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最高裁判所大法廷 昭和31年(あ)3848号 判決

主文

本件上告を棄却する。

当審における未決勾留日数中六〇日を本刑に算入する。

理由

弁護人横田真一の上告趣意について。

記録によれば、原審は、(イ)昭和三一年七月二五日、被告人に対し、同年八月二四日を控訴趣意書提出最終日と指定した指定通知及び弁護人選任に関する照会通知をしたところ、(ロ)被告人は、右弁護人選任に関する照会通知に対し、同年七月二八日「貧困」により国選弁護人を選任ありたき旨請求をしたので、(ハ)原審は、右請求に対し国選弁護人を前示控訴趣意書提出期間を経過した同年九月四日に至り選任し、(ニ)同年九月一八日の原審第一回公判期日にその弁護人は出廷したが、被告人提出の控訴趣意書に基き弁論して結審となり、次いで同月二九日原判決が言渡された経過であることが認められる。

およそ、裁判所が特段の理由なくして控訴趣意書(以下単に趣意書という)提出最終日に接着し、またはこれを経過して国選弁護人を選任する場合は、裁判所は、刑訴規則二三六条に準じ、右最終日を変更し改めて弁護人に趣意書提出の機会を与えるか、あるいは弁護人の必要とする相当の期間内に弁護人から趣意書を提出するよう促し、刑訴規則二三八条に従ってこれを受理するか、いずれかの方法をとらなければならないと解すべきであるとともに、弁護人においても、趣意書提出のため必要と認めるときは、裁判所に右最終日の変更を請求し、または前記規則により趣意書の受理を請求することができると解するを相当とする。

ところで職権をもって原審における国選弁護人選任の経過を調査してみると、原審は、前示のように昭和三一年七月二八日被告人から弁護人選任の請求があったので、遅滞なく同年八月一日附をもって第二東京弁護士会にその選定方を依頼したところ、同弁護士会においては指名して交渉した弁護士に次々支障を生じたため著しく遅延し、ようやく同年九月一日に至り弁護士小林伴培を選定したので、原審は同月四日同人を国選弁護人に選任したこと、そして同弁護人は、原審刑事第四部に出頭し記録を閲覧した上、趣意書提出に関し原審に格別の請求をすることなく公判期日に臨み、異議を止めず弁論を終結したことを認めることができる。

以上のような経緯にかんがみるときは、本件の場合、原審が弁護士会の右選定通知を待つことなく自から進んで適当な弁護士を選任せず、または選任弁護人に対し右最終日を変更し趣意書の提出を促さなかったからといって、本件における原審の手続をもって、直ちに裁判所が刑訴三六条に違反し、憲法三七条三項後段により保障された被告人の権利の行使を妨げたというのは当らない。(昭和二五年(あ)第二一五三号同二八年四月一日大法廷判決、集七巻四号七一三頁参照)従って論旨は採用することはできない。

被告人の上告趣意について、

所論は、量刑不当の主張であって、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。

よって、刑訴四一四条、三九六条、一八一条一項但書、刑法二一条により、主文のとおり判決する。

この判決は弁護人横田真一の上告趣意に関し裁判官垂水克己の補足意見並びに裁判官小谷勝重、同河村又介、同池田克、同河村大助、同奥野健一の少数意見があるほか全裁判官一致の意見によるものである。

