に随つて同ホールの入口まで来ていた被告人を見付けると、被告人と共に帰る旨答えて母と姉とを先に帰らせ、被告人に対しては自分は帰らないから先に帰つて呉れと言い出した。被告人はこれを宥めたり賺したりしながら午後九時半頃ようやく自宅へ連れ戻つたが、途中同女は被告人の言葉に耳もかさず非常に興奮した態度で「下着と夜具だけ頂いて家を出る。披露宴の費用等は働いて払うから別れて下さい。」などと口走り、二人の居室へ入るや手当り次第箪笥を開けて下着類や風呂敷等を引張り出し、持物を纒めて出て行こうとするので、被告人は同女の手を押えてこれを止めようとすると、同女はその手を邪慳に払い除けて被告人を突き飛ばした。ここに、被告人はこれまで何度となく同女に裏切られたことを想起し、その裏切にも拘らず同女に対する未練を断ち切れないでいる自分を振り捨てようとする同女の非情な態度に絶望し、この上は一思に同女を亡き者にすると共に自分も死ぬことによつて同女と添い遂げる外はないと考え同女を殺害しようと決意し、傍の机の抽出しから刃渡約一五、五糎の短刀一振(証第一号)を取り出して右手に持ち、後向きに立つていた同女に「清算しよう」と呼びかけ、この声に振り向いた同女の左乳嘴附近を力まかせに突き刺し、因つて即時同所において同女を心臓損傷による失血により死亡させて殺害の目的を遂げたものである。

(証拠)〈省略〉

(適条)

被告人の判示所為は刑法第一九九条に該当するところ、所定刑中有期懲役刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人を懲役四年に処し、同法第二一条に従い未決勾留日数中四〇日を右本刑に算入し、押収にかかる短刀一振(証第一号)は被告人が本件犯罪行為の用に供したものであつて被告人以外の者に属しないから同法第一九条第一項第二号第二項に従いこれを没収する。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 星宮克已 太田実 金沢英一)

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