大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

最高裁判所第一小法廷 平成9年(行ツ)14号 判決

名古屋市昭和区高峯町七六番地

上告人

天野道造

右訴訟代理人弁護士

鈴木順二

名古屋市瑞穂区瑞穂町一番地の四

被上告人

昭和税務署長 小荒忠則

右指定代理人

齋藤雄一

右当事者間の名古屋高等裁判所平成八年(行コ)第一九号所得税更正処分取消請求事件について、同裁判所が平成八年一一月六日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人鈴木順二の上告理由について

本件訴えを不適法であるとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に基づき原判決を論難するものであって、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小野幹雄 裁判官 高橋久子 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄)

(平成九年(行ツ)第一四号 上告人 天野道造)

上告代理人鈴木順二の上告理由

第一、原判決には、以下のように、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背がある。

一、原判決は、上告人(控訴人)がその取消を求めた本件更正につき、それは、確定申告によりすでに確定している上告人の平成六年分の所得税の「納付すべき税額」を増減するものではなく、また、法律上、以後、上告人において本件解決金が平成六年分の一時所得に当たると主張することを制限するものでもないから、直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定するものではなく、行政事件訴訟法第三条二項で定められた取消訴訟の対象となる「行政庁の処分」には当たらないとの一審判決の判断をそのまま肯定するとともに、原審において、上告人が本件更正に処分性が認められる事情として主張した各点につき、いずれも事実上の不利益か、または将来の課税処分により被ることのあるべき不利益に係わるものであって、本件更正の処分性を基礎付けるに足りる事情とは言えないとの判断を示している。

すなわち、原判決は、行政処分の取消訴訟における「広義の訴えの利益とされる処分性」(行政庁のどのような行為が取消訴訟の対象となりうるか)、「原告適格」(どのような利益を有する者が取消訴訟制度を利用することができるか)、「狭義の訴えの利益」(取消訴訟制度を利用する必要と実益があるか)のうち、処分性の存在を否定したものである。

二、ところで、行政事件訴訟法第九条は、取消訴訟の原告適格について、「当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者」と定めており、行政処分によって実体法上の権利を侵害された者だけではなく、法律上保護された利益を侵害された者も原告適格を有することとされている。

したがって、取消訴訟の対象となる「行政庁の処分」も、実体法上の権利義務を侵害する法的効果を生ずる処分だけではなく、法律上保護された利益を侵害する法的効果を生ずる処分も含まれるものと解される。ところが、従来の判例は、こと税務訴訟に関しては、当該処分によって納付すべき税額が増加するかどうか、すなわち、納税義務という実体法上の義務を侵害しているかどうかのみによって処分性ないしは訴えの利益の存否を判断し、納税義務以外の法律上保護された利益を侵害しているかどうかは、ほとんど考慮しないという態度を示してきた。

三、本件更正がなされた経緯について。

1.上告人(控訴人)は、名古屋簡易裁判所平成六年(イ)第二八〇号土地所有権移転登記手続等和解事件において、平成六年一〇月二四日、訴外天野鋼鉄(株)との間で和解(以下「本件和解」という。)なし、本件和解によって、訴外天野鋼鉄(株)に対する解決金三億円(以下「本件解決金」という。)の支払請求債権を取得した。そして、本件解決金の支払については、「第一土地、第二土地及び第三土地の合計面積のうちの過半の土地部分を、国土法にもとづく不勧告通知を受けて第三者に売却処分し、その売買代金額の三分の二以上を受領したときには、その代金額を受領したことを停止条件として、その受領日から一〇日以内に」支払う(但し、その売却代金が、その取得価額よりも多額であるかどうかは問わない。)との附款が付されていた(甲第二号証)。

2.ところで、右附款事実は、客観的にみて到来することが不確実とみられる事実であるが、一般的には、当事者が法律行為をなした際に、右のような不確実な事実を附款として付した場合、それは停止条件となり、条件未成就の間は法律行為の効力が発生しないとともに、条件の不成就が確定した時は当該法律行為は無効となるとされている。しかし、単に、不確定なる事実をもって債務の履行期限と定めた場合は、それは不確定期限となり、その事実が実現した時または実現しないことが確定した時に、期限が到来したものとして、履行期限が到来することになる(大判大正四年一二月一日民録二一-一九三五、最判昭和四三年九月二〇日判時五三五-四三等)。

