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旭川地方裁判所 昭和60年(ワ)447号 判決

原告

梅澤健太

ほか二名

被告

安田火災海上保険株式会社

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告梅澤健太、原告梅澤春奈に対し、各金四七五万円、原告梅澤久美子に対し、金九五〇万円および右各金員に対する昭和六〇年一二月二八日から支払ずみまで年六分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  1につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文第一、二項と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告梅澤久美子(以下「原告久美子」という)は、亡梅澤春夫(以下単に「春夫」という)の妻であり、原告梅澤健太(以下「原告健太」という)、原告梅澤春奈(以下「原告春奈」という)は、原告久美子と春夫との間の長男と長女である。

2  春夫は、昭和六〇年一月一五日午前零時三七分ころ、原告久美子の所有する普通乗用自動車トヨタクラウン(旭三三―さ―一七〇九、以下「本件車両」という)を運転中、上川郡剣淵町第一二区二九六七番地交差点において本件車両を路外に逸脱させる事故(以下「本件事故」という)を起こし死亡した。

3  被告は、自動車損害保険等を業務とする保険会社であるが、原告久美子は、昭和五九年五月一九日、被告との間で同日から昭和六〇年五月一九日までの間、本件車両の運転者(被保険者)が自損事故により死亡したときは、被告は運転者(被保険者)の相続人に対し、自損事故死亡保険金として金一四〇〇万円、搭乗者傷害保険の死亡保険金として金五〇〇万円、合計金一九〇〇万円の保険金を支払う旨の自家用自動車保険契約(以下「本件保険契約」という)を締結した。

4  原告らは、春夫が本件事故により死亡したことによつて、それぞれ相続分に応じて、原告健太、原告春奈は各四分の一、原告久美子は二分の一宛本件保険金請求権を取得したが、被告は、原告らに対し、本件保険金を支払わない。

5  よつて、原告らは、被告に対し、保険金として各自相続分に応じて、原告健太、原告春奈につき各金四七五万円、原告久美子につき金九五〇万円および右各金員に対する本訴状送達の日の翌日である昭和六〇年一二月二八日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は知らない。

2  同2、3は認める。

3  同4のうち、被告が本件保険金を支払わないことは認める。

4  同5は争う。

三  抗弁

1  本件保険契約に適用される自家用自動車保険普通保険約款(以下「本件約款」という)二章三条一項二号及び四章二条一項二号には「被保険者が酒に酔つて正常な運転ができないおそれがある状態で被保険自動車を運転しているときに、その本人について生じた傷害」については保険金を支払わない旨の免責条項がある。

2  右免責条項に規定する「酒に酔つて正常な運転ができない状態」での運転(以下「酒酔い運転」という)であるか否かは、運転者のアルコール保有状態等の内部的状態と言動等の外部的状態とから判断すべきものである。

3  春夫のアルコール保有状態は、血液一ミリリツトル中に一・四ミリグラムであつた。酩酊の度合は、ほぼ血中アルコール濃度に平行しており、血中アルコール濃度の程度と作業能力の減退の程度は、血中アルコール濃度〇・〇五パーセント(血液一ミリリツトル中に〇・五ミリグラム)のときには反応時間が正常時の二倍に、〇・一〇パーセント(血液一ミリリツトル中に一ミリグラム)のときには反応時間が正常時の四倍になる。また、血液一ミリリツトル中に一・四ミリグラムのときの事故発生率は、〇・四ミリグラムのときに比べて約一五倍になり、正常時に比べると一五倍以上になる。

4  春夫の言動等の外部的状態については、それ自体を直接認識することのできる資料はない。

春夫は、昭和六〇年一月一四日午後八時三〇分ころから剣淵町栄町所在のスナツク「宴」において友人田代聡、立井優一と共に飲酒し、三人で焼酎三本(一本当り七二〇ミリリツトル入り)と四本目の一部を番茶で割つて飲んだ。春夫と田代は、翌一五日午前零時三〇分すぎに同店を出て、春夫が本件車両を運転し、田代が助手席に同乗して自宅のある士別市に向かつて走行中本件事故にあい二名共死亡した。