裁判官垂水克己の補足意見は次のとおりである。

一、必要的弁護事件において被告人からの控訴申立により、控訴裁判所が、被告人に対し控訴趣意書差出最終日を八月二四日と指定する通知書と被告人において弁護人を自選するか国選を請求するかについての国選弁護人選任に関する通知書とを一括して七月二五日被告人に送達し、被告人より「貧困」を理由に国選を請求する旨の回答書を七月二八日受け取ったため、国選弁護人たるべき弁護士の物色方を控訴裁判所所在地の弁護士会に照会中弁護士会より回答が来ないうちに控訴趣意書差出最終日が切迫若くは到来したというような場合には、控訴裁判所としては、一般に、差出最終日を後日に延期する指定(指定替)をするか、或は、当初指定した最終日を多少経過してから弁護人を国選した場合には国選と同時に若くは遅滞なく最終日延期指定をするかして、弁護人に趣意書差出日時の余裕を与える通知をしなければならない。(元来、この差出期間は事件記録内容の複雑困難性若くは分量その他の模様に照らし初から裁判所の裁量により、法規上の最短期間を下回らない限り、自由に長く定め得べく、また刑訴規則二三八条により最終日を多少経過してからでもこれに基く弁論審判をしてよい性質のものだから、必要とあれば再三延長してもよい訳である。)(なお、右の場合に、裁判所が単に内心で最終日経過後でも刑訴規則二三八条によって趣意書を受理する意思を持つだけでなく、その意思を弁護人に知らせることが肝要である。)但し、差出最終日が切迫、到来若くは経過してから選任を受けた国選弁護人が本案の口頭弁論に入るまでにその理由を具して趣意書差出期間の延期を申し立てない場合には延期指定をすることなくすでに差出最終日前被告人若くは第一審弁護人の提出した趣意書に基いて本案について口頭弁論審判をしても刑訴三六条に違反し憲法三七条三項後段により保障された被告人の権利の行使を妨げたものということはできない。

思うに、控訴審においても必要的弁護事件において国選弁護人選任を必要とする刑訴法(三六条、二八九条)の趣旨は単に訴訟の遅れた時期においてでも弁護人を付けさえすれば足りるというのでなく、弁護人をして控訴審の重要段階において被告人の防御のため必要、有利な活動をさせるにあるのであるから、右のような場合には、控訴審の審判の基礎をなす趣意書提出の時間的余裕を与えるため、一般に、最終日延期の指定をすることは被告人の防御権のため必要であること疑ない。しかし、趣意書差出最終日が切迫若くは到来してから選任を受けた国選弁護人が即日記録閲覧等により(1)最終日に自から趣意書を提出した場合、或は(2)すでに原審弁護人が提出した趣意書若くは被告人が最終日前に提出した趣意書に記載された以外に控訴趣意として主張すべき点を発見しないため弁護人自身の趣意書提出の必要がないと認めたような場合(かような場合は実例において時々見られるであろう。(2)の場合国選弁護人は趣意書不提出の態度をとればよい。)にまで、弁護人の意思、態度如何にかかわらず、最終日が切迫若くは到来してから弁護人を国選したとの一事をもって必然的に防御権を制限したものということはできないと考える。(頗る複雑困難な事件について最終日に選任せられた国選弁護人の申立にも拘わらず最終日延期指定をしないようなことは実質的には弁護権制限であろう。)(3)最終日経過後国選せられた弁護人が明示の最終日延期指定を受けないでも、一両日中に趣意書を提出しこれに基いて弁論審判がなされた場合も同様であろう。一体、弁護士が控訴審における国選弁護人として選任を受けたときは、遅滞なく被告人が利益(権利を含む)を害された若くは害される虞ある状態におかれていないかどうかを先ず記録閲覧、被告人に対する控訴申立理由の問合せ等により検討すべきものであり、若しこれが救済のため弁護人自身の手で格段の手段を講ずる必要があると認めるときはその手段を講ずべきであるが、若し格段の手段を講じなくても他の一般防御方法により被告人の利益を防御伸長することができると認めるときは必しもこれをすることを要しない。そしてかような利益侵害の有無、格段の救済手段の要否の判断を裁判所や被告人本人とは異る弁護人独自の立場からすることこそ国選弁護制の本旨であって、この判断は弁護人に一任せられた任務であり、弁護人の良識と能力に頼るしかないのである。弁護人が有力な控訴理由を見落し或は権利の上に眠ったため被告人が実質的に不利益を蒙っても、一般に、訴訟法上は防御権の侵害とはならないとするのが当事者訴訟の建て前であろう。

二、必要的弁護事件である本件窃盗、詐欺、業務上横領事件の記録について見るに、原審は趣意書差出最終日を昭和三一年八月二四日と指定した通知書と弁護人選任に関する通知書とを一括して同年七月二五日被告人に送達したのに対し、被告人は七月二八日「貧困」を理由に弁護人の国選を請求する旨回答した後、最終日前(八月二一日附翌二二日受理)被告人名義控訴趣意書を提出(一審判決の量刑不当のみを主張)したところ、原審は右最終日経過後同年九月四日弁護士小林伴培を弁護人に国選したが、最終日の前にも後にも最終日を延期する指定をしなかったことが認められる。けれども記録によれば、右弁護士は国選弁護人に選任せられても控訴趣意書提出のため右最終日延期指定を申し立てないで同年九月一八日原審第一回公判期日に出頭し被告人本人提出にかかる控訴趣意書に基き被告人のため弁論を終ったものと認められるから、前述の理由により、(国選弁護人物色の経緯、最終日経過後の国選事情を取り調べるまでもなく)所論原審の手続には刑訴三六条に違反し、憲法三七条三項後段により保障された被告人の権利の行使を妨げたところなく、論旨は理由がないというべきである。

