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最高裁判所第一小法廷 昭和59年(オ)889号 判決

上告人

田中義己

右訴訟代理人弁護士

吉田雄策

被上告人

右代表者法務大臣

林田悠紀夫

被上告人

前原清司

被上告人

岡山信一

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

一上告代理人吉田雄策の上告理由第一点ないし第三点について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実関係のもとにおいて、検察官のした上告人に対する公訴の提起、控訴の申立及び公判の維持に所論の違法がないとし、また、被上告人前原及び同岡山の行為が不法行為に当たらないとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づいて原判決を論難するものであって、採用することができない。

二同第四点について

国家公務員法(以下「国公法」という。)七九条二号の規定する起訴休職制度は、国家公務員が刑事事件に関し起訴された場合に、主として公務に対する国民の信頼を確保し、かつ、職場秩序を保持する目的から、当該公務員をして、右事件の訴訟係属が終了するまで、公務員としての身分を保有させながら職務に従事させないこととする制度であると解される。そして、国公法は休職処分についての具体的な基準を設けていないのであるから、公務員が刑事事件につき起訴された場合に、休職処分を行うか否かは、任命権者の裁量に任されているというべきであり、任命権者が右の裁量権の行使としてした休職処分は、裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合でない限り、国家賠償法一条一項にいう違法な行為には当たらないと解するのが相当である。

これを本件について検討するに、所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯することができ、これによれば、(1) 郵政省と本件休職処分発令当時上告人の属していた全逓信労働組合との間に締結された「休職の取扱いに関する協約」の二条二項は、「起訴にかかる休職は、その事案によりこれを行わないことができる。」と規定しており、また、「職員の休職の取扱いについて」と題する郵政大臣官房人事部長通達は、右協約において「休職を行わないことができる場合とは、当該事案が職務上と否とにかかわらず、軽微であって、その情が軽いか、あるいは本人が当該事案を否認する等して裁判の結果を待つ必要があり、かつ、いずれも本人を引き続き職務に従事せしめても支障がないと客観的に認められる場合に限るものとする。」としており、これらによって起訴休職処分の実際の運用がされていた、(2) 上告人は、福岡中央郵便局に勤務する郵政事務官であり、郵便物の集配、分類という主として単純な機械的作業に従事していた、(3) 福岡地方検察庁検察官は、昭和四四年一二月二二日上告人につき公務執行妨害、傷害の訴因で福岡地方裁判所に公訴を提起したところ、公訴事実の要旨は、「上告人及び本田昭男は、福岡中央郵便局勤務の郵政事務官であるが、全逓信労働組合所属の同郵便局員がいわゆる物だめ闘争を行った際、昭和四四年一一月二六日午後一時三〇分ころ同郵便局二階の第一集配課室西側出入口において、同郵便局の業務運行の確保、労務管理事務処理等のため熊本郵政局から派遣され、同郵便局兼務を命じられた郵政事務官岡山信一外四名、同郵便局の業務運行状況の調査及び非違等の調査、処理等にあたっていた熊本郵政監察局福岡支局員郵政監察官前原清司外一名、同郵便局課長代理一名らが同所に警戒線を張っていたところ、上告人が第一集配課室内に入ろうとしたのに制止されたため、両名共謀のうえ、上告人が先になり本田昭男が上告人の後ろに連なり、両名一団となって右警戒線に突入し、岡山信一及び前原清司に突き当たって両名を転倒させる暴行を加え、右両名の職務の執行を妨害するとともに、右暴行により前原清司に対し全治三日位を要する右手関節部擦過傷、右下腿打撲の傷害を負わせたものである。」というものである(以下、公訴提起に係る右事件を「本件刑事事件」という。)、(4) 本件刑事事件は、当時新聞等により一般に報道、公表され、上告人の属する労働組合がその当時行っていたいわゆる物だめ闘争による郵便物の遅配と併せて、世間の耳目を引いた、というのである。