本件事故現場付近は、ゆるやかな見通しのよい平坦な左カーブであり、通常の状態で運転していれば難無く通過できる場所である。春夫は、当時路面が凍結状態であるにも拘らず、時速約一〇〇キロメートルの高速度で走行し、カーブを曲がり切れず、本件車両を路外に逸脱させ、電柱に激突したことなどからみて、春夫が酒に酔つて正常な運転ができないおそれのある状態で本件車両を運転していたことは明らかである。

5  以上のとおり、本件事故は免責条項に該当するので、被告は、原告らに対し、本件保険金を支払う義務がない。

四  抗弁に対する原告の認否及び主張

1  抗弁3のうち、春夫の血中アルコール濃度が一・四ミリグラムであつたことは知らない。

2  同4の第二段は認める。第三段のうち、春夫が本件車両を時速約一〇〇キロメートルの高速度で運転していたことは知らない。春夫が酒に酔つて正常な運転ができないおそれのある状態で本件車両を運転していたことは否認する。その余の事実は認める。

3  同5は争う。

4  (原告の主張)

(一) 自動車損害保険は、自動車事故による被害者の損害の填補を目的とするものであるから、本件保険約款は被害者あるいはその遺族の救済の趣旨に添つて解釈されるべきである。

(二) 春夫は、本件飲酒の際、その後の運転に備え、飲酒量を控えていた。春夫のアルコールの保有状態は、血液一ミリリツトル中に一・四ミリグラムであり、右酒気濃度は道路交通法にいう「酒気帯び状態」の濃度である。同法によれば酒酔い運転と酒気帯び運転とは区別され、酒酔い運転は、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれのある状態での運転をいうものとされるが、右一・四ミリグラム程度の濃度は微酔とされ、直ちに酒酔い運転には該当しないものである。

(三) 本件事故現場付近は、剣淵町市街より士別方向への国道に出る途中であるが、下り坂で橋を下り終わつたところでカーブする道路状況であり、スピードが出やすく通常の走行においても極めて危険な状態であつた。しかも、当時路面が凍結していたことからすると、本件事故は単に春夫の酒気帯び運転のみならず、気象状況によるものである。

(四) 従つて、本件事故は免責条項に該当せず、被害者春夫の遺族救済のためにも本件保険金は支払われるべきものである。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  以下の事実は、当事者間に争いがない。

1  亡梅澤春夫は、昭和六〇年一月一四日午後八時三〇分ころから上川郡剣淵町栄町所在のスナツク「宴」において友人田代聡、立井優一と共に飲酒し、三人で焼酎三本(一本当り七二〇ミリリツトル入り)と四本目の一部を番茶で割つて飲み、春夫と田代は、翌一五日午前零時三〇分すぎに同店を出て、春夫が原告久美子の所有する本件車両を運転し、田代が助手席に同乗して同町第一二区二九六七番地の交差点付近を自宅のある士別市に向かつて走行中、同日午前零時三七分ころ本件車両を路外に逸脱させ、電柱に激突して両名共死亡したこと

2  本件事故現場付近は、ゆるやかな左カーブであり、当時路面は凍結状態であつたところ、春夫はカーブを曲がり切れずに本件事故を起こしたこと。

3  被告は、自動車損害保険等を業務とする保険会社であるが、原告久美子は、昭和五九年五月一九日、被告との間で同日から昭和六〇年五月一九日までの間、本件車両の運転者(被保険者)が自損事故により死亡したときは、被告は運転者(被保険者)の相続人に対し自損事故死亡保険金として金一四〇〇万円、搭乗者傷害保険の死亡保険金として金五〇〇万円、合計一九〇〇万円の保険金を支払う旨の自家用自動車保険契約(本件保険契約)を締結したこと及び春夫は本件事故によつて死亡したが、被告は原告らに対し本件保険金を支払わないこと