裁判官小谷勝重の少数意見は次のとおりである。

大法廷は昭和二五年(あ)第二一五三号、同二八年四月一日の判決(判例集七巻四号七一七頁)において「……それゆえに必要的弁護事件については弁護人の国選に刑訴二八九条によるものと、憲法三七条三項後段刑訴三六条によるものとの二つの場合があるのであって、前者は純然たる刑訴法上の問題であり、後者は憲法問題となるのである。従ってもし必要的弁護事件の控訴審において被告人が控訴趣意書提出期間内に国選弁護人をして控訴趣意書を作成提出させることができるような適当な時期に弁護人の選任を請求したにかかわらず、裁判所が故なくその選任を遅滞し、控訴趣意書提出期間経過後にこれを選任し、為に弁護人をして控訴趣意書を提出せしめる機会を失わしめたような場合は、被告人の憲法三七条三項によって保障された権利の行使を妨げたものとして憲法違反の問題を生ずるのであるが、被告人がその責に帰すべき事由により控訴趣意書提出期間内に控訴趣意書を提出できるような適当な時期に弁護人選任の請求をしなかったような場合は裁判所が控訴趣意書提出期間経過後に弁護人を選任しても、毫も被告人の憲法上の権利の行使を妨げたものではないから憲法違反ということはできないのであって、右のような場合に裁判所は控訴趣意書提出最終日の指定替をして、弁護人に改めて控訴趣意書提出の機会を与えなければならない憲法上の義務を負うものではない。」と判示した。

本件原審における国選弁護人選任の経過は多数意見の冒頭判示(イ)乃至(ニ)のとおりであって、これを再掲すると、「記録によれば、原審は、(イ)昭和三一年七月二五日、被告人に対し、同年八月二四日を控訴趣意書提出最終日と指定した指定通知及び弁護人選任に関する照会通知をしたところ、(ロ)被告人は、右弁護人選任に関する照会通知に対し、同年七月二八日「貧困」により国選弁護人を選任ありたき旨請求をしたので、(ハ)原審は、右請求に対し国選弁護人を前示控訴趣意書提出期間を経過した同年九月四日に至り選任し、(ニ)同年九月一八日の原審第一回公判期日にその弁護人は出廷したが、被告人提出の控訴趣意書に基き弁論して結審となり、次いで同月二九日原判決が言渡された経過であることが認められる。」と、いうのである。

そうすると、本件原審の国選弁護人の選任手続は、前掲大法廷判例の趣旨によれば、正に憲法三七条三項刑訴三六条に違反する違憲違法の措置であるといわなければならない。

多数意見は、かかる場合、すなわち「およそ、裁判所が特段の理由なくして控訴趣意書(以下単に趣意書という)提出最終日に接着し、またはこれを経過して国選弁護人を選任する場合は、(A)裁判所は、刑訴規則二三六条に準じ、右最終日を変更し改めて弁護人に趣意書提出の機会を与えるか、あるいは弁護人の必要とする相当の期間内に弁護人から趣意書を提出するよう促し、刑訴規則二三八条に従ってこれを受理するか、いずれかの方法をとらなければならないと解すべきであるとともに(B)弁護人においても、趣意書提出のため必要と認めるときは、裁判所に右最終日の変更を請求し、または前記規則により趣意書の受理を請求することができると解するを相当とする。」(以上(A)及び(B)の符号は私が付した)と判示している。

しからば裁判所は右(B)の弁護人の請求申出がなくても、裁判所自ら(A)の措置を採るを要するものといわなければならない。しかるに本件原審は右(A)の措置を採らなかったことは根本において裁判所自ら違法を犯しているものといわなければならないのであり、既にこの点において原判決は前掲大法廷の判例の趣旨に基き憲法三七条三項刑訴三六条各違反として当然破棄せらるべきものと信ずる。或は多数意見はこの場合いわゆる「特段の理由があるから以上(A)(B)何れの措置を採らなくても破棄すべき場合でないという趣旨に解したのかも知れないが、そのいわゆる「特段の理由」とは本件において如何なる理由を指すのか、判文上明らかでない。