右の事実関係によれば、本件刑事事件は、職場内において警戒線を張っていた管理職らに対し、暴行を加えて傷害を負わせたというものであるから、国民一般の強い非難に値する内容のものであるのみならず、公務執行妨害罪の法定刑に照らすと、上告人は、本件刑事事件につき有罪とされた場合には、禁錮以上の刑に処されることを免れない結果、公務員の欠格条項(国公法三八条二号参照)に該当する者となるのであるから、上告人がこのような行為をしたとして起訴されたにもかかわらず、その職務に従事させることは、公務に対する国民の信頼を失墜し、かつ、職場の秩序を乱すものであるというべきである。このような事情を総合勘案すると、上告人が主として機械的作業に従事していた者であっても、本件休職処分が裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものであるということはできない。なお、所論は、上告人は身柄を拘束されずに起訴されたものであり、公判期日における裁判所への出頭等は、年次有給休暇あるいは週休日などを利用すれば十分可能であるから、起訴されたからといって職務専念義務に悪影響を及ぼすものではない旨主張するが、前記のとおり、公務に対する国民の信頼の確保及び職場秩序の保持の観点から起訴休職の必要性が認められる以上、所論の事情は前記の判断を左右するものとはいえない。したがって、本件休職処分が国家賠償法一条一項にいう違法な行為に当たらないとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、又は原審の認定しない事実を前提として若しくは独自の見解に基づいて原判決を論難するものであって、採用することができない。

三同第五点のうち休職処分を撤回しなかったことの違法をいう部分について

国公法は、起訴休職の期間は起訴された刑事事件が裁判所に係属する間とし(八〇条二項)、その事由が消滅したとき、すなわち、起訴された刑事事件についての訴訟係属が終了したときに、休職処分が当然に終了したものとみなしているが(同条三項)、休職処分後に当該刑事事件について無罪判決が言い渡されたが、それがいまだ確定していない場合については、何らの規定も設けていない。したがって、起訴された刑事事件につき第一審裁判所において無罪の判決が言い渡された場合においても、休職処分が当然に終了したものとみなされるものでないことはもとより、任命権者は、当然に休職処分を撤回すべき義務を負うものでもなく、起訴休職制度の前記の趣旨、目的に照らして、休職を継続する必要性が消滅したか否かを判断し、休職処分を撤回すべきか否かを決定することができるのであって、その判断は、任命権者の裁量に任されているものというべきであり、任命権者が休職処分を撤回しなかったことは、裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合でない限り、国家賠償法一条一項にいう違法な行為には当たらないと解するのが相当である。

これを本件について検討するに、原審がその挙示する証拠関係によって適法に確定したところによれば、(1) 福岡地方裁判所は、昭和四九年五月二九日本件刑事事件につき上告人に対し無罪の判決を言い渡したところ、右判決は、上告人及び本田昭男が前後に連なって警戒線を突破し第一集配課室内に入ったこと、上告人が被上告人前原の右半身に右肩から突き当たり、被上告人前原及び同岡山が転倒したこと、被上告人前原が負傷したこと等の事実は認定しており、ただ、上告人の行動につき、第一集配課室内に入ろうとして被上告人岡山に前進をはばまれたので、同被上告人を避けて同被上告人と被上告人前原との間を通り抜けようとしたものの、後ろから本田昭男が上告人の腰のあたりに両手をあてがって続いていたことなどのため行動が思うにまかせず、被上告人前原を確実に避けることができないで、同被上告人の右半身に右肩を突き当てたのではないかという疑いを差しはさむ余地があるとして、結局、上告人の暴行の故意を認めるに足りる十分な証拠がないとし、かつ、上告人と本田昭男との間に管理職らを突きのけてまで入室を強行しようという謀議が成立していたものと推認することもできない旨判断している、(2) 検察官は同年六月一二日右判決に対し福岡高等裁判所に控訴の申立をしたが、同裁判所は昭和五〇年六月一二日控訴棄却の判決を言い渡し、同月二六日の経過をもって右判決は確定した、(3) 福岡中央郵便局長が、本件刑事事件につき無罪の判決があったにもかかわらず、上告人に対する休職処分を撤回しなかったのは、検察官の控訴があったため公務に対する信頼はいまだ回復していないこと、本件刑事事件が控訴審で有罪となって確定すれば公務員の欠格事由に該当するような罪であること、職場内秩序の保持という観点からもいまだ休職の必要性は消滅していないと判断したことの理由によるものである、というのである。

右の第一審判決の無罪理由及び前記二に述べた本件刑事事件の内容等に照らすと、福岡郵便局長において第一審の無罪判決が言い渡されたのちにおいても、いまだ休職処分を継続する必要性が消滅していないとの判断のもとに本件休職処分を撤回しなかったことが、前記起訴休職制度の趣旨、目的に照らして裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものということはできず、したがって、国家賠償法一条一項にいう違法な行為に当たらないとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

四同第五点のうち給与支給額を減額したことの違法をいう部分について

原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、給与の支給率を減じた福岡中央郵便局長の措置に所論の違法はないとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官佐藤哲郎 裁判官角田禮次郎 裁判官大内恒夫 裁判官四ツ谷巖)