二  まず、春夫が本件保険契約の被保険者に該当するかどうかについて検討すると、成立に争いのない乙第一号証、第三号証の一ないし六、証人立井優一の証言及び原告久美子本人尋問の結果によれば、原告久美子と被告間の本件保険契約の内容となつている本件保険約款二章(自損事故条項)五条、一条には「被告は、被保険者が被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故により身体に傷害を被り、その直接の結果として死亡したときは、死亡保険金を被保険者の相続人に支払う」旨、同四章(搭乗者傷害条項)四条、一条には、「被告は、被保険自動車の正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者(被保険者)が被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故によつて身体に傷害を被り、その直接の結果として、事故の発生の日から一八〇日以内に死亡したときは、死亡保険金を被保険者の相続人に支払う」旨それぞれ記載されていること、原告久美子は春夫の妻であり、原告健太、原告春奈は原告久美子と春夫との間の長男と長女であつて、原告らはいずれも春夫の相続人であること、春夫は本件車両をその所有者である原告久美子から時々借りて使用していたこと、春夫は本件事故当時も原告久美子から本件車両を借りて使用し、友人と飲酒後本件車両を自ら運転して帰宅する途中本件事故を起こして死亡したことが認められる。

右認定の事実によれば、春夫は、自損事故保険の関係では自動車損害賠償法二条三項にいう「保有者」すなわち「自動車を使用する権利を有する者で自己のために自動車を運行の用に供するもの」にあたるので、本件約款二章二条一号の「被保険自動車の保有者」に該当し、搭乗者傷害保険の関係では本件約款四章一条一項の「被保険自動車の正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者」にあたるので、いずれの条項においても「被保険者」に該当するということができる。

三  次に、被告の免責の抗弁について判断する。

成立に争いのない乙第一号証によると、本件保険約款二章(自損事故条項)三条一項二号には「被保険者が酒に酔つて正常な運転ができないおそれがある状態で被保険自動車を運転しているときに、その本人について生じた傷害については保険金(同章一条により死亡保険金を含む)を支払わない」旨規定し、同約款四章(搭乗者傷害条項)二条一項二号、一条にも同旨の規定があることが認められる。

そして、右免責条項にいう「酒に酔つて正常な運転ができないおそれがある状態」とは、アルコールの影響により正常な運転(道路における危険を防止し、交通の安全を図るために運転者に課せられている相当の注意義務を十分に守ることができる身体的および精神的状態の下で行なう運転)の能力に支障を及ぼす可能性が具体的に相当程度の蓋然性をもつている場合をいうものと解するのが相当であり、右の状態にあるかどうかは、運転者の飲酒量(アルコールの身体保有量)、身体的条件などの内部的状況と運転の具体的状況、運転者の挙措・動作などの外部的所見の両面から客観的に判断すべきものである。

そこで、本件事故が右免責条項に該当するか否かについて検討する。

成立に争いのない乙第三号証の一ないし六、第四号証、第五号証の一ないし一六、第六ないし第八号証、証人立井優一の証言及び原告久美子本人尋問の結果を総合すると、以下のとおり認められる。

1  春夫は、健康体であり酒には比較的強いほうであつたが、冬期間は除雪作業に従事しており、本件事故の前日も昼間除雪の仕事をしてやや疲れ気味であつた。

2  本件車両の路面上のタイヤ・スリツプ痕の長さおよび車両の破損状況から、春夫は、本件事故現場に入る直前時速約一〇〇キロメートルの速度でセンターラインを少しオーバーして走行していたところ、本件事故現場の左カーブに差しかかり、ハンドルを左に切つたが、速度がカーブ(曲率半径四四・四メートル)の限界旋回速度時速約四一キロメートルを越えていたため、タイヤが横滑りして本件車両は対向車線にはみ出したものと推定される。

3  春夫は、左にハンドルを切つたまま急ブレーキを踏んだが、路面が積雪状態であつたため、本件車両は不規旋転運動を始め、制卸不能の状態となり右側路外に飛び出しコンクリート電柱に衝突してこれを切断し、変圧器を落下させ、本件車両は大破し、車内の春夫と同乗者田代はその衝撃により即死した。なお、本件事故現場は、スナツク「宴」から自動車で約五分のところにある。

本件事故当時の春夫の挙措、動作などの外部的所見を直接窺わせる資料はない。

4  北海道警察旭川地方方面本部鑑識課科学捜査研究室において鑑定したところ、春夫の血中アルコール濃度は血液一ミリリツトル中約一・四ミリグラムであり、田代のそれは血液一ミリリツトル中約〇・六ミリグラムであつた(血液一ミリリツトル中一ミリグラムは〇・一パーセントにほぼ相当する)。

