大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和60年(あ)1370号 決定

本店所在地

名古屋市北区中丸町三丁目一五番地の一

中西電機工業株式会社

右代表者代表取締役 中西政男

本籍

東京都台東区東上野三丁目六一番地

住居

名古屋市北区中丸町三丁目一〇番地の一

会社役員

中西政男

昭和一三年二月六日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について昭和六〇年一〇月九日名古屋高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らから上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を破棄する。

理由

弁護人竹下重人ほか二名の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の各判例は事案を異にして本件に適切でなく、その余は、単なる法令違反、事実違反、事実誤認、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 四ツ谷巌 裁判官 大内恒夫 裁判官 佐藤哲郎)

昭和六〇年(あ)第一三七〇号

○上告趣意書

被告人 中西電機工業株式会社

同 中西政男

右の者らに対する法人税法違反被告事件についての上告の趣意は、左記のとおりである。

昭和六〇年一〇月一九日

弁護人 竹下重人

同 長谷川弘

同 早川忠宏

最高裁判所第一小法廷 御中

第一、原判決は、次のとおり最高裁判所の判例と相反する判断であるので、破棄されなければならない。

一、訴因は、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定して、これをしなければならない(刑訴法二五六条三項)。ところで、本件法人税法違反の罪となるべき事実は、偽りその他不正の行為により、法人税を免れる行為であるが、本件起訴状の公訴事実には「架空仕入の計上及び棚卸資産の除外などの方法により」とするだけで、どの不正行為(方法)により、どれだけの法人税を免れたのか、明らかにされておらず、訴因の明示、特定を欠いたものといわなければならない。

原判決は、弁護人がこれまで無罪を主張する範囲を特定して主張立証していた点、第一審判決挙示の関係各証拠、及び控訴審における検察官の釈明により、右訴因不明示の違法がない旨判断している。

しかしながら、右判断は、「犯罪を構成する要素になっている場合を除き、犯罪の種類、性質等の如何により、これを詳らかにすることができない特殊事情がある場合に、第一審第一回公判の冒頭陳述により明らかとなれば、刑訴法二五六条三項違反とはならない」旨の最大判昭三七・一一・二八(刑集一六―一一―一六三三)の趣旨に相反するものといわなければならない。けだし、偽りその他不正の行為は、前述のとおり「法人税法違反を構成する要素」となっており、仮にそうでないとしても、本件においては「これを詳らかにすることができない特殊事情」は全くないばかりか、検察官の釈明は、控訴審の結審の日になされたものであるからである。

なお、訴因の特定明示は、審判の範囲を特定明示するものであり、弁護人の主張立証及び第一審判決挙示の関係各証拠により、事後的にこれを補完することができないこというまでもなく、原判決の判断は全く理由がない。

二、この点よりすれば、少なくとも第一審裁判所は、弁護人が起訴の原因であろうと考える事実のうち、棚卸資産の除外とこれに因る法人税過少申告の点だけを否認して争う趣旨を、数額をあげて主張した際、すべからく検察官に釈明を求めるなどにより、弁護人主張の点が、数額の点においても、そのとおりの訴因となっているか否かを明らかにすべきところであった。しかるに第一審裁判所は、このもっとも重要な点について、検察官に何ら釈明も求めず、かつ公訴棄却もせずに有罪の判決をしたのは、明らかに最判昭三三・一・二三(刑集一二―一―三四)に反するばかりか、理由不備の違法があるにもかかわらず、これを前期の理由により「第一審の判決は、被告会社の棚卸資産について、各控訴趣意で主張しているとおりの判断をしていると理解することが、辛うじて可能である」として、第一審判決の違法を看過した原審の判断は、前記判例の趣旨に反して不当である。

なお、原判決のように、全く訴因に基づく判示をしていない第一審の判決を、前記のような理由で判断していると理解することができるとしたのでは、訴因明示を要求した刑訴法二五六条三項、及び判決理由を附せず又は理由にくい違いがある場合を絶対的控訴理由とした同法三七八条四号は全く有名無実の規定となり、刑訴法の諸規定を不当に形骸化又は軽視するものといわざるを得ない。