上告代理人吉田雄策の上告理由

第一点〜第四点〈省略〉

第五点

原判決は、「本件起訴休職の継続並びに給与減額に関する福岡中央郵便局長の措置が裁量権の範囲を逸脱して著しく社会通念に反するものであったとは断定することはできない」と判示したが(原判決理由中「六、一審無罪判決後における起訴休職の継続(不撤回)について」)、右判示部分には、理由不備ないし理由齟ごの違法がある。また、右判示には、国家公務員法八〇条二項、三項および全逓、郵政省間の「休職の取扱いに関する協約」の解釈適用を誤ったか、休職処分につき任命権者に付与された裁量権の解釈適用を誤った違法があり、右法令の違背は判決に影響を及ぼすこと明らかである。

一 理由不備ないし理由齟ごについて

(一) 原判決は、右のように判示する理由として、以下の点を挙示する。

① 本件休職処分を継続し、かつ給与を三〇%に減額したのは、通達に「ただし、本人が控訴しまたは控訴された場合は、移審の効果を生じた日以後判決……中略……確定の日まで所定給与種目のそれぞれ一〇〇分の三〇を支給する」旨定められていることに基づいたものであること。

② 右措置は、検察官控訴によって公務の信頼はいまだ回復せず、ことに控訴審で有罪となって確定すれば公務員の欠格事由に該当する罪であることのほか、「職場内犯行」という公訴事実の特殊性から、一審判決当時はすでに三六協定が締結されるような状況にはなっていたものの職場内秩序の保持という点で起訴休職の理由は消滅していないと判断したことを実質的な理由としたものと認められること。

③ 同法八〇条二項は、起訴休職の期間は「その事件が裁判所に係属する間とする」と定め、「休職の取扱いに関する協約」も同旨の定めを置いていること。

④ 本件刑事事件の内容及び一審無罪の理由ならびに一審無罪事件の検察官控訴事件の有罪率が高いこと。

(二) しかし、右に挙示されたところは、本件起訴休職処分を第一審無罪判決後に将来に向って取消さなかったばかりか、かえって給与をいっそう減額した措置を適法とする理由たり得ないものであるとともに、右理由の一部は、むしろ、原判決とは反対の結論の理由たるべきものである。

すなわち、

1 通達の右①引用の規定は、その文言上明らかなところであるが、刑事事件が控訴された場合における起訴休職中の職員の給与の額に関するものであって、第一審判決が無罪であった場合に起訴休職処分を継続すべきかどうかとは何ら関係のないものである。また、右通達は、刑事事件の第一審判決が無罪で検察官が控訴した場合をも含むものと解することはできない。その理由は以下のとおりである。

① 休職は、懲戒とは異なって制裁ないし報復ではなく、有罪とも無罪とも断定はできないにせよ公務員が刑事事件に関して起訴されている事実それ自体が公務に対する国民の信頼や職務専念義務に及ぼすかもしれない悪影響を考慮してなされる分限的措置であって、処分の本質は、職務に従事させないことにある。したがって起訴休職中の職員に対して給与を支給することとしても、何ら起訴休職制度の趣旨をそこなうこととはならない。しかるに国家公務員法八〇条四項は、「給与準則で別段の定めをしない限り」給与を支払わないこととした。すなわち、給与準則に別段の定めを置くことにより給与支払の途を残したのである。このように定められた理由は職務に従事しない以上、給与を支払うべき理由はないが、第一に、分限的措置である以上、職員の生計の維持に対する一定の配慮をするのが相当と考えられること、第二に、まったく給与を支給しないときは、起訴休職とされた職員は、生計を維持するためには国家公務員法の制約のもとで兼業して収入をはかるか、退職の途を選択するほかないこととなろうが、前者の場合には安定した充分の収入を確保することは容易ではなく、他方、後者の場合には刑事事件判決の結果、禁固刑以上の刑の言渡を受けて失職に該当する可能性あるものとして、退職届を提出しても刑事判決の確定に至るまでこれが受理されないことが予想され、いずれにしても、職員に対してあまりに重い負担を課することになることなどが考慮されたものと考えられる。