次に多数意見は右に続いて「ところで職権をもって原審における国選弁護人選任の経過を調査してみると、原審は、前示のように昭和三一年七月二八日被告人から弁護人選任の請求があったので、遅滞なく同年八月一日附をもって第二東京弁護士会にその選定方を依頼したところ、同弁護士会においては指名して交渉した弁護士に次々支障を生じたため著しく遅延し、ようやく同年九月一日に至り弁護士小林伴培を選定したので、原審は同月四日同人を国選弁護人に選任したこと、そして同弁護人は、原審刑事第四部に出頭し記録を閲覧した上趣意書提出に関し原審に格別の請求をすることなく公判期日に臨み、異議を止めず弁論を終結したことを認めることができる。」といい、更に右に続いた最後段において「以上のような経緯にかんがみるときは、本件の場合、原審が弁護士会の右選定通知を待つことなく自ら進んで適当な弁護士を選任せず、または選任弁護人に対し右最終日を変更し趣意書の提出を促さなかったからといって、本件における原審の手続をもって、直ちに裁判所が刑訴三六条に違反し、憲法三七条三項後段により保障された被告人の権利の行使を妨げたというのは当らない(昭和二五年(あ)第二一五三号同二八年四月一日大法廷判決、集七巻四号七一三頁参照)従って論旨は採用することはできない。」と判示している。

多数意見の判示は、その判示全体について至極難解のものと考える。以下それ等の点並びに私の意見の要点を述べる。

(1) 既述(A)の裁判所の措置(刑訴規則二三六条の精神に従い控訴趣意書最終提出日の指定替または刑訴規則二三八条による提出期間経過後の趣意書を適法のものとして受理する措置)は一体如何になるのか、多数意見にはその点の判示が少しもなされていないのみならず、同上(A)と(B)との関係如何についても何等の解明がなされていないのである。

(2) 多数意見の「職権調査」とは、記録に編綴された、昭和三二年三月一四日付、大法廷より、原審東京高等裁判所刑事第四部花輪裁判長宛の

二、右小林弁護人から、貴部に対し、控訴趣意書提出最終日の延期又は控訴趣意書提出に関し、口頭をもって何等かの申出があったかどうか。

もし右申出があったとすれば、その申出の趣旨及び応答内容。

との照会に対し、

同年同月一六日付花輪裁判長より大法廷宛

二、右小林弁護人から当部に対し、控訴趣意書提出最終日の延期又は、控訴趣意書提出に関し、口頭をもって何等かの申出があったかどうか。

右申出の事実はなかった。

と回答があったこと、

並びに昭和三二年三月一四日大法廷より小林伴培弁護士宛

二、右事件につき弁護人である貴殿から控訴趣意書を提出されなかった事情。

との照会に対し、

同年同月一八日付小林弁護士より大法廷宛

二、九月四日刑事四部に出頭書記官に申出て記録を閲覧する。既に被告本人から控訴趣意書が提出されており、事実そのものには争なく只情状の点について弁護を為すだけの事案であった。そこで係書記官に控訴趣意書提出期日の点について裁判官(裁判長が当日おられたのかどうか、その点明確でない)の意見をきいて頂いた。返事は今から趣意書を出して貰っても困るから弁論の期日に本人の趣意を補足するなら補足して貰ったらどうかという事であった。

当弁護士も事実に争なく情状の点だけの弁護であり、且又控訴趣意書の不提出には失権の効を附されておるとは言え実質的な弁護は控訴趣意書にあるのでなく飽迄口頭弁論に於て為されるものであってもし口頭弁論期日まで弁護を為すべき準備が整わない時は延期等の方法もある事であるから、自己の準備の出来る以上、口頭弁論の期日に於て補足するを以て足ると考え国選弁護人としての選任を受け九月十八日の期日には被告本人の控訴趣意を口頭を以て補足し弁護したものであります。