第二、原判決には、次のとおり、判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があり、これを破棄しなければ、著しく正義に反するものと思料される。

一、原判決は、棚卸資産の評価の点について、五項目に分けて事実認定をしたうえ、過少申告の事実はない旨の弁護人の主張を斥けている。弁護人は右事実の全てを争っているのではなく、棚卸合計表が作成された段階では、適切な評価換えがなされていないために、被告人中西において、長年の経験及び当該年度の商品の流れに照らして、これを適正な時価とするため評価換え(正式な手続ではないが)したものであるとの主張であるから、右五項目のうち、とくに三項目の事実認定を争うものである。すなわち、原判決は、右弁護人の主張に対し、(1)各ショールームに対して、デットストックに関する要領文書が配布されていた点、(2)担当者が判断に迷う場合には、上司の指示を仰いだ旨の山際史彦の供述、及び(3)被告人中西において、評価の不適切なものを修正したことがある旨の供述を根拠に、棚卸合計表は、適切な評価換えをした金額であり、さらにこれを評価換えしたのは、過少計上に他ならないとしている。

しかるに、まず(1)の点については、確かに右要領文書が各ショールームに配布されていたことは事実であるが、数万点に及ぶ被告人会社の取扱商品を、すべての従業員が適切に評価換えすることは不可能であり、右指示が徹底できないために、被告人中西が再評価換えをしたものであるから、右文書の配布だけで、適切な評価換えがなされていた旨推認した原判決は、事実誤認である。また(2)の点についても、確かに判断に迷う一部商品について、上司の指示を仰いだ事実はあったかもしれないが、判断に迷う商品か否かの区分すら適切にできない従業員が、上司の指示を仰いだからといって、すべての商品について適切な評価換えがなされたとはいえず、また右の供述は、四箇所あるショールームの一箇所についてのものであり、これの供述をもって、すべてのショールームにおいて、上司の指示を仰いでいるとの認定もできないはずである。そして(3)の点については、実地棚卸をしていない被告人中西が、すべての商品をチェックできないことはいうまでもないのであるから、これも根拠がない。

しかも、正式な手続に従い評価換えした、昭和五八年度の棚卸金額と売上金額との比率を、昭和五六年度及び昭和五七年度と対比すれば、棚卸合計表の金額は全く不正確であることは明らかである。すなわち、このことは棚卸合計表作成の段階では、一部ベテラン担当者が、陳腐化の明らかな商品についてだけ、一円評価したにすぎないのであって、すべての商品を適切に評価換えしたものではないからである。

よって、棚卸合計表記載の金額を、適切に評価換えされた棚卸金額である旨の認定をした原判決の事実認定は、明らかに誤認である。

二、原判決は、過少申告の故意の点について、棚卸合計表にあらわれた金額、これから圧縮(除外)した金額、及びこの点に関する申告金額の概略などを、大筋においては十分認識していたものと推認することができるとして、逋脱の故意に欠けるところはないとしている。なるほど、被告人中西は右金額の概略を大筋において認識していたが、その金額の意味について、右棚卸合計表にあらわれた金額は、適正な評価換えをしていない金額であり、この金額から圧縮した金額が、適正な時価すなわち棚卸金額であると理解していたのであるから、申告金額を適正な金額より過少にしようとする故意は全くないのである。すなわち、原判決は右金額の認識さえあれば、故意に欠けるところはないとの前提に立脚しているが、過少申告の故意は、申告金額が真実の所得より過少であるとの金額の意味についての認識を要するのであるから、原判決は、右前提すなわち法律解釈自体に、誤りがあるといわざるを得ない。