② 全逓、郵政省間の「休職の取扱いに関する協約」三条三項は、起訴休職とされた職員に対しては、刑事事件の第一審係属中には給与の六〇%、控訴審係属中には三〇%を支給するが、上告審係属中には給与は支給されない旨定めている。しかし、起訴休職の分限的性質を考えると、刑事事件が第一審、控訴審、上告審と順次すすむにつれて、給与を減額すべき合理的理由があるとは思われない。刑事事件がいずれの段階にあろうとも、右に述べたような起訴休職とされた職員に対して一定の給与を払う必要性あるいは相当性に変わりはないからである。それにもかかわらず、右協約が右のように定めた理由は明らかではない。起訴休職の期間が、刑事事件の審級のすすみ方に反映すると考えて、起訴休職期間が長くなるにつれて給与を減額しようとしたものでないことは、刑事事件の審級のすすみ方は、必ずしも刑事裁判の長さとは関係がないこと、かりに起訴休職の期間が長くなったことを理由として減額するのであれば、容易にそれにそう規定の仕方があり得ることなどからいって明らかである。唯一、考えられるのは、その合理性はともかくとして、刑事事件判決の有罪率がきわめて高率であるところ、第一審判決で有罪判決となれば、有罪で確定する可能性はいよいよ高くなるから、第一審判決が有罪で控訴審や上告審に移行した場合には、国民の公務に対する信頼の維持をはかるため起訴休職とされた職員に対して一審段階におけるより厳しい態度をもって臨むこととしたということである。すなわち、右協約は、第一審判決が有罪であって控訴された場合または控訴審判決が有罪であって上告された場合において控訴審または上告審の間に起訴休職とされたものに対して支払うべき給与を定めたものであり、無罪判決に対する検察官による控訴、上告の場合について規定したものではないと解されるのである。もっとも、右協約の同項の規定上は、検察官による控訴、上告の場合においても被告人からの控訴、上告の場合におけるのと同様に給与の減額を規定しているが、事実認定や量刑に不服があって検察官が控訴、上告することがあり、検察官の控訴、上告による減額というのは、右のような場合を想定したものと考えられるから、右のように理解することの妨げとはならない。どのように考えてみても、第一審または控訴審判決が無罪であったのに検察官が控訴、上告した場合には、給与を減額すべき合理的理由が見出せない以上、右協約の右規定は無罪判決に対して検察官が控訴、上告した場合を含んでいないと解するほかはないのである。

2 起訴休職を撤回しない実質的な理由として原判決によって認定されているところは、これを詳細に検討すれば明らかであるが、それは、単に起訴休職処分にしたことの実質的理由を述べているものにすぎず、第一審無罪判決という重大な事情の変更が生じた後においてもなお起訴休職処分を継続すべき必要性について説示したものではない。また、原判決は、当時の職場の状況に言及し「三六協定が締結されるような状況にはなっていたものの職場内秩序の保持という点で起訴休職の理由は消滅していない」との判断を起訴休職を継続した実質的理由のひとつとして判示し、これを起訴休職継続を適法とする理由のひとつとしているが、そもそも三六協定(労働基準法三六条に基づく時間外労働協定)を締結するかどうかは、同法によりその締結当事者と定められている労働組合あるいは労働者代表の自由であるから、それが締結されているかどうかにより、当該事業所に勤務する一職員の休職処分の継続の適否が左右されるべき理由のないことは明らかであるといわなければならない。かりに原判決は、三六協定が締結されたという事実を起訴休職とされたものの復職すべき職場の労使関係の実情を象徴するものとしてとくに説示したにすぎないものとしても、一職員の起訴休職処分を継続するかどうかの判断にあたって労使関係の実情というような抽象的かつ当該職員が左右しようのない事情を考慮すること自体、不当といわなければならない。かえって、本件起訴休職処分を継続するにあたって、右の点が考慮されたと認定するのであれば、本件起訴休職処分を継続するかどうかの判断にあたって、本来考慮すべきでない事項が不当に考慮されたことを認めたことになるから、本件起訴休職処分の継続は裁量権を逸脱ないし濫用したものであると判断すべきこととなる。

3 国家公務員法八〇条二項および「休職の取扱いに関する協約」の規定は原判決引用のとおりであるが、右規定は、いったん起訴休職処分にした場合には、刑事事件が裁判所に係属する間はこれを継続しなければならないとの趣旨を含むものではなく、これを継続すべき必要性が消失すれば、当然に取消(撤回)すべきものであることはいうまでもないところである(詳細は、後述するが、この点は、被上告人も争わないところである。)。