5  道路交通法(六五条、一一九条一項七号の二、令四四条の三)は、酒気帯び運転のうち血液一ミリリツトル中〇・五ミリグラム以上のアルコールを保有している場合について罰則を設けているが、春夫は、右限界値の約三倍のアルコールを身体に保有していた。

春夫の酩酊の程度は、足元がふらつく程ではないが、判断能力が低下し、ものごとを判断する態度がかなりルーズになる心理的状態にあつて雪道における自動車の特性、殊に旋回能力に対する認識が曖昧になつていた。そのため、春夫は、雪道走行であり、しかもカーブに差しかかるのであるから、減速して慎重に運転しなければ危険な状態に陥る可能性が極めて高いのにこれを軽く考え、雪道を時速約一〇〇キロメートルという無謀な高速運転をしたものと推察される。

6  飲酒による酩酊の程度は、ほぼ正確に血液中のアルコール濃度に平行する。血中濃度〇・一〇パーセント以下は殆んど無症状である。血中濃度〇・一〇パーセントないし〇・一五パーセントは微酔といわれ、抑制がとれ陽気となり、決断が速く(従つて誤りもある)、多弁となり、運動過多で落ちつきがなくなる。厳密なテストをしてみると、運動失調が認められる。この程度の酔いでも運転事故が起こるので、血中濃度により自動車運転能力の有無を法令で規定している国ではその基準を大体〇・一三パーセント(国により〇・一五パーセント)としている。作業能力の減退については、血中アルコール濃度が〇・〇五パーセントのときは反応時間が正常時の二倍になり、さらに〇・一〇パーセントになるとそれが正常時の四倍になる。血中濃度〇・一五パーセントないし〇・二五パーセントは軽酔といわれ、運動失調が容易に周囲の人に気付かれ、注意散漫となり、判断力が鈍るので、運転事故は必発である。

7  自動車運転は、注意力と判断力および巧妙な運転機能と運転感覚を必要とするところ、酩酊時にはこれらの諸機能が低下するので極めて危険をともなうことになる。血中アルコール濃度と自動車運転能力の障害との間には比較的平行関係がみられ、血中濃度が一ミリリツトル中〇・五ミリグラムの場合にすでに運転能力に障害を生じている。飲酒運転による事故発生率は、血中濃度一ミリリツトル中、〇・四ミリグラムの場合を基準にすると、〇・六ミリグラムで約二・五倍、一・〇ミリグラムで六ないし七倍、さらに一・四ミリグラムになると約一五倍に上昇する。

以上のとおり認めることができ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実と前記当事者間に争いのない事実によれば、血中アルコール濃度が一ミリリツトル中一・五ミリグラム未満であつても一・〇ミリグラム以上に達すれば個人差はあるものの一般には正常な運転の能力に支障をきたす蓋然性はかなり高いものといえ、春夫は、軽酔の最低値に近い血中濃度一ミリリツトル中約一・四ミリグラムのアルコールを体内に保有していたのであるから、身体の内部的状況からするとアルコールの影響により正常な運転能力に支障を及ぼす相当程度の蓋然性があつたものということができ、他方、本件事故当時の春夫の挙措・動作などの外部的所見を直接窺わせる資料は存在しないけれども、春夫が積雪路面を時速約一〇〇キロメートルの高速度で運転したことは、アルコールの影響によつて判断能力、注意力、抑制力が減退していたことを推認させるものであり、これに春夫の本件事故前の飲酒量、飲酒時間、飲酒後の経過時間、昼間除雪作業に従事したことによる疲労度などの身体的条件を併せて考えると、春夫は、酒に酔つて正常な運転ができないおそれのある状態で本件車両を運転していて本件事故を惹起したものと認めるのが相当である。

従つて、本件事故は被告主張の免責条項に該当するので、被告の免責の抗弁は理由があり、被告は、原告らに対し、本件保険金(自損事故保険金および搭乗者傷害保険金)を支払う義務はない。

四  以上の次第であり、原告らの本訴各請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小野剛)

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