3.そして、本件和解の内容は、おおまかに言うと、次の通りである。

(1) 上告人は訴外天野鋼鉄(株)に対し、

〈1〉 上告人及びその家族が所有する訴外天野鋼鉄(株)の株式全部を、訴外天野鋼鉄(株)の指定する買受人に譲渡処分する。

〈2〉 第一土地の所有名義は上告人名義となっているが、真の所有者は訴外天野鋼鉄(株)であることを確認し、訴外天野鋼鉄(株)に対し、真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記をなす。

〈3〉 第二土地及び第三土地上に設定されている抵当権設定仮登記の被担保債権である訴外天野鋼鉄(株)に対する借入金債務元本及びそれに対する利息並びに手数料の支払債務の存在を認め、その弁済に代えて、第二土地及び第三土地の所有権を訴外天野鋼鉄(株)に移転し、代物弁済を原因とする所有権移転登記手続をなす。

(2) 訴外天野鋼鉄(株)は上告人に対し、本件解決金三億円を支払う。

4.ところが、右登記手続等がなされたからといって、訴外天野鋼鉄(株)に現金収入がある訳ではないし、訴外天野鋼鉄(株)には第一ないし第三土地を自ら使用収益する意思はなく、売却処分する予定であることを考慮して、上告人は、前記附款を付することを承諾することによって、その支払を猶予したのにすぎない。

つまり、上告人及び訴外天野鋼鉄(株)としては、右附款事実の不成就が確定した場合には本件解決金支払債務が免除されるなどという意思は全く有していなかった。

したがって、本件和解の和解条項では「停止条件」という用語が使われているが、その実態は「不確定期限」を定めたものである。

5.ところが、本件解決金は、所得税法上は一時所得に該当するところ、一時所得の収入すべき時期については、所得税法基本通達三六-一三において、その支払を受けた日によるが、その支払を受けるべき金額がその日前に支払者から通知されているものについては、当該通知を受けた日によるものとされている(乙第一号証)。

これは、所得税法上、収入の帰属すべき時期については、現実の収入の時を基準とする現金主義ではなく、現実の収入がなくても収入すべき権利が確定した時を基準とする権利確定主義がとられているところ、一時所得は、臨時的・偶発的な所得であるため、一般的には、その支払があってはじめて収入のあったことを認識する場合が多いと考えられることから、その収入の帰属すべき時期については現金主義をとるが、事前にその支払があることを当事者が認識しているような場合は、権利確定主義の原則に立ち返り、その支払日によらずに、その支払があることを知った日(支払者から支払を受ける者に対する支払金額の通知の到達日)を基準とするという趣旨である。

6.そして、本件解決金については、

(1) 裁判上の和解によって、訴外天野鋼鉄(株)は上告人に対し、その支払請求債権の存在及びその支払金額を明確にしていること。

(2) 本件解決金の支払に付された附款は、前述した通り、不確定期限であり、上告人の訴外天野鋼鉄(株)に対するその支払請求債権は、権利として確定していること。

(3) 本件解決金支払には、第一ないし第三土地の売却代金の全部もしくは一部が充てられることが予定ざれており、その資金源が明確であること。

(4) 右附款事実の実現が不能となるのは極めて例外的であるうえに、仮に附款事実の不成就が確定しても(例えば、訴外天野鋼鉄(株)が土地の売却を取りやめた場合など)本件解決金支払請求権の効力が生じなくなる訳ではないから、上告人は、その時期は確定してしないとはいえ、ほぼ確実に本件解決金の支払を受けることができること。

(5) したがって、本件解決金支払請求債権には、相当程度の経済的価値があり、現に、上告人は、それを譲渡担保として利用していること(甲第九号証、同第一〇号証の一及び二)。

等の事情がみられ、支払者から支払を受ける者に対して、支払を受けるべき金額の通知がなされた場合以上に、その収入すべき権利及び金額が確定していることは明らかであり、前記基本通達但書により、本件解決金の収入すべき時期は、本件和解成立時である平成六年一〇月一四日となるものである。