4 起訴休職処分の趣旨、目的からして一審無罪判決の理由いかんは、起訴休職処分を継続することの正当な理由たり得ない。すなわち、本来、起訴休職処分は起訴された事実それ自体が職務に対する国民の信頼に及ぼす悪影響などを理由としてなされるものであるから、起訴休職にするかどうかは、公訴事実の内容や刑事裁判が職務専念義務に及ぼす影響などを考慮して決定すべきものであり、公訴事実の真実性は処分の当否を左右しないとされている(これは、通説・判例が一致してとる見解であり、原判決もこれに従っていることは、原判決理由中「五、本件起訴休職について」における説示により明らかである。)。そうだとすれば、起訴休職処分を継続すべきかどうかの判断にあたっても、無罪となった理由を考慮すべきでないことは、論理必然的に承認されなければならない。一般に、任命権者は、無罪理由の当否を判断することはできないのであり、このことは、公訴事実の真実性を判定できないのと同じことである。したがって、第一審とはいえ、無罪判決が宣告されたという事実のみが考慮されるべきものである。また、一審無罪事件に対して検察官が控訴した場合の有罪率の高さも、起訴休職処分を継続すべき理由たり得ない。なんとなれば、そもそも起訴休職処分自体が、起訴されたという事実のもつ一定程度の嫌疑を根拠になされるものであるところ、第一審とはいえ無罪判決がなされたことは、嫌疑が一応は否定され、起訴休職処分をなした根拠が大きく動揺したことを意味するのである。なるほど検察官が控訴した場合には、嫌疑がいぜんとして残っていることを示すものとはいえようが、第一審とはいえども無罪判決があったのだから、嫌疑の程度は、第一審係属中におけるそれよりも格段に低くなったと考えるべきものである。したがって、一審判決無罪の場合は、原則として、休職を継続すべき理由はなくなったというべきである。これに対して、検察官控訴の場合の有罪率は高いというが、それと同時に、一審判決で無罪であったときは、そのまま無罪に終わる率がかなり高く、一審無罪判決全体としてみれば、検察官の控訴によって逆転有罪となる率は決して高くはないという事実に思いを至す必要がある。起訴休職の実質的理由が、国民の職務に対する信頼の維持にあるとすれば、原判決の判示するように、検察官控訴の場合の逆転有罪率ではなく、第一審無罪判決の場合における無罪確定率をこそ問題とすべきである。

(三) 以上に指摘したとおり、第一審無罪判決後も本件休職処分を継続させたうえ給与を三〇%に減額した措置が違法にならない理由として原判決の挙示するところには、本来、右措置を適法とする正当な理由たり得ないと解すべきものや、かえって反対に右措置を違法とする理由たり得べきものが含まれているにもかかわらず、原判決は、何ら理由を説示することなく、これらを右措置を適法とする理由として説示しているのである。すなわち、これらの点において、原判決には、理由齟ごないし理由不備の違法があるとしなければならない。

二 法令の解釈適用の誤りについて

(一) 原判決は、刑事事件の第一審判決後においても休職処分を取消(撤回)せず、そのうえ支給する給与を三〇%に減額した措置は、裁量権の範囲を逸脱したものとは言えない旨判示した。

しかし、右判示は、国家公務員法八〇条二項、三項、ならびに全逓と郵政省間の「休職の取扱いに関する協約」三条三項の解釈適用を誤り、または、休職処分につき任命権者に付与された裁量権の解釈、適用を誤まったものである。

(二) 同法八〇条二項は、起訴休職の期間は「その事件が裁判所に係属する間とする」と定めている。しかし、右規定は、いったん休職処分をなした場合には、当該刑事事件が裁判所に係属している間は、休職処分を将来にわたって取消(撤回)してはならないとするものとは解されない。

休職処分は、刑事事件に関し、起訴されたことのみを理由に、職員としての身分を保有したまま職務に従事することを許さず、「特段の定め」がないかぎり給与も支給しない(同法八〇条四項)という効果を伴う処分である。職員としての身分は、いぜんとして保有しているから、国家公務員法が職員に科している義務を負ったままでありながら、給与は原則として支給されず、他の収入を得るためには兼職の許可を受けなければならない。また、休職が終了しても、休職の期間中、職務に従事しなかったことにより、職務の遂行上も昇進等においても重大な不利益が及ぶことを避けることはできない。そのうえ、刑事裁判の結果がいかなるものであろうとも、これらのさまざまな重大な不利益の回復措置がとられることはない。すなわち、起訴休職処分は、分限的措置として、職員に対して重大な不利益を課するのである。

