大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成4年(行ツ)52号 判決

東京都新宿区西新宿二丁目四番一号

上告人

セイコーエプソン株式会社

右代表者代表取締役

安川英昭

右訴訟代理人弁護士

吉武賢次

神谷巖

同弁理士

佐藤一雄

野一色道夫

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 清川佑二

右当事者間の東京高等裁判所平成元年(行ケ)第一三〇号審決取消請求事件について、同裁判所が平成三年一一月二八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人吉武賢次、同神谷巖、同佐藤一雄、同野一色道夫の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程にも所論の違法は認められない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 可部恒雄 裁判官 園部逸夫 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信)

(平成四年(行ツ)第五二号 上告人 セイコーエプソン株式会社)

上告代理人吉武賢次、同神谷巖、同佐藤一雄、同野一色道夫の上告理由

第一点 原判決には、理由不備の違法又は判決に影響を及ぼすこと明らかな経験則違反の法令違背があり、破棄されるべきである。

先ず、原判決は、その第二七丁表第一行乃至第五行において、「これら実験結果によれば、前記引用例の記載にもかかわらず実施例4と同一の組成分のインキが静電印刷用に使用できるインキとして実施可能であったと認定することには、必ずしも疑問なしとすることはできない。」と、第三二丁表第四行乃至裏第一行において、「その実施可能性に疑問がある実施例の使用割合の記載をもって具体的な使用割合の開示があったものと認めることは相当ではなく、・・・、引用例は、水に溶解する溶剤の具体的な使用割合についての開示を欠いているものであると認定せざるを得ない。」と、第三三丁表第三行乃至第六行において、「したがって、審決の認定における、本願発明と引用例記載の発明とは各々の成分の配合量に重複するところがある旨の認定は、誤ったものといわざるを得ない。」として本件審決の認定が誤りであることを認めておきながら、引用例の「アルコール類」という一般的技術の記載に頼ってそこから適当に選択して混合すれば本願発明ができるとするものであり、原判快の判断には論理の飛躍があると言わざるを得ない。

即ち、原判決は、「しかしながら、・・・引用例に接した当業者がこれを実施するに際して、各成分のそれぞれの使用目的を考慮し、かつ印刷の際のインクの速乾性や非滲出性等のインクに要求される基本的性質を損なわないように配慮しながら、水溶性染料、多価アルコール及び一価アルコールの使用割合を実験的に定めることは、当業者の当然になすべきこととして予測し得るところであり、したがって、引用例に記載された発明に基づいて当業者が本願発明の構成のような各組成成分の使用割合を想到することは容易であると認めることができるから、審決の右認定の誤りは、本願発明の進歩性を否定した審決の結論を左右するものではない。」と述べている(第三三丁表第七行乃至第三四丁裏第一〇行)。この趣旨は、当業者であれば、引用例の記載から本願発明の構成、すなわち低級脂肪族アルコールとしてメタノール、エタノール、プロパノールを選定することが容易であることをも、含む趣旨である。

右の趣旨は第二七丁表第五行乃至第二八丁表第五行に、「しかしながら、引用例記載の発明における水に溶解する溶剤はn-ブタノールに限られるものではなく、・・・乙第一〇号証・・・によれば、水溶性の一価アルコール類・・・としては、n-ブタノールのほか、メタノール、エタノール、プロパノールのような一価アルコールがごく一般的なものであるところn-ブタノレルは七・〇八%しか水に溶解しないのに対し、メタノール、エタノール、プロパノールは一〇〇%水に溶解し、両者は水溶性が著しく異なるものであることが認められる」にも表われている。しかし乙第一〇号証によれば、水に一〇〇%溶解する一価アルコールとしては、第三ブチルアルコール、フルフリルアルコール、テトラヒドロフルフリルアルコール等もあり、ただちにメタノール、エタノール、プロパノールに限定できるものではない。

同じく第二八丁表第五行乃至第八行には、「更に、後記三2(取消事由二に対する判断)に認定のように、従来からインクジエット記録用の水系インクにはエタノールなどの一価アルコールの水溶性溶剤の使用が周知であること」なる記載が、第三二丁裏第五行乃至第八行には、「本願発明の組成成分のうちメタノール、エタノール、プロパノールより選ばれた一価アルコールについては、これを組成成分として使用し得ること自体は示唆されている」なる記載があるが、取消事由二に対する判断で引用する乙第二号証によれば、「本発明に使用ざれる脂肪族一価アルコールとしてはメチルアルコール、エチルアルコール、n-プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、n-ブチルアルコール、sec-ブチルアルコール、tert-ブチルアルコール・・・」(第四欄第一五行乃至第一九行)も挙げられており、右の一価アルコールの水溶性溶剤としてtert-ブチルアルコール(第三ブチルアルコール)を選択することも可能であるのに対し、本願発明はメタノール、エタノール、プロパノールのみを選択している。前記の理由のみで当業者がメタノール、エタノール、プロパノールを選択することが周知とは、言えない筈である。

既に述べた様に、本願発明では、メタノール、エタノール、プロパノールの三成分を選択すること自体に困難性があるのである。水に溶解する一価アルコールは他にもあるが、その中で、凝固点を降下させるのみならず、印字品質と速乾性の両方を満足させる物質は、実験を繰り返して初めて決定することができるのである。これに対し原判決は、右三成分が水に対する溶解度から必然的に定まるものと速断し、取消事由一が理由ないものとしたのであり、そこには理由不備の違法又は経験則違反の法令違背がある。

第二点 原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな経験則違反の法令違背があり、破棄されるべきである。

原判決は、その第三七丁表第一行乃至第八行において、「なお、原告は、右乙第一、第二号証はそれぞれ本願発明が出願される半年前に公知になったもの、二年半前に公知になったものであり、この程度の年月では周知になる暇がないから、これらをもって周知ということはできない旨主張するが、乙第一、第二号証が公表されるまでの各期間は、本願発明の属するインクジェット記録用のインクに関する技術の日進月歩の発展を考慮すれば、周知になるのに決して短すぎる期間とはいえない。」と述べている。しかし、原告第三準備書面第七頁第一行乃至第一一行で述べたように、先に公知になった乙第二号証は、本願発明とは発明の目的、作用効果を全く異にし、公知技術としても周知技術としても用いることはできないのである(東京高等裁判所平成元年三月九日判決、判例時報第一三一八号第一一七頁以下)。

仮にその点はさて措くとしても、周知技術というのは、その技術分野において、一般的に知られている技術であって、例えばこれに関し相当多数の公知文献が存在し、又は業界に知れわたったり、もしくは、よく用いられていることを要すると解すべきであって(無体財産権関係民事・行政裁判例集第七巻第二号第二六五頁)、一、二件の公報に記載されたのみで周知技術であるとした原判決は、誤りである。

そして、乙第一、第二号証等が周知文献ではなく、公知文献であるとするならば、審判段階で拒絶理由として引用し、原告に補正の機会を与えるべきであったのであり、この機会を奪った本件審決は違法であること、論をまたない。これを看過した原判決は、判決に影響を及ぼすこと明らかな経験則違反の法令違背がある。

以上

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