との回答、

を主として指称するものと考えられるのであるが、右摘録の如く花輪裁判長と小林弁護士との各回答は主要点において全く喰い違っておるのである。果して何れが真か、もし花輪裁判長の回答が真実とすれば、この場合原審は既掲多数意見判示中の(A)の措置(期日の指定換、または期間経過後の趣意書を適法のものとして受理する何れかの措置)を採らなかった原判決はこの点において違法があって破棄せらるべきものであり、また小林弁護士の回答が真実ならば、同弁護人は既掲(B)の請求を為さなかったものであるが、右回答にも明らかなる如く、同弁護人は事後審たる新刑訴の控訴審における控訴趣意書の重要性に関する認識について私は甚だしく遺憾を感ずるものであり、恰かも覆審制時代の旧刑訴の構造に合致する回答のように考えられる(同回答中の「……実質的な弁護は控訴趣意書にあるのでなく飽迄口頭弁論に於て為されるものであって……」とある点及び刑訴三七六条、三八四条、三九二条等参照)。すなわちそれ自体前掲多数意見判示の(B)の請求(すなわち指定換の請求または期間経過後の適法受理の請求)を必要とする場合であること明白であるといわなければならない。決して多数意見判示の如き安易便宜な説示は許されないものと考えられる。ひっきょう多数意見は右何れの回答を信じたのか不明であり、また小林弁護士の右回答を新刑訴の控訴審における国選弁護人の弁護権の適正な行使として認容したものではないかとのそしりを免れ得ないものと考えられる。

(3) 多数意見は本点横田弁護人の憲法三七条刑訴三六条違憲違法の論旨を理由なしとして棄却する旨判決し、その参照判例として冒頭に掲記した昭和二八年四月一日の大法廷判決を引照しておる。しかし右判例は既掲摘録のとおり、本件の如き場合は正に憲法三七条三項刑訴三六条に違反する違憲違法のものとする趣旨の判例であることは判文上極めて明白であると私は考える。しかるに該判例を引照した多数意見の判示たるやそもそも如何なる趣旨であろうか。

(4) 国選弁護人の選任に関し裁判所と弁護士会との協定事項の遵守せらるべきことそれ自体は極めて妥当のことである。しかし時にその協定事項の実施運営に支障を生じた場合、その結果の不利益を責なき被告人に転嫁することは許されないものというべく、その運営の障碍によって生じた不利益は正に裁判所において是正すべきものであることはいうまでもないところである。そしてかかる場合は既掲大法廷判決にいわゆる「故なくその選任を遅滞し」た場合に当ることは勿論のことといわなければならない。

(5) 私は本件の如き場合は弁護人の既掲(B)の如き請求の有無にかかわらず裁判所は当然控訴趣意書提出最終日の変更、すなわち刑訴規則二三六条の精神に従い、いわゆる「指定換」をなす義務を負うものと考えるのであって、かくてはじめて適憲適法となるものと考える。指定換を為すともそのための訴訟の遅延は二一日以上を出づるを要しないものであるから、敢て事件の迅速処理に支障ありとはいい得ないばかりでなく、そもそも国選弁護の制度は基本的人権として憲法の保障するところである以上、これが保障の実を完うするように解釈運営されねばならないことはいうまでもない。

(6) 多数意見の既掲(B)の如き、弁護人よりの指定換の請求または期間後の趣意書の適法受理請求の如きは、自ら弁護権の行使に事実上制約を加える結果を招来する恐れあるものであって、かかる請求をまって裁判所は許容して可なりとするが如きは憲法の保障に背くものである。

(7) またこの点仮りに多数意見に従うとしても右(B)の如き請求は控訴審における弁護権の行使、すなわち先づ第一に控訴趣意書を作成するために必要なことである以上、弁護活動を今よりはじめんとするための前置事項であり、したがって、先づ記録を調べ被告人の控訴趣意書を調べて後右請求を為すが如きは、事の本末を顛倒した所論と考える。

(8) 本件記録は一審だけで一〇冊千五百余丁に達し、一審認定の犯罪数は百数十件に上る事案である。そして控訴理由は刑訴三七七条乃至三八三条所定の各理由にわたるものであって、そこには高度の法律上の専門的知識が要請されており、通常、法律知識なき被告本人の控訴趣意が仮令量刑不当の主張だけであったとしても、一審裁判所の審理手続の当否、法律の解釈適用の適否、事実誤認の有無、証拠の適法なりや否や、量刑不当の異なる観点からの主張等、等、およそ弁護士たる弁護人として弁護権行使上の権義とその職責を遂行するには自ら道は別に在って存すること多言を要しないところである。