他方、休職処分それ自体はこれをなすべき必要性があって適法と解される場合であっても、事情の変更により一定の時期以降もはや処分を継続すべき必要性が認められなくなる場合がある。例えば、形式犯行政犯のような軽罪でありながら、罪証隠滅などのおそれが認められて、身柄が勾留されたまま刑事裁判がすすめられているため職務専念義務の観点から起訴休職処分とされていたところ、保釈が認められたような場合や、公訴事実の内容からしてもいったんは起訴休職が相当であると判断されていたものが、その後、訴因の変更があり、もはや起訴休職にする必要性が認められなくなったような場合がそれである。刑事事件の第一審判決が無罪であった場合も、前述したとおり、原則としてこれに該当しよう。第二審判決も無罪であった場合には、このことはいっそう明確である。

このように休職処分は職員に重大な不利益を科するものであるのだから、このように休職処分後の事情の変更により将来に向って休職処分を継続することが相当でなくなったときは、処分を取消(撤回)すべきが当然であり、同法八〇条二項は、このことを許さない趣旨とは解されない。

のみならず、処分後の事情の変更により休職処分を継続することが相当でなくなったときは、任命権者は、当然に、休職処分を取消すべき義務を負うと解すべきであり、同法八〇条三項は、この趣旨を定めたものと解すべきものである。

この点、被上告人らは、成田意見書(乙第八九号証)に依拠して休職処分を取消す義務が発生するのは「(起訴休職処分の撤回は)新たに起訴休職処分をなす場合に比し相当広範な裁量が認められるはずである」ことなどを理由に「極めて例外的な場合に限られる」と主張する。いったん起訴休職とした以降においてはこれをなす必要性がなくなったような場合でも、処分を取消(撤回)するかどうかは任命権者の裁量に委ねられ、裁量権を行使しないことが違法となるのはきわめて例外的な場合に限定されるというのである。

しかし、右見解は、被上告人の主張、成田意見書のいずれを見ても明白なところであるが、任命権者による休職処分の取消(撤回)には、過去にさかのぼって処分がはじめから存在しなかったものとするという意味におけるそれと、一定の時点から将来に向って処分の効力を失わせるという意味におけるそれとがあるのに、この両者を区別せずに論じ、前者の意味における取消(撤回)の義務は、例外的にしか発生しないとする一般的な理解を意味の異なる後者にもそのままあてはめたものであってとうてい採用の限りではないのである。

なるほど行政処分には公定力が認められるから、いったんなされた処分については、争訟によって取消されないかぎり、任命権者が処分を取消すべき義務を負っていると認められるのは、きわめて例外的な場合ということができる。例えば、懲戒処分について任命権者による取消義務を認めることができるのは、きわめて例外的であろう。しかし、いわゆる継続的な行政処分の場合には、任命権者が将来に向って取消さないかぎり法定された事由が発生するまで処分が継続することになるところ、その継続中に処分を継続させることが相当でない事由が、発生した場合には、処分を発令したものにおいて処分が職員に及ぼすべき不利益を最小限に留めなければならないのは当然のことであるから漫然と法定の終了事由が発生するのを待つのではなく、処分の継続が相当でなくなった時点においてそれ以降将来に向って処分の効力を失なわせる義務が発生し、それをなさないことは、違法であると解すべきものである。とりわけ、継続的行政処分のなかでも、休職処分のように、職員に及ぼす不利益が著しく重大である場合には、処分を継続すべき理由がなくなったときは、直ちに将来に向ってこれを取消(撤回)すべきものであることは明らかであり、これをなさないときは、違法というべきである。この点は、第一審判決が適確に判示したとおりである。

(三) 本件休職処分をなすべき必要性は乏しいことおよび本件休職処分をなした福岡中央郵便局長は本件公訴事実が真実でないことを知っていたか、あるいは真実でないことを知り得たのにあえてこのことに目をつぶったまま本件処分に及んだものであることについてはすでに述べたとおりである。

本件休職処分は、もともとこのようなものであったうえに、起訴後四年半を経て言渡された第一審判決は無罪であったのであるから、右判決の時点において本件休職処分を取消(撤回)して職務に復帰させても職務に対する国民の信頼にはもはやほとんど悪影響はないということができる。したがって、任命権者がこの時点において、本件休職処分を取消(撤回)させず、かえって給与を減額した措置は、国家公務員法八〇条三項に違反したか、あるいは、裁量権を逸脱ないし濫用した違法な措置であったといわなければならない。

原判決が、右措置を違法でないとして説示するところには、理由に齟ごないし不備があることは、すでに指摘したとおりであり、とうてい首肯できるものではない。

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