第三、原判決の量刑は、次のとおり著しく不当であり、破棄しなければ著しく正義に反すると思料される。

一、本件犯行の動機は、棚卸資産の額の点を除いてみれば、課税所得を減少させるために、架空仕入・売上の仮装貸倒計上等の不正な行為をしたが、それらは翌事業年度において、反対取引の伝票を起こして復元しており、いわば単純な課税所得の繰延べであって、それにより会社資産の隠匿とか役員の私的利益の造成とかがされたわけではない。

二、弁護人の見解によれば、本件において棚卸資産の過少計上による脱税の事実はない。被告人らの自認するところによれば、課税所得申告率(逆にみれば脱税率)は、昭和五六年度において八〇・三%(一九・七%)、昭和五七年度において八三・四%(一六・六%)である。

仮に第一審判決認定のとおり、脱税の事実が認定されるべきであるとしても、その課税所得申告率(逆にみれば脱税率)は、昭和五六年度において六二・三%(三七・七%)、昭和五七年度において六四・七%(三五・三%)であって、甚しく悪質ということはできない。

三、被告人会社は、公訴に係る二事業年度分を含む査察調査にかかる三事業年度分の国税・地方税の本税を完納している。なお加算税の一部および延滞税の一部については、担保を提供して納税の猶予をうけており、重加算税についての不服申立が解決次第、納付することを準備している。

四、以上の情状に照らせば、認定脱税額七、三二三万一、一〇〇円につき、被告人会社に対し罰金二、〇〇〇万円、被告人中西に対し懲役一年(執行猶予三年)の刑を科した第一審判決の量刑を維持した原判決は、著しく重きに過ぎるものといわなければならない。

なお、近時における法人税脱税事件の判決における処罰の程度を抽記すれば、次のようである。

(一) 昭和五九年八月三日東京地判、五九年(特わ)一二五五号事件

二年間の脱税額二億六、三三六万円余、脱税率八三・三二%

罰金七、五〇〇万円、脱税額に対し二八・四%、代表者に懲役二年(猶予四年)

(二) 昭和五九年五月一〇日東京地判、五九年(特わ)二一九号事件

三年間の脱税額五、一三二万円余、脱税率九二・七一%

罰金一、五〇〇万円、脱税額に対し二九・二二%、代表者に懲役一年(猶予三年)

(三) 昭和五九年五月九日東京地判、五九年(特わ)六一号事件

二年間の脱税額四、七五三万円余、脱税率九二・八三%

罰金一、三〇〇万円、脱税額に対し二七・三%、代表者に懲役一〇年(猶予三年)

(四) 昭和五九年三月二二日東京地判、五八年(特わ)三一四三号事件

単年度の脱税額一億一、二〇〇万円余、脱税率九〇%

罰金五、〇〇〇万円、脱税額に対し四四・五%、代表者に懲役一年二月(猶予三年)

以上の諸例に比較した場合、第一審判決認定の事実が認められるとしても、二年間の脱税額は七、三二三万円余、脱税率三七%であるのに対し、会社に罰金二、〇〇〇万円、脱税額に対し二七・八%、代表者に懲役二年(猶予三年)の刑を科した第一審判決およびこれを維持した原判決の刑は、この点よりするも不当に重いものといわなければならない。

第四、原判決の軽量に関する判断理由について

原判決は、裁判書を作成して判決を言渡し、その判決謄本は当然に裁判書の原本に基いて作成されたはずである。(刑事訴訟規則五七条一項)

ところが、弁護人に送達された判決謄本末葉は、弁護人主張の量刑不当の点に関する判断理由が記載さるべき部分に該当するが、ここでは全く関連のない説示が記載されている。

従って原判決は、弁護人の量刑不当の控訴趣意に対し、第一審判決の認定した罪となるべき事実から、本件の脱税の額および脱税率を抽出記述したに止まり、第一審判決における刑の量定が妥当であり、量刑不当の控訴の趣意が採り得ないことについて、なんらの判断を示していないことに帰着するものといわざるを得ない。

この量刑に関する理由不備の瑕疵は、原判決に影響を及ぼすべき法令の違反であり、かつ、著しく正義に反するものというべきであるから、この点よりするも、原判決は破棄されるべきである。

以上

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