7.そこで、上告人は、平成六年分の所得税の確定申告において、本件解決金を同年分の一時所得として計上して総所得の計算をし、税法上認められている純損失の繰越控除を行なった上で、課税標準等及び税額等の計算をなした。なお、上告人には、平成三年から繰越している純損失金二億二四三八万四七八七円が存在したため、その繰越控除後の総所得の金額は〇円となり、納付すべき税額が発生するのは、分離課税とされている株式等の譲渡所得のみであった(甲第一号証の一及び二)。

8.そうしたところ、被上告人(被控訴人)は、平成七年七月七日付で、本件解決金を平成六年分の一時所得として計上することを否認し、課税標準等及び税額等の計算をやり直した本件更正をなした。ただし、前述した通り、上告人には、たまたま繰越控除すべき純損失が存在したため、いずれにしても純損失繰越控除後の総所得の金額は〇円となり、課税標準等及び税額等の金額は、更正の前後において増減はなかった(甲第三号証)。

四、本件更正の処分性について(その一)。

1.まず、国税の更正は、「通知」という形式で行なわれるが、一般的に、その性格は税務署長による「処分」にほかならない。

2.そして、本件においては、もし本件更正が行なわれなければ、上告人は、本件解決金を平成六年分の収入として計上し、純損失の繰越控除を行なった結果、本件解決金からは納付すべき税額が生じなくなるはずであった。ところが、本件更正によってそれが否定されたため、将来、本件解決金の支払がなされた際に、それが当該年分の収入として扱われ、本件解決金に課税されるという不利益を被ることになった。

3.すなわち、本件更正は、被上告人において、将来における本件解決金への課税を確保するために、前記基本通達を恣意的に解釈適用し、上告人のなした確定申告の一部を否定したものであって、平成六年度の所得税の課税標準等及び税額等の算定につき、被上告人が正しいとする算定方法に改めさせる法的効果を有するものである。本件の場合は、偶然、本件更正によって税額等が増減しなかったために、被上告人は、本件解決金の収入すべき時期を上告人に教示するために本件更正をなしたと主張したが、その真の目的が将来の課税の確保にあったこと及び課税標準等及び税額等の算定方法(右基本通達の解釈適用)を変更させる法的効果を有することは明らかである。

4.次に、原判決は、本件更正は、法律上、上告人において将来本件解決金が平成六年分の一時所得に当たると主張することを制限するものではないことを、その処分性を否定する根拠の一つとして挙げている。

5.しかしながら、仮に、本件更正には「教示」としての効果しかないとしても、課税庁である被上告人が納税者である上告人になす教示には、本件解決金の収入すべき時期に関する所得税法及び同基本通達の解釈適用についての課税庁の判断を示すことによって、それ以外の解釈適用は認めないとの態度を示し、もって、上告人に対し、将来、本件解決金の支払が現実になされた時に、それを当該年度分の収入として計上することを義務付ける効果を有するものである。

それに対して、上告人としては、あくまでも本件解決金の収入すべき時期は平成六年度であるとして、現実にその支払がなされた年度の確定申告において、それを当該年度の収入として計上しないことは事実上可能であるかもしれないが、その場合は、当然、被上告人によって、それを当該年度の収入とする増額更正処分が行なわれ、本件解決金に課税されることは確実であるから、そのようなことが可能であるとしても無意味である。

そして、上告人が、右増額更正処分に対して、異議申立、審査請求、取消訴訟の提起等を行なうことが可能であるとしても、右のような不服申立や訴訟提起には、原則として、課税処分の効力やその執行を停止する効力はないので(国税通則法第一〇五条、行政事件訴訟法第二五条)、上告人としては、本来支払う必要のない多額な税額につき、その納税資金を用意して、一旦納付する必要がある。つまり、現時点で本件更正の取消が認められなければ、将来、上告人は、必然的に、本来支払う必要がない多額な税額につきその納付義務を課され、財産権を侵害されることになる。

6.そして、右のような財産権の侵害は、直接には右増額更正処分によるものではあるが、仮に本件更正が取消された場合には、取消判決には拘束力があり(行政事件訴訟法第三三条一項)、本件解決金は平成六年分の収入であるとの裁判所の判断に反してまで、被上告人が右のような増額更正処分を行なうことはないと解されるので、将来の課税処分と本件更正とは密接不可分の関係にあり、直接の因果関係がある。つまり、本件更正は、後日の課税を可能にするための前提処分たる性格を有し、実質的には課税処分の一部を構成するものと評価できる。