(9) およそ刑訴法は弁護人に対し適正にして最善の防御権を行使せしめるように立法されておる筈であり、したがって弁護権の行使と弁護人の職責はそのように解釈運営されるべきものであると考えられるのであって、この事たる刑訴一条の明文をまつまでもないであろう。

(10) 適法な控訴趣意書を作成提出しない弁護人が公判廷に出頭し、被告本人提出の趣意書に基きこれを陳述するのでは、それを弁護人が如何に口頭で補足すればとて、これをもっては弁護権の正当完全な行使とはいいえないことはいうまでもない。このことは控訴趣意書をもって主張されない事項は控訴審の適法なる義務判断の対象とならないのみならず、更に右控訴審において控訴趣意書をもって主張されなかった事項は上告審に至っても適法な上告理由とならないことの一事に徴しても明々白々であって、事は極めて重大なる影響を持つのである。要するに被告人提出の趣意書を代読するが如きは実質的には弁護人が附されなかったと同一である。

(11) 国選弁護人も私選弁護人も、その権義職責に差等はない。もし適法に控訴趣意書を提出し得べき時期に選任された私選弁護人が、被告本人にのみ控訴趣意書を作成提出せしめ、弁護人は公判廷に出頭して右に基き陳述しただけで、果して正当適正な弁護の権義を尽したものといえるであろうか。

以上により、横田弁護人の本件違憲違法の論旨は理由があり、原判決を破棄し事件を原審へ差し戻すべきものと信ずる。

裁判官河村又介、同池田克、同河村大助、同奥野健一の少数意見は次のとおりである。

多数意見の引用する昭和二五年(あ)第二一五三号、同二八年四月一日の大法廷判決の趣旨とするところは、控訴審において被告人から貧困を理由として国選弁護人の選任の請求があった場合には、裁判所は遅滞なく国選弁護人を選任し、弁護人をして控訴趣意書を提出する機会を失わしめないようにすべきであるが、被告人がその責に帰すべき事由により控訴趣意書を提出できるような適当な時期に弁護人選任の請求をしなかったような場合には、裁判所は控訴趣意書提出最終日の指定替をして弁護人に改めて控訴趣意書提出の機会を与えなければならない憲法上の義務を負うものではない。とするにある。ところが本件原審における国選弁護人選任の経過は多数意見の冒頭判示(イ)乃至(ニ)のとおりであって、被告人は、原審において、弁護人選任に関する照会を受けると直ぐに、「貧困」を理由として国選弁護人の選任を求める旨裁判所に請求したのであって、もし遅滞なく国選弁護人が選任されたならば、国選弁護人は優に控訴趣意書提出期間内に控訴趣意書を作成提出することができた筈なのである。しかるに原審は控訴趣意書提出期間経過後に至ってはじめて、被告人のため国選弁護人を選任したのであるから、その選任遅延の原因が何処にあったかを問うまでもなく、被告人の責に帰すべき事由によって遅延したものでないことは明らかである。してみれば、前記大法廷判決の趣旨に徴すれば、原審は、控訴趣意書提出最終日の指定替をするとか、或はその他適当の方法によって国選弁護人に改めて控訴趣意書作成提出の機会を与えるのでなければ、被告人に弁護人依頼の権利を保障した憲法の精神にも反し、刑訴三六条の手続を忠実に履践したものであるということはできない。又本件記録に徴するも、又多数意見の挙示する職権調査の結果によるも、被告人が右弁護を受ける権利を抛棄したものと解し得る事実はこれを認めることはできない。果して以上のとおりとすれば、国選弁護人の選任が被告人の責に帰することのできない事由によって遅延した本件において、国選弁護人に更に控訴趣意書提出の機会を与えなかった原審の措置は、その訴訟手続法令に違反するもので、その違法は原判決に影響を及ぼすこと明らかであり原判決は、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。よって原判決を破棄し本件を原裁判所に差戻すべきものと信ずる。

(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 入江俊郎 裁判官 池田克 裁判官 垂水克己 裁判官 河村大助 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 奥野健一 裁判官 高橋潔)

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