7.したがって、本件更正は、課税処分の一部を構成するとともに、上告人の財産権を侵害する処分であって、その処分性が認められ、取消訴訟の対象となり得ることは明らかである。

五、本件更正の処分性について(その二)。

1.なお、仮に、原判決の言うように、上告人に納税義務を課すことによる財産権の侵害は将来の増額更正処分によってもたらされるものであり、本件更正によって直接もたらされるものではないとしても、上告人は、前記基本通達の適正な解釈適用に基づき、本件解決金を平成六年度分の所得税確定申告において一時所得として計上し、もって、本件解決金については、将来、再び課税されることのない地位を取得するに至ったものである。なお、右の点は、本件解決金を平成六年度分の収入とすることによって、上告人の平成六年度分の所得税額が増加したか否かにかかわらず、同一である。

2.ところが、被上告人は、前述した通り、たまたま平成六年度については、上告人に繰越控除できる純損失が存在し、本件解決金からは納付すべき税額が生じなかったために、本件解決金から納付すべき税額を生じさせるために、あえて前記基本通達につき恣意的な解釈適用を行ない、その収入すべき時期は現実にその支払がなされた時であるとしたものであり、(つまり、上告人が本件解決金を平成六年度分の所得として申告し、納付すべき税額が生じていれば、被上告人は、おそらく本件更正はしなかったと思われる。)そのため、上告人は、直ちに納税義務を課され、財産権を具体的に侵害される訳ではないにしても、将来、本件解決金につき課税されることになるという不安定な地位におかれることになった。

3.ところで、現行法においては、国民の自由と財産を保護し、国民の経済生活に法的安定性と予測可能性を与えるために、公権力の行使である租税の賦課・徴収は必ず法律の根拠に基づいて行なわれなければならないという租税法律主義がとられており、通達は、各税務署ごとに独自の判断で租税法の解釈適用をして租税行政を混乱させることがないように、国税庁がその解釈や運用方針を定めたものである。

4.したがって、所得税法及びその基本通達の適正な解釈適用により、収入の帰属すべき時期を確定し、当該年度以外の年度において、当該収入に対して課税されることはないという地位を取得することは、法律上保護されるべき利益であるところ、本件更正は、上告人の有する右利益を侵害するものであり、処分性を有することは明白である。

六、本件更正の処分性について(その三)

1.前述した通り、本件更正は、実質的には、将来なされる課税処分の一部を構成する一方で、上告人が、平成六年度の所得税確定申告において、純損失の繰越控除をする機会を奪うものである。

2.そして、純損失の繰越控除とは、納税者に純損失が生じた場合に、その純損失の金額を翌年以降の三年間の所得金額から控除できるという制度であり、その結果、納税者としては、その適用を受けた年度の課税標準等および税額等の金額が減少するという利益を受けることができる。

したがって、純損失が存在している場合にその繰越控除を行なうことは、所得税法上、納税者に認められた権利ないしは法的利益である。

3.右のことから、純損失の繰越控除の機会を奪ったという点からも、本件更正が、上告人の権利ないしは法律上保護された利益を直接侵害するものであることは明らかである。

七、以上のことから、本件更正が、取消訴訟の対象となる処分に該当することは明白である。

しかるに、原判決は、本件更正が上告人の権利ないしは法律上保護された利益を侵害していることを何ら考慮せずに、安易に税額等のみを単純に比較して、右不利益を事実上の不利益もしくは将来の課税処分による不利益にすぎないと決めつけ、形式論のみでその処分性を否定したものであり、行政事件訴訟法第三条二項で定められた「行政庁の処分」に関する解釈適用を誤まっていること、右誤まりが判決結果に重大な影響を及ぼすことは明白である。

そして、本件更正がなされたことによって、上告人が、経済的に極めて不安定な地位におかれていること、現に、純損失の繰越控除の機会を奪われていること、将来において、必然的に納税義務を課され権利侵害を受けること、現時点で本件更正を取消せばそれを未前に防止できるにもかかわらず、現実に権利が侵害されるまでは救済を求めることができないというのは明らかに不当であることから、上告人が、本件更正の取消を求める原告適格及び狭義の訴えの利益をも有することは明白である。

以上

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com